平安の祈り≠求めて
 
                 作家・精神科医 帚 木(ははきぎ)  蓬 生(ほうせい)
一九四七年、福岡県小郡市生まれ。東京大学文学部仏文科卒、九州大学医学部卒。ペンネームは、『源氏物語』五十四帖の巻名「帚木(ははきぎ)」と「蓬生(よもぎう)」から。本名、森山成彬(もりやまなりあきら)。東京大学仏文科時代は剣道部員、卒業後TBSに勤務。二年後に退職し、九州大学医学部を経て精神科医に。その傍らで執筆活動に励む。一九七九年、『白い夏の墓標』で注目を集める。一九九二年、『三たびの海峡』で第一四回吉川英治文学新人賞受賞。八幡厚生病院診療部長を務める。二○○五年、福岡県中間市にて心療内科を開業。開業医として診察をしながら、人間の心と社会倫理を鋭く射抜く、ヒューマニズムあふれる作品を世に出し続けている。医学に関わる作品が多く、また自身(精神科医)の立場から『ギャンブル依存とたたかう』を上梓している。二○○八年、短編「終診」(『風花病棟』に収録)を執筆後にたまたま受けた定期検査で急性骨髄性白血病に罹っていることが発覚。半年間の入院生活を余儀なくされたが、現在は復帰している。著書に「ギャンブル依存とたたかう」「やめられない―ギャンブル地獄からの生還」共著に「依存学ことはじめ―はまる人生、はまりすぎない人生、人生の楽しみ方」小説に「白い夏の墓標」「風花病棟」「安楽病棟」ほか多数。
                 ききて (だん)  ふ み
 
ナレーター:  朝四時、愛用のシャープペンシルで原稿用紙に向かい合い始めます。作家帚木蓬生さん。明け方の二時間だけ執筆するスタイルを、三十年来守り続けています。毎年一作、歴史や医療、第三世界など幅広いテーマで作品を発表。九州の炭鉱で過酷な労働を強いられた朝鮮半島の人たち。精神科の閉鎖病棟の入院患者など、帚木さんは、社会的に光の当たらない人たちの怒りや悲しみを作品を通して代弁してきました。日中、帚木さんは精神科医として活動しています。九年前、地元の病院の副医院長を退き、小さな診療所を開きました。人々の生活の間近で心の相談に乗りたいと五十八歳で開業、森山成彬(もりやまなりあきら)が帚木さんの本名です。
 

 
帚木:  どうぞ。ほんとに狭いんですよ。十七坪だったんですね。
 
ナレーター:  この診療所は、帚木さんにとって理想的な広さだといいます。
 
帚木:  ここの二番目が私の診察室なんですね。
 
檀:  こちらが診察室なんですか。
帚木:  ここは狭いんです。狭くて、私がここに坐って、患者さんはここに坐る。案外座りいいんですよ。ああ、こうして、「よくいらっしゃいました。今日はどういうことでお見えになりましたかね」という。
 
檀:  お付きの方も時々いらっしゃって、
 
帚木:  家族の人はそこなんですね。
 
ナレーター:  帚木さんの診療所には、パチンコなどを止められず、際限なく借金を重ねてしまうギャンブル依存症の患者が数多く訪れます。待合室で患者を出迎えるセラピー犬の「心(しん)」くんが副院長。家族や患者の気持ちを和らげています。
 
帚木:  あの大きな病院にはなくて、狭いクリニックしかないものがあるんですね。それは何かというと、狭さなんです(笑い)。その狭さがいいんですね、お年寄りなんかにはね。
 
檀:  そうですね。大病院ではどこへ行っていいかわからなくなりますもんね。
 
帚木:  隣が視聴室ですからね。
 
檀:  視聴室では何を?
 
帚木:  最初の患者さんというのは、ここで相談を受けるんですね。
 
檀:  こちらから順番に。
 
帚木:  ここへ来て頂いて、「どうぞ、どうぞ」。それで身長計ったり、体重計ったり、
 
檀:  視力も関係があるんですか?
 
帚木:  それもあるんです。お年寄りなんかそうですから、必要なんですね。
 
檀:  メンタルには関係があるんですか?
看護師:  あります。
 
帚木:  痩せたらダメですよ。ここで一時間ぐらいかけるんかな。
 
檀:  最初の初診は?
 
看護師:  そうしていたら、心が和むんですね、雑談をしながら。大体こういうことだということで話を聞いて。もういろんな方がお見えになりますからね。怒っている方、泣きじゃくる方、いろんな方がいらっしゃるんで。
 
檀:  こちらで泣きじゃくって、
 
看護師:  そう。こちらにテッシュ置いていますから。
 

 
ナレーター:  ギャンブルをし過ぎた結果、脳に変化が起き、衝動を制御できなくなる依存症の恐さ。帚木さんは、早くから警告してきました。一九八○年代に、アメリカで精神疾患と認定され、現在は日本でも認められていますが、まだ意志の弱さが原因と見なされることも多いのが実情です。
 
檀:  先生の『やめられない―ギャンブル地獄からの生還―』のご本を拝読してびっくりしちゃったけど、ほんとに病気なんですね。それも重病なんですね。
 
帚木:  恐ろしいですよ。
 
檀:  恐ろしいですね。どんどん進行していく。
 
帚木:  家族は破壊するし、自分の人生はなくなるし、そんな状態が放置されていて、治療者が、少なかったというのが信じられませんよ。
 
檀:  あれは意志の力ではどうにもならない?
 
帚木:  なりませんよ。よく「あなたは入院施設があるから、入院した方がいいですよ」という、お父さまに連れられた息子さんが来ますよ。そうすると、「先生、もう一度意志を強くもって、やめてみせます」と言いますよ。後ろのお父さまは「馬鹿たれ! お前の〈意志〉というのは三百回ぐらい聞いたぞ」と言いますからね。
 
檀:  意志の力でもってギャンブルを止めますよと。
 
帚木:  ダメです。意志は働きませんよ。ギャンブル依存症者の意志はどこにいったかというと、道端に転がっているんですね。ギャンブルの患者さんの特徴は、まず「借金」ですよ。それから「嘘」と「言い分け」できますから。「嘘」と「言い分け」。だから人間は「嘘」と「言い分け」でズーッときますと、どんな善い人間でも悪い人間になりますよ。どんな人間かと言いますと、「見ザル、聞かザル、言わザル」。「見ザル」―自分のその病気が見えない、ギャンブルの。「聞かザル」―忠告が聞けませんよ。あの人たちは、周りに人が集まると、例えば家族会議があるじゃないですか。親類が来て、「お前はこう」と言うと、耳が栓をしますから。何を言われても耳に入ってこない。答えもしませんよ。答えると言(げん)質(ち)になりますからね。ムニャムニャと誤魔化しますよ。それから「言わザル」―自分の気持ちを言わない。言うとまた言質になるんでしょうかね。「あの時、お前、約束したじゃないか」とか。もうほんとに「見ザル、聞かザル、言わザル」で、「言わザル」というのは、奥様がよく亭主と一緒に来ますよ。「先生、ほんとにこの馬鹿亭主が、私は三十年間連れ添っていますけど、何を考えているか、さっぱりわかりません」とおっしゃいますよ。
 
檀:  何も言わないから。
 
帚木:  言わないから信用ができない。信用というのは、自分の心を打ち明けてこそでしょ。寂しい人間になりますよ。
 
檀:  ギャンブルの依存症というのが、ほんとに病気だ。それに進行するほんとに怖い病気だということが、まだ認知されていないですよね、世の中に。
 
帚木:  アルコールは認知されつつあるし、教育はなされていますし、タバコはほんとですよね。覚醒剤とかというのは、危ないというのはわかっている。シンナーも吸っちゃいかんというのはありますけど、このギャンブルに対しては、ほんとに教育、予防がなされていない。嗜(し)癖(へき)ですから―Addiction(特定の物質や行動を好む傾向)ですからね。Addictionはやっぱり予防ですよ。覚醒剤には手を染めてはいかん。アルコールだってほんとにイベントのある時だけ。毎日の飲酒はいけないよ。タバコはもう吸わないに限るというような予防教育が一番大切なんですけど、なされてないですね。
 
檀:  クリニック―ご自分の大きな病院からご自分の診療所を持たれたのは、十年ぐらい前ですか?
 
帚木:  そうですね。二○○五年でしたね。
 
檀:  十年にならないぐらいですね。それはどうして?
 
帚木:  これは後輩がよく「先生、私は開業します」というのがよくあって、やっぱり開業というのがほんとにいいんだろうなと思って、後輩が開業した時には、「おめでとうございます。ほんとに精神科医にとって、大学病院は保護室。もう牢屋みたいなところ。それから公立病院、県立病院とか、ああいうのは閉鎖病棟。鍵が掛かるところ。私立病院がありますね。私、私立病院にその時いたんですけど、それは解放病棟。開業こそが精神科医にとっては外来というんで、自由なもんでありますよ、というのを書いてお祝いの言葉にしていたんですね。いつかは、というのがあったんですね。そうしたら二○○五年に―今日檀さんがご覧になった線路横のビルが空くというので、〈あ、これは良いな〉。第一今までの精神科医のクリニックというのは、なんか質屋が密かにあるように、というところが多かったですが。
 
檀:  あまり人目につかないような場所にあった。大きなビルの中の一室とかに、むしろどんどん来てくださいみたいな感じで、
 
帚木:  そうですよ、堂々と。
 
檀:  凄く選ばれたのが、ご自分の生活範囲内で、
 
帚木:  そうですね。勤めていた病院からそう遠くないですから。最初は八十名か九十名か連れて来たんですね。ほんとにゼロから始められた先生なんか食っていけるのに、四、五年かかったとか言われるんですね。私のところはすんなりいったんですけど。その時もっていた患者さんは二百人ぐらい居たかな、その病院では。私はアルコール病棟の担当になって、アルコール依存濫用の三割に大体ギャンブルが依存するというような、案外合併し易いんですね。それ見ていて、精神科医でほんとにギャンブルは論議にならないし、論文も少ないので、と言って、それで論文出したりして、病棟もアルコール病棟にギャンブルの患者さんが入るようになったりしたんですね。他でやるところがないですからね。それで増えだしたんですよ。いよいよ開業してもそうですね。
 

 
ナレーター:  調査によれば、日本のギャンブル依存症の患者の多くが通っているのがパチンコ。自動車業界に匹敵する二十兆円産業で、全国の店舗の数は一万店以上。コンビニエンスストアと同じ規模です。ギャンブル依存症の患者数は増え続け、全国で推定四百万人とも言われますが、これまで本格的な実態調査は行われてきませんでした。帚木さんは、自分の診療所の患者百人を調査。その結果ギャンブル開始が二十歳。借金の開始が二十八歳。診療所へ駆け込むのが三十九歳。嘘を重ね、注ぎ込んだ金額は千三百万円という平均的な姿が浮かび上がりました。中には、借金が一億円以上の人もいました。恐ろしい実態の一端が初めて明らかにされたのです。
 

 
帚木:  もうすぐカジノができるかも知れませんので、このカジノができることに対して、精神科、学会が何も言わなかったら、これは後世の恥になるでしょうね。これ以上患者をこれ以上増やしていいのかと。メンタルな面での汚染ですよ。カジノのギャンブルによる汚染、それを放置していいのかと。
 
質問者: 何で日本ではその関心が低いんですか?
 
帚木:  薬がないからでしょう。薬が効かない精神疾患には、精神科医は興味を持ちませんから。それから薬屋さんも宣伝しませんからね。まるで薬屋さんが宣伝しない病気はこの世に存在しないかのように思っていますよ、一般の精神科医は。薬が効かない時は、みんな知らん顔というかですね。精神病というのは、薬がないところでもやっていくというのが、精神科医療の神髄と言いますかね、良いところですからね。情けない、実に。
 

ナレーター:  帚木さんは、もともと作家志望でした。東京大学仏文科に学び、一九六九年六月に卒業します。東京の放送局に就職し、芸能番組を担当しますが、二年で退職。そこから受験し直し、九州大学医学部に入学します。精神科医になるまでには、紆余曲折があったのです。
 

 
帚木:  あれはほんとに忙しい現場で、私が担当したのは、「歌のグランプリ」―ご存じですかね。青島幸男(あおしまゆきお)(1932-2006:作家、作詞家、タレント、俳優、放送作家、映画監督、政治家)と千夏(ちなつ)ちゃん(中山千夏)でしたよ。
 
檀:  そういうのをなさって、つまり歌番組をなさっていらっしゃった。なんか合わないから?
 
帚木:  合わない、合わない。こんな歌謡曲があったかな。こんな歌手がいたのかな、とか。でもそれもAD(アシスタントディレクター:assistant director)ですからね。弁当の手配、タクシーの手配、それから台本に振り仮名を付ける。「あれは笑って頂きます」というほんとに笑う番組ですから、幸男さんが泡風呂に入っているという場面があったんですね。私が一番若かったから、「この人」と言われて、これが俺か・・・と、
 
檀:  潜っていって、幸男さんと一緒に。
 
帚木:  潜りましたよ。幸男さんはこう。私は水着を着て、こう潜って、幸男さんが股でこう挟んだり、あ、そうかというんで、首を絞め首を絞めて、OKが出たら、それで終わりですから。わぁ、こういうことをしていて、自分はいいのかなと思い始めたんですね。面白いおかいし世界ですけどね。このために生まれてきたんじゃないなというのがありましたよ。あと何十年もその世界で生きていくんでしょう。これはやっぱり別の世界で行きたいなと思って。何がいいかなと思って、その時の東大医学部の―剣道部でしたから―同僚に聞いて、「どうかな、今から医学部に入れるかな」と聞いたら、「それはいるよ。他の学部を出て、医学部に戻ったのは。それはかまわない、何年遅れても」ということで受け直して医学部に入ったんですね。
 
檀:  医学部にお入りになったのは、何か意味があったんですか?
 
帚木:  それは食っていけるというのがあったんでしょうね。
 
檀:  どこのお医者さんになりたい。精神科を選ばれたのは何故?
 
帚木:  精神科は後になってでしょうね。卒業間際になって、これは外科とかは、四十歳、五十歳で終わりですから。ずっとやれるのは精神科かなと。ちょっと閑ですからね。これもいいなと思って精神科を選びましたね。これは大成功でしたね。他の科は大変だと思いますけど、精神科は意外に良かったですね。
 
檀:  別に閑だからということではないでしょう。
 
帚木:  まあ幅広い勉強ができるという意味でもですね。
 
ナレーター:  精神科の道を歩み出した帚木さんに転機が訪れたのは、三十二歳の時、フランス留学中のことでした。精神医学の先駆者ピエール・ムーラン教授と出会い、患者に向き合う姿勢から大きな影響を受けたのです。
 

                                    
帚木:  ムーラン教授もいい人で、定年の四、五年前だったか、六十歳ぐらいでしょうね。南仏の方というのは、やっぱり人情味が厚いし、人なつっこいんですね。一番びっくりしたのは、対人距離が近いんです。大体フランス人というのは、この距離ですけど、ムーラン教授は、朝来たら、ここでご飯食っている、ホォッという感じですね。
 
檀:  そうすると、治療の方も、診療の方もやっぱり対人関係が 
 
帚木:  凄かったですよ。ムーラン教授の診察を後ろで我々研修医は見るんですけど、なんと自分が待合室まで迎えに行っていましたよ。
 
檀:  患者さんを迎えに、
 
帚木:  教授が。「Madam(マダム),何々」と言って、こう連れて来て、コートがあったらコートを脱がせて掛けて、「お座りなさい」と。そして問診が微に入り細にわたり。問診が大事なんですね。それはほんとに言っていましたから。ムーラン教授は精神科医でもあるし、神経内科でもあったから両方兼ねていたんですね。そして診察をして、帰る時には、「一週間後、どうぞ薬はこうこうこうで、薬局で貰って帰ってください」と言って送り出して、そしてそれから説明があるんですね、我々に対して。その説明は医学的な説明ですから普通ですが、その接遇(せつぐう)が素晴らしい。
 
檀:  その患者さんに対する態度が、
 
帚木:  態度が。〈わぁ、これがほんとに医師たる者の接遇かな〉と思いましたね。こう言っちゃあなんですけど、九大の神経内科の診察なんか、「はい、次呼んで!」と教授は言っていましたから。そうすると、弟子が呼んで、「はい。おいで」これでしたから。これはえらい違うなと思いましたよ。それを接遇から学んだというところでしょうかね。これイギリスの精神科医ですけど、「お医者さんが処方できる最良の薬はその人の人格である」というのがあるんですね。
 
檀:  『風花病棟(かざばなびようとう)』にも書いてありました。「医師が処方する最良の薬は自分自身である」お医者さまが処方できる一番の最良の薬はお医者さまだけにある、ということですね。
 
帚木:  そうそう。その時は、「人格である」と書いてあったんですね。〈わぁ、人格かな〉と、昔は思っておったんですよ。しかしムーラン先生に接したら、やっぱりそうだろう、と。その人が、薬以上に患者さんに安らぎを与えて、治癒に導くんだろうなというのを、ほんとにそう思いましたよ。それが大きかったですね。
 
檀:  そういうお医者さんになろうと心に決めて、
 
帚木:  まあそうですね。目的はそうだなというのが、その時に芽生えましたからね。
 

 
ナレーター:  フランス留学は、帚木さんの作家としての出発点にもなりました。偶然訪ねた中世の香りが残る村。そのたたずまいに着想を得た帚木さんは、この地を舞台にサスペンス小説を書き上げます。『白い夏の墓標』で一九七九年デビュー。以来医師の仕事をしながら作品を書き続けました。人としての倫理が問われる場面で登場人物がどのように決断し行動するのか。精神科医ならではの心理描写で独自の世界を築き上げます。ある短編集の中に、帚木さんの医師としての信念を表す言葉があります。引退前の老いた医師が、先輩の看護師の死を看取り、新人時代に学んだことを回想する場面。夜中に突然始まった患者の甚痛に動揺し、狼狽えた若き日の医師に、看護師はこう諭したのです。「患者から逃げんで踏み止まって見届けてください。医師はその体験が自分の原点だったことに気付くのです。」
 

 
帚木:  精神科の診療と書くのがなんか矛盾しないかと、よく聞かれますがね。しばらくずっと書き進んできて、案外これは同じかなと思えたのが、今から十数年前はそうでしたよ。〈似ているな〉と思ったのは。小説書き始めは何やらわかりませんからね。漠然とした舞台に、漠然とした登場人物ですが、書き始めますよ。そうすると副人物が案外主人物に変わってきたりするから、〈おぉ、そうか〉この人物はこうやっていきたがっているんだな。この方向にひょっとしたらこの人は行きたがっているのかなというのが見えてきますよ。それは精神科の患者さんも同じですから。
 
檀:  最初はどんなことで、どんな治療法でいくかもわからない?
 
帚木:  わからない。登場人物と同じですから。しかし、〈あ、この患者さんはこうやって行く先を自分で見付け始めたなぁ〉という時期がありますから、もうそれに付き添っていくだけだし、迷っていたら何とか穏やかになるまで付き合うと。ごちゃごちゃすったもんだもあるかも知れませんし、しかし根本には小説と同じで、「何とかしているうちに何とかなる」という気がするんですよ。ほんとに小説は行き詰まっても、書き進まなければどうにもなりませんよ。「へのへのもへ」でもいいですから、書き進めなければなりません。患者さんに「あんた、うちに来なさんな」と言えませんから。やっぱり大変だろうなと思いながらも、いろいろほんとに「あ、この二週間良かったですか?」とか、「あと二週間頑張っていきましょうね」と、こんなもんですから。えらい似ているんですよ。それからすんなりいくようになりましたね。〈あぁ、同じだな〉というのが。
 
檀:  先生はその患者さんの話をじっくりお聞きになるということを大事にしていらっしゃるみたいですけど、それもフランスから学んだことですか?
 
帚木:  そうですね。我々ができるというのは、聴くのが一番ですからね。聴いているうちに患者さんの方が道を見出していってくれるという、なんかメカニズムがあると思いますよ。自分だけの中ではなかなかこう迷いで堂々巡りですけど、なんか聞く相手がいれば、〈あ、そうか〉という、自分で納得するような作用があると思うんですね。それがやっぱり精神科の大切な部分で、それはなんかフランスで学んだような気もします。
 
檀:  『風花病棟』の中の一番最後の短編の「終診」―最後の診療の話がありましたけど、あの中でも看護師さんに教えられた言葉がありましたよね。
 
帚木:  そうですね。
 
檀:  「逃げんで、踏みとどまり、見届ける」という。
 
帚木:  私は、その頃は『Journal of the American Medical Association』というアメリカの雑誌があって、そこを捲っていると、「a peace of mind」というエッセイ欄があるんですね。そこに「stay and watch」という、
 
檀:  「踏み止まって見ていなさい。見届けなさい」と。
 
帚木:  そう。あったんですよ。それはそういう先生が言った、「自分はナースからたびたび教えられた。その中で一番残っているのは、stay and watch≠セった」と。お医者さんというのは、案外その局面に来て、〈あ、これはなんか難しいな〉と思ったら、他の先生を呼んだり、ちょっと逃げ腰になりますけどね。そのナースは「stay and watch―それはあなたの将来に役立ちますよ、と言った」というのがあったんで、早速使ったんですね。「stay and watch」踏みとどまり、見届けるで、「逃げんで」というのを入れたのが、あの短編ですよね。一種のお医者さんのスタンスとしては必要なスタンスじゃないでしょうかね。お医者さんの成り立てというのは、ナースの方が先輩が多いですからね。学ぶことが多いし、それから我々精神科医は治らない病気の方もおられるし、それなのに気丈に生きているとかね、ギャンブルの患者さんだって、十年、十一年、五年、三年とか止めている患者さんはいっぱいいますからね。
 
檀:  ギャンブルを止めて―止められるんですね。
 
帚木:  なかなか止められますよ。基本は週一回自助グループに行くというのが必要ですよ。週一回以上ですよ。私は、ギャンブルの患者さんたちを調べて、大体「週に二回行きなさい」と言っていますよ。というのは、なんで昔から「週一回以上行きなさい」と言ったのは、自助グループの抑止力というか、みんなが集まって、「あと頑張ろうね」ということで別れて行きますよね。そのワクチン効果というのは、一週間しか続かない。もう二週間、三週間になると、「もう良かろうかなぁ。やってやろうかな」という気になってくるんです。特にこの金はお婆ちゃんから貰った一万円だから誰も使ってもわからないぞ、と行ってしまうんですね。それで元に戻りますから。週二回行くと、それがなんか止まるんですね。「やっぱりだな。あ、いけない」ということで。
 

 
ナレーター:  帚木さんが、ギャンブル依存症の患者の治療にミーティングが効果的であると気付いたのは、十数年前のことです。当時北九州市の八幡厚生病院に勤務。そこではアルコール依存症の患者同士でミーティングを行っていました。ある日ギャンブル依存症の男性が訪ねてきます。帚木さんは、アメリカなどでの取り組みを参考にアルコール依存症患者のミーティングに参加させることで回復に導いたのです。今もこの病院では、ミーティングを重視しています。ミーティングで使うテキストは、「ギャンブラーズ・アノニマス」という民間団体が発行したものです。「ギャンブラーズ・アノニマス」は、一九五○年代アメリカに住む二人の依存症の男性が立ち上げた自助団体です。ミーティングでは、上下関係はなく、参加者は本名でなく、通称で呼び合います。互いに正直に語り、批判も批評もしないのがルール。特定の宗教や政治思想には属しません。病院を退いた今も、帚木さんは、毎週一回、オブザーバーとして参加し続けています。
 

 
(ミーティングの場面から)
 
患者A:  まだ私は入院一週間なんですけど、自分の場合は、なかなか振り返るということが恐くて、できなくて、借金も重ねて、家族も傷つけてしまって、もうとても家族は許してくれないと思うんです。だからと言って、やっぱりこれからも自分はまだ生きていかないといけないんで、こう参加さして貰って、苦しんでいるのは、自分だけじゃないというのはよくわかるし、自分の弱さとかも気付くんですけど、やっぱり自分の今まで見なかった内面というのを見るということも、やっぱりもの凄く怖い部分もあって、自分自身の中を見つめながら、もう聞いていたら、自分もできたらいいなと思います。
 
患者B:  やはり退院が近づいてきますと、やっぱりどうしても焦りとか、そういう不安の面が今一面あるんですけど、今先ほど仲間が話されたように、ほんとに進行性の病気で、回復を終わっても完治はない。その中で一番大事なのが、この病院に入院して、仲間との話ですね。勇気を貰えるんですね、自分にとって。以上です。
 
ナレーター:  この日司会を務めた一心さんは、かつて同じ病気で苦しんだ経験者。十二年前、帚木さん―つまり森山医師の治療を受けた最初のギャンブル依存症の患者でした。以来、一心さんは、ギャンブルを絶ち、自分の体験を語り続けています。
 
一心:  十二年前の私は、母親、姉さんと嫁さんの三人に強制的に連行されて、この病院へ来ました。自分の意志でこの病院に来ていません。そこで初めて森山先生に出会って、診断テストがあって、「あなたは完全なる病的とばく症(ギャンブル依存症)と言われてですね。なんか病的とばく症と言われた時にもの凄く疑ったのを覚えています。まあその前に自分は精神病院に入院して来た。もうどうでもいいやという気持ちがあるんですね。でもこれは間違った考えと思うんだけど、やっぱり自分の問題と向き合いきれない自分の状態だったから、その中で森山先生が「まあ入院をどうしますか?」と言われた時に、「ちょっと考えさしてくれ」と言ったんですね。というのは、まだ少しお金が残っておったもので、その中で、それは森山先生に嘘をつくわけだけど、ギャンブル依存得意のなんやかんや嘘をつく問題というか、その中で「三日間考えさしてくれ」と言ったんです。そうしたら、後ろに待機しておった嫁さん、姉さん、母親が、一斉に、「あなた、何を考えておるんで!今更」前から、後ろからも頭を叩かれそうな感じですね。そこで森山先生が、止めてくれたんですが、「ここの病院には任意入院だからダメなんです。本人が入院を受け入れなければ」ということで、一瞬だまったんですが、その後に森山先生が言った言葉が、「その三日間、どうするんですか?」と。また嘘を付くんですね。「自分は気持ちを落ち着かせたいし」。今でも十二年前の先生と出会って、診察診断テストをやったことを思い出すんですね。決してそれは忘れてはいけないなと思っています。ギャンブルをやめて何が一番嬉しいかと言ったら、もう嘘をつかなくなったというのが一番嬉しいです。これは人に対しても家族に対しても嘘を付かなくて、でもはっきり言ってギャンブルしたら百パーセント間違いなく嘘を付くでしょう。いろんな人からここまで来させて貰っていますし感謝しているんです。
 
ナレーター:  ミーティングでは毎回最後に唱える言葉があります。
参加者:  神さま、私にお与え下さい
自分に変えられないものを
受け入れる落ち着きを!
変えられるものは
変えていく勇気を!
そしてその二つのものを
見わける賢さを!
 
ナレーター:  テキストの表紙に記された「平安の祈り」。自分がギャンブル依存症という病に罹った事実は変えられない。しかし今後は生き方を変えていくことができる。そこへ踏み出す勇気を持とうと、仲間と誓い合う言葉です。
 

 
檀:  依存症の患者さんたち、自助グループで話す。やっぱり人の話を聞いて自分で話すということも非常に効果があるんですか?
 
帚木:  そうですね。「見ザル、聞かザル、言わザル」でしたから、他人の今までの来歴を語っていますからね、それで見えてきて、自分も、〈あ、そうだったかな〉と見える。そして「聞かザル」といっても、ミーティングそのものが他の話を聞くというスタンスになっていますから、聞いてくる。「言わザル」といっても、ズーッと出席しながら言わないというのは、一遍そこらは「パスします」というのはありますけど、二回目からは、ここは自分で言っても安全な場所だな、というのがわかってくるんでしょうね。言うようになりますよ。家の中の弾劾の場―家族会は、そうはいきませんよ。ちょっと言おうかと言うと、パッパッパッと言いますからね。まったく違うという効力をミーティングは持っていますよね。
 
檀:  多分正直に言ったことというのは、嘘じゃないから、嘘を付かないということも凄く楽になるでしょうね。
 
帚木:  そうです。止め続けた人たちが、「先生、こんなに楽なことありません」というのは、嘘を付かないでいい人生らしいですよ。あの人たちは、起きてから、すぐ今日はどうやって金を手に入れて、どうやって閑を作るかですから。日本人は「嘘八百」というのがありますね。嘘八千でもない、嘘八万でもない、嘘八十万ぐらいが、「先生、そのくらいは嘘付いてきました」と言います。
 
檀:  一日中嘘を付いてきた。
 
帚木:  朝から晩まで。どこまでが嘘かわからないぐらいになっていますから。それが止め続けていると、それがないですから、「こんなに楽なことありません。もうギャンブルできませんね」とおっしゃいますよ。
 
檀:  それは自助グループで正直に話せたからこそ獲得できるというものですか?
 
帚木:  みんなが正直に話していますからね。その人だけがなんか取り繕って話すと目立ちますよ。〈あ、なんか取り付くっているな〉というのがわかりますからね。話しづらくなるみたいですよ。やっぱり〈ここはほんとのことをいう場所だな〉というのがわかってきて、そうしたら大分治療が進んできたということでしょうね。退院の時に、「先生、もう金輪際しません」と言って、〈わぁ、この人はよう変わったな、よくなったな〉という人が、病院を出て帰ると、そこに飲んでからなんかうろうろしているというのがありましたから。まったく精神科医というのはわからないですね。この馬鹿たれ! 酒飲んではこんなふうになるんだと。良いことばっかり言っていたのが、なかなか断酒に至らなかったりですね。あの馬鹿たれ患者が、こんなに乱酒が続くというのは、見通しがつかないんですよ。それぐらい騙され易い、我々は。ただほんとにどうにもならないのが、自助グループで立ち直っていって、アルコールもそうですけど、〈へぇー、こんなに変わるもんかな〉というのは多々ありますね。その変わりようは見分けがつきませんよ。
 
檀:  誰がどんなふうに変わるか。
 
帚木:  そう。それは我々練達の人が接しているけど、それはほとんどのアルコールとかの治療していた先生が言いますよ。
 
檀:  この人は治るとか、この人は治らないというのはわからない。
 
帚木:  途中もわからない。ましてや「先生も頑張っていきますからね」と言っても、もうこんな患者が、と、信じられないぐらいわからない。それぐらいなんかあの自助グループの力というのはあるのではないでしょうか。
 
檀:  自助グループに入ると、確かに変わっていくというのが。
 
帚木:  ええ。なんか心が洗われるんですね。洗われるんですよ。そのミーティングに参加ですだけで。ギャンブルをよる性格の変化、脳の変化は目に見えないでしょうけど、それが薬じゃなくて癒やす効果がある、立ち直らせる効果があるということで、大変な力じゃないでしょうか。医療従事者というのは、自分たちが力を持っているから、患者が集まっても自助グループがミーティングを開いても、なんのことないぐらいに思っていますけど、そんなことないですよ。今、癌患者さんの自助グループもあるぐらいですからね。
 
檀:  やっぱり人って、人なんですね。
 
帚木:  「人の病の最良の薬は人である」というのがありましたから、セネガルの格言かなんかで。それは昔のセネガルは薬もないでしょうから、そうでしょうけど、薬のある現代でも「人の病の最良の薬は人である」というのが、絶対じゃないでしょうかね。
 

 
ナレーター:  医師である帚木さんが、患者の置かれた立場を見つめ直す転機が、六年前にありました。定期健康診断で急性骨髄性白血病が見つかり、半年間の入院治療を余儀なくされたのです。その中でこれまでとは違う意味で、心に響いてきた言葉があります。ミーティングの最後に、毎回患者たちと一緒に唱えてきたあの「平安の祈り」です。
 

 
檀:  自助グループのミーティングで、最後に「平安の祈り」のを唱えますね。
 
帚木:  あれは二十何年前から自助グループに出ていて、最後に言うんですよ。
 
神さま、私にお与え下さい
自分に変えられないものを
受け入れる落ち着きを!
変えられるものは
変えていく勇気を!
そしてその二つのものを
見わける賢さを!
 
最後に言うんですね。アルコール依存症もそうだし、他の末期癌の患者さんの自助グループだって大抵そうでしょう。私は最初の方は〈さようでございますか、はいはい〉、心に響かなかったんですね。〈はい、さようでございますね。はい、はい〉と言って進めていたんですけど、白血病で二○○八年に入院してからが、俄然〈そうか、あの言葉はそうだな〉というのが思い当たったんですね。白血病の宣告でしょう、先生から。「五分五分の勝負です」と言われるから、〈五分五分か!〉。大体あの時、私は六十一か、そこそこですよ。〈ああ、白血病というのは、もう変えられないな〉と。そして変えられるものはありますよ。ましてや五分五分なら、まあいけるんじゃないのぐらい、明るくいけますからね。ということで、変えられる。明るく行って、前向きで行こうなと。「変えられるものは変えていく勇気を」ですから。〈そうだね。なかなか良いこと言っているね〉。「二つのものを見分ける賢さを」ですから、〈あ、違うね、ともかく〉。白血病は白血病、しかしその他のあれはいけるね、ということで、俄然あれが生きてきてね、それ以降病気してからは唱える心構えがほんとに違ってきましたね、十分最後に。「白血病」って、こう宣告されればビシッときますからね。白血病は変えられない。しかし、にも関わらず前向きに明るく行き尽くすのは本人のことだし、周りの協力もあれば可能であると。その区別はもう判然としていますよね。ただやっぱり白血病がなんか目を開かせて納得させた、というところじゃないでしょうか。
 
檀:  先ほどのギャンブルの方と同じで。
 
帚木:  そうだと思いますよ。
 
檀:  でも、それだけこの地域の方々と密接に繋がっているお医者さんが、ご病気なさって、クリニックをどうするかという、
 
帚木:  そうですね。それはほんとに晴天の霹靂だったので、最初は「半年かかります」と言われましたから、白血病の治療が。半年ならこれはどうみても閉院しかないな、と思いましたね。
 
檀:  止めるしかないと、
 
帚木:  止めるしかないと。勉強会をもう二十年前からやっていた時の一番の先輩の伊藤先生に電話して、「先生、こうやってもう入院生活に入ることになりますから、もうクリニックを閉めなければなりませんけど、閉めるにしても、どの患者さんをどの病院に紹介するか。お医者さんが要りますから」「いや、それはみんなで手分けして診るから、クリニックは閉める必要はないよ」と言われて、〈おぉ、そんなことできるかな〉と思ったら、もう次々に先生たちが見えて、勿論大学にも連絡したら「若い先生を派遣します」ということになった。月曜日はどこの先生、火曜日はどこの先生、水曜日はどこ、木曜日の午前中は誰先生、午後は誰先生と日替わりです、ほんとに。それで最終的には半年で十八人ですか、先生が見えましたよ。
 
檀:  でも患者さんとのこの関係があったから、ちょっと患者さんは戸惑いましたでしょう。
 
帚木:  それはそうですよ。注射というのは万能で、注射でやってほしいというのが、患者さんの願いでしょうね。それが病気になってから自殺は一人ありましたね、半年の間に。
 
檀:  それはちょっとお辛かったですね。
 
帚木:  まだ七十までいっておらない女の方ですよね。
 
檀:  他の患者さんはあまり離れずに先生をお待ちになっていた。
 
帚木:  そうです。「治療者が病気になった時に、いい面は、患者さんが病気になった治療者を慰めることができるような立場になると。これは非常に患者さんにとって、いい作用をする」というのがあったんですね。確かに私も、病気の合間でも診療にちょっと出ていましたから、「先生、お大事になさってください」と言われると、〈そうか、そうだな〉と思いましたからね。それによって患者さんの健康度が高まる、というのがあったんじゃないでしょうかね。それは見事でしたね。手紙でも、「戻られるまで待っています」とか言われたから、これは有り難いですね。それから何よりクリニックは消えてなくならないというのも支えですよ。戻るべき場所がありますから。
 

 
ナレーター:  半年に及んだ入院治療を振り返り、帚木さんは、医学雑誌に自らの心境の変化を綴りました。治療者である自分も患者もお互いに脆い存在であると気付かされたこと、そして患者と同じ目線で向き合えるようになり、なんとか病気を取り除かねばという焦りが少なくなったこと、また開業医自身が病んだ時、診療の継続が忽ち困難になってしまう制度の硬直性についても率直に記しました。退院後も、帚木さんは習慣を変えず、毎朝二時間の執筆と体操を続けています。そして八時半には愛犬心くんと一緒に診療所に出勤します。ありのまま生きる心くん。その姿から過去を引きずらず、今その瞬間を生きる姿勢を学んだと、帚木さんは言います。
 

 
檀:  心ちゃんがやっぱり寂しがっていた?
 
帚木:  そうらしいですね。当初は何でそんなにクリニックに犬がいなくちゃいけんのかなぁ、というのがありましたけど、実際のセラピー犬として心くんを飼っていると、患者さんはほんとにワンちゃん好き、猫ちゃん好きが多いですね。それは初めて知りましたよ。そうしたらそれが話題になりますからね。「わぁ、何匹飼っているんですか?」とか、「二頭いるんです」とか言われますから、話題も増えたし、ほんとにペットが患者さんを支えているんだな、というのがよくわかりましたね。自分が飼っていなかったら全然見えませんよ、そういう世界は。患者さんの裏側の世界。第一、お医者さんに向かってペットの話なんかしませんよ。
 
檀:  そうですよね。違う空間になりますから。
 
帚木:  違うですから。ただ言うと「先生、うちの犬もこの間病気になりましたね」という話になるんですからね。
 
檀:  今日はちょっとピンクのお召し物だけれども、それで治療をなさっていた?
 
帚木:  そうです。退院してからは明るくいこうというか、クリーンルームですから。一人部屋ですけど、最後の方は自分の食べたトレーは廊下に出て収めることができるんですね。その前は行きませんけどね。そうすると、血液病棟ですから、みんな入院されているんですよ。しかしみんな暗い。これじゃ、こんな暗さだと病気も取り憑くな、と、その度に思いましたから。これはよくないと思って、これからは服装も明るくしていこうと。昔はシック(chic:粋な、しゃれている)な色とか考えましたけど、もう明るくというふうに切り替えましたね。やっぱりこれは、というので考え直して、それから先は、靴下もパンツもそうだし、下着もそうだし(笑い)。
 
檀:  やっぱり元気になります?
 
帚木:  でしょうね。何くそというのがありますしね。
 
檀:  患者さんもちょっと変わられましたか?
 
帚木:  あ、患者さんが変わりますよ。私がこうしていると、ほんとに明るいのを着てきたりしますよ。なんか抵抗がないみたいですね。こうしなくちゃいけないのかな、と思ったのかも知れませんけど。
 
檀:  そうやって治療者の立場である方が、病気になってみると、随分変わるもんですか?
 
帚木:  それはそうですね。一番大きなのは、なんか自分が白血病になる前までは、この患者さんの病気はなんとかしてこう上向きに、いい方向にいかなければいけないなという、焦慮というか、焦燥がありましたけど、白血病の後は、変な症状があってもなんかゆとりをもって聞けるような、それは変わりましたね。それは大きく変わったような気がしますね。
 
檀:  ゆとりをもって聞けると、ちょっと治療の具合もよくなるんですか?
 
帚木:  そうですね。焦りがないし、だから病気をしても負のファクターだけではない。なんか儲けものというのもありますよね。「変えられないものは受け入れて、変えられるものは変えていく。二つのものを見分ける賢さを」でしょう。それだって病気しなけらばわからなかったんですから。
 
檀:  それは人と深いところで付き合っていく。
 
帚木:  そうですね。「患者さんが教科書」というのは、昔から言われていますけど、あの時の教科書というのは、症状は患者さんが出しているから、それを診なさいということでしょうけど、私のなんか患者さんのそういう生き方、病気を抱えながらも逞しく前向きに行っている。人間はこんなに変わるんだなというのを見てですね、〈あ、これこそが教科書だな〉と。そうすると、私たち治療者も、むげなお医者さんにはなれないんですよ。なれませんからね。というのが、ああいう患者さんを治療するというか、見守るというか、そういう立場にある私たちの感謝と言いますかね、教えを貰っているな、というのが言いますね。
 

 
ナレーター:  かつてギャンブルにとらわれ、家族から入院させられた一心さん。帚木さんから勧められたミーティングで、自分が回復のきっかけを掴んだようです。退院した今も同じ病を持つ仲間たちを支えています。進行性の病、ギャンブル依存症、自らも再発しないように毎日各地のミーティングに参加し続けています。
 

 
一心:  ミーティングって、ギャンブル、アルコールやめるための目的だけじゃないですね、自助グループは。生き方を仲間と考えさせてくれるし、気づきを気付かしてくれます。助けてもらった人に返すんじゃないですわ、僕らは。苦しんでいる人に伝えるというのが、助けた人に返すよりも、自分自身も助けて貰ったそれを伝えていったら、ほんと横の繋がりがもの凄く強くなるんじゃないですか。
 

 
ナレーター:  一心さんが、ギャンブルを絶って十二年目の記念日。帚木さんは色紙を送りました。回復の源流であり続けてほしいというメッセージです。生き方は変えられるという勇気をもって依存症と闘い続ける人々。一方国会では、安倍首相らを最高顧問とする超党派の議員連盟がカジノを解禁する法案を纏め、成立を目指しています。帚木さんは、各地へ出向き、ギャンブルが心を蝕む危険性を訴え続けています。
 

 
帚木:  こういうギャンブルがいかに恐ろしいかという中でですね、今問題になっているのはやっぱりカジノあたりがまた出てくるんではなかろうかと。日本は恐ろしい国になるんでしょうね、たぶん。ドカーンとカジノを作って、飛行場も成田あたりからシューと高速道路作って、そこに行こうとしているんじゃないですかね。恐ろしい時代が来ているということで、いい質問をありがとうございました。どんな徳目のある人でもギャンブルをやっていると人間性を失っていく訳ですよ。思いやり、寛容、正直、謙虚というの、どんな人間でもですよ。
 
     これは、平成二十六年三月二日に、MHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである