ゆとりこそ人生
 
                              評論家  森   毅(つよし)
                              ききて 西 橋  正 泰
 
西橋:  今日、こちらでお話を伺いたいと思うんですけれども、此処も 古い町家で、
 
森:  そうですね。
 
西橋:  京都の街をこう散歩されるのは、昔からお好きだったんですか。
 
森:  そうですね。昔はけっこう市電が走っていまし たけどね。大体なんかやたらに歩く時代ですね。 京都の街というのは、またいいことに碁盤目に なっていますから、どっかからどっかへ行く時 には、ともかく角が来たら曲がるふうにして、 方角だけ間違わなければ行き着くんですよね。 知らない街をジグザグに歩きながらこう行くと いうことをしょっちゅうしていましたからね。
 
西橋:  なんか発見するとか、
 
森:  ええ。
 
西橋:  では、中で、
 

 
ナレーター:  森毅さんは、京都大学の数学科を卒業後、北海 道大学の助手となります。二十九歳で、京都大 学へ移った後、数学者として、三十四年間にわ たって教鞭を執り続けました。森さんは、独特 のユーモラスな語り口で評論家としても活躍、 社会、文化、人生など幅広い分野について、数 多くの著書を生み出してきました。一九九一年、 六十三歳で、京都大学を退官した時、他の大学 から誘いを受けましたが、森さんはそれらをすべて断ります。その後はフリーの 立場で、コラムやエッセイの執筆、またテレビ出演や講演活動などを続けながら、 新しいことに取り組んできました。まず森さんに退官後の暮らしぶりから伺いま した。
 


西橋:  森さんは、一月十日がお誕生日で、七十六歳になられましたね。 七十六歳の感懐というのは如何ですか。
 
森:  いや、まあこのぐらいの歳になったら同じことですからね。(笑 い)
 
西橋:  同じことですか?
森:  昔だと、数え年だから、七十七です。
 
西橋:  喜寿ですものね。
 
森:  そんなに生きるとは思っていなかったけど。
 
西橋:  お小さい頃はなんか身体の弱かった?
 
森:  弱かったですね。とても二十歳まで生きられるだろうかという感じで、元気のな い子だったですね。これも考えようによってはいいことでしてね、「子どもは元 気でないといかん」とか、「若者は元気でないといかん」と、よう言われました けどね、戦争中ですしね。子ども時分の友だちは僕より元気のない子はいなかっ たんですよ。「俺は日本一元気ないんやで」と言っていましたから。これはいい ようなとこがありましてね、昔の子どもの男の子の元気がこれ位としたら、僕は 最低だった。それでそれからこう多少は落ちていますよ。だけど、今は多分僕の 年代からいうたら、真ん中より上かも知れんくらいですね。だからもの凄く落差 が少ないですよ。若い時に元気だった人というのは、「昔はこんなにいろいろ出 来たのに」という、落差が大きいでしょう。もの凄く悔しいでしょう。だから、 「若者は元気でなければ≠ニいうのは、あれはようないで」と思いますね。「若 者は元気がのうてもいいやないの。それは歳取ってからゆとり になる素やで」というて。
 
西橋:  そういう書名のタイトルの本をお出しになっているんですけど、 一九九一年に、六十三歳の時に退官されますね。京都大学の教 授を辞められて、もう十三年になるわけですけど。
 
森:  もともと、大学にいた頃も、「大学を一筋」というのは面白う ないんで、いろいろしたんですよ。たまにはテレビに出たり、 講演に行ったり、いろんな原稿を書いたりしていた。それで大 学も辞めた。それであの頃ちょっと気にいらなかったのは、「私 の本流は研究と教育で、それ以外は余技です」という人がいる でしょう。僕はあれはけしからんと思うのね。それは読者、聴 衆にもの凄く失礼でしょう。本職をやっている人にも失礼でし ょう。講演の時には本業とか、そんなのなしに一所懸命やる。 原稿書く時も一所懸命やると。そう思って、それをやったんで すね。「私は研究と教育しかやっていません」という人は、そのことを口実に教 授会なんかサボりやすいんですよ。こっちはいろいろしているから、「あいつは 外ばっかりやっておって」と言われるといかんからね。逆に、「本業の方もちゃ んとしなければいかんな」というところがありましてね。しかしそういう大学の、 いわゆる研究と教育―行政もありますけれどね。それから外でライブ、講演とか、 それからこういうテレビとか、それから物を書いたりとか、この四つは、その間 に差を付けるという気は全然なかったんです。大学を辞めたら、一つ減ってもま だ三つ残っているで、という感じね。気つかわんでいい分だけ楽じゃないですか。
 

 
ナレーター:  森さんは大学を辞めてからも、さまざまな新しいことに挑戦しています。その一 つが小学校以来の久しぶりに作ったという俳句です。
 
土塊(つちくれ)をいやいやかたぐ初蕨(はつわらび)
打ち水のあとを雷雨の襲ひけり
 

 
森:  「歳をとって老後の楽しみのために俳句を作りましょう≠ニいうのは、あんな ことないで」という気がするんです。僕なんか全然やっていないでしょう。二十歳(はたち) 位の時に、俳句に熱心にやっていると、多分教授は、「お前、俳句もいいけれど な、ちゃんと数学、もっとやれ」というに決まっていますね。それが四十過ぎて、 教授になってから始めると、大体文句いうやつは同僚ですから、「へえ、お前、 俳句にこの頃凝(こ)っているの。う―ん、俺できへんけどな」とか云うて、割に認め てくれるでしょう。定年になってからやったら、どんなに下手でもみんな感心し てくれるでしょう。「老後のために趣味を持たなければいけない」というのでは なくて、「趣味をずーっと続けていないからできる」ことなんですよ。これは若 い時は逆にしんどいんですよ。やっぱり数学をやっていて、俳句もやると。やっ ぱり「俳句でもちょっとものにして、人に誉められたい」と思うじゃないですか。 六十過ぎてからだと、「ものにするまで、死ぬがなあ」という気分があるでしょ う。別に、「ものにせんならん」という拘りないですね。平気なんですね。割に 気楽なんですね。むしろ、「二十歳ぐらいから続けないと、老後の趣味を作れな い」というんじゃなくて、あれ逆ですよ。「あんた、四十年もやっていて、未だ にへぼだな」といわれるぐらいですからね。新しいことは年寄りになった方が気 楽に出来るんですよ。
 
西橋:  いろんなことができるわけですね。
 
森:  できるわけですよ。下手でもかまへんですよ。ものにせんでもいいんです。「も のにする」とか、「人に誉められる」とかということは、これは社会人の時代の 話でしょう。自由人というのは、そういうことに拘らないのが自由人ですから。 だから、「老後のために趣味を持たなければいけない」というよりは、「趣味が ないから老後になっていろいろものができて」と思ったほうが広がりがあるじゃ ないですか。
 
西橋:  森さんは、「人生二十年再生説」とか、それから「人生忠臣蔵説」とか、いろい ろおっしゃっているんですけど、例えば「人生二十年再生説」でいうと、森さん は、今、「第四の人生」ということですね。
 
森:  そうですね。
 
西橋:  六十歳から八十歳までの間。それから「人生忠臣蔵説」でいうと、「九段目」と いうことですね。八x八=六四の六十四歳から、九x九=八十一の八十歳まで、 この「第四の人生」とか、「九段目」とかを、この時期を楽しむ極意というのは、 何だっていうふうに?
 
森:  僕は昔から元気がなかったせいもありますし、そんなに昔にこだわったってしょ うがないですね。それからもう「人生八十年」とか言われる時代に、一つのコン セプトで生きるというのは窮屈じゃないですか。やっぱりちょっと変わったほう がいいでしょう。その時に「二十年説」で考えたら、「一幕二十年位に考えたほ うがいいんじゃないか」と。そうすると、八十までで四回、百までだったら五回、 人生を楽しむ。それは勿論同じ人間ですから繋がっていますし、過去を引きずっ ていますけどね。これは、「新しい舞台だと思ったほうがいいのと違う」という のが「人生二十年説」ですね。「二十年」と言ったのは、大体六十の時に考えた んで、それでまあ二十という。ほぼ二十というのは―しかし理屈は大体後から付 くんですけどね―後から理屈を付けると、まあいい数字と違うか、と。それは大 体二十歳前後というのは、二十歳(はたち)で成人式ですね。それから六十というのは大体 定年位でしょう。だから二十と六十というのは、一つの節目と考えたらいいのと 違うか、と。そうすると、八十年のちょうど真ん中の四十位に節目がある、と。 それで、「成人式は何やろう」ということを考えるんですけど、あれは「舞台が 変わる」と思ったほうがいいと思うんです。「第一幕から第二幕へ」と。第一幕 ―二十歳までの人生というのは、これは家の中に「家庭」という舞台ですね、親 は居なくとも、或いは家出しても、それでもなんか親との関係―親子関係の中と いうか、広い意味での家庭環境の中で生きていますよね。二十歳過ぎたら「舞台 は社会」になりますよね。だから「家庭内の存在から社会内存在へ変わる、とい うのが成人式だ」と、僕は思っているんですよ。そうすると、「六十前後の定年 後は何だろう」と思ったら、「社会が舞台」という。そうすると、六十過ぎた位 で大体そこから離れるわけですね。人によって違うかも分からないですけど。そ うすると、元ののはわが身一つですね。本来、自由人ですよ。だから、「社会人 から自由人に離陸する」というのが、老年の自立ですね。それでその青年の自立 が二十歳で、老年の自立が六十で、それが舞台が変わる、と思ったほうがいいん ですね。実際に歳とってから気持ちよく生きていられる人というのは、わりに「社 会でどう」とかということに拘らない人が気持よく生きていますね。大体さっき の二十年説というのでも、六十の頃に考えて、十年ぐらいして、「七十に位に、 何かこれでバージョン・アップせんといかん」と思ったんですよ。大学教授をし ていまして、最大の屈辱は、学生に、「十年前と同じことを喋っているで」と言 われる。それで考えたのが、「人生忠臣蔵」のほうでして、それは均等に割るの はちょっと粗雑だから、何故か分からんけど、これも数学に関係しますけど、数 学でいろんなことの変化の中で拡散現象という―物が移っていく現象ですね―あ あいうのは大体時間の平方根に比例するんだね。だから節目が、二x二=四、三 x三=九、四x四=十六、これに節目が出てくる。均等にはいかんですね。だか ら今、僕は、「九段目だ」というのは、九x九=八十一になると、また次の十段 目になると、そういうふうに考えたほうがいい、という。
 
西橋:  十一番目の百二十一まで、
 
森:  ええ。百二十一まで生きれるかどうかだけど。「DNAは大体その程度が寿命だ」 と言われていますからね。だから、「ちょうどいいで」という。それで今、「九 段目をどう生きるか」しか考えていないんです。「八十か八十一になったら、ど う考えようかな」というのを決めてはいないんです。決めたら面白くないですか らね。だけどその時はその時で「新しい生き方を考える」ということをして、「こ ういう新しい時代になったから、これで新しい自分の生き方が見つけられるで」 と思ったらいいんですよ。

 
ナレーター:  森さんは、一九二八年(昭和三年)に東京で生まれました。の ちに大阪の郊外にある豊中へ引っ越し、数学や昆虫に熱中した 少年時代を過ごしています。
 

 
森:  僕は核家族の一人っ子で、豊中辺りは非常に流動的で、友だちなんかでもしょっ ちゅう変わるんですよ。
 
西橋:  当時から、そういうふうに、
 
森:  当時からそうです。それからいわゆる高学歴的でして、今で言うと、大学へ進学 するというのがけっこう多かった。しかしそれは仲良くしている友だちが二、三 年すると、親の関係で変わったり、非常に都市性・流動性が高いんですね。だか ら故郷(ふるさと)なんてないわけですよ。
 
西橋:  東京の生まれですけど、大阪へ。
 
森:  それは父が東京で大学出てから外資系の会社に就職して、それで昭和恐慌であっ さりリストラされ、今でいうと、首になりまして、それで友だちから借金したり して、大阪でベンチャーを始めた。それで僕が小学校へ入る前に東京から大阪へ 越して来て、大阪で育ったんです。これも何となく今風やないですか。それで、 「ちょっと半世紀以上前に、今の時代を先取りしていたで」と自慢しているんで すけどね。
 
 
ナレーター:  そんな森さんの小学校から中学校時代にかけて大きな影響を与 えたのが、宝塚歌劇でした。
 

 
西橋:  お母さんがもの凄く宝塚がお好きで、森さんもよくお母さんに 連れられて、宝塚には月に一回ぐらい行っておられたそうですね。
 
森:  小学校の時は行っていましたけどね。昔のことですから、中学校になると、行っ たらいかんことになっているんですよ。
 
西橋:  禁止されているんですか。
 
森:  ええ。ただね、これはちょうど家が―金があるわけでもないんですけど―なんと なく昔からの知り合いがけっこう多いんですね―昔の女学校時代からの。
 
西橋:  お母さんの知り合いの方が。
 
森:  ええ。先輩―もう宝塚辞めた人なんか。何となくそういう関係でよく宝塚の子が 遊びに来ていましたね。
 
西橋:  お家に?
 
森:  ええ。
 
西橋:  そうですか。
 
森:  溜まり場になったんですよ。気楽に遊べる場所という感じで。僕は中学生の頃、 今では想像付かんかも知れんけど、けっこう可愛い坊やでしてね(笑い)。宝塚 のお姉さまにけっこう可愛がられまして。
 
西橋:  なるほど。
 
森:  だからけっこう近所に旧制高校のお兄さんなんかがいて、旧制高校のお兄さんに も可愛がられましたよ。なんかお兄さま、お姉さまに可愛がられるのは、わりに 上手なんですよ。それでいろんなトランプとか、麻雀とか、みんな宝塚のお姉さ まに教わりましたね。
 
西橋:  そうですか。
 
森:  けっこう大人の文化を楽しむというのは、小学校時代からですね。
 
 
ナレーター:  森さんは一九四四年、京都の旧制第三高等学校、いわゆる三高 に入学。勉強や軍事教練の傍ら、あらゆる種類の本を読み漁(あさ)り ました。終戦直後、十九歳で東京大学の数学科へ入学します。 三高、東大を通じて、森さんが熱中したのが、江戸文化の華と 言われる歌舞伎です。歌舞伎や宝塚といった芸能に熱中した経 験がその後の森さんの人生の幅を広げていくことになりました。
 

 
西橋:  きっかけはもともとは宝塚文化ですからね、アメリカかぶれ、フランスかぶれし ていたんですよ。ところが戦争が終わると、今や戦争が終わったからアメリカン ・デモクラシーだとかね、フランス実存主義など見てもしようがないでしょう。 ロシアマルコ主義がなんとなく時の流れみたいでしょう。「なんぞないかいな」 と思ったんですよ。そうしたらちょうどきっかけは戦争中ですけど、京都へ来た からには、「顔見せを見なくちゃ」と思いまして。
 
西橋:  三高時代ですね。
 
森:  三高時代。顔見せを知ろうと思って、連れて貰った。それを見 て、「こんなのありか!」と思って。それまで歌舞伎見たこと がないんですね。それから、「これは!」と思ったんですね。「こ れは穴場や!」と思って、江戸かぶれしたわけです。それで戦 中、戦後にかけて、もう江戸に没頭しましたね。
 
西橋:  いらっしゃるところが、江戸ですから―東京ですから、そうすると、でも戦争直 後ですから、
 
森:  そうなんです。歌舞伎座なんか焼けていますし、東京劇場が歌舞伎をやっていま して。
 
西橋:  東京劇場?
 
森:  ええ。それでそこへ。当時は前売りの日に徹夜で並ぶんです。「何のためにか」 というと、初日の三階の一番前の席を取るために並ぶんです。それで同じ芝居を 何回も何回も、毎日行くんですよ。今日はなんか違ったことをするかも知れんと いう期待で。そういう世界ですよ。そういう世界に入りましてね。あれはやっぱ り嵌(はま)りますな。
 
西橋:  それは見るという形での嵌り方だけではなくって、森さんは三味線をされたり、 謡いをご自分でなさったりされたようですね。
 
森:  そういうことはしましたけど、僕は結局自分が舞台の上に出るのはダメなんです よ。もともと元気のない子ですからね。運動神経がゼロですからね。身体を資本 にするのは無理なんですよね、本来。
 
西橋:  森さんは、数学者として、研究者として、ずーっと教育者としてやって来られた 一方で、そうしたら宝塚とか、江戸文化というようなものに興味を持たれて。
 
森:  興味としてはね。それは本当はそれはあんまりようないんですよね。それはよく、 先輩とか、先生とかに、「お前、これ一筋にせんとあかんで」と言われましたけ ど、しょうがないですな。若い頃でいうと、「それぞれの目標を如何に達成する か」ということをかなり懸命にならんといかんですね。その点では三十代位はけ っこう辛かったですよね。「こんなことを止めておったほうがいいで」という。
 
西橋:  数学一筋に、
 
森:  ええ。数学の中でも、これは教養部という所におりましたから、文化系の学生な んかも入れたりするでしょう。その関係で数学の歴史というのに興味があって、 その話をいろいろするようになりましてね。もう一つは、子どもが学校へ行った りするようになると、「学校の数学のやり方はおかしいんと違うか」という気が するんですよ。これはこうと決まったやり方をやるというのはもともと苦手なん ですから、「自分流でやればどうか」といって、数学教育というのにけっこう関 心が出ましてね。ところがこれも数学史とか、数学教育というのは、今はそれぞ れの専門でやっておられる方はありますけれど、その頃は数学をやった後で、余 技でやるという印象が強かった時代で、「お前さん、数学教育も、数学史よりは 数学一筋でやったほうがいいで」ということをかなり言われましたけどね。僕は、 楽しいのはしょうがないですよ。僕は、そういう点は楽しみが広がる質ですから、 数学教育をやっていると、数学の教育だけでは詰まらないから、教育全般に興味 が出てきますし、数学史をやっていると、文化全体に興味が出て、結局「面白い からやるで」というのがありますからね。そっちへいっちゃって。
 
西橋:  森さんは、数学への関心、そこからどんどんいろんなところへ広がっていくわけ ですね。
 
森:  僕は大体そういう質(たち)なんですね。大体何か物事を達成するという時にはいくらか 絞ったほうがいいということは分かっているんです、頭ではね。だけど「達成す る目標よりは、なんとなくいろんなことに広げておいたほうが面白いで」という 気分になりましてね。それは壮年というか、今の中年の人の目標達成とはちょっ と違いましてね。それで、「いろいろ無駄をしたほうがいいで」という気持があ るんですね。大学でも教師ですね―教師という商売は、半分役人で、半分芸人な んですよ。役人っぽいのは大嫌いだったけど、あれ成績を付けなければいかんわ けです、点数を。点数なんて付かへんものを無理して付けなければいかんですよ。 テレビなんかで、「今の政府を採点すると何点ですか?」と言われたら、断るこ とにしているんです。折角点数を付けんで済むようになったのに、という。それ はまあ典型的でね。やっぱり学校の先生というのは役人なんですよ。それと同時 に芸人でもあるわけですね。学生さんと一緒に―別にお笑いの芸人でなくってい いんですけど、よく笑いをとったりするというのは、気になりますけどね。けっ こう教師というのは虚しいもので、講演でもそうですけど、ちゃんと聞いてくれ るかどうか気になるわけですよ。ちょっとなんか言うて、笑ってくれると安心す るんですよ。
 
西橋:  ちゃんと聞いてくれているな、と。
 
森:  また気分が和らぎますからね。そういう話は講演をよくやる人に訊いてもよくあ りますね。気持よく笑って気楽に聞いてくれると有り難い、という。これは、知 ―知る、ことの原点みたいなものですね。そういうことを楽しむ、という。だか ら別に笑いを楽しむというよりも、そういう学問というほど大仰にいうこともな いですけど、それを「どう楽しむか」という芸人ですよ。「お互い楽しみましょ う」という感じで。定年になったら役人ではなくなりますから、芸人しか残って いないですけどね。でもプロの芸人さんと違うのは分かっているわけですけど。 これは板に乗っかっていなくとも、いろんな仕事をする時も、広い意味で芸人の ところがあるわけですね。他人のことを考えたり。だから「本当の芸人さんが特 別だ」とは僕は思わないんで、「芸人さんのことに、学ぶことで自分がどうする か」という、「自由さを獲得する」という。だから今にして思えば、「何のため にしてきたんだろう」と。それはその時々でいくらか目標を持ちますよ。目標を 達成をするということはすごく大事なことなんですけど、それが絶対とは思わな くって、いつでも何となく、そこからはみ出しているようなところがありまして ね。無駄をいっぱいしているようですけど、今にして思えば、「その無駄が人生 にとってゆとりを生み出すんじゃないか」と。
 

 
ナレーター:  森さんは、最近日本社会の価値観が一つの方向へ向かっていることが気にかかっ ています。若者にも老年にも、「中年化という現象が広がっている」というので す。
 

 
森:  日本がどっちかと言えば、若者問題とか、老人問題とかよくいうが、一番大事な のは中年問題だと思うんですよ。実際に社会を動かしているのは中年ですからね。 その人たちがしっかりするのが一番大事ですね。日本は、ちょっと「おじさん化」 し過ぎているイメージがありまして。それで、「おじさん化」というのは―おじ さんの定義は、「みんなこうするものや」とか、「誰でもこうしてきたんだ」と いうことを、「どれだけ口にするか、という頻度がおじさん化だ」と、僕は思う んです。これはおじさんのために弁護しますと、おじさんというのは社会の中心 ですから忙しいでしょう。「こういうのもあるし、ああいうのもある」といって いると、やっていられんから、「こうだ」という。わりに価値を一元化したがる。 その一元化した価値が、社会の常識のベースを作るということがあって、おじさ んはけっこう大事なんですけど、それに対してのバランスの問題で、若者という のはいくらかおじさんのことを聞くんですけど、いくらかちょっと常識から外れ たことをするのが若者でしょう。それで世の中が変わるんですよ。だけど物事の 達成の効率からいうと、ほんとはおじさんのいうことを聞いていくほうが得なん ですね。成功する確率が高いですからね。
 
西橋:  安心?
 
森:  安心。そうだけども、若者はそれを知りながら、無駄を覚悟で変わったことをす るから新しいことができるんですよ。ところがこの頃心配なことは若者がおじさ んに従い過ぎる感じがありますな。若者は、つまり無駄を嫌い過ぎるんですね。
 
西橋:  若者のおじさん化?
 
森:  ええ。若者のおじさん化ね。それは達成効率から言ったら、おじさんのことを聞 いたほうがいいのかも分からないけど、無駄を覚悟で変わったことをしてくれん と、若者にならないですからね。だからお爺さんというのは、これはその逆でし て、長いこと生きていますからね。社会的な常識なんてしょっちゅう変わってい るでしょう。僕なんかの年代―戦争中の常識、戦後の常識、高度成長期の常識、 みんな違うんですよ。だから、「そんなに世の中、みんなこう、ということない で」と言って、おじさんに水をかけるのはお爺さんの役割だと思うんですよ。だ けどいつまでもお爺さんがおじさんの尻尾を引きずって、「世の中をこういうも のだ」と言い過ぎると思うんですよね。
 
西橋:  効率優先みたいな、
 
森:  バランスが崩れていますよね。おじさんはいくらかお爺さんし てもいいんですけど、「自分はおじさんだ」という自覚でおじ さんしているのと、「これが絶対だ」と思っておじさんするの は違いますからね。
 
西橋:  おっしゃるのは若者には若者の常識からはみ出す生き方とか、 それから歳取ってからは歳取ってからの今度は自由な生き方が ある筈なのに、
 
森:  自分の域を拡大し過ぎですね。これが絶対と思い過ぎる。そういういろんな若者 の生き方とか、お爺さんの生き方を、ほんとは全部含めて「差し当たりしょうが ないからおじさんするか」というのが正しい、と言ったらおかしいけど、本来お じさんの器量というものでしょう。中年の人の器量というのは、そこにあるんで すけどね。それが中年の人がどんどん器量がなくなってきている、と。そういう 意味で、僕は、「中年の自立」―四十歳前後に自分の生き方をどう考えるか、と。 若者だって、二十年前の自分を引きずったってしょうがないでしょう。今の二十 代で、「自分がこのまま六十になったらどうするか」なんて考えていたってしょ うがないんで、その時で「六十代のあり方」とか、「二十代のあり方」を含めて、 「二十代の心も六十代の心を持って四十代を生きる」というのが、これがおじさ んの器量ですけど、見ていると中年の器量がどんどん下がっていますね。僕は日 本で中年問題というのはもっと大事にしたほうがいい、と思うんです。
 

 
ナレーター:  森さんは近年の著書で、老年の生き方についての話題を数多く取り上げてきまし た。老年の生き方には、ゆとりや無駄が大切な要素であり、それらを取り込んだ 老年の生き方が、中年や若者の参考になるのでは、と考えています。
 

 
森:  老後は何より社会的ないろんなことから離れますから、考え方が自由になれるん ですよ。ところが自由にならない人がいるんですね、中年を引きずって。それで はせっかく歳を取ったんだから、自由にしなければ損と違うか、という。如何に 自由を獲得するか、という。考えようによっては「ゆとり」ですけど。「ゆとり」 と「自由」というのはわりに近いわけで、「ゆとり」というのは、なんか「余暇 が多い」ことみたいに思ってね。「余暇が多い」というのは、スケジュールがあ って、休みの日をどう過ごすかで、はしゃぐ気になっている。あんなのゆとりと 違いますからね。「ゆとり」というのはほんとは中年に必要なんですよ。休みを 作ることではなくてね。忙しくしている時でも、それをちゃんと距離をもってい ながらやると。そして考えてみたら、「何よりもそれが自由人になった時のゆと りが、そこからしか生まれない」ですね。自由人になる前、社会人の場合に、何 かを達成した、というのは、達成したら終わりなんですよ。ところが「ゆとり」 というのは、「その時には一見無駄なようで―実際に無駄があることで、上手く いくことがあるんですけど、それを目標にしたら詰まらんわけで―それでいて何 かやっていていると、なんか歳取ってからゆったり出来て、そういうのはいいな ぁ」という感じがしますな。
 
西橋:  今、お話に出てきた「人生にとっての無駄」ということを少し聞かせてください。
 
森:  よく「効率主義の論理」というのは、「無理と無駄をムラを止めましょう」とい う言い方でしょう。僕は、あれは物事を達成するのにはいくらか効率的かも分か らないけど、それで「本当のものが生まれるか」と言えば、僕は実は思わないで すよ。多少は無理なこともせんといかんですよ。無理したら失敗するかも分から ない。失敗してもいいんですよ。失敗したら無駄になるようでも、無駄がまた生 きるわけです。ちょっと無駄があるほうが多分いいんですよ。僕は、「生き方と いうのは、無理と無駄とムラがあって、その一見効率的でないようだけども、そ のことによってゆとりがうまれるんだ」と。だから、「無駄をなくしてゆとりを 作りましょう」というのは、僕は反対で、あれは効率主義的なものですね。「無 駄を溜めておいて、それでゆとりを作りましょう」という感じですね。何か無駄 を無くして効率的にやってしまうと、達成すると終わりみたいなところがあるで しょう。それで達成に関係なかったような無駄というのが溜まりまして、「無駄 の貯金をたくさんもっていますと、なんかゆとりが生まれるで」という感じがあ りましてね。老人になって、何を考えるかというと、「目標はなんや」と言った ら、「ゆとりを持った老人になる」よりしょうがないでしょう。現在、老人修行 中第四幕ですけど。これは「それしかないで」という感じなんですね。これもよ くお年寄りなんかのところへ行って喋ることなんですけど、「昔、何をやった人 で偉い人だ」といって尊敬されるのはあまり僕は嫌なんですよ。「今は化石だけ れど」というのが言外に含まれているような気がして。
 
西橋:  過去の業績だけで。
 
森:  それよりは「現在のあり方でいいな」と思って欲しいわけです。「年寄りが若い 人たちに向けて何が出来るか」と考えると、やっぱり「歳を取るのはいいことだ な」と、若者に思わせることが何よりだ、と思うんです。だから老人の責務は何 かというと、「いいゆとりを持った老人、という見本になることだ」と。「歳取 ったら気の毒やで」というていたら、なんとなく暗くなるじゃないですか。だか らやっぱり「歳を取ったらいいで」ということを宣伝して回ろう、と。つまり「社 会人から自由人になって、自由人として如何に上手く生きるか」ということを考 えてみたら、大きな目標で、「現在只今六十代、七十代で、どう生きるか」とい うほうが、僕は大事だ、と思いますからね。
 

 
ナレーター:  森さんは最近のエッセイにこう記しています。
 
「心のエコロジー」
 
このごろ、人間の心を生態系のように考えて、環境問題の発想でとらえ ることにしている。そこには、さまざまの生物たちが生きて、それぞれ に時間感覚が違ったままに、それぞれの生き方を主張しながら、全体と しての環境系を生きている。心の世界というものでも、さまざまの時間 感覚を共生させるのが、心のエコロジー。
(中日新聞より)
 
森さんは、心の中にある多様性を大切にしたい、と考えています。
 

 
森:  本来、これ「心の時代」と言われるんですけど、僕は、「心」という時にあんま りなんか「心を傷付けられた」とか、「心が届く」とかというのは、あまり気に いらんですよ。なんか有物的な気がして。心というものはもっとわけのわからん ものですけどね。「心という舞台の中で、自分は生きている」という感じなんで すよ。その心の中には、若者だから若者の心だけでなくって、年寄りの心もある し、それから外国人の心もあるし、男でも女性の心があるし、それを舞台の中で 生きている、というイメージがありましてね。若い頃、歌舞伎フアンだったせい もあるんですけどね。「心の舞台の中にはいろんな奴がおって、生きているんじ ゃないか」と。それからもう一つ言いますと、この間ごろ、「マニフェスト」と 盛んに言われましたけど、政治というのは、大体「五年後、十年後にどうするか」 と言ったって、票が集まらないですね。やっぱり二年か三年ぐらいで形を作らん といかん、という。これは別に政治でなくって、こういうテレビとか情報関係の 仕事、文化に関わる仕事をしている人がいますね。一種の商売なんかしていても、 その時の時代の風の流れを考えながら、形を作っていかなければしょうがない面 があるんですね。それは多分二年かそこらの、仮に政治で言いますと、政治とい うのは二年位の寸法だと思うんです。ところがそればっかりで風のまにまにやっ ておったら様にならないですから、差し当たりまあ「五年後にはどうなるか」ぐ らいのことをしないと、例えば会社経営者でも持たないですね。政治家でも広い 意味では。だから仮に「二年の時間」と「五年の時間」というと、「政治家とし ての自分」「経営者としての自分」というと、これはいくらか矛盾することがあ るんですよ。矛盾しながらやっていかなければしょうがない。それで「これはこ ういうものやなあ」というのは文化ですけど、その「文化には十年位かかる」と。 十年位経たないと、こういうのは落ち着かないですね。それからもうちょっと自 分の生きた時間―先ほどからの若い頃の話―五十年前の話もしましたけど、そう いう「自分の歴史、自分の物語の時間」がありますね。さらには此処の建物みた いに百年位経って、そこに住んでいる人も変わっているけれども、それなりに繋 がっているという歴史。こういういくつもの時間を重層的にもっていないといか ん、と思うんです。これはいくらか食い違うんですよね。
 

 
ナレーター:  政治の時間は二年、経営の時間は五年、文化の時間は十年、物語の時間 は四十年、歴史の時間は百年と、大まかに考えることにしよう。しかし 人間は政治も経営も文化も物語も、さらには歴史まで含めて生きている。 これを単一の時間感覚で捉えるのは無理。
 
「心の中にはさまざまな種類の時間感覚がある」と、森さんは言います。
 

 
森:  「心」というのは一種の生態系みたいなもので、二年間の時間とか、五年間の時 間とか、そういういろんなのが重なり合って生きているわけです。それから人間 にすれば、年寄りもあればいろいろある、と。もう一ついうと、京都は結構これ 古いようで外国文化の流入が盛んな街でしてね。けっこう外国人の人が別にジャ パニーズ趣味でなくて、よく受け入れられている歴史がありましてね。だから外 国文化はまあ一番極端ですけど、「そういうのはどういうふうに取り込めるか」 というのがすごく大事ですね。京都というのは古いようで、けっこう京都の古い お爺さんさん・お婆さんなんかで、アーチストの人がけっこうそういう新しいも のに対して関心を持つんですね。だから異文化だから逆に関心を持つ。それはこ の頃生態系でちょっと気になるのは、「外来種が入ってきて、固有の生態系が崩 れる」という言い方をするでしょう。勿論固有の生態系は大事なんです。京都な ら京都の文化というのは大事なんです。同時に、「これ自身が固有もの」という けれど、実は外来種なんですよ。
 
西橋:  もっとルーツを探れば、
 
森:  それは草とか、虫とか、外来種けっこう多いですよ。急激に入っちゃうと、それ はいくらかギクシャクしますが、上手いこと入れなくちゃいかんですがね。だか ら生態系の多様性を議論する人がいうのは「生態系が崩れる」という言い方をす るんですね。実は「その固有種なるものも外来種じゃないか」と。これはやっぱ り何千年、何万年かかって自然になったものと、人間が生きている間に急に変わ ることのちぐはぐな時間の問題ですね。これを異質なものを同時に上手いことや っていく。これを考えるというのが、これが本当のエコロジーじゃないかと、僕 は思っているんですね。心というのは一種のそういうエコロジー的な世界ですか ら。いろんな文化、いろんな生き方、いろんな人がいて、それぞれに自分の生き 方をしているんだけど、それで勿論衝突するんですよ。「衝突しながらも全体と して上手いこといくで」というのがほんとは文化の落ち着きみたいなものです。 先ほどの外国人問題でも、いろんな人が入ったほうが―これは生態系というのは 悪くなるそうですけど―いろいろな生き物がいるほうが豊かになるんですよ、結 局は。単一になると必ず痩せ細りますからね。だから必ずこれ一筋で、一つでや っていると、いくらか安定しますし、目標を達成し易いようですが、先細りにな りますからね。だからそれに広がりを如何に持つかという矛盾した方向と、両方 を考えなければいかんですね。
 
西橋:  世界でも、例えば宗教とか、民族とかをめぐっていろんな衝突がありますけれど、 そういったことも、お互いがどうやって認めていくか、受け入れていくか、とい う。
 
森:  そう簡単に受け入れられるものではないですけどね。それぞれの文化の違いがあ ったりして。それぞれの文化の違いがあるけれども、それを「どうするか」とい うのが問題なんですね。そういうことでまあ何とか上手くやっていける、という のは、この点ではけっこう京都なんて古い街だけに、昔から東北の人も来れば、 九州の人も来るでしょう。外国の人も来ていた。わりに京都というのは、古いの を守っているようで、けっこう社交性の高い街だと、僕は思うんですよ。それは 「自分の固有のものを守る」ということがあるから逆に出来るのかも分かりませ んけど。固有のものを守りながらも、いろいろ違うものと上手く付き合うという。 これが一種京都の街の持っているゆとりみたいな感じなんです ね。人間とか、人間の心と同じには出来ないですけど、京都の 街というのはいいなと思うのは、そういう人間の心のゆとりの モデルみたいに―昔からのままでいいというんじゃないですよ ―異質のものがありながらも気持ちよくやっているで、という。 僕は、京都の街好きなんですけどね。
 
西橋:  なるほど。話がちょっと飛躍するかも知れません。そういう意 味では、日本もこれから外国人労働者とか、難民の受け入れとか、そういったこ ともやっぱりいろいろギクシャクは多少あっても、
 
森:  あります、当然ね。大事なことはそのことによって「日本文化が豊かになれる」 ということ。やっぱり「異文化が入ったほうが豊かになる」。これは文化史をみ たら明らかですからね。僕は、ここで極端なことを言いますと、もう死んじゃっ ているからいいですけど、あと半世紀後の日本の課題ということで言えば、その 頃はおそらく―外国人の定義がありますけども―「三割の外国人を含めて生きて、 多様性があって、摩擦がいろいろあるかも知れないけども、それでも上手く生き ている日本というのをつくって欲しい」と思うんですよ。
 

 
ナレーター:  二十一世紀に、多様性の中で上手に生きていくコツとして、森さんは、「社交」 というキーワードを挙げています。これまでの日本社会は、「みんな一緒、心を 一つに」という仲間内の協調性が重視されてきました。しかし、「これからは仲 間でない異文化の人たちと上手に付き合っていくための社交性が必要になる」と、 森さんは考えています。
 

 
森:  よく「一人っ子は協調性がない」というでしょう。「協調性」と「社交性」とい うのはよく混同されますけどね。あれは実は方向が反対なんですね。「協調性」 というのは、「一つの決まった共同体の文化があって、そこに如何に取り込むか」 というのが協調性ですね。「社交性」というのは、「異文化と如何に付き合うか」 というのが社交性ですからね。歳が違ったり、性が違ったり、いろんなところで 人と上手く付き合うというのが、「仲間―同じ同質なもの同士が集まる」のは協 調性ですけど。「社交性」というのは、「いろいろ面白いな」と言って付き合う やつですね。いろんな自分と違う文化の人と付き合うというのは、これは自分勝 手なようだけど、自分がそれでどれだけ広がりを持てるか、のほうが、関心があ りましてね。自分も一つとかと、一つに重なるよりは出来るだけ緩やかにしなが らも、違うものをやって広げていこうという感じね。ある意味で、これは大仰に いうと、「人生の目標」というのは、そういう「一種のゆとりをもった広がりが して、自分の心をもつようになることだ」という気がありましてね。若い頃そん なに考えたわけではなくて、むしろそれが社会の中で生きているのに、「マイナ スになるで」と言われたりして、ちょっと屈折しながらも、しかし、「そっちが いいな」と思いながらやっていた、というところがあるんですね。歳をとって自 由人になって、「これは無駄や」と思っていたんだけど、それが実は生きてきて いるという感じがあって。それで大仰にいうと、「人生の目標はゆとりをもった 多様な自分を作ることだ」と。「新しいものを出来るだけ取り入れて生きること だ」と。若い時に新しいものを取り入れるというのは、何かに役立てようなんて 思うから大したことはないんですよ。「歳を取れば取るほど、自分の心を自由に 豊かにする」ということで、「いろんな新しいものに関心をもったりする」と。 「その新しいものがものにならなくてもいいですし、そういうほうが人生の老後 の生き方だ」として、僕は好きなんですよ。
 
西橋:  そういうところが協調主義よりも社交主義と。
 
森:  そうなんですよ。若い時はそれぞれの共同体の中で生きていますから、そこの形 を作らなくちゃしょうがないですけどね。歳取ったらそこから外れるんだから、 せっかく歳取って自由になったんだから、それを自分のほうに目を向けて、自分 が出来るだけ豊かになったほうが得と違うか、という気持がありますよね。
 
西橋:  異質なものを楽しみながら受け入れていく、という。
 
森:  ええ。時々は食い違ったりしてね。それで自由という時に一番難しいことは、「自 分から自由になる」というのは難しいんで。自分が「こうだ」と決めちゃうと安 心出来ますからね。どうしてもそれに縛られますよね。ところが自分が「こうだ」 と決めたものと違うように物が入ってくるというのが本来楽しいですね。自分が 変わるし、新しい自分が見付けられるし。だから誰だって「新しい時代に生きて、 新しい自分を見付ける」ということは、誰でもできますからね。決まったことだ と、それこそ蓄積がありまして、子どもの時からやっているとか、ずーっとやっ た。それで生きるというのは詰まらないですから。できるだけ僕の老後の生き方 としては、「できるだけ違う、今までの自分と違うものを楽しみたい」と。これ からは「自分と意見の違うような変な人が出てきても、それがプラスになる時代 に変わってきたんだ。これはいいことやで」と思ったほうが気持がいいじゃない ですか。そのほうが多分よくって、これは自分自身にとっても気が楽ですしね。 特に歳取って自由人になったからには、それぐらい思わないと、長いこと生きて きた値打ちがないですしね。それがまた周りの人への一種のモデルになって貰っ たら有り難いし。そのことでいろいろあって―いろいろあるから勿論ややこしい んですけど、「ややこしいからこそいろんなことがあり得るで」というふうに、 僕は捉えたいですね。
 
西橋:  それが個人の生き方でも、多様性を受け入れるという意味で、協調型の時代より もむしろ社交主義の時代の生き方、と。
 
森:  僕はかなり我田引水ですけど、協調優先時代から社交優先の時代に変わってきて いる、と思うんですよ。それでこれは僕自身かなり我田引水ですよ、僕はどっち かと言えば社交型ですから。だけどこれは少なくとも今までの時代が、これはど こでも言われることですけど、協調優先にバランスが片寄りすぎていましたから ね。何でも「協調が大事だ」とか、「みんな一つになって」と言い過ぎますから ね。それでこれは今の言葉でよく使われているのを聞いても、「一致結束して」 「一丸となって」と、よういうじゃないですか。一丸となって、一致結束したら おもろうないで、という感じがするんですね。いろいろあるから、いろいろある とややこしいけど、ややこしさを活かせるほうが、これが文化というものですか らね。だからみんなが同じ意識になったら詰まらないで、という感じがありまし てね。
 
西橋:  「一糸乱れず」とかね。
 
森:  僕なんか昔からはみ出していましたからね。はみ出しても、これが自分の生き方 だ、と言って突っ張る元気はないですから。まあ上手いこと付き合いながらやる というのが、これも一種の社交性ですからね。自分の生き方で頑張るというんじ ゃないですけど、いろいろあって、そのことで自分も豊かに、社会も豊かになっ たらいいじゃないか、というふうな感じですね。
 
 
     これは、平成十六年一月二十五日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである