仏教を生きるG末法の世の救い
 
                       東洋大学教授 田 村(たむら)  晃 祐(こうゆう)
                       き き て  草 柳  隆 三
 
草柳:  シリーズでお伝えしております「仏教を生きる」、今回のテーマは八回目になりますが、「末法の世の救い」です。末法、いわば仏教の時代観というべきものなんですが、世の中が乱れて末法の時代に立った時に、日本の場合は日本の仏教界がどういうふうな動きがあったのかということを中心にしていつものように東洋大学教授の田村晃祐さんにいろいろとお話を伺ってまいります。今回もどうぞよろしくお願い致します。
 
田村:  よろしくお願い致します。
草柳:  「末法の世の救い」ということで、末法というので、字を書けば「法の末」「法の終い」ということなんですが、これはどういうところからきているんですか?
 
田村:  インドで釈尊がご存命のうちは直接お弟子の方は釈尊からお話を伺って、そして悟りを得ることができたということになりますですね。ところが亡くなられた後、暫くの間はやはり直接の影響力も残っておりまして、そのまま教えも伝わっていく。それに従って修行する人もいる。そして最高の目的である悟りを得ることができるという時代が続くわけですけれども、だんだん時代が経っていくとなかなか思うようにいかなくなる。正法―正しい法の時代という時はいいんですけども、その次は像法(ぞうほう)―像は象(かたど)ると言いますかね、形だけ残っていくというような時代がきまして、それで教えはある。それを修行する人もいる。だけれどもなかなか悟りを得ることができる人が居なくなってくるというような時代。それからその後になりますと、今度今おっしゃった末法の時代で、末の法の時代ということになりますと、教えだけはあるだけれども、それを本当に修行する人も居なくなる。まして悟りを得ることができなくなるというので、だんだん仏教が衰えていくというような時代の流れがあるという考え方が仏教の中にあるわけですね。これは他の見方からいうと、お坊さんが最初のうちはちゃんと悟りを得る。だんだん衰えてきて二千年ぐらい経つと、お坊さんも争いばっかりしていて―「闘諍堅固(とうじようけんご)」と言うんですけれども、争ったりばかりしていて本当の仏教をそのまま修行し悟る人が居なくなるというような歴史観があるというわけですね。
 
草柳:  例えば正の時代が何百年、その次ぎの像が何百年というふうに、これは説があるそうですけれども。
 
田村:  はい。これは伝承によって正法の時代が五百年とか千年とか、あるいは像法の時代は千年、末法の時代は一万年というような時代の長さの違いもありますし、それからこれは今までもそうなんですけれども、釈尊という方は、いつ亡くなられたかという歴史がはっきりしないんですね。インドの人は歴史がはっきりしない。そうするといろんな伝承がありまして、いつ亡くなったというこの説によれば、それから五百年だという説、千年だという説というので、実際に末法に入るのは千年からというのはなかなか難しい、いろんな説があり得るということになるわけですね。ただ日本なんかで非常に多く用いられたものに西暦一○五二年、平安の時代のちょうど中頃ですけれども、その頃から末法に入るという考え方がかなりありまして、そうすると平安の貴族あたりが非常な危機感を持つ。鎌倉時代のお坊さんたちが非常な危機感を持って、末法時代の仏教はどうあるべきかというようなことを考えていくということになりますですね。
 
草柳:  日本の場合には、それが時代の乱れと言いますか、平安の貴族政治がだんだん衰えていって、武家社会に入る、ちょうど境目あたりということになるんでしょうか?
 
田村:  そうですね。そうすると、もう源平の争いが起こる。それから鎌倉幕府が成立した後でも承元(しようげん)の変なんかが起こるというので、非常に世の中が闘争の時代に入る。そうすると、末法思想でも闘諍堅固―争いの時代に入るというようなことと一致するというような状況がありまして、事実だというふうに受け入れる。そうしたらそれに対して仏教としてはどうすればいいかというようなことになるわけですね。
 
草柳:  その末法の時代に、世の中が乱れた時代に、その末法の考え方というのは当時の人々にどういうふうなことを促したんですか?
 
田村:  やはり末法だからというので、どうしたらいいかというと、一つは、『法華経』の中にもそういう末法の思想が出てきまして、そうすると『法華経』によって末法の時代なるが故に仏教の中でも最高の教えによって、しかもその悟りに一直線に入るような教えによっていかなければならないというので、どういう教えによるかというので、一つは『法華経』によるという流れが出てきますね。それからもう一つは浄土教で、浄土教の教えというのは末法の後「法滅(ほうめつ)」といって、仏教がまったくなくなってしまうという時代がくる、という考え方なんですけれども、その法滅の時代にさえも浄土の教えは残していく、というふうに釈尊がおっしゃっておられるということで、そういう法滅の時にも猶生き残る、人々を救う思想である浄土教。これは勿論法滅の時だけでなしに末法時代でも像法でも正法でもあらゆる時代に通用する法ということになりますけれども、浄土教によって救いを求めていくというような流れと、大きくいうと二つの流れができたというふうにいうべきでしょうね。
 
草柳:  今日のお話の中心は、今おっしゃった二つの流れのうちの後の法の流れについて詳しく伺っていくことになるわけですが、そしてその末法の時代―乱れた世の中の時代に危機感を持った、危機感を持ったということの底流には、底の方に流れていたものとしては何が考えられるんですか?
 
田村:  やっぱり「五濁悪世(ごじよくあくせ)」というので、昔から伝えられている世の中がだんだん濁っていく時代に入るということと、それに伴って悪人の自覚、自分は悪人なのだというような自覚が非常に深く出てくる。悪人も救われる教えというのを求めていったということになると思いますね。
 
草柳:  その末法の考え方というのは、勿論例えば中国などではもうちょっと古くからあったわけですね。そうした考え方というのは当然日本に、つまり以前から入っていたわけでしょう?
 
田村:  そうですね。これは随の時代ぐらいには実際には、末法という、法滅の時代がくるというので、法が滅する。仏教がなくなってしまう時代がくるというので、その時代にもなんとかして残そうと思って、石の板にお経を彫りつけ始めるというような人がおりますね。これはズーッと続きまして、清朝(しんちよう)ぐらいまで彫り続けられたようですけれども、今房山(ボウザン)(河北省)というところでは三千五百巻あまりの仏教の書物が石の板に彫られていて、その石が一万五千枚ぐらいあるというんですけどね。これは中国の方はやることが壮大ですね。
 
草柳:  ちょっと桁が違いますね。
 
田村:  桁が違いますね。石に彫っておいたら仏教の経典がなくなってしまうという時代でも、尚それが残っていくだろう。何とかしてその時まで残しておきたいという考え方ですね。それから思想的には信行(しんぎよう)禅師(中国隋代の僧:540-594)という方が『三階教(さんがいきよう)』というのを作られた。これは末法思想に基づく教えですし、それから浄土教でいうと道綽(どうしやく)禅師(唐代の中国浄土教(中国浄土宗)の僧侶:562-645)という方が特に末法ということを浄土教の中に深く入れて考えられたというような方が出ますですね。それから中国でも天台大師智(ちぎ)という天台宗を作られた方の先生である慧思(えし)禅師(中国の六朝末の僧:515-577)という方が末法思想をもちますですね。これは慧思(えし)禅師も何回か同僚に妬(ねた)まれてということでしょうけども、毒殺される危険があったわけですね。一緒にいた人で毒殺された人もいるようですけれども、そういう中でお坊さんがお坊さんを妬んで毒殺しようとするような時代というのはもう末法の時代だということで、非常に深く末法思想を受け入れられるわけですね。そういうものの影響があってということになりましょうけども、日本で非常に末法ということを意識された方に伝教大師(でんぎようだいし)最澄(さいちよう)という方がいらっしゃいますですね。
 
草柳:  その最澄の受け止め方というのはどうだったんですか?
 
田村:  最澄という方はここでも何回も出てきますけれども、十九歳の時に比叡山へ入って、そこで山へ入って修行するについての「願文」、私は修行する以上、これだけのことをできるまでは山から出ないんだという、そういう誓いの文章を書かれるわけですね。この誓いの文章は最初は非常な無常観で満たされているんですね。誰も葬式の場所に自分の遺体を飾られたいなんて思う人はいないけれども、誰一人としてそれを逃れるものはない。誰でもお墓のあんな真っ暗な石の中に自分の身体を横たえたいと思う人はいなくても、それを逃れることはできない、というようなことを書きますですね。どうしても無常でそういう死を逃れることはできないというならば、今のうちに善いことをやらなければ来世は地獄に堕ちるというふうに考えるわけですね。それで来世に地獄に堕ちるというのも、地獄も、例えば一番下の無間(むげん)地獄という一番最低の地獄へ堕ちるものの中に「虚しく信施(しんせ)を食へる者」というのがあるんですね。これはどういうことかというと、お坊さんは自分で生産しなくて人からこう貰って食べる生活ですね。貰って食べるという以上はお坊さんは仏教を真面目にやらなければいけない。真面目に学問し、真面目に修行して、その代わりに人からものを頂いて食べるということですね。「虚しく」というのは、それをしないということですね。あんまり学問に努力をしない、修行に努力しない。そのくせに形だけはお坊さんで人から物を貰って食べるなんていうと、これは来世は無間地獄という一番下の地獄に堕ちるということですね。そういうことで最澄は自分がそれに価しない悪人なんじゃないかということを非常に深く反省していくということになりますですね。
 
草柳:  この辺のところを見てみたいと思うんですが、
 
伏して己が行迹(ぎようしやく)を尋ね思うに、無戒にしてひそかに四事の労(いたわ)りを受け、愚痴にして亦(また)四生(ししよう)の怨(あだ)となる。・・・
是に於て愚が中の極愚(ごくぐ)、狂(おう)が中の極狂(ごくおう)、塵禿(じんとく)の有情(うじよう)、底下(ていげ)の最澄、上は諸仏に違い、中は皇法に背き、下は孝礼を欠けり。
(願文)
 
田村:  それで前半は今申しあげたようなことの繋がりになるわけですけれども、「伏して己が行迹(ぎようしやく)を尋ね思うに」自分が何をやっているかということを一生懸命になって考えてみると、「無戒にしてひそかに四事の労(いたわ)りを受け」自分はもう戒律なんか厳重に守っていない人間であるにも関わらず、「四事の労(いたわ)りを受け」というのが、人から物を頂いて食べるとかですね、それから衣服とかいろんな物を頂いている。それでお坊さんらしくないくせに、お坊さんとしてのことをやっていないくせに、人から物を頂いて食べている。「愚痴にして亦四生(ししよう)の怨(あだ)となる」こうして愚かであって、あらゆる生物、「四生」というのは、あらゆる生物という意味ですけど、あらゆる生物の怨(あだ)となっているということを深く反省しましてですね、そして「是に於て愚が中の極愚、狂(おう)が中の極狂」ということをいうわけですね。これは「愚(ぐ)」というのは、学問のできない人という意味なんです。それから「狂(おう)」というのは、修行ができない人という意味なんです。「狂う」という字は、気が狂うという意味ではないんですね。「狂う」という字ですけども、修行ができないという意味で、私はもう愚の中の極端な愚である。修行ができない中でも最も修行ができないものである。「塵禿(じんとく)の有情(うじよう)」というのは、形だけのお坊さんだ。形はお坊さんの形をしている人間で、最低の最澄なのだというような、諸仏にも、天皇の法にも、親に対する孝礼も欠いているということで、それでそういう反省をして、比叡山へ上って修行の生活に入るということになるわけですね。後でまた末法の思想というのを非常に強調しまして、末法だから『法華経』に依らなければならない、ということを言いますし、比叡山に入るという時に、今度後で書かれた本の中では、時代を知るから山へ入って修行しなければならない、というようなことを書いていくわけですね。そういうことで最澄という人は、末法思想と、それから山に入って修行しなくちゃ悪人の自覚というようなものをだんだん結び付けていった人というふうにいうことができるんだろうと思うんですね。
 
草柳:  つまり悪という自覚、それに対する反省というか内省というものが勿論当然あったわけでしょうけども、さっき二つの流れがあったとおっしゃましたですね。そうすると最初の方の流れ、初めにお触れになった方の流れというのが、最澄の生き方ということだったということになるわけですか?
 
田村:  そうですね。日蓮聖人という方も末法思想をお持ちになりますけれども、最澄から日蓮へというような流れがあるというふうに言っていいんでしょうね。
 
草柳:  そのもう一つの流れの方なんですが、つまりもっと開かれたという、それを例えば真正面から受け止めて、その後の布教とか、あるいは考えを深めるということに結び付けていったのが、先ほどお話が出てきた法然とか、あるいは親鸞という流れになるわけですか?
 
田村:  そうですね。法然、親鸞に至る前に、例えば平安中期の源信僧都(げんしんそうず)(平安時代中期の天台宗の僧:942-1017)が『往生要集(おうじようようしゆう)』なんかをお書きになって、その序文で「頑魯(がんろ)の者」自分は愚かな者なんだ。だから浄土の教えに従って、浄土へ生まれていって、そこで悟りを得るんだ」というようなことを書いていらっしゃいますし、浄土教の中でそういう末法の思想、愚悪の思想というのがいろいろ出てきますね。ただ今おっしゃいましたように、こういうものを真っ正面から取り組んで、悪人の自覚というのを深めていったのが法然上人から親鸞聖人へということになるんでしょうね。
 
草柳:  その法然の末法の受け止め方、末法の世の救いというのは、どういうことだったんでしょうか?
 
田村:  法然上人という方は、先ほど中国の浄土教の中で道綽(どうしやく)禅師という方が、末法思想を受け入れられたというふうに申しあげましたけれども、それをそのまま受け継いで、仏教を大きく二つに分けると「聖道門(しようどうもん)」と「浄土門(じようどもん)」となる。「聖道門」というのは、この世で自分の力で修行し努力し悟っていく人。それから「浄土門」というのは、来世極楽浄土という世界へ生まれて、そこで悟りを得る人、ということになりますけれども、それでどっちを今の時代に選ぶかということですね。そうすると、「聖道の一種は、 今の時証しがたし。 一には大聖 (釈尊) を去ること遙遠(ようおん)なるによる。 二には理は深く解(さとり)は微なるによる」 、二つの理由を挙げて浄土門を選ばれるわけですけれども、お釈迦様から遙かに時代が経ってしまった。釈尊から時代が経ってしまいました。そうすると聖道門ではなかなか悟れない。浄土門の教えによる以外にないんだというところに出てくるわけで、それを法然上人はそのまま用いていらっしゃいますですね。親鸞聖人もそうですね。そういう聖道門から浄土門へというところに伝教大師最澄が書かれたというふうに言われている『末法灯明記(まつぽうとうみようき)』という本をほぼ全文引用されまして、末法なるが故に浄土教なのだというところで使っていらっしゃいますですね。
 
草柳:  法然の方はどういう筋道でそれを説いたんですか?
 
田村:  そうですね。それで末法と関係があるということは言いましょうけれども、やっぱり愚悪の問題、悪人の問題というのを法然上人も考えていらっしゃったというふうに思うんですね。それでそういうことについて非常に面白い流れがありまして、これは善導大師という方が『観無量寿経(かんむりようじゆきよう)』というお経の注釈をなさいます。そうすると、『観無量寿経』というお経の中には、お経の中に出てくる言葉なんですけれども、結局ただ念仏をすればいい。念仏をすればいいんですけれども、口先だけでムニャムニャと念仏を称えればいいかというとそうでもなくて、心の中でちゃんと信じて念仏を称えなければいけないというようなことがあるわけですね。それの中でこれは『観無量寿経』の正宗分散善の上品というところに出てくるんですけれども、「至誠心(しじようしん)」「深心(じんしん)」「廻向発願心(えこうほつがんしん)」という三つの心を挙げるわけですね。この三つの心を、お念仏を称える時にも、「至誠心」至誠なる心、誠なる心。「深心」深い心、深く心の底から深く信じる心。「廻向発願心」こうしてお念仏を称えてなんとかして浄土の世界に生まれていきたいと願う心。願を起こすですね、そういう三つの心を具えてお念仏を称えるのでなければだめなんだというようなことをおっしゃるわけですね。
 
草柳:  穢れのない心と、救いを信じて疑わないという心と、それから最後は浄土に生まれたいという心、これが法然の末法の世に生きるその救いの道ということだったわけですか?
 
田村:  はい。それでこれの説明を善導大師という方がしていらっしゃるんですけれども、誠なる心というのは一体どういうことか。どういうふうにしたら誠なる心か。それから誠なる心でなければならないというのに、誠ではない心というのは一体どういう心か、というようなことを善導大師はお考えになるわけですね。それで、
 
外に賢善(けんぜん)精進(しようじん)の相を現(げん)じ、
内に虚仮(こけ)を懐(いだ)くことを得ざれ
(法然)
 
外に賢善精進の相を現ずる
ことを得ざれ、内に虚仮を懐けばなり
(親鸞)
 
ということを、このパターンですと、前に法然上人の言葉として書いてあることを、これは善導大師のもともとの言葉なんですね。その意味は「外に賢善精進の相を現じ」外側に人に見せるところには、私は賢い人間ですよ、善―善い人間ですよ、精進―非常に努力している立派な人間ですよ、というような姿を現していながら、心の内では実際にはそれと反対の虚仮を懐く、迷いの心を懐くというようなことをしてはなりませんよ、という心ですね。それで善導大師がこれをお書きになった時には、おそらく善導大師は、「至誠心」誠なる心で念仏をしなければならないということになるでしょうから、心の内に虚仮を懐いていてはなりませんよということで、心の内も真実の心をして、そして外側に偉そうな姿を見せるだけではなくて、心の中まで真実にして、そしてお念仏を称えれば浄土に生まれることができますよというふうに、こうおっしゃられたと思うんですね。
 
草柳:  ここに今親鸞が同じ言葉を親鸞の言葉でこうなるというふうに並べて書いてあるんですけれども、法然と親鸞というのは、これを見ても違いがある?
 
田村:  そうですね。
 
草柳:  親鸞の方は、「外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、内に虚仮を懐けばなり」というふうになっていますね。
 
田村:  「得ざれ」というのを、こう前へ持ってきて、一行目の下のところに「得ざれ」を入れちゃったわけですね。「外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ」、そして「内に虚仮を懐けばなり」といって、二行目のところ理由にされたということになりますね。それで私はこの読み方の前に法然上人の考え方というのは、非常に思い切ったことをなさったというふうに思うんですね。それは善導大師がこの文章を書かれた時には、心の内を真実にしなければならないという意味でお書きになったと思うんですけれども、それを法然はこれは外と内と違うというのがダメなんだ、誠ではないんだ。外と内と一致させなければならないんだ、というふうにお考えになったわけですね。外と内と一致させるという場合には、外を変えても一致しますね。内側を変えても一致しますね。どっちを変えるかという問題ですね。善導大師だったら内の方を変える。虚仮の内を変えて真実の心にしなければならないというふうにお考えになったわけですね。ところが法然上人は二つ両方をお考えになるわけですね。心の内を真実する。「虚」という字の反対は「実」である。「仮」という字の反対は「真」である。「虚仮」という字をひっくり返すと、順序から言えば「実真」になりますけれども、内容は「真実」ということと同じですね。心の内の「虚仮」をひっくり返して「真実」の心にすれば外側に賢善精進の相を現し、心の内も真実にすれば内外一致する。内外一致した立場でお念仏を称えれば、これは救われるよというのが一つですね。この最初の方の一つは善導大師のお立場をそのまま受け伝えているということになりますね。ところが今度法然上人は逆の方もなさるわけですね。今度外側を変える。「賢善精進」―「賢」という言葉の反対は「愚」である。「賢い」の反対は「愚」ですね。「善」という言葉の反対は「悪」である。「賢善」の反対は「愚悪」。それから「精進」の反対は「懈怠(けたい)」怠けるということですね。それで外側をひっくり返してですね「賢善精進」をひっくり返して「愚悪懈怠」の姿を示して言い、外側に「愚悪懈怠」の姿を示し、心の内にも虚仮を懐くということになると、いわば外側も内側も悪に統一される道ということになりますね。それでとにかく内外一致させればいい。外に愚悪懈怠の姿を示し、そして心の内は虚仮であるということになると、これは内外一致するからそういう立場でお念仏を称えても、これは救われるんだというので、こう「至誠心」誠なる心という言葉からいうと、真実に統一する道が誠なる心という感じがしますけれども、そうではなくて、内と外と一致させれば誠なる心だと。真実に外側も内側も真実に一致させてもいい。外側も内側も愚悪に一致させてもいいという、それの第二番目のところへ踏み出したというのは、私は法然上人という人は素晴らしい人だというふうに思いますね。
 
草柳:  ということは、つまり一体じゃ誰が救われるのかと言えば、その最初の方は勿論これは善人は当然のことながら救われると。その後の方は、救われるのは善人だけではない、というふうに言っている、というふうにみればいいんですか?
 
田村:  そうですね。悪人は悪人で救われる。これは法然上人の伝記を書いたと言いますかね、法然上人から見聞したところを書いた源智(げんち)(1183-1238)というお弟子が法然上人から見たり聞いたりしたことを書いたというものに『一期(いちご)物語』という本がありますけれども、「一期」ですから一生の物語ということになるんでしょうね。『一期物語』というのがありますけれども、その中に同じようなことが書いてあるわけですね。生まれながらにして、悪人は悪人のまま念仏を称えていったらいい。生まれながらにして善人は善人のままで念仏を称えていけばいいというので、これは善人も悪人も救われる道というのは、『一期物語』に書いてありますね。それから同じようなことを親鸞聖人の奥さんも言っていらっしゃいます。その親鸞聖人の夫人は越後にいるんですけれども、越後にいて、京都で親鸞聖人が亡くなられたという手紙を京都にいた娘さんから貰った時に、親鸞聖人の思い出を書いてですね、そして娘さんのところに手紙を出されるわけですね。その時恵信尼(えしんに)(親鸞の妻:1182-1268)は、「親鸞聖人は六角堂を出て法然上人のところへ行った時に、善人も悪人も等しく往生する道をお聞きになった」というふうに書いてあるわけですね。これは後で時間があればまた親鸞の奥さんの話をちょっとしたいと思いますけれども、非常に勝れた方で、おそらく法然上人のお話をご自身が始終聞かれていた方なんじゃないかと思うんですね。その方の文ですから非常に正確で、これは『選択集(せんじやくしゆう)』に書いてあることとも一致する。その内外一致して善に統一してもいい。内外一致して悪に統一してもいいというんですから、どっちでもいいわけですね。『一期物語』もそういう立場をとっていますし、親鸞聖人の奥様もそういうことを聞いていらっしゃる。私は法然上人という方の立場はそういう立場だったんだろうと思うんですね。ご自身はどちらかというと、善人の道を選んでいらっしゃったですね。独身を貫かれて静かに念仏をお説きになるという一生ですからね。
 
草柳:  その辺は親鸞聖人とはちょっと生き方も違っていたみたいですが、さっきのパターンを見ますと、親鸞の解釈というのは同じ漢文で勿論読み方を変えているわけですね。
 
田村:  そうですね。そうすると親鸞聖人は法然上人のお説きになった後ろ側の方、「悪に統一する」ということを受けるわけですね。善導大師が「善人往生の道」。法然上人は「善人も悪人も等しく往生できる道」。親鸞聖人は、今度その中の「悪人が往生できる道」というのをご自身の体験と照らし合わせて、これによって自分は救われるんだということで悪人往生の道を選ばれたということになるわけですね。そこで今度は文章の読み方までそういうふうにそれに通ずるような読み方に変えていらっしゃるわけですね。それで先ほど出てきましたけれども、「外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ」というので、これは外側に賢くよく努力しているような姿を現してはなりませんというんで、「得ざれ」をそこに続けることによって、もう「内に虚仮を懐けばなり」人はみんな内に虚仮を懐いているんだ。内に虚仮を懐いているからそれに反する賢善精進の姿を現じてはなりませんよというので、悪人こそ救われるというその法然上人の第二の道の一つに従っていらっしゃったというのが親鸞聖人の生き方であったというふうに思いますね。
 
草柳:  こうした末法の世の救いということで、最澄は勿論そうでしょうけれども、今、詳しく見てきた法然にしても、それから親鸞にしてもどちらも悪の自覚ということをとても強く言っている気がしますね。
 
田村:  そうですね。それで親鸞聖人の主著は、普通『教行信証』というふうに普通言われている本ですけれども、これはもう序文から最後のところまで「悪人こそ救われるんだ。悪人こそ阿弥陀仏は救うんだ」という思想で統一されていますね。これは最後のところは、親鸞聖人がどういうような精神的な遍歴を経てそういう他力念仏の立場に至ったかという、その最後の立場に至る段階が書いてあるんですけれども、その最初のところでは『観無量寿経』というお経の表面に書かれている「定禅(じようぜん)」とか「散禅(さんぜん)」―「定禅」というのは、ジッと心を凝らして、いわば坐禅をしてですね、そしてジッと心を一点に集中して浄土の姿ですね、浄土はこういうところなんだ。そこにいらっしゃる阿弥陀仏というのは、こういう仏様なんだ。それから浄土の方にいらっしゃる菩薩というのは、こういう菩薩なんだということで、浄土の姿をジッと観想するという。「観念の念仏」とか「観想の念仏」という言葉で呼ばれておりますけども、そういうことをやるように、というのが書いてあるわけですね。例えば鴨長明(かものちようめい)なんていう人は、『方丈記(ほうじようき)』という本を書きますけれども、あの山の中に方丈という小さなお堂を建てるわけですね。その時どういう場所を選んで方丈を建てたかというと、西の方の空が見えるところに―山の中ですから、山と山の切れるところと言いますかね、西の方が切れていて、太陽が落ちる、落日の光景が見えるようなところに方丈を造ったわけですね。これは定禅で、定禅というものの最初は、太陽が西の空に沈むところをジッと眺めていくというのが最初なんですね。ところが西方極楽浄土という西の方に極楽浄土というのがあるということで、それでそれを太陽を見ながら西の方に思いを馳せていって、だんだんだんだん極楽の浄土の姿、仏様の姿、そして菩薩の姿というようなことに思いを馳せていくということになります。それから「散禅」と言いまして、これはそういうふうに心を凝らすことができない人が、仏教的な意味でいろんな善いことをやる。例えば戒律を守るんですね。戒律を守るということを通じて極楽浄土に生まれようとする。あるいは六波羅蜜を行うとかね。だんだん下がっていくんですけれども、戒律を守るにしても、お坊さんとしての戒律は非常に厳重だ。在家の人の戒律はそれよりは緩いというようなことで、だんだん禅のレベルが下がっていくと言いますかね、下がっていくんですけれども、最後は一生悪を行った人が、本来ならば地獄へ堕ちる。地獄へ堕ちるような人が亡くなる瞬間に人に勧められて、「あなたはそのままでは地獄へ堕ちますよ。今、死に際して念仏を称えていけば極楽へ生まれることができますから」と勧められて、「そうですか」と言ってお念仏を称えると、亡くなった後極楽浄土へ生まれることができる、というようなことが書いてありましてですね、それでそういう定禅、散は精神統一の逆で散らばっている、心がバラバラのままで禅を行っていくんですが、とにかく禅を行うという立場なんですね。親鸞聖人はそういう立場に対してですね、こういうものをやればやるほど悪人の自覚に結び付けられる。悪人の自覚に導かれる。禅をやろうとすればするほど、自分は悪人なんだということを強く思われる。そうすると悪人を救うという阿弥陀仏の誓いに信順(しんじゆん)する以外にないんだ。『観無量寿経』というお経を、面白いんですけれど、表に書かれている立場と裏側に隠されている立場というふうに二重構造でご覧になるわけですね。それで表には「定禅、散禅」というようなことが説かれているんですけれども、その定禅、散禅を実際にやってみると、自分は本当の意味で禅はできない人間なのだ、という自覚に導かれて、それで裏側に書かれている本当の念仏の立場というのに導かれていくんだ、というような論理で、低い浄土教の立場から高い浄土教の立場、純粋な他力の立場へというようなことをお考えになるわけですね。これは『観無量寿経』だけでなくて、『阿弥陀経』というお経もありまして、これは今度そういう坐禅をするとか、禅をするというのはこれは仏教一般の修行のやり方ですね。今度『阿弥陀経』というところになると、口で念仏を称えなさいという立場で、念仏を称えるということ自身は、親鸞聖人の真実の立場と共通するわけですけども、ただ最初のうちは念仏を称えると言っても、なかなか他力の念仏というのに徹することがでないんですね。自分で一生懸命になって努力をして念仏するというのは、自力的な念仏ということになるわけですね。自力的な念仏をやっていると、それに導かれて、今度は純粋な他力の念仏、仏から与えられた念仏という立場に入っていくということになるわけですね。その仏から与えられた念仏というものの立場というのは、またその阿弥陀仏というのはそういう「世雄(せおう)の悲、正しく逆謗(ぎやくほう)闡提(せんだい)を恵まんと欲(おぼ)す」という言葉で序文に出ているんですけれども、そういう悪人で自分ではどうしようもない人、悟る機縁のない人を救っていこうというのが、阿弥陀仏の心なんだというようなことですね。これは『教行信証』は全巻そういう悪人こそ生まれることができるという考え方で通じていますね。全部同じですね。
 
草柳:  如何に自分が悪人であるか。悪であるかということの自覚の深さ、自分が凡夫であるということの自覚を深めるということが、その末法の世の、言ってみれば必要条件だと。その辺のところを今お話のあった善導の言葉から少し見てみたいと思うんですが、
 
一つには決定(けつじよう)して深く、自身は現に是れ罪悪生死の凡夫、曠劫(こうごう)より已来(このかた)、常に没し常に流転して出離(しゆつり)の縁あることなし、と信ず。
(善導 散善義)
 
田村:  それでこれは先ほどの言葉は「至誠心」誠なる心ということの内容として善導大師がお書きになったものをだんだん転換してきたというようなことを申しあげたわけですけれども、これはあの時の二番目の深い心―深い心とは何か。深く信ずる心とは何かというところで、ここで「二種深心」と言いまして、二種類の深い信仰というのをお出しになるわけですね。その最初が今お読みくださったところで、これは普通「機の深心」と呼んでおりまして、そして自分自身をどう見ていくかということなんですね。それで「一つには決定して深く信ずる」心のそこから深く信ずる。「自身は現に是れ罪悪生死の凡夫」罪悪―罪・悪によって生死を繰り返している凡夫でしかないんだ。「曠劫(こうごう)より已来(このかた)、常に没し常に流転して出離(しゆつり)の縁あることなし、と信ず」曠劫より已来―永遠の昔から、「常に没する」没するは、迷いの世界に没するですね。「常に流転する」常に迷いの世界を流転していて、そして悟りの縁がないんだというふうに信ずるというわけですね。そうするとこれは我々は現在人間として生まれていますね。人間としての生存を持っている。人間というのは、迷いの生存の一つなんですね。これは「六道(ろくどう)」と言いまして、「地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天」と言いまして、地獄から天の世界まではみんな迷いの世界だということを、仏教では古くから言っているわけです。そうすると、私は今迷いの世界である人間として生きている。迷っている人間なんだ。私が今迷っているというのは、何故迷っている人間かというと、前世でやっぱり悪をやったんですね。前世で罪悪を重ねている。悟っていないというふうに言いますかね、前世で悟りを得ていない。それであるから、今も迷いの世の中に生まれている。前世で何故悟れなかったか。その前で迷っている。その前で迷っているということをズッと遡っていくと、「曠劫(こうごう)より已来(このかた)」というのは、永遠の昔から私は永遠の昔から迷いの世界の中にあちこち流転し、没していて、常にいつでも必ず「出離」というのは悟りですけども、そういう迷いの世界を出て悟りの世界にいく縁がないんだ。私はもう自分から悟るというような可能性はない。もう過去も永遠に迷っていたし、これからも今迷っている迷いの人生を過ごしていれば、来世もまた迷うであろうし、自分自身に悟りの縁はないんだ、ということを深く信じていくというのが一つですね。
 
草柳:  そしてそれならばというので、これ「二種深心」ということですから、もう一つの方をご紹介しますと、
 
二つには決定して深く、彼の阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受(しようじゆ)して、疑なく慮(おもんばかり)なく、かの願力に乗じて定んで往生を得と信ず。
 
田村:  それでこう自分が、自分自身の力で悟る機縁がないということを信ずれば信ずるほど、阿弥陀仏の救いによる以外に悟る方法はないということで、仏を信じていくということになるわけですね。これは「法の深心」というふうに言っておりますけれども、「二つには決定して深く、彼の阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受して、疑なく慮なく、かの願力に乗ずる」―「疑いなく」というのは、「疑う」ということの反対は「信ずる」ことなんですね。「信ずる」ことの反対が「疑う」ですね。疑っていれば、これは信じてはいない。本当にもう阿弥陀仏の救いというものを信じて、「慮なく」いろんなことを考えることなしに、ただ仏の救いを信じて、「彼の願力に乗じて」阿弥陀仏は四十八の願を立てて、その願の力によって人々を救ってくださる。それによるより他に自分には救いはないんだ。信ずる。これはおそらく阿弥陀仏というのが、その願を建てて如何に衆生を救おうとしているか。四十八願は全部衆生を救うための願だといっていいですね。これはこの中には阿弥陀仏が自分が仏になったら、どういう仏になっていきたいかということで、自分自身の仏としての姿というのを、「光明無量、寿量無量」というようなことで描いているところもありますけれども、「光明無量、寿量無量」ということ自身が人々を救うための仏のあり方なんですね。ですから全部衆生を救うということだ、というふうに言っていいですね。すべてが衆生を救うことだという願を立てられて、そして修行を重ねられて仏になった。そういう仏の姿を見れば見るほど、私は知れば知るほど自分が如何に罪悪生死の凡夫であるかということを知らされていくでしょうし、逆に罪悪生死の凡夫という自覚を深めれば深めるほど仏の救いに信順する以外に他はないんだということで、「機の深心」「法の深心」両々相まって信仰の境地というのが深まっていくんだろうというふに思うんですけどね。
 
草柳:  今おっしゃったそのことを深めていって、そして親鸞ということに繋がっていく。
 
田村:  そうですね。
 
草柳:  やっぱり罪業観というんでしょうか、自分は自分の力でどんなことをしてももう救い難い存在だというふうに見ること、自分をそういうふうに見ることが、それが深ければ深いほど救われるんだという。
 
田村:  そうですね。
 
草柳:  じゃ、親鸞の言葉から見てみたいと思うんですが、これはさっきお話になった『教行信証』の言葉ですね。
 
誠に知りぬ、悲しき哉愚禿鸞(ぐとくらん)
愛欲の広海に沈没し、
名利(みようり)の太山(たいせん)に迷惑して、
定聚(じようじゆ)の数に入ることを喜ばず、
真証(しんしよう)の証に近づくことを快(たのし)まず。
恥ずべし、傷むべし。
(『教行信証』信巻)
 
田村:  こういうのは本当に外に愚悪懈怠の姿を示すということを、実際にやっていらっしゃる文章だというふうに思いますね。やっぱりこうでなくて、偉そうな振りをしてみたいというのが、誰でもの共通のことなんだろうと思うんですけどね。こういうふうに「誠に知らぬ」本当に私はわかりました。「悲しき哉愚禿鸞」悲しき哉―悲しいんだ。「愚禿鸞」の「愚禿」という言葉は、先ほど最初にお話しました伝教大師最澄が、「愚中の極愚、狂(おう)が中の極狂(ごくおう)、塵禿(じんとく)の有情(うじよう)」というとこで、「愚」と「禿」という字が出ますね。あれから親鸞聖人は、ご自身の姓にされたというふうに言われているんですけれども、愚かであって、修行もできなくて、そして形だけお坊さんの姿をしていているに過ぎないものだ、というような反省が「愚禿」という言葉の中に表れたくるわけですね。「鸞」というのは、「親鸞」の「鸞」ですけれども。「愛欲の広海に沈没し」愛欲という広い海の中に自分は沈没してしまっている、というわけですね。これはお坊さんであれば、戒律を厳重に守って、結婚するなんてとんでもない。独身で清浄な清らかな生活を送っていかなければならないというのがお坊さんのあるべき姿なんですけれども、実際にはどうも比叡山のお坊さんたちはその頃そうでもなくて、比叡山の麓には色街があったとかなんかいうようなことが伝えられておりますけれども。親鸞聖人は自分のそういう欲望を直視していくわけですね。そしてこうやってちゃんと人の前にその姿を示して、そして心のうちの虚仮というようなものを見つめていくということになるでしょうね。親鸞聖人は結婚していらっしゃいますから、「愛欲の広海を沈没し」というなれば、まあ実際にそうであったろうというふうに思いますけれども、「名利の太山に迷惑して」名誉とか利益の大きな山に迷い込んでしまっている。これは、私はほんとにそういうことあったかしらん、と思うようなことですね。やっぱり親鸞聖人の一生なんていうのは、比叡山にいたら、その当時の日本の、いわば最高学府ですからね。そこにいたら偉くなって、こう名前も現れるに違いないですね。これ実際に親鸞聖人の弟さんは比叡山にズーッと残っておりますけれども、そうすると貴族日記なんかの中に尋有僧都(じんうそうず)という弟さんの名前が出てくるんですね。つまり親鸞聖人の名前は出てこないですね。ほんとに名誉を追求したら、比叡山にそのまま留まっているのが名誉の道だ。あるいは利益の道だ、というふうに思うんですけども、それをせずにこう法然上人のところへいらっしゃり、そして罪人として越後の国に流されて、そして関東に移るというような経歴でいらっしゃいますから、その中に名利―名誉や利益にこう迷わされるということがあったかしらんと、私は思うんですけれども、それでも親鸞聖人はやっぱり自分の心の中には名利の心があったんだということで反省されて、人々にこう示していらっしゃるわけですね。
 
草柳:  赤裸々ですね。
 
田村:  赤裸々ですね、ほんとに。そして「定聚の数に入ることを喜ばず」定聚というのは、救われることは確実な人ということで、「正定聚(しようじようじゆ)」と言いますけれども、浄土の救いにあずかることを喜ばない。「真証の証に近づくことを快まず」本当の悟りに近づくことを楽しまない。まるで我々が受ける親鸞聖人のイメージと正反対のようなことを聖人自身はこうやって告白していらっしゃるということなんですね。
 
草柳:  だけど、自覚の深さというのは並大抵のものではないというか、
 
田村:  凄いですね。そんなことを思おうとしてもなかなか思えないですね。やっぱりなんか偉そうな姿を示すというか、本当は俺は偉いんだぞということを見せたいんですものね。
 
草柳:  親鸞の有名な言葉は、まだまだたくさんあるんですが、ちょっと急ぎ足になってしまいましたけれども、続けてこれをご紹介致しましょう。
 
善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。
しかるを世のひとつねにいわく、悪人なお往生す。
いかにいわんや善人おや。
この条一旦そのいわれあるににたれども本願他力の意趣にそむけり。
(歎異抄)
 
これはとっても有名な、
 
田村:  そうですね。善人でさえも往生することができる。ましてや悪人は往生できる、というんですね。ところが世の人は逆に考えている。「世の人は常にいわく。悪人が往生し、いわんや善人おや」悪人でさえも往生できるんだったら、善人は尚更往生できる、ということを考えている、というわけですね。それは実際に仏教の思想は、この世に生まれ生きている間に、悪いことをすれば地獄に堕ちる。善いことをすれば極楽に生まれる、という考え方ですからね。こっちの方が常識的なんですけれども、それでは仏の心に反するんだ。仏は「一旦そのいわれあるににたれども」これは一応考えると理由があるように思われるけれども、「本願他力の意趣にそむけり」阿弥陀仏の願というのは、悪人で自分でどうにもならない人を救ってやる。その人たちをこそ救ってやろう、というのが、阿弥陀仏の誓いの意味なんだ。その阿弥陀仏の誓いの意味に従えば、善人でさえも往生できるんだから、まして悪人は往生できることなんだ、ということで、親鸞聖人は自分の悪の自覚と同時に、悪人こそ阿弥陀仏は救ってくださるんだ、というような教理の理解に到達している、ということになるわけでしょうね。
 
草柳:  じゃもう一つ続けて見てみましょう。
 
五濁(ごじよく)悪世(あくせ)の有情(うじよう)
選択(せんじやく)本願信ずれば
不可称不可説不可思議の
功徳(くどく)は行者(ぎようじや)の身にみてり
(正像末和讃)
 
これは和讃ですね。
 
田村:  そうですね。こうして悪人であるという自覚の基に阿弥陀仏を信じ、阿弥陀仏の救いを信じていきますね。そうすると、今度は阿弥陀仏から与えられた力で、阿弥陀仏の功徳が全部私の中に充ち満ちて、そしていわば相対的な有限な人間でありながら、その人間のいのちを生きながら、同時に阿弥陀仏の無限の力、永遠なる寿命、無限なる光というものを頂いて、人生を豊に生きることができるということですね。最終的にはやはり信仰の立場というのは、こういう明るい、永遠なる人生を生きる立場ということになるわけですね。「五濁悪世の有情(うじよう)の選択(せんじやく)本願信ずれば」こうして末法の世になり、五濁悪世と言って、世の中全体が悪に沈んでいるというような時代の人間であっても、「選択(せんじやく)本願信ずれば」阿弥陀仏が救ってくださるという誓いを信ずれば、「不可称」どんなに褒め讃えても褒め讃えきれない。「不可説」我々が説こうと思ってもどうしても説ききれない。「不可思議」我々が考えたり、言葉で表現することができないような仏の功徳というものが、そのまま念仏を称える行者の身体の中に充ち満ちているということで、こうして仏教は最終的には、涅槃の世界―「涅槃」というのは、苦を超越した世界に生きるということですけれども、そういう苦を超越した涅槃の生き方、極楽の生き方というものが仏を信じることによって実現できるということになるわけですね。
 
草柳:  こうした親鸞の自覚。今の和讃に見られるような言葉というのは、教えというのは悩める人たちに対するもの、大変な応援歌というか、エール(yell:応援の際に発する声。声援)になったでしょうね。
 
田村:  そうです。相対的な世界にいて、相対の世界なるが故に悩むということに対して、永遠の生を生きるという時に、そういうあらゆる悩みを脱却することができるというふうに思いますね。
 
草柳:  どうもありがとうございました。
 
     これは、平成十年十一月十五日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである