(たけし)
一九二五年、宮城県仙台市生まれ。一九四八年、京都大学文学部哲学科卒業。一九五二年、龍谷大学文学部専任講師。一九六七年、立命館大学文学部教授。一九七二年、京都市立芸術大学美術学部教授、一九七四年、同学長。一九八七年、国際日本文化研究センター初代所長。一九九七年、日本ペンクラブ会長。二○○一年、ものつくり大学初代総長。二○一一年、東日本大震災復興構想会議特別顧問(名誉議長)。著書に『隠された十字架 法隆寺論』『水底の歌 柿本人麿論』『梅原猛著作集 全20巻』『人類哲学へ』ほか多数。
                      ききて 山 田  誠 浩
 
ナレーター:  津波と原発事故が大きな被害をもたらした東日本大震災。その混乱の続いた四月十四日、政府の提言を纏める復興構想会議が発足しました。名誉議長として参加したのが哲学者の梅原孟さんです。最初の会合で梅原さんが訴えたのが、現代文明のあり方そのものでした。
 

梅原:  私は、この災害を、天災であります。と同時に人災の面もあります。けれどそうじゃなくて、私は、文明災です。文明が災害を起こした。その文明災が原発を使って、そして人間の生活を豊かにし便利にする、そういう文明がまさに被災に遭った。今、文明が裁かれているというふうに思います。この文明の裁きに対してどういう答えを出すか。太陽光や風力、エネルギーの問題の開拓と同時に、人間の文明が変わらなければならない。
 

 
ナレーター:  強い言葉の背景には、哲学者としての反省の気持がありました。
 

 
梅原:  自然があれほど荒れ狂うということは、私は考えていなかった。自然の大きな怒りですね。これはやっぱり私の哲学に欠けていた。それがやって来た。もう一つは、原発施設。これは私は、前から原発は止めた方がいいと。大体地球上にない物質を作る。しかもその廃棄物すら人間の生存を危なくする、そういう危ないものは作るべきではないということを十五年ぐらい前から言い続けてきたんですけどね。だけどまあいろんなことがあって、それほど私は真剣になって言わなかった。どうかいうと黙認していた。一つは、このような震災―自然の怒りというような震災。自然は怒るものだという観念が私の哲学になかった。原発に対しても、私は反対していたけど、それをはっきり反対できなかった。どっかで容認していた。その二つことを、私は今度の震災で大きく学んだ。
 
ナレーター:  震災から一年の間、梅原さんは、既存の哲学を問い直し、新たな文明のあり方を模索し続けています。三方を山に囲まれた街・京都。梅原さんの自宅は東山三十六峰(ひがしやまさんじゅうろっぽう)の中程哲学の道の側にあります。梅原さんは自然豊かなこの場所で思索を重ねてきました。
 

 
山田:  お邪魔致します。どうもわざわざお出迎え頂きまして有り難うございます。今日はよろしくお願い致します。
 

 
山田:  ほぼ一年前の三月十一日に、東日本大震災というのがありましたですが、これは梅原さんにとっては、どういう出来事でございましたですか。
 
梅原:  私は、京都に長い間住んでいて、京都の人というふうに思っている人も多いでしょうけどね。生まれは仙台で、そして母の里は石巻(宮城県)の渡波(わたのは)というところで、被害の大変酷かったところです。また私の母方の祖父は、渡波で網元していたんですよ。網元して船が沈没しまして、その補償に全財産を投げ出して、それで仙台へやって来て、お金を出す人があって、魚問屋をやったということなんで、やっぱり被害に遭った漁民ということで、私は他人事とも思えないというふうに思ったわけですよ。それから復興構想会議の名誉議長に任命されましてね。そういうみんなが大震災で困っている時に、せめて復興会議に毎回出て、自分の言うことをはっきり言うということが、日本人の義務ではないかと思いましてね。それで一遍風邪引いて休んだ時以外は、毎週出ていまして、まあ功績と言えば、初めは原発抜きに会議をやろうじゃないかということがあったんですけど、私は、「原発抜きの復興会議なんかそんなバカなことはない」と言ってね、菅(総理)さんに詰め寄って、「原発を、抜きだったら私は辞めます!」と言って(笑い)、採用することになって、原発議論が活発に行われた。菅さんが、脱原発(だつげんぱつ)なんかに踏み切った。そういうのは私は復興会議の功績だったというふうに思っているんですよ。そういう意味で、大震災が起こったことと、また復興会議の責任ある地位に就かされたことが、一層この問題を考えることになったんですよ。
 
山田:  今度の震災は、おっしゃったように、津波の被害と同時に原発があるという両方の被害でしたですけども、これは津波の害と原発の害とは、どういうふうにお考えになっていらっしゃるんですか。
 
梅原:  私は今度の震災を問うた時に、すぐ気が付いたのは「文明災である」と。「文明の災いである」というふうに思った。
 
山田:  それはどういうことですか?
 
梅原:  それは地震と津波だったら「自然災」ですわね。だけど原発というのは、「人災」ですよ。これは政府や東京電力が、「原発は絶対安全だ」というふうに言い切って、そして対策を怠っていたという面があるということは否定できないんですね。しかしそればかりじゃなくて、世界の先進国が全部何パーセントかは原発でやっている。フランスは七十パーセントですが、日本も約三十パーセントぐらい、アメリカと同じようにエネルギーを原発によっている。という以上は、世界の文明そのものが起こした災害であるというふうにいうことができるんですよ。文明そのものを変えなくちゃいけないということを、私は痛切に感じたんですね。
 
山田:  そうしますと、そのことによって先進国の何が問われている、というふうに考えるべきだ、というふうに?
 
梅原:  文明のあり方が問われている。大体産業革命というのは、初めは木でやったかも知れんですが、そのうち石炭が原動力になって、それから石油に移ったんですよ。それで終わるかと思ったら、今度は原子力ということで、これはある意味でいうと、安くあがるように思われたんですね。そして非常に強力に思われたんだけど、それは地球上にないものなんですよね。それは人類ばかりか生物に対しても大変危険なものですね。そういうものを使って、エネルギーを使って、豊で便利な文明を作っていくということになりますけどね。そういう非常に危険な原子力を使って、今の生活を豊かにし便利にする、そういうことそのものが大きく問われていると、私は思いますね。
 

 
ナレーター:  原子力を生んだ現代の科学技術文明の背後には、自然を意のままに支配しようとする人間中心の西洋哲学があると、梅原さんは考えています。その根底にあるのが、十七世紀のフランスの哲学者・ルネ・デカルト(フランス生まれの哲学者・自然哲学者(自然学者)・数学者:1596-1650)の思想です。デカルトは「われ思う、ゆえにわれあり」と語り、世界で唯一確かなものは、考える自分自身である、としました。一方目の前にある自然は、数式に置き換え、容易に支配できるものだ、と考えました。
 

 
梅原:  デカルトの考え方はいろいろありますけど、本質は人間の自然支配の哲学だな。あるいは人間の人間支配、自然支配の哲学ですね。大変科学技術文明を生み出したということにおいては、西洋文明は大変な功績ですけど、そういう文明の原理だけでやっていたら、人類危ないというのが僕の考えだ。
 
山田:  つまりそういうふうに合理的にものを考え、人間中心にして技術開発をどんどん進めて、豊にはしてきたけれども、そのことの限界が今きているということですか。
 
梅原:  そういうことですね。現代文明というのは、そういう科学技術文明で、デカルト哲学からやってきたというふうに考えているんですよ。これは意思文明で、世界を人間の意思で支配する。これは大変厳しい批判するんですがね。自然というのは荒々しいものなんだけど、それは容易に征服できると。そして自然を征服するのに、自然を奴隷の如く使って、人間の生活を豊かにするという、そういう考え方だった。
 
山田:  人間がみんな自然をコントロールできていくという、それが間違いであると。
 
梅原:  そうです。それが今度の震災で、自然はコントロールできない、もの凄く恐ろしい一面をもっていると。これは大陸移動説で、大陸は移動している。大陸が移動しているということは、自然が生きていることですね。恐ろしいほど生きている。生きているけれども、自然というのはまた人間に対して非常に恵みを垂れている。自然は凶暴だけど、慈悲の母でもあると。その凶暴だけど、慈悲の母である自然を、なんか奴隷の如く使ってきたのが近代文明じゃないか、というふうにずっと思っているんです。それが今度の震災で確信に変わった。今まで西洋の哲学を基本的には批判するというのは、ちょっと私は自分の荷に重いんじゃないか、重すぎるんじゃないかと多少遠慮していたんですよ。しかし今度の震災で、しかもある種の重要な役をやらさせられたということによって、私は思い切って語ろうというふうにね。

 
ナレーター:  西洋哲学の研究を続けてきた梅原さん。しかし次第に西洋哲学の限界を感じるようになります。
 

 
梅原:  四十ぐらいまでは、大体西洋の哲学を研究して、それで結局日本のことをようやった。日本のことをやったのも四十五年ぐらいになるんですけど、西洋の哲学は行き詰まってきたんじゃないか。このままでは人類は救われないんじゃないか、というふうな予感があったんですよ。そして私のその時の感は、大変ある意味で当たっていて、それから結局環境問題がズーッと問題になって、現代の文明は環境問題を起こし、このまま続けていくと環境破壊は収まらないと。人類の存続も危ないという情勢になってきたと思うんですよ。そしてひょっとしたら日本、あるいは東洋の原理の中に、将来の人類のためになる、人類を存続させるような、発展させるような原理が隠れているんじゃないかと思って、日本をやったんですよ。
 

 
ナレーター:  当時、環境問題が世界的な課題となりつつありました。しかし人間が自然を支配する西洋哲学では、それを解決できない。梅原さんは、その答えを日本文化の中に求めようとしました。それから十五年後、梅原さんは、北海道でアイヌ文化のフィールドワークを行い衝撃を受けます。魚や獣、山菜、自然界で得られるものを、神の恵みと捉えるアイヌの人びと。自分たちの生活に必要とする以上は収穫しません。イオマンテ(熊送り)という儀式です。狩りで捕らえた子熊を神の使いと考え、一年近くご馳走を与えて鄭重にもてなします。その後小熊に矢を射かけ、村をあげてあの世へ送ります。これによって生き物への敬意と感謝の念を心に刻むのです。梅原さんは、自然と共存しようとする思想が深く根付いていることに驚きました。
 

 
梅原:  狩猟採集(しゅりょうさいしゅう)文化は生き物と共存する文化ですよ。アイヌなんかは木を一本切れば必ず接ぎ木をして、そして「どうか神様、私の家を作るためにこの木を頂きます」と。一本の木を切るんでも、そういうふうな神様にお願いする。日本で「出世魚(しゅっせうお)」というのがあるでしょ。魚が大きくなるにしたがって名前を変える。出世魚というのは、あれは実は名前を変えて、こういう名前の魚はを取ってはいけないと。これ以上のものは取っていいけどと、出世魚というのは、鮭や鰤や、そういうものは主として食べる、一番よく食べるような魚についているんですよ。それは一種の生態学的な知恵なんだよ。そういう生きとし生けるものともの凄く共存するね。
 

 
ナレーター:  梅原さんは、かつての日本人は、アイヌの人びとと同じような思想を持っていた、と考えるようになりました。
 

 
山田:  アイヌの人たちの考え方の中にあるということは、日本人の古来の考え方の中にそういうものがあるということですか。
 
梅原:  私はアイヌ文化というのは、やっぱり縄文文化が残ったと。縄文文化というのは、一万四千年前にさかのぼる。縄文文化は三千年か二千年前まで続き、約一万年続いた。そして素晴らしい土器を残しているわけだね。非常に精神的なレベルの高い、そういう文化ですよ。それがアイヌに残った。あれは全然日本と違った文化と今まで考えていた。それは間違いなんで、実はアイヌというのは、縄文文化を残してくれている人たちだった、というふうに、私は考えるんです。だからアイヌの思想は、原日本の思想だと。それは日本ばかりか、人類は全部最初は狩猟採集の世界だったですね。そこから出発した。だけどそういう狩猟採集世界というのは、決して精神的に低い精神じゃなくて、相当高い精神性を持っている。狩猟採集時代に自然と共存すると高い精神性をもっている。アイヌなんかでも非常にエコロジカル(Ecological:エコロジーは、狭義には生物学の一分野としての生態学のことを指すが、広義には生態学的な知見を反映しようとする文化的・社会的・経済的な思想や活動の一部または全部を指す言葉として使われる)な考え方をして、一本の木を切る時に、「神様、どうか私にこの木をください」と言って、そして木を切るんですよ。その代わり必ず接ぎ木をするということをやる。だからそういうふうに非常にエコロジカルな文明だったと思うんだ。だからそういうエコロジカルで、精神性が高い。しかし科学は発展しないから病気で早く死んだ人は多いですけどね。それと技術文明とが結び付かなければならないというふうに、今考えているんですよ。
 
 
ナレーター:  六十歳を過ぎてから、世界各地の文明の跡を旅するようになった梅原さん。自然と共存する思想が日本の外にもあったことを知りました。大きな転機となったのは、エジプトへのフィールドワークでした。西洋文明の原点とされるエジプト文明。そこにも太陽や水といった自然を神として崇拝する思想があったことを知ったのです。
 

 
梅原:  自分のやってきた日本の研究と、ヨーロッパとを結びつけるというような可能性をだんだん探ってきた。
 
山田:  例えばそれはどういうことなんかが明らかになってくるんですか。
 
梅原:  特にエジプトへ三年前に旅行したんですよ。私はそれは大変なショックだったです。どうしてかというと、地元はラー(太陽神)の関係―太陽ですね。エジプトへ行くと、、赤道に近いから直射日光でもの凄い太陽がでるんですよ。その太陽のお陰で生物は育っていると。太陽と水ですわ。ナイル河が増水して、そこはみんな肥沃になって、栄養が富んでいる。それで小麦を植えると小麦が育っていった。それで巨大文明ができたんですよ。太陽(太陽神)が中心で、次に水の神ですわ。そういうことがエジプトへ行って初めてわかったんですね。ところがもう一つわかったのは、太陽と水と言えば、日本のアマテラスが太陽だと。アマテラスと水の神―水は観音様ですからね。仏教でいうと大日如来が中心ですわね。それからもう一つは、観音様。観音様というのは水の神ですわ。だから太陽と水とが、日本でもそうじゃないかと。稲作文明というものも太陽から出て、水の神。だから小麦農業も太陽が神(太陽神)で、農業文明には非常に共通なんですね。私はそれを行ってから、日本文明を見通して、これは太陽が神ですよ。私はそれが太陽崇拝というのは、アマテラスさんを見直したですね。世界でアマテラスさんしかいないといんじゃなくて、エジプトにいると。中国にも稲作文明の後に、長江(ちょうこう)文明(中国長江流域で起こった古代文明の総称。黄河文明 と共に中国文明の代表とされる。文明の時期として紀元前14000年ごろから紀元前 1000年頃までが範囲に入る)にある、マヤ文明(メキシコ南東部、グアテマラ、ベリーズなどいわゆるマヤ 地域を中心として栄えた文明である)にもあるということになると、太陽を崇拝すべきじゃないかというふうに思いましたね。どうも近代文明というのは、自然科学において天動説は誤りで、地動説になったけどね、哲学においては天動説じゃないか、と。人間中心の中にも太陽があるように、自然にもあるようにね。自然科学は地動説と取るけど、近代哲学はむしろ天動説を称えたんじゃないかと思う。哲学においても、地動説に戻さなあかんという。そういう太陽の恩恵を受けていることを考えると、そういうような哲学になるべきだと思うんだけどね。
 
山田:  そこに戻るべきだと思う。
 
梅原:  そういうことです。それは縄文に戻るとは言いませんよ。世界の最初の文明は、狩猟採集文明、あるいは農業文明と。その文明に戻るべきだと。人間中心の文明を批判しない限りは、人類は未来は環境破壊という問題で人類は滅びる可能性もあると。そういう人類の原文明に帰れ、というのが、私の主張ですね。
 

 
ナレーター:  復興構想会議の名誉議長として多忙な日々を送った梅原さん。原動力の一つは、若い頃の戦争体験でした。
 

 
梅原:  「私のような老人が、お役に立てるなら参加します」と返事したんですよ。後から考えてみると、昔六十六年前かな、二十歳の私に徴兵令がきた。そんなような国難の時に、なんか間違って八十六歳のよぼよぼよぼ爺に徴兵令がきた、というような感じですね。日本が終戦になった。私はその時に、本土防衛隊として熊本にいましたけどね。それで戦争が終わって、私はてっきり死ぬと思っていた命が長らえた。長らえたんですけどね、それは戦災で犠牲になった人たちの犠牲の上に私というのは生き長らえている、というふうにずっと思ってきたんですよ。今度の震災は、大変な日本の国難ですよね。国難に少しでもお役に立てればと思ってね、今度は前の徴兵令とは違って、ほんとにお役に立たんけど、少しでもお役に立とうと思って、そして引き受けたわけですね。
 

 
ナレーター:  戦争で生き残った自分には、新たな文明の枠組みを考える義務がある。梅原さんは、震災の直後から新たな哲学を作る準備を始めました。その中心に据えたのが、「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」という仏教の言葉です。草も木も、土や風に至るまで、地球上のありとあらゆるものに仏が宿る。人間も草や木と同じように、地球の一部に過ぎないという考えです。この思想は、縄文時代以来の自然と共存する日本人の考えを受け継いだものであると、梅原さんは考えています。去年秋、梅原さんは、およそ三十年ぶりに大学で講義を行いました。タイトルは「人類哲学序説」。「草木国土悉皆成仏」という思想が、人類共通の哲学となるのではないか、それを訴える講義でした。
 

 
梅原:  人類は、どう生きたらいいか。現代の世界の中で、人間はどう生きたらいいか、ということを、自分の言葉ではっきり語るというのが哲学でございます。私が、日本、あるいは東洋の文化の原理の中に西洋哲学の行き詰まりを解決して、そして新しい人類の指針になるような思想が隠れている、潜在しているんじゃないか、というふうに思ったからであります。その思想が、「草木国土悉皆成仏」という、そういう言葉で大体表現される。「草木国土悉皆成仏」というのは、日本の思想ですよ。それは日本の思想に止まらない。日本の原始的、世界の原始的文化、狩猟採集時代の一つの哲学。その哲学から一体西洋文明をどう見るか、ということが、結局は私が問うことであります。
 

 
山田:  去年の十月に纏めた「人類哲学序説」というのを講義されたわけですけれども、そこまでの間に、「今まで勉強したことのないほど勉強した」とおっしゃっているんですが、それは何のために勉強なさったんでしょうか。
 
梅原:  一つは震災と、もう一つは私は年齢ですわ。もう八十半ばを越えて、死が近いからね。やっぱり言いたいことを言わないで死んでいくのは残念なことだからね。思い切って言ったらいいじゃないかと。今まで私のような厚かましい人間も多少デカルトやニーチェ、ハイデガーなんていう、私が尊敬している人を批判するのはまあ大変なことだと多少遠慮していた。「梅原、遠慮することはない」という人もありますけどね、私は遠慮していたんですよ。日本の哲学者は無批判に西洋哲学が素晴らしいというふうに、今までやってきたんですよ。それを研究することが哲学者と。今までの日本の哲学者は、ほんとは哲学者じゃないんですわ。西洋哲学研究者なんです。私も哲学者と言っていますけどね、これも偽(にせ)なんですよ。私の日本研究の方法論は哲学と言っているんですよ。本来の哲学というのはどっかへ逃げていった。やっぱり偽哲学者だったですけどね。八十六になって初めて哲学者になった(笑い)。
 
山田:  新しい人類哲学の思想をベースとして、「草木国土悉皆成仏」という言葉をあげていらっしゃるんですが、これを我々にも分かり易く説明して頂きたいと思うんですが。
 
梅原:  結局「草木国土悉皆成仏」それは草や木や、国土―土ですよね、鉱物ですよ。鉱物や国までも、あるいは地球までというんですが、それがやっぱり生きていると。生きていて、それが仏になれるんだ、という。まさに私は、この大震災は「草木国土悉皆成仏」地球まで生きていて、それは大変生きていた。しかも終局的には、物も成仏できるという、そういう考え方ですね。「草木国土悉皆成仏」。だから成仏するのは、人間ばかりじゃなくて、桜であったり、柳であったり、そういうものが煩悩をもっていて、いろいろ悩みをするんですよ。それが成仏するという、そういう思想じゃないかと私は思うね。
 
山田:  その考え方に立つと、人間もそういう草や木や土や、そういうものと同じ並列の中にある一つでしかない、という考え方になってくるわけですか。
 
梅原:  そういうことです。私は、日本の文明というのは自然中心だよ。例えば『古今和歌集』なんていうのは、一巻から六巻まで、春、夏、秋、冬の歌。その次は、十一巻から十五巻まで恋の歌―「自然」と「恋」だな、自然中心の考え方。そうすると俳句なんてよく自然だ。そして日本の文学のよさというのは、自然の描写の良さだ。そして風景画でも、山水画でも自然ですわね。そういう「草木国土悉皆成仏」というのは、私は縄文・弥生時代の日本の思想だというふうに思いますよ。
 
ナレーター:  「草木国土悉皆成仏」の思想を現した絵画として、梅原さんが注目するのが、江戸時代の画家・伊藤若仲(いとうじゃくちゅう)です。代表作「動植綵絵(どうしょくさいえ)」中の一枚「池辺群虫図(ちへんぐんちゅうず)」。動物や植物が精緻な筆使いで描かれています。瓢箪の実に群がる虫、蜘蛛の巣に掛かった蛾、蚯蚓を運ぶ蟻の群れ、植物連鎖を通して生きとし生けるものが共存する自然界の姿を描いています。
 

 
梅原:  若仲ね。あれは動物を描いているけど、植物も対なんです。植物と動物が対なんですよ。生あるものは滅びるんだという、そういう考え方ですね。人間ばかりか動物も植物も鉱物までも消滅を繰り返すんだ、と。だけどどっかでそういうことをしながら、生命は素晴らしいんだと。生きていることは素晴らしいことだということを訴えているんですね。一種の「草木国土悉皆成仏」の荘厳な世界を描いているんだと思いますね。そこには結構殺し合いなんかが、動物が殺し合いをしているんですよ。殺し合いして、これ消滅をするもので、殺し合いもあるけれど、その世界は素晴らしいぞ、という、それを賛美しているというふうに、私は思いますね。
 
 
ナレーター:  「草木国土悉皆成仏」という思想を、より具体的に表現した文学者がいます。宮沢賢治(みやざわけんじ)。山猫や熊、銀杏、風、雪など、地球上のあらゆるものを主人公にした童話を作りました。
 

 
「いちょうの実」        宮沢 賢治
 
そらのてっぺんなんか冷たくて冷たくてまるでカチカチの灼(や)きをかけた鋼(はがね)です
丘の上の一本いちょうの木に聞える位澄み切った明け方です。
いちょうの実はみんな一度に目をさましました。そしてドキッとしたのです。今日こそはたしかに旅立ちの日でした。
「落ちる途中で眼がまわらないだろうか。」一つの実が云いました。
「よく目をつぶって行けばいいさ。」も一つが答えました。
「そうだ。忘れていた。僕水筒に水をつめて置くんだった。」
「僕はね、水筒の外に薄荷水(はっかすい)を用意したよ。旅へ出てあんまり心持ちの悪い時は一寸(ちょっと)飲むといいっておっかさんが云ったぜ。」
そうです。この銀杏の木はお母さんでした。
今年は千人の黄金色の子供が生れたのです。
そして今日こそ子供らがみんな一諸に旅に発つのです。お母さんはそれをあんまり悲しんで扇形の黄金の髪の毛を昨日までにみんな落してしまいました。
北から氷のように冷たい透きとおった風がゴーッと吹いて来ました。
「さよなら、おっかさん。」「さよなら、おっかさん。」子供らはみんな一度に雨のように枝から飛び下りました。
お日様は燃える宝石のように東の空にかかり、あらんかぎりのかがやきを悲しむ母親の木と旅に出た子供らとに投げておやりなさいました。
 

 
梅原:  銀杏の木の実が落ちるのは息子の旅立ちだ、というふうに考えていますね。そんな考え方ないんじゃないのかね。銀杏の木が実が落ちるのに、そこを旅立つ、という。その旅立ちの不安と希望とね、そして旅立つ。そういうような文学というのは、世界に類がないんじゃないかと思うな。だから私は、賢治というのは、そういう思想を説いた非常に素晴らしい思想家だと思うんです。植物も動物もものを言いますからね。そしてそれはちゃんと人間と同じような感情をもつんですからね。イソップ童話なんていうのは、人間のことを風刺するために動物を使ったんですけどね。賢治のものはそんなものじゃないですわ。植物、動物にも人間と同じような心があって、それは愛情もあるし闘いもあると。闘いがありながら、生き物同士の思いやりもあるだろうし、そっちの方を強調していますけどね。どの童話を読んでも、そういう思想が流れていますね。
 
山田:  そういうふうに賢治が書いているというお話を頂きましたけど、若仲の絵の中にも、そういういろんなものの命のさまざまな命の絵があるという、あるいは植物、動物がいつもいる、という話もして頂きました。つまりそういうことは、私たちの祖先の多くがそんなふうに考えてきた歴史があるのに、今の私たちがそれを感じなくなっているということですか。
 
梅原:  どっかに日本人が感じてきた世界なんですよ。それを大体近代人が、そういうような西洋の思想を採用して、そういう考え方が正しいというふうに考えたから、そういう世界がわからなくなって、しかし賢治が甦ったり、若仲が甦って、少しずつわかってきた。まさにこの自然ですよ。今日すっかり氷張っているんですけどね、この頃動物が来てしょうがない。猪はしょっちゅう来るし、猿も来るし、狸も来る、狐も来る、イタチも来る、ムササビも来る。カラスが棲みついているんですよ。朝になると、夜の明ける前からカラスがいている。そうするとカァカァカァと鳴くんじゃないんですよ。なんか裏声で、クォァクォァと鳴いているんですよ。いろんな声がいっぱいあるんで、あれはやっぱり仲間じゃなくて、なんか夫婦か親子が喋っているような、そういう気がするな。それで一遍カラスの声を研究したのがあるか、と思って読もうと思っているけどね。やっぱり言葉は、言葉ですよね。カラスというのは大変賢い言葉ですから、あれはカラスの言葉をもっているんですよ。だから全然クォァクォァとかね、ワァァとかね、いろんな泣き声で鳴くんです。デカルトなんかだと対象を見ても、自然は数式で表現される無機物なんです。数学、数式によって表現される無機物で、その数式を明らかにすれば、自然は人間に支配されるようになると。
 
山田:  それはデカルトの考え方によればですか?
 
梅原:  こうしてみると、決して無機物じゃないですよ。いっぱい生命がみなぎっているわけだ。だから私は、自然を生命と見なしている世界だというのが「草木国土悉皆成仏」という考え方だと、私は思いますけどね。
 
山田:  つまり地球上にあるものは、石や草木生物すべて命があるものだ、と。
 
梅原:  そうだと思うんですよ。地球というものは、生物を生み出す、そういうものだと思うんですがね。すべては生きている、という。
 
 
ナレーター:  自然と共に生きてきた日本人。梅原さんは、日本古来の自然と共存する思想に立って、私たちの生き方を変えなければならないと考えています。
 

 
梅原:  今まで自然科学技術が、人間が自然を支配する、そういう道具として科学技術は使われていた。今度は自然と共存できる科学技術に変貌するというふうに、私は思いますね。そういう人間の危険な、命を取るような原発は止めなければいけない。脱原発はもう必然的な人類の方向だと思うんですよ。自然エネルギーということになると、昔の「地水火風」が生きてくる。地熱、水力、火力、風力という、それに太陽光の思想が生きてくると思うんですよ。
 
山田:  「エコロジー(ecology)」というふうに、私たちはよくいうんですけど、それとはどういう関係というふうに捉えればいいでしょうか。
 
梅原:  それはエコロジーというのは、まだ思想的にはプラスの運動の一つで、近代思想の部屋まで行っていないわけだ。
 
山田:  それはどういうことですか?
 
梅原:  近代哲学を批判しないと、ほんとにエコロジーにならないんだ。だからアメリカにいろいろエコロジストはいるけど、近代文明を非難しないんですよ。近代文明の欠を補うという形で、近代文明そのものを批判していないんです。だからエコロジーの考え方は、突き詰めていけば、近代文明の批判に至らざるを得ないと、私は考えているんです。
 
山田:  ということは、「まだ批判していない」ということは、エコロジーって、「自然にいいように」とか、「共生する」とかと言ったりしますけど、それはそういっている人間を中心に考えていることだ、ということですか?
 
梅原:  近代文明の欠を補うことなんで、エコロジーは現代文明そのものを批判するという思想にはなっていない。エコロジー運動に過ぎない。それをほんとに突き詰めていけば、現代文明を批判せざるを得ない。アメリカのエコロジストの本をいろいろ読んでも、「自然エネルギーをやれ」とか言っているけどね、現代文明そのものの批判はしていない。そういうふうに私は思いますね。西洋人としては、自分の文明を批判しなくちゃならないから大変なんです。新しい文明を作ったヨーロッパが、ドイツなんかはそういうふうなことに気付き始めたという。私は、近代文明というものは批判しなくちゃならないというような空気が出ている。
 
山田:  考え方、思想が変わっていけば、科学技術そのものも、そういう思想に照らし合わせて変化していく。
 
梅原:  そういうことです。そういう自然エネルギーは今まだ金がかかるよ。それは本気で進めていけば、人類の知恵で必ず―例えていうと、太陽光エネルギーが今の五分の一で手に入るということは可能だと思うんですね。私は、科学のことはあまりわからんけど、「必要は発明の母」なんで、それを必要とすれば、必死になって人類は研究すれば、必ず私は二十年先には、それは可能だと思うんですよ。特徴はそういう日本の文明こそ、今一番大事な問題の地球環境問題を解決する原理をもっているんだという国家目標を掲げて、それに対して世界は反対できんですわね。そうして、その上で二段構え三段構えの国家戦略を考えた方がいいんじゃないか、というふうに、私は思いますね。
 
山田:  その軸になっていくのが、「草木国土悉皆成仏」と。
 
梅原:  「草木国土悉皆成仏」共生ですね。「人間と自然との共生」と「人間と人間の共生」ですね。二重の共生ですよね。そういう共生という思想を語っている人もたくさん日本にいますよ。共生の思想のもとは「草木国土悉皆成仏」だと思いますね。それが「人間と自然の共存」「人間と自然の共生」「人間と人間の共生」という、そういうことにならざるを得ないですね。
 
山田:  それ以外にこれから人類が生きていく道はない、という。
 
梅原:  そういうふうに私は思いますね。西洋人が、自分とこの考え方でやっていられると思ったら、もう私の考え方は浸透は無理ですけどね。先進的な西欧人はやっていられんと思っているんですよ。先進的な西欧人はね。それは浸透するのに百年ぐらいかかると思うけど、浸透すると思うな。死んでから楽しみですけどね(笑い)。
 
山田:  今度の震災をきっかけに、そういうふうにお思いになって、「今までに勉強したことないほど勉強した」とかですね、三十年ぶりに講義をなさいましたですよね。梅原さんが、そういう行動をなされるご自身の思いとしても、そういう強さをなんと思っていらっしゃいますか。
 
梅原:  私は、子どもの時、あまり身体弱い子でしてね。この子は大きいなるのは無理だと言われた。そういうふうになって、精神的にも大変凄く悩んで、実存主義ですからね。太宰治(小説家。1936年(昭和一一年)に最初の作品集『晩年』を刊行した。1948年(昭和二三年)に山崎富栄と共に玉川上水で入水自殺を完遂させた)や坂口安吾(さかぐちあんご)(小説家:1906-1955)の小説読んだりして、精神もよくなかったですよ。しかも三回癌やって、それでよく生き長らえたものだと思っているんですがね。今は神様はなんかさせたいんで、これまで生き長らえさせて貰った。非常に神仏というのは、やっぱり人間を超えた偉大なものがあるという、そのお陰で生きているんで、それは僕の勝手な考えかも知れんけどね、なんかそういうふうなことを書かせるために、私を生んで、生き長らえさせて貰っているんですけどね。それは厚かましい考えですけどね(笑い)。
 
     これは、平成二十四年三月四日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである