弦の無い琴をひく
 
                逗子・寂照堂 鈴 木(すずき)  格 禅(かくぜん)
一九二六年、愛知県生まれ。第二次大戦中陸軍航空隊に入隊。一九五三年、駒澤大学仏教学部卒。駒澤大学教授。一九九七年、駒澤大学定年退職、駒澤大学名誉教授。永平寺眼蔵会講師のほか、坐禅会講師として日本ばかりでなく世界各地に赴いて指導し法を説いた。一九九九年、逝去。著書に「正法眼蔵随聞記に学ぶ: 若き道元の言葉」「正法眼蔵随聞記」「正法眼蔵生死提唱 CDブック」ほか。
                き き て  金 光  寿 郎
 
金光:  今日は、「弦の無い琴をひく」というテーマで、神奈川県逗子市(ずしし)の寂照堂(じゃくしょうどう)のご主人・鈴木格禅さんにお越し頂いていろいろお話をお伺いしたいと思います。「弦の無い琴」ということになると、それをどう弾くのかというふうにお考えになる方もお出でかと思いますが、実はこれは良寛さんの漢詩の中に、これに似た言葉がありますので、それを手掛かりにしながら、その内容について考えていきたいというわけでございます。鈴木格禅先生に、その漢詩の話を伺う前に、先生が良寛さんといつ頃どういうふうに関わってこられたか、その辺の話からお伺いしたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。
鈴木:  よろしくお願い致します。
 
金光:  いつ頃から良寛のことをお調べになっていらっしゃったんですか?
 
鈴木:  良寛さんという方は、今大変研究が進んで、「全国良寛会」などというふうな会がございますし、良寛さんに関する本もたくさん世に出ておるようでありますけれども、私ども子どもの頃には今のように盛んではございませんで、私が初めて良寛という方に接したというべきか、深い意味で知ったというのは、昭和二十年の早春(はやはる)の頃でありました。その頃もう戦が大変深刻になっていて、日本が勝利する―勝つという見込みがまったくないというような状況でありましたが、その頃私は東京の立川にあるある部隊におりまして、
 
金光:  陸軍ですね?
 
鈴木:  陸軍でございます。そこの部隊におりました名古屋出身の古田という、その頃の私から見ると老人に見えましたけども、老少尉がおりまして、この方が非常に真面目な方、深刻に自分の生きること、死ぬことを考えていらっしゃる方でありました。でありますから、中隊事務室の前を通りますと、古田少尉は自分の机の上に本を一冊置いて、そして「生」と字を書き、「死」という字をこちらへ書いて、幾重(いくえ)にもわら半紙の上に鉛筆で縦横十文字に線を引いて、そして額に手を当てて考えているような方でありました。その机の上に置いてあった本が、良寛さんの研究で有名な相馬御風(そうまぎょふう)(詩人・歌人・評論家:1883-1950)という方の『大愚良寛』さんという本でありました。いよいよ私が違う部隊に転戦をする時に、もうこれが最後だろうという思いであったんでありますが、古田少尉が、「貴様に餞別にやる」と言って、その『大愚良寛』という本を私にくれようとしました。しかし私と致しましては、その方が大事にしておった本でありますし、それを頂戴するのには忍びません。そしてその本を読んで、私自身の生と死というものを決着する時間的余裕がもうないという時期でありましたので、古田少尉に向かって、「私はこの本を頂戴をして生と死を決定(けつじょう)していく時間的余裕はありません」と言って、逆に私が、自分の恩師から頂戴をした『真(まこと)の道』という本がありましたが、それを「あんたに差し上げます」と言って、差し上げて、そして転戦を致しました。昭和二十年八月十五日、戦争終わった日に、古田少尉は、儀礼用の軍服を着て、そして右の胸を機関砲で射抜いて、自分で坐ったまま死んでいきました。そのことが、良寛さんという方が、古田少尉という方を媒介として非常に強く印象されておりますので、初めから子どもと遊び戯れていた、そしてみなさんがよくご承知の良寛さんのイメージとは違った接し方を、私はせざるを得ませんでした。そういうふうな関わり方であります。
 
金光:  それで良寛さんに、和歌と言いますか、短歌とは違った内容の非常に厳しいものが漢詩の中にもいろいろあるようでございますが、今日ご紹介して頂く漢詩は、これはどういうものでございますか。
 
鈴木:  良寛さんという方の、今申し上げたように、子どもさんと戯れていたような、そういう良寛さんだけが大きく浮上してくる一面がありますけれども、しかしその心の中には非常に時代を憂い、それから宗教的な世界といったものを嘆き、当時のお坊さんのあり方を批判し、といったような激しい意識を心の底に深く秘めた方でもありました。そうしてその一方では、道元禅師という方の宗教に限りなく深く魅入られた方でもございました。今日ご紹介させて頂く詩は、題がないんでありますけれども、仏教という名前で呼ばれる宗教のもっとも深いところを、良寛さん自身の言葉で高く限りなく歌い上げた詩の一つであろうというふうに、私は了解をしております。
 
金光:  じゃ、その詩をご紹介し、読んで頂きながらお話を伺いたいと思いますが、今出ています、これはどういうふうに読めばよろしいんでございましょうか。
 
鈴木: 
静夜草庵裏(静夜(せいや) 草庵(そうあん)の裏(うち)
獨奏没弦琴(獨(ひと)り奏(そう)す 没絃(もつげん)の琴(きん))もしくは(没弦琴(もつげんきん)
調入風雲絶(調(しらべ)は風雲に入(い)って絶え)
聲和流水深(聲は流水に和して深し)
洋洋盈渓谷(洋々として渓谷に盈(み)ち)
颯颯度山林(颯々(さっさつ)として山林を度(わた)る)
自非耳聲漢(耳聾(じろう)の漢(かん)に非(あら)ざるよりは)
誰聞希聲音(誰(た)れか聞かん 希聲(きせい)の音)
 
金光: 
静夜(せいや) 草庵(そうあん)の裏(うち)
(ひと)り奏(そう)す 没絃(もつげん)の琴(きん)
調(しらべ)は風雲に入(い)って絶え
聲は流水に和して深し
洋々として渓谷に盈(み)
颯々(さっさつ)として山林を度(わた)
耳聾(じろう)の漢(かん)に非(あら)ざるよりは
(た)れか聞かん 希聲(きせい)の音
 
なんとなく中程はわかるような気もするんですが、これを近代風にいうと、どういうふうに感じのことになりましょうか。
 
鈴木:  そうですね。私、この良寛さまのこの詩を勝手に私なりに読み替えてみました。それを恥ずかしいんでありますけれども、ちょっとご紹介さして頂きたい。
 
夜の静寂(しじま)の草の庵(いお)
(いと)なき琴を独りひく
調べは雲間に入りて絶え
声は川面(かわも)に深く和(わ)
洋々(ようよう)水の音(ね)(たに)に盈(み)
颯々(さっさつ)風は木々(きぎ)を吹く
耳に届きしその音の
奥の調べを聞くは誰(たれ)
 
そんなふうに読み替えてみました。適当であるかどうかは、問題がありましょうけれども、表向きの意味はそう難しいことではございませんので、ご覧になった通りの中身であるというふうな理解でよろしいかと思います。
 
金光:  ただ「弦(いと)なき琴を独り弾く」という、「弦なき琴」とか、それからお終いの方の二行も一応対になっているようなことかと思うんですが、弦のなき琴だと、当然音が出ないわけでしょうし、その音が出ない曲が奏でられているものを誰が聞く、という感じですね。
 
鈴木:  そうです。
 
金光:  そこのところがやっぱりお釈迦様の説かれた教えの非常に大事なところと繋がっているということでございますか。
 
鈴木:  はい。まさに仏法というものの一番大事なところがそこにあろうかと思いますし、禅という名前で呼ばれる宗教の一番の生命線と申しますかね、そこを外すと禅ではなくなってしまうというような、そんな意味合い、あるいは味わいがございますね。「無弦の琴」という「没弦琴(もつげんきん)」―「没(もつ)」という字は、「無い」という字とまったく意味は同じでありますけれども、私は四十六、七年も前になりましょうか、静岡県のある田舎のお寺へ行きましたら、寺の和尚が、「お前さん、趣味は何だ?」って聞かれましてね、貧乏寺の小僧になったばかりで、その頃はどこでもそうであったし、誰でもそうでございましたように、食べることが精一杯の日本の状況でございましたですね。でありますから、趣味なんていう風流なことはとってもとっても頭が回りませんし、思ってもみませんでしたが、そういうふうに改めて言われましてね。そして「何もありません」なんていうのが、ちょっと憚(はばか)られるような雰囲気だったもんだから、「ピアノを少々」とこう言ったんです。そうしたら、和尚が、「えっ! 鈴木さん、ピアノ弾けるんだって」なんて振り向いて、奥さんに声を掛けていまして、私は困っちゃいましてね、「ピアノは弾けるんですけども、曲にはなりません」と。叩けば音が出ます。そういうところがあるんですけれども、今思い出しました。その良寛さんの弾いた琴は、弦がない。没弦琴というんですからね。弦(いと)の糸字(いとじ)もない、何にもないわけですから、音が出っこないですね。その言葉のもとは、四世紀から五世紀半ばにかけた方でありますけれども、有名な陶淵明(とうえんめい)(365-427)という方の、
 
金光:  中国の方ですね。
 
鈴木:  そうでございます。江西省の方でありますけれども、日本人に昔から親しまれている方ですね。
 
金光:  じゃ、書いて頂いている色紙があるので、それを拝見しながら、
 
鈴木:  陶淵明は、田園詩人とか、あるいは隠逸(いんいつ)詩人の宗―「しゅう」と読むべきか、「そう」と読むべきか―言ってみれば元祖みたいな、「古今隠逸詩人の宗」というふうに言われますが、元祖で、日本の方には昔から、「帰去来の辞」という、妹さんがお隠れになって、官を辞して田舎に帰って行く。その時に、「歸去來兮(かへりなん いざ)田園將蕪胡不歸(田園將に蕪(あ)れなんとす 胡(なん)ぞ歸らざる)」というような有名な「帰去来の辞」の詩があるんですが、これは飲酒―「いんしゅ」と読むべきか、「おんしゅ」と読むべきか、二十編ほどの教えがあるんでありますが、その第五の中に、
 
飲酒其五
 
  結廬在人境  廬を結んで人境に在り
  而無車馬喧  而も車馬の喧しき無し
  問君何能爾  君に問ふ何ぞ能く爾るやと
  心遠地自偏  心遠ければ地自づから偏なり
  採菊東籬下  菊を採る東籬の下
  悠然見南山  悠然として南山を見る
  山氣日夕佳  山氣 日夕に佳く
  飛鳥相與還  飛鳥 相與に還る
  此中有眞意  此の中に眞意有り
  欲辨已忘言  辨ぜんと欲して已に言を忘る
 
(小さな庵を結んで人里に住んでいるが、役人どもの車馬の音に煩わされることはない、どうしてそうしていられるかと問われるが、心が俗事を離れていればおのずから僻地にいるかのような境地に達するものだ(車馬:ここでは役人の乗り物の象徴)。東側の垣根の下で菊の花を採り、悠然として南山を見れば、山の気配は朝な夕なに良く、鳥どもがねぐらへと帰っていく、この中にこそ人間のあるべき真の姿がある、そのことを言葉にしようとしたが、もうそんなことはどうでもよい)
 
昔も今もそうでありましょうが、若い頃にそういった詩を習いますので、そういった意味で陶淵明という方は、私どもかなり親しい感じをもつ詩人の一人であります。官に仕えたのでありますけれども、結局陶淵明の気質に馴染まないといってよろしいんでしょうね、田舎に帰って、そして詩を創り、田を耕して一生を送った方―隠逸の方であります。
 
金光:  後にあります「虎渓三笑(こけいさんしょう)」というのは、これはどういうことなんでございますか。
 
鈴木:  これはずっと後になって「道教」と「儒教」と「仏教」という三つの中国の大事な流れをなす教えが、非常に調和して、言ってみれば「一つのことを三つの方面から言ったんだ」というような考え方が生まれてまいりましたですね。三つの教え―三教(さんぎょう)が相和すというのか、仲良くなるということを、そういう時代の背景をして創り上げられた話であるらしいんでありますが、中国、日本を通して、どうも絵の題材として有名で、たくさんのいろいろな方が、この虎渓三笑の絵をお描きになっているんですね。中国の名勝として有名な廬山(ろさん)に東林寺(とうりんじ)というお寺があるんでありますけれども、そこで慧遠(えおん)(中国・東晋の僧。中国浄土教の祖師:334-416)というお方が念仏の結社―〈白蓮社(びゃくれんしゃ)〉というものを作って二百数十人の方が熱心に念仏の修行をなさっていた。慧遠は東林寺の門前に流れている川があるんでありますが―今もその川の名残があって、昔のような状況ではないという気が致しますけれども―そこに虎渓橋(こけいきょう)―虎渓に橋がかかっていましてね。
 
金光:  谷川なんですね。
 
鈴木:  そうです。今も非常にユーモラスな、とぼけたような感じの虎の彫り物が、川の畔の橋にできたところにありますけれども。陸修静(りくしゅうせい)(中国・劉宋時代の道士)は、道教の方であります。道教の大学者でありますが、この方とそれから陶淵明が東林寺、つまり慧遠のところを訪ねて行って、そしていろいろな浮き世の塵に染まらない清らかな話をなさった。そして慧遠は三十年間も、門前の谷川に架かっている虎渓橋から外へは出なかったという方でありますけれども、ついに話に興が乗って、そして虎渓橋を渡って、何百歩も出てしまった。それに気が付いて三人で笑ったという、そういう逸話があるんであります。これは今申し上げましたように、事実ではなくて、仏教と儒教と道教が仲良くやっていこうとする、そういう時代の背景をもって作り上げられた話であろうというふうに言われますけれども、絵の題材でありますので、虎渓で三人の方が笑ったというので、「虎渓三笑」と、こういう話であります。
 
金光:  その陶淵明に、先ほどの弦のない琴が繋がってくるわけでございますか?
 
鈴木:  そうです。これは禅宗のうえで大変有名な達磨さん―中国禅宗の開祖と言われる方でありますが、この方がインドから中国の広州(こうしゅう)へ三年もかかってやって来られた。そして伝の如くならば「普通(ふずう)八年」と言います。西暦五二七年でしょうか、その年の秋に梁を建国した武帝と会見をするんであります。武帝という方は、非常な学者でもあり、熱心な仏教信者でございまして、仏教のためにウンと力を費やした方で、世の人が「皇帝大菩薩」などというふうに渾名をしたぐらい仏教に篤い志を寄せた方でありますが、その方に五人の子どもさんがおわしまして、その長男の方が蕭統(しょうとう)と言うんですが、一般には昭明太子(しょうめいたいし)という呼び名で知られている方でありますが、中国の古典の『文選(もんぜん)』というものを三十巻編集をした大変な学者でございました。その昭明太子(しょうめいたいし)が陶淵明の伝を書いたんです。その伝記の初めの方にこんなことが書いてあります。
 
金光:  これは当然大分後ですね。時代は陶淵明より唐代になっての伝ということですか?
 
鈴木:  やや後になりますが、
 
淵明不解音律(陶明音律(いんりつ)を解(げ)せず)
而蓄無弦琴一張(而して無弦の琴一張(ひとはり)を蓄(たくわ)う)
毎酔適輒撫弄(酔うて適(かな)う毎(ごと)に輒(すなわ)ち撫(な)で弄(もてあそ)んで)
以寄其意(以てその意を寄(よ)す)
 
つまり酔っぱらっていい気持になると弦もない琴を撫でて、そして気持を表現したところですね。上の方に線が引いてありますが、「無弦琴」とあります。
 
金光:  音律を解せざるに無弦の琴を蓄(たくわ)うとは、面白いですね。
 
鈴木:  全然解らないのに弦のない琴を弾いたというんであります。そこから「無」という字と、「没」という字は、同じ意味でありますので、「没弦琴(もつげんきん)」という言葉が生まれて、それが禅宗という名前で呼ばれる仏教の気質に合ったんでしょうね。一人歩きをして、いろんな背景をもって物語れるようになりました。良寛さんはそれをお使いになっておわします。
 
金光:  「弦のない琴」というような表現は、禅の方ではよく聞くようですけども、これは東洋だけの専売特許というわけでもないんじゃないかと思いますが。
 
鈴木:  宗教というような名前で呼ばれる文化現象というのは、いろんな深みをもっておりますので、その言語表現というものを越えて、そして伝えなければならないところ、あるいは学び取らなければならない世界があるというふうに言ってよろしいんじゃないでしょうかね。ヨーロッパの宗教やら学門やらというのは、文字とか言語とか、あるいは論理といったようなものを頑なにもっておりまして、それを契機にして論理的に、あるいは表現の上で学んでいくというのが、正攻法なあり方でありますが、そういうことでは救われないいのちの世界というものがなければなりませんし、ある筈なんであります。でありますから、そういったことをヨーロッパの方でも表現なさった方がおわしますですね。十字架の聖ヨハネという方です。この方は、一五四二年から一五九一年までの方でありますから、十六世紀の方でありますが、パレスチナにカルメル山という山があります。全長三十キロ、幅が五キロ乃至八キロ、高さが五五三メートル。地中海にずっと出ていって、そして一七○メートルぐらいの高さで、そのまま地中海に岬のように入っているという、そういう山だそうで、その上に修道院がありまして、しかしその十字架の聖ヨハネの頃には、あらゆる問題があったようで、聖ヨハネは、そのカルメル会というんでありますが、これを大改革をなさった方の一人であるというふうに承知しております。その聖ヨハネの作品の中に『カルメル山登攀』『霊魂の暗夜』『愛の活(い)ける焔』そんな作品があるんでありますが、そこにありますように、『霊魂の暗夜』というようなことが、聖ヨハネは非常に大事に言った方であります。どういうことかと申しますと、私は、キリスト教のことをよくわかりませんし、ずぶの素人でありますので、酷く見当違いでものを申すことがあるかも知れませんけれども、私の印象では十字架の聖ヨハネは、欲望とか情念といったような人間のもつ暗さ、闇黒の部分ですね。それから知性とか意思とかといったようなものが織りなしていく人間の思い上がり、傲慢さ、といったようなものから逃れられない自分というものを、それが如何にして神の真実に触れ、そして神の世界に生きることができるのか。そういうことに苦しんだ方だ、という印象があります。私は、その私がここに生かさして貰っているということも神の真実だという理解を、正直に率直にもっているんです。その神の事実ということを、人間と神というのは明るみの中では違いがはっきり出てしまって、どうしてもこれは一つになれませんですね。しかし漆黒の暗闇の中だと、その継ぎ目がなくなる、見えなくなりますね。そこで神と人というもの、つまり一つになった世界。そうするとエゴとしかあり得ない、汚れきった神に背いてしか生きられない私というものが、実は神の御心によって生かされている。神の呼吸を、息を息している。神の息を息していながら、神に背いてしか生きられないという私というものが、その神の体温に触れる。これは闇黒の世界ではないのか。そういうふうな意味合いに、私はこの十字架の聖ヨハネの宗教的世界を理解してみたいんであります。でありますから、『カルメル山登攀』というのは、実在するカルメル山ではなくって、内面的なカルメル山。そこで自分が如何に神に近づいていくのかという、その内面の己を投与していく欲望の世界、情念の世界ですから、知的な意思的な、そういったものが神の側についえて道行き、それをそういう言葉で表現したのではないだろうか。そんな印象で、その言葉を受け取らせて貰っているわけです。ロシア教というのは、光明というだけで言われることが多いんでありますけれども、そういう仏、若しくは神との繋がりということの継ぎ目のなさということを表現するのに、ここにあります瑩山(けいざん)禅師という方は、曹洞宗門(そうとうしゅうもん)の大変大事な方でありますけれども、その方の宗教経験を表現した言葉に、「黒漆(こくしつ)の崑崙(こんろん)夜裏(やり)に奔(わし)る」―「はしる」と読んでいいんですが、読み癖で「わしる」というふうに読みますけれども、真っ黒な「崑崙(こんろん)」というのは玉です。真っ黒の玉が、真っ黒の闇の中をごろごろ転げ回っていると。これはもはや神ということもついえて、一つの「真」と言っていいんでしょうか、真が働き抜いているという表現だという理解でよろしいかと思うんでありますが、瑩山禅師は、自分の、いわば宗教経験をこういう言葉で表現なさった。ここで闇黒が、十字架の聖ヨハネが言った「暗夜」が、この宗教的世界の一番大事なところを表現しているというふうに言ってよろしいんじゃないでしょうか。
 
金光:  十字架の聖ヨハネという方は、確かスペインの方だと思いますけれども、スペインの西欧の方のやっぱりそういう経験の深いところ、「霊魂の暗夜」と「暗い夜」というような言葉と、真っ黒の玉が夜の暗闇の中を走るというのは、お話を伺っていると、やっぱり共通のところをなんとか表現しようということでおっしゃっているように思うんですね。
 
鈴木:  そうですね。文化というものの違いがいっぱいありますけれども、しかし文化の違いを、もう一つ奥に突き抜けて、そして響き合う世界が宗教にはあるのではないか。そんな思いが切実に致しますですね。
 
金光:  そういうところにきますと、人間が生まれたり死んだりする、生き死にの問題というのが、やっぱり常識的に「生まれて死んでどっかへいって」なんていう意識の上で考えるものと違ったもっと深いところがあると言いますか、その辺の問題に繋がってくるんですね。
 
鈴木:  そう思いますね。仏教では、「生死(せいし)」と書いて、仏教読みで、「しょうじ」と読みますが、「生死去来(しょうじこらい)」、もしくは「去来(きょらい)」ですね。それから六道輪廻(ろくどうりんね)。生死というのは、生まれて死ぬということも当然意味しますけれども、「去来(きょらい)」というような言葉がついたら、それから単に「生死」と言っても、現実の喜びや、悲しみや、もがきや、あえぎや、ぐすりや、そういうゴチャゴチャになっている人間の、というより私の現実が生死古来の現実のあります。「六道輪廻」というのは、それがグルグル周りをしている。そこから脱出できない。でありますから、自分というものをはっきりする。このグチャグチャになってしまって、そこから脱出できない現生(げんなま)の俺というのは一体なんだということを見きわめていく。そういったことが仏教の大きい眼目の一つであります。でありますから、多くの方がそういうことを仰せにおわしますけれども、ここでは「生をあきらめ死をあきらむるは、仏家一大事の因縁なり」これは『正法眼蔵』諸悪莫作の巻にあります道元禅師さまのお言葉です。それからその次ぎにあるのは、
 
六道輪廻の間には、
ともなふ人もなかりけり。
(ひとり)むまれて独(ひとり)死す。
生死の道こそかなしけれ。
 
この言葉は、道元禅師がお隠れになってから、概ね五十二、三年の後にお隠れになった一遍上人(いっぺんしょうにん)という方の『百利口語(ひゃくりくご)』という長い詩の一番初めに出てくる言葉であります。「独生まれて」って「り」が抜けているような印象ですが、原文がああいうふうに書いてありますので、「独り生まれて」ということでありますが、「独り生まれて独り死す。生死の道こそ悲しけれ」その「生死」ということでありますけれども、今申し上げましたように、私どもの現実のあり方というのは、もがき、あえぎ、ぐずり、狼狽え、あるいは背比べ、かって「人生という名における戦場だ」という、戦いの場所だと。宗教というのは、その戦場から硝煙の消え果てたところが宗教のもつ世界ではないかと。そんなことを思ってみたことがあります。だけれども、人は生きている限り、どうもその背比べやら、もがきから、そのとりこなんですね。どうしようもない。自分ではどうしようもない。だけれども、自分がここに生かされている。「生きている」というのは、どういうのかというと、これね自分の意思や思想や観念で生きているわけではないんです。生かされているんですね。そういうことの深い気付き、それからそういう事実に対するうなずきというものが、宗教―仏法の世界には、昔から求められておるような気が致します。中国曹洞宗、日本曹洞宗、そこにございますように、「曹洞宗(そうとうしゅう)」という字が出てまいります。「そうどう」と濁らないで、「そうとう」と澄んで読むのが読み癖でありますが、中国曹洞宗と日本曹洞宗は、少し違いますので、説明を要しましょうが、今その時間ではございませんで、いずれにしても曹洞宗という名前のもとになった方が洞山(とうざん)という方です。江西省の方でありますが、その洞山良价(とうざんりょうかい)(中国の唐代の禅僧:807-869)という、九世紀の方でありますけれども、その方に、『玄中銘(げんちゅうめい)』という作品があります。その作品一番最後にこういう短い言葉がございます。
 
胡笳曲子(胡笳(こけ)の曲子(きょくす)は)
不堕五音(五音(ごおん)に堕(だ)せず)
韻出青霄(韻(いん)は青霄(せいしょう)より出(い)ず)
任君吹唱(君が吹唱(すいしょう)するに任(まか)す)
 
「五音」とうのは、中国でいう「ドレミファ」です。そこに書いてありますように、「宮(きゅう)・商(しょう)・角(かく)・徴(ちょう)・羽(う)」こういう位取りがあったようでありますが、その枠には填らないと、こう言うんであります。
 
金光:  それも現代風にお考えになっていらっしゃるようで、
 
鈴木:  これをよせばいいのに、「胡笳」の「胡」というのは、唐の時代に中国の西の国境を越えた向こうの国のことを「胡」と言ったようです。いろんな見方がありましょうけども、ここではそういう。「胡笳」というのは、胡の国で使われた笛のことらしいですね。葦(あし)の葉っぱで作った笛だと言うんですが、葦笛です。胡の国の楽器で葦笛です。その葦笛で吹いた曲―「子」というのは助詞で意味がありませんで―曲は、枠に填らないというんですね。「韻」は、青空の向こうからやってくるという。それをちょっと私なりに言い換えてみました。「胡笳」というのは、「胡」というのは、達磨さんのことを表現することがあります。胡の僧―胡僧と言って、もとの意味は洞山大師の意味は、「達磨の仏法の真実は」というようなことでありましょうが、達磨さんの仏法のことを「胡笳の曲子」とこう言ったんでありましょうけども、これをちょっと言い方を変えて、
 
まことの曲は楽譜にゃ載らぬ
音は雲居の彼方から
あなた次第で曲になる
 
こういうふうに言い換えてみたんです。私が吹き間違えると曲にはならないと、私のピアノみたいなもので、音はするけど曲にはならん。
 
金光:  達磨さんの教えというのも、あなた次第で本当に生きた仏法にもなるし、
 
鈴木:  そうです。宗教というのは、私ども徹頭徹尾個の問題。「個」というのは、独りですね。独り生まれて独り死すという、あの独りです。どうも代理が利かない世界ですね。
 
金光:  あなた次第というと、本人の問題です、ということですね。
 
鈴木:  そうです。これ読みようによっては、「あなた」というのは、「達磨さん」を意味するのか、意識するのか、というふうな言い方もできるんですね。達磨さんの説法のままよ、という教えのままに生きる。
 
金光:  生きられればいいわけですね。
 
鈴木:  だけども、それでは他人事になってしまって、私のことにならない。でありますから、ここで「君が」というのは、「私のことだ」と。「親鸞一人がためなりけり」というふうな言葉がありますけれども、私に洞山和尚が言ってくださったのだ、と。
 
金光:  「君」というのは、「あなたのこと、自分のこと」、
 
鈴木:  そうです。そういうふうにこれを受け取ってみたいんですね。だからあなた次第で、私次第で、それが真になるかならないか。真になるように生きていきたいと願うばかりでありますけれども、そういう意味合いにこれを読んで受け取ってみたことであります。
 
金光:  その洞山さんは、やっぱりその辺のところを何とか伝えたいと思っていろんな表現をなさっていらっしゃるわけですね。
 
鈴木:  はい。洞山和尚のお作りになった『宝鏡三昧(ほうきょうざんまい)』という歌があるんでありますけれども、その歌の中に、
 
木人方歌(木人(ぼくじん)まさに歌い)
石女起舞(石女(せきじょ)(た)って舞う)
(宝鏡三昧)
 
という言葉があるんです。木で作った人が歌を歌うんです。
 
金光:  人形になる。木彫りの人間ということですね。
 
鈴木:  それから石で作った女の方が、舞を舞うというんです。
 
金光:  女性の石女が起って舞うと。
 
鈴木:  そうです。これは、先ほどの暗夜と同じで、私のはからいの尽きた世界をこういう言葉で表現したんじゃないでしょうかね。
 
金光:  常識的には考えられないことですね。
 
鈴木:  常識的には言えない。それを「木馬嘶(もくばいななく)」という表現があったり、それから「無孔笛」というんでありますが、孔のない笛。私ね孔のない笛というのを、こう指を当てて息が出てくるあの孔がないのかというふうに初め考えたんですが、いや、待てよ。吹く息を、息入れる孔もない。ですから箸にも棒にもかからないというか、箸か棒を吹くんだぞ。そんな笛があるでしょうか。これも人間の小賢しい知恵、分別、はからいと言ったようなものでは、人間の目盛りが通用しないですね。
 
金光:  まさに弦のない琴を奏でるというのと同じところですね。
 
鈴木:  はい。真(まこと)―真実というふうに了解してみたいんでありますが、それを廬山の橋にもありましたので、これを中国北宋の文人でもあり、知事でもあり、政治家でもありました、蘇東坡(そとうば)という方が、ある時廬山に行った。そうしたら東林寺の常総(じょうそう)という和尚から、感情をもっていないものでも真実を説くことができるのか、法を説くことができるのかという問題を与えられて詰まっちゃったんです。一晩東林寺へ泊まったらしいですね。一晩中谷川の音が聞こえてきた。その谷川の声をきっかけに聞いていて、蘇東坡は道を得た。それで詩を創った。そこにありますように、
 
渓聲便是廣長舌(渓聲(けいせい)は便(すなわ)ち是(こ)れ廣長舌(こうちょうぜつ)
山色無非清浄身(山色(さんしょく)清浄身(しょうじょうしん)に非(あら)ざるは無し)
夜来八萬四千偈(夜来(やらい)八萬四千の偈(げ)
他日如何挙示人(他日(たじつ)如何(いか)に人に挙示せん)
 
「山色豈非清浄身(山色豈(あ)に清浄身に非ざらんや)」という表現もありますが、ここでは『正法眼蔵』渓声山色の巻の引用であります。
蘇東坡は廬山の東林寺に泊まって、そして谷川の声を聴いた。「廣長舌」というのは、お釈迦様がだんだん神格化されていって、そして仏法の真実を滞りなく、自由にあまるところなく、欠けるところなく、お話をすることができるという、そういう仏様の特徴を表現した言葉の一つであります。いろいろな特徴があります。三十二相八十種なんていって百いくつかの特徴があるんでありますが、その中の一つに、「廣長舌」という仏法、宗教の真実を自由自在に滞りなく表現し、物語るということのできるということの譬えでありますが、谷川の声が真実の説法の声だ、というんですね。
 
金光:  釈尊とかブッダとか、そういうことではないんですね。渓声―谷川の声ですね。
 
鈴木:  谷川の声です。山の色は神の御姿だ、全部。その夜来響いていた谷川の音は、それは無限の真実の声だ。「八萬四千」というのは、数ではなくて、限りなくたくさんの無限のと言ってよろしいと思うんですが、無限の真実の歌声だ。それをいつの日か、どのように人に語り伝えたものかという、こういうふうな、ざっと言えばそういう意味でよろしかろうと思いますんでありますが、それを「偈」というのは詩のことです。こういう立場に立ちますというと、何もかもが真実の表現ということになりますですね。だから鶏の声を聞いて、道を得た人もおりますし、蘇東坡は谷川の声を聞いて、道を得た。いろいろなものを見ても、私どもは愚かに出来ていますので、見ても見えなくて通り過ぎてしまう。聞いてもそれが聞こえないで、そしてやり過ごしてしまう。そういうことを、「耳聾(じろう)の漢(かん)」というような言葉で表現なさったに違いないですね。良寛の詩をもう一度ご覧頂きたい。「静夜」というのは、人間の葛藤―戦場に譬えられた呻き、もがき、ぐずり、そういったようなものが静まった世界、
 
金光:  先ほどの「暗夜」と言いますか、「真っ暗闇の世界」というのに通ずるわけですね。
 
鈴木:  そうです。信仰の聖なる暗夜です。神と自分とがくっついている、そういう継ぎ目なしの世界、これを「静夜」というふうに受け取ってよろしいんじゃないでしょうか。それから「独り」というのは、たった独りの世界、誰も代わりができないですね。そういうので、その自己存在の究極のところは独りでありますから、その意味で独り。「没弦の琴」というのは、真実を五音に出せない。型に填らない、悠久な彼の世界。「無限」というのは限りなくと書いて、無限の真実というものを、自分が奏でている。
 
金光:  そうすると、先ほどの暗夜の説明の時におっしゃったように、この時の独りは、自分が居て、他人が居て、というような独りではなくて、それで神様とぶっつ続きの独りという、そういうことにもなるわけでしょうか。
 
鈴木:  そうですね。たった独りで生き、たった独りで死んでいくほかはないですね。俺の代わりにちょっとものを食べてくれとか、ちょっと眠ってくれないかとか、そんなことはできないですね。ちょっと今結婚式の最中で、具合が悪いから私の代わりにおならしてというふうにはいかないですね。花嫁のなんとか五臓六腑を駆けめぐるという歌があるぐらいなもので、代わりができない。そういう独りです。その独りが、しかし神によって生かされている。神の事実に生かされているというふうにいってよろしいんじゃないでしょうかね。そのことを歌い上げていくんですね。それは先ほどの「渓聲(けいせい)は便(すなわ)ち是(こ)れ廣長舌(こうちょうぜつ) 山色(さんしょく)清浄身(しょうじょうしん)に非(あら)ざるは無し」というと、まだこう谷川の声を仏の説法の声と聞き、山の姿を神の御姿と見るといったような、ちょっと注釈が入るような気がしますけれども、ここでは良寛さんという方は、それを越えちゃったという感じが致しますね。調べは風雲に入って消えてしまう、絶えてしまう。良寛さんの私が消えちゃうんです。そこにあるのは風雲だけです。声は流水に和して深いんです。だから良寛さんは子どもと遊んで、子どものレベルに自分を落として、そして一緒に遊んだよ、ということではなくて、子どもになっちゃっている。成り切っているということなんですね。手まりをついて遊んでいる良寛さんもそのままのことですね。それを洋々として渓谷に盈ち―宇宙いっぱいです。颯々として山林を渡る風の声が、そのまま神、仏の説法の声。仏の説法というと余分なことなんですね。そのままなんです。ただそこにあるのは、風の音と谷川のせせらぎの音だけしかない。それで真実を表現しようとなさった。そこに非常に一つ突き抜けてしまった良寛という方の深い精神の世界、魂の世界というものを垣間見るような気が致しますですね。注釈が入らないところがありますね。
 
金光:  注釈が入るというのは、意識で掴まえたり、五官で掴まえたりということでしょうけども、そういう次元の話ではないんですよ、ということなんでしょうか。
 
鈴木:  まさにおっしゃる通りであります。でありますから、それがそのように受け取れるような心の魂を開く。そうでないと、その声が聞こえないという意味で、耳聾(じろう)の漢(かん)でなければ、その真実の声は聞けないと、こういう意味でありましょう。「希聲の声」というのは、字引を引くと「奇妙な声」だとか、「変な声だ」というような解釈が出ておりましたが、私は、「深甚微妙(しんじんみみょう)不可思議な声、幽魂(ゆうこん)の彼方から聞こえてくる。これは神の声、御仏の声だ。だけどそれを仏の声と聞くと説明になります。あるのは谷川の声と風の声でしかない。禅の言葉に―禅の言葉には限りませんかね―「松吹く風も説法度生(どしょう)の声」なんていう言葉がございますですね。松に風の音が立てて、颯々と音を奏でている。それが衆生を救う仏の説法の声だ、と言うんで、「松吹く風も説法度生の声」という言葉がありますけれども、この良寛さまの最後の言葉などは、まさに松吹く風を説法度生の声と聞いてくれるのは、その声をそういうふうに聞くに相応しい魂の響きがあったからだというふうに、これを言わざるを得ないんでしょう。
 
金光:  今のご説明を伺っていると、良寛さんが、非常にいつも黙想、坐禅なんかなさっていて、品行方正であるかと思ったら、一般の生活については、例えば戒語―戒めの言葉なんかも随分たくさん書いていらっしゃるんですね。何も自由自在、好き勝手なことをなさるのかと思うと、「言葉が多すぎることは止めよ」とか、「口が早過ぎるのは止めよ」とか、「差し出口」とか、「手柄話は止めよ」とか、いっぱい戒めの言葉を書いていらっしゃるというのと、今の非常に深甚微妙の声を聞いていらっしゃる生活、それが現実の世界では、「大袈裟なことを言ってはダメだ」とか、「気安く約束ばっかりしたらダメだ」とか、非常にその辺は道徳に合った世間の生活が非常にスムーズにいくようなところに随分配慮なさっていらっしゃるわけですね。
 
鈴木:  仰せの通りですね。時代の人間のあり方、魂、人の気持ちは荒廃しているということを言われるんですね。荒廃しているということを嘆いてみたり、それに対応する宗教の世界を批判してみたり、非常に厳しい眼差しが一方にありますですね。陶淵明もそういうところがありましたですね。陶淵明という方も死というものをずっと向こうの方に見届けている。そういうところがあって、そこから今度は世俗のことを批判をするといったような詩がいくつかありますですね。陶淵明という方も、死というものを見つめて、そこで現実の人間というものを歌い上げるというところがありました。
 
金光:  そうしますと、本当の人間にとっての自然というのは、したいことを勝手にすればいいというような、そういう次元での自然ということでは、自由ということではないんですね。
 
鈴木:  それはもう逆でしてね、むしろしたいことというのは、自分の気持ちに適うことがいいことで、本当で、それはエゴということですから、自分の気に入らなければ間違いでダメで、嫌なことだと。逃げたり、追い掛けたりという、まさに生死古来流転輪廻、
 
金光:  六道輪廻のもとになることですね。
 
鈴木:  もとはそうです。自分の気にいることをやるわけですからね。だから真実というものはみな好きですけれども、真実に生きるということをみんな惚れ惚れと聞くんですが、これは辛いことです。坐禅をしてもなんか欲しがる坐禅があったり、念仏を言っても助かりたい念仏がありますからね。あれもう宝蔵菩薩が往生して阿弥陀様になられたんだから、衆生済度されているわけですから、私は助けられている。だからこれ以上助けてもらう必要はないという考え方を、私はもつんですけども、それでも助かりたい私というものが、どっかで顔を出して、そしてもの欲しい私を唆(そそのか)すんです。
 
金光:  そこのところは、先ほどの「希声の音」と言いますか、深甚微妙の声が聞こえる時には、ぐずったり、欲しがったりしなくてもいい世界があるんじゃありませんかということを訴えているわけでしょうか。
 
鈴木:  ところがぐずらずに生きられないですね。
 
金光:  そうですね。
 
鈴木:  そのものでありますからね。颯々の風、洋々の谷川、これは呻きやぐずりの声だ。その現実は現生の私というのを取り外さないで大事にしていくということが、これがこの歌のもっと大事なところじゃないか。
 
金光:  別世界に行ってしまうんじゃなくて、そこにいながら、そこの泥のまま、もっと広い世界にも眼が開き、耳が聞こえるようになると、そういう世界が仏法の世界ということでございましょうか。どうも有難うございました。
 
     これは、平成九年十月五日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである