生きる意味を求めて―ヴィクトール・フランクルと共に―
 
                      哲学者 山 田(やまだ)  邦 男(くにお)
一九四一年、大阪市生まれ。京都大学教育学部博士課程中退。大阪府立大学総合科学部教授を経て、現在、同大学名誉教授。羽衣国際大学特認教授。人間形成論、哲学的人間学専攻。著書に『生きる意味への問い―V・E・フランクルをめぐって』『フランクルを学ぶ人のために』『〈自分〉のありか』訳書に『それでも人生にイエスと言う』『宿命を超えて、自己を超えて』『フランクル回想録』『制約されざる人間』『意味への意志』『意味による癒し』『苦悩する人間』など。
                      ききて 山 田  誠 浩
 
山田:  これ(写真)二枚ございますんですけどね。
 
きき手:  ちょっと見せて頂いていいですか。
 
山田:  両方ともそっぽ向いておるんです。
 
きき手:  そうですね。
 
山田:  先生が眼を病んでおられて、ほぼ失明状態だったんですけど。フラッシュが眼に悪いということを伺っていましたので、ちょっとそのことを申したんです。そうしましたら先生が、「いや、大丈夫だ。フラッシュが光るその寸前にパッと顔を横に向けるから」とこうおっしゃったんですね。それがこういう感じなんですね。
 
きき手:  視線を逸らして、
 
山田:  そうなんですね。最初の奥様はティリーという方で、この方は強制収容所で亡くなったんですけども、フランクルさんが解放されて、後に娶られたエリーさんという方ですね。非常に愛想の良い陽気な方ですね。
 
きき手:  そうですか。
 
山田:  フランクルさんもそうですけど、非常にユーモアのある明るい家庭という感じがしますですね。一九九七年九月に亡くなられましたけど、同じ年の二月にウィーンのご自宅で、玄関にご夫妻でお出迎え頂いて、にこやかに両手で握手をしてくださったんですね。今でも忘れませんけど、その手の温かくて柔らかい感じですね。今でもありありと思い出す感じがしますね。お目にかかる前は、コチコチで行っているんですよ。ところがそのにこやかなお顔を目にしました時に、お目にかかりました時に、そのカチカチになった身体が、凝りのようなものが一遍にほぐれてしまいましてね。それはスッとなんかほぐれてしまったんですよね。
 
きき手:  それはどういうことですか。
 
山田:  それがちょうど三十年、もうちょっと前ですかね。禅の老師で森本省念(もりもとしょうねん)(1889-1984)という、鈴木大拙さんが現代の最高峰の禅僧だと称されている老師がいらっしゃったんですけど、九十歳ぐらいだったんです。その方に初めてお目にかからして頂きました時、お部屋でお待ちしておりましたら、襖をスーッと開けられて、ニコッとされたんですね。その時にもカチカチで行っていたわけなんですけども、それがスーッとですね、ニコッとされたそのお顔を見てね、同じようにフランクルさんとお目にかかった時と、同じような感じでスーッと肩の荷というか、凝りがなくなって。これは考えますと、お二人の先生の感じは、一言で申しますと、「自」と「他」の隔(へだ)てがスーッと消えたという感じなんですね。自分と相手―他者ですね―「自と他」。そのお目にかかった瞬間になんというか、強ばっている氷のようなものがスッと溶かされてしまったと言いますかね、敷居が一遍になくなって、「自他一如(じたいちにょ)」というようなことを仏教で申しますけど、一つになってしまったようなこと、これ非常に不思議な感じですね。
 
きき手:  フランクルがそういうものを持っていて、緊張がすこっと取れてしまったわけですね。
 
山田:  そうですね。こういう経験はあまりないことですのでね、今から考えると不思議な感じがしています。
 

 
ナレーター:  ナチスの強制収容所の体験を描いた『夜と霧』。著者・精神科医のヴィクトール・フランクルは、第二次大戦中、四つの強制収容所を経験し生還した数少ない一人です。フランクルは、解放後、その晩年まで一貫して、人間を根底から支える「生きる意味」について思索を続けました。熱心なユダヤ教信者だった母と厳格な父の元、オーストリアのウィーンで生まれたフランクルは、医学と哲学の接点を求めて精神科医となりました。「人間は、元来生きる意味を求める存在だ」と考えたフランクルは、患者たちが生きる意味を見出すための精神療法を実践していました。収容所に送られたのは、そうした最中(さなか)三十七歳の時でした。人間としての尊厳を奪われ、常に死と隣り合わせの極限を、人は如何に生きることができるのか。フランクルは、苦悩の直中にある人間を支える生きる意味の重要性を、自らの体験を通して確かめることになりました。解放後、ウィーンに戻ったフランクルは、独自の精神療法を確立する一方、戦後生きる意味を見失って彷徨(さまよ)う世界中の人々に、「どんな時にも人生には生きる意味がある」という哲学を説き続けました。
 

 
きき手:  フランクルの考え方を、山田さんが深めてだんだん知っていこうというふうに考えられたのは、それは何故なんですか?
 
山田:  いろいろございますが、私自身の個人的なことで申しますと、父親が早く、私が生まれて半年後に亡くなっていましてね。それで特にそのことを意識するということはなかったんですけれども、何かやはり無意識のうちに死ということを気にしていたと申しますかね、考えていたと申しますか、そういう気分があったと思いますね。
 
きき手:  それは気にするというのは?
 
山田:  死んだらどこへいくんだろう。そして死の恐怖というのはありました。これはあまりどなたにも申し上げていないことですけど、例えば夜中にフッと蒲団の上へ起き上がって、ゾッとするという、死の恐怖でね。死ということが絶えず気になっていた。そして私は、教育学部に入りましたんですけど、ゆくゆくは教育哲学の専攻で身を立てていこうと思っていたんですが、教育哲学の最大のテーマは、教育の目的は何か、ということなんですね。それを研究すると。それで一方では、死ということがありましたものですから、人間は何のために生きるのか、と。教育の目的ということを、根本から考えるとすると、人生は何のためにあるのかと。人間は何のために生きるのかと。死んだらすべて終わりじゃないかと。そうすると、どんな教育目的を立てたって、それは根拠のないものであると。そのことが気になって、教育目的論、教育哲学のようなことを本当にやろうとしますと、その死の問題を克服しないといけない。つまりニヒリズム(虚無主義)というものですね。先ほどちょっと申しましたニヒリズムというものを、本当に乗り越えないことには、自分の専門である教育哲学も成り立たないな、ということですね。その問題が大体大学院頃から、学部を卒業して大学院という、その頃から起こってきまして、それでその時にフランクルさんを呼びまして、最初『夜と霧』を読んだんですけども、「人生には無条件に意味があるんだ」ということを、人生には無条件になるんだと。これはニヒリズムの完全な裏返しと言いますか、否定なんですよね。人生肯定論ですね。それを非常にはっきり主張していて、おそらく宗教者は別にしまして、哲学者でフランクルほど、それほどはっきり人生を肯定した人物は多分他にいない。それぐらいに特異な存在だったんですね。フランクルさんを支えにしたということがあるんですけれども、他方ではちょっと甘いんじゃないかという疑問も持っていたんですよ。
 
きき手:  フランクルの甘いというのは、どういう意味なんですか?
 
山田:  人生を無条件に肯定するということなんですけども、それはニヒリズムというものを本当に突っ込んで捉えていないから。この辺はちょっと難しいんですけれども、例えば私たちが、人生は虚しいと。生きているのが嫌になった、というふうなことを―これは誰しも大なり小なり考えていますけど、そういう考え方がずっといくと、普通は宗教に助けを求めますよね。ところが、例えばニーチェ(ドイツの哲学者。実存主義の先駆者:1844-1900)が言っているようなニヒリズムの徹底した立場は、その自分が救いとして信じているその神がもう存在しないのだと。その神すら信じたくないんだと。そうすると、そこで宗教で救われるという道も絶たれてしまうという。その先に出てくるのがニヒリズムということなんですね。そういうふうに考えますと、フランクルは、果たして本当にニヒリズムを越えたのかな、という疑問がありました。他方ですね、そういう深いニヒリズムをもう一つ乗り越える立場というのは、私は、禅仏教だと思っていまして、私の先生の上田閑照(うえだしずてる)(1926-)という先生、禅の修行者であると同時に禅哲学の深い研究者なんですね。その上田先生のお師匠さまが西谷啓治(にしたにけいじ)(1900-1990)という。これがもの凄いニヒリズムの徹底的な研究者なんですね。この西田啓治の恩師が西田幾多郎(にしだきたろう)(1870-1945)なんです。ですから西田、西谷、上田という、いわゆる京都学派の先生方がごく身近におられたものですから、一方ではフランクル、他方では禅思想、禅哲学のようなことを平行して、
 
きき手:  フランクルの考え方は、おっしゃったようにほんとにニヒリズムを越えている、そういう深いものなのか、どうなのかをずっと追ってこられたというわけですか。
 
山田:  そうなんですね。当初私が気が付かなかったようなフランクル思想の深さというものが、その京都学派の思想を平行して調べているうちに、フランクルの思想も実は非常に深いものがあって、禅とか京都学派が言っていることと、非常にほとんど酷似しているというふうな、そういうところまで接近してきたんですね。それはもう比較的最近のことなんですけど。
 
きき手:  じゃ、その話をこれからちょっとお聞きしたいと思うんですが、とにかく最初の点としては、「フランクルが無条件に人生には意味がある」と言っているところに噛み付かれたという。
 
山田:  そうなんですね。
 
きき手:  どっちからでしょうか。山田さんがそこに飛び付かれたのか、フランクルのそれがガッと山田さんを捉えたのか、結局同じこと?
 
山田:  そうです。同じことですが、私はそういう問題を抱えていましたから、フランクルに取り憑かれた。フランクルが、私を掴んだと、そういう感じの方が近いかも知れませんね。
 

 
ナレーター:  人間の生きる哲学を探究してきた山田邦男さんは、およそ四十年にわたり、フランクルの思想に向き合ってきました。解放後間もなく出版された『それでも人生にイエスと言う』を始め、数々の著作を翻訳。フランクルの生きる意味の哲学を追い続けてきました。山田さんは、昨年フランクルが収容所で練り上げ、晩年まで改訂を続けたライフワーク『人間とは何か』の翻訳を終えました。東日本大震災が起こって間もなくのことでした。深い苦悩や混乱の中にある私たちに、フランクルの思想は何を語り得るのか。今改めて問い直したいと考えています。
 

 
山田:  フランクルの言葉で申しますと、「裸の実存」ということを言っていますんですけども、我々は一切合切何もかも身ぐるみ離れて、地位も名誉も奪われて、そして裸のまま丸ごと放り出されてしまっているという。これ実際ナチスの強制収容所に収容された時、そういう状態になるわけなんですけど、あたかも今度の震災のあの状況を見ていました時に、もう愛する家族も、仕事場も、持っている財産も、すべて津波に流されてしまって、やはり「裸の実存」という感じは致しますですね。もうちょっと申しますと、フランクルが強制収容所から解放された翌年、一九四六年、当時のウィーン市民に向かって講演を行うんですね。一九四六年というのは、広島と長崎に原爆が落ちたその翌年ということですね。その講演が「それでも人生にイエスと言う」これなんですけれども、この中でその時代状況について、フランクルがこういうふうなことを言っています。
 
「心のなかが爆撃を受けた」といえば、こんにちの人々の気分、心境は、もっとも的確に特徴づけられるのです
 
あるいはこうも言っています。
 
原子爆弾の発明は、世界規模の破局の恐怖をはぐくんでいますし、一種の世界滅亡の気分が、二十世紀の終わりを占領しています。
 
と、まあこういうふうなことをいうんですよね。そして実際に今度の福島の原子力発電所ですね。原爆でなくて原発ですよね。こっち側もベルトダウンしたというふうなことですよね。これがいつ、特に日本列島の場合には、大地震が起こるかもわからない。これはかなり現実的な恐怖感というものを我々日々抱いていると思うんですよね。私は、極限状況という点では強制収容所とよく似た状況ではないかと思いましてね。そういう状況の中で多くの人々が、自分にはもう生きている望みも何もないということで、自ら命を絶っていくという。高圧電流が強制収容所の周りに張り巡らしてあって、それに触れると感電して即死すると。そういう人たちも多く出たと言われています。フランクルは、年来強制収容所に入れられる前から、「どんなことがあっても人生には生きる意味があるのだ。どんな苦しみの中にあっても意味があるのだ」ということを、ずっと考えてきた人ですので、まさにその現場に直面したわけですね。おそらくフランクル自身ですね、ここで自分が今まで考え、主張してきたことが試されているのだと。十字架の試練に遭ってるのだという、自覚を持っていたと思いますね。実際に彼は精神科医でもありましたので、そういう絶望状態にある人たちに励ましの言葉をかけていたわけですね。ちょっとそこのところを読んでみたいと思います。これは『夜と霧』の霜山徳爾(しもやまとくじ)さんの訳で申しますと、
 
私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ。
 
そういうふうに人々が語ると、
 
これに対して人は如何に答えるべくであろうか。
 
と。ここからが重要なところなんですが、ちょっと難しい文章かもわかりません。
 
ここで必要なのは生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。
哲学的に誇張して言えば、ここではコペルニクス的転回が問題なのであると云えよう。すなわちわれわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者として体験されるのである。
 
と。コペルニクス的転回というのは、ものの考え方が、百八十度がらりと正反対に変わることをいうわけですが、こういうふうに『夜と霧』に書いていまして、その後、例えば、ということで、二人の男性の話をしておられる。その二人の男性のうち、一人が地理学者で、収容されるまでに何かシリーズ本を書いておられて、それが完結しないうちに収容されてしまうと。自分としてはその仕事を完結させたいと。自分はその仕事から待たれていると。その待っている仕事に対して、自分は応えないといけない。そういう一つの使命感のようなもの、これが彼の支えになったという。もう一人の男性は、父親なんですけれども、どこか外国で小さな子どもが待っていて、自分はその子から待たされているというわけですね。自分としては苦しくて死んでしまいたいと思っても、その子はどこかで待っているわけです。そのことを自分が思うと、死ぬわけにはいかない。自分は愛する子どもから待たれていると。だから自分だけのことを考えれば死んでしまうということもあり得るかも知れません。けども、その場合にはその苦境の中で耐え抜く勇気、使命というふうなものはなかなかこう出て来にくいと思うんですよね。そこで彼は自分ということでなくて、子どもの側から自分を受け取るというふうに立場を逆転というか、転回させた、と。こういう転回ですね。だからフランクルの言い方ですと、自分以外の他の何か―人間であれ、仕事であれ、他の何かから自分は待たれていると。その期待に対して応えていくと。そういう仕方で生きる意味というものが、そこに結果として生じてくると、そういうことなんですね。この観点の転回をする限りは、人間は最期の一息に至るまで生きる意味を失わないと、こういう考え方なんですね。
 
きき手:  つまり自分が生きていく。自分がその人を愛して生きていくというんではなくて、自分を待っていてくれる者があるということが、その人をそこに向けて生かしていく。
 
山田:  そうなんです。そういうふうに考えるわけですね。そうすると、どんなに今自分が苦しみの直中にいても、その苦しみに意味が与えられるという、そういうことですね。フランクルは、精神科医でもありますので、生きる意味を見失った実存的空虚感を抱いている人ですね。これをフランクルによると、神経症の患者の二十パーセントは、そういうことから起こっているというんですけども、そういう人々の治療する場合に、彼はアドバイスをするわけです。どういうアドバイスをするかというと、観点の転回をするようなアドバイスをするわけです。
 
きき手:  例えば、それは?
 
山田:  例えば、ある老人がフランクルのクリニックにやって来てですね、「自分は妻に先立たれて、その悲しみから立ち直れない」というふうに訴えるんですね。その話をフランクルがジッと聴いていて、こういうんですね。「もし亡くなったのが、奥さんじゃなくて、あなた自身が亡くなったと。そして今あなたが嘗めている苦しみを奥さんが今味わっているとするならば、あなたはそれでもいいですか」。そうすると、その老人は、「いや、そうじゃない。それは妻は悲しむだろうと。とてもそういうことはさせたくない」と。「そうでしょう。そうだとすれば、あなたは奥様の苦しみから、奥様をあなたは今救っているんですよ」と。つまりその人が今苦しんでいるということが、そのことによって、いわば意味を与えられた、という感じになるわけですね。で、「その老人は深く頷いて、立ち去って行った」と、こういうことを言っています。フランクル的に申しますと、苦しみの意味が与えられたと。苦悩の意味というものが、自分が苦しむということに意味があるのだ、ということですね。そのことでついでに申しますと、今度は西田幾多郎なんですけれども、「死者に対する心尽くし」ということを言っていましてね。西田がまだ若い頃に、三歳か四歳の女の子が突然亡くなるんですね。昨日まで歌ったり、踊ったりしていたその子が、今日白骨になって帰って来ると。これは一体どうしたことだろうと。西田の苦しみを見て、友人たちなんかが、「あきらめよと。いくら嘆いたって死んだ者は帰って来ない」と。それに対して、西田幾多郎が―これは後になって書いていることなんですけども、
 
せめて自分が生きている一生の間だけでも、亡くなった子どものことを思い続けてやりたい。それが残された者の使命であると。親としての心尽くしであると。親としての御心である。
 
ということをいうんですね。
 
きき手:  人がやはり過酷な状態の中で生きていく力を得る。生きていく意味を見出すのは、そういうふうに何か自分に問われているものがあるんじゃないか、というふうに思える時である、ということなんですか。
 
山田:  それは大事なことだと思いますね。「生きる意味」というのは、自分の力だけでは出てこないですね。フランクルの場合も同じことがありまして、収容されるまでに自分のライフワークだと思っていた原稿がありまして、その原稿を持ったまま強制収容所に収容されたんですけども、収容された当初にそれを奪われてしまうわけです。フランクルはどうしてもその仕事を仕上げたいということで、ナチスのメモ用紙みたいなのがありまして、速記でポイントポイントを書き込むんですね。発疹チフスで高熱でうなされている、そういう最中でそういう作業を行うわけですね。フランクルは自分が書いているんだけども、自分がその仕事を成し遂げたいんだけれども、果たして仕上げられるかどうかわからないわけなんですよね。もうギリギリの状況でやっていますのでね。その時に、もしもこの仕事を成し遂げられなかったらどうだろうか、ということも考えるわけですね。『回想録』の中でこんなことを言っていますね。
 
その後、テュルクハイムで発疹チフスにかかったとき、私は死にそうになった。たえず私は、もう自分の本が出版されることはないだろう、ということばかり考えていた。しかしついにあきらめの境地に達した。私は思った―それが人生にとってどうだというのか。人生の意味が、本が出るか出ないかにかかっているとでも言うのか、と。
 
この仕事が成就するかどうかは、もうすべて神の御心のままだ、というふうな状態で多分書いていたと思うんですね。自分が何か名誉心かなんかに駆られて仕事をするというよりも、その仕事ですね―おそらくフランクルには、この原稿を書ける人間は自分しかいないという自信はあったと思うんです。この原稿は残さないといけないという使命感を持っていたと思うんですね。いわばその使命感、あるいは原稿の方からと言ったらいいと思うんですけども、生きて頑張れというふうに呼び掛けられていると。そういう感じで書いていたと。そういう文章ですね、今の文章はですね。我々のどんなことでも、究極的にはそういうことではないかと思うんですね。例えば、親が子どもを育てるとか、画家が絵を描くとか、作家が何かに夢中になるという、それはすべて専心ということですね。専心―自分を忘れてそのことになり切っていく。向こうがこちらを捉える、と言ってもいいわけなんですけど、本当に専心したら、そこは祈りの世界だと。それはもうどんなことでも、本当は「専心=祈り」というふうに私は思った。
 
きき手:  何かお話を伺っていて、そういうふうに視点を変えてみることの大事さがわかる一方で、向こうからの問い掛けなり、呼び掛けてくる人なり、相手とのために生きるというところは、何か自己犠牲的に生きるということと近いのかなという気がしてしまうんですけど。
 
山田:  実際にその人々の心の中で起こった出来事を見てみますと、単に自分を犠牲にして、そうしなくちゃ、ということよりも、もっと根本的に心の奥底から自分が揺り動かされて、そして結果的にはそのことによって、自分がこれから生きていく勇気、生きている歓びというふうなものが湧いてくると。それはおそらく自然に湧いてくるものであって、他人から道徳的に、いわば説教されたという感じで受け止めると、私は本当の人間の深い心の働きというものをきちんと見ていない。もっと人間の自然な人情、心の働きというのは深いものであると。つまりまさに無意識というレベルで起こるような深いことで、そういうことをフランクルは、「精神的無意識」というふうに呼んだんだと思いますね。自分の力で、ということでなくて、私はやはりそこは恵み、恩寵(おんちょう)―神の恩寵というかどうか、別にしまして、なんか自分を超えたものからの催しと申しますかね、仏教では「回向(えこう)」というようなことを申しますけど、なんかやはりそういう自分を超えた何か大きなものが、自分の心の深いところで働いてくれている。
 
きき手:  それが自分の歓びになっている、ということでしょうか。
 
山田:  そういうことだと思うんですけどね。フランクルの言葉で、もうちょっと申しますと、「意味への意志」という。「意味への意志」というのは、自分の人生を生き甲斐のある人生にしたいという願いなんですけど、そういう願いが人間の一番根本的な無意識だと、フランクルは考えていますね。その「意味への意志」という無意識が呼び覚まされたと言いますかね、例えばさっきの例で申しますと、愛する子どもが外国で自分の帰りを待っていると。そのことを思うと、自分はどうしても頑張らなくちゃいけないと。これは要は親心ですよね。自然に湧いてくるものであって、人間にはそういうものがあるのだ、という。それがフランクルの一番の療法としては基本的なもので、そういう「精神的無意識」という言い方で、そういう無意識が人間の一番根本のところにある。「無意識」という場合、精神医学とか深層心理学―フロイト(オーストリアの精神分析学者、精神科医:1856-1939)が最初ですけれども、無意識を発見した、と言われているわけですね。我々は平素意識していないけれども、意識の底に意識されざる意識のようなものが隠れていて、これが時々悪戯をして人間に神経症を起こさせるんだと。そういう無意識もあるけれども、フランクルの考えでは、そういう無意識だけではなくて、精神的な無意識もあるのだと。フランクルの場合には、「愛」とか、「良心」とか、それから「インスピレーション―芸術的な直感」主にその三つを挙げているんですけど、その辺は実はもうちょっと複雑なんですけどね。例えば良心という―良い心という良心ですね、これは精神的無意識の一つです。
 
きき手:  その場合の「良心」というのはどういう?
 
山田:  例えば、子どもが道で転げたと。ハッと思って助け起こそうとしますよね。これが良心なんですね。ですからその都度その都度の場面において、何か自分に呼び掛けてくるものがあると。その呼び掛けをこちらで察知すると言いますか、感じ取って、そして応えていきますよね。感じ取って応える、というこの働きですね。これが良心だと。その察知する能力のことを、フランクルは「意味器官」というふうに言いまして―「意味」というのは生きる意味というその意味ですが、「器官」というのは感覚器官ですね。その意味を察知する器官が人間には本来あるのだと。
 
きき手:  生きる意味を本来察知する力があるはずだと。
 
山田:  あると。ただそれは自分の内からは出てこないので、何かがあって、それでその器官が働くわけですよね。
 
きき手:  そういうふうに呼び掛けが起こったら察知して、反応する能力、それをつまり「精神的無意識」と言っているんですか。
 
山田:  そうです。
 
きき手:  それはさまざまなものに反応する感覚、
 
山田:  そうですね。
 
きき手:  で、おっしゃったように、生きることの意味というものについても、それを考え、感知する。なんか働きかけがあった時。、
 
山田:  考える以前ですね。考える前ですね。
 
きき手:  考える以前に察知する力があるんだと。
 
山田:  例えば、今、「ゴォーン」という音が聞こえたとしますね。その「ゴォーン」という音が聞こえているその時は、私なら私の意識なり感覚が「ゴォーン」のところへいっているわけですね。超越している、と言いますか。ただ「ゴォーン」と鳴っていて、そして0・0何秒かして、これは鐘の音だとか、どこどこのお寺の鐘の音だとか、これが鳴ったら何時だとか、あるいはその音を私が聞いているのだとか、それが何であるか、そしてそれを聞いているのが誰であるかとか、こういうのはすべて判断と言いますかね、考えているわけですね。その考える以前「ゴォーン」と鳴っているその直中では、自分は「ゴォーン」になっているわけです。「なっている」と言ったらおかしいんですけども、我も忘れて、そしてその音が何であるかということも、まだ判断する以前のところですね。西田幾多郎の言い方ですと、「主客未分(しゅきゃくみぶん)」主と客―私と鐘が未分―分かれていない。そこにあるのはただ「ゴォーン」という音だけなんです。これは西田先生の場合でもそうですし、フランクルの場合でもそうなんですけども、人間がものを考えたりするという場合でも、その考えるというそのこと自身も考えている直中では考えられないわけですね。何かについて考えている場合には、その方に自分の意識が全部いってしまっているわけです。このように、今、「ゴォーン」という話から、西田の言葉でいうと、色を見、音を聞く刹那、その瞬間、その直中ですね。そういう直中においては自分はそのものへ出てしまっているわけですね。それを「自己超越」というふうに呼んでいるんですけどね。自己を超越してそちらの方へ出ていってしまっていると。そういうことが人間の本来のあり方なんだと。他者からの呼び求めに応じて、その他者の元に出る、ということですね。その自分以外の他の元に出ているというその状態。自分以外の何かの元にあるという、それを「Bei-sein」という言い方で、自分以外の他の何者かの元にあるという、そのことを「Bei-sein(〜の元にあること)」と。
 
きき手:  さっきのフランクルが、収容所の中でキーワードをずっと書き綴ったという話をして、そこに「専心していた」という話をしてくださったんですけど、そのことも同じこととして、
 
山田:  それはまさに同じことでして、そうしてくれたことによって、我々はこの本を通して、本当のフランクルに接することができる、というふうにも言えると思うんですよね。ですからフランクルが、我を忘れて原稿の執筆に専心したと。そのことの中に本当のフランクルが現れている。
 
きき手:  つまり他のものと自分が一つであるということが、人間の有りようの本来であると。
 
山田:  本来ですね。
 
きき手:  そういうふうになっているからこそ、ずっと前半にお話を頂いたように、向こうからの問い掛けをどう聞くかという。つまり視点の転回ということも、そういうところからしたら当然起こるという、そういうことなんですか。
 
山田:  そういうことなんですね。ですから本来のあり方から言えば、転回した後が本来のあり方であると。ところがその転回前のあり方を普通我々はしている。これはやっぱり人間が自我(じが)というものを持っているということが大きいと思うんですね。自我という―エゴと言いますかね、を持っているから、どうしたって自分というものを中心に物事を見る。だけどこれはかえって本当の自分が発揮されるのを妨げていると見ているわけですね。先ほど来の私の申し上げたいことは―私も他人(ひと)に偉そうなことは言えないんですけども、本来の自分というものが発揮されるのを妨げている。ですから本当の自分というのは、どういう状態の時に発揮されるかというと、フランクルは「自己超越した時」―「Bei-sein」と先ほど申しました―その時に本当の自己実現ということが、結果として可能になるのだと。自己超越の結果として初めて自己実現ということが可能になる。それはフランクルだけが言っているということでなくて、例えば西田先生の場合は、「自己を忘れたところに真の人格は現れる」ということを言っている。そういう難しい言葉を言っているんですけど、自分を意識しないで、何かに夢中になる。専心する。その状態の中で本当の自分というものが現れてくるのだ、ということを言っています。これはフランクルの考え方と全く同じと言っていいような気がしますね。
 

ナレーター:  山田さんは、しばしば散歩に出掛けます。禅の修行にも取り組み、竹林で作務(さむ)を行っていた山田さんにとって、竹林は馴染み深い場所です。
 

 
質問者: なんか歩きながら考えることをされるんですか、ここは。
 
山田:  ボヤッと歩いている。ボヤッとぶらぶらと。無心にと言えば聞こえはいいんですけど、実際はボヤッとぶらぶらと歩いているんですけど。そういう時に、例えば竹の葉が風にそよいだりします。そうすると、そっち側の方を見ますから、そうすると竹が風を送ってくる。その風を私が吸って、そして吐き出した息を竹が吸う、という。竹と自分とが繋がっているという。そんなことがずっと宇宙いっぱいに重々無尽に繋がっていく、というふうなことを、たまに考えたりもした。だけど普通はボヤッとして歩いているんですけど。
 

 
きき手:  フランクルさんにお目に掛かったお話を、先ほど申しましたけど、直接私におっしゃったのでは、ユダヤ教を信仰しているということなんですね。それで実際にフランクルが書いているのは、ユダヤ教、あるいはキリスト教的な一神論の立場が、彼の著作の背後に伺われているんですね。私自身は、その辺がどうも私自身に腑に落ちないところがありましてね。ちょっとそこが私のフランクル理解の限界だったんです。それでずっと何十年とその限界を抱え続けてきたのですが、一番最近に訳しました『医師による魂への配慮』というのが原題ですが、これを日本語では『人間とは何か』という題で出版しているんですけども、これに付けた最晩年の註の中で、先ほど申しました「精神的無意識」というふうな、人間独自の―動物的ではなくて―人間独自の無意識というものがあると。一体そういうのはどこから生じたのか、ということですね。これは、例えば動物学者と言いますか、進化論の学者から言いますと、動物進化の過程の中で、人間の心の中に、そういう情ようなものが成立してきているんだというふうには言えるし、あるいは神学者だったら、それは神が人間をそのように創り給うた、というふうにいうだろうと。しかし私は進化とか神という言葉を使わないで、「自然」とふうに呼びたい、というんですよ。ただしこの場合「自然」―原語は「Natur」―自然科学でいう意味での「自然」という言葉なんですけれども、ただフランクルは「自然(Natur)」という言葉使った場合には、自然科学でいうような「自然」という意味に受け取れないわけですね。むしろ私は、東洋で「自然(じねん)」というふうに呼び慣わされていた、そういう自ずからそうなっている。自ずから然りと。何故かということは問えない。ただそうなっている、という。不思議だなあという感覚ですね。そういう意味での、つまり「自然(じねん)」という意味での「自然(しぜん)」という意味合いで、フランクルがこの言葉を使うんですよね。この場合には、フランクルはユダヤ教信仰とか、一神教とか、そういうものをちょっと引っ込めているわけですね。科学的なものの見方。それから宗教的な神というふうなものの見方、その両方とも引っ込めて、むしろ両方合わせるような形で、「自然(じねん)」という言葉を出してきていると。これだと腑に落ちるわけですね。それは仏教とか、キリスト教とか、ユダヤ教というふうな、そういう箇々の宗教の教義の問題ではなくて、こういういろんな宗教が世界各地で発生して、成立して、今も信じられている。そういうものの一番共通の根底にある何か普遍的な宗教性というようなものなんですね。そこのところをフランクルは見ているのではないかな、という感じなんですね。
 
きき手:  しかもそれは日本で考えられている考え方にとても近いと。
 
山田:  近いと。ですからこれだと私も共感できると。これ見つけた時は嬉しかったです。現代のニヒリズムの時代において、そういう共通の根底を見出すということは、一番根本の重要な問題ではないかと。それと同時に、何よりも私自身がそれを見つけないと落ち着けないんですよ、私自身が。ですから私はフランクルとか、西田とか、禅とかね、ちょっとずつ囓っていますけど、何故そんなことをやっているか、と申しますと、私自身がどこで安心(あんじん)できるのか、というその問題なんですね。
 
きき手:  山田さんが、この東日本大震災以降の私たちに、どういうふうに生きていったらいいのか、ということについては、どうお考えになりますでしょうか。
 
山田:  普通は時は無常ですべて消え去っていく、というふうに考えますけど、フランクルは、まったく逆でして、一旦起こったことは二度となくならないと。未来は不確かであるけど、過去は確かだと。だからどんなことだって―ちょうど田圃の稲刈りをして、脱穀して蔵に詰めますよね。過去は虚しいというふうに思う人は、その切り株の田圃しか見ていないからだと。過去という蔵の中にいっぱい詰まっているんだと。全部そこに保存されているんだと。ですから今ここで自分が為すこと、それが永遠に残ると。ですから時間的には、空間的には全部繋がっていると。そういう世界の中で、フランクルは意味ということを考えていると。そうしますと、例えばお尋ねの東北の大震災で、明日の生活にも実際に困ると。これからどう生きていったらいいのだろうというふうに、ほんとに苦しんでおられる方がおられるわけですけど、私のそういう日々の最近の体験から申しますと、今ここで自分は何を為すべきかと。その何を為すべきか、ということは、自分の内からは出てこないんですね。自分にその時、問い掛けてくるものがあるわけです。その問い掛け、呼び掛けに応えていくと。自分の誠を尽くして応えていくと。それ意外にない。私ももう七十を越えましたので、時々死のことを考える。直接死のことを考えたりすることが多いんですけど、その時にどうしたらいいだろう。結局私が思いますのは、今ここで自分が為すべきことを為すと。それ以外のことないんじゃないかなと。それしかないんじゃないかなというふうに思うんですね。
 
     これは、平成二十四年四月二十二日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである