歎異抄を語るD聖道と浄土の慈悲
 
                    武蔵野大学教授 山 崎(やまざき)  龍 明(りゆうみよう)
                    き き て   草 柳  隆 三
 
草柳:  四月からの「歎異抄を語る」今日は五回目になりました。今日は「慈悲とは何か」ということについて取り上げるんですが、これには修行を中心とする聖道門(しようどうもん)と、それから浄土門(じようどもん)との二つがある。親鸞は『歎異抄』の中で、唯円はこんなふうなこと言い方をしているわけですね。つまりそれには変わり目がある。この二つには、変わり目がある。つまり違いがある。それを説いているわけです。じゃ変わり目を説いた親鸞の信というのは、いったいどういうところにあったのかということを中心にして、今日はいつものように武蔵野大学教授の山崎龍明さんにお話を伺ってまいります。よろしくお願い致します。
山崎:  よろしくお願いします。 。
 
草柳:  ということで、今日は「聖道門」とか「浄土門」というちょっと耳慣れない言葉が出てくるんですけれども、この第四条ですよね。第四条の狙いというのは端的に言ってどういうところにあるわけですか?
 
山崎:  そうですね。仏教の根本がやはり「慈悲」という、例えばキリスト教は「愛」であると。仏教は慈悲であると対比されますけども、その中でその聖道門という教えで説く慈悲と、浄土門で説く慈悲とは全く違うということが主題ですね。ただ「慈悲」というのは、相手を救うとか助けるとか幸せにするという意味ですから、結論的にいいますと、第四条というのは、人が十分に人を救うということは実は不可能なことなんだという。そういう言い方自身が、「いや、そんな馬鹿なこと無い。人間はもっと優れた存在だ。尊厳なるものだ」という言い方がありますけども、この第四条のなんかでは、人が人を救うということは実に困難性を伴う。そのことの困難性の自覚を通して、初めてまたは新しい世界が開かれてくるんだ、というのが第四条ではないかと思うんですけどね。
 
草柳:  今おっしゃった「人が人を本当に助けられるのか」というのは、まさに人間の問題ですよね。
 
山崎:  そうですね。
 
草柳:  人間観の問題ですよね。それはつまり親鸞が基本的に根本的にやっぱりそうした人間観というものを多く持っておられたということなんですか?
 
山崎:  そうでしょうね。 八百年前の時代の中で、やはり親鸞さんの周囲にはいろんな人がいて、助けなければならない、助けたい、そういう人がたくさんおられたけれども、なかなか思いのごとく、助け止めることが難しいという。ある意味で大きな壁にぶつかったというところから―だから一方では、全ての人を救わなければならないという深い願いと言えましょうか、そういうものを持ちながら、現実は救うことができないというところの、私は大変深い親鸞さんの心の悩みといいましょうか、あるいは現実的な悩み、そういうものがテーマになっているのが第四条でありまして、ある意味では非常に今日的な問題を考えた時に、私たちは「人が人を救いる」と思っているんじゃないですか。「親は子供を育てられる」と思っていますが、僕は「本当にそうかな」と思っているんですね。それはこの『歎異抄』の第四条なんかのやっぱり影響かもしれませんね。
 
草柳:  そうですか。じゃその親鸞の思いが述べられている第四条をまず読んでみます。
 
慈悲に聖道(しようどう)・浄土のかはりめあり。聖道の慈悲といふは、ものをあはれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども、おもふがごとくたすけとぐること、きはめてありがたし。浄土の慈悲といふは、念仏して、いそぎ仏(ぶつ)に成(な)りて、大慈(だいじ)大悲心(だいひしん)をもつて、おもふがごと く衆生(しゆじよう)を利益(りやく)するをいふべきなり。今生(こんじよう)に、いかにいとほし不便(ふびん)とおもふとも、存知(ぞんじ)のごとくたすけがたければ、この慈悲始終(しじゆう)なし。しかれば、念仏申すのみぞ、すゑとほりたる大慈悲心にて候ふべきと云々。
 
山崎さん、例によって少しずつこれを今の言葉に換えていただけますか。
 
山崎:  そうですね。今おっしゃったように、聖道門と浄土門の慈悲の変わり目、違いがあるというところが出発ですけどね。僕はこんなふうに理解するんですが、「慈悲というのは苦しみを抜いて楽しみを相手に与える」というのが根本の意味でありますから、ですからあらゆる人々の慈しみの心を与えたいという慈悲を根本とする仏法にあって、二通りの考え方がありますと―聖道と浄土ですね。自分の能力、あるいは努力をどこまでも発揮して、真実を悟るという「自力」といわれる仏法にあっては、人間をどこまでも深く愛し、そして人を慈しみ、そしてその人の幸せ―救いを実現することを目的とします。こういうことになりましょうかね。その後は僕は、しかしながら私たち人間にあっては、たった一人の人間であっても、その人の欲するままに幸せを与えたり、救うというのはどうも不可能に近いようです。まぁあまりにもそこには限界があります。こういうふうに最初の文章を僕は理解しているんですね。一方、阿弥陀仏の真実―まことの誓い、救いの願いに導かれて、この人生を生き―これが「浄土門」という教えなんですが―迷いを超えて目覚めの人生を歩むことを目指す、いわゆる「他力」の教えに生きるものは、ただひたすら阿弥陀仏の教えを聞き、救われたことへの喜びの心からなむあみだぶつ(南無阿弥陀仏)≠ニ念仏を唱え、そして私の力ではなく―僕は「仏法力」と言いたいんですがね、仏法―仏の力、真実の力ですね―仏法力によって、あらゆる人々に幸せの人生を生きてもらうことを念ずるのです。しかし残念ながら、人間は不完全極まりないものですから、どれだけその人が可哀想だ、気の毒だ、こう思ってみたところで、その人を十全に思いのままに救い助けとぐることはなかなか難しい。しかもそのような人間の愛と言いましょうか、思いはなかなか首尾一貫しません。つまり徹底しないのです。したがって阿弥陀仏の教えに信順し、そして念仏を唱えて目覚めたるもの―仏になり、その仏の働きのままに救うことしか、私たちにはできないのです。まぁ親鸞聖人がこう仰せられました、というのが、私の領解(りようげ)といいましょうか、読み方なんですけれどもね。
 
草柳:  それまでの仏教の基本的な慈悲の考え方というのは、どちらかといえばやっぱり自力ということだったわけですか?
 
山崎:  そうですね。
 
草柳:  それをここで今『歎異抄』の中で、親鸞は、もちろん自力は否定していないんでしょうけれども、やっぱりそうではない、つまり浄土の念仏の慈悲ということをものすごく強調しているわけですか、ここで?
 
山崎:  そうですね。ですからさっきちょっと出ました「聖道門というのは=自力の仏道」ですからね。それに対して「浄土門というのは、阿弥陀仏の教えによって生きるという他力の仏道」でありますから、ですから適切かどうかなんですけれども、要するに聖道門自力という教えの中で考える慈悲の心というのは、徹底的に全身を挙げて、真心からその人を救いたいと思っても、人間の思い、なかなかそこには限界がある。あまりにも限界がある。自力というのはあくまで人間を主体とする、中心とする教えですから。そこに僕は、親鸞聖人という人は、人間愛の限界をやはり見届けていったんではないか。これもなかなか誤解されやすいところですけどもね。
 
草柳:  そうですね。どうして慈悲を二つに分けるということの意味があるわけですか?
 
山崎:  そうですね。これは本質的な問題でしょうね。ですから仏教、あるいは仏法といいましょうかね、仏道というのはみんな慈悲というものを中心とするんですけれども、その慈悲というものの捉え方と言いますか、受け止め方に、自力の仏道の方と他力の仏道の方では、こういう違いがありますよ、ということを明確化したかったんではないか、ということではないかと思うんですね。
 
草柳:  今のその第四条の中でも、いくつかさらに深く解き起こしていくキーワードというか大事な言葉がいくつかありますよね。
 
山崎:  そうですね。
 
草柳:  例えば山崎さんはどういう言葉をお選びになるんですか?
 
山崎:  そうですね。私はこの若い時といいましょうかね、大変この第四条が分かりにくかったですね。といいますのは、一般的な言い方ですけども、人間的な尊厳だとか能力だとか、そういうものを一方的に否定して、念仏申すことによって、慈悲が実現させるという決め付け方に対して、若い時に私はよく抵抗がありましたね、その言葉に関しましてはね。
 
草柳:  やっぱり決め付けているんですか?
 
山崎:  やっぱり文言からすると、「しかれば、念仏申すのみぞ」ですから、「のみ」ですから、本当にそうなんだろうか。もっとも若い時というのは、若さのすばらしさとあまりものをわかっていない傲慢さもありますけども、だけど人間というのは、その時になれば、愛する人を思いのごとく救うことができるかもしれない。それをしないで無理だというのは、なんと、というような疑問を持っていたことが、僕の中にもありましたね。だけど、それから僕もそういう学びを持続して、何十年経っていく中で、逆に一生懸命になろうと思えば思うほど、何か一つに懸命になるという自分を全部投入していけばいくほど、それでも尚且つ手が届かないというんでしょうか、自分の思い通りに結果が出ないということが、実はあまりにも多いということが、私の人生の中でもいろいろ考えさせられたことがありましたね。ひょっとしたら、親鸞さんという人は、そういうことを見据えた中で、ただ結論を念仏だけが本当で―僕はここの場合に気をつけなければいけないことは何かというと、間違っても聖道門―自力仏教はつまらないものであると。正当でない慈悲のグループであるというような批判的な視点というのは、やっぱり持ってはならないと思うんです。というのは、親鸞その人がやっぱり比叡山でズーッとそれを二十年間実践をされた。実践をされた中で生まれてきたのは一つの疑問だったわけですね。よく私たちは、草柳さん、そういうことありません? 自分がその時になれば、出来ないことはないんだと。できないのは努力が足りないからなんだと―努力主義。これはある意味で尊いですよね、一種。僕は、そういうものが人間だと思うんですが。だけど、例えば病気になるの嫌だ。健康保持するために、あらゆることをやりましても、自分が願うほどの健康を手に入れるという保証は、実はどこにもないということありますよね。その気になれば、何でもできるという一つの立場と、その気になっても自分の思い通りには何一つならない、ということを受け止めていく世界との違いみたいなものが、僕はこの第四条の底に流れている問題じゃないかなということに、だいぶ歳とりましてから気づいたんですけどもね。
 
草柳:  他のキーワードとして、例えば「いそぎ仏(ぶつ)に成(な)りて」という言葉がありますね。
 
山崎:  そうですね。これは昔から研究者がこの「いそぎ」というのを、どう現代語訳するのかということで、ずいぶん多くの先生方のものを拝見しましたけども、だいたい「いそぎ仏(ぶつ)」ですから、「いそぎ仏(ほとけ)に成(な)りて」という読み方があるとするならば、前にちょっと出てきましたかね、親鸞さんという人は、「仏(ほとけ)」という言い方は、意識的に避けているんですね。「仏(ほとけ)」というのは必ずと言っていいほど「仏(ぶつ)」と。「ぶち」と附っていますから「ぶつ」なんですね。つまりブッダですから、目覚めたるものになるんだと。いろいろその辺まで触れられませんが、「仏(ほとけ)」と言った場合には=「亡くなった方」というものを連想することがありますよね。ですから親鸞という人は、「仏(ぶつ)」、そしてまた「如来」という、真実の世界から来たお方、「如来」という言い方がありますから。だからそういうことを考えました時に、私はその仏(ぶつ)になるということは、そういう慈悲を実現する私になることなんだと。ですからちょっと前へ戻します、「いそぎ仏に成りて」という言葉が、「いそぎ阿弥陀仏の浄土に生まれて、そして大いなる慈悲心を身につけて、人々を救うことなんだ」というのが、ごくごく一般的な先学の、先哲の考え方ですよね。ただ最近の学者のある先生は、この「いそぎ仏に成りて」というのは、「自力を捨てていそぎ」というようなことがありましてね、「この土(ど)で自力というものの計らいを捨てて、そして悟るということがいそぎ仏になるということなんだ」と。だからそれはこの土ですよね。この土で慈悲を実現することができるんだ、という解釈をする最近の先生もおられますが、僕はこの言葉の流れと言えましょうかね、文脈からしましたら、「いそぎ仏に成りて」という言葉は、やはり「いそぎ浄土に生まれて、たちどころに仏(ぶつ)になって、そして人々を救う大慈大悲の心を実践する私になって、苦しみ悲しみに埋没している人を救う働きにでるんだ」と、こういう理解が「いそぎに仏に成りて」という領解ではないかと思っているんですけどね。
 
草柳:  ただ勿論今お話にあるように、決してその自力ということを親鸞自身は否定をしていないということをおっしゃいましたよね。だけどもやはり念仏浄土の世界、つまりいそぎ仏になることが肝要なのだと、大事なのだ。そこらのところにはなんかすごい何か飛び越えるというふうな、飛び越えなければいけないものというのがありそうな気がしてならないんですけれども。
 
山崎:  ええ。 禅なんかでは、「百尺の竿頭(かんとう)一歩を進む」みたいなものがある。そういうことでしょうかね。それは僕は飛び越えということでいいますならば、それはやっぱりどうでしょうか、自力―いわゆる人間が人間を救うということが不可能であるという。それはいうまでもないことですけども、何とかして救わなければならない。なんとかして助けなければならないという深い思いを持った人にして、初めて救え得ないという立場に気付くんではないか。その深い深い思いと体験といいましょうか、そういうものが「しかれば、念仏申すのみぞ」というところに、逆に転換されてきた、そういうふうに。
 
草柳:  そうすると、今の「しかれば」ともいう言葉、これもずいぶん重そうな意味を持っている感じですね。
 
山崎:  そうですね。
 
草柳:  そういうふうに徹底して徹底して考えていった時に、はたしていったい自分ひとりで、あるいは自分が何が出来るのか。本当に助けることができるのか、と徹底したある意味ではやっぱりある種の絶望みたいなものでしょうか、それは?
 
山崎:  そうですね。
 
草柳:  自分自身に対するというか、
 
山崎:  そうですね。それはもちろん自分自身に関することでしょうけれども、僕の言葉でいうと、「人間であるということの限界だ」というように、それはイコール親鸞自身の限界でもあったんでしょうね。僕は人間であるということの限界、だからある意味ではさっき言いましたように、その気になれば何でもできるというのは立派な方向性なんだけれども、ひょっとしたらそれは非常に高慢に陥ることもある。その気になっても何一つ自分の思い通りに実現することができないという、その無力感の目覚め。自覚の中から逆に出てくる世界というのは、もっと強いものが僕はあるんではないか。それだから強い言葉で「しかれば」というような、大変ある意味では自信に満ちたと言いましょうか、そういう言葉になったんではないでしょうかね。
 
草柳:  和讃から一つまた読ませていただきます。これは親鸞和讃の中の一つなんですが、
 
願土(がんど)にいたればすみやかに
無上涅槃を証(しよう)してぞ
すなわち大悲をおこすなり
これを回向(えこう)となづけたり
 
これはどういう意味になるんでしょうか?
 
山崎:  そうですね。「願土」ですから「願いの土」つまり阿弥陀仏によって願われた無為自然(むいじねん)、つまり悟りそのものの境界、その浄土に至ればもう即ですね速やかにそれを悟りを得ることであると。無上この上もない大いなる悟りを得ることである。悟りを得るということになると同時にそれは「すなはち大悲」ですから、大いなる大慈大悲心を自己のものとすることなんだ。悟りを得るということは、大慈悲心、そして仏の智慧をこの身に賜るということだと思いますね。そしてこれが実はこの私の中に大いなる大慈悲心が、自分の中で自分のものとすることができるということ自身が、実は「回向」ですから、阿弥陀仏からこの私に賜った賜り物であると。信心であり、悟りであり、智慧であると。僕は特に願土に至れば、時間がなくて速やかに、即―言葉換えていうと、人を苦しみ悲しみ悩む人を救う主体になるんだと。悟りってそういうことですよという。僕は、親鸞さんの思いというのかな、思念が非常に強く現れている和讃ではないかと思うんですね。いいでしょうか、私ね、このことをちょっと考えて今思い出すのは、昔読みました倉田百三の『出家とその弟子』、あの倉田さんがご承知のように『愛と認識との出発』という書物の中で―あれはおかしなもんですね、若い時に読んだものというのは、何十年たっても覚えたものがふっと出てくることがあるんですね。僕はこの『歎異抄』第四条を見る時に、倉田百三さんがこういう言葉を言っているんですね。その時暗記したんですから正しいと思うんですが、「愛とは常に相手をよりよくせんとする願いであり―愛というのは相手を向上ですね、よりよくせんとする願いであり―それは消極的に自らの足らざるを省みる―自分はダメだなと―足らざるを省みる謙虚な心となって現れる。そしてそれは強い祈りともなる」という、こういう一節なんですよね。それは「祈り」という言葉にとらわれるといけないんですけども、「愛とは常に相手をよりよくせんとする願い」というのは、第四条で言いましたら、「何とかして救いたい。何とかして幸せにしたい」。そんなこと言っちゃいけませんけど、僕もよく学生の結婚式に出ますけどもね、誓いの言葉ってあるじゃないですか。昔は僕は純粋に聞いていましたけど、 六十を過ぎますと、なんか結婚式で喧嘩を売るわけにいきませんけどね、「生涯愛しますか」と。みんな「愛します」と言いますよね。さしあたってですよね。あれ正直な人でしたら、「はい。今は愛する気持ちですけども、今後わかりません」なんて言ったら(笑い)、これ本当じゃないでしょうか。相手をより良くしたいと思う気持ちがあるんだけれども、それは常に変化しますよね。だから僕は、この慈悲というのは、そういう意味で、「なんとか救いたい、幸せにしたい、手助けをしたい」という深い深い人間の願い。しかしその願いがなかなか現実化しない。しないけれども、願いを持って生きるということが、どれだけ大事なことなのか。これをよく「しかれば、念仏申すのみぞ」というと、そういうものを全部否定して、念仏が大事だというふうに―それは間違いはないんですけど―自己完結しがちですがね。そうでなくて、僕は、「どうしたらあの人を幸せにできるか、救いるか」そのことを、僕は、生涯九十で亡くなるまで、願いとして、ギリギリの人間の願いとしてやっぱり持ち続けた親鸞聖人であってみて、初めてこういう言葉が生まれたんではないかな、ということを考えるんですけどもね。いかがでしょうかね?
 
草柳:  「回向」という言葉が先ほどありましたですね。その「回向」ということについてもう少し、どういう?
 
山崎:  そうですね。大事なことで―一般で言いますと、回向というのは、私が一生懸命善いことをして―善根とか功徳とか業績ですね、そういうものを懸命に積み上げて、それを仏様に差し上げて、自分が仏(ぶつ)になっていくというのが回向ですね。
 
草柳:  こちらからは向こう側に行くんですよね。
 
山崎:  私から仏(ぶつ)に行くということですね。これがもう「私から仏に」というよりも、一般的な回向の根本の意味ですよね。それを親鸞という人は、いや「私から仏に」ではなくて、つまり私たちが仏になるためにおさめる善根とか功徳とか、様々な営みを、どうしても人間は深いところで「自我」というものが離れられない。エゴと言いましょうかね、その自我を離れられない私たちが、善根・功徳を積み重ねても、清浄なものにはなかなかなり得ないから、仏になることは不可能なんだ。であるならば、真実に目覚められた阿弥陀仏から私たちが仏になる信心を賜ることによって、私たちが初めて仏になることができるんだということを、「私から仏に」ということに対して、「仏から私に」ですから他力回向なんです。ただ阿弥陀仏のことですね。あるいは仏力回向という。回向という根本的な意味は、今申しましたように、「私から仏に」というのはいうまでもないことなんですが、親鸞さんはそれを「他力回向」とか、「仏力回向」とか、「本願力回向」なんていう言い方がありましてね、阿弥陀仏から私に届けられた真実、その真実によって煩悩、いろんな欲望・怒り・愚かさ、そういう煩悩に生きている私。不実な私が、その賜った真実によって生きることができるんだと。親鸞さんはそれを「回向」という言葉で使っているようですよね。
 
草柳:  それはしかも「念仏申すのみぞ」なんですね。
 
山崎:  そうですね。
 
草柳:  しかもその回向に親鸞は二つあるというふうにおっしゃったそうですね。
 
山崎:  そうですね。
 
草柳:  それはなんですか?
 
山崎:  そうですね。もともとは親鸞さんが尊敬していたインド、中国、日本の七人の高僧というのがありまして、インドの天親(てんじん)菩薩という方も、やっぱり回向のことを述べているんですね。そのあと中国の曇鸞(どんらん)(476-542)という、このこの方も親鸞さんは非常に尊敬して、その高僧を讃えた和讃があるんですよ。その高僧をたたえた和讃があるんですけども、その和讃が面白いのは数が違うんですね。例えばインドの龍樹(りゆうじゆ)菩薩というのは優れた菩薩です。この方は八宗の祖師と言いまして、あらゆる宗派で最初の祖師として称える方なんです。その龍樹菩薩を称える和讃が十首あるんですね。今申しました龍樹菩薩は南インドですが、北インドの天親菩薩という方をたたえた和讃が十首。そして中国に来るんですね。曇鸞(どんらん)さんという方はなんと三十、四十作ってらっしゃるんですよ。一番多いんですね。そして中国の道綽(どうしやく)禅師という方はまた七首。中国の善導(ぜんどう)大師は二十六首。まぁ数にこだわるのはおかしいですがね。善き人法然さんは二十首作って讃えているんですね。数にこだわるのはおかしいけれども、今おっしゃったそれだけ親鸞さんの中で思い入れが深かった。その世親(せしん)菩薩(天親菩薩ともいう)と曇鸞(どんらん)大師が回向ということをおっしゃった。それが二つの回向で「往相(おうそう)」と「還相(げんそう)」。 「往き」そして「還る」という。これを天親菩薩とか曇鸞(どんらん)大師と違って、また独自に親鸞さんは意味づけをして、独特な意味を表して展開したのが、その今おっしゃった二つの回向ということなんですね。それを「往相回向」と「還相回向」ということなんですが、その二つとも簡単にいうと、「往相」ですから、僕はこれは「阿弥陀仏の教えを聞いて学んで、私が真実に向かっていく歩み、往く相(すがた)ですね」こう理解する。「還相」というのは、「その真実の悟りの境界、浄土に生まれたら、さっき出てきましたが、すみやかにこの土にまた還ってくる」。私は、「往相というのは、念仏者の浄土へ向かっての歩み。還相というのは、浄土からのこの世への歩み」。だから往くことと還ることという。そういう大事なことを解かれたんですね。しかもこのことの意味というのは、大体みなさん、どうしたら救われるか、どうしたら悟られるかという、往くことだけが信仰課題になるんじゃないでしょうかね。親鸞さんはむしろそれと同時に、還るということを非常に重要視したというのが、僕はこれは親鸞さんの中の利他性ですね。自利だけでない。私が救われるということは、そこで完結するんじゃなくて、つまり私が浄土に生まれればそれで万々歳、そうじゃない。そこがまた新たな出発点なんだと。だから浄土が終末でなくて、往生(おうじよう)という限り、往(おう)は往くという字ですから、生(じよう)は生まれるですから、新たな誕生なんだと。ちょっと逸れますけど、僕は考えているんですが、よく宗教というのは、人間が「二度生まれる」ということをいいますよね。一度目の生まれ―誕生というのは、ご承知のように「おぎゃっ」と生まれる生まれ方。二度目の誕生というのは、「宗教的な真実に出会って、なるほどな、今までの人生間違っていたな」。これは『歎異抄』第十六条にも出てきますけれども、そういう生まれ方。新たな生き方ですね。これを「人間再生」なんていう言い方をする人がよくいますけどね。だから、おぎゃっという生まれ方、これ宗教的に回心でしょう。尊い教えに触れて、これまでの人生ダメ、新しい生き方をしよう―これ二度目。もう一つ親鸞さんは、「往生」というのは、「往き生まれる」ですから、誕生ですよね。だからこれは第三の誕生。新たな生まれ方。そしてその第三の誕生の往生というのは、どういう内容かというと、この土に還ってきて苦しみ・悲しみ・悩む人に、なんとか救いを実践したい。そういう思いがね。
 
草柳:  その思いの方こそ、親鸞は非常に大事なものだというふうに、この第四条の中で述べているわけですよね。
 
山崎:  そうですね。
 
草柳:  親鸞のそういう人に対する思いというのは、どうなんでしょうか? 多分に例えば親鸞が生きた鎌倉のあの時代背景、つまりあの時の社会状態といったものにやっぱり相当つながりと言いますか、関わりがあったんでしょうね。
 
山崎:  大事なことですね。普通「往相、還相」なんていう議論になりますと、あまりそういうことを射程に入れないで考えますよね。往くことと還ること。僕はおっしゃる通り、今お聞きして、親鸞さんという人は、非常に社会全体を―普通仏教と言いますと、社会から飛び出して、何かグループでもって良い思いをするみたいな考え、決してそんなものでなくて、社会の現実の中で意味を持たなければ真実(まこと)の宗教とは言えないんではないかということが、親鸞さんの場合にはすごく強かったと思うんですね。それを親鸞さんが、「浄土真宗は大乗の至極なり」なんて。大乗というのは人をお助けする、ということですから、自分だけがいい気持ちになるんじゃない。自分だけが救われてよかったわね。そんな仲良しグループではないんだと。その日常埋没して、苦しみ悲しんでいる人に私が今何ができるか。何をまたすべきかという、そういう意識は、僕はその当時の、八百年昔の飢饉もありましたね。だってバタバタと仲間の念仏者達が倒れていくんですから。大地を這いつくばるように農地を耕しても食べていくことができない。そういう人が亡くなる。お手紙にも出てくるんですね。そういう人たちに私は何ができるのかということを考えた。ですから、ただ往きて還るということでなくて、そういう人々を救えるようなものでなければ真実の仏道とは言えないという意識は、ある意味では社会によって―だからよくいうんですけど、僕は京都にだけ親鸞聖人が居られたら、こういう考え方はあまり出てこなかったんではないか。生活は大変だったでしょうけど、京都にいたらこういう発想はあまり出てこない。雪深い越後に念仏じゃなくて罪人ですよ。流罪人の生活でした。京都とは違った現実を見てね、僕はおそらく「私の念仏って何だろうか」と悩んだと思いますね。
 
草柳:  しかも関東に来てもでしょ。
 
山崎:  関東に来て本当に想像を絶する厳しさですから。そういう中でますます悩みと懐疑というのは深くなったと思いますね。そういう時に念仏者面している私が、人を救うことができなくて一体何なんだろうかという深い悩みが、私はそこにも根底として、還相という。前に申しましたかね、僕の尊敬する桜井鎔俊(さくらいようしゆん)という念仏者がいるんですが、その方が僕の好きな言葉なんですが、「如来は歴史の場で働く」ということをパーッとおっしゃった書物を読んだんですね。「仏(ぶつ)は歴史の場で働くんだ」と。深山幽谷のそういう人々が働くんではなくってね。
 
草柳:  つまり今生きているということ。まさにそのことが問われる話なんだというふうに。
 
山崎:  そういう人々の方向性とか意味と価値を持たなかったから、仏の教えではないと言ってもいいかもしれませんね。すると今日の私たちの末法という五濁(ごじよく)(劫濁―時代のにごり、時代悪。見濁―思想・信仰のにごり。煩悩濁―欲望むきだしの時代。衆生濁―人間の質の低下が著しい時代。命濁―寿命短少になる時代。いのちの危機)―五つの濁りといい、私は毎朝早いんですけど、ちょっといろいろ勉強したりなんかしているときに、五時のニュースでパッと中東の悲惨な現実が映るんですよ。そうすると僕がどういうふうに話を順序立ててお話しようかと考えている僕自身が、そのテレビの現実と全く乖離するんですね。無意味と言いませんが、それ一体なんだろうかということを、今日僕はずーっと朝から考え続けているんですよ。親鸞さんだったらそれをどう僕は考えているのかということをね。
 
草柳:  そして親鸞という人は、還相を、先ほどお話にあった先達たちに比べても、はるかにそれを親鸞独自の展開をさせたというふうに言われているようなんですが、また和讃を一つご紹介したいと思います。
 
弥陀(みだ)の回向成就して
往相(おうそう)・還相(げんそう)ふたつなり
これらの回向によりてこそ
心行(しんぎよう)ともにえしむなれ
 
これはどういうふうに?
 
山崎:  そうですね。これは僕はとっても大事にしている親鸞聖人の言葉、和讃ですね。ここに「弥陀の回向」ですから、阿弥陀仏から私達に賜るところの救いの意味である信心ね、智慧―こういうものが成就して、それは原理的に往相と還相という二つのものから成り立っている。しかしその往相と還相をですね、二つのものに二元化して考えるんじゃなくて、僕はここに「二つなり」とありますけども、往相が即ち還相なんだと。ちょっとややこしい言い方ですが後で説明します。また還相は実は往相を生み出すんだ。ということは、私はここで例えば仏教者のはしくれとしてお話をさして頂いている。仏教者として存在する。そして仏の真実を求めて念仏者として歩んでいるという往相の姿は、実は多くの人々の縁と言いましょうか、繋がり導き、父であり師であった私の父親であったり、あるいは先生方であったり、いろんな出会った方々、そういう方々によって私が仏教者として既に成り立っている。それはある意味で、私が往相の念仏者の歩みとして営んでいるということ自身が、実はそこに還相というものが働いているから、それが成り立っているんではないか。だから弥陀の回向成就して往相還相二つですよ。これらの回向ね、往相だけでない、還相。その働きをいただいて、これらの回向によりてこそ、私たちの救い・さとり・目覚めというものがはじめて成り立つんですよ。だから往相だけでない。還相だけでない。くどいようですが、往くことだけであった仏道から、そうじゃない還ってくること、つまりどうでしょうね、私が救われるということは、あなたが救われるということでなければ救いとは言えない。僕はその往相と還相と自利と利他というのは、そういうふうに二つのものでなくて、相即(そうそく)する。紙の表と裏のようなものであると、そういうふうに親鸞さんという人は発想したんではないかと思うんですね。
 
草柳:  こんな言葉があるかどうかわかりませんが、「往還一如」ですか?
 
山崎:  そうです。一如ですね。一如は同じじゃないですからね。だから一如というのはピタッと即する面とまた離れる面があるわけですよ。そこに僕は往相という。だから往相と還相は単純に一つだというと、また議論が起こるでしょうけども、往相は往相であり、還相は還相なんだけれども、有機的な連関関係がそこに成り立っているというような言い方でしょうかね。それが実は僕は、阿弥陀仏から賜る信心というものの構造と言いましょうか、仕組みなんであって、どっちかだけに偏ったら間違いますよということがね。そういう意味で「還る」ということの具体的、積極的な意味がなければ、真実の仏道ではない、と言った親鸞さんの教えを、私は今日確認する必要がありますし、言葉としてはそういうことが出てくるんですけれども、やはりニュアンスとしては―怒られることを覚悟で言わしていただくと―往くことばっかりの仏教になってしまっているんではないか。この世は辛いから、あの世は結構なとこらしいよ。単純なユートピア思想ですよね。僕はそれ親鸞さんに叱られられることじゃないかな。そんなものは五十パーセントだよというような理解を、僕はしているんですけどね。
 
草柳:  また次の和讃をご紹介したいんですが、次はこれなんです。
 
還相の回向ととくことは
利他教化の果をえしめ
すなわち諸有(しよう)に回入(えにゆう)して
普賢(ふげん)の徳を修(しゆ)するなり
 
ちょっと難しい言葉があるんですが、これは?
 
山崎:  そうですね。これは言葉が難しいですね。今これ還相の回向ですけど、還相の回向ということはどういうことか。それは少し詳しく言いますならば、そこで還相の回向を賜るということは利他ですから、あなたを救わずにおかない。黙ってはいられない。そのままにしてはおられないという。「教化(きようけ)」というのは、ご承知のように教え導くということでありますから、救いですね。ですから還相の徳を私が賜るということは、それ自身が人様をお救いしてやまないという利他行ですね。それを私が自らのものにすることであると。したがってそれは「すなわち諸有」ですね。「諸有」というのは、あらゆる世界という一般的な約束事がありましてね、諸有衆生、あらゆる世界の往きとし生けるものという言葉がでてきますが、諸有ですから、あらゆる世界の人々のところに回入(えにゆう)―「入る」と書いていますからね。そこに飛び込んでいって、そして「普賢の徳」というのは、普賢菩薩とも言いますが、これは利他を象徴する言葉なんですね。人をお救いするというその功徳。その人をお救いするという普賢の功徳を修(おさ)めることに他ならないですよ、という。これも私は言葉はなかなか難解でありますけれども、諸有に回入(えにゆう)する。さっき言いました「如来は歴史の場で働く」ということは、こっちから人々を眺めているんじゃないんです。あるいは私が向こうを眺めて、なんて厭な世の中なんだ。よくあるじゃないですか。「世の中が悪いんだ。人間が悪すぎる。うちの社長が悪い。社会が悪すぎる」―自分が一番いいんですよね。そういう条件いっぱいありますけども、でもそれだけでは僕は問題の解決には至らないと思うんですね。「諸有に回入(えにゆう)する」ということは、そこにまず自分が飛び込む。しかも還相ですから、苦しみ・悲しみ・悩んでいる人を見捨ててはおけないと思ったら、たちどころにそこに場を移しているというんでしょうか。仏像がありますが、坐っていらっしゃるお姿は坐像(ざぞう)といいますね。立っている仏像は立像(りつぞう)。それぞれ意味内容は違いましてね。一般的に坐っている、例えば奈良の毘盧遮那仏(びるしやなぶつ)―華厳経ですが―大仏さん坐っている。寂静ですね。どこまでも自己をきちっととどめるという。そして仏像の眼(まなこ)は半分開いて半分閉じていますから、半分は自己を凝視し、きちっと見つめ、半分は世界をきちっと人々を見つめるというふうな言い方がありますがね。しかし立像というのは、坐っていられない。僕はよく昔先生方の説教・法話を聞きましてね。例えば今夏で非常に危ない川に行きますと、悲惨な悲しいこといっぱいありますね。そういう時に、「お母さんがこちら側でお弁当食べていて、その川辺に走っていく子供に危ないわよ!≠ニ言ったら、お母さんどこにもいない」なんていう話をよく聞きましたよ。危ないと思ったらパッと弁当を捨てて、子供のところに行っていた。その立像という、立ってるお像というのは、それを表しているんだと。「立撮即行(りつさつそくぎよう)」といって、アッと思ったらもうそこに立っているという。そういう象徴ですね。坐像と立像にはそういう違いがある。だから「諸有に回入する」というのは、見捨てるわけにはいかない。その場に安閑として坐っているわけにいかない。それが還相というものの利他の働きなんだと。
 
草柳:  まさに親鸞という人は、人の社会の中に飛び込んでいって、その中で悪戦苦闘されたという感じですよね。まぁエピソードはいろいろあるみたいですけれども、とにかく何とかしたいという気持ちの強さといいますか、それは手紙の中にもあるそうですね。
 
山崎:  そうですね。そういう親鸞聖人の面がどちらかというと、僕はあまり見えなくなってきてしまっている。親鸞聖人以後、真宗の歴史の中でね、残念ながら。
 
草柳:  なんか神格化され始めているということもあるんですか?
 
山崎:  そうですね。そして見えなくなって、そのリアリティを失っているというんでしょうかね。例えばくどいようですけども、それは何かというと、私が浄土に生まれることが究極の目的であるということだけで、親鸞さんの教えが位置づけられてきたという―誤りと言って言い過ぎならば、ニュアンスが強くありすぎはしないか。もっと別の反面ですね、そういうことがそういう浄土が究極の目的であるということが前面に出過ぎて、もっと親鸞聖人その人が生きた社会の中で生きた生き方だとか、人間像だとか、そういったものが非常に僕は後退してしまったということが、私たちの、僕の考える親鸞聖人を学ぶ一つの課題ではないかなという思いが、僕は強く持っているんですけどもね。もっとリアリティーのある人ですよ。
 
草柳:  選んでいただいた一つエピソードがありますので、それをお読みしたいと思うんですが、これは誰の手紙でしたかしら?
 
山崎:  これは親鸞聖人の奥様の恵心尼ですね。
 
草柳:  げにげにしく三部経を千部よみて、すざう利益のためにとてよみはじめてありしを、(中略)。名号のほかにはなにごとの不足にて、かならず経をよまんとするやと、思ひかへしてよまざりしことの、さればなほもすこし残るところのありけるや(中略)。三部経、げにげにしく千部よまんと候ひしことは、信蓮房(しんれんぼう)の四つの歳、武蔵(むさし)の国やらん、上野(こうずけ)の国やらん、佐貫(さぬき)と申すところにてよみはじて四五日ばかりありて、思ひかへして、よませたまはで、常陸(ひたち)へはおはしまして候ひしなり。
 
という内容の手紙なんですが、三部経ですか?
 
山崎:  三部経(『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』の三経典)ですね。これは、三部経といいますのは、浄土真宗なんか非常に大事にする三つの経典。この経典が私たちの救いの拠り所の経典なんですが、げにげにしく、三部経という経典を千回読もうと思い立たれた。これ僕らも昔は三部経を読みましたが、そうですね大体三時間以上かかるんですよ、全部読みますと。それを千回読むというのは大変ですよね。なぜそんなことをげにげにしく、僕はもっともらしくと言ったらアレなんですけれども、三部経を千回読んでね―何故読もうとされたか。それはその当時の関東の社会背景、関東の人たちがバタバタと倒れる。その中には心を通わしたお同行衆、念仏者もいたでしょう。そういう方がバタバタと倒れていく。なんとかそういう人を救いたい。そういう人のために尽くそうと。そのお経を千回読みはじめようと思って始めたというんですね。しかししばらくしましてから、いや私たちはお経読んだ功徳で人を救うということから、私はもう自由になったはずであると。そういうものでないということを、私は自覚したはずなのに、にもかかわらずそういうことを私はしてしまっている。阿弥陀仏の教えと阿弥陀仏の名号というものの他に、何の不足があって―「なにごとの不足」とありますから―ひたすら経を読もうとするか。そういうことに誤りに気づいてやめたことがありました。考えたら私の中に自力の行ですから、お経を読んで幸せをというような、そういうことの自力の心が私の中に残っていたということでしょうか。その三部経をもっともらしく読もうと―それは衆生利益ですからね―人々の救いのためにお経を読誦(どくじゆ)―読誦というのは声を出して読むことなんです。そう思ったのは信蓮房が四つの歳であった。それは武蔵の国だったであろうか、いや上野の国、はっきりしませんけども、佐貫というところで―いずれも関東ですね―そういうところで読み始めて、しかし四、五日ばかりしてお止めになり、そして常陸に向かわれました。と恵信尼さんがこういうことをお書きになったんですね。ここからこれはいろいろ学者の中にも議論がありましてね。いや自力の計らい、お経を読んで人を幸せにするということが間違いだと気づいたにもかかわらず、ずっと後にそれをやっている自分というのは何ということか。なんと人間のそういう計らいの心は強いもんだろうか、ということを反省されたというのが、一般的な理解ですね。自力の計らいはなんとしぶといのか。そういうものを捨てられない。僕はちょっと違うんですね。それはその通りですよ。それは僕もあまりにも模範解答すぎると思っているんですよ。それよりも困った人を見たときに、自分に出来る事は何なのか。お経を読むことしかない。その思い立たれたという気持ちをむしろ大切にして、それが間違いであるか正しいかというのはあとの問題ですから。そういう気持ちを持ったという、僕は親鸞さんの心を、今日私たちが追体験することの方が、僕は大事じゃないかと思っているんですよ。自力の計らいはしぶといんだと気付くことも大事ですが、それ以上にね―だからもっと言ったら、僕が親鸞さん学びながら生きている歴史的な存在、一個の存在として、今こんなに頑迷―デタラメな世の中で、僕は何をすべきなのか。何をしなければいけないのかということを、僕はむしろこの三部経の千部読誦という、否定的な対象として扱われますが、そういうことを追体験するということが、親鸞さんを問うということに、僕はつながっていくんじゃないかという。だから模範解答は正しいんだけれども、そこから実はあまり何も生まれてこないんじゃないかという、そういう読み方を僕はこの手紙なんかでしたいと思っているんですね。ですからそれはどう言いましょう、さっき申しましたけど、何かをしようと思えば思うほどできない私。そこで終わるんでなくて、にもかかわらずそうしなければならないという願いは、そしてその無力感は、無力感を持った人にして初めて具体的なものになるんではないか。僕たちはそこまでいかないんですね。そこまで行かないで投げ出してしまうというようなところが一つあるんではないかなという。
 
草柳:  今の「無力感」という言葉で、一つ親鸞和讃の中に非常に有名な句がございますよね。それを最後にご紹介したいんですが、実はこれなんですけども、
 
小慈(しようじ)小悲(しようひ)もなき身にて
有情(うじよう)利益(りやく)はおもふまじ
如来の願船(がんせん)いまさずは
苦海(くかい)をいかでかわたるべき
 
小慈小悲も自分にはないということを、こんなにまあいわばあけすけにさらっと言ってしまう。これもまた普通考えられませんよね。
 
山崎:  そうですね。みんな自分には大慈大悲とまではいかなくても、人を優しい愛おしむ心がありますから。そういう心のひとかけらもないというような表現ですね。それはさっきからの問題に繋がりますけれども、慈悲を実現しようとしてもなかなか実現し得ない私という大きな現実にぶつかったところでの深い深い無力感、ひょっとしたら絶望感。それが僕は小慈小悲もないこの私。そういう私が―有情というのは、これは衆生という言い方がありますがね、衆生というのはインドのご承知のように、新しい翻訳は有情なんですよ。親鸞聖人は有情と衆生というのがあるんですが、八十四歳以降のものでは「有情」と書いていらっしゃるですね。案外そういうところは意識持っておられたようですね。「有情(うじよう)利益(りやく)」ですから、そういう小さな慈悲の欠片(かけら)もない私であってみるならば、たった一人の人でも救う事は出来ない。これは僕はよく申しますが、親鸞さんは八十四歳の時に自分の子供さんを教えの理解の取り違えで縁を切ったじゃないですか。
 
草柳:  そうですね。
 
山崎:  義絶しましたね。また近代に入っても大変高名なあるテレビの時代劇の題字を書いていらっしゃる老師が、子供さんのことで大変悩んだということもありましたし、大変な世界的な教育学者であるその方がご長男の問題で大変大変苦しまれたということが私たちの身近なところにもありますね。冒頭に申しましたが、人が人を救う、親が子を育てる。「子育て」なんて言いますが、僕は果たして親が子を育てられるのか。育てられるということ自身が、実は言葉は不適切かもしれませんが、傲慢ではないか。こんなこと言いましたら怒られましてね、今の時代に。だけど僕は、親鸞さんというのは、そういう不可能性を非常に明確に持っていた。人が人を育てる。人が人を導く。これは後の第六条にも繋がりますが、そういうこと自身が非常に難しいことなんだということを、明確に自覚し、目覚めていた人にして初めて言える「小慈小悲もなき身にて有情利益はおもふまじ」という言葉に、僕はなってきたんだと思うんですね。だけど、そこで絶望するんじゃない。悲しみで終わるんじゃない。「如来の願船」ですから、そういう不可能な、人が人を救うことができない不可能な人間を、なんとか幸せにしたいという如来。阿弥陀如来の願い―本願ね―そういうものがなかったならば、どうして深い苦しみの海―これ人生そのものですね。四苦八苦とか、そういう苦しみの現実を渡ることができるだろうか。いや、渡ることは出来ないというこういう。だから八十四歳ぐらいの、自分が子供を義絶するという悲しい出来事の中での、私は親鸞聖人の本当に率直な、そして大胆な言葉ではないかと思いますね。
 
草柳:  「人は人を救えるか」というテーマで、今日ずーっとお話を伺ってきたわけですけれども、そのことを、それは親鸞さんほどにいかないにしても、自分自身に本当に突き詰めて突き詰めていけば、たぶん社会って、世の中ってもっと変わってきそうな気がしますね。
 
山崎:  そうですね。おっしゃる通りだと思いますね。だからそこに目覚めるということが、さっき言いました無力感というと、私たちは力がないものだというふうに、そこに留まってしまいますけども、ある意味で無力感にやっぱり浸るというのが一つ傲慢ではないかと思いますね。
 
草柳:  逆にね。
 
山崎:  はい。本当に無力感を知るということは、逆に私はそこから新しいものを生み出していくような積極性がそこから生み出してくる。そしてそういう人生を九十年、だから「小慈小悲もなき身」だから、悲しみしかないわけですよ。にもかかわらず、今申しました「如来の願船(がんせん)いまさずは、苦海(くかい)をいかでかわたるべき」たったこの一つの真実によって、私は生きることができる。そして人を救う私になるという、前向きと言ってしまえばあまりにも月並みですけども、そういう積極的な思いが、僕はこの和讃に凝縮されているんではないか。蓮如(れんによ)という人、五百年前の方ですけどね、「我が妻子ほど不憫なる者はなし」私の妻子供、つまり身近なものほど不憫なるもの、そういうものを導き救わなければ最も悲しいんだ、こうおっしゃった。でも草柳さん、身近なものほどね、難しいんですよね。例えば人生相談を受ける方が、「あなたはダメですよ。そういう生き方では」と滔々とやるじゃないですか。家に帰ると奥様が、「あなた、あんな立派なことを言っているけど、あなたどうなの?」。無意味じゃないですよ。その現実が大事だと思うんでありますね。
 
草柳:  また次回ということにさせてください。どうも今日はありがとうございました。
 
     これは、平成十八年八月二十日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである