ブッダの人と思想A不死の門は開かれた
 
                インド哲学者 中 村(なかむら)  元(はじめ)
                き き て  草 柳  隆 三
                語   り  石 澤  典 夫
 
石澤:  「こころの時代」では、毎月、中村元「ブッダの人と思想」セレクションを放送しています。これは一九九五年に、十二回にわたって放送されたシリーズから、七本を選んで再編集したものです。お話は、インド哲学・仏教学がご専門の中村元さんです。中村さんは、原始仏典を数多く翻訳され、ブッダが何を教えようとしたのか。仏教の原点を広く世に伝えました。晩年には東洋思想を共に学び探求する場として東方学院を創立、放送当時はその院長をされていました。こちらをご覧頂きましょう。元の十二回シリーズのうち、今回のセレクトで放送するのは、上に数字を付けた七回の放送分です。前回は、「われ一切世間に違わず」と題して、ブッダの教えが生まれた時代背景と、ブッダが説いた平等と慈悲の教えについてご紹介致しました。今回は、セレクションの二回目でございます。元のシリーズでは、次の「悪魔との対話」で、自己の迷いやとらわれを見つめ、解脱を求め続けたブッダの内面が語られています。今日ご覧頂くのは、それに続く「不死の門は開かれた」の回です。私たちの苦しみの元となる生老病死。ブッダはその苦しみとどのように向き合ったんでしょうか。ブッダの悟りとは何だったのかをご紹介します。きき手は草柳隆三さんです。
 

 
草柳:  よろしくお願い致します。いきなり今日はズバリと伺い致しますが、ブッダが開かれた悟りの内容とは一体何だったのかというふうに、経典では言っているんでしょうか。
 
中村:  ブッダが悟りを開かれたその内容はどういうものであるかということをよく聞かれるんですけれど、これは公式化して、特に説かれていることはございませんです。と申しますのは、悟りというのは当人自身の事柄でしょう。それを言葉で概念化して伝えるということになりますと、もういのちが失われてしまうんです。仏教はもともと教義(ドグマ)とかを説くのが主眼ではありませんで、もしも教えを説く場合には、相手の人に応じて、相手の人の求めるところにパッと合うように説くと。だから公式的な教義というものはないわけなんです。
 
草柳:  相手に合わせて説いていく、対機説法(たいきせっぽう)という。
 
中村:  対機説法ですね。つまり釈尊・ブッダが観ぜられたことを、相手にちょうどピタッと合うように説かれるということで、公式的なドグマというのはないわけでございます。
 
草柳:  伝承としてはいろいろ勿論あるわけですね。
 
中村:  いろいろ伝説はございまして伝えられております。それぞれ説かれた場合に応じて意義はもっています。
 
草柳:  但し一体何を悟ったのかということについては、今おっしゃるように、これはまったく個人の問題でありますし、古来それについてはむしろ定かでないというふうに言った方がよろしいでしょうか。
 
中村:  そう言った方がいいと思いますね。比較的多く説かれているのは、その時に「縁起の理法を釈尊は悟られた」というのですね。縁起と申しますのは、我が国の一般の通俗的な会話の中でも、「縁起」ということが出てきますけど、元の意味は、「由(よ)って起こる」でしょう。つまりいろいろな事柄が種々の原因に制約されて、条件付けられて起こるということです。我々の存在のあり方について、我々が生活しているその有様についても、どういう条件付けに基づいて現れ成立しているかということを反省する。そしてそれを説く。それが縁起の理(ことわり)でございます。
 
草柳:  今、「縁起」という言葉は、「縁起がいい」とか、「悪い」とかというふうに使われていますが、字は勿論あの縁起ですよね。ではその最も古いと言われている経典の中から、その縁起について説かれたところを、先ず最初に読んでみたいと思います。
 
あるとき世尊は、ウルヴェーラー村、ネージャラー河の岸辺に、菩提樹のもとにおられた。
はじめてさとりをひらいておられたのである。そのとき世尊は、七日のあいだずっと足を組んだままで、解脱の楽しみを享(う)けつつ、坐(ざ)しておられた。ときに世尊は、その七日が過ぎてのちにその瞑想から出て、その夜の最初の部分において、縁起(の理法)をの順序に従ってよく考えられた。「これがあるときに これがある。これが生起するから これが生起する。」
(ウダーナ)
 
中村:  これは『ウダーナ』という典籍に出ている文句を、原典から翻訳してお伝えしたわけでございます。一般に伝えられていますように、ブッダ・釈尊は、ウルヴェーラーという村で、ネージャラー河という美しい川の水の流れていますその畔で、アシヴァッタと名付けられる樹の下でジッと思いに耽って、フッと悟りを得たと言われています。そのアシヴァッタという樹は、後に菩提樹と一般に言われています。「菩提」というのは、悟りですね。釈尊がその下で悟りを開かれたからということに由来するのでございます。その木の下で足を組んでジッと瞑想に耽っておられました。そして世の中の有様、それから人間の生き方というものを反省されまして、そしてジッと思いに耽っておられた。いろいろのことが説かれておりますけれど、人間のあり方、あるいは人間の心の動き、そういうようなものをみますと、いろいろな条件・原因に制約されて現れてくると。その条件付けの関係もいろいろですね、簡単に言えないんです。それは我々の心の動きを見ましても、いろいろな場合によって動きが異なるわけでしょう。ただそこに自ずから何か理(ことわり)がある。それを反省して、それらの動きについての反省を纏めて申しますと、今お読み頂きましたように、「これがある時に、これがある。これが生起するから、これが生起する」と。条件、あるいは原因があった時に、その結果、あるいは条件付けられたものが現れ出ると。こういうことが人間のあり方、心の動きについても言えるということが、共通に言えるんですね。それを「縁起」と言っております。その縁起の中身を公式的に申しますと、今申し上げましたように、「これがある時に、これがある。これが生起するから、これがある」と、そういうふうに纏められるかと思うんでございます。
 
草柳:  つまり「因縁」という考えですね。
 
中村:  そうです。「縁起」を、玄奘三蔵以後は「縁起」と訳しますが、それ以前の訳では、「因縁」ということもしばしばございます。
 
草柳:  実際にどういうふうな順番でブッダが十二縁起というものを辿っていったのか、ちょっと詳しくお話頂けますか。
 
中村:  その説明はいろいろでございますが、公式的には、「これがある時に、これがある」ということが言えるんですが、それが縁起の理法の根本ですが、しかし釈尊が、それを心に思ったというその動機は、自分の、あるいは人々の生活というものを考えてみると、いろいろな動きがございますが、人間は思うようにならないですね。必ずしも欲するようにいかない。そこで我々は、「老いとか、死」というようなものに最後には苦しむことになる。それは何故そういうことになるか、と、それを辿っていったわけなんです。それで今人間の最後の段階としては、老いとか死というものに悩むわけですが、「生死が起こるのは何故か」というと、「人間が生まれたから、と。この世に生まれてきたから」と。それ(生)が原因になっているわけです。さらにじゃ生まれてきたのは何故か、と元に辿りますと、「有」になるんですが、「有」というのは、サンスクリット語でbhavaと申しますが、これは人間の生存のことです。bhavaが「有」という動詞から作られたものだから「有」という訳語を、中国の漢訳仏典で使ったわけですが、ちょっと誤解されるかも知れません。むしろ元のbhavaというのは「生存」という意味です。じゃ、今度「人間の生存があるのは何故か」というと、これが人間が考えてみると、あくせく暮らしておりますね。いろいろな「執着」があります。そうすると元の執着を「取(しゅ)」というわけです。「取があるのは何故か」と、またその元に戻りますと、そうするといろいろなものに対する「愛着」があるわけです。じゃ、「愛着が起こるのは何故か」というと、それは外のものから、いろいろの「感覚を受ける」わけですね。「感覚を受けるのがあるのは何故か」と、また遡りますと「触れる」という字が出ておりましょう。これは呉音では「そく」と読みますが、外界からの対象が我々の存在に触れるからだ。どうしてそういうことが起きるかというと、そうするとまた遡りますと、我々人間が六つの感覚器官を持っているからなんですね。六つの感覚器官を「六入(ろくにゅう)」と申します。これは「眼耳鼻舌身意(げんにびぜっしんに)」というんですがね。我々五官(眼(視覚)・耳(聴覚)・鼻(嗅覚)・舌(味覚)・身(触覚))がございますでしょう。その他に我々の心という器官がございますね。それで六つあるから「六入」というんです。それが何故働くかというと、また遡りますと、そうすると「名色(みょうしき)」がある。「名(みょう)」というのは精神的な働き。「色(しき)」というのは、物質面の働きです。これは仏教以前のウパニシャッドで使われた言葉なんですが、仏教ではそれを取り入れまして、その対立があるわけですが、その根底には何があるかというと、我々の精神作用があって、いろいろなものを識別するからですね。それを「識(しき)」と訳しております。「識」が起こるのは何故かと。これはまた元へ戻るわけですね。いろいろな精神作業をつくる形成力と言いますが、形成作用がある。サンスカーラと言うんですが、それを漢訳仏典では「行(ぎょう)」と訳しております。「諸行無常」なんていう時の「行」はこれなんですね。さらにその奥に何かあるんではないかと申しますと、それは「無明(むみょう)」というものがある。人間は生きている限りやっぱり「迷い」がございますですね。それで明らかな智慧がない、迷っている。それを「無明」というわけなんですね。これで十二になりましょう。つまり後で挙げたものがより根底的な働きで、それが順次に基礎付け合っている。それで掻い摘んで申しますと、この図式では根本に無知があるところの「無明」迷いが人間の根本にある。それが根本の煩悩を起こしておりまして、それによって本人には如何とも為しがたい激しい欲望が起きる。それが愛執という形を取りますから「愛」と訳すこともあります。そこで人間は、人間の生存に対する我執が起こる。いつまでも自分というものに滞っていますが、そうすると今度はそれによって苦しみであるところの老いとか死とか、その他のいろいろの悩みが起こるわけですね。こういう具合にしてブッダは、元の原因を、人間の迷いがある。その原因を突き止めようとされたんです。そして順次に条件付けの段階になっていますから、その元の原因が押さえられて、働きが無くなれば、それに基礎付けられている働きも無くなるということを気付きまして、そこで経典の中では、ブッダが詠嘆な詩を唱えられるということが伝えられています。
 
草柳:  じゃ、それを拝見したいと思いますが、
 
そこで世尊はこの意義を知って、そのとき次の〈詠嘆の詩〉を唱えられた。努力して思念しているバラモンに、もろもろの理法があらわれるならば、かれの疑惑はすべて生滅する。原因の理法をはっきりと知っているのであるから。
(ウダーナ)
 
この場合の「バラモン」というのは、「修行者」「ブッダ」というふうにみておればいいわけですね。
 
中村:  そうなんです。当時の人々はみな修行者とか、あるいは宗教者の中でバラモンを尊んでいました。それで釈尊は、バラモンのやっていることはよくないから改めよ、と言って教えたわけですが、しかし世人がバラモンを尊んでいる一種の社会的慣習を表から非難することはしなかった。一応みなが認めているところに従って、バラモンなり、世間の人々の顔を立ててやったというわけですね。けど、その中身を改める。そういう具合な方法を取ったのであります。
 
草柳:  ここでいう「もろもろの理法」というのは、何を言っているんでしょうか。
 
中村:  これは我々の心の動きにしましても、また働きにしましても、始終条件付けられているわけでしょう。その条件付けられていろいろなものが現れていて、だから諸々の理法に支配されている諸々の事象、事柄、作用、そういうようなものをすべて含めて言っているのだと思います。
 
草柳:  その「もろもろの理法が現れるならば、かれの疑惑はすべて生滅する」つまり「かれの疑惑」というのは、「欲望」であったり、あるいは「執着」であったり、ということなんですね。
 
中村:  そうです。我々やっぱりまだ疑惑がありますと、そうすると因果関係、条件付けの関係を知っていても、まだなんか心が落ち着かないで、煩悩に悩まされますですね。けどもその理法の道理を知ったならば、こちらの心が清らかに無になっていますが、そうするとなんら危ぶんだり、じたばたすることがないということを言われたのと思います。心がこちらにあって、何かを捉えたり、知ったりするというのではなくて、心がもう清らかに無になっている。穢れも無くなっている。そこにいろいろの理法が自ずから現れてくるという受け取り方ですね。これは我が国でも、例えば道元禅師が、「万法きたりてわれを証する」ということを言っておられますが、そこへ通ずると思うんです。客観的ないろいろなものを支配し条件付ける理というものがあるでしょう。それが我々の心にパッと明らかになると、そういう意味だと思いますですが。
 
草柳:  自ずから顕わになる。
 
中村:  自ずから心が清らかになり、とらわれもなくなると、自ずから理がわかるようになる、ということがございましょう。そういうことを言っているんだと思います。
 
草柳:  そしてブッダは、こうした考察というか、思索をですね、この日何回か見ておるようですね。
 
中村:  そうです。
 
草柳:  では、その次の部分をまた読んでみます。
 
その夜の中間の部分においても、縁起(の理法)のの順序に従ってよく考えられた。すなわち、「これが無いときにこれが無い。これが消滅するからこれが消滅する。」
(ウダーナ)
 
さっきのは順で、「これがあるから、これがある」だったですが、今度逆ですから、「これがなければ、これがない」という言い方になっているわけですが。
 
中村:  そうです。「これがない時、あれがない」と言ってもいいかと思いますがね。どちらでもけっこうです。それでとにかく何がないから我々の迷いとか苦しみがなくなることになるだろうかという、その順序を考えてみたわけです。そうすると、さっき図表をご覧にいれましたけれども、ずっと逆に辿りますと、結局「無明」迷い、無知ですが、それがなくなるというか、働きが抑えられる。働かなくなる。そうすると、いろいろの形成力というものも静まってしまう。精神作用というものも純化される。だんだん静まっていくわけです。最後に「老死」というものは生理現象としてそれはあるでしょうけど、しかし我々を悩ますものとはならなくなる。あるいは逆に、無明とか煩悩があるから、それで生まれたり、老いたり、死んだり、人々の苦しみも起きると。その苦しみがあるということは、ただ除くべきことであるばかりじゃなく、我々が苦しんでいる。それが何かの拍子にご縁があれば信仰の起こることもある。信仰が起これば喜びが起こる。楽しみも起こる。心も静まると。かえっていろいろなものからの執着も離れ、欲望も離れていく。そうすると解脱が起こり、さらに身も心が静まったということを自分でも認識するようになるという。そういう具合に心が働くことがあるということが、原始仏典のある箇所にも出ているんです。そうするとこれは後代の大乗仏教、あるいは日本仏教で説かれたことにも通じるんですね。つまり我々は、煩悩があって悩んでいますが、それこう対決していますが、しかしそういうことが縁になって、かえって信仰の道に進むことだってあるわけでしょう。それが救いまでに連れていってくださる道になる。ところがそこに一種の条件付けの関係がありまして、前にお伝えしたのとはちょっと色合いが違いますが、やっぱりこれも縁起説なんです。だから原始仏教聖典の中にも、こういうことが説かれているということをちょっとお伝え致します。
 
草柳:  お互いに条件付けの中で関係を持っているわけですから、つまり循環しているわけですから、どっから見ても良さそうに感じますけど、今お話頂いた十二因縁、十二縁起という、その基本構想というのは、やはり苦しみ通しという、これは誰でも避けて通ることのできない苦しみや欲望があって、執着があって、そして大元を辿っていくと、やはりどうにもならない無明というものがあるというふうに言われているわけですね。
 
中村:  そう捉えられている。また実際人間の真実を捉えていると思いますね。
 
草柳:  経典の中では、今度は時間的には多分きっと明け方なんでしょうか。
 
中村:  そうです。「夜の最後の部分」という言葉が使われていますが、
 
草柳:  それをちょっと見てみたいと思うんですが、
 
その夜の最後の部分において縁起(の理法)を順逆の順序に従ってよく考えられた。・・・・・
そこで世尊はこの意義を知って、その時次の〈詠嘆の詩〉を唱えられた。努力して思念しているバラモンにもろもろの理法があらわれるならば、かれは悪魔の軍勢を粉砕しているのだ。あたかも太陽が天空を輝かすようなものである。
(ウダーナ)
 
この三つ目の詩というのは、前の二つの詩に比べると、かなりトーンが上がっているというか、
 
中村:  上がっていますね。「悪魔の軍勢を粉砕して」自分がその上に乗り出している如く、「詠嘆の詩」となっておりますがね、あるいは訳語によっては「感興(かんきょう)の言葉」と訳されることもございます。元は「ウダーナ」と言うんですがね。釈尊なり、あるいは当時の偉い修行者の心境、あるいは感興と申しますか、それをパッと詠った詩なんであります。
 
草柳:  「かんきょう」というのは、感極まって詠むというその「感興」ですか。
 
中村:  その感興ですね。
 
草柳:  これだけ見ていても、釈尊の心が豊かというか、凄くこうあるところを超えたという感じがしますね。
 
中村:  そうですね。人間が最後に、「ああ困った、自分は歳老いた。死なねばならん」と思ってくよくよしている。その心境を乗り越える。事実は変わりっこないですよ。けれど、それを超えて喜びの感じがそこへ出ている。人間の真に直面して心に深く感じた、その喜びが出ていると思います。
 
草柳:  ここに出てくる「悪魔」というのは、勿論「煩悩」ということでしょうけども。
 
中村:  そうです。煩悩ですね。それを悪魔と申しますから。
 
草柳:  今まで十二縁起のお話をずっと伺ってきたわけですが、この十二縁起という、このように今お話頂いたような形で体系付けられるというか、その筋道が付けられたというのは、少し時代が後になってからのことなんですね。
 
中村:  そう思いますね。最初に引用されましたような『ウダーナ』感興の言葉ですね、感極まって出た言葉、そういうものが先に作られていたと思います。詩の方が。それから後で教義学者が、いろいろ以前から伝えられる思想を集めて整理して、それで縁起に関するものですと、十二の項目を立てるというようなことをやりまして、それで十二立てないこともあるわけです。十二立てない方が古いと私は思いますが、ある時期に十二で一応形が整えられた。それで後代にそのまま伝えられたというのが実状だと思います。
 
草柳:  ただ勿論縁起説の中で明らかにされたようなことというのは、その原形というのは勿論前から釈尊の中には当然あったわけでしょうね。
 
中村:  あったわけですね。原形は前からあったわけでございます。
 
草柳:  でなければ、ああいう詩もきっと出ていないわけでしょうね。
 
中村:  それは当然釈尊が深く観ぜられたこと、あるいはそのお弟子の深く感極まって言った言葉、そういうものが先にあって、それが次に整えられたんだと思います。
 
草柳:  例えば、つまり原形という詩としてはもっと前からあったということで言えば、ブッダが一番初めに説法をするために出かけて行きますね。その時の、いわば弟子になった一人のアッサジという人のエピソードがなんかありましたね。
 
中村:  そうですね。これはちょっと場面が違いますが、釈尊の二大弟子としては、舎利弗(しゃりほつ)(サーリプッタ)と目連(もくれん)(モッガラーナ)の二人だと言われておりますが、その二人がお釈迦様の弟子になってから、仏教が整えられ、諸方面に広がったのです。その因縁はどういうわけで何故お弟子になったかと申しますと、このサーリプッタ(舎利弗(しゃりほつ))とモッガラーナ(目連(もくれん))という人は当時の知識人でして、当時の新しい文明は、新興国でありますマガダで現れたわけです。その首都が王舎城(おうしゃじょう)というところです。現地に行って見ますと、昔の大きな火山の跡なんですよ。だから周りが連山になっているんですね。昔の噴火口ですね。そこは守るに良いところでしょう。だから王様がお城を造って、そして同時に都市を建設したわけです。だから当時の新しい文明の中心地だった。仏教もそこを一つの本拠地として広がったわけですが、その時にアッサジという人が、都市の中に入って静かにこう歩んでおられた。その姿を見て、サーリプッタ(舎利弗)とモッガラーナ(目連)が、〈ああ立派な修行者の方だ。これはなんとかお近づきになって、いくらかでも精神的なものを頂きたい〉と思いまして、それで問い掛けたんですよ。「あなたは誰を仰いで出家したのですか? あなたの師は誰ですか? あなたは誰の教えを奉じているのですか?」と。そうするとその答えに、「私のお師匠さんは、お釈迦様です。お釈迦様を仰いでお弟子になったのです。そしてお釈迦様は縁起の理を説いていらっしゃる。つまりありとあらゆるものはいろいろの原因によって現れ出たものである。原因がないのに、偶然に現れ出るようなことはないと。だからその縁起の理法を奉じて修行しているのだ」と、そういう答えを得たんですね。そこで二人の修行者は、〈あ、そうか。それでは一つ自分たちも教えを受けたい〉と思って、それでお釈迦様の弟子になった。それでサーリプッタ(舎利弗)とモッガラーナ(目連)は二百五十人の弟子を連れてお釈迦様のお弟子になりました。この二人は、王舎城という大都市の中にいました思想家・サンジャヤという人のお弟子だった。サンジャヤは懐疑論者なんですよ。つまり真面目に考えたってダメだと、そういうような態度を取っていた人です。けれど、その弟子であったのに師の元から去って釈尊のお弟子になった。そうするとお師匠のサンジャヤは怒って、カッとなって鼻から血を吐いたと、そういうことが経典に出ているんですね。
 
草柳:  なるほど。サーリプッタ(舎利弗(しゃりほつ))という人を、つまり何とほかに素晴らしい教えがあったのかという、そのきっかけになったアッサジの答えがどういうものであったのかと、今先生からお話がありましたけれど、こんなふうに書いてあるんです。ちょっと見てみたいと思うんですが、
 
もろもろの事がらは原因から生ずる。真理の体現者は、その原因を説きたまう。またその止滅をも説かれる。大いなる修行者はこのように説きたまう。
(律蔵大品)
 
というふうにアッサジは答えたわけですね。
 
中村:  そうです。ここに釈尊の縁起の思想が、簡潔に、しかもはっきりと表明されておりましょう。
 
草柳:  「もろもろの事がらは原因から生ずる」という。
 
中村:  そうなんです。つまり偶然に起こっているんじゃない。あるいは何か世界を支配する主宰神というものがあって、いい加減に神様の気まぐれでこんな事柄が起こっているのでもないと。原因とその報いとの繋がりがある。そこに理法があるわけですね。
 
草柳:  ですからこういうふうに、十二因縁、十二縁起というのは、さっき見たように図式化されているというか、かなり取りようによっては観念的だなというふうに、以前から既にもう釈尊は縁起を説いていた、ということになるわけですね。
 
中村:  そういうことになりますね。これは仏教をずっと通じて伝えられておりまして、後に仏教が発展して教義も素晴らしいものになりますけれども、根本の立場というものは変わらないですね。後代の仏教哲学はいろいろ複雑に発展しまして、みな基づくところはここです。
 
草柳:  そのブッダという人は、これによって何を説こうとしたのでしょうか? ブッダの教えとしては。
 
中村:  これは当時マガダの国―王舎城を中心として、いろんな思想家が現れでまして、それぞれ勝手なことを説いていたわけですね。快楽論者というのも出てきまして、「もう命のある限り楽しいことをやればいい、人のことなんか構うな」と。それから必然論者という者が、「すべてなるようになるんだから、自分で努力したってしようがない」とかですね。それから懐疑論者というのもいたわけです。「所詮世の中のことはわからないんだ。だからもう考えることなんか止めてしまえ」と。それからまた昔から苦行を重んずる人がいましたけど、「もうとにかく人間の身体には煩悩が纏い付いているんだから、身を苦しめて煩悩を無くすればいい」と。あるいはもっと古い思想としましては、「神々を拝んで祭祀、供儀を行って、ただお供えをして神々を祀るということだけすればいい」とか、いろいろなことを申します。それか形而上学的な論議をする人もいたわけです。例えば世界は有限であるか、無限であるか。あるいは我々の身体と霊魂とは同じものであるか別であるか。それからこの世界は何時まで続くか。ある時には本当に断末魔の崩壊の時期もあるんじゃないか。いろんなことを言い合っていた。それはどれも人間の知識では決定し得ないことを論議していたわけですよ。人間がいくら考えたってわからないわけです。ところが釈尊は、そういう思想の混乱の中にあって、人間はどう生きたらいいか。正しい生き方というものを人々に教えたわけですね。そこに釈尊の悟りがあり、また仏教の出発点があったわけです。ですから当時は、新しい、そして同時に普遍的な意義をもった思想であったということが言えるかと思うんでございますが。
 
草柳:  十二縁起の中にあるように、やはりとらわれから離れて、苦しみから如何に抜け出すか。如何に苦しみを克服していくのかということにあったわけですね。そうすると、それは教えとしては、実践というしかないということになる。
 
中村:  そういうことになりますね。「とらわれ」と今おっしゃいました、あるいは「偏見」と言ってもいいですね。偏見なんていうものは、いくら文明が進んでもやはりございますから、そういうものにとらわれないように、正しい生き方というものを明らかに説かれたのが、釈尊ブッダの道でございました。
 
草柳:  観念的な原理原則を知るということでは勿論まったくないわけですね。
 
中村:  まったく違いますですね。だからこそ人々が何千年にわかって釈尊の教えに打たれて導かれたんじゃございませんか。
 
草柳:  一番最初にお聞きしましたが、つまり釈尊は一体何を悟られたのかということについては、勿論定かではないと言っていました。つまりいろんな伝承があって、
 
中村:  伝承はいろいろあるわけでございますが。
 
草柳:  その十二縁起というのも勿論その一つだと。
 
中村:  その一つでございます。
 
草柳:  他には、例えばもっと分かり易くと言いますか、十二縁起も分かり易いんですけれども、どんなふうな伝承があるんですか。
 
中村:  これは対機説法ですからね、いろいろなことを説かれましたが、「四諦(したい)の教え」なんていうのもあります。「四つの真理」と申しますがね。これも趣旨は同じなんです。例えば我々が今問題にしているのは、思うままにならないということですね。これ苦しみと言ってもいいでしょう。思うままにならないわけですが、それは何故かというと、執着があるからだと。それに対してどうしたらいいか。我々は、それを元の煩悩とか執着というものを制すればいい。コントロールして迷わされなくなれば、自ずからその働きはなくなるわけでございますね。こういう趣旨は、そういう自覚に基づいて正しい実践が出てくるわけです。これはさっきお話にでました「十二因縁」と趣旨は同じことですね。つまり元に煩悩があるわけでしょう。執着とかがある。それに基づいて苦しみが起こる。だから元のものを制すれば苦しみもなくなるわけですね。ちょうど「これがある時、あれがある。これが無いとき、あれが無い」というと同じことでしょう。
 
草柳:  ですから根本は同じわけですね。
 
中村:  根本は同じです。
 
草柳:  ただ言い方が少し違う。
 
中村:  言い方が違う。今申し上げましたのは、「四つの真理」と申しまして、「四諦(したい)」と昔から呼んでおりますが、いろんな教えが説かれておるわけです。どれでもこれでなければいかん、ということはないわけでして。
 
草柳:  例えば古い伝承の中に「六処(ろくしょ)」と、
 
中村:  「六処(ろくしょ)」―これは非常に古い伝えだと思いますね。つまり我々の自己というものを反省しますね。西洋の哲学者だって、自分というもの、あるいは精神とその対象という関係というのは、注意して論議するわけですが、我々の精神現象というものをずっと見ますと、対象の世界がございます。それに対してこちら側に―主観の側に六つの感覚器官と申しますね、あるいは六つの認識作用と申しますが、それがあるわけです。六つと申しますのは、「眼耳鼻舌身意(げんにびぜっしんに)」というんです。「眼(げん)」というのは、眼(まなこ)ですね。「耳(に)」というのは耳ですね。つまり我々はものを見る、耳で知覚しましょう。「鼻(び)」鼻で香りを嗅ぎましょう。「舌(ぜつ)」というのは舌で味わいますでしょう。これも対象に対しての働きですね。それから次に「身(しん)」というのは、いろいろなものを触覚することですね。身体のどこにも触覚がございましょう。だから触覚のことです。それが全体に印象を受けて感受する。それを纏めて、我々は思考しますね。思考器官が一番奥にあるんですね。それは心です。それで「意(い)」という字を使うわけですが、これを合わせて「六入」というわけです。
 
草柳:  じゃその部分をお読み致しましょう。読めば大体これはわかりますね。
 
「眼を縁として快楽と喜悦とが起こること、これが眼の耽溺である。眼が無常であり、苦しみであり、変滅する本性をもっていること、―これが眼の患いである。眼に対する欲望と貧着(とんじゃく)とを制すること、欲望と貧着(とんじゃく)とを断ずること―これが眼の出離である。
耳を縁として・・・、鼻を縁として・・・、舌を縁として、・・・身を縁として・・・、意を縁として・・・」
(サンユッタニカーヤ)
 
というふうに、後は「耳、鼻、舌、身、意」というふうに順番に言っているんですが。
 
中村:  これは現代の進んだ文明においてもそう言えることではないですか。一つの感覚に訴えちゃ不十分だ。視聴覚それだけでももっと広げてと申します。これ下手すると我々は迷わされることもなきにしもあらず、眼耳鼻舌身意もあるわけでございましょう。
 
草柳:  要するに外界にとらわれてはいけない。
 
中村:  そういうことなんですね。そこに反省があるということです。これが仏典に説かれていることでしてね。
 
草柳:  つまり相手によってその人が、例えばどういう人なのか、どういう場面なのかということによって、ほんとにいろんな説き方をしてきた。だけど根本は同じわけなんですね。
 
中村:  同じでございますね。人間の存在という方面に眼を向ける人には、今十二因縁の教えなんかはいいでしょう。ところが反対に現象学というような方面に注意を向ける人には、「六入の教え」これを分析して吟味するということがやはり問題になりますでしょうね。
 
草柳:  今のこれまでのお話で縁起の理というか、理法というのは、勿論頭の中では大体整理が付いたんですけれども、もう一度悟りの内容ということに返りたいと思うんですが、ブッダがこういうことに気が付いた時の心境というのは、一体どうだったんでしょう。どんなふうな心境だったんでしょうかね。
 
中村:  私のような凡人にはなかなかわかりません。たださっきからお話に出ました『ウダーナ』とか、あるいは仏典の中によくたびたび出てくる有名な文句があるわけです。そこにブッダ・釈尊の心境が出ているから、それを伺うより他に道はないかと思うんでございます。
 
草柳:  先ず読んでみます。
 
満足して、教えを聞き、真理を見るならば、孤独は楽しい。人々に対して害心なく、生きとし生けるものに対して自制するのは、楽しい。世間に対する貪欲(とんよく)を去り、もろもろの欲望を超越することは楽しい。〈おれがいるのだ〉という慢心を制することは、じつに最上の楽しみである。
(ウダーナ)
 
決して言い方としては難しくないんですけれども、凄く奥深い感じが致しますね。
 
中村:  ええ。しかし同時にきついですね。この現在の社会に生きていく上でも、ハッと教えられることがあると思います。与えられているものだけでは満足しないで、「よこせよこせ」ということから、いろいろ争いが起きますですね。ところが自分がもっているもの、自分が与えられているものに満足するということになりますと、心は安らかになるんじゃないですかね。それからあまり他の人を気にしないということになりますと、孤独ということもかえって楽しくなる。孤独の気持をもって、人と付き合いますと、人と付き合うことの楽しみがわかるんじゃないでしょうかね。それから口語に訳してありますけど、現代語で〈おれがいるのだ〉という慢心を制することは、これは現在の社会でもいろいろ争いを無くすためには必要じゃないですかね。
 
草柳:  「生きとし生けるものに対して自制するのは楽しい」凄いですね。、
 
中村:  そうですね。生きとし生けるものに対して、今まで近代文明というものは、とにかく自然環境なり、生きとし生けるものを征服すること、服従させることの方向で進んできましたが、しかしこれでいいのかしらという反省が今起きておりますね。生きとし生けるものはみな我々と同じように、生をもち、生命を楽しんでいるんだと思うと、我々の気持ちも違ってきますでしょうし、それから自然環境というのも、単なる我々の所有物だと、財産なんだということだけじゃなくて、その中で我々は自然環境の中でお互いに生を共にしているんだと思えば、態度も違ってきます。ああ、ここで生きていけるのは有り難いな、という気持が起きてきませんでしょうか。
 
草柳:  我執を離れるということは、今の釈尊の心境のようにやっぱりなるんでしょうかね。
 
中村:  これは難しいことで、なかなかそこまでいかないんです。しかし理想としてはやっぱり我執を離れて、あっさりした気持をもつと解決することもかなりございませんかしら。
 
草柳:  しかし悟りを開いたとは言いですね、釈尊も勿論生身の人間であるわけですから、誘惑に取り憑かれなかったということは勿論ないわけですね。当然あったと思うんですが、果たして例えば今悟った内容、それを教えとして説くべきかどうかということについては、釈尊はかなり迷いの時期というのがあったと。
 
中村:  あったと思いますね。それについては、釈尊はこれは今の人に説いてやったってなかなかわからない。自分の心境はわかって貰えないから、だから説くのは無駄だと思って控えておられたということです。ところがそこへ梵天(ぼんてん)という神様が現れて、「世の迷っている人々に教えを説いて救ってやってください」とお勧めしたと、そういう伝説が経典には出ております。梵天と申しますのは、当時の世界を主宰し創り出した最高の神と見られておりました、その神様です。
 
草柳:  じゃ、その下りを読んでみます。この部分は梵天が登場する前の釈尊の心境というものなんでしょうか。
 
わたしのさとったこの真理は深遠で、見がたく、難解であり、しずまり、絶妙であり、思考の域を超え、絶妙であり、賢者のみよく知るところである。・・・だからわたしが理法(教え)を説いたとしても、もしも他の人々がわたくしのいうことを理解してくれなければ、わたくしには疲労が残るだけだ。
(サンユッタニカーヤ)
 
というふうに。
 
中村:  ある経典では、悪魔が出て来て教えを説かせないようにしたという、そういう伝えもございます。それはその心の中のある動きを悪魔にかこつけたわけですね。それからさらに上の次元になりまして、世界を主宰し支配する、また世界を創って最高の神様である梵天が釈尊に勧められたと、そういう伝説もこの世にあるわけでございまして、そこは伝説ですからいろいろですけれども。しかしやっぱり釈尊が、果たしてこれを説いていいものかなと思って躊躇されたということは、やっぱり歴史的事実としてあったろうと思いますね。けれど、人々の迷っている、その人々と迷いをも共にして、悩みを共にし、そして正しく生きる道を説いてあげるということが、本当の自分の務めではないかということをフッと気付かれたんでしょうね。そこで教えを説き始められた。そこからですね、本当の仏教のあるべき姿というものがはっきりしまして、それで世の人々の寄辺(よるべ)となって広がった。またその人々の心に広がり、人々から頼りにされたということによって、仏教の教えが純粋なものになり、真にあるべき意義を発見した、あるいは発揮したことになるということも言えるんじゃないかと思うんでございます。
 
草柳:  じゃその梵天の、いわば励ましの言葉と言いますか、それをちょっと見てみましょう。
 
「尊い方! 世尊は教えをお説きください。この世には生まれつき汚れの少ない人々がおります。(聞けば)真理をさとる者になりましょう」・・・そのとき尊師は梵天の懇請(こんせい)を知り、生きとし生ける者へのあわれみによって、さとった人の眼によって世の中を観察された。・・・見終わってから〈世界の主・梵天〉に詩句をもって呼びかけられた。「耳ある者どもに甘露(不死)の門は開かれた。(旧き)信仰を捨てよ。」
(サンユッタニカーヤ)
 
いよいよこれから伝道の旅に出ようとする釈尊に対する梵天の勇気付けというか、そんなふうにとってよろしいんでしょうか。
 
中村:  これは仏典にも説かれておりますが、説かれても無理であり、人々が理解してくれないだろうという、そういう思いが、他の人にも釈尊にも起こった。マガダの国はどうも汚れた国であり、不浄の教えが充ち満ちているからと、そういうことも説かれたんでしょう。それは今日聞いてみても、とんでもない間違った行いも、間違った教えも、思想もはびこっていたというところだから教えを受け付けないだろうし、躊躇されたということも十分理解できるんですが、その障害を乗り越えて教えを説かれたというところに、この仏教の本質が現れ出たと思うんでございますが。
 
草柳:  ブッダは悟っただけではやはり仏教とは言えない。
 
中村:  それは釈尊の心の中だけの言葉ですが、これでは万人が伴うものとはならないわけですね。
 
草柳:  そうやって世間に広めていくことによって初めて法というものが完成に近づいていくんだというふうに思いますが。
 
中村:  そう思いますね。それで我々に伝えられた。有り難いことだと思います。
 
草柳:  有難うございました。次回は「法輪を転ず」ということで、何を説いたかという話を伺うことに致します。どうも有難うございました。
 
     これは、平成二十五年十一月十七日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである