仏の世界を生きる
 
                安楽菴主 村 上(むらかみ)  光 照(こうしょう)
昭和十二年高松生まれ。京都大学大学院で湯川秀樹博士の指導を受け、原子物理学を研究。澤木興道老師により得度を受ける。長い間寺を持たず、托鉢と日本各地とヨーロッパでの坐禅指導により日々を過ごしている。
                き き て 金 光  寿 郎
 
ナレーター:  伊豆半島の南西部にある静岡県松崎町。山林面積が六割を越えるという町です。今から一二○○年ほど前、唐に渡る前の弘法大師空海(くうかい)(平安時代初期の僧。真言宗の開祖:774-835)が、ここで修行していたと言われています。空海は、役行者(えんのぎょうじゃ)や行基(ぎょうき)菩薩が歩いた跡を追うように、各地を廻ったと言われ、今もこの辺り伊豆の山々にも、空海が開いたという寺が数多く残っています。ここは標高五五○メートルの不便な山の上、真言密教の寺から禅寺に変わったという歴史をもつ寺です。参道では、村人たちが一体一体背負って運んだという仏像が、訪れる人を迎えてくれます。弘法杉に守られるように建つ大師堂。今日は、ここに禅僧の村上光照さんをお訪ねします。村上さんは、昭和十二年神奈川県のお生まれ、名古屋大学、京都大学で原子物理学を学んでいましたが、近代の傑僧澤木興道(さわきこうどう)老師との運命的な出会いがあり、三十六歳で研究者から一転して出家者の道へ進まれました。その後海外にも出掛けて澤木老師から受け継いだ仏教の本質を伝える活動を続けて来られました。村上さんから仏の世界の広さについて伺います。
 

 
金光:  ここは伊豆半島の山の中、静岡県の松崎町にあります弘法大師縁(ゆかり)のお寺でございます。そこへお邪魔して、村上さんのお話を聞かせて頂くということで、お邪魔しているわけでございますが、今、須弥壇(しゅみだん)の前でお話を伺おうとしているわけでございますが、ここの須弥壇で目につくのは、他のお寺さんとはちょっと違うのが、一番須弥壇の正面の手前のところに、托鉢の鉢(はつ)と布を畳んだような衣だろうと思うんですが、その上に鉢が載っているのは非常に珍しいんですけれども、これはどういう意味があるんでございましょうか。
 
村上:  私どもが、法を伝えることを、「衣鉢(えはつ)―衣と鉢を伝える」というんです。上に載っているのが「鉢(はつ)」、それから下にあるのが「衣(え)」と言って、「お袈裟(けさ)」と言います。袈裟を畳んで、この二つを師匠から弟子へ、師匠から弟子へと、私で八十七代目間違わず伝えてきたものです。釈迦族というのは、とても水田を尊ぶ。そのお釈迦さまのお弟子の阿難(あなん)(アーナンダ)尊者が、水田という―釈迦族の神様なんですけど―その形にお袈裟というものを決められて、そしてご飯も、これとっても神聖なもので、私たちは托鉢(たくはつ)と言って、ご飯を頂くんですが、こう蓮の形ですね、この二本の指を使わないんです。三つの清らかな指で、こう花が開くように、お花の蓮華の花の形して、ここへ鉢を頂いて、ご飯を捧げて、これご飯そのものが神様なんです。我々は神様に護られて修行させて頂くというんで。お釈迦さままでに人のお姿ではもうとても表現できないので、それで衣と鉢をお釈迦様として礼拝し、一番神聖な仏法の聖髄(せいずい)と言いますかね、「皮、肉、骨、髄」、その髄のエッセンス、これが二千五百年間違わず、鑑真和上(がんじんわじょう)さまという方が、日本へ伝来なさる時もこのお袈裟を正確に、もの凄いきちっと、阿難尊者の当時のまま伝えているのが下のお袈裟で、この色はインドの松のヒマラヤ杉みたいな色、これ青黒色(せいこくしょく)のお袈裟で、それで上は応量器(おうりょうき)というんですけどね、「鉢(はつ)」と言うんです。「衣」と「鉢」と言うんですけどね、これを間違わずきちっと伝えることを「法を伝える」と言って、師匠から弟子へ、「衣鉢を伝える」という。これは、髄の髄―聖髄ですから、これだけはもう寸分の間違いもないように伝えてきたわけです。
 

 
ナレーター:  出家者が纏うお袈裟は、お釈迦様の一族が大切にした水田を象(かたど)ったものです。長方形の布を表裏(おもてうら)縫い合わせて作られます。このお袈裟には、二五○枚もの布が使われています。
 

 
村上:  これ裏から見ると、一針一針返していった様(さま)がよく出ているんです。こんなに綺麗に縫えたらもう。表はこういう糸目出すでしょう。裏はこう返すから斜めになる。これを返し針―「却刺(きゃくし)」というんですが、一針一針が修行で縫うんですからね。気の遠くなるような、ほんとに根気を詰めて、坐禅と同じでね。我々は仏さんの世界は、解脱(げだつ)、無為(むい)。「解脱」と言ったって、何が何やら、何が尊いんだか。神様が尊いというのは誰でもわかるから、神様・仏様の尊さはわかるんで、神様は―川に譬えたらこちら岸にいてくださって、私たちの病気の心配や所帯の心配があるもんから護ってくださる、これ全部神様のお仕事。仏法を何よりも護ってくださり、仏さんにお願いして、「仏法を説いてください。そうしないと私たちの子どもたち、あらゆる生き物や人類がみな不良化したりするんで、どうか法を説いてください」とお願いした。私たちは、その尊い神様やそういうものに護られて修行する。そしてそれがお釈迦様のお心だから、ここにお釈迦さまのお力が籠もっている。仏さんの世界は、涅槃の世界ね、そこへ入ると無為になる。それを護ってくださるのがお袈裟。それに包まれて修行する。
 
金光:  「法」と言いますと、お釈迦様が、お亡くなりになるちょっと前に、阿難尊者が、「お釈迦様が亡くなられた後、私たちはどうすればいいんでしょうか」と言われた時に、「自分に帰依しなさい(自帰依自灯明)。法に帰依しなさい(法帰依法灯明)」と、お釈迦様のおっしゃった法が伝わってきているということなんでございますが、ところがその法というのは、人間の頭で掴まえようと思っても、見えもしませんし、どうすればいいのか、というのが、途方にくれるところなんですけれども、その伝わってきた法というのは、どういう形で修行なさって伝えてこられたんでございましょうか。
 
村上:  これ人類というもの、ホモ・サピエンス(homo sapiens:人類・人間・知性をもった人間)と言いまして、非常に頭脳が発達し過ぎて、これは大いに邪魔をしまして、仏様が見えないもんだから、要領は先ず「止める」ということから始める。一切自分が大事にしていた一生懸けて作った価値観も、自分の一番大事にしていた人生観も、一回全部捨てて、真っ新(まっさら)になって、人間の世界を抜け出してから、仏さんの世界に入ったら、〈はぁ、こういうことか〉と言って―頭でわかるんじゃないんです。これは仏さんの方がこっちへ入って来てくださる。先ず「止める」これが坐禅なんです。
 
金光:  今、「仏様の方から人間の方に教えてくださる」というか、人間の考えをストップしている時の方でないと、人間があれこれ考えた世界では、仏様の世界というのは、これでわかったと思うのは、どうも人間が勝手に作り上げている思い込みの世界のようでございますが、アメリカの方など坐禅の修行をなさっている方のお話を伺うと、非常に熱心な人たちだけれども、とにかく悟りを求めたい。悟りたいということで、来る方が非常に多いとか聞いているんですが、村上さんも、数年前まではドイツの方で、向こうの方のご指導なさっていらっしゃったようですけれども、向こうのヨーロッパの方たちの仏法に対する姿勢、求め方、これはどういうものでございますか。
 
村上:  あの方たちにとって一番大事なのは、霊魂の問題。キリスト教は「霊魂不滅」と言うんです。私が、「日本では、学校で宗教教えない」と言ったら、「えっ! 本当ですか。まさか?」言うんです。「どこで教えるんですか?」って。生まれている間、五十年か百年短いでしょう。亡くなってから永遠。私ら「後生(ごしょう)の大事」とか、「末期の永遠の問題」。昔、讃岐(さぬき)の庄松(しょうまつ)(浄土真宗の信仰に生きた市井の人で、その言行から妙好人として著名である:1799-1871)という方が、あの人凄い人で、本山へ行ったら、「おい! 兄貴、お前後生の大事大丈夫か」と言ったら、周りの人ビックリして、「庄松、お前、なんていうことを言うんだ」と。そうしたら後で「お呼びじゃ」「庄松、それみろ、叱られるぞ」って。そうしたら「よう言ってくれた」とご門主が言われ、兄弟の契りで結ばれたという。
 
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(参考「庄松の話のあらすじ」)
庄松が初めてご本山の興正寺へ五、六人の同行と参詣し、御剃髪(帰敬式)を受けられた時の事です。興正寺のご門主が次々と剃刀を人々の頭上にあてられ、庄松の頭上を終えて次へ移ろうとされた時、庄松はご門主の緋の衣の袖を引きとめ「アニキ覚悟はよいか」と言いました。
式が終わって、ご門主は「いま我が法衣を引っ張った同行をここへ呼べ」と取り次ぎ役に命ぜられました。その方が大勢の同行の前で「いま、ご門主さまの法衣を引っ張った同行はどこに居るか。御前へ出られよとの仰せじゃ」といわれたのです。
それを聞いて連れの同行たちは色を失い、これは大変なことになった、こんなことなら連れて来るのではなかったと後悔しました。そして、この者は一文、二文の銭勘定も出来ぬ愚か者でございます、ご無礼の段どうぞお慈悲でお許しをと謝りました。
取り次ぎの方は「そうか!」と、言われたままをご門主へお伝えしましたところ、「それはどうでもよい、一度ここへ連れてまいれ」と、また命ぜられ、とうとうご門主の前に連れて行かれました。
ご門主に「それで後生の覚悟はよいか」といわれ、「それは阿弥陀さまに聞いたら早うわかる。我の仕事じゃなし、我に聞いたとてわかるものか」と庄松さん。ご門主はその答えを聞いて満足され、「弥陀をたのむというもそれより外はない、多くは我が機をたのみてならぬ、おまえは正直な男じゃ、今日は兄弟の杯をするぞよ」と大変お喜びになられたということです。
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宗教というのは、その後生の大事。「お前、死んだ後、死んだ世界なんてどうも作り話だと思ったら、やってみたら違う。頭で解るんじゃないです。これね心より深い心ってね、私ら大脳皮質辺縁系(だいのうひしつへんえんけい)というのがあるけど、私ら熱いとパッと手を引くのは、あれ頭で考えて引っ込めているんじゃないですよ。今日は心臓が一分間に何遍打つか。今美味い物食ったから消化酵素をどのくらい出すか。頭で考えて、心臓が動いたり、呼吸しておったら死んじゃいますがな。今日は糖分摂ったらインシュリンホルモン精々作る。そんなのはね、身体が凄い智慧で作っているのよ。腸の中では、こういうものを食べたから、あ、これは吸収せないかんと、腹で考えよ、というけどね、それは言葉にならん言葉でしょう。それを「真(まこと)」というんですが、それは見事な体系、これ神様から頂いた。汚い話ですが、おしっこする場所―必ず蝶が、水分とアンモニアの補給にくるんです。いろんな蝶が来ますが、なんか羽の大きい、「お前も蝶に生まれたか」と話しかけてやって、庄松が「ナムアミダブツ(南無阿弥陀仏)」と、静かに十回称えると、こう羽を下にゆっくりおろして聞いているのかどうかしらん。ピーッと静かにして、終わるとパタパタと嬉しそうにはしゃぐようにして、ヒュッと飛んで、俺に頬ずりしてクルクルと舞って行く。何だろうかなと思ってね。あれは多分繋がっているんですね、全部。人間はやっぱり神様に代わって地上に派遣されて、神の形の如く、それは愛ですよ。私、ちょっと托鉢に行って―托鉢本当はご飯貰うんだけど、今はお金くださる。お金を布施として。仏さんのとこには、だからおむすび・玄米で持って行っている。沼津の駅前の石碑に、井上靖(いのうえやすし)さんの詩が書いているの。あの人ね、沼津の人ですから。何の書いてあるのかと思ったら、
 
若し原子力より
大きい力を持つ
ものがあるとす
れば、それは愛
だ。愛の力以外
にはない。
    井上靖
 
と書いてある。面白い比較するなと。原子爆弾ほど強いものもって、こんなやっつける力があるかと言ったら、こっちは物理エネルギー、こっちは心のエネルギー―ちょっと変な言い方だけど―へぇ、文豪というのは凄い表現するな、と思ってね。
かつて日本の戦争を指導していた方が、犯罪者として裁かれて処刑。その時留置場で親鸞聖人さまの教えに出遇ってビックリして、「こんな尊い教えがあるのに、私は指導者として恥ずかしい」と。それから親鸞さまのお念仏を称えるようになって、「戦争というものは心によって起こると。心を正しく導くことが一番大事だと。この後の日本には必ず心の教育をしっかりしてください」というのを遺言で、処刑される時も大きくお念仏しながら嬉しそうに逝かれたそうです。そういう具合に、今日もシリア難民がトルコやブルガリアへ逃げて、それをまた入ること許されん。なんであんなことになるかと言ったら、心と心の争いですから、誤解とかなんか知らんけど。神様は、人は三十七億年かけてやっと人を完成して、ネアンデルタールまでは頭は大きいけど、また「あいうえお」を母音できなかったの。赤ちゃんでも十一ヶ月目ぐらいからグッと声が変わりますが、で、言葉で考えるんですが。何のためって、神の形如くだ。神様のことを、ここ伊豆の国―厳(いつ)の国って、神の国って、慈(いつく)し―尊いことを慈し。その神様の如き慈(いつく)しむと。私、ちょっと信州で世界宗教の報道を見ていた時に、素晴らしい女性―修道尼の方の祈りの姿と見た。我々で言う三昧(さんま)。これが(人間の考え)をやめた姿、神様の前に。ドイツへ行って、またビックリしたのは、我々の坐禅は雑然とした、向こうへ行くと敬虔なんです。雰囲気がもの凄い祈りの心。はぁ、朝の読経、一つにコーラスよ、祈りのね。まるでこういうのは遺伝子に入っているんでしょうね。祈りの雰囲気ですわ。私、その荘厳な音の響きの中へ酔ったように浸っておりました。何も教えることない。こっちが教わるんですよ。宗教伝統というのは、今の日本と比べてこれはとてもじゃないの。私ら如き小僧が行ってもしょうがないと思うけど、「まあ来てくださいよ」と言われるんで、これも「ご縁だもの」というんで十四年まいりました。で、七十歳になったんで、〈待てよ、この人たちにせめてこういうものをちゃんと伝えるように、リーダーだけを山奥のまたさらに山奥のそんなところへちょっとでっかい荒れ屋を見付けたから、今度あれを改造しようと思っているんですがね。三十人ぐらい、六年ぐらいしっかりとね。正確に二五○○年伝わっているのは、「応量器」と「お袈裟」「坐禅」、坐禅の間に歩く「経行(きんひん)」。「経」というのは「お経」と書くけど、「東経」「西経」というでしょう。その真っ直ぐな永遠の「スータラ」というんですが、「真理の糸筋」ということ。真っ直ぐに坐禅と坐禅の間に一足半歩。駝鳥(だちょう)が歩くようにちょっと内股ですね。「歩く坐禅」というんですがね。この経行(きんひん)は正確に伝わっています。「経行」と「坐禅」と「応量器」と「お袈裟」この四つしか伝わっていないの。だんだん時代とともに乱れるもんです。特に法が滅びる時のお経を読むと、「法が滅びる前に、お袈裟が乱れる」と書いている。「お袈裟を正しくすると、法が正しくなる」と。これ「衣法(えほう)」衣はお袈裟。お袈裟と法は一如と。「衣法一如(えほういちにょ)」って。そういうこともあって、私らは、仏様も肉体的にいらっしゃる、お袈裟を仏さんとしていつも頂くんです。『法滅尽経(ほうめつじんきょう)』というお経がございまして、その日はお釈迦様が輝きを失って、本当に阿難尊者どうされましたか。「私にはありありと、法が滅びる時の姿が今目の前に見えます」と。
 
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(参考『法滅尽経』(大安寺法話から)
私は、このように聞きました。ある時、世尊はクシナガラという所におられ、ちょうどお亡くなりになる前でありました。たくさんの修行僧たちと書き尽くせないほどの大衆が、世尊のもとにお集まりしていました。世尊は静かにしておられ、教えを説こうともせられず威光も現われず、ただ黙っておられました。賢者の阿難は、世尊に礼拝してお尋ねになりました。「世尊は、いつでも説法をお聞かせ下さり、いつもは威光が現われていらっしゃいます。こうして、大衆が集まりましたのに、今は光明も現われません。これには何か深い理由があると存じますが、どうぞ、その心をお聞かせ下さい」このように申し上げました。世尊は、阿難に次のようにおっしゃいました。「私が亡くなった後の事であるが、仏法が滅しようとする時、重罪を犯す者が多くなり、魔道が盛んになるであろう。魔類が僧侶の格好をして教団や仏教徒の中に入り込み、仏法を内から乱し破壊していくだろう。魔僧は、俗人の衣服を着て、袈裟も定められた以外の服を喜んで着るようになる。魔僧は酒を飲み、肉をむさぼり食らい、生き物を殺して美食を追求する。およそ慈悲心など全くなく、仏の弟子たる僧たち同士、お互いに憎んだり妬んだりする。そんな末法の世の中でも、まともな菩薩・聖者と呼ばれる人たち・尊敬に値する人たちが出現し、精進修行して徳を修めるであろう。世の中の人々は、皆、彼らを敬いあがめたてる。すべての人々を平等に教化し、貧しい人を哀れみ、老人を労い、頼るべき人がない者を救済し、災難に会った人を養うであろう。まともな菩薩らは、常に経・仏像をもって、人々に奉仕することの大切さを教え、仏さまを礼拝することを教える。菩薩は、多くの功徳を行い、その志と性質は仏法にかなっており、人に危害を加えない。自分の身を犠牲にしても人を救おうとし、忍耐強くて人にやさしい。もし、まじめに仏の教えを実践している人がいるとすれば、魔物の身代わりの僧たちが、皆、これを妬み、非難し、悪口を言う。そして、世間に彼の欠点をほじくり出して吹聴し、お寺から追い出す。菩薩の道を実践する僧たちが目の前からいなくなれば、魔の僧たちは寺を荒れ放題にしておくだろう。魔僧は、自分の財産や金銭をむさぼり貯える事ばかり努め、福徳など全然行わず、衆生を傷つけ、慈悲心など全くなく道徳などもない。彼らは淫乱な事をし、男女の区別なく悪業を働く。仏法が衰えていくのは、彼らの仕業である。徴兵や税金の取り立てから逃れる為に僧侶となることを求め、修行僧の格好をしていても実は修行なぞしていない。お経を習わず、例え読める人がいたとしても字句の意味も分からない。よく分かっていないのに有名になりたがり、他人から褒められようとし、智慧や徳もないのに容姿だけは堂々と歩いて見せ、人から供養される事ばかりを望む。こういう魔僧は、死後に無間地獄に落ちる。仏法が滅しようとする時、女人は精進して常に徳を積むが、男子は怠けて信心がない。仏法が滅ぶ時、天の神々はみな涙をこぼし、泣き悲しむ。作物という作物は実をつけなくなり、疫病が流行し、死んでいく者も多くなって人々は苦しむ。税金は重くなって、道理に合わない税のかけ方をする。悪人が海の砂の数より多くなり、善人は一人か二人になる。世界が最後になる寸前には、日月が短く、人の寿命も段々と短くなって四十歳で白髪になる。男子は淫乱にして、精も尽き若死にするようになり、長生きしても六十歳ぐらいであろう。女子の寿命は八・九十歳、あるいは百歳となる。時に、大水がにわかに起こり、富める者も卑しい者も水中に漂い魚の餌食となるであろう。菩薩や聖者たちは、魔僧たちに追い立てられ、福徳の地へ行く。菩薩や聖者たちは、しっかりと教えを守り、戒めを守り、それを楽しみとする。その人たちは寿命が延び、諸天が守って下さる。そして、世に月光菩薩が出て五十二年の間、仏法を興す。しかし、段々と滅っしていき、その文字を見ることも出来ないのだ。修行僧の袈裟の色も白に変じる。仏法が滅する時は、例えば油燈の灯が油のなくなる寸前、光が盛んになるのと同様である。これ以上は、説いて聞かせることが出来ない。その後、数千万年たってから、弥勒菩薩が下ってきて仏となる筈である」賢者阿難は、世尊に礼拝して、「このお経は何と名付けられますか」とお尋ねいたしました。世尊は、「阿難よ。この経の名は法滅尽経となす。誰にでも説いてよろしい。そうすれば、功徳は計り知れない」とおっしゃいました。世尊の説法を聞いた人たちは、皆、悲しみ沈みました。だからこそ、今のうちに無上の道を修めようと発心した。そして、皆、世尊を礼拝して退座していった。
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袈裟って「壊色(えじき)」というんですが、原色を使わないの。緑とか紫とか、赤、黄色、それから黒、白も本当はね。これは墨染めで染めるとこういう色になる。もっと濃くもなりますけど、黒ではない。これ壊色という。大木とか岩の古い色とか、自然に溶け込む。人工的な色ではない。ところがやはりお袈裟が原色になってきて、壊色じゃない。それで坊さんが位を求めたり、世俗化してしまう。お袈裟を正すと、忽ちに法が復活する。法とお袈裟は一つだから。「衣法一如」と言うんです。それほど尊いものともなんとも知らずに、ただ習慣にしていたら、道元禅師さまがちょっとそれを書いておられるんですね。僕ら、達磨(だるま)大師という方の法の流れなんですが、それがインドからこのお袈裟と鉢(はつ)を伝えてくださって、それを二祖の慧可(えか)から六祖慧能(えのう)までこの色のお袈裟を伝えていた。達磨(だるま)さんご自身は、この色のお袈裟。今、真っ赤なダルマさん多いですが、この色なの。「カーショ」という色ですよ。そういう具合に色はいろいろありますけど、必ず「壊色(えじき)」と言うんです。「壊(え)」というのは「こわす」というので「破壊する」。破壊の「壊」に「色」と書いて「えじき」と読むんです。それと反対に、けばけばしい目立つ人工的な色を「原色」というんです。ああいうものだと、森の中で我々修行するでしょう。そうすると動物や昆虫やらビックリして恐怖の念を抱くから、波動が合わないの。非常に排他的な色なんです。壊色(えじき)って溶け込む色なんですね。
 
金光:  やっぱり専門の出家のお坊さんの法の正しい伝わり方ということだと思うんですが、在家の人間にとっては、そこからどういうふうに関係が出てくるんでしょうか。
 
村上:  千利休(せんのりきゅう)の話してよろしいですか。電車に乗っていたら、「お坊さん、これ利休ねずみですね」という。あの人は壊色(えじき)しか使わなんです。茶人好みで簡素で。あの頃は日本中が里山だった。捨てたものしか使っていないの。捨てた家の柴戸とか、柱とか、それを茶室に使う。塗っている壁は油壁というんですけど、あれ水に強い。そういう茶室にしんみりとその中に入っていると安心感がでるでしょう。壊色に包まれると、まるで森に入っていると同じ気持ちになる。坐禅しなくてもね、そこへ入っただけで。ボストンに家屋博物館があります。もう信じられないほどの人が世界中から来ている。そこの館長さんが、しみじみと「日本家屋って不思議です」って。「何がですか?」と言ったら、「みんな遊び半分で先生に引率されて、小学生、中学生が来るでしょう。何にも先生言わんのに、日本家屋に入った途端、みんなきちんとお行儀がよくなるんですよ」って。昔の家は、大体自然色です。畳とかね。自然気持が落ち着くんかね。やはり誰だって人だから、ここにそういうような感応するものをもっているんです、特に子どもはね。そういうことをしみじみ言われました。環境が如何に心を変えるかということですね。お袈裟に包まれるということでもいいし、森に時々浸りに行くとかでもいいんです。ニューヨークにも日本庭園があると、精神を病む方が多いんですが、「自然に日本庭園に知らん間に行っている」と言っていますね。あのブルーノ・タウト(ドイツの東プロイセン・ケーニヒスベルク生まれの建築家:1880-1938)なんかでも日本庭園へ来たら自ずから涙が零れるという。それだけ恵まれた。アインシュタイン(ドイツ生まれのユダヤ人の理論物理学者:1879- 1955)という人凄いですね。日本に一回来た時に、松島のお月さん見せたら、アインシュタインなんか狼になって、「おぉ、月だ! おぉ、月だ!」って。日本の自然の美の真髄を見た。物理者だって、数学者だってね、頭がいいんじゃないの。要するに真理をパッと摘む力が強い。いや、物理学者に限らず、バッハ(18世紀のドイツで活躍した作曲家・音楽家である:1685-1750)なんかの曲もそう。あの人ね、ある時、奥さんが見て、「あっ!主人が突然死している」。真っ青で瞳孔開いている。もうキリストの死になり切っているんですね、作曲。教会カンタータなんて、まさに地上のもんじゃないですよ。こっちまでスーッと清められますもんね。こういうのを、澤木老師は、よく電波に譬えたんです。受信機で共振回路作るの。音声が鳴るとこっちが響くんですよ。このバリアブルコンデンサー (バリコン)て、共振回路のコンデンサーの容量を変えると、わぁっとアナウンサーの声がふっと入って、またザザザ・・言って、第二放送入っている。この共振回路が人間の中にもある。誰だって神さまの回路を持っている。そこへそういうふうにバッハの音楽だ、勝れた名画が来ると、それがスーッと振動し出す。自分の心もサァッとね、突然天上界みたいになっちゃうの。ベートーベン(ドイツの作曲家。音楽史上極めて偉大な作曲家の一人とされ、「楽聖」とも呼ばれる:1770-1827)の晩年の弦楽四重奏十二番を聞いた時は、大急ぎで楽譜ちょっと―僕はピアノ弾けんけど―これはどういう曲だろうと思って。ベートーベンは耳が聞こえんのですから、森ばっかり行って、森は非常に尊い声が聞こえる。そして聞こえたら走って帰ってパッと書き付けて、で、三日も四日も寝ていない、食ってないんです。出版局へ原稿くるでしょう。見たら速達がきて、何かと思ったら、音譜が一音入っている。「あの時の神様の声はこうじゃなかった、こうだった」と。それで最初のあの一音で全曲が変わりますがな。天才というのは、人間で人間でないところありますね。波動が一致する。
 
金光:  お話を伺っていますと、仏法というのは、修行が厳しいし、あるいは仏教自体は抹香臭いと思っているような人が多いかと思うんですが、お話を伺っていますと、まことに広い世界が縦横にお話が楽に出てくるので、〈あぁ、こういう世界かな〉と思って伺っているんですが、頭で考えることを止めて、仏様の世界で生きていくと、そういう広い世界が自然に見えてくると言いますか、感じられてくると言いますか、そういうことになるんでしょうか。
 
村上:  私らは、自信があり過ぎて、仏様を見下しているんですね。なんのことない。とにかく自分が一番偉い。人間が一番偉いと考えるが、しかし私らこんだけの幅ですよ、「人間(にんかん)」と言うんですがね。宇宙いっぱいと言ったら、あれ「人間(にんかん)」ですよ。ところがこっちは下に地獄がある。こっちは神様の世界がある。坐禅でこれ止めるでしょう。最初神様の世界が開け出すの。何でも見え方が変わって、話かけると答えてくれる。
宮沢賢治(1896-1933)さんなんか天才だけど、「自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する。この方向は古い聖者の踏みまた教えた道ではないか」(「農民芸術概論綱要序論」)って。人類ばっかりのあらゆる生き物、神様に預けられて、「人間よ、頼むよ」と。神様に代わって、「地上の生き物全部の楽園にしてくれ」というて頼まれているのに、そんなの忘れてね。そう言うんで、そこまでは順調に修行するうち、最後に「梵我一体(ぼんがいったい)」神様の心になってね、ここが難しいですけど。これだけは昆虫にも動物にもできない。だから人に慕ってきますわな、どんな生き物も。人は兄貴分で神様に代わって、神の形の如く慈しみの心、思いやりの心。親ですからね、全部。私、あの子が好きだから愛しています。あれは性愛で、嫌いな人は愛していませんよね。汝の敵を愛せよ、と言うんですよ。憎い人、憎い子なんか一人もおらせんわい。考えが変わると、その時に透き通ったような世界にガボッと入る。もう神経も心も全部、あっちが痛いと言ったら、私が痛いんだ。宮沢賢治さんて、四つ五つの時にね、泥でズルッと転んだ子どもが鉄の輪にひかれて、こんなになった。その泥を自分の口に突っ込んだという。宮沢賢治さん、あれちょっと生まれ変わりだ。相手の痛みが自分のものとして「痛かろう、痛かろう」と言ってね。ちょっと弘法大師の子どもの時、そういうところありますね。しかしそういう時々出て下さるんだけどね。我々は、鈍才中の鈍才だけど、でもそちらぐらいの坐禅は、そっから慈悲心とか、それは神様のお心そのものですけど、神は愛とかいうけど、慈しの心です。そういう慈しの心があれば、今やっている戦争なんかあるわけないわ。戦争する人間は大犯罪だよ、うちから見たら。仏法―「法」というのは、「ダルマ」というんですが、あるいは「ダンマ」というんですが、「あり方、存在、仏様のお姿、仏様のなさり方、仏様の表現のできない人の知恵では、その貴さ、あり方、なさり方、坐禅のなさり方、経行のなさり方、お袈裟の縫い方、これの仕方、全部仏さんの通りに真似るんです。波動がパッと入ってきて、自分は消えるの。ところが最後なんか「業識(ごっしき)」と言うんです。これね頑張ろうと思ったら、それも業(ごう)。善いことしようと思ったら、善い業(ごう)、業(ごう)から抜けれんのや、人間の力で。これは鉄壁よ。自分の力で叩き壊そうと思ったら、これも業(ごう)。八方ふさがりよ。澤木老師は、坐禅をしている仏と。そんな簡単に仏になれる筈がない。みんな努力して、努力しただけの成果があるもの。お念仏したら極楽往生、お袈裟掛けたらそれで成仏。そうしたら「ただわが身をも心をもはなちわすれて」自分の身体はあることも忘れて、ただ坐禅。仏さんの行いだけ。仏さんは、業(ごう)つくったら、また輪廻するんだから。仏さん解脱していったら、仏さんの行いは業をつくらない。善いことも悪いこともない。無為というの。為さずという。為したら業つくる。これは何にもしていない。仏さんだけだ。そういうので仏さんの行いすることも、人の行い一切していないでしょう。仏さんの行いだけ。これが不徹底なの。投げ入れたつもりで恰好だけで。これは「わが身をも心をもはなちわすれて」これ「身心脱落(しんじんだつらく)」というんですがね。「仏のいへ(家)になげいれて」―投げ入れんで、まだ尻尾残っているというんですがな。不徹底なの。これでいいかしら、いいかしら。澤木老師が、よく「なこかい、とぼかい、なこかい、とぼかい、なくよりひっとべ」という。驀直(まくじき)に飛び込めというんだが。入ったら観念して命も投げ出したら、スカッと大きな命へ行かれるんや。「大死一番」という。それは自分がそうかいなんて頭で思わせんわ。なんともかんとも解脱の世界ですから、自分とは違う。仏さんの世界でしょう。こんなちっちゃい身体でも、坐禅した途端に仏さんのチャンネルだから。それは感覚なんかではなんとも思わん。「無事」というんですがね。何事もなきぞ、という。それで「仏のかたよりおこなわれて、これにしたがいもてゆくとき、ちからをいれず、こころをもついやさず、 生死をはなれ、仏となる」という。自分の力で仏になる、と思っておったら、そうじゃない。仏さんの方から来てくださる。はぁ、道元禅師さまはわかり易く、我々のために説いてくださるなと思う。私らは、ただ自分では悟ったとも何とも思わんですけどね、師匠が礼拝してくださるの。しかも五体投地で。どっからでも。その真剣な礼拝。仏さまを拝むんだから。私が、慈光院(じこういん)という大徳寺系の奈良のお寺へ行ったら、その老師さん、大徳寺の偉い方が、私だけ奥へ連れて行ってくださってね、丁寧にいろいろお話くださって、「大悟徹底(だいごてってい)」というけどね、私、そんなつもりないけど、臨済宗でも特に大事にする。一目でなんか見てくださるのかな。梶谷宗忍(かじやそうにん)老師もそうだったな。私ら何にも見えんけどね。ただこんなこと起こる筈ないの、こんなこと何故な。「奇跡」いうんですけどね。キリスト教でよく「奇跡」と言いますが、とにかく仏の世界のものは人間の世界ではあり得ないことが、実際宗教体験だと思うけど、それに拘ったら邪道ですけどね。強欲の人が奇跡を起こして得してやろうかと。これじゃあかん。なんか迷信に陥るんです。その聖髄がこの「衣鉢」としてここに凝縮しています。そういう世界にどういうわけか幸い導かれたんです。私は勿論何もないんです。ただ仏様に任しておくだけ。無責任です。それだけど、大安だ、大安楽。「安心(あんじん)」とも言いますね。
 
金光:  ただそういうお話を聞いても、じゃどうすればいいのか、なんて、すぐ考えるんですが、「仏のかたより行われて」というのは、仏さんの世界がわからないものは、そこの世界で生きている方のなさること、おっしゃることを聞きながら生活していくのが、まず第一歩ということになるわけでございましょうか。
 
村上:  先ずいいのは、お袈裟をどっからでもいい。見たつもりでなくてもいい。お袈裟に触るとか、お袈裟のお姿を見る。これは業識(ごっしき)は求めています。昆虫でも。だから魂が変わり始める。仏縁がつくと、次に生まれ変わると必ず人に生まれる。次に生まれると、仏さんに会いますんで。お袈裟とか、托鉢とか、お坊さんの尊いなという気持を起こさなくってもいい。業というのは、気持じゃない。
 
金光:  気持じゃないですか。
 
村上:  気持はまだ浅いんです。気持とか頭の自我の世界。それでなくて、自分がどうあろうとも、仏さんの方から、お袈裟を触れる、拝む。南方のお坊さん方は凄いと思うの。バスでも何でも女の人にお袈裟に触らさんとあかんけどね。男の人が護っているがね。雨宿りして、「今日お坊さんのお袈裟に触った」と言ったら、一日嬉しいですよ、向こうの人は。素晴らしいな、あっちの信者さんとお坊さんの関係がね。我々は、こちらが恥ずかしいだろうけど、行いがふしだらで、坊さんらしからんところ多々ありますんでね。それはちょっとお坊さんがしっかりせにゃ。偉いお坊さんが、網走の刑務所へ行ってね、もう刑務所へ行っている時間がないのに、「いや、三分でいい」と言うんです。みんな聞く気ない。背中向けて、なんか双六でもしている。先ず、ハラハラと涙流して、坐って、「儂が悪かった! お前たちをこんなところへ入れたのは、俺の修行がまだ足らんからだ!」と言ってね。みな唖然としてね。全員が涙ポロポロで、老師さんの後を付いて来て、一遍で変わった、と言うんですよ、涙で。良寛さまもそうですよ。道楽息子がなおった話。僕が尊敬する先輩が、『良寛の涙』という本を送ってくださった。一週間与(あずか)ってくれたって、何にもお話でけんの。もう帰りの日、「ちょっと草鞋結んでおくれ」と言って。それで結んでいたら、ぽちっと良寛熱い涙。ジーンとしてね。それから全然道楽どころか、お父さんやお母さんを喜ばす人間に変わった。
 
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(参考「良寛さんの涙」のおおすじ)
良寛さんには、馬之助という甥がいました。良寛さんの生家に住んでいましたが、放蕩に身をもちくずして、だれがどう意見してもおさまりません。周囲の人は「良寛さんなら、なんとかなおしてくれるだろう」と、頼みにいきました。良寛さんは、久しぶりに実家に帰り三日間泊まりました。しかし、その三日のあいだ、意見らしいことは少しもいわずに日を過ごしたのです。そうして三日が過ぎて、さて帰りましょうというので、わらじをはこうとしました。ところが、ひもがうまく結べません。良寛さんはそばにいた馬之助に、「おまえ結んでくれないか」と頼みました。馬之助は「やれやれ、何もいわれずにすんだ」と、ほっとして良寛さんのわらじのひもを結ぶ。と、その手の甲にポタリと一滴の涙が落ちてきました。驚いて見あげると、良寛さんの目いっぱいに涙がたまって、それがあふれ、ほおを伝わり落ちてきたのです。その日から、馬之助はぷっつりと放蕩をやめてしまったということです。
 
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口で言うんじゃない。頭にくるんじゃない。直撃ですわ。そういう世界があるんだということ、チラッと垣間見る程度ですわ、私らは。こういうところでまた恥曝すんかも知れんですけど、このお袈裟を拝んで頂けたら、見た方に業識がスーッと仏さんの方に向いていくな、と思ってね。私のせいじゃない。仏様に委ねますけどね。誰かいずれのところにか滞らん。「滞る」って、躊躇するんじゃない。仏さん、これ待っていました。もう一億年まってしました、というんで、ピュッと飛び付いてくると言うんですがな。そこまで意識がついていっていなくても、魂はいきます。根っ子が地面の底だから見えませんよ。それから根が変わると、幹が変わる。幹が変わると、枝葉が変わる。そうすると、「妙観察知(みょうかんさつち)」と言って、いろんな判断が不思議に正しく正しく。「定所作智(じょうしょさっち)」と言ってね、指の動き一つまで、素晴らしい方だな。お子たちまでみんなが慕ってくる。人間ばかりじゃないですよ。ネズミでも、ゴキブリでも、蟻でも、蝶々でも、鳥でも肩にとまり出す。僕らのとこのネズミ賤しいんですがな。私、茶碗まだ突っついているのに、ここからこれまで上がって、口へ舐(ねぶ)るんです。かなわん。たまにはちょっと待っといてと言いながら。子ネズミ最近来ないな。どっかへ来ていると思うけど。代わりに最近ゴキブリ―うちのゴキブリ臭くないけどね、あれ油物食わせていたらダメ。一回ゴキブリになめさしておくとツルツルになる。それを軽くして、油川へ流さんです。皿洗い、食器洗いは、あらかた彼らがやるの。蟻んこは最近そう出てこんが、五日でも一週間でも、死んでいるのかと思ったら、まだ嘗めているかって。蟻は砂糖が好きだと思ったら、油物好きですね。石鹸使わんでいいから助かります。僕ら共生でしてね。
 
金光:  一緒に生きていらっしゃる。でも、これもお話聞いて、じゃ、自分もああいうようにしてみようとか、思ったんじゃダメでしょうね。
 
村上:  お念仏が一番いいと思います、普通の方はね。私もそうつとめる。亡くなる間際の方に、お念仏入れてあげるの。「これから坐禅しなさい」とは言えない。「阿弥陀(あみだ)」って、ただの音ですわ。梁瀬義亮(やなせぎりょう)(昭和27年奈良県五条市で開業。農薬の害をうったえ,有機農業の研究,実践をすすめ、35年「健康を守る会」(慈光会の前身)を結成。有吉佐和子の「複合汚染」に紹介された:1920−1993)先生という素晴らしい方にお出会わせた。フィリッピン戦線でこんな小さな身体に痩せて。あの方の話はもうあったまんま話されるんで、凄い。お父さまはまた偉いお坊さんでしたけどね。これは道元禅師さまの在家版だな、と思って。親鸞さまは、道元禅師さまにお会いしているの。そして、道元禅師は、「それでよろしい」と証明の払子(ほっす)を渡しておられる。宗旨が違うから仏さんの教えが違うなんていうこと絶対ない。親鸞さまは、ああいう在家の立場で「こうありなさい」という模範を示した。親鸞さまのお袈裟が、また凄い。道元禅師さまの通り。法然さまのお袈裟、あの方ちっちゃい身体で、何度も使われて汗まみれで、何遍も繕っています。聖武天皇さまのお袈裟もね。こうやってお袈裟が護られていた時代が、勿体ないな、だんだん乱れてきますからね。どっかで一人でも二人でもお袈裟を護って、仏法を形だけでも何でも、真似でもいいからできるだけ仏さんを目指してね。そうしていくだけで、実に単純明快なんです。居場所居場所で応じてね。「僧伽(サンガ)」という言葉があってね。調和して、一切が一つになる、ということで。身体もそうなんですよ。いろんな胃袋と肝臓が喧嘩したらダメ。これが一つのハーモニー作るでしょう、「僧伽(サンガ)」って。森全体も一つの僧伽(サンガ)、多くの樹でね。ああいう具合に生き物の世界、僧伽(サンガ)なのに。人間だけは、これは邪魔くさい、害虫だ、これはばい菌は不潔だって、虫殺し、ばい菌殺せって。都合のいいのだけ防げたって、これ僧伽(サンガ)じゃないわ。悪い行いしたら悪いバクテリアが、それしちゃいかんよ、って、入ってくれば住み心地がいいから。善い行いしたら善いばい菌が入ってね。それははっきりしている。「因と果」というのは、「善因善果」「悪因悪果」。
 
金光:  今おっしゃったお袈裟のお話なんか伺っていましても、やっぱり私なんかの頭には、お袈裟というのは、お坊さんの世界だ。お坊さんのものであると。自分には直接関係がないなというのが、どこかにあるんですけれども、こういうのがじゃまをするんでしょうね。
 
村上:  それぞれに価値観―自分の人生総合して価値観作っている。それは当然ですけども、それにすがって生きているわけです。それ一回御破算(ごわさん)にしたらもう不安で不安でしょうがないですよ。自分の拠り所が。
 
金光:  しがみついているところがありますから。
 
村上:  だけど禅というのは、最初全部取り上げられるんです、残酷ですよ。情け容赦なく。そうせなスタートせんから。しかし一般の方、そのままでも、できるだけ森へ入って、森全体あれお袈裟なの。霧、雲、山の中で、それ全体が包んでいるでしょう。あれお袈裟なんです。そこへ浸っていると、魂の別の部分が、どんな歪んでおろうが、どんな苦しんで行き詰まっておろうが、スーッと浄化するでしょう。水俣は今もの凄い綺麗な世界的な海になったでしょう。海に任せておったら、毒素消えたどころか、もう海草のジャングル、プランクトンがいっぱいだから魚いっぱい、海の消化力って凄いですね。人間のつとめというのは、あらゆる生き物の―先ず身近な人、どう言ったら幸せにしてあげられる。この人どうやったらいいだろうか、というところからやるのが嬉しいの。こっちが何より。「できるだけ損をすること」って、澤木老師が教えてくださる。「得は迷い、損は悟り」というんだから簡単だ。
 
金光:  山なんか入ると、この頃だと熊が出てくるとかね、なんか恐ろしいんじゃなかろうかなんて余計なこと考えるんですが。
 
村上:  恐ろしい気持が、熊にも恐ろしい気持を起こさせる。
 
金光:  そういうことですか。
 
村上:  仏さんのところへ暴れ象が来たら、暴れ象がひれ伏したという。
 
金光:  お話としては聞いたことがありますが。
 
村上:  彼らは感応できて、頭で考えて生きているんじゃないんですよ。
 
金光:  こっちが恐れていると、向こうもそれに感応道交(かんのうどうこう)じゃありませんけれど、共鳴するわけですね。
 
村上:  私、四国お遍路で、相当大きい蛇でしたね。ソッときたから、お念仏「ナムアミダブツ」と言ったら、ピタッと止まって、向こうへ向いて止まって。そして、「お前、蛇に生まれたら、今度人に生まれなさい。仏縁を結びなさいよ」と言ったら、こっちへ来るかと思ったら、ジッと、「はい、行きなさい」と言ったら、ふっと行った。人間の言葉わかるんじゃないの。心がわかるんだ。はぁ、こんなもんかな。私、いつも四国遍路では、下を歩かなならん。大師さんがいらっしゃった山の頂上には神様がいらっしゃる。その頂上の三○○メートル手前だったな、四十寺山(しじゅうじさん)という、あれは室戸岬の奥の院なんですけど、その手前でしたね。その縁でね、あっちが教えてくださった。「万法すすみて自己を修証するはさとりなり」と言って、こっちはどうか知らんけど、向こうが進んでいろんな、蛇も遣わしてくださって、どこでも通用せな悟りじゃない。それを向こうから教えてくださった。
 
金光:  それこそ本当のお任せの世界ということですね。
 
村上:  自分がどういうことはどうせがらくたに決まっているけど、そんながらくたでもこれだけやれるんだからね、他の人がやれんわけはない。ただ機縁とか縁というものを結んであげないとね。
 
金光:  俗な人間は任せるというと、自分が何もしないで人任せみたいなのが大義だというような大変誤解もあるようでございますが、そういうのは?
 
村上:  それは自我で、任して、
 
金光:  自我がそうさせている。
 
村上:  一番楽な方を選んでいるだけでね。それは自我の骨頂、ジッとみていて任せているつもりで。
 
金光:  まったく正反対の方向へ行っているわけですね。
 
村上:  そこら辺のところは、いいお師匠さんについてちょっとずつでも導いて頂くといいと思いますね。
 
金光:  そうすると、少しでもそういう自分のエゴの心というか、自分が何とか得をしたいという、そういう気持が出たら、あ、また出ているなと認めたら、それに触らんでおくと。
 
村上:  考えてみると、与え合いの社会と取り合いの社会と、どっちが住み良いって、それだけのことですわ。
 
金光:  そうですね。よく「地獄極楽の食事の仕方」の譬え話がありますね。長いお箸で地獄だと喧嘩ばっかりしているけれども、極楽では相手の人に食べさしてあげているという、面白いお話がありますが。
 
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(参考「地獄極楽の食事の仕方」の大筋)
昔、ある人が地獄を見学に行ったそうです。ちょうど食事の時間で、長いテーブルの両側に人々が座っていました。目の前には豪華な料理がたくさん並べられていました。ところが、右手には2mの長さのフォークが、左手には2mの長さのスプーンが結び付けられていたのです。食事が始まったものの、あまりにも長いフォークやスプーンでは、料理を自分の口に運ぶことはできません。なんとか食べようとして苦戦しているうちに、料理は飛び散り、罵倒が飛び交う状況になってしまいました。
続いて、極楽の見学に行きました。そこでも食事の時間で、長いテーブルと豪華な料理、風景は地獄と同じものでした。さらには、右手の2mのフォークと左手の2mのスプーンも同じように結び付けられていたのです。そして、食事の開始となりました。すると、どうでしょう。長いスプーンやフォークを使って、料理をテーブルの向かい側に座っている人の口元へと運んでいたのです。そこにいる人、全員がそうすることによって、みんなが満腹になるまで料理を食べることができたのです。
 
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村上:  そうですね。ちょっとの切り替えですかね。「断見外道(だんけんげどう)」といってね、死んだらもう何もない。そんなことなら宗教要らんわい。どうして命懸けで伝えているかって。「いや、生まれたら、また人に生まれて、また人」これ「常見外道(じょうけんげどう)」と。そんな人間に生まれることできるもんか。「因果の道理、歴然としてわたくしなし」これ第一ページできちっとせんとね。人の生き方は、自分中心で、あ、また失敗したで終わったら、どこへ行くと思っているの。肥桶のウジ虫ぐらいに生まれたらましな方だわな。地蔵さんみたいに好んで地獄へ生まれてやる、という、これは菩薩の道ですけどね。まあそれぞれです。
 
金光:  それぞれに与えられたその身体、心で、仏様の仰せに従って生きるような方向で努力していけばいいと。そういう形で、そういうことかなと思って伺いました。
 
村上:  文化・文明です。文化というのは、分化なることだって教えられたけど、だんだん分裂―言葉でね。バベルの塔、言葉煉瓦で、言葉で考えて。科学はそれを整理整頓するけど、所詮神様無限大の天上まで届くわけない。西郷隆盛が、「文明開化というが、文明というのは、人の道が行われること」。慈雲(じうん)尊者さまは、「まず人となるべし」。まず人は、人の道を守らなければ、獣の道を守っちゃダメだ。人と成り得てのち、仏ともなり、神ともなるんであって、先ず足下―お父さまお母さま、近所の友だち、その人に対して、相手がほんとの喜ぶ姿になっているか。人の道を踏み外さん。これを「文明」という。離れ島であろうが、山奥であろうが、どこでも当たり前に。それが極楽で楽しい。汽車が走ろうが、建物が立派になろうが、贅沢が蔓延る。あんなものは何にも文明じゃないと、西郷さんは言っていますね。遅れているところなら、親切に教え諭して幸せにしてやるのが文明なのに、文化国と称して、虐めて吸い取って略奪、あれは野蛮ではないか、って。そういう人の道、まず人となる。足下のことですよ。遠くじゃない。「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」と言ってね、一歩一歩人の道に外れないように、それ幸せのもとだと思います。
 
金光:  私は、仏さんの道を伺うことは伺ったわけですけれども、先ず人の道を行うということに心掛けたいと思います。どうも有難うございました。
 
     これは、平成二十六年一月六日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである