<="font-size:0.70em">ナレーター:  長野県の中央部、松本盆地の南に広がる塩尻市(しおじりし)。雪を頂く北アルプスを見霽(みはる)かすすこの地方の四月の風はまだ冷たく、桜の季節はもう少し先のようです。塩尻市北部、片丘(かたおか)というところに無量寺(むりょうじ)というお寺があります。今日は愛知専門尼僧堂の堂長・青山俊董さんを、青山さんの自坊であるこの無量寺にお訪ね致します。青山さんは、昭和八年、愛知県のお生まれ、五歳の時、この無量寺に養女として迎えられ、十五歳で名古屋の専門尼僧堂で修行を始め、その後東京の駒澤大学や教化研修所を経て再び名古屋の尼僧堂に入り、現在まで雲水たちの修行を指導しておられます。その一方で毎月何回か塩尻市に帰って、坐禅会だけでなく、お茶やお華の指導も続けておられます。桃の花が美しく活けられたお部屋でお話を伺いました。
 

 
金光:  バブルが弾けて以来の日本の国を見ていますと、どうも閉塞感に溢れて、先が暗い、明るさがないというような印象が強いんでございますが、ところで今度お邪魔する前に改めて青山老師さんのご本を拝見しますと、「光を掲げていた」とか、「光に導かれた」とか、あるいは「光の中で」とか、「光」という言葉が随分目に映ったものですから、今日は「人生に光あり」というようなことで、光というところで、どういうイメージをもっていらっしゃるのか、その辺をお伺いしたいと思ってお邪魔したんでございますが、人生における光という話になると、どんなところからお話して頂けますでしょうか。
 
青山:  そうですね。「光」というのが非常に巾が広いんですけれども、まずは平成二十二年ですが、「光」という勅題(ちょくだい)がありました。私は素人なんですけども、素人の横好きで歌を創ったんですが、「光」の勅題に合わせて創った歌の一つが、
 
くさぐさの葉末(はずえ)に宿る白露の
一つ一つに月影の澄む
 
お月様の光が全部のどんな葉末の露の一つ一つにも、全部宿るようにと、仏の御命を光に喩えて、その命を頂いて、地上のすべてのものが平等に仏のお働きを頂いているんだよ、と。その仏のお働きを、光という言葉に象徴したというわけですね。
 
金光:  「くさぐさの葉末に宿る白露の一つ一つに月影の澄む」ということで、ということは、日常お月様の出ている野原とか、そういうところに出ると、誰でも目に映る姿ですけれども、これが人生一般に当て嵌るということでございましょうか。
 
青山:  そうですね。例えば夜の月の光が全部の上にまったく平等に働きかけて、その同じ働きを頂いて、私という命を頂く。今日も眠ることもできる、目が覚めることもできる、そういう働きを同じように頂きながら、人間は人間の姿を頂き、あるいは一輪の梅となり、桃となりとか、犬となり、猫となりとか、一つ命を頂戴しての今ここの営みがあるんだと。それを命、天地のお働きを光に喩えて、その光に喩えて、今ここを、という命の重さにおいては全部平等ですわね。ですから道元さまがよくお米も菜っ葉も一枚の命の重さとしてまったく平等。だから、「お米洗う」と言わずに、「米(よね)洗いまいらせろ」と。「お米を洗い」と言っちゃあいけないと。「洗いまいらせよ、と申せよ」というように、菜っ葉一枚、米一粒、水一滴を自分の命と同じ重さに受け止めろと、そういうようにすべての上に。それをもう一つ言葉を換えれば、道元さまの『正法眼蔵』の「梅花」の巻に出てきますけれども、道元さまのお師匠さまの如浄禅師のお言葉ですね、
梅開早春(梅早春を開く)
 
と。勿論漢文ですから「梅開早春」を「梅早春に開く」とするか、「梅早春を開く」とするか、この送りがなを「を」にするか「に」にするかで、意味が随分違ってまいりますわね。「梅早春を開く」という方が本当であろうと思うんですよ。しかしながら「早春に開く」の意味もあって、私ども簡単には、梅が春になったら開くんだ。これが一番入口で、「梅早春に」ですが、しかしながら「早春を」と言った場合は、「梅花」の巻の全体から拝見した場合に、「早春」春というのが、仏のお働きですね。春というのは限定した姿をもっていない、決まった姿を持ちません。春は無限定だから、全部のものの上にまったく平等に働きかけることができます。そのまったく平等にすべてのうえに働きかけることができる春の働き、それを仏の御働きに喩える。その一つの春の働きを頂いて、具体的にそこに春の姿として現すのが、梅の姿をとったり、桜の姿をとるように、大きく丈高く咲くものもある。菫やタンポポのように、低く咲くものもある。長短あり、あるいは早く咲くもの、遅く咲くもの、長短あり、遅速あり、千態万様(せんたいばんよう)の姿を具体的な現象界の姿をとると千態万様ですけれども、一つの春の働きを頂いていることに変わりはない。その一つ命の働きを、という点を、言葉を変えれば「仏性」と呼んだりするわけですが、その働きを頂いて、私は今青山俊董という命を頂き、というように、それが「梅」という言葉になる。そういう天地のお働きを頂いて、私という姿を頂く。一つの春を頂いて、梅という姿を頂く、という読みの時が、「梅早春を」の「を」となるわけですよね。
 
金光:  春が来たから梅が咲いたと、普通は思いますけれども、実は箇々の人間が自覚できた時には、「梅早春を開く」というのがピッタリくる。
 
青山:  そうですね。
 
金光:  そういう世界に生かされている、という自覚ができる、ということになるわけでございましょうか。
 
青山:  しかしその「自覚」がもう一つ問題でして、その仏の命を頂いて、今ここを生きる。春の命を頂いて、ということにおいては、みんな平等なんだけど、というように、仏の命を頂いて、今ここの私の営みがある、ということにおいては、絶対平等ではあるけれど、今ここでの働きが違う。頂戴したというので、例えば鉱物は物質だけ、植物は物質プラス(+)命、それから動物たちは物質+命+意識する働きを頂いている。人間だけがさらに、そういう仏の命を頂いて、今ここを起き伏しできるんだということを自覚する働きを頂いているのは、人間だけなんだ、と。やはり自覚さして貰うことができる私どもである。
 
人身受け難し今已(すで)に受く
仏法聞き難し今已に聞く
 
という言葉を称えますが、本当に一つの天地一杯の働きを頂く人間、あるいはすべて草木もそうですけども、草木にその自覚はなかろうし、動物にその自覚はなかろうけれども、自覚させて頂くことができた人間の命を頂いた喜び、これは深いわけですけれども、幸いに自覚する働きを頂いた人間の命を頂いても、その天地一杯の働きを頂いて、ここに起き伏ししているんだ、ということを説いてくださる教えに出会えないと気付かして貰えない。米沢英雄(よねざわひでお)(1909-1991)先生がよく、
 
吹けば飛ぶようなこの命をいかすのに、天地宇宙総がかり。天地とかけ合うほどの命と思ったら拝めないではおられない
 
とよくおっしゃっていましたがね。そういう命のことを説いてくださる教えに出会わないと―自覚する働きがあることがまず喜びですが―しかしながらその教えに出会えないと気づきません。そういう意味で幸いに教えに出会わせて貰うことができた喜び、これが「人身受け難し今已に受く、仏法聞き難し今已に聞く」のこの一句であろうなと思うんですね。しかしそこで幸いに気づく働きを頂いていても、アンテナを立てなければ気づけないんだ。出会っていても出会いは成立しないんだ。話聞いていても聞けないんだ、という悲しみがありますわね。
面白い話がありまして、少し前ですが、新入社員研修を頼まれまして、エリートらしき青年二十人がやって来ましたね。一日研修があったわけです。午前、午後二度の坐禅と二度の話と、作法に従って食事をあがって頂いた。仏法の話というものは特別ではなくて、たった一度の命を今どう生きるか、ということですから、初めての青年に分かり良い話をしたつもりなんですね。一日の研修が終わって夕方茶話会で感想を述べてくれました。二十人のうちの十九人までが、足が痛かったことの他は、何にも聞こえていなかったですね。こんなに聞こえないか、と思うぐらい聞こえていないんですね。で、尼僧堂の雲水たちが、「みんな幸せ過ぎて、アンテナが立っていないんですね」と言っていましたんですが、その中でたった一人、重病を患ったという青年が、「自分の病の痛み、苦しみを通して、今日のお話は心に沁みました」と言ってくれましてね、一つの学びがありましたね。先ずは聞けないということと、聞く耳―アンテナを立てる役をしてくれるのは、悲しみ、苦しみなんだ、と。「悲しみ苦しみに導かれて教えに出会えるんだ」ということを、先ずは学ばして貰いました。そこのところの悲しみ苦しみは、例えば深いほど―よくお釈迦様は、病人と一緒に喩えられましたわね―病気は辛いほど待ったなしに医者へ行こうとする。医者の言うことを聞こうとする。薬を飲もうとする。悲しみ苦しみに導かれて求める心が起きる。そういうような姿でしょう。その「悲しみ・苦しみ」は―言葉を換えれば、「闇」と言いましょうね。これも私の勅題の一つですが、
ぬばたまの夜の闇路の深きほど
月の光のしたわしきかな
 
そんな歌を創りました。悲しみや苦しみはアンテナを立てよ、という仏様からのプレゼントなんだ、と、こう頂戴しなければならんな、と思ったわけですね。
こんな思い出がありましてね、善光寺の戒壇巡り、そこほど暗いところありませんですよ。
 
金光:  ほんとに暗いですね。
 
青山:  あれだけ暗いと足が前へ進みませんわね。前の方がどなたであろうと、前の方にしがみついて、あるいは壁に触ってやっと一歩一歩歩く。そして遙か彼方に少し光が見えるとホッとします。あっちへ行けばいいんだ、というようなね。というふうに、暗いほどに闇に導かれて、悲しみ苦しみに導かれて光を求める心が起きる。アンテナが立つ。そういうことでございましょうね。
 
金光:  しかしそういうお話を伺っても、「ああ、いい話だった。はい、それまで」というんじゃ、どうにも役に立たないんですが、その辺のところはどうすればよろしいんでございましょうか。
 
青山:  とにかく幸いに悲しみ苦しみに出会わして頂いて、アンテナが立つことで、人に出会える。教えに出会える。しかしながら、〈なるほど〉と、まずは出会うことというのは頂きますわね。しかしそこで思うんですけれども、自分の持ち合わせの寸法しか頂けない、というわけなんですわね。そこを道元様は、
参学眼力の及ぶばかりを見取(けんしゅ)会取(えしゅ)するなり
 
学んだ目線しかない。『正法眼蔵』の「現成公案」の巻に、「参学眼力の及ぶばかりを見取会取するなり」という言葉がありますね。
 
金光:  「参学眼力の及ぶばかりを見取会取するなり」ですね。「参学」は、参究(さんきゅう)で、学ぶ目の力ですね。「及ぶばかり」それだけの範囲を見て取り、「会取するなり」会得する、ということですね。
 
青山:  まあ自分のわずかな目線しかない。学ぶしかない。その範囲しか頂けない。ですから、とにかく例えば、一言、〈あ、そうか〉と気付かして頂いても、限りなくそれを毎日の生活の中で繰り返し繰り返し温めさせて頂く。時間を掛けて参究し続ける。それが大事なんでしょうね。その限りなく日常生活の中で一句を温め続けさして頂く。そうすること、これが道元さまは、
百不當一老(ひゃくふとういちろう)
 
ということをおっしゃっていますわな。「百不當一老」これは道元禅師の『正法眼蔵』の「説心説性」の巻ですけれども、弓矢にたとえて、「今の一當は過去の百不當の力なり」弓を的に向かって射た。何回射ても上手くいかない。百不當千不當ですわな。今の一當は、今初めて一度当たることができた。今初めて矢が的に当たることができたのは、過去の百回千回の失敗にめげずに、一度一度を大事に努めることによって、熟して、やっと今一度当たることができたぞ、と。「今の一當は過去の百不當の力なり。百不當一老なり」と。「一當」を「老」と書いているところに意味がありますわね。日本で「老」というのは、「老醜」とか、あんまりいい言葉に使われませんが、本来は「長老」「大老」「老練」「老師」円熟の意味ですわな。ですから不當―百回千回の失敗にめげずに、一度一度大事にやり続ける。そうすることによって、熟して、今一度当たることができた、というような、時間を掛けて教えに参じ続けることで、自分の物差しを延ばしていくよりしょうがないという、その辺が教えに出会うことができても、後は時間を掛けながら、具体的生活の中で温め続けてさして頂かないといけない。それは今日のお軸を掛けました「梅熟」でもありますわね。
 
金光:  「梅が熟する」と書いてありますが、あの軸はどなたの軸でございますか。
 
青山:  余語翠巖(よごすいがん)(1912-1996)老師―亡くなりましたけども、私の名古屋の道場の師家(しけ)として二十年ご指導頂きまして、老師との出会いも大変有り難い出会いで、人生出会いは宝と言いますけれども、まず第一歩に沢木興道(さわきこうどう)(1880-1965)老師にお目に掛かることができた。十六歳で頭を剃った時に、先ずは沢木老師に出会いができて、それから老師が昭和三十八年に安泰寺(あんたいじ)へ引退された。その年まで私はちょうど大学におりましてね、大学を引き揚げたのが三十八年。それから老師は二年ほどでお亡くなりになりました。その後、自分の姿は見えませんから、生涯覚めた目で足下を見て下さる人の目を持ち続けたいというので、沢木老師の後、どなたがよかろうか、と思いました時、内山興正(うちやまこうしょう)(1912-1998)老師にその後ずっと付かして頂き、同時に僧堂にお迎えする師家として、余語老師とのお出会いがあって、で、余語翠巖老師は大雄山最乗寺(だいゆうざんさいじょうじ)の山主(さんしゅ)でいらっしゃいましたね。その余語老師に御出会いして二十五年間でしたが、尼僧堂の堂長として二十年お越し頂きました。有り難いご縁でした。老師におねだりして書いて頂いた一つがこの「梅熟」です。これは道元様の『正法眼蔵』の「行持」の巻ですね。「行持」の巻にある馬祖道一(ばそどういつ)の弟子の大梅法常(だいばいほうじょう)(752-839)の話ですね。一人の雲水が、?杖(しゅじょう)―杖の材料を取りに山へ入って道に迷って、迷ってヒョイと出たところに小さな小屋があって、何年も山を下らずに修行しているらしきお方がいるんですね。「道に迷ってしまったけど、どうやったら里へ帰れるか」と聞きましたら、「随流去(ずいりゅうこ)」と答えられた。流れに随って去れ。まず川を見つければ水はいやでも低く行きますから、その流れに随えば里へ出ますわな。この「随流去」という言葉も余語老師のお好きな言葉でしたけども、それで里へ出ることができて、馬祖師匠のところへ帰ることができて、「山の中でこんな人に会いまして、聞いたら随流去≠ニ答えられた」と報告するわけです。そうしますと、馬祖が、「それはその昔ここで修行していた大梅法常に違いない。もう一遍お前、そこへ行って、『かつて馬祖は、即身即仏≠説いたが、今は違う。非心非仏≠説く』と言って来い」と。心がそのまま仏―「即心即仏」をその昔説いた。今は心に非ず仏に非ず「非心非仏」と説く。もう一遍行って来い、と言われまして、この雲水はまた行きまして、それを伝えたんですね。そうしましたら、大梅法常が、「他は非心非仏≠ノまかす。吾はこれ即心即仏=vと。師匠は何と言おうと、私は即心即仏≠セ、と。ここもなかなかですわ。自分の師匠が違ったことを言ったらって、師匠であろうと何であろうと、自分が頂いた安心(あんじん)は動かない。ここが素晴らしいですね。「他は非心非仏≠ノまかす」師匠は何であろうと私は即心即仏≠セ、とこう答えた。雲水さんは、わからないけども、そのまままた戻って来て報告するわけです。そうすると、馬祖が「梅子(ばいし)熟(じゅく)せり」と。「梅子」というのは、大梅法常のことで、「子」というのは、例えば舎利子とか、「子」という字は愛称であったり、接尾語ですわね。大梅法常の修行が熟しているわい、という意味で、「梅子熟せり」と言われた。この「梅熟」の二字は、道元禅師はこの大梅法常さまを非常に慕っておられましたから、永平寺の確か中雀門ですか、この「梅熟」の軸が掛かっております。そんなのでこの「熟する」というは、先ほど「百不當一老」の「老」に当たりますわな。時間を掛けて、例えば鳥が卵を抱くのも時間を掛けなければ熟さん、卵は孵化しない。ただ抱いているだけではなくて、点検をするんだそうですね。黄身の冷たいところはないかと点検しているんだそうですが、というように、一句を頂いて〈良い話だった〉と、それじゃダメなんで、それを具体的な生活の中でずっと温め続けていく。生活にはいろいろあるに決まっていますが、いろいろあるその中で一句を頂戴したら温め続ける。参学し続ける。参究し続ける、という時間を掛けないと「老」は来ない、「熟する」は来ない。そういう辺りがこの「一老」とか、「熟する」という意味なんでしょうね。
 
金光:  そういうエピソードというのは、禅宗の歴史の中には、いろんな方がそういう体験をされているというのが残っているんでございましょうね。
 
青山:  そうですね。よく道元様が好んでお使いになる喩え話が、香厳智閑(きょうげんちかん)禅師の「香厳(きょうげん)の撃竹(ぎゃくちく)」、それから霊雲志勤(れいうんしごん)禅師の「見桃花」、これはこんな中国の逸話です。香厳さまも、それから霊雲さまも?山霊祐(いさんれいゆう)の弟子ですわね。馬祖の弟子の弟子の、孫になりますかね。この香厳智閑(きょうげんちかん)というのは非常に勉強した人らしいですね。ある日?山が呼んで、「お前はよく勉強したけど、借り物でない自分の言葉を持って来い」と。どう考えても、どっかから引用した言葉か聞いた言葉であって、自分の言葉が出てこない。それで「画餅(がびょう)飢えをいやさず」絵に描いた餅では腹は膨れん、と言って、自分の学んだものをみんな焼いてしまって、そして庵を結んで、坐禅と作務(さむ)三昧の生活に入った。ある日庭の掃除をしていて、石が竹にカチンと当たった。そのカチンと当たった石の音でハッと気が付いて、年来の疑問が解けたと。遙かに?山の方を向いて礼拝した、というような話がありますが、その「香厳撃竹」という話ですね。それからもう一つの方は、同じく?山の弟子で霊雲禅師が行脚をしていて、フッと山の峠か麓か出ましたら、目の前に見渡す限りの里やら渓やら埋めて桃が咲いていた。それを見てアッと気付いたというので、「霊雲見桃花」桃の花を見て悟ったと。この二つの例は、道元さまはよく引用されますんですが、この引用された後で、竹はしょっちゅう音を立てているんだと。竹の音さえ聞いて悟ることができれば誰も苦労しやしないんだと。桃の花を見さえすれば悟ることができれば誰も苦労しやしないんだと。やはり時間を掛けて、ずっと学び続ける、温め続けることで、因が熟して、ある日ストンと、〈あ、そうか〉と、何かを機縁に気付く。その何かの機縁が、撃竹であったり、見桃花であったりというわけなんですね。私など、この頃名古屋の方が多いんですが、かつては東京都へ行くことが多かったんですが、甲府は桃の産地ですよ。電車で甲府のあそこを通りますと、今の頃の時期になりますと、だっと桃の美しいのが見えますよ。その桃の花を見ながら、霊雲志勤さんはこの桃の花を見て悟ったと。私は悟れない。桃の花さえ見れば、悟るというものではないんだぞ、と、道元さまが、
 
花は年々に開くれども、皆得悟するに非ず
竹は時々(じじ)に響けども、聴(き)く物ことごとく証道するにあらず
 
それで見さえすれば悟る。聞きさえすれば悟れれば楽ですけれども、やはり長い年月努力をして温め続けていかないと、そして因が熟さないと―それは「一老」の「老」であり、「熟する」の「熟」でしょうね。気づけないんだぞ、と。本当のところは気づけないんだぞと、そういうようなことでしょうね。
 
金光:  その話を聞いて思うんですが、私が沢木興道老師のものを拝見していましてね、その悟りの話だろうと思うんですけども、泥棒がある家に入って見たら、空き家で何にもなかったと。それを見たのと同じことだ、というようなことをおっしゃっていたようですけれども、何かその辺も共通するニュアンスがあるのかなと思うんですが。
 
青山:  そうですね。問題は何に気付くか、ということですね。沢木老師はなかなか痛快な引用をされる、お話をされるお方でありましたけどね、空き家へ入って、要するに何か欲しいんですわな。私は何か欲しいという。ですから仏法を学ぶにしても、何を学ぶにしても、何か欲しいという、何かあるだろう、というような思いがどうしてもありますけれども、そんなんじゃないんで、大事なことは「既に授かっているものに気付く」ということなんですね。昨年私は暮れに風邪をちょっとこじらせましてね、約一ヶ月近くもたついたんですよね。四十度近い熱を出しましてね。それで普段寝不足しているんだから、こんな時に寝れればいいと思いますのにね、いくら寝ようと思っても、具合が悪いと寝れませんですよね。夜中中、汗を取るのに着替えてみたり、寝れませんし、辛いから寝返りを打ちますと、蒲団がくしゃくしゃになるから、調えて、着替えをして、〈よし、寝るぞ〉と自分に言い聞かせても、調子悪ければ寝れませんわな。しかしながら調子さえ良ければ、雲水たちは坐禅をしながら―誰も寝ていいと思いませんけども―寝ていない、寝ていないという夢を見ながら寝ちゃったり、話を聞きながら―寝てはいいわけはないんですけれども―つい寝てしまったりというように、これは、ということを思います時に、眠りさえも授かりなんだ、と。そして少し楽になって呼吸も楽になる。眠りも頂くことができる。私は食いしん坊でいつでも食欲がなかった試しはありませんけども、珍しく食欲がない。健康になりますと、食欲が戻りますわね。食欲も授かり、眠りも授かり、眠りが足りたら目が覚めることができる。大変な授かりの姿。当たり前と思っていた、既に初めから授かっていたその働きに気付く。それだけじゃないですかね。ないものを手に入れるんじゃなくて、初めから十分に授かっているこの命の働きに気付かして貰う。それが大事なことで、その気付きもしながら、さっき繰り返しますけれども、自分の受け皿しかありませんから、限りなく深めさして頂く。ですから一遍気付けばいいというものではない。何かの縁で気付かして貰うけど、気付きを限りなく深めていく。その辺が百不當、千不當の努力ということもありましょうけど、深めていく。こういう姿が大事なことじゃないでしょうかね。
 
金光:  無量寺なら無量寺の参禅会に来て坐らせて頂く。そういうのは勿論修行だと思うんですけれども、ここに来た時だけの修行ということだと、なかなか当たり前のことには気が付きにくいと思うんですが、その辺の修行の話になると、どういうことになるでしょうか。
 
青山:  遠い話にもっていっちゃいけませんですわね。だけど「百不當一老」とか、「梅熟」とかという話を聞いていますと素晴らしい話ですが、今の私の足下とはちょっと遠い話になりかねません。例えば「百不當」という言葉、それから「一老」という言葉は、「修行」と「悟り」という「修(しゅ)」と「証(しょう)」という言葉に置き換えることができるかと思うんですが、しかしながら「修」と「証」も遠くにもっていきかねません。さんざんやって「証」があるんだ、とそう思いがちですが、もっとこう具体的な足下にもってこないと、仏法が浮いてしまう。その辺が沢木老師がよく「戯論(けろん)にわたってはならない」「言付け仏法」という言い方をされましてね。
 
金光:  戯論というのは、遊びの論議ですね。
 
青山:  そうですね。今ここの実践にならない。自分の人生を通さない。それを「立ち見席の仏法」とか、「言付け仏法」という言い方をされていました。私の人生を通さない。今ここを通さない。あるいは「傍観者の仏法」という言い方をされておりました。具体的に今毎日の生活の今ここにどう頂くか、ということがよっぽど大事ですわね。そういう意味で、例えば非常に簡単なわかりいい例ですが、やはり沢木老師の言葉を言えば、沢木老師が、「夫婦喧嘩をしようと思ったら、先ず合掌して始めろ」とおっしゃった。これはいいですね。よく分かり易いですが、問題は夫婦喧嘩で頭にきている最中に合掌を思い出してくれるかが問題ですけれども、しかしながら先ず合掌をしてという、これが「修」ですわ。実践ですわ。合掌してという「修」があれば、合掌さえすれば合掌の世界が嫌でもそこへ開ける。即座に開ける。拳持ち上げたら、拳持ち上げた修羅の世界が、即そこに開けますが、これが「修」と「証」ですわな。合掌という「修」をすれば、合掌の世界が即開ける。合掌してから喧嘩になりはしませんわね。それが「証」でしょうね。というように、「修」と「証」を、即今の足下に一つとして受け止める。これが大事でしょうかね。生徒が家へ帰って旦那に話をしたんだそうですね。喋った方は忘れてしまったけども、ある日生徒の方が、なんか頭にカッカきていたんですって。旦那が、「合掌してくれ」と言うんですよ。「ハッとした」という話を、報告に来まして、実践してくれているな、と思いましたが、例えばそういうことですね。「修」と「証」をもっと―ですから私がよく思うんですがね、足を一歩前へ出せば、身体は前に出るんですわ。一歩前に出るのは「修」ですわね。自然に身体が前に出るのは「証」ですわ。やっぱり「修」と「証」というのを、そういう日常生活のもっと身近なところにもってこなければならん。それを限りなく繰り返していく。そういうことなんでしょうね。
 
金光:  よく聞く言葉に、「今ここ」ということを聞きますけれども、「一歩前に出す」というのも、今ここで一歩出せばそこに結果が現れる。
 
青山:  そうなんですね。
 
金光:  これは因の場合、原因は一歩出す。結果は、身体は前に行っている。
 
青山:  自ずから「因」と「果」―「修」と「証」は一つなんだ、と。そこでもう一つ、果を待たない―結果を待たないでやればいいんですわな―因を。話が行ったり来たりですがね、「百不當」のさっきの話に戻りますけども、私自身が大学の二、三年頃でしたかね、ですから二十二、三歳ぐらいでしょうかね。その時の学長先生が衛藤即應(えとうそくおう)先生だった。私は、衛藤即應先生に、「百不當≠セけ書いてください。一老≠ヘ要りません」と。二十二、三歳の頃は、どっかに悲愴な思いがありましてね。「私などは一生涯やたって、一老はありそうもないと。なくてもいいから百不當、千不當の努力はさして頂きたいと思うから」というようなことを言いまして、「百不當」だけ書いて頂いて、「一老」が書いてないお軸を今大事にしていますですよ。しかし後に、「百不當」はそのまま「百當」なんだと。「一老」を向こうへもっていっちゃいけないんだ、ということに―勿論もう一つは、「老」を考えなくていいんですわね。今の結果を考えなくていい。今ここでやることだけ考えたらいい。だから結果は問わずに、ただただやるだけ。そこがやはり私が心で忘れない一句ですが、大竹晋(おおたけすすむ)先生という唯識の先生がおられましたね。ここにも何度もお越しになりました。こうおっしゃったですね。今の「修」と「証」を、「修」が「因」、「証」が結果の「果」、「因」と「果」ですわな。「仏教は因果論というけれど、我々が発言権をもっているのは、因のみ、果に発言権はない。ただ良き師の仰せのままに、限りなく良き因を積むのみ」とおっしゃった一言が忘れませんですね。「限りなく良き師の仰せのままに、今ここを良き因を積み続けるのみ。果に発言権はない。果はお任せ」こうおっしゃった言葉、そういう意味で、「修」と「証」とかね、そういうのは結果を問わず、今私が為すべきことは何なのか。同時にやりたいことじゃなくて、仏様の光に引っ張って頂きながら、今ここをどう仰せのままに一歩踏み出す。限りなく一歩踏み出すことだけを考えていく。そうすれば、行くべき方向に向かって、そうすれば自ずから果は付いてくる。ほんとは同時でしょうけどね。同時でしょうけど、そして最後に熟するという先の方にも果はありましょうけど、証はまた証待たず、修だけ修のみある。修のみを考えていこうじゃないか。この辺が修と証においては修証、その辺がそうですね、大事なことですが、良き人の仰せのままに、今ここを光に導かれながら、わかってもわからなくてもいいから、ただ仰せのままに今ここを一歩一歩歩もうじゃないか、と。その辺が修あるのみ。
 
金光:  それが戯論に陥らない。自覚への道ということになるんでございましょうか。
 
青山:  そうですね。より深い世界へと、
 
金光:  私たちはこうやって意識しないのに、毎日「今」という時間を与えられ、「今ここ」という場所を与えられているわけですけれども、そういう自分というものの存在が、どういうふうになって生かされているかという、その辺のところをいろんな形で、これまで気付きの話をして頂いたわけですけれども、やっぱり人間の意識で考える時は、少しでも何か具体的な気付きの内容、こういうものを掴んで安心したいというのがあるわけですけれども、これさえ掴まえれば安心できるというようなものはどうもないみたいなんですが、日々そういう気付きの中で、私たちに現れている現象、心の姿というのは、具体的にはどういうものが出てくるんでございましょうか。
 
青山:  ついこの間私どもは、いわゆる普通の学校でいう入学式をしたとこですけどね。その入学式を新しく迎えた生徒たち、雲水たちに、私はよく話す一つですが、道元さまは、
 
修行の眼目は、僧林の修行の眼目というのは、坐禅の床を破るほど坐っても我で坐ってはならん。
 
「無我の修行」ということをよくおっしゃいました。その「無我の修行」というのを、私はよく水と氷に喩えて、水と氷はもともと一つのものなんだけれども、氷と氷、固まるとどこへでも入るわけにはいきませんね。両方が傷つく。その氷を教えの光に照らすことで溶かす。氷をただぶん殴ったら壊れるだけですが、教えの光に照らしさえすれば、自ずから溶けます。しかしながら「溶けた」と気付くんじゃないんで、「私が氷だったな」と気付かして頂く。ですから新しく迎えた雲水たちに、叢林(そうりん)の修行の大事なことは、氷を教えに照らされることで、私は氷だったんだなと気付いた時、氷が溶けた時でしょうね。自分が溶けたと思ったら驕りでしょうから。限りなく氷だったなと気付かして頂く。そこの修行。それですから修行道場というのは、二十四時間私どものところは一部屋大体六、七人ずつ二十四時間一学期ずつおりますが、そうすると蓼(たで)食う虫も好きずきですが、気に入る、気に入らないのがありますわな。しかしそれをまったく無差別に配役によって回していきますから、いろんな人が二十四時間一緒にやらなければならん、五、六人が。嫌でもぶっつかりが起きますわ。その時にぶっつかりが起きた限りどっちも氷だった証拠だよ。そうでわね。片っ方が水であればぶっつかりはしません。ぶっつかりが生じた限り、両方氷だった証拠なんで、水になる修行と、修行は無心なる修行というけれども、両方にぶっつかりが生じたらうっかりすると、私どもは、「私は水で、相手は氷だ」と思いたくなるけど、片っ方が水ならぶっつかりは起こりはしないんだから、ぶっつかりが生じた限り氷だった証拠だ。私も氷だった証拠だ。相手の氷のお陰で自分の氷に気付かしてくださった相手の氷は仏さんだよ、と。だから相手の氷を拝んでいこうじゃないか、と。自分の氷に気付かなかったら、これでもと思っちゃいますから、自分が自分も氷だったんだな、と気付かなければ話できませんので、自分の氷だったことに気付かしてくださった相手の氷は仏さんなんだと。そう拝みなされ、と。そんなようなことを申して、もう一つは、その話の続きですが、何でも出す煩悩のあらゆるものを持っているお互いが、一緒に暮らすところに、特別なところがあるわけがないんで、とかく修行道場は良いとこかと思いますが、そうじゃない。同じですわ、どこも。同じで、むしろ事と次第では、自分の中からも、自分が目を背けたいような泥が噴き出す。自分の周りにも泥が渦巻いております。それを嫌っていいところと思っちゃならん。この泥があったから説かれた教えなんで、
 
一日八万四千の煩悩あり
八万四千の御仏在す
 
とあります。一日に八万四千の煩悩り、八万四千の御仏います。煩悩の数だけ説かれたのが教えですから、お釈迦様がご一代お説きされ、あれほどに繰り返し繰り返し説かないでおれないということは、それほどに救い難い我々の迷い煩悩があるということですから、教えと煩悩・迷いは一つの裏表ですわね。ですからこれが他に教えがあると思ってはいけない。教えは綺麗事じゃない。どうにもならん救いようのない泥んこの私どもが、あるが故に説かれた教えなんだから、だから教えを聞いていれば、これほどに説かないではおれない泥が見える。泥を見ていれば、この泥の故に説かれた教えが聞こえてくる。一つでなければならん。と、頂けるようになったら、どこにいても教えのど真ん中なんだ。そういう意味で、これから一緒の生活の中で嫌でも腹が立ったり、愚痴をこぼしたり、こんなところじゃなかった筈だと思ったり、いろいろ起きるだろう。それが教えの裏打ちなんだから、別と思ったらいけない。そんな話もついでにするわけなんですが。
 
金光:  そういう自分が氷だと思うと、いわゆる独立自存というか、自分を大事にしなさいという、その自分が壊れてしまうんじゃないかというか、弱くなって無くなってしまうんじゃないかという、なんか怖れみたいなものを感じる心配は要らないんでしょうか。その辺のところはどう越えられるでしょうか。
 
青山:  照らされて見えてくる自分のマイナスの面の方にだけ見ていると、一つ間違うと自己嫌悪になってしまいますわね。照らしてくださる光に目を向ける。この違いだけだと思うんですよ。私にもよく手紙がくるんですが、自己嫌悪ばかり書いてくる。「私はダメな人間だ、ダメな人間だ」と。生徒でもそういうのがいますわ。だけどダメな人間に気付かして頂くあなたは素晴らしいんだよ。ダメな人間だけじゃ見えません。ダメな人間だと気付くもう一人のあなたが育っている証拠でしょう。この間もそういうのが来ましたですよ。「私はダメなんだ」。だからダメだと気付くあなたは仏の目を頂いているんだよと。既に仏の目を頂戴して育っている証拠なんだから、そっちを伸ばしなさいと。まあそんなことを言うんですけどね。例えばだから親鸞聖人が、
 
地獄は一定(いちじょう)すみかぞかし
 
とおっしゃっている。これは歓喜(かんぎ)の中でおっしゃっていると思うんですよ。教えに照らされたお陰で気付かせて頂けた。有り難いことだと。地獄は、喜んで「すみかぞかし」とおっしゃているんだろうと。ですから言葉面だけ聞いていると、地獄へ行かなければならん。暗く見えます。そうじゃない。おそらく親鸞さまは喜びの中でおっしゃっているんじゃないかな。というのは、光の方に目を向ける。そういうことであろうなと。
 
金光:  その辺の消息を歌に、俳句にされているのが、昔から有名な、
 
松影の暗きは月の光なり
 
青山:  松が立っている。黒い影を引いている。真っ暗闇では、松も影も見えません。松が立っているな、黒い影を引いているな、というのは、月が出ている証拠なんで。月の光が薄いと影も薄い。月の光が明るくなるほどに影も黒々と見える。そういうことですね。やっぱり嬉しいですよね。こんな面白い分かり易い話でして、集合写真が出来てきますね。誰しも先ず自分の顔を見ますね。自分がよく撮れていると、これは良い写真だと。自分が横を向いたり、眼を瞑ってしまっていたら、写真そのものが意味のないものに思えたり、お隣がよく撮れていると、腹が立ってきたり、写真一枚見るにさえ、私どもはそれほど自己中心の思いしか見ていないけど、気付いていません。でもこの話を聞くと、〈あ、なるほど〉と気付かして頂く。教えに照らされることで、ほんのわずかな気付いていない自分の間違いに気付かして貰える。有り難いですね。私は自分の中でこんな思い出があるんですよ。尼僧堂の講師に行きましたのが、三十二歳からです。そろそろ半世紀になりますが。その三十二、三の頃に、尼僧堂の講師として行った頃の上の先生です。その時の堂長格の先生ですがね。私が旅先で―その先生は非常に書をよくなさる方で―旅先で得難い半切を手に入れることができたものですから、良い土産を買ったつもりで、「先生、お土産です」と、その半切を差し上げた。先生は正直なお方で、名古屋弁でした。「儂は、要らんけど、人にやってもいいから貰っておこう」とおっしゃってくださったら、私は思わず、出た言葉が、「先生に差し上げたくて買って来たんで、人にあげるなら上げません」と思わず飛び出して、アッと思ったんですね。たった一枚の紙さえ無条件で上げれない自分。捨ててくださってけっこうです。貰ってくださってもけっこうです。人にやってくださってもけっこうです。お好きなように、と言えない自分。「有り難う、大事にします」という言葉を期待している自分に気付いたんですね。あ、教えを聞かして頂いているお陰で、たった一枚の紙さえ無条件で差し上げられない自分を照らして頂くことができて有り難かったな、と思ったんです。もう一つは、このことは私の心の運びが足らんのですが、得難い書ならなんでもいい。そんなものじゃありませんわね。字が下手だろうと上手であろうと、その方を尊敬するから頂きたいんです。私どもは掛けたいんですね。ですから世の中に有名だとか、得難いからいいというものではない。そこが私の心が運びが足りなくて、得難い半切なら良い土産だなんて思ってきたこと自身が間違いだったことも、心の運びが足りませんでしたが、先生もはっきりおっしゃって頂いて、「要らんけど、人にやっても良いから」と正直におっしゃって頂いた。その途端にそういう私の言葉が飛び出してきた。そういうようなこともすべて照らされたお陰で気付かして頂いて良かったなと思いましたんですよ。
 
金光:  そう思った時は水になっているわけですね。私があげたのに、なんで、という時には、氷になるわけでしょうけど。
 
青山:  そうですね。氷が水になったなという自覚は自分ではなくて、第三者が見た時にそうなるということなんでしょうね。
 
金光:  日常生活でいろんな、例えばこういう話を聞いても、自分の我が身に受けないで、自分はその聞いたことを人に当て嵌めて、という聞き方がけっこうあるようでございますね。
 
青山:  難しいですね。教えをどう頂くか。光であるべき教えを聞く。我が足下を照らして頂くための光として教えを頂くべきものであるけど、それが人の批判のために頂いてしまうことがあります。これも沢木老師のおっしゃった言葉ですがね。ある婦人会に話に行ったそうです。お姑さんが会長さんで、お話を終わったら、お姑さんが先ずおしぼりを持って来られて、「老師様、今日はまことにけっこうなお話有り難うございました。さぞかし嫁が耳が痛かったろうと思います」と言って帰って行った。入れ替わりにお嫁さんがお茶とお菓子を持って来た。「老師様、けっこうなお話を、さぞかしお母さんが耳が痛かったろうと思います」と言って帰った、というんですね。私どもうっかりしますと、せっかく足下を照らして頂く光に会いながらも、人を批判する材料としてしか頂けないような教えの頂き方をしていることがある。これではダメなんで難しいですわ。
 
金光:  でもそこに気が付いた途端に、その荷物が軽くなるというか、それに拘らなくなりますから。
 
青山:  先ずそこに懺悔があります、限りなく。内山老師のところへ行ってね、私がいろんなお話をしたんですよ。老師はアウトサイダーを生きた方ですから、老師に宗門はどうとか、今の仏教界がどうだとか報告方々申し上げた。すると老師が一言、「事実を見て云々言ってもくたびれるだけで、そこからは何にも生まれはしない。その閑があったらあなたが真実を行ずるだけ。そこにのみ明日の新しい力が生まれてくる」。ギャフンと私は、また目が外を向いていたなと。教えを聞きながらも、また目が外を向いていたなと。ほんとにこれは先ず頭を下げて帰りました。「事実を見て云々言ってもくたびれるだけで、そこからは何にも生まれはしない。その閑があったらあなたが今ここで真実を行ずるのみ。そこからのみ明日への新しい力が生まれてくる」。一言おっしゃって頂いて、私は、「外を見るな」と言い続けながら、ちゃんと見ていたなと。今度は教えを盾に取って批判をしていた、ということに気付かせて貰いました。
 
金光:  そういうふうに伺っていますと、教えの聞き方というのもなかなか難しいもんだという気がするんですが、もう少し具体的なケースで話して頂けますでしょうか。
 
青山:  沢木老師がお出しになっていたのに、機関紙に「返照」というのがありましたね。回光返照(えこうへんしょう)ですね。光を巡らして、要するに教えという光を我が足下に照らさないで、教えを学びながら人を批判する材料と人に向けるのではなくて、教えを我が足下に向けなければならん、というんですが、難しいです。思い出すんですが、金沢の方の加賀の方ですかね。あるお寺の幽霊の話を聞かせて頂いて、幽霊は大体が大変恨めしい怨み辛みの眼ですわね。その恨めしいその眼を見ながら、一人のおばあちゃんが、幽霊の絵の前で、金沢弁で、自分のことを「うら」というんだそうですね。「うらの嫁の眼だ」というんですね。恨み辛みの眼を家の嫁さんの眼だと。「うらの嫁の眼だ」と呟いたというんです。もう一人のおばあちゃんは、「うら、あんな眼で嫁を見ていたかな」と呟いた、と言うんです。この二つのお話が忘れられないんですね。一つの恨み辛みの幽霊の眼を見ながら、「うらの嫁の眼だ」としか見えないおばあちゃんと、「うら、あんな眼で嫁を見ていたかな」と、自分の姿として頂くおばあちゃんの背景には、教えを深く頂いてきた歴史を感じられますけど、ちょうどそのように教えを頂くというのは、大変難しいですね。川瀬和敬(かわせわけい)というお方の言葉に、
 
肉眼―凡夫のこの眼は、人の非を見る。しかしながら仏さまの眼を頂戴できた時、我が非に気付かして頂く。
そういうことをおっしゃっています。
 
金光:  その言葉を書いて頂いていますので、
 
肉眼(にくげん)は他の非が見える
仏眼は自己の非に目覚める
(川瀬和敬(かわせわけい)
 
というのは、自己の非に気付くということは、それこそ仏様の光に照らされていると。
 
青山:  照らされて、照らさないと気付かない。照らされることで、自分の間違いに気付かして頂いたことの喜びへの感謝ですね。気付かなければ、間違いのままいってしまいますから。照らされることで、自分の欠点に間違いに気付かして頂くことができた喜びと、同時に懺悔がある。限りなく感謝し、限りなく懺悔しながら、照らされることで気付いた自分の欠点・間違いを限りなく軌道修正さして頂きながら一歩一歩歩まして頂きましょう、深めさせて頂きましょう、という誓願。やっぱり人生は照らされ、導かれながら、懺悔しながら、さらに軌道修正をしていこうという限りない誓願の中に、まさに「道無窮(どうむきゅう)」道窮まりなしですね。愛を進めていくことができたら、喜びの中に感謝と懺悔と誓願と、その中に「道無窮」という、卒業なしという、愛を一歩一歩今ここにおいて進めさせて頂くことができたらいいなと。
 
金光:  この世だけでなく、どこまでも続くと、
 
青山:  永遠ですわな。永遠の命、永遠に歩まして頂きましょう、という誓願、そういうものではないでしょうかね。
 
金光:  それが仏道の教え、仏法の教えというふうに聞かせて頂きました。どうも有り難うございました。
 
     これは、平成二十四年五月六日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである