密教の世界
 
              高野山大学長・補陀洛院住職 松 長(まつなが)  有 慶(ゆうけい)
一九二九年(昭和四年)、和歌山県高野山に生まれる。一九四一年、高野山南院道場において藤村密憧を戒師として得度。一九五一年、高野山大学密教学科卒業。一九五九年、東北大学大学院文学研究科博士課程修了。一九六八年、高野山・補陀落院住職に就任。一九七七年〜一九七九年、高野山大学によるラダック地方の仏教文化調査「ラダック・ザンスカール仏教文化調査隊」に隊長として参加。一九八三年、高野山大学学長に就任。一九九九年、高野山寳壽院門主・高野山専修学院院長に就任。二○○六年、高野山真言宗総本山金剛峯寺第四一二世座主、高野山真言宗管長就任。二○○七年、高野山寳壽院門主・高野山専修学院院長を退任。二○○八年、財団法人全日本仏教会会長に就任。二○○九年にダライ・ラマ一四世と面会。二○一○年、真言宗長者(一月、教王護国寺での後七日御修法の大阿闍梨を務む)。著書に、「密教・コスモスとマンダラ」「密教」「密教 インドから日本への伝承」「理趣経」「密教とはなにか 宇宙と人間」「大宇宙に生きる 空海」「密教 二一世紀を生きる」「空海・心の眼をひらく 弘法大師の生涯と密教」、「理趣経講讃」「大日経住心品講讃」「空海般若心経の秘密を読み解く」「二十一世紀に生かす 真言密教の智慧」「著作集(全五巻)」ほか。
 
ナレーター:  護摩(ごま)を焚き、口に真言(しんごん)・陀羅尼(だらに)を称え、手に印契(いんげい)を結び、正面には宇宙を現しているという曼荼羅(まんだら)。本尊に異形の仏、真言密教の世界は神秘に充ちているように見えます。それがまた現代人の心を惹き付けるのでしょうか。
 

 
松長:  密教(みっきょう)というのは、一般の方々は、どうも閉鎖的な、あるいは呪術的な、あるいは神秘主義的な、こういった宗教の一種だと、こういうふうに誤解をされている方も少なくないようです。ところが最近、密教に対する関心が非常に高まってきたことも事実です。それは何故かと申しますと、やはり近代の科学技術文明の行き詰まりということと無関係ではないようです。そして科学技術文明というものの未来が、限りなくバラ色だと考えられていた時代から、どうもおかしいということ、そして何とかしなければいけないということに、世界中の人たちが気付き始めた時から、東洋的なものに対する関心が一挙に高まってきました。そして東洋的なものに対する関心というものが、東洋文化の特徴をよく集めている密教に対する期待に変わってきたと、こう言ってもいいと思います。しかし密教と言いますと、やはり十数年前に流行ったように、念力によってスプーンを曲げたり、あるいは一生懸命拝んでいて、えっやっ!と気合いをかけて空中に飛び上がったりというようなことが密教だと、こういうふうにお思いになっている方も少なくないと思いますけれども、本当の密教というものは、そういった神秘的な現象というものも、勿論含んではおりますけれども、それだけそのまま密教だと、こういうわけにはいけないわけですね。密教というのは、インドで興(おこ)り、中国を経て、日本に伝わってきて、真言宗の中にそれが体系化されている。あるいは天台宗の中の一部にそれが入っているわけです。あるいはヒマラヤを越えて、インドからチベットに入って、チベットの文化圏でも今生きた宗教として信仰されているわけです。この密教というのは、「顕教(けんぎょう)」に対して、「密教」という、こういう分け方があるわけですね。顕教というのは、一般の仏教でありまして、それに対しまして、密教というのは、「物事の本質、あるいはこの内面的なものを見つけ出す教えだ」と、こういうふうに言われます。これに対しまして顕教というのは、文字通り外側に現れた表面的にものを見つめていく教えだと、こういうふうに考えられます。弘法大師空海(平安時代初期の僧。弘法大師の諡号で知られる真言宗の開祖である:774-835)は、密教の基になる秘密という言葉に二種類あると、こういうふうに言っておられるわけです。それは、一つは、「如来の秘密」ということです。それからもう一つは、「衆生の自秘(じひ)」―衆生が自ら隠している秘密、と、この二種類に分けております。「如来の秘密」と申しますのは、相手の能力がそこに達していないから、こちらから与えると、かえって害がある、といういうことで、隠しておく秘密だ、ということですね。一般に「秘密」と言いますと、何か惜しいから自分で隠しておく。相手に伝えると勿体ないから、自分だけのものにしておく、という意味に考えられますけれども、「如来の秘密」は、相手の能力がそこまでいっていないのに、授けると、相手にかえって害があるから授けないという。例えばオリンピックの華麗な競技をしているウルトラCの体操の演技なんていうものも、これはそこまで訓練を積んだ人が初めてできるものであって、あのやり方を何も知らない子どもに教えてしまうと、骨を折ってしまうという。ああいう演技の極秘は、やはり体験を積んだ人、経験を積んだ人に教えるという、あれと同じ理屈ですね。もう一つ「衆生の自秘」というのは、そうじゃなくて、隠されているものは一つもないんですけれども、ただ自分の目が霞(かす)んでいて、本来の姿を見ていないという意味の秘密である、ということですね。この世の中には、少しも秘密になっていることはないんだけれども、ただ自分の目の方のせいで、それの本当の本質が見えてないということです。これの方が本当の秘密の意味だと、こういうことですね。弘法大師は、著作の中で、こういう言葉を言っておられる。
 
医王(いおう)の目には、途(みち)に触れて皆薬なり。
解宝(げほう)の人(にん)は鉱石(こうしゃく)を宝とみる
 
という言葉があるわけですね。これは我々が道を歩いていると、草木が生えています。そういうものを見て、我々が何気なく見ているような草や木―雑草だと思っているような草や木、それは医王の目―医学とか、薬学の心得がある人が見ると、〈あ、これは喘息に効く薬になる草だ。これはリューマチに効くんだとか、あるいはこれは咳止めにいいとかという〉こういうふうに我々が、普通雑草だと思うものでも、目のある人が見ると、薬草になると。それから石ころだと思っているようなものでも、宝石の見聞きのできる人が見ると、これがルビーになる、サファイァになると、こういうふうにわかる。これは物のせいじゃなくて、相手のせいじゃなくて、自分の方の目があるかないか。そういうところに差があるんだという。本当の秘密の意味はここなんだ、と、こういうことなんですね。ですから密教というものは、そういった意味で、自分の目を鍛えると申しますか、自分の目を本当に澄まして、本来のものの姿を見るというところまで高めるということが、大事になってまいります。そこでじゃ自分の目を澄まし、清らかにして、本来のものの姿を見るには、どうしたらいいか、ということでございますけれども、これは理屈の世界ではない。あるいは人間の理性によって、そこに達するわけにはいけない。それは瞑想を通じて、それを直感するという方法しかないということです。密教では、瞑想の方法として、ヨーガ((梵)yogaの音写。心の制御・統一をはかる修行法。冥想による寂静の境に入って、絶対者との合一を目的とする)というものを使います。ヨーガというのは、一般に「ヨガ」と言われておりますけれども、一般に美容体操のような、あるいはアクロバットでの行のように、普通考えられますけれども、本当はこれは「大宇宙、大自然と自分が本来一つだ、ということを、直感によって確かめる唯一の方法だ」ということが言えるわけですね。ヨーガというのは、漢字で書きますと、「瑜伽(ゆが)」という字を使います。ですから密教では、「瑜伽」ということを非常に大事にするわけですね。で、そういうふうに、「大宇宙と自分が一つになる」という、こういう神秘的な直感というものは、これは紀元前二千年か三千年、インド大陸で栄えたインダス文明の遺品の中にも、このヨーガをしている行者の印章が出てきていたりするわけです。非常にインド文化では起源の古いものです。仏教でも、「禅定(ぜんじょう)」という形で、宗教的な瞑想ということが、智慧に達する方法であると、こういうふうに考えております。そう申しますと、禅宗の「禅」と密教の「瑜伽」という、基本的には同じことだと、こういうふうに言えるわけですけれども、方法としてやはり違うわけですね。禅宗の禅というのは、「面壁九年」と達磨(だるま)さんのことを言ったのがありますように、壁に向かっています。なんか一切の現象界のものを否定していって、そして空というものを自分の中に確かめるという、こういう方法を使います。ところが密教では、目の前にやはり仏像とか、あるいは曼荼羅(まんだら)を掲げて、そして仏像とか曼荼羅という形のあるものの中に含まれている宇宙の真理を、瞑想を通じて、自分と一体化するという方法を密教では使うわけです。そこでそのやり方として、密教では、「三密(さんみつ)の行」ということを申します。これは瑜伽行するためには、「手に印契(いんげい)を結び(身)、口で真言(しんごん)・陀羅尼(だらに)を称える(口)、心を三摩地(さんまじ)に住(じゅう)する(意)、いわゆる精神集中をする」ということであります。「印契(いんげい)」と申しますのは、仏さんが手に結んでいる、こういういろいろなジェスチャーのことです。しかしこれは単なるジェスチャーじゃなくて、この手の形の中に宇宙の真理が全部集約されて、そして宇宙の真理の機能もこの中に全部収められている。単なるジェスチャーでしたら、それは形を真似しているだけですけれども、この「印契」というものの中に、宇宙の真理が働いているんだ、ということです。口では、真言・陀羅尼を称える。真言・陀羅尼も単なる言葉ではなくって、宇宙の真理を言葉として現しているということになります。そして心を三摩地(さんまじ)に住(じゅう)す、と言うんですから、心の中に宇宙そのものをやはり観ずる、と。この「身体」と「言葉」と、そして「心」と、この三つが一体化した時に、瑜伽の行が完成するということになります。「完成する」とは何か、というと、「成仏をする」ということであります。密教では、病気を治したり、あるいは長寿を願ったりという庶民の願いも、そのまま受け入れますけれども、最終的には、自分自身が成仏をする、と。そして一切の生きとし生けるものを、みんな仏道に向かわせる、ということが大事になってきますけれども、西洋のキリスト教とか、ユダヤ教とか、イスラム教というのは、みんな神様と人間というのは、別々の存在で、人間が絶対神様になることはできません。しかし東洋の宗教、特に仏教では、人間がそのまま仏様になることができる、と。仏というのは、非常に遠い存在じゃなくって、自分の煩悩に覆われた自分自身の本当の姿を見つけ出すと、そのままが仏だ、と、こういうふうに特に大乗仏教では申します。密教でも、やはり現実の親から貰ったこの身体、そのものの本当の姿を発見すれば、それで仏になれるんだ、ということになります。ですから現実世界を極端に肯定していくということ、人間存在までもそのまま肯定していくというのが、大乗仏教の立場であり、それを推し進めた密教の基本的な立場だと、こういうふうに言えると思います。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
松長:  大乗仏教というのは、そもそもインドの民族信仰、あるいは古代宗教というようなものも、そのまま引き継いでいって、そしてそれを徐々に仏教化していくという、そういう一面ももっているわけです。しかし密教は、その点極端にその路線を受け継いでいきます。例えばバラモン教でやっていた護摩(ごま)―この護摩というのは、火を焚きまして、そして天上におる神様に早く供物を捧げるために、供物を護摩の火の中にくべて、早く送り届ける。現在の宅配便の元祖みたいなもんですけども、そういうもともとバラモン教の儀礼であったわけです。ところが密教は、それを受け継ぎまして、そして護摩の法をそこでやるわけですね。ただしかし、これは密教では、天上におる神様に供物を届けるという形は真似をしますけれども、精神はその護摩の火によって、人間の心の中に潜んでいる三毒煩悩を護摩の火で焼き尽くす、というふうに内面化していきます。あるいはバラモン教とか、ヒンドゥー教のいろいろな儀礼も取り入れていきますから、外形的に見ると、密教というのは、仏教ではないんじゃないかと。あれはヒンドゥー教やバラモン教じゃないかと、こういうふうな誤解をもたらす虞(おそれ)がありますけれども、そういう民族文化を全部この分け隔てなく取り入れてしまうというところの特徴でありまして、大事なことはそれを全部仏教化していっているということですね。ですから本来の意味を知らないと、形だけを批判しますと、密教というのは、仏教の衣を着たヒンドゥー教ではないか、というようなことをいう学者もあったほどなんです。それは本来はそうじゃなくって、民族文化を全部引き取って、そしてそれを換骨奪胎(かんこつだったい)していきながら、仏教化していくという、こういう非常にスケールの大きいものの考え方が基本にあるということであります。そしてそういう例は、もう一つは、やはりヒンドゥー教の方の神様を仏教が取り入れていくと。そしてそれを仏教の仏様、あるいは菩薩様に変えていくということですね。あるいは明王(みょうおう)に変えていくということもあります。曼荼羅というのも、これもインドの在来信仰の神様をがっさり取り入れたということもできます。あるいは密教の瑜伽の手法の中で、これは非常に神秘的な行をしているように見えますけれども、種明かしを致しますと、あれはインドでお客様を接待する方法をそのまま取り入れている、と言ってもいいかと思いますね。ここに簡単な壇を持ってまいりましたけれども、これが「六器(ろっき)」と申します。そして「六器」というのは、いろいろなものを、お客さんが来られた時に、お花を部屋に飾ったり、あるいは香を焚いたりして快適に過ごしてもらうような心配りを致します。それを現しているわけですね。そしてお客に来て頂く前に、いろいろな自分の心構えもしておいて、部屋を荘厳(しょうごん)していく、綺麗に飾り立てると。修法する時にも、そういう所作をずっとやってまいります。そしていよいよ仏様をお迎えしまして、そしてこういうふうに、これが「閼伽(あか)」と言います。これは足を洗って頂く水なんですね。これでこうして水を三度垂らしますのは、こうして仏様にお出で頂く時に、足を洗って頂くと、こういう所作で、あと香を焚き、そして花を捧げるという方法ですね。そして仏様をこのこういうこの玲でもって歓迎をするわけです。そして歓迎を致しまして、そしていろいろ歓迎の所作がいろいろあるわけですけれども、それから瑜伽に入っていくわけです。そして仏様と自分とが瞑想しながら一体となっていくという方法ですね。こういうふうな所作、そして後は逆にお帰りになっていく時、この逆の所作をやってまいります。「入我我入(にゅうががにゅう)」といのは、お客を呼んで、自分から熱中して、一つになってお話をする、という状態でありますから、別に難しい法―インドの人にとってはそんな神秘的な行法でもないわけですね。そういう普通に行われていたようなことを取り入れながら、その中で肝心な仏さんと自分との一体感を養っていくと、こういうふうな方法をとります。あるいはここのいろいろな法具でも、これは「三鈷(さんこ)(杵(しょう))」と申しますけれども、これももともとは武器なんですね。これは「独鈷(どっこ)(杵(しょう))」という、これなんかまさに武器の形がそのままあります。インドで古代インドで武器であったもの、これも武器ですね。この「五鈷(ごこ)(杵(しょう))」でも、これみな武器ですね。先がほんとは尖っているわけです。ただこれは武器であったものが、仏教の中ではそれを意味付けていくと。そしてこの「五鈷(ごこ)(杵(しょう))」は、仏様の如来の五つの智慧を、五種類の智慧を象徴化したものだと。そしてこれを持つことによって、如来の五つの智慧を自分のものにすると。そしてこの三つは、「身体」と「言葉」と「心」のこの「三密」と、これもやはり自分のものにするという、こういうふうなそれぞれ内面的な意味付け、仏教的な解釈をその中に付け加えているということです。こういう形で密教というものは、インドの古代文化をそのまま受け入れ、そしてそれぞれ生かしていくということをやります。こういうのは、やはり密教の世界観が、この現実に存在するものの中にすべて価値があるんだと。「遠く真理の世界は、離れたとこにあるんでなくて、現実の世界そのものが真理の世界だ」と、こういう極端な現実肯定の哲学をもっているからだ、と、こういうことも言います。高野山でも、奥の院の聖域の中に、真言宗のお山ですけれども、お墓をご覧になりますと、他宗の方々のお墓がたくさんあるわけですね。あるいは日本の歴史に表れてくる有名な方々が、ほとんどお墓を高野山に作っておられて、これは一つの宗派だけで、他を排除するんではなくて、どういう宗派でも全部取り入れるという、こういう密教の包容力をそのまま現していると、こう考えることもできます。あるいは七堂伽藍(しちどうがらん)―(七堂伽藍は梵語のサンガーラーマの音訳で僧伽藍摩と言い、七堂伽藍の七は総てが揃うという意味で、数には拘らない、金堂・塔・講堂・回廊・経蔵・鐘楼・僧房・食堂等を言う、また禅宗では、山門・仏殿・法堂・方丈・僧堂・浴室・東司等を言うが寺院に依り構成は異なる)―七堂伽藍というのは、やはり密教の精神を塔で現したり、あるいは仏像で現したりする、そういう真言密教の聖地なんですけど、その中に鳥居があり、神社がある。これは氏神様なんですね。そういう形で、一番の本拠地の中に、普通一般の考えでは異教である、そういう神様を祀っていると。こういうふうに民族信仰、在来信仰そのまま取り入れ、そして自分の方に自家薬籠中のものにしていくという、こういうのが密教の基本路線だと、こういうふうに考えていいと思います。そういう路線の中にあるのが、一つは曼荼羅であるわけですけど、曼荼羅というのは、仏様がたくさん集まっておられるものに思いますけど、あれはインドの庶民が信仰していた神様なんかもたくさん取り入れているわけなんですね。曼荼羅というのは、我々が一番知っているのは、「胎蔵曼荼羅(たいぞうまんだら)」と「金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)」この二つなんですけれども、「胎蔵曼荼羅」の方は、特にインドの在来の神様をたくさん取り入れている。一番外側なんかになってきますと、いわゆる鬼とか邪だとか、こういう魑魅魍魎(ちみもうりょう)に類するような、普通の社会でしたら、見捨てられたような存在まで全部取り入れて、そしてそれぞれがみんな中央におる大日如来(だいにちにょらい)の一部分の役割を分担しているんだと、こういうふうな考えをするわけですね。これは近代的な文明が、どんどんどんどん優勝劣敗と申しますか、弱いもの、力のないものを蹴落としながら、いいものをより美しく、より強くというものを育て上げた文明とはまったく違って、弱いものでも、醜いものでも、価値の劣るものでも、全部それを包み込んで、それぞれの持っている価値を生かし切ると、こういう考え方が現れているわけです。密教の考え方で言えば、九十九パーセント欠点があっても、一パーセントの取得(とりえ)がある。必ずあるものであるものだと。その一パーセントの取得(とりえ)が、中央の大日如来の役割の分担なんだから、だからそういった雑なるものを集めてきて、全体として一つの完成した世界を作り出すんだ、ということになります。ですから、あの曼荼羅というのは、仏様の世界であると同時に、我々の現実に生きる者の姿をそのまま投影したと、こういうふうにもなるわけですね。「金剛界曼荼羅」は、少し整理をされてきまして、かなり仏教的に意味付けが進んでまいります。そしてそれぞれが仏教的な役割分担をする。そしてインドの大乗仏教、あるいはヒンドゥー教なんかで信仰されていた神様の姿が消え―「姿が消え」というのは、名前が消えまして、みな「金剛何々菩薩」というような、密教化された名前に変わってまいります。「胎蔵曼荼羅」というのが、黒砂糖だと言えば、「金剛界曼荼羅」は白砂糖―精製された白砂糖のような、そういった役割を持っているものだと、こう考えて頂いていいと思います。ところがこの「胎蔵曼荼羅」と「金剛界曼荼羅」は、中国でこれをペアに考えるようになってきたわけです。日本もそれを受け継いでいます。だから「曼荼羅」と言えば、「胎蔵曼荼羅」と「金剛界曼荼羅」をペアに考えるのが、普通だと思っておられるようですけれども、これは本来は、「胎蔵曼荼羅」が「金剛界曼荼羅」へと転換していったというふうに見ることもできます。しかし日本の密教では、これが「胎蔵曼荼羅」というのは、「仏様の慈悲の世界」を現すものだと。「金剛界曼荼羅」は、「仏様の智慧の世界」を現すものだと、こういうふうに意味付けられております。しかしこれは普通の仏教絵画と言いますと、仏さんのご一生の業績をいろいろ演じた物語性のあるものが普通仏教絵画―ヨーロッパの宗教絵画は、みな物語性を持ったものですけれども、密教というのは、物語性よりも論理性がある、ということですね。それは宇宙を集約したものですから、その中には物語ではなくって、自分がそれをどういうふうに受け取るか。曼荼羅と対して、そこから自分がどういうものを宇宙の真理の象徴化されたものを受け取るか、と、こういうことになってきますから、これは仏教絵画としては、やはり特殊なものだ、というふうに考えられます。そして曼荼羅というのは、そういうふうに宇宙の集約図であるわけですけれども、これが我々が普通「胎蔵曼荼羅」「金剛界曼荼羅」この二つが曼荼羅と思っておりますけれども、インドでは、その後と申しますと、八世紀以後にどんどんやはり金剛界系の密教が展開していきます。そしてその金剛界系の密教が展開していきますと、チベットに伝わっているような、ああいう忿怒尊(ふんぬそん)とか、あるいは男女合体尊とか、こういった仏像が主流になってまいります。そしてここにあります曼荼羅もチベット系の曼荼羅ですけれども、中央が忿怒尊で、そして周りに金剛界の五仏が描かれているわけですね。そして日本の曼荼羅というのは、全部仏様が肌の色に変わっていますけれども、インドでは本来仏様というのは、色が付いているわけなんです。色が付いているというのは、白とか、青とか、黄色とか、赤とか、緑とかいう、こういう白、黒と、赤、黄、青の三原色が、仏さんに彩(いろど)られているわけですね。これは綺麗に彩っているというわけではなくって、色そのものにも論理性をもっているということです。ですからこの仏様の印契、形、そして色ですね、そういうものの非常に密接な真理との関連性、あるいは音との関連性、あるいはエネルギーとの関連性、こういったものを全部曼荼羅の中に表現しようとしていると。これはやはり近代文明というのは、色、形、音とかエネルギーを、それぞれ別々の存在として考えていた世界観に対しまして、密教の世界観は、全体が一つの存在なんだと。一つの生命現象なんだと、こういうふうなものの考え方を、この曼荼羅の中に現した、ということも言えると思います。勿論曼荼羅というのは、絵師が勝手に描いたものではなくって、「胎蔵曼荼羅」は、『大日経』というお経、そして「金剛界曼荼羅」は、『金剛頂経(こんごうちょうぎょう)』という、このお経に基づいて描かれたものですね。この『大日経』とか『金剛頂経(こんごうちょうぎょう)』というのは、インドで大体七世紀頃にできた、というふうに考えられておりますけれども、これは非常に画期的な意味をもつお経でして、それまでの病気を治しだとか、あるいは長寿願い、あるいは戦争した時に勝ちたいと、こういう人間の赤裸々な欲望を、仏さんの前でいろいろ打ち明けていたのが、この『大日経』とか、『金剛頂経(こんごうちょうぎょう)』になってくると、そういう現世利益(りやく)よりも本来人間の真実の言葉を、真実の姿を見つめる、こういった方法を教える。いわゆる成仏の問題にそれを高めていこうということを説いております。それからそれまでは、お釈迦様が中心であった仏教が、大日如来中心の仏教に変わってくる、ということですね。生きた歴史的な仏であるお釈迦様から、この宇宙の真理を集約した、そういう大日如来を中心にする、そういう仏教に変わってきたということ。それから曼荼羅ができたということ。そしてそれまでは、単に真言を称えたり、あるいは印を結んだりするのは、別々に行われていたんですが、この「三密」が一つになる。「心」と「形」と「言葉」とか、一体になるという、こういう行が完成したということで、この『大日経』とか、『金剛頂経』というのは、密教の歴史の中でも非常に大事な役割を果たしているわけです。
 

ナレーター:  インドに生まれた密教は、中国の祖師たちによって、さらに展開し、中世期の初め、空海によって日本に持ち帰られ、日本独自の変容を遂げます。
 

 
松長:  密教というのは、インドで興って、インドでは大宇宙を相手にし、大自然を相手にして、そして自分の中にその大自然を見つけ出す、大宇宙を見つけ出すという、こういう瑜伽の観法が中心であったわけです。ところが八世紀頃に、密教も本格的な形で中国に伝えられるようになりました。それがインド僧の金剛智(こんごうち)とかその弟子の不空(ふくう)(真言宗では「不空三蔵」と尊称する:705-774)とかいう人なんですけれども、この時代は唐の時代でありまして、唐の時代というのは、ご承知の通り、隋、唐、あるいはその次の宋というのは、非常に中央集権国家であります。律令(りつりょう)体制が完備していくと言いますか、非常に整っていった時代でありますので、むしろ国家権力が非常に強い時代に密教が中国に紹介されます。そうなりますと、この宇宙を相手にした宗教でありますけれども、今度は民衆を相手と申しますか、都市宗教に変わってこざるを得ないということですね。そういう形でしか中国では受け入れないわけですから、この不空というお坊さんは、この中国の国情に合わして大宇宙とする密教を都市型の密教に変えていく。いわゆる国家権力と協調体制をとっていこうという形に変えていくわけですね。そのお弟子さんの恵果(けいか)(中国唐代の密教僧で日本の空海の師:746-806)という方があります。不空三蔵というのは、たくさん翻訳をして、自分自身もいろいろな修法をしながら、安禄山(あんろくさん)の戦いの時には、護摩を焚いたりして、国家の安泰を祈ったりするわけですけども、不空さんのお弟子さんの恵果という方は、これは非常に内面的な方で、著作もほとんどありませんし、翻訳もありません。しかしそれはお弟子さんの空海が、恵果という阿闍梨(あじゃり)に就いたということで、割合に行動と申しますか、恵果阿闍梨がもっておられたものについての記録がわかってくるわけですね。非常に内面的な、仏との交流も、非常に心得た、目指した方だと、こういうふうに言えるわけですけれども、この方の最晩年に日本から行った空海が弟子入りするわけですね。そして恵果を通じて空海は密教に触れる。そしてインド以来伝わった密教を、恵果からすべて授かって、二年後に空海は日本に帰って来るということです。空海は帰ってまいりまして、密教のもっている二面性を、やはり日本ではっきり両立さしていこうという方向を目指します。先ず一つは、密教のもっている社会性をとことん発揮していく、ということですね。これはやっぱり中国の密教の傾向も受け継いでいくわけですけれども、そういう目的のもとに、京都の東寺を中心として社会活動をやっていきます。自分の生まれ故郷の香川県―讃岐(さぬき)の国の満濃池(まんのういけ)という、この池の補修工事を完成するというような―今日で言えば、土木事業に類するようなこともやるわけですね。あるいは綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)という日本で初めての庶民の教育機関もそこに作るという。あるいはそれだけではなくって、いわゆる中国の文芸についても、あるいは書についても、いろいろ空海は業績を残しておられるわけですけれども、まあ日本全国にあるような弘法大師伝説―井戸を掘ったり、橋を架けたりというような伝説も、やはり空海のもっている社会性というものが、伝説として現在残っていると、こういうふうに考えることもできます。それと共に、インド密教の立場である大自然、大宇宙との交流ということ、これはおろそかにできない問題であったわけです。その問題を空海は、実は高野山でやろうとした、ということが言えるわけですね。朝廷に、「高野山が欲しい」と出した上奏文の中に、「高野山を修禅の道場として欲しい」というふうに言っています。禅は修する道場ということですね。これは瑜伽をする道場だということです。この現在高野山では、中心になる本山が金剛峯寺(こんごうぶじ)と言っていますけど、本来高野山全体が金剛峯寺という名前であったわけです。金剛峯寺というのは、名前は、『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)』というお経から取ったわけです。これは「金剛峯」というのは、「大日如来」という意味でありますけれども、瑜伽瑜祇経という、いわゆる瑜伽をする場所―お経から取った名前が、「金剛峯寺」という名前にもなっている。空海自身が書いた朝廷に出した嘆願書の中の修禅の道場という言葉から考えでも、やはり高野山というのは、社会活動の場ではなくって、宇宙と自分との交流の場所であったと、こういうことが言えると思います。それから空海の業績としましては、今まで経典翻訳として伝えられた密教が、日本にきまして、やはり理論化され、体制化されるということもあります。空海は、「即身成仏」の理論構築のために、「六大(ろくだい)、四曼(しまん)、三密(さんみつ)」という、この三つの考え方を提示致します。「地・水・火・風・空」という、この五つのものを宇宙の本源とする考え方は、割合にインド思想の中にもありますし、あるいは四つのものを中心とする考え方は、西洋の古代文化の中にもあるわけですけれども、ところが空海は、それを物質の構成要素とは考えないわけですね。宇宙の真理のそれぞれの表現だと考える、象徴だと考えるわけです。ですからこの真言宗のお墓では、「五輪塔婆(ごりんとうば)」がありますけれども、五輪塔というのは、下から「地・水・火・風・空」というものを象徴しているわけですね。これによって宇宙そのものを現しているんだと、こういうことです。そういうものが寄り集まって宇宙ができるんじゃなくって、宇宙そのものの非常に固い性格は、「地」というところに現し、流動性は、「水」というところで現し、燃焼性は、「火」というのを現す、こういうふうなシンボルとして現している。それが五大―五つの「地・水・火・風・空」というものですね。それに対して、空海の特長は、「識大(しきだい)」を立てるわけですね。「識大」というのは、人間の精神活動ということです。だからそういう宇宙は、物質的なシンボルだけではなくって、精神的なシンボルである「識大」と、この六大が無限にというか、境目なしに一体化しているのが宇宙だと、こういうふうな考え方。これがだから人間も仏も六大からなるんだから、だから本来一体なんだと、こういうことですね。「四曼(しまん)」というのは、曼荼羅というのは、四つの形で、それを理解していく。これは宇宙の真理の現れ方が、曼荼羅になって現れてくるという。「三密」というのは、それの働き―先ほど申しました―印を結んだり、真言を称えたり、三摩地に住したりという、この精神集中したりという、この三つの働きを一つにすることによって、宇宙そのものを自分のものにすることができるという。こういう「即身成仏」というものを、今までは長く成仏にかかるのに対して、非常に短くすぐになられるというスピードで考えていたわけです。それだけではないわけですね。この「即」というのは、仏さんと自分とがそのまま一体化している、ということも「即」なんだという、こういうふうな独特の理論を作り出すわけです。時間と空間が一体化している。あるいは物質と精神が一体化していると、こういう世界を理論的に示そうとしたのが、『即身成仏義』という書物で、空海は表明しているわけですね。こういうふうに密教というのは、本来自分の姿を、本来本質的な自分を見つけ出すということです。それは宇宙の姿そのものである、ということですけれども、ところがなかなかこういう「三密の行」というのは、一般の方々が、誰でもできるというものではないわけですね。ですから日本の仏教の中では、真言を称えるだけでもよろしいと。あるいはこの瞑想だけでもよろしいという、こういうふうに展開した時期もあります。あるいは自分自身の中に仏性を見つめるという方向から、やはり何かに頼りたいという、頼って自分が導かれていきたいという信仰も、やはり付随してきまして、平安の後期頃から弘法大師信仰というのができてまいります。弘法大師に頼って、自分が成仏の道を歩みたい、という信仰ですね。現在の高野山は、むしろ密教の本来の自分自身を見つけ出すということよりも、弘法大師のお陰でもって自分たちがどうするかという、そういう信者さんの方がやはり多くなっているということも言えると思います。しかしどちらが正しい、どちらが間違っているという問題ではなくって、やはり信仰というのは、この両面を具えているということが言えると思います。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
松長:  密教というものが、今まではいわゆる日本が近代化していくためには、やはりこの古い文化の形態であったし、早くこれを捨て去って、そして近代化しなければいけない。あるいはこの科学文明に追いつかなければいけないという、そういう時代の時には、あまり密教というものが評価されなかったわけですけれども、最近非常に評価されてきた。密教というのは、現代社会、あるいは二十一世紀にどういう役割を果たすか、ということで、これは非常に大きな役割を果たすんじゃないかと、私は考えております。いろいろの面があると思いますけれども、大体三つの面に分けて考えていくわけです。一つは、近代文明というのは、やっぱり「自我を中心とする文明である」と。自分を中心として社会を見るという立場ですね。だから他と、あるいは自然をどんどん破壊していったり、あるいは人間同士の中で、絶えず諍(いさか)いが起こってきたりという。他と協調する論理というものを持ち合わせていないわけです。ところが密教―東洋思想もそうですけども―特に密教というようなものは、生きとし生けるもの、あるいは草や木、動物、植物、石ころまでですね、そういったものに「すべて自分と同じいのちを持っている」というふうに考えます。これは「一切衆生」という考え方なんですけれども、こういう考え方によりまして、「宇宙そのもの、地球そのものが一つの生命体だ」と、こういうふうに考えるわけですね。そして「自分のいのちと同じだ」と。だからその見方が、いわゆる宇宙的視野を持てるということですね。ですからこういう考え方を基礎に、エコロジー運動にも展開してまいります。地球を人間のために、地球の資源をどんどん使って、地球を荒らしていくという、そういった考え方に厳しく対立する考え方の基本に、やはり密教の考え方があるといってもいいと思います。二番目には、やはり一元的な価値観が支配していたのが、近代文明だったと思いますけれども、それではどうしてもいけない、と。「価値観の多様化」というようなことが、最近叫ばれるようになってまいりましたけれども、こういったことは曼荼羅の中に既に現れているわけなんですね。九十九パーセントダメであっても、一パーセントあったら、それによってお前は完全体の大日如来の一部分だと、こういうふうな評価。そしてそういう九十九パーセントダメで、一パーセント取得(とりえ)のあるもの、全体があって、全体として一つの調和体を作ればいいじゃないかという、こういう考え方ですね。ここには排除の論理じゃなくって、やはり抱え込み、そしてすべてのものを生かし切る、そういう論理がある。こういう論理をもっているのが、やはり東洋思想であり、それの中の、特に密教だと、こういうことも言えると思います。三番目には、やはり現代社会というのは、どうしても理論が先行し、机の上の理論が幅を利かす時代だったと思いますけれども、そうでなくて密教は、机の上でやっていたら何にも得るものはないわけですね。やはり自分の身体を動かし、自分が行をし、そして宇宙と一つとなる、ということが大事なわけですから、そういった意味では、やはり行動から入っていく、ということが言えると思います。あるいは『大日経』というお経の中に、「方便を究竟(くきょう)となす」という言葉があるわけですね。「方便」というのは、「嘘も方便だ」という方便ではなくって、現実活動、社会活動という意味なんですね。だから密教は、基本的には、宇宙の一部になるという瑜伽の方法が大事ですけれども、最終目標は、社会活動だと、こういうふうに言い切っているわけです。ですから仏教というのは、ややもすれば山へ入って自分だけが修行するというふうに考えますけれども、やはり社会活動に出て行って、それが完成するんだ、という立場をやはり持っている。空海ご自身もやはりご一生の間にそういう行動を取られていったわけですね。それからもう一つは、密教の大事なお経に『理趣経(りしゅきょう)』というお経があります。この『理趣経』の中に、これはよく誤解されるお経ですけども、「大欲清浄句是菩薩位」という、大きな欲望こそ菩薩の位だと。こういうっふうな表現があるわけですね。普通我々は、欲望というのは、どんどんどんどん否定していって、無くしていくというのが、仏道修行だと思っていたのに、欲を大きく活かせ、という教えがその中にあるわけですね。この大きく活かせ、というのは、一体どういうことかという。今まで、朝お粥を食べていたのを、今度はビフテキを食べる。そういう欲望を大きくしていくという意味ではないわけですね。この量的に欲望を大きくしていく。これは近代社会だと、やはりそういうことだと思うんですね。より豊かな、より幸せを求めて、という形で、欲望をどんどん増大していったわけです。ところが破滅に向かいつつあるということで、どうするか、という問題ですけれども、そこで密教の大きな欲望こそ菩薩の位だという。この大きな欲望とは何か、と。この「大」というのは、「小」に対する「大」じゃなくって、「絶対」ということを現している「大」なんですね。「絶対」というのは何か、というと、自我から出た欲望じゃなくって、その一切の生きとし生けるもの、全体の幸せを願うところの欲望、それが「大欲」なんだ、というやり方です。ですからむしろ宇宙のいのちそのものに同化し、その中から発想していく欲望が大欲だ、と、こういうことです。だから自分の取り分を大きくしていく。どんどん大きくしていくという欲望じゃなくって、全人類―すべての生きとし生けるものの立場から欲望を活動させていきなさい、という。こういう原理も密教がもっているということですね。こういう形で、やはり私は、密教というものが、二十一世紀、非常に大きな思想的な役割を果たすんだと、こういうふうに思っているわけです。
 

 
ナレーター:  数千年の歴史と多様な文化を経た密教は、実は多くのものを含んでいるように思われます。高野山を訪れる方々は、その中から何を掴み取って帰るのでしょうか。
 
 
 
 
     これは、昭和六十一年九月二十八日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである