自己を知り仏となる
 
                 東福寺僧堂師家 福 島(ふくしま)  慶 道(けいどう)
昭和八年、神戸市生まれ。昭和二二年、岡山県総社市の宝福寺にて岡田煕道老師について得度。昭和三一年、大谷大学文学部仏教学科卒業。昭和三六年、大谷大学大学院博士課程修了。南禅寺専門道場に掛錫、柴山全慶老師に参じる。昭和五五年、東福寺専門道場師家。平成三年、臨済宗東福寺派管長。なお平成元年より毎年二ヶ月半アメリカへ出講、全米二五大学において禅の指導にあたる。平成二三年逝去。
                 き き て   有 本  忠 男
 
有本:  京都の東山にある臨済宗東福寺(とうふくじ)派の大本山東福寺です。この寺は鎌倉時代の建長(けんちょう)七年、西暦一二五五年、九条道家(くじょうみちいえ)が聖一(しょういち)国師(円爾弁円(えんにべんえん))を開山に招いて開山した禅の大道場です。以来京都五山の一つに数えられ、京都におけるもっとも有名な寺院の一つでもあります。境内にある三門や東司(とうす)、大殿堂などは、国宝や重要文化財で、創建当時そのままの華麗さを今にとどめています。また法堂(はっとう)を経て、開山堂へ向かう途中の渓流に架けられている通天橋の辺りは紅葉の名所としてよく知られています。福島慶道さんは、一昨年の平成三年にこの東福寺派管長に就任されました。では専門道場である普門院(ふもんいん)でお話を伺います。
おはようございます。
 
福島:  有り難うございます。
 
有本:  管長にご就任二年目ということですが、今もこの専門道場のお師家さん、老師、そして管長さんということなんですが、ご自身ではどの呼び名が一番?
 
福島:  それは、師家と老師は実は同じでありますがね。だから世間の呼び方が管長さんというのが、老師さんというのと、今二つになったわけですが、管長になってからは世間でも、「管長さん」と呼ばれることが多くなったようですね。自分の仕事としましては、師家職でありまして、これは一代であります。しかもその内容は非常に重要で専門道場でいい人材を養成していくというのが、私の一代の仕事でありますから、管長職はその任期にある間一派のことを統括するという仕事が余分に加わっておると言ってもいいわけでありますが、呼び方としては「管長さん」が今は多くなったようですね。
 
有本:  専門道場、今は何人のお弟子さんがいらっしゃるんですか。
 
福島:  今十三人おります。
 
有本:  今外国人の方もいらっしゃるんですか。
 
福島:  外国人は今ちょうどアメリカへ帰りまして、大学院で勉強さしております。これは修行途中でありまして、また大学院でPh.D(博士号)を取れば戻って来ます。この男は修行仕上げると思います。だから私の弟子で、アメリカ人の弟子が今アメリカへ戻っておるものと、京都に滞在しておるものと、全部で十人おるんでありますがね。そのうちで今ミシガンへ戻しておるのは、おそらく私の弟子の中からできる最初の禅マスターになるんじゃないかなと、こう期待をしております。
 
有本:  お弟子さんでアメリカ人がいらっしゃるというふうに、この禅が非常に国際的になりましたね。
 
福島:  そうですね。これは実は私もアメリカとの繋がりは、一九六九年から始まるわけです。これは自分の修行時の師匠でありました南禅寺の元管長さんであられた柴山全慶(しばやまぜんけい)老師(臨済宗南禅寺派管長・仏教学者:1894-1974)が、確か一九六五年から鈴木大拙(すずきだいせつ)(世界的・仏教哲学者:1870-1966)さんの推薦で、年に一回アメリカへ―大体大学が中心でありますが、禅の講義に行かれましてね、そして一九六九年に三ヶ月お供を仰せつかったわけです。それがアメリカとの繋がりの始まりでありますが、そして師匠の柴山老師の推挙で、一九七三年には一年滞在することになったわけでして、六十年代後半ぐらいからのアメリカの禅社会の様子を自分も関心をもって眺めてきたんですが、最近は一九八九年から毎年行きまして、今年からは十の大学を廻ってくるわけでありますけれども。
 
有本:  朝早くから読経が流れておりますけれども、やはり秋、冬でも、この僧堂の朝というのは早いんでございますか。
 
福島:  僧堂は、一年中起床が三時でありましてね。
 
有本:  三時!
 
福島:  はい。そうなんです。アメリカでも講義をしたら、「これはP.M.(午後)ではありませんよ」と付け加えなければいかんようなことでありますがね。ですから道場のお勤めは、この本堂でするんですが、朝早く三時十分から四時までお勤めが終わって、今聞こえているのは開山堂でのお経でありましてね、これは大体冬は八時から、夏時間は七時からというふうに、そして九時以降は、今我々が坐っておる広縁に出て来まして、真っ暗なところで夜坐(やざ)という夜の坐禅が始まります。これは時間無制限でありますが、大体十時半から十一時までは少なくとも坐らねばならんということがありますから、私も大体朝三時起床、夜十一時か十一時半就床という生活です。
 
有本:  非常に睡眠時間が短いんでございますね。
 
福島:  そうですね。その分修行僧だって一日中眠たい状態でありますが、これは眠たい状態に追い込んでおるんですね。それから食生活がそうで、食事もきわめて粗食でありますが、だからご馳走が食べたいという気分もいつも修行僧はあると思いますね。で、その二つの、言うてみたら単純な煩悩に集中してしまって、他の複雑な煩悩が出てこないように仕組んでおるんです。道場の、つまり修行をし易いようにしておる知恵みたいなものですね。ですから私自身もそうですし、修行僧もそうですが、居眠りは上手になりますね。日中にちょっと閑があれば、修行僧でも五年も修行した修行僧は、公用で街へ出る時に、市バスの中でつり革を持って居眠りしていますよ。そうできるようになるんですよ(笑い)。私ら昭和一桁の者は、在家の出発で、私自身がそうですが、在家の出発で禅寺へ小僧へ入って、いわゆる小僧の生活をしてくるわけですね。そうしますとむしろ道場へ入って、道場の生活の方が小僧生活より楽だという面もあるくらいなんですがね。今はほとんどがお寺の息子ですがね。そうすると道場へ来るまでは、大学の学生生活。これは自由にしておると思いますね。道場へ来てから厳しい生活になるんで、初めは大変だと思います。ところが道場は有り難いことに、二十四時間共同生活の修行の生活をさすわけですがね、おそらく最初は嫌々来たような者でも、まず最初の三ヶ月でコロッと変わります。半年経つとまた変わります。一年経つと翌年来る新しい者の指導ができるようになります。これは私は禅の専門道場の良さだと。世界の宗教教団に向かって威張れる点だと自負しておるんですけどね。
 
有本:  そうでございますか。私たち、「禅」と一口に申しますけれども、先ほど「臨済禅(りんざいぜん)」と「曹洞禅(そうとうぜん)」、もう一つ「黄檗禅(おうばじゅぜん)」があるということですが、管長さんの場合は、臨済禅ということなんですが、この臨済禅の特徴と言いますと、どんなことなんでございましょう。
 
福島:  これは今の三つの中では、歴史的には黄檗禅というのは、臨済禅から派生したものでありますから、大きく分けますと、臨済禅と曹洞禅ということになりますが、修行の上で、臨済禅の方はしっかり公案(こうあん)を使っていくわけですね。それから曹洞宗の方は、多少公案があるようですが、「只管打坐(しかんたざ)」と言いまして、坐禅を修行の中心にする、その違いがあるわけです。臨済は坐禅と公案で修行をする。曹洞の方はあまり公案は使わないと、大きな違いはそこでしょうね。どっちもいわゆる達磨さんの禅でありまして、その教えの内容は根本的には変わらない。修行の仕方だけが違うということですね。
 
有本:  入門致しまして、これならば修行も済んで、自坊に帰るとか、また新しく寺をお持ちになるとか、こう年間と言いましょうか、何年くらいならば大体卒業と言いましょうか、一人前になれるんでございますか。
 
福島:  実は禅の修行には卒業はないんですけれども、やはり和尚を養成する場所でありまして、それでいわゆる宗派教団の規則としましては、大学を出まして、専門道場に最低三年いないと寺持ちになれない、と。ところが修行の内容から言いますと、例えば公案の修行でも、最初の三年くらいではほんの基本的な公案に足がかかったくらいでありますから、だから修行の内容を中心にして考えていきますと、公案の修行を専門道場で師匠の元で終わるのは少なくとも十年はかかります。そこで大事なことは、よくこれも世間で誤解があるんでありますが、専門道場で師匠について公案の修行が終われば、それで一人の師家が誕生したようにみる誤解があるんですけどね、これはとてもじゃない、そんなことではなしに、それが終わりましたら、それから後専門道場を出まして、師匠の元を離れて、どっかの寺持ちになって―副住職のケースもありますがね―それで今度は自分一人で自分の境地を磨いていくということをまた十年ですね、約十年。これを「悟後(ごご)の修行」という専門用語で言うておりますがね。これが非常に大事です。世間の人と接触しながら、さらに自分の境地を深めていくということで、その過程で宗教的人格を養成するわけです。だから道場での修行十年、悟後の修行十年、だから二十年でやっと一人の師家ができあがると、大雑把に考えて貰えばそんなことになります。
 
有本:  先ほど臨済禅の大きな特色が公案という話がありました。私たちも公案というのは、よく耳にはするんですが、具体的にどんなふうな勉強なのか、ちょっと教えて頂きましょうか。
 
福島:  まず雲水の場合は、入門しますと、わかってもわからんでもとにかく最初に基本的な公案を与えるんです。そして臨済禅では、基本的な公案が二つありまして、その一つは中国の唐代の趙州(じょうしゅう)禅師(778-897)の考案である「無」の公案というのがあります。それからもう一つの基本的公案は、日本の江戸時代の白隠(はくいん)禅師(臨済宗中興の祖と称される江戸中期の禅僧:1686-1768)がお作りになった「隻手(せきしゅ)の音声(おんじょう)」片手の声ということですね。それとこの二つが基本的な公案でありましてね。ところがこの基本的な二つの公案にそれぞれ―分かり易くいうと、サブ・クェッションに当たる小さい問いが、それぞれ百近くどちらもありましてね。だから両方で二百でありますが、これを修行しておる段階で、つまり基礎を作るわけであります。大体三年から五年、それだけかかるでしょうね。
 
有本:  そうしますと、お師家さんが問題を雲水さんに出す。その問題について、雲水はお師家さんに回答する、そういう勉強と理解してよろしいんでございますか。
 
福島:  ですが、これは「答え」ということを言いませんで、専門的な言い方をしますと、「見処(けんじょ)」という、「見処をもって来い」とこう言うんですね。見る処というのは、なるほど自分の見解というような意味ではありますけれども、これは私もよく提唱(ていしょう)で雲水たちに言うんですけどね、「見る処とは、自分が成る処だと読め」と、こう言うんですが、公案は、自分が体験的な境地から出た表現でないと見処―答えにならないわけですね。だから仮に先輩からこの公案に対する答えは、こうだよ、と聞いて、それを口移しでもって来たんじゃ自分の体験から出たものじゃありませんから、これは師家の方はすぐわかるわけで、「一体何故そうなる」と訊けば、一つも自分のものではありませんからね。
 
有本:  例えば、今入門の話で、「趙州の無字」という公案がございますが、具体的にはこれはどんなことなんでありますか。
 
福島:  これは禅の公案の中でも有名なものでして、中国の唐代の趙州和尚の考案ですが、一人の修行僧が趙州に尋ねた。ちょうどおそらく側に犬が歩いておったと考えてもいいと思うんですが、「犬に仏性が有るか無いか」ということを訊くわけです。「仏性は仏の本性」ということですね。そういう質問をするというのは、これは『涅槃経(ねはんぎょう)』というお経の中に、「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」と、一切の生きとし生けるものは全部仏さんとしての本性はあるよ、という表現があるわけですね。特に唐代は、『涅槃経』がよく読まれたと聞いておりますが、それを踏まえての問いでありましてね。それでそういうふうに、「犬に仏性が有るか無いか」とこう訊いた。それに対して趙州和尚が、ただ一言「無」と答えたわけですね。無いという字の「無」であります。「無と答えた」というのが、公案になっておるわけでありましてね。これを俗に「無の公案」と言うておるんですが、これは問いの内容から一つ考えなければいけないのは、仏性の有る無しを訊いていますけれども、『涅槃経』を読む限り、つまりみんな仏性のあることはわかっておるわけで、仏性がなかったら仏教的でないわけでありましてね。だから「仏性がある」と仮に答えれば、「有るのに何故畜生だ」と、こう訊くでしょうね。それから「無いというたら、何故『涅槃経』にああいうふうな叙述があるじゃないか」と、こう反論するでしょうね。だからこの問い自体なかなか含みのある問いだとこういうことになりますね。その仏性の有る無しでなしに、そこまで考えると、「有ると答えてもいかん。無いと答えてもいかん」という問いでありますから、この問いが聞きたいものは一体何だ、と。つまり仏性を聞いておるんですよ。仏さんの本性ということだが、もっと分かり易く言えば、「仏とは何だ」ということを訊いておると。趙州はもう既に修行が完全の上にも大が付くくらい修行のできた人でありますから、そんなことはすぐわかるんであって、それに対して趙州が「無」と答えることによって、趙州自身が自分自身の仏性を指摘したわけです。だからまったくこの同じ問いに対して趙州は別のところで「有」と答えております。これが有る無しを訊いておるんだったら、まったくおかしな話でありますからね。ところが今のように理解すればわかると思いますが、趙州がなんらかの表現で、趙州自身の仏性をそこに出しておるということになれば、「有」と答えようと、「無」と答えようと、「あ」と答えようと、「え」と答えようということになるんですね。問題は、「どう自分が自分の仏性を表現するか」と、こういうこと。たまたまそれが趙州の表現では、「無」という。これが趙州の表現の妙なんでありますが、有る無しの問いで訊いてきたものでありますから、その有る無しの無を表現に使って、彼は自分の仏性をまる出しにした。だからその無と答えて、仏性のまる出しとはどういうことか、と言ったら、自分が「無」という時に、実はもう一枚になっているかと言いますかね、そういう無でないと、ただ子どもが「無」と言うているような「無」とは、全然重みが違うわけでありますね。ですからこれを修行さすことによって、修行僧が、「自分が無になりきる」とこういうこと。それは内容としては、「無の自己になる」ということですね。それができないかん。それが実は禅の修行の基礎になるわけでありまして、「無の自己の体験をもつ」ということが修行の基礎に要るわけなんです。
 
有本:  管長さん、「存在する、存在しない」、私たちはどうしてもものを相対的に「有る、無し」と考えがちですが、入門の段階で徹底的に相対的にものを見るんじゃない、というようなことをたたき付けられるわけですね。
 
福島:  それは理屈としましたら、「有る無しを超えろ」ということですね。「有る無しを超えろ」ということは、だから修行僧に対して「提唱(ていしょう)」とこう言っておりますけれども、そこではその辺りまでは講義をしてやるわけで、「禅という宗教は、有る無しという対立を超えることを要求する宗教だよ」と。簡単な言葉で言うと、「二元の対立を超えろ」という意味で、「超二元を説くんだよ」と、こういうことは提唱でいうわけであります。ところが、「二元を超える」ということを頭でわかっても、なかなか人間というのは、二元を超えないんですよ。特に道場へ来るまでは大学で勉強してきたんでありますが、これは知性の集積でありまして、知性は二元の所産ですよ。そうでしょう。有る無しがあって、つまり知性が成立しているようなものですからね。だから「そういうものを一回ご破算にせよ」ということで修行が始まっていくわけです。修行の難しさはそこでしょうね。それからよく世間でも何かわからんことをいうと、「禅問答みたいだ」というのは、禅問答の難しさはそこにあるわけで、頭で理解をしようとしますと、知性的な理解ですから、つまり有る無しの世界でものを考えてしまう。禅の公案は、それを破らそうとするための手立てにある問題でありますからね、だからそこのところが難しい。それがわかってしまうと、実は公案というのは、「ああ、二元の対立を超えておれば、こうでいいんだな」というのが、修行が進んできますと、実は公案に対する自分の見処というのは、とんとん出てくる。
 
有本:  お弟子さんにもよるんでしょうけれども、「有無の世界ではないんだよ」と言われても、なかなかやはり最初は頭で考えるわけですから、その趙州の「無字の公案」でかなりこう留まると言いましょうか、それを超えるまでに相当時間がかかるということがございましょうか。
 
福島:  ですからさっき言いましたように、「無字の公案」には、小さな―専門用語で「拶所(さっしょ)」と言うんですが、調べ所ですね。テストしてみるという、こういうサブ・クェッションが厳密には百二あるわけでありますが、それをすることによって、本当に修行しておる雲水が、口先だけの無でなしに、自分が本当に無になっていくというところへ追い込んでいくわけです。そしてその効果はやっぱり公案の修行によってあるわけでありまして、やっぱり三、四年ぐらいはかかるでしょうね。ですから基礎作りが大変なんですよ、大事なんですよ。だから趙州の無字で三年かかろうと、五年かかろうと、例の『無門関(むもんかん)』を著された無門慧開(むもんえかい)禅師(中国、南宋の臨済宗の僧:1183-1260)は、趙州無字の公案に六年かかったんですよ。無門慧開さんは大変な祖師になられた方でありますが、ああいう方で六年。今日(こんにち)とやや修行のやり方は違うかもわかりませんが、そういうことで趙州無字でしっかり基礎作りをしておけば、後まあ複雑な公案になりましても、それに対する対応ができると、こういうことでありますね。
 
有本:  そしてもう一つ、「趙州の無字」と同時に、「隻手の音声」でございますが、これはどんな公案ですか。
 
福島:  これも基本の公案でありますが、これは百近く小さな調べがあるわけでありますが、これは白隠さんがお作りになられたんですが、これ「隻手の音声」と言います。「片手の声」とこう言うんです。趙州無字の公案も有名ですが、アメリカで講義に行きまして、学生さんからファースト・クェッションで出てくる質問に、片言の日本語で「隻手の音声」なんか言われるとビックリするようなことがあるんですけどね。わりによく知られておる公案ですね。これはまず「片手の声」と言いますと、普通頭で理解しますと、まず「音、声」そういうものを考えるじゃないですか。それから「隻手」は片手でしょう。片手というこういうことになると、「片手と両手」ということを考えるじゃないですか。それはつまり既に二元的な理解に陥っておるわけでありますね。実はこれは「隻手そのものになれ」と。「隻手そのものになってしまったら自由に、つまり声が聞こえるぞ」というところで、「隻手そのものになる」ということは、「自分が無の自己になる」という方向とまったく一緒なわけです。
 
有本:  私は、にわか雲水のつもりでご質問申し上げますけれども、例えば今のお話ですが、確かに(パンと両手を叩く)両手を叩くことで音が出ますね、声がでますね。ところが「一つの手で声を出してみろ」とか、「一つの声を聞け」と言っても、なかなか理解ができない。
 
福島:  それでこれはアメリカの教授の方でありましたが、勿論ジョークとしてやりなさるんですが、音を出せると言って、自分のほっぺたを叩かれたプロフェッサーがおって、大笑いになるんでありますけどね。これはどこまでもそういうことで、「趙州無字では自分が無となって無になる」という方向がありましたね。隻手の音声では、「自分が隻手になる、片手になる」という方向があるわけですね。仮に趙州無字では、「無と自分がなりきる」ということと同じように、「自分が隻手そのものになりきる」ということが、体験的にできれば、隻手の音声を透過―パスしたようなもので。だから自分が片手になりきってしまうということは、自分がおって片手になるというようなことではなれないわけですよ。自分が片手を出した時には、もう全自己が片手になっておる、ということでないといかん。そこにあるものは何だ、と言ったら、無の自己じゃありませんか。自分がおって片手になるんじゃなしに、片手になった時には、もう片手そのものなんですよ、自分が。そうすると、何も音を出さなくても、片手の行為はすべて片手の音声だ、と、こういうことになる。
 
有本:  無の自己になるための公案は修行で、そうしますと無の自己になる前の自分というのは、まだ我(が)の強い、自我(じが)のある人間ということ。
 
福島:  そうですね。そういうことです。まったくそういう意味では、「宗教は人間にとって必要だ」というのは、人間が非常に我の強い存在である。エゴの存在である。こういうことで、禅はそれを初っぱなから、「その我を捨てろ。そのエゴを捨てろ」と、こう迫るわけですね。ところがなかなか「あ、そうだな。そういう方向で修行しなければいかんのだな」と、こう思っても、なかなか我というのは取れないから、そこにはやっぱり厳しい修行が必要になってくると。それで十二月に入りますと、どこの専門道場でも、「臘八大接心(ろうはつおおぜっしん)」という一年中で一番厳しい修行をします。これは十一月三十日の夜九時から、十二月八日の未明まで、七日七夜、深夜に一時間少々坐禅の形での居眠りを許すことだけはあるんですが、その七日七夜、身体を横にして寝るということのない修行であって、「命取りの大接心」と、こういう言い方をするんですがね。命を懸けてやれ、と。死ぬ気でやれ、という大変な修行―禅の方ではありますが、これは私は初めて自分も若い雲水の時代があったわけですが、初めて専門道場で臘八大接心に入りました時に、幸い私は兄弟子が上に四人もおりまして、その兄弟子から、「十二月にはこんな修行があるよ」ということを、子どもの時分から聞いていましたけどね。実際に自分が初めて臘八大接心に入りましたら、聞くとやるとは大違いでありましてね。人間にこんなことできるかなと思うんです、正直。これは私は非常に異常な修行だということを、今師家になって、自分が雲水を指導する側でありますが、そして臘八を毎年毎年修行時分から経験してきたわけであります。今なおこれは異常な修行だと思っています。ところがその異常な臘八の大接心の最中に境地が深まっておるという修行僧はたくさんおるんです。異常なまでの修行をすることによって、我(が)が取れるんですよ。並なことでは我(が)取れないんですよ。それが修行の基本です。公案というのは、伝統的に千七百ある、ということを言いますが、今言いますと、細かい拶所(さっしょ)―サブ・クェッションを足しますと、三千からあるんでありますが、その公案は基本的には、結局無の自己にさそうという、みな方便なわけであります。私は、分かり易い譬えだと思うんですが、数多くある公案というのは、球ですね―ボールですね。球の表面の、球面の結びの点だと。だからむしろ中国の禅のお話、そんなのは全部公案になるわけで、三千も五千も無数にあるわけですね。球面の無数の点だと。ところがその球面の点は必ず核心、球の核心を通るじゃないか、と。つまり「球の核心とは何か」というたら、趙州無字で、隻手の音声で期待さす「無の体験」なわけです。
 
有本:  「無の自己」というのは、自分があって他人がある、というふうな相対的な考え方ではないわけですね。
 
福島:  ないですね。これは面白い話がありまして、分かり易い例でよく出しますのに、ここに触ると火傷(やけど)をする火があります。火鉢の火があるとします。そこへ手をもって行きますと、熱いからパッと退けるじゃないですか。そして多くの場合は、「熱ッ!」と言って退けるでしょう。あれ、既にもう知性的な煩いですよ。というのは、火は熱いものだ。水は冷たいものだ、ということを、どっかで知性的に教えられているわけですね。決して知性を否定するわけじゃないですよ、禅もですね。「しっかり勉強して来い」ということは禅でも言うわけです。知性を積んでおるから知性を捨てるということが初めて可能になるわけですね。知性を否定するわけではないんですが、その知性的な煩いで、火に触れて「熱ッ!」と手を退ける。ところがもうちょっと分析してみたらいいじゃないですかね。火に触れた瞬間に、パッと退けるあの体験ですよ。我々は、「生(なま)の体験」とこう言っている。あそこには実は自分はないですよ。それじゃ何にもないんか、と言うたら、この体験が、生の体験が現実にあるじゃありませんか。禅に実存があるとすれば、これこそ実存、禅の実存であり、そういうふうにこれはよく譬えで出すんですがね。アメリカであった話でありますがね、今は宗教学の教授になって、禅理解も深くなりましたが、まだ彼が大学院の頃に、J・マクダニエルという男でありましたが、私の毎週の坐禅会にやってきましたね。そして正規の坐禅が終わった後も深夜十二時まで、だからその水曜日の晩は、彼は私と一緒に四時間も坐禅をする。アメリカの学生としては、し過ぎるぐらい坐禅がよくできる熱心な男だった。その時にたまたまその日の禅トークの時にですね、私が、「今の火に触れるこの瞬間に自己はないじゃないか」という話をしましたら、そのJ・マクダニエルが―彼は実はその時にはヘーゲル(ドイツ古典哲学の最大の代表者)をしっかりやっている男でしょうね。頭が分析的だったんです。翌日レポート用紙三枚ぐらいに質問を書いてきたんです。その内容はこうなんですよ。「昨日の話はわからん。何故かと言ったら、まず自分ありきだと。主体である自分がある。それから触られる火の、客体として火がある。自分が火に触れるという行為をする。そこで初めて熱いという感覚が成立すると。我々はそう理解する」と、こういう。私は、「それは全然禅じゃないんだ」と。日本語だったら洒落にもなりますが、英語では洒落にもないませんが、やっぱりこれは何も外国人だけではなしに、日本人でもついぞそう考えてしまいます。やっぱり自分がまずあって、というところから、出発するものですから、生の体験を実は素通りしておるわけです。その生の体験を気付かしめよ、と。あの瞬間に自己はありませんよ。だから、なるほど、火に触れて、「熱ッ!」とこう言うでしょう。「熱ッ!」というところまではみな体験できるんですよ。その「熱ッ!」という体験のその即下(そっか)に、瞬間に自己がないぞ、ということを自覚したら、それが悟りなわけです。私は、修行僧によく提唱でいうんですけどね、「もうそんなつまらん見処―答えを持って来て、なんという修行をしておる。―道場では台所を「典座(てんぞ)」と言いますが―典座へ行って、煮えたぎっている油の中にギュッと手を入れて来い!」とこういうんです。入れた者なんかおりませんけどね。だけども入れて、みんな火傷するから熱いと思うでしょう。ところが熱いという体験だけではなしに、その生の体験の時に無の自己を自覚してほしいと、こういうことなんですね。
 
有本:  東山の山裾にあります東福寺ですから、先ほどから鳥たちが鳴いていますね。カラスも鳴いていますけれども。カラスというのは、羽が黒くて、カァカァ鳴くもんだというふうな、もう決めつけが私なっかにありますけれども、これはまだまだカラスが黒くて、カァカァ鳴くというふうな範疇にいる限り、なかなか無の自己にはなれないわけですね。
 
福島:  それでいみじくも、カラスのカァが出ましたがね。これは禅の公案の見処―答えの中によく使われる表現でもあるんです。「カラスはカァカァ、雀はチュチュ」と。ところがカラスは黒いでしょう。カラスはカァと鳴くでしょう。とろころが禅の立場からしますと、カラスは黒でないよ、と。カラスはカァと鳴かないよ、という立場もあるわけです。どこまでも知性的な判断で、カラスはカァで黒くて、雀はチュで茶色くって、という知性的分別でありましてね。禅は知性を超えますと、自由にものが言えるというところがあるんです。あるんですが、その自由にものが言えるというところで、カラスはカラスでないよ、と言うんですが、そこで止まらないというところが、これは禅だけでないんでありますが、仏教の言うてみたら、哲理の深さでありまして、「色即是空空即是色(しきそくぜくうくうそくぜしき)」というのが、『般若心経』の中にも出てきますけれども。つまり「AはAでない」と。ところが「無いAがAだよ」というところへまた戻ってくる。だからまず否定をして、その否定からまた肯定に戻ると。現実の世界を一度否定して、カラスが黒いというのが現実世界です。ところがカラスは黒でないよ、と、こう否定をして、そしてまたもう一度やっぱりカラスは黒だなというところまで還ってくるというのが、禅も含んで仏教は説くわけですね。これは宗教的な、私は非常に深いというか、考え方だと思うんですがね。だからしかし今言いましたように、「カラスは黒くない、カラスはカァでない」ということを、禅の問答ではしょっちゅう使うんです。「君は君でない。だから君だ」とかね。「無いから有るんだ」とかね。それはその無の体験をもっておると、実は自由に言えるものがあるんですよ。また後半でそんな公案を例に挙げてもいいと思いますけれども、二元を超えておりますからね。二元を超えておるということは、肯定・否定をまったくなくしてしまうというんじゃなしに、ある時は肯定でいきましょうよ、ある時は否定でいきましょうよ、という、こういう生き方でありまして。だから禅僧同士は、そういう「無い自己が有る」と、こう言うてみたり、「無い色が有る」と言うてみたり、実際サブ・クェッションの一つにそんなのがあるんです。趙州無字という基本の公案の中に。「無字の色はどうだ」と。「無字にも色が有る」と。その色はどうだ。そうすると先ず基本的な考えとしましては、無字には色がない、というのが、一つの正しい答えだと言っていい。「無字には色はありません」と、仮に答えたら、師家はすかさず問います。「無い色を言うてみろ」とかね。無い色なんかいうたら、知性的には、論理的には成立しないじゃありませんか。禅の世界ではそれ成立するわけでありまして、無い色が自由に言えるわけで、その無い色は何かと言うたら、現実のすべての色になってくるわけでありまして、そして現実否定でも何でもないわけですね。
 
有本:  そうしますと、科学技術が発展し、文明が、というふうに言っておりますけれども、まだまだ二元を超える、という観点から致しますと、非常に微々たるものであると。
 
福島:  私は、なるほど宗教と科学の対話というのも大いにやらねばならん、ということを思っておりますし、例えば何年か前に、有名なニュー・サイエンティストのフリッチョフ・カプラがやって来ましてね、禅の質問を受けましたけれどもね。大いに我々宗教人からも、むしろアプローチしていって、対話をしたらいいと思っておるんですがね。禅僧の立場で言いますと、禅は二元を超えることを要求するでしょう。私は、二元を超えてみると、一体どんな境地があるんだと。二元を超えると、そこには自由な境地があるよ、と。二元の中におる限りは、自分はAだ、自分はBだ。自分は肯定だ。自分は否定だ、ということで、どちらか一方に偏ってしまうという危険性があるわけです。ところが二元を超えてしまったら自由に二元を使い、二元の中で生きていくという自由性が出てくるわけですね。私は、これやや自負した言い方で言いますと、禅が世界に向かっての一つの提言じゃないかと思っているんです。二元の対立を超えてみょうじゃないかと。これ突き詰めていきますと、世界平和へ向かっての理念も出てくるんじゃないか、と思う。敵も味方も、というようなことを超えようじゃないか、ということで、人間として自由な付き合いがありますよ、ということにも繋がっていくんじゃないかなと、そんなことを思いますけどね。
 
有本:  今お話を伺って、この普門院ですが、掲額の「普門院(ふもんいん)」はなかなか歴史のある額なんだそうですね。
 
福島:  これはご開山の聖一(しょういち)国師は、七百年前に中国の浙江省(せっこうしょう)に径山(きんざん)という山がありまして、そこの径山寺で仏鑑(ぶっかん)禅師(無準師範(むじゅんしはん))について修行をするわけでありますが、その仏鑑禅師の書なんです。聖一国師が日本へ帰る時に、お師匠さんの仏鑑禅師がいろんなものを聖一国師にくださったわけです。そのうちの一つであります。これはもっとも額に写して彫ったわけでありますが、このもとになる仏鑑禅師の書は国宝であります。
有本:  管長さん、よく禅語で「日々是好日(にちにちこれこうにち)」、色紙その他で拝見致しますけれども、これは公案の一つなんだそうですね。
 
福島:  有名な公案の一つですね。『碧巌録(へきがんろく)』の中に出てくる禅の話でありますが、唐代の雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師の公案でありましてね。これは簡単に説明しますと、雲門さんが、月の十五日の提唱の時に、門下生に向かって、「十五日以前のことはもう何も聞かんぞ。ところが十五日以後で一句をもって来い」と、こういう問いを発するわけですね。古い時代はそういうことで、提唱自体が―今日は提唱と言っていますが―提唱自体が門下生との問答になっているような形でありますがね。これたまたま十五日であったから、十五日以前、十五日以後という表現が付くんですが、肝心なところは、「十五日以後一句を言い持ち来たれ」と。「これから後一句言うて見」というこういうことなんですね。禅という宗教は、実はある意味では、「自分を問う宗教だ」と、こう言ってもいいと思います。自分を問うということになりますと、今の自分―禅ではよく、「今、ここ、この私」ということを強調しますけれどね―だから十五日以後の一句ということは、実は今の一句なんです。ここで一句言うて見、と。その一句とは何だと言えば、勿論これは禅僧の問いでありますから、禅の一句でないといかん。悟りの一句でないといかん、こういうことです。それわかればわかるほど、簡単に一句言えないですよ。だから実はその時には、雲門の弟子たち誰一人答えられなかった。そうしましたら、雲門自ら代わって曰わくで、自分で問うておりながら、自分で答えることになるんですが、そこで「一日是好日(いちにちこれこうにち)」とこう答えるわけです。文字通りにいきますと、毎日が好い日だ、とこういうことですがね。この公案の核心は何だ、と言ったら、「一日是好日」五字の中に一字「好(こう)」―「好」の一字ですね。というのは、そうでしょう、毎日好い日ばかり続くなんていうことは現実ありませんよ。自分にとって都合の好い日もあれば、悪い日もあるし、好きな人に会えば、嫌いな人にも会うし、それから雨の日もあれば、風の日もあるし、と、こういうことでありますが、それを「日々是好日」と言うておるのは、雲門が教えたい意向ですね。先ほどから言うておるように、これは典型的な禅語であって、禅の教えが中にあるんでありますが、つまり禅である以上はどっかで二元を超えている、という考え方がないといかんので、まさにこの「好」がですね、二元を超えよ、ということを教えておるんです。表現は「好い」という意味でありますけれども、つまり雲門が言いたい「好」という言葉で、雲門が教えたかったことは、「善悪―善し悪しを一つ超えて生きろ」と、こういうことなんです。だからこう都合も好し、不都合も好し、と。雨の日も好し、風の日も好し、と。そういう生き方ができたら、もういつでもどこでも好日じゃないか、と、こういうことですね。だからこれはもっとも禅的な教えであって、どうも我々は、自分中心に、自分の好都合の時には喜ぶし、不都合の時には具合悪そうに言うけれども、実は人生というのは、それを織りなしておるのが現実の人生だよ、と。だから苦にも楽にも両方に対応していけと。それができないといけないよ、と。禅というのは、そういう生き方を実は教えようとしているわけでありましてね。だから「日々是好日(にちにちこれこうにち)」の「好」は、苦に出会ったならば、ああ、今日は調子悪いな、思い切り泣けと。それから好いことに出会ったらこんなハッピーなことないで、と思い切り喜べと。私はいみじくも、「思い切り」と、こういうことを言いましたが、つまり「なりきって生きろ」という生き方があるわけですね。だから天気の好い日は天気になりきって、雨の日は雨になりきって、と。これ一つも難しいことないんで、雨の日は傘持って出ようじゃないか。天気の日は縁の大きな帽子を被って行こうじゃないか、という自由な対応があるわけでありましてね。そういう生き方を、実は雲門は、「日々是好日」で教えたかった、とこういうことですね。これ今日の話で、初めからずっと言うてきたことが整理が付くんですね。というのは、まず二元を超えなければいかんと。善し悪しを超えなければいかんと。善し悪しを超えて、苦に出会った時には、苦になりきる。楽に出会った時には、楽になりきる。なりきるためには、我(が)があったらなりきれませんよ。自分というものがほんとになくなっておるからですね、不都合にも好都合にも自由に対応できる。つまり「無の自己」というのは、境地で言うたら、禅ではよく「無心」ということを言いますね。「無の心」―これ空っぽの心だと、分かり易く言ったらいいと思います。自分の心が空っぽだから自由に対応できるんです。自分の心が空っぽだから自由に受け入れることができる。で、実は禅という宗教が教えたい、公案の修行で修行さして、そしてどういう境地をいくか、とこう言いましたら、無の自己が、無心の境地で、自由な日暮らしができる、ということが、理想的な生き方なんです。この有名な公案の「日々是好日」は、雲門さんが―雲門さんというのは、『雲門広録(うんもんこうろく)』という語録が残っておるんでありますが、表現力の豊かな人でありましてね―文字一句で見事に禅の境地を言い得ておると、こういうことになるわけでありますね。
 
有本:  私は、「日々是好日」、今日福島管長にお話を伺って、爽やかな秋晴れに恵まれて、ああ良かったなとこう思っておりますけれども、雨の日また好し、風の日また好しということなんですね。
 
福島:  日本の良寛さんが、だからいみじくも言うておられますが、「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候」と、こう言うておられますね。どうも人間は自分の都合の好いことばっかり考えるんでありますが、むしろ苦しみに出会った時に、どう対応するか、ということがいるわけでありましてね。私は、そういう点では、「宗教というのは、人間に一つの生き方を教えるものでないといかん」と。どう生きるか、と。つまり禅は、今この私はどう生きるんか、という生き方を教えておるんでありますが、まさにそこでありましてね。苦に出会ったら苦になりきって生きようぞと。楽に出会ったら楽になりきって生きようぞ、と。だから、今私は、しっかり有本さんに向かって精一杯話しておるんです。有本さんも精一杯問うて、精一杯聞いてくれておるわけです。そういう精一杯の積み重ねをしていけばいいんじゃないでしょうかね。だから人生というのは、実は一瞬一瞬精一杯に生きる、なりきって生きる自分の生き方の積み重ねのわけです。その人が人生の最終点で、精一杯死んでいけるんですよ。それを「大往生」というんじゃありませんかね。良寛さんの言われる「死ぬ時は死ぬがよろしく候」という境地でしょうね。
 
有本:  今「大往生」とおっしゃいましたけれども、私たちはまさに感覚的に、仏になるというのは、死後の世界というふうに理解を致します。「母親が仏になりました、父親が仏になりました」というようなことを申しますね。そうしますと、禅の世界では、生きている今の自分を早く仏にしよう、ということなんでございますか。
 
福島:  私は、良いことを尋ねて頂いたと思うんですけどね。禅を含んで仏教が教えたいのは、まさにそこにあるわけです。だから仏教というのは、お悟りを開かれた釈迦無牟という仏さんの教えという意味ですね。それから仏教というのは、お釈迦様がお説きになった教えの内容とは一体何だ、と言ったら、「それぞれ各人が仏になっていく」ということを教えておる教えなんです。そうなると、つまり死んで仏になるというのは―それも否定しませんよ―私は、この頃は、自分では門下生には偉そうに、「平成の仏教改革と思って、寺持ちになったら檀家さんに説明せよ」と言うて、よく言うているんですがね。「生仏と死仏」に分けてみたらいいと思うんですね。「生きた仏、死んだ仏」。それで実は仏教が禅も含んで、第一次に説きたいことは、「生仏」なんですよ。「今生きている我々が、生きているうちに仏になっていこうぞ」と、こういう教えなんですね。死仏とは何だ、というたら、死んで仏になる。今有本さんが言われましたように、母が亡くなって仏になる、父が亡くなって仏になりました。今日どなたにでも、「仏とは何ですか」と言いましたら、仏壇のお位牌を指差したりですね、つまりご先祖さんを考えるわけです。これも否定はしないんです。これはただ中国仏教を経まして、中国仏教の段階では、儒教の影響があったと思います。先祖崇拝ということですね。日本にも日本固有の先祖崇拝の考え方があるところに、先祖崇拝の考え方をもった中国仏教が入ってきて、それが日本固有の先祖崇拝とドッキングして、日本仏教として今日までくるわけです。だから仏教の中には、先祖崇拝、先祖供養ということが入ってきてしまったわけです。ただ今日は、こういうふうに考えると、先祖を供養する、つまり死んで仏になられた人を供養するということは、第二次派生的でしょう。今日はどうもその方にウエイトがかかりすぎておるんです。お寺の和尚さんがお葬式も法事ばっかりで、それにかまけてしまっておるということになってしまって、それだけでなしに、むしろ生仏の方に力点をおくべきだと。生きておる自分が生きておるうちに、仏にならないかん。これまで私は説明しますと、「仏」という言葉も難しすぎるんじゃないかと思うんです。「仏」というのは、元の言葉は、「ブッダ」という。それはサンスクリットでは、「悟れる者」という意味なんですね。「悟れる者」じゃわからないですわね。今日の話を聞いてくれたら、ちっと悟りがわかって貰えたかもわかりませんが、一般の人は、「悟られる者が仏だ」と言ったって、「何が悟りだ」ということになるでしょう。「悟れる者」を、今現在人に分かり易く、もう一つ砕かなければいかんのじゃないかな。そうすると、「完成された人格者」「よりよき人格者」。これは死んでから完成された人格者になったって遅いんですよ。仏教は、死んだらみんな仏になられるんです。これは仏教が保証してくれておるから、死んでからのことは考えなさんな、と。むしろ生きているうちに、一歩でもよりよき人格者になろうと。一歩でも完成された人格者を目標にしようという方向でいって貰わねばいかん。生仏というのを。実はそれが「悟れる自分」ということでありまして。それからもう一つ大事なことは、この禅は、自己を強調すると言いましたが、ところが自己を強調するんですが、その自己は無の自己になっていくという方向でしたね。自分の我を殺すという方向でしたね。実はその方向でいきますと、自分が自分を殺して、徹底すれば徹底するほと、これは自分の心の内から湧いてくる気分なんでありますが、周りの人のことを考えずにはおれないという、これはやっぱり宗教心ですね。慈悲の心です。これが湧いてくるんですよ。修行すればするほど、無に徹すれば徹するほど、自己が無くなれば無くなるほど、それが出てくるんです。私は、悟りの完成はそこにあると思うんですね。禅というのが、「悟りの宗教だ」と簡単に言われますが、それじゃ「悟りの内容は何だ。悟りの完成された状態は何だ」と、こういうことになれば、つまり「大らかな慈悲の心をもった自分になっていく」ということです。だからそこまでいうと、禅という宗教は、「悟りの宗教であると同時に、救いの宗教だ」と、こう言っていいと思います。
 
有本:  一時間素敵なお話を伺いまして、私も心洗われました。でも心洗われた今を大事にしないといけないということでございましょうね。本当にいろいろ有り難うございました。
 
福島:  上手に聞いて頂きまして助かりました。有り難うございました。
 
     これは、平成五年十一月十四日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである