大道無門
 
                      南無の会会長 松 原(まつばら)  泰 道(たいどう)
明治四十年東京生まれ。昭和六年早稲田大学文学部卒。岐阜・瑞龍寺専門道場で修行。昭和二十六年臨済宗妙心寺派教学部長。昭和五十二年まで龍源寺住職。全国青少年教化協議会理事、「南無の会」会長等を歴任し、各種文化センター講師をつとめるなど、講演、著作に幅広く活動。著書に「松原泰道全集」全六巻、「般若心経入門」「観音経入門」「法華経入門」ほか多数。
二○○九年、百一歳で逝去。
                      き き て  金 光  寿 郎
 
金光: 今日は、「南無(なむ)の会」の会長の松原泰道さんをお迎えして、「大道無門(だいどうむもん)」仏教の 道、真理に至る道という道には、門がない。どこからでも世界に入れるという、そういう世界のことを「大道無門」という言葉で表しているわけでございますが、この大道無門の世界について、いろいろお話をお伺いしたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。
松原: お願い致します。
 
金光: 伺いますと、数え年で八十八歳、米寿をお迎えだということですが、おめでとうございます。
 
松原: 有り難うございます。
金光: ずいぶん数多くのお正月をお迎えになったわけでございますが、 これまでで一番印象に残っているお正月というと、どういうお 正月でございましょうか。
 
松原: 敗戦の翌年の正月はどなたもと思いますが、私個人ですと、昭和十一年の元旦に前の晩まで元気だった父親が、朝突然に亡くなったというのが、私にとって一番思い出になります正月です ね。
 
金光: お元気ですと、ほんとにびっくりなさったでしょうね。
 
松原: はい。朝四時二十分ぐらいですか、朝のお勤めの支度ができて、それから迎えに部屋に行こうと思ったら、ただならぬ音がしましてね。行ったらトイレを出たところで―祖来(そらい)という名前ですが―祖来和尚が倒れておりまして、もう息絶えておりました。ですから誰も臨終に会えなかったのですが、こちらが慌てただけではなくって、お出でになる人たちが、みな「おめでとう」をやめて、途端に悔やみを言われるというような、非常に混乱致しました。
 
金光: そのことを納得される―納得というのもおかしいですけれども、お正月にそういう出来事にお遇いになると、いろいろ複雑なことをお考えになりましたでしょうね。
 
松原: お正月にちょっと相応しくないんですけどね。でも一番そこ考えなくちゃいけないと思います。初めは、私ちょうど三十歳でしたから、世間のこともわからずに、それからお正月が何故おめでたいかという一つの抵抗を感じましたね。元旦が私の親父の祥月命日(しょうつきめいにち)ですから、何がめでたいんだ、と思っていました。そのうちにだんだん仏教書を読むようになってくると、本当に生きているということがどんなに大事か、ということをまず学ばなければいけないということを、師匠が教えてくれたと思いますね。
 
金光: そういう受け取り方ができるようになられた、ということですね。
 
松原: ですから来る人にも、あなたも元旦に死ぬのは、何も私だけじゃありませんし、どなたも元旦にその可能性があるのに、それなのに今年もまた生きてお正月を迎える。これを素直に「おめでとう」と言われなければいけないんだな、ということがまず第一の目覚めだったと思います。
 
金光: お正月というのも、人間の約束事ということでございまして、聞くところによりますと、遙か昔中国では、十一月がお正月だったこともあるんだそうですが、それと同時に仏教の方だと有名な一休禅師の「元日は冥土の旅の一里塚」なんて、そういうこと、いわば生死を分けて考えてしまってはいけないよという、そのことを教えられたという歌だと思っているんですが、今のお話を伺いますと、身をもってそのことを教えてくださった、というふうにも受け取れるわけでございますね。
 
松原: そうです。ですから『法句経(ほっくきょう)』の中にも、どなたもご存じの句ですけれどもございますね。
 
金光: 今日は色紙にいろいろ書いてきて頂いているんですが、その『法句経』の言葉を紹介させて頂きたいと思います。
人の生(しょう)
うくるは かたく
やがて死すべくものの
いま生命(いのち)あるは
ありがたし
(『法句経』一八二)
 
これはしかしなかなか「人の生をうくるはかたし」と言いますが、
 
松原: この「かたし」と、最後の行の「ありがたし」と同じ意味ですね。つまり「ありがたし」というのは、感謝の前に、珍しくあるということで、滅多にないという、その価値をまず感じることが始まりでしょう。だから仏教的な考え方では、万物の霊長という考え方はありませんけれど、やっぱり犬や猫ではなくて、人間に生まれてきたということ、これは容易ならんことだと。そして生まれたからには、必ず死んで逝く。だから正月であろうと、なんであろうとお構いなしに死んで逝くんだけれども、今生きているということが素直に有り難い、ということをまず学ぶことだったと思います。
 
金光: しかし気が付いたら生まれてきたんで、自分が生まれているのが非常に難しい、貴重なことだと言いますか、珍しいことだというふうには受け取れないのが普通でございましょうね。そこのところに気が付くことが、仏教の理解のスタートと言いますか、そういうことになるんでございましょうかね。
 
松原: 時々、看護婦さんの会なんかに行きますけれど、婦長さんが、「今の若い看護婦 さんは、核家族で育ったんで、人の死を見ていない。病院でいきなり人の死を見ると、非常に混乱事をする」と、そういうことを強く言われましてね。そこでまず生ということが大変難いことだということ、それで生と死を分けて考えて、今のお話のようにすればいけないんですね。そんなことで、初めは生と死と、私も分けて考えて、死に対して生はめでたいことだ、と考えていましたけれども、そうじゃないんだと。日々、毎日生きつつあるということは、毎日死につつあることに通じますから、だから生と死とは別ではない。そこを一つに見ていかなければいけないんだな、ということを、何年か経って気が付きましたけれど、これはやっぱり父親の教えてくれているお説教の続きだと、今でも考えています。
 
金光: 生きているということと、死ということとが一緒である、ということがわかればわかるほど生きていることが有り難いということになるわけでございますね。
 
松原: はい。大事にしていかなければいけない。
 
金光: その辺の消息を昔から仏教の方はいろんな言葉でいろんな形で表現されているようでございますが、今日ご用意頂いた「日々是好日」という有名な言葉がございますね。これはやはりその辺の消息を詠われたものかと思いますが、
 
年々是好年
日々是好日
 
松原: これは同じ意味の言葉でありますが、古いところでは『虚堂録(きどうろく)』 に見えます。他の書物にもよく出てまいりますが、よく世間でも言われておりますけど、誤解されていますね。「日々是好日」という「好日」は、暦の上の「大安」とか、「吉日」とかという意味ではないんで、
 
金光: 「大安・吉日」ばっかりということではないと。
 
松原: そうなんです。災難に遭っても、雨の日に遇っても、暦にあるんじゃなくて、私たちの心の起動力を発揮して、病気になったら病気になったお陰で健康の時にわからなかった一つの意味がわかったとか。
 
金光: 病気だったら悪いと、それで悪日(あくにち)であるということではないわけですね。病気になる場合もあるけれども、あった場合も、それをまた好日にしていくと言いますか。
 
松原: お陰でという。病気になったお陰で本当のことがわかったとか、その秘訣は比べないことなんですね、今の病気を。丈夫だったらとか、今日が雨だけれど、天気だったらとか、現実と比べると、そこにやり切れない不満が出てきますね。ですから徹すると言いますか、それに同化してしまって、病気なら病気でなければわからないものがあるんだからと。その中から学んでいくと、どんな日でも自分を成長してくださる日になる、というわけです。それが延長すれば、年になりますが、「年々是好年」ということになってきます。
 
金光: そういうふうに、自分の毎日毎日いろんな出来事が、目の前に自分を含めて展開してくるわけですが、その受け取り方次第で、常にプラスの方向と言いますか、そういう方向へ向かっていくことができると。そうしますと、そこのところ、毎日毎日、あるいは毎日の中でも、毎時毎分と言いますか、いつもその辺のことを心にかけていると、随分違ってきますでしょうね。ぼんやりして、「困った、困った」と言うんじゃなくて、何か悪いことが起こっても、あるいは良いことが起こっても、そこで、「あ、これは新しく世界が開けるんだ」と。そういう受け取り方にすれば、これはこれで毎日がそれこそ好日なることができるということでございましょうか。
 
松原: いつも思いますけど、この時間も「こころの時代」と言いますけれど、私、もし言葉足しましてね、「心の機能を開発する時代」と申し上げたいです。私たちの心というのは、機能を開発をすればするほど、進歩していきますし、科学技術が進むと同じように、私たちも自分の心の機能を開発していけば、自分の人生もまた新しいものが開発ができていける、こう信じておるんです。
 
金光: そうしますと、それは若い人だけに言えることではなくて、歳をとっている方でも同じことが言えるわけでございますね。
 
松原: そうなんですね。ですからさっき申し上げたように、老人という一つ向こうにおいて置かずに、自分が歳をとるんだという、自分に責任をもって、というのはおかしいですけれど、自分の問題として老いをどう開発していったらいいだろうか。若い人たちも同じようなことだと思います。
 
金光: あちことで、しょっちゅう講演に歩いていらっしゃるようでございますが、その辺のところをお話なさると、気が付かれる方もお出でになりますでしょうね。日頃あんまりそういうことを考えなくて仕事をしていらっしゃっても、ああ、そういうことか、ということで、年配の方なんかでも、また自分もじゃ元気を出していこう、というふうにお考えになる方も随分お出でになるんじゃないかと思いますが。
 
松原: どっからでも、ふっとそういう気になって貰えればいいですね。浄土門の方とすれば、「念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき」とおっしゃられますけど、どの道でもそういうことは思いますね。ただ、それが自分の力だけでなくて、大いなるものに働きかけられて、ハッと気が付いてくれば、どっからでも仏道は入れるでしょう、と。
 
金光: そういうことを、仏教の言葉でなくて、松原さんのお考えになった言葉が記念碑になっているところがあるんだそうですね。
 
松原: はい。あれは昭和五十四年でありましたが、島根県の沖の島で全国の寝たきり老人のケアをしている人たちとの勉強会がありまして、非常に充実した会だったんです。別れる時に、「何か記念に言葉を書いて、碑にしたい」とおっしゃってくださいましてね。咄嗟だったものですから、ちょっと時間を頂いて、さっき申し上げたように、相手が老人であったり、それから若い看護婦さんであったり、ということで、
 
よき人生は
日々の丹精(たんせい)にある
という。これがいつも申し上げております、私は、これを「杖言葉」としておるんです。
 
金光: 「杖言葉」と言いますと、杖―頼りにする言葉と言いますか、
 
松原: 人生も旅でございますから、それで旅では、杖が必要で、山へ登る時でも杖が必要であります。だから苦しい時にも支えてくれ、それから転ばぬ前の先の杖にもなるようにと、こんな意味で杖言葉ですね。
 
金光: そうしますと、「日々の丹精」ということが、いわば大道を歩く道ということに もなるわけでございますね。
 
松原: そうなんです。人生を大道に置き換えて頂いてもいいと思います。ですから大道を楽しく歩いていくということは、毎日の丹精にあるんだと。
 
金光: そうすると、先ほどは「比較しない」ということをおっしゃいましたけれども、毎日の暮らしで、過去を「こうだったら良かった」なんていうことではなくて、常に日々前向きにと言いますか、置かれた状況の中で自分にとって一番いい道を探して、一番いいように丹精していくと、そういうことにもなるわけでございますね。
 
松原: 「丹精」ということですが、よく世間でいいますね。「ご丹精の花を頂いて」と 言います。「大事にして」という意味でありましょうけれど、私は真心を込めて育てること、大事にすることだと思います。大事にするって、例えばお茶やお華をなさる方は、お道具を大事にされます。古いほどいいんだそうですね。
 
金光: 年寄りはダメだ、ということではなくて、歳をとった方がいいことですね。
 
松原: それで本当に壊れやすい陶器なら壊れないように、錆びやすい茶釜なら錆がでないように、後の手入れを大事にして、そして育てていくという。それと同じに、人生もそうで、自分が歳をとっているからと言いますけれども、ただ歳をとっているから尊いんじゃないんでしょうね。自分を丹精して―身体の丹精じゃなくて、心も口も丹精しないと錆だらけの茶釜になっちゃうんじゃないか、と思います。それに気が付くと、もうそこからでも仏道と言わなくても、自分を豊かにしていこうという道が開けてくると存じます。丹精を大事に。
 
金光: 今年は去年以来の世の中は不景気だ、と言われましたが、今年もおそらく不景気というのは続くんではないかと思いますが、そういう不景気な時代にあっても、やはり今のような日々の丹精ということが、そこを乗り越える一番大事な点だということにもなるわけでございましょうね。
 
松原: そうです。これを一つひとつ、私に言わせれば、一つの大自然からのメッセージと思っていきたいというのが、年頭の願いです。
 
金光: そうすると、景気がよくなるまで待とうというんじゃなくて、その状況なら状況の中で、日々丹精、ベストを尽くしていくという、そういうことにもなるわけでございますね。
 
松原: 今なすべきことは何であるのかという。自分の力でどうにもならんことを、自分の力で切り開いていこうと思うと、これは力尽きて倒れてしまいます。ですからどうにもならないことは、大いなるものにお任せ申し上げて、そして今の場合ならば、自分でできることは何であるのか。この逆境を一つ開発していこうと。この逆境も大道にしなければいけないと思っているんです。
 
金光: その辺のところが、これは頭で、ただそうか、と思っても、なかなか実践できないんですが、それをよく気を付けろ、というような意味で、「大道無門」というような言葉も出てきたというふうに考えてよろしいんでしょうか。
 
松原: はい。「大道無門」は、禅書の『無門関(むもんかん)』の序文にございます。この「無門」と いうことを無門和尚が説明して、漢文でございますが、「大道無門、千差有路(せんしゃみちあり)」千差路あり、たくさんの道があるんだと。
 
金光: どっからでも行けると。
 
松原: どからでも入れる。だからその道を歩いていけばいい。どっからでも入れる、門がないから。同時にまた門がないから、どっからでも出て行けるわけですね。自分の生きるべき道を一つ掴んで、それをご自分の仕事のうえとか、趣味のうえとか、さまざまに利用するというとおかしいですけれども、しっかりしたものを掴んで、どっからでも入れる、どっからでも出れるんだというのが「大道無門」。大まかに申せばそういうことだと思います。
 
金光: そうしますと、別の面から言いますと、今まであったもので、それが不自由になってなくなっても、そこでよくみていると、また新しい道があると。今まで通りで行けなくても、それでもう道が、門がなくなったんじゃなくて、また出口もあれば、入る道もまだあるよ、ということにもなるわけですね。
 
松原: はい。
 
金光: 今までの状況が変わってしまうと、もうダメだ、というふうに思いがちですけれども、そう思うことはないんだよと。大道はどこでも、門がなくてどこからでも入れるし、どこからでも出れるんだよと。要するに、こちらの心構えと言いますか、先ほどからの丹精の仕方によっては、道がないように見えても、門は実はあるんだよと、そういうふうな意味にもなるわけでございますね。
 
金光: そういうふうに取れますね。今、お話のように、道でありますから、歩くことですわね。歩くということを、もっと言えば、自分の足下を見つめて、足下に気を付けていこうと。足下に気を付けていけば、必ず道は開ける。足下に気と付けるということは、自分を学ぶことでありますね。自分を学ぶことであると同時に、今ここで自分に何ができるか、ということを、まず自分の中に振り戻って頂くと、自ずから道が開けてくるんじゃないんでしょうか。
 
金光: 先ほども、ある意味で行き詰まったりすると、自分の力に余るようなことはお任せするというような言葉でおっしゃいましたけれども、その辺のところを東大阪にいらっしゃる榎本栄一(えのもとえいいち)(明治三六年、淡路島生まれ。五歳の時、大阪に出て西区で父母が小間物化粧品店を始める。一五歳、高等小学校卒業、父死亡。以後、病弱なりしが一九歳の頃から母と家業に精を出す。このころ生田春月の『詩と人生』へ投稿を始めたが、まもなく廃刊。昭和二○年三月の大阪大空襲でまる焼け無一物、家族七人淡路島へ逃れる。終戦後、大阪ミナミの焼野原に、いちはやく知人Wさんの仮店舗が復興し、単身住込み自炊生活三年、化粧品部担当。昭和二五年、東大阪市(当時布施市)高井田市場で化粧品店開業。昭和五四年、閉店廃業。平成一○年、九四歳で死去)さんは、詩で表現されていますね。非常にいろんな形で、大いなるものと自分との関係をいろんな形で表現されていらっしゃるんですが。
 
松原: 素晴らしいですね、あの方は。いつか金光さんと榎本さんの対談をこのテレビの時間で拝見していましてね、食い入るように拝見しましたけど、非常に素晴らしい信心をもったお方ですね。
 
金光: 今日、榎本さんの作品を色紙に書いて頂いていますので、それをご紹介致しますと、まず「なむ船頭さん」というのがありますね。
 
渡し船に乗って
去年(こぞ)の岸から
今年の岸へ
いま 星明かりだけで
船頭さんはいるが見えない
(榎本栄一さん)
 
松原: あの先生は、本当に信心の心が、字に溢れていましてね。一字一字読み直せば読み直すほど、味が深くなってきます。私は、「渡し船」は、六波羅蜜(ろくはらみつ)に考えておったんですが、むしろ六波羅蜜よりも、もっと人生的に深く受け止めて、去年から今年―この人生ですね。この星明かりというのが、暗い中で星明かりでありますけれど、フッと気が付いてみると、星は自分で光るんじゃありませんね、お月様と同じように。自分で光っているんだ、とわかっていたらいけないんで、やっぱりお日様に照らされて照ると。自分に力がないんだけれども、照らされて照ると。それのわずかな光で人に照らしていきたいと、こういう読み方もできるんだと思います。
 
金光: この「船頭さん」というのは、阿弥陀如来さんということでございましょうね。
 
松原: 阿弥陀如来様ですね。
 
金光: 普通気が付きませんね。自分の力で渡って行っていると思っているんですが、実は全部が阿弥陀如来さんのお働きのうえに乗っかっているという、そのことに気が付くことによって、現在困っていても、実はまたそこに新しい道があるんだよ、ということも教えて頂けるということにもなるだろうと思うんですが。
 
松原: 一句は凄いですね。自分で見よう見ようと思っていたら、おそらく見えないだろうと思いますよ。
 
金光: 榎本さんの詩を拝見していますと、これは「去年(こぞ)の岸から、今年の岸」ということに、この詩ではなっていますけれども、此の岸から彼の岸まで、なんか地続きだと。だから生と死を別々に考えなくて、今こう生きている自分というのが、そのままその姿勢で次の世までも同じ姿勢でいけばいいんじゃないか、というようなことをおっしゃっているように思えるんですが。
 
金光: そうですよ。生と死をどこまでも別ではないわけで。
 
松原: それがこの詩の背後には、そういう世界だよ、ということを暗に教えて頂いているような気もするんですが、じゃもう一つ選んで頂いた詩、「波」というのがございますね。「波」というのは、
日々のいろんな出来事は
この永劫(ようごう)の海の
寄せる波
どの波も
何かしみじみと尊くて
(榎本栄一さん)
 
松原: この句を金光さんとこの時間で勉強したいなと思ったのは、ご承知の、今年の新年のお歌の題が「波」でございます。そんなことで、この本を拝見しておりまして、次元は違いますけれども、毎日毎日の出来事、これは仏教家から言わせれば、いろんな悩み、苦の生死でしょうね。生き死にの悩みの出来事を、それが永劫に海における波だと思うんです。ですから、この句も、後の二句、激浪もあるし、それから弱い波もあるし、好ましくない波も打ち寄せてくるんだけれど、良いにつけ悪いに付け、どの波も何かしみじみと尊くてと、この二句に、福井の米澤英雄(明治四二年、福井市生まれ。旧制第四高等学校を経て日本医科大学を卒業。医学博士。深く真宗に帰依し、開業医のかたわら、講演活動、宗教文学の研鑽につとめる。平成三年逝去)先生が、この後二句に、榎本さんの信心の深さがわかると言っておられました。
 
金光: 「どの波も何かしみじみと尊くて」とは、どの波もと言えませんのでね。辛い波は勘弁してほしいということになりがちですが。
 
松原: 逃げてもいけないし―私は泳ぎができませんから、生意気なこと言ってすみませんけれど―波、逃げてもいけないし、勿論抵抗してもいけない。やっぱりこれは人生の荒波にも耐えることだと思います。昨年から今年にかけてのさまざまな激浪、やっぱりそこに私は足下をこう見つめてみたいなと思って、この歌を勉強したいと思いました。
 
金光: この歌にも、「永劫(ようごう)の海」という言葉の中には、この世だけのことではないんだ よと。生まれる前から、この世からいなくなる、人間の目には見えなくなるような、その世界までも、阿弥陀さまの大きな波の中だというふうな、そういうお気持ちがあるようでございますので、自分だけを考えていますと、自分が消えたらそれでお終い、ということになるんでしょうけれども、どの波も、先ほどのお話で、波に逆らわないで生きている世界というのは、いわばそういう生まれる前から死んだ後までも、阿弥陀さんのお運びのままに、波のまにまにというような、どうもそういうお気持ちが榎本さんの詩にはおありのような気がするんですね。だからそれこそ生と死が一続きの世界で、非常にゆったりとした如来さんのなさる、起こされる波のままに、私は生きていきますよ、というような、非常に大らかな世界があるような気がしまして、この世で今景気が悪くても、まだ先があるんじゃないかというか、非常に星明かりで、実は星明かりだけで見えないんだけれども、もっと広い如来さんの世界だと、星明かりでなくて、もっと明るい世界が見えてくるんですよ。どうもそういうことをおっしゃっているような気がするんですけどね。
 
松原: それはちょうど道を歩いていてもそうで、赤信号にぶっつかりますけど、いつまで赤信号でないんで、青信号になる。赤信号の時に、じたばたしても始まらない、ということと、それからこの永劫、やっぱり人生に、今お話のように生き死にを超えていたと思いますが、私はこの永劫という意味での人生を、ゴールのないメドレーリレーだと考えているんですが。ゴールインがない、永劫ですからね。駅伝リレーで走る区間―私はこれを自分に与えられた年齢と考えます。ですから長い区間も、短い区間もあります。そこを与えられた区間を全力で走って、たすきを人に渡して行く。お互いは、ゴールインはできないけれど、といって、怠けたらいけないんで、与えられた区間を一生懸命に走るということから、やっぱり走らされて頂いているんだ、という。我が抜けますと、自分が走るんじゃなくて、走らされて頂いているんだ、と、そう考える、永劫をね。
 
金光: そうしますと、しかし自分が走らなきゃと思っていますと、例えば年齢、月日が経つとだんだん身体も若い頃のようにはなりませんけれれども、走らせて頂いているということになりますと、昔のようじゃなくても、今は今の形で走らせて頂くという、そういう形でわりに考えの巾と言いますか、ゆとりも出てくるわけでございましょうね。
 
松原: 自分のペースで走ればいいんじゃないか。
 
金光: でも、その辺のところに気が付くためには、日頃リレーされたその区間の中での一種のバトンというのはありませんけれども、なんか目印と言いますか、役に立つような言葉なり、考え方なり、もうこの時期になると、こういう方に、こういうことに気を付けよと。身体の調子が悪い時には、それを大事にするような言葉なり、自分の心構えみたいなのを、新しく考えたり、また状況が変わると、その時その時に応じた言葉と言いますか、考え方と言いますか、そういうものをその時々で考えておくというのもいいことでございましょうね。
 
松原: 私、それでフッと思い出しましてね、私、何年来自分にも心中に床の間を設けようじゃないか、と。心の中に床の間を設えよと。ということは、日本間では、床の間が一番大事で、戦争後進駐軍が接収した時には、床の間はムダな場所だと言って、あそこにいろんな家具を置いたそうですね。どんな部屋でも、そうなれば納戸と同じです。日本人はちゃんと床の間を設けて、床の間がなければ、若いOLさんでも、壁とか、狭いアパートの襖に軸物を掛けましてね、化粧瓶かウイスキーの空き瓶に花の一輪挿しますと、そこでちゃんと部屋が纏まってきます。私のような質は部屋の中が散らからないと仕事ができないんですけどね(笑い)、足の踏み場がないくらい。そんな中でも柱にちょっと色紙でも掛けて置きますと落ち着きます。そこでふと気が付いて、そんなに散らかっている部屋でも落ち着くんだから、散らかっている心の中でも床の間を設けようか、と。床の間を設けるということは、自分を見つける時間のゆとりですね。昔の金言とか、格言ですが、そんな難しいことを言わずに、さっきちょっと申し上げました、杖になるような言葉を掛けるということは、胸の中に記憶しておいて、そしてバス待っている間とか、電車のつり革にぶら下がっている退屈な時間にそれを思い出して。掛け物はしょっちゅう変えるのが楽しみですからね。その時々に応じて、何か相応しい言葉を、杖言葉を考えたり選んだりしてお掛けになったら、ちょっと別の世界が開けるくるようですね。
 
金光: 今年用の、というのはおかしいですが、今考えていらっしゃるのはどういうことでしょうか。今日書いて来て頂いたのは、「水五則」でありますね。これは、「水五則」の一つですね。
 
松原: 「水五則」が今よく世間で言われておりまして、時々お話もするんですが、作者は正直なところわかりません。誰だかわかりませんが、言葉だけは非常にいいですね。五つございますけれど、水に準(なぞら)えているわけです。
常に己の進路を求めて止まざるは水なり
(「水五則・二」)
 
 
水なんか撒きますと自分で低い低いところを求めていきますね。あれと同じように、人にお尻を叩かれるんじゃなくて、自分で自分の進路を求めていこうと。常に前向きに前向きに、どんなことがあっても、いつも前向き思考でいこうということを、「水五則」第二でございます。学びたいと思っているんです。
 
金光: 確かに、水というのは高低があると必ず低い方へずっと動いてまいりますですね。
 
松原: 進路を開拓していく。特に現時点におきまして、やきもきするだけが脳じゃないんで、自分で道を開いていこうということを、この「水五則」第二に学びたかったんです。
 
金光: 自ら活動して 他を動かしむるは水なり
 
「水五則」の一番最初はこういう言葉だったと思いますが。
 
松原: そうです。あれも率先垂範に受け取らずに、指導者は率先垂範じゃなくって、誰の言葉でありましたか、「指導とは自分ですることだ」ということがありましたね。自分で行(ぎょう)ずることだと。人が就いてこようと、こなかろうと、そんなことはかまわない。自分ですべきことをしていくということが、これが指導だ、ということも、「水五則」第一で。
 
金光: それで第三則が、
 
障害にあって、激しくその勢力を百倍し得るは、水なり
(「水五則・三」)
 
これが三則ですね。
 
松原: 「障害にあって、激しくその勢力を百倍し得るは、水なり」昨年はいろんな天災がございましたし、特に鹿児島辺りの水害、お気の毒だったと思います。あの中でも、私たちはいろいろ教えられる点があったと思うんですが、水が出ないように、時には防壁も作ったでありましょう。水の方から言えば、一つの障害だと思うんですが、障害にあって、人間のようにそこでくたんとなってしまわずに、そこでじっくりとエネルギーを蓄えて、そして折りがあったらば突き破ろうという。今私たち大きな障害に遭っております。そこで一つ勢力、エネルギーというものを蓄えていきたいと。荒波に対して、私はそういうところに一つの門を、入り口を見つけていきたいと思って、この第五則を申し上げました。
 
金光: 人間は、いろいろ比較したり、過去のことを思ったりで、目の前に障害ができると、つい昔は良かったとか、これは大変だとか、考えるわけですが、水の場合だと黙って、進まないでだんだんその力を増して、それであるエネルギーが蓄積して、あるところまでくると、その障害をパッと壊していくということですが、人間の生き方の中でも、そういうふうに上手くいかなくても、そこで諦めたりしないで、やっぱり日々精進、丹精と言いますか、そういう方向で進んでいると、いつかはまたその門が開けてくると言いますか、そういうことにも通じる言葉ということでございますね。
 
松原: 水だけに限らず、私たちは、この森羅万象というものから何か学んでいきたいと。この「水五則」は、私も好きで、若い時から随分調べて、また同好の人も研究したんですけれども、結局作者がわかりません。
 
金光: でも随分いろんなところで広く使われていると言いますか、言葉としてはよく知れふるしている言葉だと思いますが。
 
松原: 仏教の思想ではないですね、似ていますけれども。私は、むしろ道教の思想じゃないんだろうかと。「自然無為(しぜんむい)」ということで、その自然に従っていこうという。私ども仏教家の方から申し上げれば、自然無為じゃなくって、それに一つの活力を与えて、虚無的から精力的に動いていく、そういう杖言葉にしてみたいとこう考えるんですね。よく黒田如水(くろだじょすい)(孝高(よしたか))の作じゃないか、一番そう言われていますけれど、これまた証拠がないんでありますが、「如水」という号が水の如し、ということですので、ああいうところからきたんだと思うんです。でも十六世紀の素晴らしい政治家で、そしてまた軍師でございましたね。それからまたキリスト教に入信している文化人でもありますが、素晴らしい政治家であったんですが、でもあの人の言っている言葉に、
 
身は毀誉褒貶(きよほうへん)の間にありといえども、心は水の如く清し
 
おそらくこういうことから、「如水」と付けて、この人の作品になったんだと思うんです。彼の作品という証明はありませんけど、一番「水五則」を実践したのは、彼だろうなということを考えます。今でも企業家でも、どなたでもやっぱり役に立つ言葉だと。杖言葉だと、私は思いますので、いくつか勉強したいと思って出しました。
 
金光: 「水五則」第三に、
 
自ら潔うして他の汚濁洗い 清濁併せ容るるの量あるは水なり
 
と、非常にいい言葉がありますね。自分は綺麗であって、他の汚いものを洗って、しかもその清濁合わせ容れる、そういう度量があるのは水だとか、いい言葉が「水五則」にはあるようでございますね。
 
松原: あるんですね。そこでおそらく、私は、今の「自ら潔うして他の汚濁を洗い」という、あそこがやっぱり道教的な思想だと思って、これだけでも如水の作ではないという気が付くんですね。「自ら潔うして他の汚濁を洗う」というところに、まだ道徳的な面がありますね。面白い話で、私子どもの頃に、今住んでいる寺に生まれたんですが、寺の前に古川という川が流れています。あれは昔は氾濫するんで有名だったんです。子供心にも、それをおっかなびっくりで見にいきましてね。浸水が入るのも速いんですけれど、引くのも速いんです。その引く時にひょっと見ましたら、門前のお婆さんが、今のように洋服がありませんので、和服で腰巻き姿で、亀の子たわしで、泥水で汚れたものを一生懸命に洗っている。私は子ども心に、「おばあさん、水道の水が出るんだよ」と言ったら、私に、「あんたも大きくなったら役に立つからよく覚えておき。泥水で汚れた水を、いきなり綺麗な水で洗うとシミに残るんだ。だから泥で汚れたところは泥水で洗ってから、それから水で拭くと綺麗になる。よく覚えておけ」と。私、頭が良いんでまだ覚えているんですよ(笑い)。それやっぱり浸水に遭った人に聞きますと、そうですってね。やっぱり人をリードしていく時にも、ある程度自分が手を汚さなければなかなかできないことだけれども、手を汚さなければ、相手も導くことはできないのだな、という深読みをしてみたいと思いまして、そして初めて清濁併せ容れることができる、ということになるんじゃないでしょうか。
 
金光: やっぱり水というのは、それから時と場所によっては、凍ったりですね、第五則辺りになりますと、
 
洋々として大海をみたし、発しては霧となり、雨雪と変じ霰と化す。凍っては玲瓏たる鏡となり、しかも、その性を失わざるは、水なり
 
というような、時と場合に応じていろんな形になることもできる、という。これは人間の憧れみたいなところがあるかも知れませんけどね。
 
松原: 今読んで頂きました一番最後ですね。仏教的にみれば、観音様の化身ととれると思います、五則はね。いろんな意味にとれて、その人に相応しいようにさまざまな形に変身していく。仏教的に読んでいけば、仏性というものには代わりはない。仏性というものが目に見えない門の奥の方にあるんで、日常のいろんな生活の中からでも、大道無門で入ることもできる。そして私は、「仏心」とか、「仏性」、若い人たちに、「純粋な人間性」と申し上げているんです。人間を人間であらしめる素晴らしい原動力。私は、人間を救うには、自分が人間であるという、人間の自覚以外に救われることはない、と思うんです。自分が人間である。ではどうしたら良いだろうか、という自己のあり方から、そして人間を救うものは、自分が人間であるということの自覚ですね。釈尊のおっしゃった言葉に、
 
私は人間に生まれて
人間に長じて、
人間に法を得た
 
とあります。「人間に生まれた」ということが、まず私は素晴らしいことだと思うんですね。「人間に長じる」人間が人間であるということに長じて、そして最後に人間を完成する。そういういろいろの化身の状態にも、今読んで頂いた五則は感じられます。
 
金光: そうですね。そういう昔からの、いわば杖言葉となるような例だと思いますが、現代的な表現の、ということは、これもいろいろあるでしょうけれども、これまでいろんな方とお話なさっていて、これは現代の杖言葉になるな、とお感じになったような言葉はございませんでしょうか。
 
松原: そうですね。若い人向けに言った言葉ですが、私はそういう杖言葉をいろいろ紹介しました。ちょうど若い人たちばかりだったものですからね、「君たちも一つ自分の杖言葉を考えて、これを一つ杖として、生涯生きていこうじゃないか」と。
 
金光: こういうのが出ていますね。
スターターになろう
 
これはどういう意味でございますか。
 
松原: 「スターター」というと、普通競技の時に号砲を鳴らしますね。ところがこのスターターは、車を運転なさる方はご承知ですが、エンジンを起こす、
 
金光: 一番最初にエンジンをかける。
 
松原: あのスターターなんですね。つまり自分は始動するんじゃなくて、今自分のすべきこと、そして自分も動いて行き、人も動かしていこうと。これは若い女性は、その時に、「よい洗剤になろう」というのがありましてね。それはどういうことかと聞いたら、最初は石鹸の意味だったようですがね。良い石鹸は水に溶けて、姿・形がなくなってしまう。寂しいと思ったけれど、汚れているものは綺麗になっているところに、石鹸は立派に生きているな、と。悪い石鹸は、いつまで経っても自分の身体が減らないんだと。やっぱり若い女性はデリケートなもんだと思いますね。そんなふうにハッと気が付くのが、私は、たくさん路はあるんだけれども、この教えを信じなきゃ、これを守らなければならないということはないんで、自分で気が付けばそこが入り口になる。杖言葉をついて門なき門を入ろうじゃありませんか。
 
金光: そうしますと、今の「スターター」というのは、車の場合ですと、電気が元にあるわけでしょうけれども、人間の場合ですと、やっぱり先ほどの榎本さんの詩でいうと、船頭さんと言いますか、要するに如来さんによって生かされているというところがあると、動くエネルギーが供給される。なんか自分だけで力んで、「よし!」と言っても、なかなかこれ長続きしませんし、やはりもう一つ広い世界の如来さんとの交流と言いますか、そういう感応道交(かんのうどうこう)というようなものがあると、エンジンをかける本の電気的なものも非常に豊かに供給されるという、そういうことにもなるわけでございましょうね。
 
松原: そのエゴがはずれた途端に、大いなる精悍の力が、私は頂けるんだと思うんですね。さっきの船頭さんですね。阿弥陀さんが船頭さんになって、自分が棹さしているんじゃない。
 
金光: 自分で棹さしているつもりですけれども、実際は船頭さんが運んで来てくださっている、ということですね。
 
松原: リレー見ていてもそうですよね。周りの人が旗振って、一生懸命に、あの人のお陰で走らせて貰っているんでしょう。今船頭さんのお話が出ましたが、禅でも昔の古徳(ことく)はほんとに船頭になって、渡し守になって人を渡す。それがご自分の修行になってくると受け止めておられたようですね。私も自分事ですけれど、原稿ができると、必ずお内仏(ないぶつ)に供えまして、さっき申し上げた死んだ親とか、それから生きておれば二十五歳になりますけど、二日と四時間で亡くなりました孫に供えるんです。それから夜寝る時も、私、朝早く起きて仕事をするもので、眼鏡をお内仏に置きまして、孫に頼むんですね。目が覚めた時は、孫が起こしてくれたと思って、入っていって、起きるんですね。人はまさに意気地がないというけど、そうじゃないんで、孫が起こしてくれるんですよ。御礼を頂いても供える。初めは、私が頂いたに違いありませんけどね。自分の頂いたのをもう一遍向こうへ差し上げるところに、私は本当の仏教というのが出てくると思うんです。自分で働いたんだが、それを向こうさまのお陰にしていきたい。
 
金光: そうしますと、二十五年前に亡くなられたお孫さんも、今一緒に生きていらっしゃるということでございますね。
 
松原: そうなんです。今ここにいますよ。元旦に死んだ父親も、三つの時に別れた母親も、私はみんなから生きさせて貰っていますね。そうでなければ、この歳まで長生きできない。
 
金光: そうしますと、もう二十年なり三十年なりの昔のことではなくて、ずっとこれから先も生涯を通じて、そういうお働きは頂けるということでございますね。
 
松原: そうです。この時間でもご紹介したと思いますが、これも確証はないんですけどね、一休さんの歌だと、伝としておきます、
 
今死んだ どこへも行かぬ ここにおる
  たずねはするな ものは言わぬぞ
 
姿・形はないけれど、本当の対面は、その人の姿が亡くなって、初めて対面ができるんじゃないでしょうか。一休さんの漢詩にありませんけど、一休さんの心はそこにあると思いますね。生も死もない、いつも姿・形のないところで、ここで生きていてくれる。
 
金光: そうすると、今のお話を伺っていますと、例えば三十の時とか、あるいは五十の時の修行ということじゃなくて、そういう受け取り方というのは生涯の修行と言いますか、そういうことになるわけでございますね。
 
松原: 先輩が、私が怠けていると、「達磨さんもお釈迦さんも目下修行の真っ最中だ」 って。
 
金光: 達磨さんも修行の真っ最中、
 
松原: 私はできあがった人だと思ったら、そうじゃないんですね。
 
金光: そのことですか、今日色紙に書いて頂いています、
 
生涯修行
臨終休息
 
その辺の消息がここに出ているわけですね。
 
松原: そうなんですね。臨終、そこで終わったんじゃないんで、一休さんじゃないがちょっと一休み、また新しいところへスタートしていこう。
 
金光: そうですね。
 
有漏路(うろじ)より無漏路へ帰る一休み
     雨ふらば降れ 風ふかば吹け
 
とありましたですね。じゃこれも非常に長い視野の中で、人間が生きているということをみたところから、こういう言葉が出てきているということでございますね。
 
松原: 「死は終わりではない」ということですね。
 
金光: ちょっと休まして頂けるということ。そうしますと、そのことが今度は逆に、それだけ長い視野で生きているということは、また一日一日のもっている意味も、そこで違った深い受け取り方ができるということにもなるわけでございますね。次にご用意頂いているのが、
一日
一生
 
という、こういう言葉があるわけでございますか。
 
松原: これも最近の杖言葉にしたんですけれど、一日が私の人生の何分の一じゃなくって、今日の一日に自分の一生というもの、仕事をしていきたいと。それが自分を充実するんだ。九十いくつまで生きられました作家の武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)(1885-1976)さんの言葉に、
 
仕事はパンのためだけじゃなくって、自分の人生を充実させるためにあるんだ
 
と。そのために私は今日の今の仕事に自分の人生をすべてかけていきたい。「一日一生」という杖言葉に時々取り替えるんです。
 
金光: そういうところから、今年の御題の「波」の歌もお作り頂いているわけですね。
 
松原: これは歌じゃありません。ただ字を三十一字陳べただけなんです。
金光: あしもとに寄する波の音(ね)聞きおれば
  おのずとむねに法(のり)の香(か)ぞする
 
松原: これは和歌というよりも、仏教の思想を詠んだ道歌(どうか)と申しますけれど、文学的作品はまったくないんですけれども、ただ道歌として、字を集めてみました。「あしもとに寄せる波の音」これは「脚下を見よ」ということですね。自分自身を見ていけと。
 
金光: いろんな出来事ということにもそれが当てはまるわけですね。
 
松原: 打ち寄せてくる悪い波、その波をじっと聞いていると、自ずと聞こえてくるんですね。
 
金光: 「法(のり)」―これは海の「海苔」と、仏法の「法」と、両方ですね。
 
松原: 「胸に」は、心ですが、字余りになりますので、「胸」にしておきましたけれど も、法でございますから、そこで仏法の教えなり、海の海苔の匂いというものが聞こえてくる。その一つ、味を味わってみなさい。味わってみようじゃありませんか。
 
金光: 要するに、「この世の出来事全部が、仏法の香りがしていますよ」ということに もなるわけでございますね。
 
松原: そうなんです。有り難うございます。そこまで読んで頂けるとほんとに有り難いんであります。これはお互いに仏法の世界だけでなくて、やっぱり一般の指導者の人たちも、あらゆるものを、これを仏法で「無情説法」と言います。これは人間のような意識とか感情をもっていないものでも説法している、ということでございますが、波も、谷川のせせらぎも。ただこちらの受信装置が未熟なものですから、雑音に聞いてしまうんですけれど、こちらの受信装置が豊かになれば、何か私たちに教えを説いていてくれるんだ。そういう耳や眼を、感覚器官を開いて貰わないと、本当のことがわからない。今年、昨年からの波が、ただ激浪で意地悪な波で終わってしまうと思うんです。
 
金光: そこの辺りを詠った歌でしょうか、次に用意して頂いた色紙でございますが、
 
澄んで雁影深し
許渾の詩句(「三体唐詩」)
 
松原: 今年の書き初(ぞ)めに書きました。御題に因んで。「雁影」は雁の飛び行く姿であります。雁の影じゃなくて、雁の飛んで行く姿ですね。この許渾(きょこん)という詩人でありますが、この出典は、俗に「三体詩」と言われていますけど、『三体唐詩』という中に出てくる。この許渾の時代は、廃仏の非常に盛んな時だった。その時に詠われた句で、まだ対句がございますけれども、その一つで、字のうえから申し上げれば、雁はいつでも空を飛んでいるんだけれども、波が荒れていると映らない。波が静かになってくると、飛んで行くその雁がわかると。つまり今のいろいろなさまざまな現象の中に、何が映っているか、ということを見ていきたいと。ただ現象面だけです。波だけを見ておらずに、この波が静まれば、真実体が映ってくるんだという、この激浪を一つ改めて見ていこうということで、私、これを書き初めに書きました。
 
金光: これは、いわば「心の波」ということにもなるでしょうが、そういう自然の波が澄むと、雁影深し、というようなところにも今日の大道無門と言いますか、門がないんだよと。自然無情説法、無情が説法するというのと同じようなところで、「波澄んで雁影深し」というような言葉も出てきたということでございますね。
 
松原: ただ法然上人さんの歌に、
 
月影の至らぬ里はなけれども 眺むる人の心にぞ住む
 
そのお歌が頭の中にありまして、下敷きになったわけですね。
 
金光: 「波澄んで雁影深し」やはり門のない大道というものを味わうことができればできるほど、そういうことがよく胸に沁みてよくわかってくるということでございましょう。どうも今日は有り難うございました。
 
 
     これは、平成六年一月九日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである