涅槃・安らぎの世界
 
                  立正大学教授   田 村(たむら)  芳 朗(よしろう)
一九二一年、大阪市生まれ。一九四九年東京帝国大学(現東京大学)文学部印度哲学梵文学科卒。五四年同大学院(旧制)修了。仏教学者で法華宗の僧侶、千葉県長生郡長生村の浄教寺住職を務め、東京大学文学部インド哲学仏教学研究室「日本仏教思想講座」を設けた。東洋大学や立正大学でも教授を務めた。本覚思想研究(中世仏教史の主軸だった教義)や、日本仏教史での法華経研究(とりわけ日蓮)の第一人者であった。『法華経』(中公新書)のまえがきで、在学中に学徒出陣により戦場を〈法華経〉のみを携え、激戦を渡った事が原点であったと回想している。著書に『本覚思想論 田村芳朗仏教学論集・1』『日蓮聖人と法華経』『日本仏教論 田村芳朗仏教学論集・2』ほか。晩年には、『岩波仏教辞典』の編纂にも当たった。一九八九年逝去。
                  埼玉工業大学学長 武 藤(むとう)  義 一(ぎいち)
一九一八年、秋田県生まれ。一九四一年、東京大学工学部卒業。東京大学工学部教授、工学博士。一九五一年、曹洞宗一等教師に補任。一九五二年、社団法人在家仏教教会理事。一九六六年、財団法人東大仏教青年会理事。二○○○年逝去。
 
ナレーター:  釈尊が、今からおよそ二千五百年前、インドの北部の小さな村クシナガラで入滅されたのは、二月十五日と言われております。その時釈尊は齢(よわい)八十歳、王舎城からクシナガラに至る三五○キロの最後の旅の最後の地でありました。旅に疲れ病に倒れた釈尊は、愛する弟子アーナンダ(阿難)に沙羅双樹のもとに床を敷いて貰われ、頭を北に向け、右脇を下にし、足の上に足を重ねて静かに身を横たえ入滅された、と経典に記されております。
 

 
武藤:  今日二月十五日は、涅槃会(ねはんえ)と申しまして、誕生、成道(じょうどう)と並んで、改めて釈尊の生涯、仏道を考える特別の日になっております。今日は涅槃の意味も考えることに致しまして、スタジオには立正大学教授田村芳朗先生にお出で頂いております。田村先生、どうぞよろしくお願い致します。
 
田村:  よろしく。
武藤:  涅槃会というのは、私、子どもの頃から非常に馴染み深い名前なんですけども、これ特別の日と考えるようになったのは、やっぱりそれなりの謂われ経緯があったんでございますか。
 
田村:  そうでございますね。先ず釈尊が亡くなられましてから、暫くは釈尊の遺品とか遺骨ですね―遺骨については塔を建てて崇拝するという塔崇拝(とうすうはい)が行われます。それから遺跡、そういうものを通して釈尊を追慕していたわけですね。ところがギリシャ彫刻の影響とも言われますけれども、後になって仏像彫刻が始まるわけですね。その仏像彫刻とともに釈尊の臨終横臥(りんじゅうおうが)の像も彫刻される。それが涅槃像と言われる。それからそれを絵に描いたわけですね。それが涅槃図と言われる。そういう涅槃図を掲げまして、釈尊を偲ぶ法要というものが営まれるようにもなったわけですね。それが涅槃会と言われものですね。
 
武藤:  そして今日にずっと伝えられているわけですね。
 
田村:  ええ。そういうことでインドから日本にかけて、美術史上でも有名な涅槃像とか涅槃図というのがたくさん出てきたわけですね。
 
武藤:  いくつか代表的なものをここで一緒に拝見したいと思いますが、これは法隆寺の、
 
田村:  そうですね。塑像群の北面に見られるものですね。これがお釈迦さんの涅槃像―これは塑像ですから涅槃像ですね。
 
武藤:  これは真ん中にお釈迦様が横たわっておられますが、誰か手を取っておりますね。
 
田村:  あれは有名な耆婆(ぎば)(釈迦時代の伝説的名医。サンスクリットのジーヴァカの漢訳)ですね。
 
武藤:  お医者さんの耆婆が、
田村:  そうです。原語では「ジーヴァカ」と言いますね。名医でお釈迦様の信者になって、お釈迦様の身体を診てきた有名なお医者さんですね。それが臨終の最期にお釈迦様の手を取って臨終を看取るという形が、今正面に見えている耆婆(ぎば)の姿ですね。
 
武藤:  周りにたくさん塑像がありますけれども、これはお弟子さんを象徴しているんですか。
 
田村:  正面ですね、いろいろ口を開けたり、慟哭した、これは直接のお弟子さんたちですね。つまりお弟子さんたちが、釈迦の臨終を前にして、天地を揺るがさんばかりに泣き叫んでいる、非常に興味深いと言いますかね。お弟子さんというのはお釈迦さんと同じように悟りの世界へ入っていった存在なんですね。けれども、そういう悟りの存在であっても、やっぱり死というものに対しては、一般の人と同じように泣き悲しむということのシンボル(象徴)ということですね。
 
武藤:  なんかちょっと考えると、悟りというのと、徒(いたずら)に慟哭するというのが矛盾のようにも考えられますけれどもね。
 
田村:  ところがそこに意味があると。つまりお釈迦さん―釈尊にしましても、お弟子さんたちにしましても、人間としての悲しみ悩みをともにするということですね。これにつきまして面白い言葉がございまして、それは日蓮上人ですけど、日蓮上人は「悟りの嘆き」と言っています。悟った人にも嘆きがあるんだと。そこに一般の私たちと同じように叫喚慟哭(きょうかんどうこく)するということで、単にそれは悟りすましているんじゃないんだと。人間と喜び苦しみをともにして生きていく、これがお釈迦さんの姿だということですね。それが弟子に現したわけですね。
 
武藤:  そうじゃないと、人間の宗教でなくなるわけですね。
 
田村:  ええ。そういう意味で非常に法隆寺の彫刻にしましても、人間味と言いますかね、人間性というものが滲み出ていると、こう考えていいんじゃないでしょうか。
 
武藤:  仏教とちょっと離れるんですけども、今のお話を伺いますと、孔子さまが一番弟子の顔淵(がんえん)(顔回(がんかい)、孔子の弟子。回は名(諱)。字(あざな)は子淵(しえん):紀元前521年-紀元前481年)が亡くなった時に慟哭されたというので、「聖人も慟哭するか」と、弟子が聞いたら、「慟哭することが顔淵(がんえん)に対する礼だ」と言われた。なるほど、どっか同じ人間としても共通のものを感じるんでございますけどね。今「涅槃」という言葉を―涅槃会とか、簡単に使ってまいりましたけども、「涅槃」という言葉は、どういう意味をもっているかということを、少しお話を頂きたいと思いますけれども。
 
田村:  「涅槃」というのは、原語を音写したものということですね。仏教の経典はサンスクリット語で書かれたものと、それから原始経典は南方に伝わったものは、パーリ語で書かれています。で、「涅槃」は、サンスクリット語では「ニルヴァーナ」、それからパーリ語では「ニッバーナ」。それが少し俗語化したものが中国に伝わりまして、その俗語化したものを音写しまして、「涅槃」となったということですね。ですから涅槃の本来の意味は、煩悩の火の吹き切れたこと。火の吹き切れたことというのは原意ですね。火というのは我々の煩悩ですね。迷いに当てて、迷いの火、あるいは煩悩の火が吹き切れた、つまり悟りの境地を表した言葉なんですね。それが本来の涅槃の意味なんですね。その悟りの境地を現した涅槃が、実際には釈尊の死を意味するようになったわけですね。何故そうなったのか、ということが問題だと思いますけれども。
 
武藤:  本当の悟りの境地というと、もっとお若い頃釈尊がお悟りを開いたその時に、涅槃に入ったと考えてもいいわけですね。
 
田村:  そうなんですね。厳密に言えば、三十五歳で悟りを開かれるわけですね。二十九で出家して、三十五歳で悟る。ですから〈三十五歳で悟りを開かれた時の境地を涅槃という〉のが、本当の意味ですね。ところが、〈八十歳で亡くなったことを涅槃、つまり死―釈尊の死ですね―死を涅槃〉とこういうようになった。ですから先ほどの涅槃像とか涅槃図なんていうのは、みんな釈尊の臨終の姿ですね―それを涅槃像とか涅槃図と。涅槃会というのは、釈尊の死を悼む法要ですね。何故悟りの境地が死を意味するようになったのかということが、まあ大問題と言えば大問題ですけれども。おそらくこれは私の考えですけども、「死というものは涅槃の完了にある」ということですね。つまり生きている間に、涅槃の境地に入って、その涅槃を今度は実際の現実の中に実践し実証していく必要があるわけですね。生ある―いのちのある限りはですね。
 
武藤:  三十五歳で涅槃に入ったら、もうそれで後はほったらかしでいいというんでは決してないわけですね。
 
田村:  そこで亡くなるならば、それでいいんですけれども、尚いのちがあるならば、いのちのある限り現実の中にその涅槃の境地を実現する、実践していくということですね。死はそれが終わった、実践が完了したことを意味するわけですね。ひいては涅槃の完了と。そういうことで、死が涅槃であるとなっていったわけですね。つまり生の完了であり、悟りの境地の完了ということで、死というものが大きく取り上げられたし、それに涅槃を当てるということになったと、こういうことでございますね。
 
武藤:  釈尊は、それについて何か言っておられるわけでございますね。
 
田村:  それを暗示する言葉として、もっとも古い原始経典の一つに『スッタニパータ』というのがありまして、その中にしばしば説かれているんですけれども、ちょっと読んでみますと、
 
生は尽きた
梵行(ぼんぎょう)は完成した
なすべきことはなし終えた
(所作已弁(しょさいべん)
再びこのような生を
受けることはない
(スッタニパータ)
 
「梵行(ぼんぎょう)」というのは宗教的実践ですね。つまり死を目前(もくぜん)にして為すべきことをなしたという一つの大悟徹底と言いますか、あるいは人生達観の境地と言いますかね。真ん中の「なすべきことを為し終えた」というのは、漢訳で「所作已弁(しょさいべん)」ということで、大変有名になりましてね、宗教学を開いた姉崎正治(あねざきまさはる)(宗教学者、評論家。東京帝大を卒業。ドイツ,イギリス,インドに留学し、東大教授となる。宗教の実証的研究に新機軸を出すとともに,宗教評論や文明批評の分野で活躍し,国際交流の面でも要職を歴任した:1873‐1949)という有名な先生がおられますけども、座右の銘としてこの「所作已弁(しょさいべん)」というのを、しばしば口に称えられていたと言いますね。これが今先ほど申しました涅槃の死に結び付いている。〈死というのは、為すべきことを為し終えて、そして死を迎えた〉ということと関係のあるということですね。
 
武藤:  「為すべきことを為し終えた」と言える人というのは、お釈迦様ぐらいで、なかなか言えませんね。
 
田村:  そうですね。
 
武藤:  なんかいろいろこういうことをやらなければいけない、やりたいというのが全部完了するということはあり得ないですね、考えてみると。
 
田村:  ええ。それでこれは私の解釈ですけども、「為すべきことを為し終えた」というのは、〈仕事を完成したからいつ死んでもいい〉ということではなくて、とにかく〈死に至るまで私たちは努力して、そして目的に立てた仕事が途中で終わって未完成であっても、これでいいんだ、と。一生懸命やってきたんだ〉と。
 
武藤:  全力投球したからいいと、こういうことになるんですかね。
 
田村:  後は中国風に言えば、「天命に委せる」という境地で、決して仕事が完成したから安らかに死を迎えることではないんですね。そういうことで、とにかく〈生ある限り最後まで生き抜く、努力をしていく〉その境地を言ったものですね。その努力していった時に、初めて死を「よし!」と受け止めると言いますか、安らかに死を迎える境地が訪れるんだ、ということを意味しているんだと思うんですね。
 
武藤:  いつでもいいよ、というような安らかなものでは決してないわけでございますね。
 
田村:  ええ。
 
武藤:  「涅槃」という意味は、「火が吹き消した」というのが原語だと言われましたけども、今ではお釈迦様の亡くなる意味に主に使われているというんですけれども、よく「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」というような言葉も聞くんですけども、これは非常に関係があるわけでございますか。
 
田村:  「涅槃」は音訳ですね。意味をとって訳しました時には「寂静(じゃくじょう)」とか、「寂滅(じゃくめつ)」と言うんですね。「寂静」とか「寂滅」というのは、要するに平安な境地をさしているわけですね。つまり悟りの境地というのは、現実に引っ張られないで、現実を超越した平安な安らかな境地ということで、涅槃を寂静とか寂滅という。それが具体的には死ということにもなっていくわけですけどね。為すべきことを為して、そして安らかに死を迎える。その時に死というものが安らかな境地として訪れるということで、涅槃寂静、寂滅としての涅槃がまた死を意味することになるんですね。
 
武藤:  「涅槃寂静」というと、同じ意味を二つ重ねたことになるわけですね。
 
田村:  そうなんですね。音訳と意訳をね。それでこの「涅槃寂静」というのが、仏教の三つの旗印ですね。「三宝印(さんぼういん)」という、三宝印の最後の締め括りにもなっているわけですね。「諸行無常(しょぎょうむじょう)・諸法無我(しょほうむが)・涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」。それから有名な言葉として―歌ですけれども、『涅槃経』に、今画面に出ましたのでちょっと読んでみます。
 
諸行無常(しょぎょうむじょう)
是生滅法(ぜしょうめっぽう)
生滅滅已(しょうめつめっち)
寂滅為楽(じゃくめついらく)
(涅槃経)
 
最後の「寂滅為楽」が、今お話した「涅槃寂静」に当たるわけですね。この意味は、現実のすべてのものは移りゆく。これは生じて滅するならいである、決まりである。それをしっかりと受け止めて、そして消滅の現実にとらわれないと。現実を超えた時、それが生滅滅已(しょうめつめっち)―滅已(めっち)というのは、滅し終わりて―滅し終わりてというのは、とらわれを離れて、そういう世界を超えるという。要するにとらわれを離れるという。それが涅槃の境地で、そこにこそ平安にして安楽な世界が訪れる。つまり涅槃ですね。そういうことで「寂滅為楽」寂滅をもって楽しみと為す、とこう結んだんですね。また有名になった歌でありまして、私は、これは仏教の無常歌―無常を歌った歌―「無常歌」と言っておりますけれども、これは日本に入ってまいりまして、有名な「いろはにほへど・・・」
 
武藤:  「諸行無常」は、「色は匂へど散りぬるを」、これに相当するわけでございますね。
 
田村:  そうですね。それで「わが世誰ぞ常ならぬ(是生滅法(ぜしょうめっぽう))」、そして「有為の奥山今日越えて(生滅滅已(しょうめつめっち))」これが非常に日本の自然の風光ですね。風光に当たって現実を超えること、非常に日本的だと思いますけども、そして「あさき夢見じ酔いもせず(寂滅為楽(じゃくめついらく))」という。
 
武藤:  漢訳じゃなくて、ほんとの日本語になったものは少ないですね。
 
田村:  そうです。極端な言い方をすれば、これが唯一の和訳だという。
 
武藤:  唯一のね。子どもの頃は確か弘法大師がお創りになられたという伝説があります。
 
田村:  伝説ですけどね。もう少し後だったようですけども。
 
武藤:  大変素晴らしいできのものでございますね。
 
田村:  その「寂滅」というのが、もう一つ「シャンティ」という原語がございましてね、インドで、「シャンティ、シャンティ」と、今も言っていますけども、「シャンティ」というのは本来は「平和」という意味なんですね。
 
武藤:  私たちが、普通使っている「平和」の、
 
田村:  「平和」に当たる原語が「シャンティ」。その「シャンティ」がしばしばまた「寂滅」とか、「寂静」と訳されるんですね。そういうことで、涅槃の境地というのは、平和の境地でもあると。要するに平安にして平和な境地をされたものと、こういうことですね。ですから「寂滅」とか、「寂静」というと、なんか否定的な感じに受け止めがちですけれども、そうじゃなくて、今申しましたように、絶対的な平和、平安の境地というふうに積極的にとるのが正しいと思いますね。
 
武藤:  それで今日のタイトルの「安らぎ」ということがぴったりになるわけですね。
 
田村:  そうですね。
 
武藤:  釈尊は、為すべきことというか、非常に努力して安らかな心持ちで亡くなられたということはわかったんですけども、しかしやっぱり最後はご病気で随分苦しまれたということが経典に記されておりますので、もう一度釈尊の最後の旅に振り返ってお話を伺いたいと思いますけれども、釈尊が最後の旅に出られ亡くなることは、上座仏教の『大般涅槃経(だいはつねはんきょう)』に非常に生々しく記されておりますですね。
 
田村:  そうですね。『涅槃経』というのは、原始経典の『涅槃経』と大乗経典としての『涅槃経』もあるわけですが、ここでは原始経典の『涅槃経』で、原語はパーリ語で書かれていたものですね。それが釈尊の最後の旅を書いたものですね。最後はクシナガラで死を迎えるところで終わりになっているんです。ですから、その『涅槃経』は、今流に訳しますと、「最後の旅の道」とか、あるいは「大いなる死の教え」とか、そういう訳し方が現在なされております。
 
武藤:  『大般涅槃経』という、「大」というのは、お釈迦様ということですか。
 
田村:  それよりも「大いなる」ということですね。
 
武藤:  「大いなる死」ですね。「般(はつ)」は?
 
田村:  「般(はつ)」は、パーリ語の音訳でして、「完全な」。涅槃の死、ここでは死を。ですから「大いなる釈尊の完全な死」という、完全な死というのは完全な涅槃ということですけども、生を全うし、ということは、イコール死を全うすることですね。最期まで生き、死を迎えるという。そういうことについての経典ということで、『マハーパリニッバーナ・スッタンタ』というパーリ語で、それが漢訳されて『大般涅槃経』というんですね。
 
武藤:  その最後の旅は、有名な霊鷲山(りょうじゅせん)の王舎城を出られて、お生まれになったルンビニーを目指して旅をされたというのは、釈尊もやはり人の子であって、八十でかなり弱ったお身体でも故郷の方を目指されたということは非常に胸を打つんでございますけれどもね。
 
田村:  そこにも釈尊が単に悟りすました人でなくて、やっぱり人間性に立った存在だということですね。やっぱり故郷に帰りたいという気持ちを起こされたんでしょうかね。
 
武藤:  それでパータリプトラでガンジス河を越えられたわけですね。そしてヴァイシャーリーに着かれた時に、その時に最初の、
 
田村:  死に至る第一回の病気をされるわけですね。最後クシナガラで病気をされる、これが二回目ですね。その第一回目の死に至る病―重病がこのヴァイシャーリーでされたんですね。
 
武藤:  大変苦しまれたということが書かれていますね。
 
田村:  激痛ですね。
 
武藤:  身体が随分痛んで、心は安らかであられたかも知れませんけどね。その激痛を堪えて教えられる旅を続けられたわけですね。
 
田村:  ですから後に出てきますけども、齢八十で亡くなってですね、「齢は熟した」という言葉もあるんですけども、決してそれは平安無事な生活を八十まで送って、そして長生きして亡くなられたということではないんですね。やっぱり釈尊も人間として生きている限りにおいては、たとい悟られても人間として生きている限りにおいては、人間の苦しみ・悩み・悲しみを、自らのものとして、最期まで生き抜かれたということを示しているわけですね。そういうことでやはり苦しい病気もなされたということですね。
 
武藤:  しょっちゅう傍に就いていたアーナンダは随分ビックリすると同時に、どうしていいかわからないというような描写もございますね。
 
田村:  そうですね。それで驚天動地(きょうてんどうち)と言いますかね、もうビックリして為す術を知らなかった。そういうアーナンダの姿を見まして、釈尊は慰め乃至は戒めの説教をされるわけですね。
 
武藤:  その激痛を堪えて、ヴァイシャーリーで説教される。それが今出ております。
 
田村:  そうですね。先ずは人生は無常なんで、いつか死ななければならない。しかしその死に至るまでしっかりと自己を確立して、自己を支えて、苦しみに耐えながら生き抜いていくように、ということを説かれた。それが今画面に出た有名な言葉ですね。
ここに自らを灯(ともしび)とし
自らをよりどころとして
他をよりどころとせず
法を灯とし
法をよりどころとして
他をよりどころとするな
(自灯明・法灯明 自帰依・法帰依)
 
「自らを灯(ともしび)とし」―これは「島」と訳す説がこの頃強いんですがね、「島」というのは、海の島ですね。あるいは「州(す)」という字を書きますね。だけども漢訳では、「灯(ともしび)」としておりますので、そのままにしておきますけど、「ここに自らを灯(ともしび)とし 自らをよりどころとして 他をよりどころとせず 法を灯とし 法をよりどころとして 他をよりどころとするな」と。漢訳で、「自灯明(じとうみょう)・法灯明(ほうとうみょう)」乃至「自帰依(じきえ)・法帰依(ほうきえ)」と大変有名な言葉ですね。これを阿難(あなん)(アーナンダ)に説いて、慰めとともにしっかりしろと激励した。
 
武藤:  激励されたんですか。あっさり読むと、なるほど、と言うんですけども、これはできないですね。この頼りない自分を拠り所にしたら倒れてしまうわけですね。
 
田村:  そうですね。今流に言えば、「自己確立」「自己の主体性の確立」ですね。何者にも引きずられないと。しっかりと自分を確立しなさい。けども自分も頼りない存在ですので、なんかやはり支えが必要だ。その支えとして釈尊の説き明かした真理、あるいは教え、それが法ですね。それを自分の支えとしてしっかりと自己を確立しなさい、と。
 
武藤:  だから釈尊の教えられたことを裏打ちにして、自己を確立していけば、自分がここで死んでも困らない筈だと。
 
田村:  そういうことですね。要するに世の中にはいろいろと毀誉褒貶(きよほうへん)があるわけですね。それに動かされてはならない。それに動かされることが迷いなわけですね、仏教で言えば。そういうのに動かされないでしっかり自分を確立せよ、ということですね。
 
武藤:  だから今日でも、人間の拠り所はそういうものを求めていかなければいけない、ということですかね。
 
田村:  そうですね。
 
武藤:  でも、そうは言っても難しいですね。だから後代に至って、それを確立する修行の方法とか、いろんなことが説かれるようになったわけですね。
 
田村:  その上で、「阿難(アーナンダ)だけでなくて、他の弟子たちも呼んで来い」と、こう言いましてね、その上で弟子たちに対して、最期の戒めを説くわけですね。その前に自分の今の境地を告白されるんですね。そしてその後で弟子たちに説かれた。
 
武藤:  今出ておりますのは、釈尊の告白でございますか。
 
田村:  ヴァイシャーリーで自分の境地を説かれるんですね。
 
わがよわいは熟した
わが命はいくばくもない
あなたがたを捨てて
わたしは行かねばならない
わたしは わたしに従う。
 
「わが齢は熟した」という言葉ですけどね、
 
武藤:  「歳を取った」という意味でしょうか。
 
田村:  そうではないんですね。これは非常に深い意味があると思いますけども、よく釈尊が八十で亡くなるわけですね。ですから、「わが齢は熟した」というのは、八十まで長生きした、というふうに受け取られる―当時としては八十は長生きですからね―そういうふうに受け取られてはいけないんであって、これは長命短命の如何を問わず、最期まで頑張って生きと押し通した、と。
 
武藤:  「充実した生命であった」という、そういう意味ですか。
 
田村:  「仕事が完成した」ということではなくて、とにかく「頑張って生き抜いた」と。そして今死を迎える。ですから「死」というのは、生の完了ですね。先ほどの「涅槃」で言えば「涅槃の完了」。そういうことで、「わが齢は熟した」と。完了して、いよいよ死を迎えるんだと、そういう意味ですね。ですから長生き―長命短命という意味ではないんですね。
 
武藤:  十分長く生きた、というような意味ではまったくないわけですね。
 
田村:  そういうことですから、死を覚悟された境地ですね。「わが命はいくばくもない、あなたがたを捨てて」ちょっと冷たい言い方になりますけども、「捨てて」というのは、君たちは君たちでしっかりと生きていくように―先ほどの「自灯明」に当たる言葉ですけども。「わたしは行かねばならない」君たちの人生、生というのは君たちに任せる、ということですね。「わたしは わたしに従う」私は私自身に従う。
 
武藤:  非常に胸を打つ言葉ですね。そしてみなさんに教えられたわけですね。
 
田村:  そうですね。そういうことで、
 
あなたがたは 努め励み
思いをただし 戒めをまもれ
思考によって 心をしずめ
ととのえよ
このように法と戒律とに
励む者は 生の流転をこえ
苦しみの終末を知るであろう
 
「思考によって心をしずめ調えよ」というのは、やはり思いを深くですね、つまり哲学的に言えば哲学するという。上っ面だけで生活しないで、深く考えを持て、という考え方ですね。
 
武藤:  「仏教は智慧の宗教だ」というのは、もうこういうところに本(もと)があるわけですね。
 
田村:  ええ。
 
思考によって 心をしずめ
ととのえよ
このように法と戒律とに
励む者は 生の流転をこえ
苦しみの終末を知るであろう
 
そういう道を通して初めて現実ですね、生から死へと流れていく、あるいはそれに溺れないで、現実を超えた、ひいては苦しみを超えた境地を掴むであろう、ということが、最期の締め括りなんですね。そういうふうにして釈尊は、最期の教えを説かれたわけですね。一回目の瀕死の病はなんとか快復されまして、それでまた旅を続けられるわけですね。
 
武藤:  その途中でどうも「背中が痛いから、アーナンダよ、背中をさすってくれ」とか、「非常に喉が渇いたからすまないけれども、水を汲んで来て欲しい」という、非常に人間味溢れる描写もあるわけでございますね。そしてヴァイシャーリーからパンダ村というところに行かれた時に、これは最後のお弟子さんというふうに伝えられておりますね。
 
田村:  そうですね。パンダ村から今度さらパーヴァー村に行かれて、そして最後のお弟子さんと言われている鍛冶工のチュンダという、漢訳では純陀(じゅんだ)というんですが、純陀がお釈迦さんに食べ物を供養するわけですね。ところがその食べ物に中毒しまして、当たっていよいよ死を迎える。ですから二回目の重病がいよいよ死に繋がっていくということですね。その食べ物がいろいろ問題になっているわけですね。南方仏教では、それを豚肉と解釈していますけども、最近ではキノコ説の方が強くなってきますですね。それは毒キノコであるか、腐った豚肉であるかわからないんですけども、とにかく豚肉かキノコを食べて、ああいう暑いところですから気候風土の厳しいところですから、それがきっかけで下痢症状を起こされたんじゃないかと思うんですね。
 
武藤:  ただキノコか豚肉にしても、その毒に当たったという記載はあるんですか。そういう言葉は?
 
田村:  記載はないんですね。ですから毒があって、あるいは腐っていて、衰弱されていくところに、そういうものを食べて、そして厳しい気候風土であるというようなことで病気になられたか、ですね。
 
武藤:  八十というのは、当時のインドでは大変なご長命ということになっておりますからね。もうこれが最後かというんで、アーナンダが非常に嘆き悲しむという場面が出てまいりますね。
 
田村:  そうですね。それでいよいよ覚悟されて、最初に言われました臨終横臥の姿―沙羅双樹のもとに床を敷けと。そして右脇を下にして、頭を北に向けて、足を重ねて横臥されるわけですね。阿難は後ろで泣く崩れているわけですね。そういうことでお釈迦さんがいよいよ死を迎えられるんですけども、その死の直前ですね、いよいよ一番最期のお釈迦様の教えというのですけども、それを簡単に説き明かされて亡くなって逝かれるんです。これをアーナンダに人生の無常を改めて説かれるわけですね。
 
愛するもの いとおしいもの
といえども
いずれは別れねばならない
およそ生じたもの
造られたもので 滅びに
いたらないものがあろうか
 
ということで、現実に執着してはならないと。現実は仮の世なんで、いつまでもそこに執着して、それが本当の世界であるとか、あるいはそこに固執すると言いますか、それが迷いの本(もと)であって、人生の無常というのをしっかりと見極めて、執着を絶て、ということを改めていうんですね。何回も同じような言葉が出てきますけれども。
 
武藤:  これが一番最期の、
 
田村:  最期のちょっと前段ですけど、
 
武藤:  いよいよこの時になんか「聞きたいことがあれば聞け」と言われたとかということも伝えられておりますね。
 
田村:  そうなんですね。つまりこれでわからなければ、これが最期なんだから質問しろと。弟子たちが方々から釈尊の臨終を聞いて集まって来たんですね。そういうことで、「今説かれた、教えられた言葉で、まだわからないものがあるならば遠慮なく、これが最後だから聞きなさい」とこう言ったんですね。ところがみんな泣き崩れて、聞くことも聞けなかったという。そこで釈尊がいよいよ最期の短い教えになるわけですけども、
 
すべてのものは
移りゆく
怠らず 努めよ
 
「すべてのものは移りゆく」というのは、人生の無常ですね。それをしっかりと受け止めて、そして現実に執着しないで、現実を超えた境地を持(たも)ちながら、死に至るまで努力していきなさい、と。ですから、今日の最後に出てきますけども、第一修行が、「すべてのものは移りゆく」ということで「現実超越」ですね。それからそこから生ある限り現実に戻っていって、最後まで生き抜くというのが「怠らず努め」、これは第二修行になるわけですね。後で話に出てきます。
 
武藤:  この(括弧)で書いてありますのは、これはパーリ語でございますか。
 
田村:  そうですね。
 
武藤:  「ヴァヤダンマー・サンカーラー・アパマーデーナ・サンパーデータ」大変有名な言葉で、南方でもこれが読み伝えられているわけですね。
 
田村:  今でも子どもたちの間でもこれを称えているということが言われますけれどもね。
 
武藤:  実は昔から大学で学生さんに話をしたりする時に、「お釈迦様は最期になんと言われた?」と聞いたら、ほとんど知らないですね。それで「〈すべてのものは移りゆくから、怠けないで勉強しなさい〉と言われた」と言ったら、「それは随分恐い先生ですね」と。「もうお別れで泣き崩れている時に、怠けないで勉強しろ、というのは、大変怖い先生ですね」と言うから、そういう受け取り方もあるけれども、これは先生もしょっちゅう言っておられるように、「目的を生き甲斐にしてはいけない。毎日毎日の勉強を生き甲斐にして努力しろ」という意味、だから大乗仏教の一番の根本の教えを最期に説かれたと、こう受け取ってよろしいんでしょうか。
 
田村:  あるいは大乗仏教に繋がるところですね。つまり仕事が完成したから「よし!」と言って、死を迎えるんじゃなくて、未完成に終わったとしても、死に至るまで、それがたとい短い命であっても頑張り通すと、努力し続けると。その一歩一歩において、実は永遠なんですね。涅槃の境地というものが掴まれる。そういうことなんですね。ですからそこを今度受けて、大乗仏教になったら、『涅槃経』を編集し直すわけですね。
 
武藤:  先ほどの原始経典の『涅槃経』は胸を打つものがありますから、非常によくわかるんですけども、なんか釈尊が亡くなるのにあって、お弟子さんたちが気が動転したんじゃないかと思われるんですけども、だから非常に実体的なものとして釈尊を見ていたから、もう亡くなったと。これでお終いだというふうに感じたような気持ちがたくさんこう出て、それで亡くなるのを涅槃と称えるようになったんじゃないかと思われるんですけど、本当の釈尊の教えはそうではないんですね。
 
田村:  ないんですね。事実今おっしゃいましたように、弟子の中にも誤解が生じてですね、人生は無常なんだからあきらめろということで、生きることに絶望した弟子が中に出てきたんですね。それならば早く死のうということで、もっぱら死を待ち望む弟子たちが出てきたんですね。先ほど申しましたように、そうじゃなくて、そこから今度現実に戻って、短い命であり、また有限な現実であっても、その中を最後まで生き抜くというのが、釈尊の真意であったわけです。決して絶望の宗教、諦めの宗教ではなかったわけですね。ところが原始経典の『涅槃経』は釈尊の死が最後になっておりましてね、そしてお弟子さんがそれを囲んで―先ほど最初の法隆寺の涅槃像にもありましたように―囲んでお弟子さんが慟哭するわけですね。そういうことで原始経典の『涅槃経』が終わりになっているものですから、そういう誤解が生じたわけですね。仏教というのは、非常に絶望の宗教であり、諦めの宗教だという、あるいは極端な言い方をすれば、生きるための宗教でなくて、死ぬための宗教だと。如何にして死を迎えるかという、そういう宗教だという誤解が、今でもなされるんですけども、お弟子さんの中にもそういう誤解が出たんですね。
 
武藤:  やむを得ないですね。今でも誤解がありますのはね。
 
田村:  そこで大乗仏教が興きまして、大乗仏教を興した人たちは、現実の社会の中で活動していた仏教徒なんですね。そういうことで大乗仏教の人たちは、現実を生きていくための仏教ということがポイントになる。そういうところからお釈迦様の涅槃というものも、単に死を意味するだけではなくて、死を超えて永遠の世界というものを説き明かすという。積極的に永遠の世界というものに置き変えていく、表現し直していくわけですね。そして大乗仏教の『涅槃経』というものが、新たに編集されるわけですね。ですから原始経典の『涅槃経』というのは、死についての教えですね。大乗仏教の『涅槃経』というのは、死を超えた永遠についての教え。両者合わせますと、死と永遠についての教えということになるわけです。事実大乗仏教の『涅槃経』を見ますと、原始経典が、死が執着点になっていますでしょう。大乗経典の『涅槃経』は、その死が出発点なんですね。死を見詰めて、そして今度その死を乗り越えて永遠の世界というものを積極的に説き明かすというのが、大乗仏教の『涅槃経』なんですね。
 
武藤:  だから「如来は常住である」とか、「すべてのものに仏性が具わっている」ということが、そこから出てきたわけですね。
 
田村:  ええ。そういうことで、『大乗涅槃経』は、もっぱら死を超えて永遠の世界の解明に努めていくということですね。
 
武藤:  ですから原始経典では、無常ということが非常に強く出ますけれども、大乗になると浄寂光土(じょうじゃっこうど)というような非常に積極的な生き方に変わってきているわけですね。
 
田村:  『大乗涅槃経』について申しますと、先ず永遠な世界の特色を、例えば「常(じょう)・楽(らく)・我(が)・浄(じょう)」というような、四つの型に、「常」というのは常住ですね。「楽」というのは永遠の幸福ですね。それから「我」というのは不滅なものというんですね。「浄」というのは清らかなという。ああいう「常・楽・我・浄」という型に片づけようと。そのうえで具体的に説き明かしていくんですけども、それを後になりますと、永遠の世界としての涅槃を、後になると「浄土」という言葉で言い直してくるわけですね。
 
武藤:  「来世浄土」というような起こりはそこなんですか。
 
田村:  そうですね。それで仏教の歴史をみますと、「浄土」について三つ立てられているんですね。「常寂光土(じょうじゃっこうど)・浄仏国土(じょうぶっこくど)・来世浄土(らいせじょうど)」の三つですね。これについては、今ちょっと画面を見て頂きますと、これも私が考えた図ですけども、先ず人間世界のあり方から話をしますと、人間世界というのは、「現実相」ですね。変化していく「現実相」と、それから「永遠相」からなっている―二相からなっている。「永遠相」というのは無限の世界ですね。画面全体が永遠相であると。それを浄土でいうと、「常寂光土」という言葉で。その中に生から死という、ああいう枠ですね。枠を填め込んだのが「現実相」。私たちは、「永遠相」から生の門を通って現実の枠の中に入っていく。これが現実の人生ですね。そして最後に死の門を通って、もとの永遠相に戻るわけですね。ただ枠の中で表現しますと、それが「来世浄土」という世になる。それから現実の中で、最後まで努力していくという。そしてできるだけいい社会、平和な社会ですね、つまり涅槃の現実化ですね、これが浄土を現実の社会の中に実現するということですね。それを「浄仏国土」と称する。そういうことで、私は、「常寂光土」は「ある浄土」―現実です。これはお釈迦さんは修行を通して掴む。私たちで言えば、信仰を通して、現実の中にありながら、永遠絶対の世界に浸る。今度それに浸りきるようになって、現実の枠の中に、社会の中にそれを実現するということが「浄仏国土」。私は、これは「なる浄土」ですね。「浄仏国土」という、その言葉そのもので言いますと、仏国土を浄めるということですね。仏国土というのは全世界。全世界を浄土化するという。そういう努めが死に至るまで、我々に残っているという。
 
武藤:  ある浄土から、なる浄土に、
 
田村:  そうですね。信仰を通して「ある浄土に浸り」、例えばベートーヴェンの第九交響楽を聴いています時は、もう絶対の境地ですね。それと同じようなものですね。喜び、それを法悦と言ったりしていますけども、信仰を通して現実の限られた中にありながら、背景の永遠なる世界を掴む。それを今度は実際の現実の枠の中に実現していく。これが命ある限りなさねばならない勤めだということですね。それが浄仏国土。そして努力していく時に、死というものが永遠の世界、つまり浄土へと開かれる門だ、と。
 
武藤:  死を契機にして、いく浄土―来世浄土にいくわけですね。
 
田村:  本来は永遠。ですから、私はもときた永遠の故郷としての浄土に還るんだと。
 
武藤:  永遠から来て、この生を現実に何十年か送って、そしてまた永遠に還っていくと、こういうことですね。
 
田村:  そういうことで、後世「来世浄土」についてのまたいろいろな仏教思想が興っていくわけですね。
 
武藤:  日本では、特にそういう信仰が大変盛んで、今でもこれは非常に盛んでございますね。
 
田村:  そうですね。死を迎えて、そして来世浄土としての永遠なる故郷、永遠なる世界に還るという。これは浄土信仰。それがよく絵に現れまして、浄土変相図(じょうどへんそうず)とか、それから釈迦の永遠な姿を、浄土念仏では「阿弥陀仏(あみだぶつ)」とこう称した。「阿弥陀仏」というのは、詳しくいうと限りなき光り、限りなきいのちの仏ということで、お釈迦さんの永遠な姿を象徴したものですね。そういう永遠な仏が臨終に際して迎えに来るという信仰が来迎図。絵に描かれた来迎図ですね。これは知恩院にあります来迎図(阿弥陀二十五菩薩来迎図)で、スピードが模されているんですね。ですから、「早来迎(はやらいごう)」と言われるわけですね。
 
武藤:  面白いですね。昔から人間の気持ちというのは変わらない。
 
田村:  幻想と言えば幻想なんですけどね。しかしこういう幻想を信じて、安心して死んでいければ、それも一つの私は死に方だと思うんですね。
 
武藤:  死ぬことはわかったんですけども、結局は原始経典の『涅槃経』で、如何に死ぬかということから、大乗の如何に生きるかということ、
 
田村:  如何にして永遠を掴むかと。
 
武藤:  これが今日のお話の一番の結論のようなものでございますけども、如何に生きるかというのは、ちゃんと生きればそれが如何に死ぬかということに繋がりますんですね。
 
田村:  直線的に言えば、そういうことになりますけども。
 
武藤:  先ほどそのためには現実を超越する修行をし、そこでとどまってはいけなくて、もう一遍現実に戻る修行をしなければいけないということを、ちょっと申されましたけど、そこをもうちょっとお話頂きたいと思いますけども。
 
田村:  仏教には、二つの修行がある。第一修行、第二修行と。第一修行というのは、まず現実を超えることですね。現実に対する執着を離れて、現実を超えるという。これは釈尊に当て嵌めれば悟りになるわけですね。
 
武藤:  今の現実相は永遠相に、現実を超越する修行、
 
田村:  そう、これが第一修行ですね、第一段階。その「現実相」については、「仮・俗・事」とか、「永遠相」では、「実・真・理」とか、こういうターム(term:術語、専門語)で表現したんですね。ともあれ先ずは、現実に対する執着を超えるという。執着を絶って、現実を超えるということですね。それが第一修行ですね。ところが先ほど申しましたように、大乗仏教以前のお坊さんの中には超えっぱなしで、
 
武藤:  それでいいんじゃないかという考え方もある。
 
田村:  早く死を迎える。もう自分は悟ったから、早く死を迎えるという気持ちがあって、命を粗末にすると言いますかね、命のある限りはまた現実に戻って、超越の境地を永遠の世界を現実の中、枠の中に盛り込むという、そういう努力を忘れてしまったりするんですね。そこで現実社会の中で活動していった大乗仏教の仏教徒が、それではいけないということで、第二修行というものを考えた。これは釈尊がそうだったわけですけどね。「怠らず努めよ」という言葉がそれなんですね。それが現実に再び戻っていくと―現実の間に戻っていって、永遠相を現実の枠の中に、できるだけ生かしていくという。そういうことで第一修行、第二修行というが出られた。第二修行がいわゆる菩薩行と。大乗仏教に立って言いますと、菩薩行ということになるわけです。
 
武藤:  現実の修行としては、簡単に何か実例を挙げると、第一修行、第二修行、例えばどんな修行になりますか。
 
田村:  第一修行については、空を掴むとか、というようなことが言われますけど。
 
武藤:  瞑想するとか、なんでもいいわけですね。
 
田村:  そこから現実に戻ってくるわけですね。そうすると現実に戻って、現実における実践修行というのは、『大乗涅槃経』にもいろいろ具体的に説かれていますけども、『法華経』にたまたま三つの規範ということで纏めてあるんですね。
 
武藤:  第二の修行について。今出ておりますのは、これは『法華経』の「法師品」にある。
 
田村:  菩薩行を強調した部分なんですけども、『法華経』を弘めるということで言っておりますのでね。「弘経(ぐきょう)の三軌(さんき)」(菩薩行三つの規範)とこう言われておりますけども、一つは如来の部屋に入り、如来の衣を付け、如来の座に座して仏を説けという。如来の部屋とは、大慈悲心これなり。如来の衣とは柔和忍辱(にんにく)の心これなりと。それから如来の座とは一切空性これなりという。慈悲というのは、人のことを思うと言うんですね。つまり現実に戻ってきて他人のことを思う。これが現在欠如していますけどね。人に思いやりの心を持つという、あるいは愛をかけるんですよ。忍辱というのは、恥を忍ぶと言っていますけど、そういう意味ではなくて、苦しみを耐え忍ぶという。苦しみを耐え忍ぶというのは、忍辱の意味なんですね。この現実の世界は苦しみに満ちた世界ですね。病気でもそうですし、死もそうですね。それを堪え忍んで、そして穏やかな心で生きていくように。ですから慈悲は、人にどういうふうに自分を向けていくかという。それから忍辱というのは、自分に対する戒めですね、自己を律することですね。これは第二修行に当たる。現実を生きていく上の二つの生き方ですね。しかしそれができるためには、第一修行の現実を超えている境地をいつも忘れない。実の中に埋没してしまうと、実に動かされますでしょう。だからなかなか人のことを思うとか、苦しみを耐え忍ぶなんていうことはできないわけですね。それができるためには第一修行の現実を超えた境地、空なる境地ですね。それを掴んでいかなければならないということで、最後に締め括りとして、空性(くうしょう)―これは第一修行に当たるものですね。
 
武藤:  そうすると、先ず第一修行をして、それから現実に戻ればいいと言うんじゃなくて、必要において絶えず第一修行と第二修行を繰り返さなければいけないわけですか。
 
田村:  そうですね。ですから超越・内在ということで言えば、普段の超越、普段の内容ですね。現実になって戻ってきても、絶えず超越を忘れてはいけない。現実にとらわれてはいけない。そうすると、元の木阿弥になってしまうわけですね。
 
武藤:  自由に行ったり来たりできる、そういうことが修行であり、狙いになるわけですか。
 
田村:  そしてポイントは第二修行において、そして死に至るまで最後まで生き甲斐を見出して、たとい一週間の命にしてもそこに生きる意味を見出して、そして死を迎える。その時に死というのが安らかな境地として、あるいは浄土に還る門として開かれるんだというのが、仏教の言いたかったことですね。
 
武藤:  私は、よくわからない面もあるんですが、『大乗涅槃経』というのは、非常に好きで、文学の宝庫みたいな、文章は実は麗しい。釈尊が説法を始められると、沙羅双樹の林で真っ白で、鶴のようになったとか、最初の描写から非常に文学的な描写ですね。
 
田村:  それは最初に出てくるわけですね。それは原始『涅槃経』を受けて、
 
武藤:  一番最後の詩になっているところを一番冒頭に持ってきたわけですね。あといろんな譬えがあるんですけども、それにばっかりとらわれると、今日先生からお話を頂いたような、非常に大乗仏教、仏教全体を通した基本的なものですね。現実を超越し、また現実に戻る、それが自由自在にできれば、これは大修行、大安心の人ということになるでしょうけれどもね。
 
田村:  仏教が一番苦心したところでありますし、それは現在のホスピスなんかの問題ですね。死を宣言された人が、短い命を生き甲斐を感じて最期まで生き通すという。
 
武藤:  充実した生命というものは長さではないんですね。
 
田村:  そうですね。
 
武藤:  今日は大変良いお話を伺いました。有り難うございました。
 
 
     これは、昭和六十二年二月十五日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである