古寺を訪ねて―京都鞍馬寺―山に祈る―
 
                鞍馬寺管長 信 楽(しがらき)  香 仁(こうにん)
1924年、京都府生まれ。鞍馬寺貫主、鞍馬弘教管長。京都府立第二高等女学校卒業。1944年、鞍馬寺入山。鞍馬寺執行・鞍馬弘教宗務総長を経て、1974年鞍馬寺貫主・鞍馬弘教管長に就任。先代信楽香雲貫主に短歌を師事、歌人でもあり、鞍馬山の自然のいのちを詠んだ歌も多い。
                詩 人   相 馬(そうま)  大(だい)
1926年、長野県生まれ。1950年、立命館大学文学部日本文学科卒。京都市立中学校国語教諭を経て、京都聖母女学院短期大学助教授、教授、図書館長を務めた。詩の他、京都文化についての随筆を多く残した。2011年逝去。
 
ナレーター:  京都の街からひとすじに北へ、川の流れに沿って鞍馬街道が走っています。鞍馬川の水音に耳を傾けながら山間の道を進み、十二キロほど坂登ったところに牛若丸の物語や竹切りの行事で名高い鞍馬寺があります。今からおよそ千二百年前、奈良唐招提寺(とうしようだいじ)の開祖鑑真和上(がんじんわじよう)の高弟鑑禎(がんてい)上人が開いたとされる古いお寺です。鑑禎上人が宝亀(ほうき)元年(770年)正月四日、寅の月の寅の日に毘沙門天(びしやもんてん)の夢のお告げでお寺を開いたという言い伝えがあり、阿吽(あうん)の虎が山門を護っています。仁王門をくぐり、鞍馬山に入る時、最初に渡る精進橋(しようじばし)、人々が魚や亀を放して善行を積んだという放生池(ほうじよういけ)には薄氷が張りつめていました。滝に打たれて修行する人の姿は見られませんでしたが、参詣者のロウソクが赤く点っていました。鞍馬山の鎮守の社由岐(ゆき)神社が参道を見下ろして建っています。石段をまたぐ拝殿は、慶長(けいちよう)十五年豊臣秀頼(とよとみひでより)が再建したものといわれます。毎年十月二十二日に行われる由岐神社の例祭は、鞍馬の火祭りとして広く知られています。いくつかの小さな滝がこの付近を流れ落ちています。この滝は『源氏物語』若紫(わかむらさき)の巻に書かれ、光源氏(ひかるげんじ)の歌に詠まれている「涙の滝」であると言い伝えられています。いよいよ山道は、曲がりくねった山道になります。清少納言が『枕草子』の中で、近うて遠きものの中にあげた鞍馬の九十九折(つづらおり)です。道の随所に清水が流れ、快い水音が耳に響きます。道をのぼるに従って雪の白さが増していきます。山内にはケーブルカーも設けられていますが、古い参道を歩いてこそ鞍馬の山の深さがわかるといいます。
花さかば つげんといいし 山里のたよりはきたり 馬に鞍
 
鞍馬山の雲珠桜(うずざくら)と謡曲鞍馬天狗にも歌われている鞍馬山の春は、雲珠桜の花びらを撒いて人々を迎えますが、冬の鞍馬山は純白の雪の花びらを撒いて人々を迎えます。山道が終わると、石段が折れ曲がって続きます。その中程に転法輪堂(てんぽうりんどう)と呼ばれるお堂が再建され、阿弥陀仏が安置されています。平安時代の末、重怡上人(じゆういしようにん)と呼ばれる高僧が、ここで十三年間、日夜十二万遍のお念仏を唱え続けたといいます。上人は鞍馬寺に古く伝わる写経を始めた人としても知られています。清浄な鞍馬の水で身心を浄めると、いよいよ本殿への石段を上りつめます。『枕草子(まくらのそうし)』や『更級日記(さらしなにつき)』を認めた平安時代の女性たちが、また鎌倉・室町の戦国時代の武将たちが、春の桜、秋の紅葉に目を楽しませながら、この道をたどって参詣をしました。度重なる火災の後、十五年前に再建された本殿金堂。鞍馬寺の中心です。真冬の境内は身を切るように冷たく、名物の雲珠桜が寒気にじっと耐えて春を待っています。鑑禎(がんてい)上人が、寅の月の寅の日に毘沙門天のお告げで開いた鞍馬寺は、本尊に毘沙門天を祀っています。秘仏の本尊は六十年に一度、丙寅(ひのえとら)の年に開扉(かいひ)されます。昭和六十一年丙寅、今年はちょうど昭和のご開帳の年に当ります。新年最初の寅の日、初寅の日に、賑わいを見せた後、山は再び冬の寒気の中に静まり返り、春の大祭に備えています。金堂から読経の声が静かに流れています。鞍馬寺管長信楽香仁さんは、本山の多い京都でも珍しい女性の管長さんです。大正十三年、京都市に生まれ、府立第二高等女学校を卒業後、昭和十九年に入山、二十四年得度、鞍馬寺執行、鞍馬弘教宗務総長を経て、昭和四十九年管長に就任しました。この毘沙門天の像の奥の扉の中に、秘仏毘沙門天が祀られ、四月六日から二十日までの間、大正十五年以来六十年ぶりにそのお姿を拝むことができます。鞍馬寺には、数々の毘沙門天の像が祀られていますが、国宝のこの像も平安京の北を護る鞍馬寺にふさわしい威容を具えて、京都の街を見下ろしています。大寒を過ぎ、小雪が舞う一月末のある朝、詩人の相馬大さんが、鞍馬山に信楽香仁管長をお訪ねしてお話を伺いました。
 

 
相馬:  山へ上ってきましたら、空気があんまり美しいもんですから、心洗われる思いでございました。
 
信楽:  はい。自然がいっぱいございますからね、こちらの方は。
 
相馬:  やっぱり私も学生たちを連れて、コブシ(辛夷)の花、向かい側の竜王山ですか、こちらではあの山をなんと呼んでおられるんでしょう?
 
信楽:  竜王岳(りゆうおうがだけ)と申しておりますんですけど。
 
相馬:  そうですか。あそこにもうコブシの花がいっぱい咲く頃に学生連れて、いつも寄せていただいて、お詣りいたします。
 
信楽:  はい。あの横の道が薬王峠と申しましょうか、そこございますね。
 
相馬:  ここら辺の鞍馬の人は、こぽせ?の花と言って、こぽせ?の花が咲くと眠とうなると言ってね、鞍馬もいい季節になるようですね。
 
信楽:  冬が過ぎましてね、ちょうどほんとに春になる頃ですから。
 
相馬:  今日は、雪がチラチラしておりまして、一段と心が引き締まりまして喜んでおります。
 
信楽:  はい。北山の厳しさで大変でございますけれども。
 
相馬:  それに雪の下の楓の緑の枝がもうつやつやして、素晴らしい色に光っておりますね。やっぱりもう水を吸い上げているんでしょうか?
 
信楽:  そうでございますね。自然のものは、大変季節の移り変わりとか、そういうようなものをちゃんと心得ておると申しましょうか、みんな知ってるように思いますですね。今は裸で枯れたようになっております桜の木もそうですし、楓もそうですけれども、ちゃんと去年の秋、葉を落とす時から小さい芽を用意いたしておりましてね、そしてそれがだんだんとこう雪の下ででも、また冷たい風の中ででも、一日一日こう膨らんでいく、育っていくというふうな感じがようわかりますです。暖かい太陽の照る時もございますし、それから今日のようにまた冷たい雪の降る日もあるんですけれども、この間なんか寒いときなんかはもうほんとに氷漬けになりましてね。こんなので木は寒かろうななんて思いながらお勤めの道を歩きましたんですけどもね。その中でもだんだん育っていって、ほんとに命の尊さと言いましょうか、力強さというんでしょうか、それを自然のものから教えて頂く感じがいたします。
 
相馬:  やっぱり水というのは、どういうんでしょう、木の命を助けているんでしょうかね。
 
信楽:  そうでございますね。太陽と、そしてやっぱし大地と、それから水と、その代表される三つのものが、やはり命というものをそのものを育てていただいているなという気がいたします。そしてそれはもう誰でも知っている当たり前のことなんですけれども、太陽がなければ物は育っていないし、暖かみもないし、水がなければ、命は持たないし、人間もそうだと思うんですけれども、なんか八割まで水だということですからね。そういうことなんですけれども、それを当たり前として、知識として知ってはいるんですけれども、それがなかなか実感として、自分の心の底に感謝とか、ありがたいなぁとか、不思議とか、そういうふうな畏れるというと、怖がるわけじゃないんですけれども、尊ぶというふうな気持ちとして、心の底に染み込んでいくことが少ないように思うんですね、この頃は。それはなぜでしょうか。やはり都会の生活の中で、自然というものと非常に遠ざかって、人間が暮らしやすいように、なんかそういうふうな自分は自分の周りの環境を変えるということで、自然に調和するとかというふうなことでなくて、暮らすことが多くなったからかなと思ったりしてはおりますんですけども。お山の水は、水道の水ではございませんので、六千メートルほど奥の沢から自然の水を引いております。雨が降らないとその水が涸れます。で、もうこれは大変だということで、毎年一度その沢にお礼を申しあげに行って、そしてお供え物をしましてね、「どうぞ水を給え」と、「よろしくおねがいします」というふうにお願いに参りますんですけどね。そしてもちろん掃除もいたしましてね。そしてその水を引かせて、導かせていただいて、それを貯めて、それで私たちのいただく水とも、また用水でございますね、防火のための水も、皆その水に頼らさせていただいておりますんです。よく街の方が見えて、ここも水道のような設備がございますけれども、それを何の気なしに開けっ放しにしておかれますと、なんか自分の中の何かが流れ出ていくような気がいたしまして、でもそればここで水の苦労というか、それを知っているから思うのかもわかりません。水が出なくても文句をいうて行くところがないわけなんです、ここでは。それこそ天にお願いするより他ないということでございましてね。
 
相馬:  そういう大切な水を、雨が降ってお山を緑にしているんですね。
 
信楽:  そうでございますね。そういう水をいただいて、このお山の小さな本当に名もない草から、それからそれこそいく抱えもする大きな杉の大木、みんな同じように育っていくということでございますね。
 
相馬:  私も今年寅年でございましてね、ここへお詣りさせていただいて、こんなにありがたいお話いただいて、大変喜んでおります。
 
信楽:  先生、寅年でいらっしゃいますか、そうですか。それはまたひときわご縁が深くて。まぁ毘沙門様と虎というのは―ここにも阿吽(あうん)の虎ございますけれども、切っても切れない間柄といいましょうか関わりでございまして、毘沙門様のご出現が虎に関わりございまして、それがまた初寅の起源にもなっておりますわけでなんですけれども。
 
相馬:  やっぱりこう水を大切にしながら、先ほどちょっとお祈りされるというお話でしたけれども、朝からこういう深いお山で管長様はどういう一日をなさるんでございましょうか?
 
信楽:  朝、やはりお勤めございまして、寒い日なんかは特に閼伽(あか)(仏教において仏前などに供養される水のことで六種供養のひとつ)の水と申しまして、お供えの水もございます。そういうものをお供えすることに六器(ろつき)(閼伽(あか)・塗香(ずこう)・華鬘(けまん)を盛る金銅製の器。火舎(かしや)の左右に3個ずつ置き、6個で一具となる)と申しまして、六つ器があるんですけれども、お水が入ったり、それから花が入ったり、それからお香を供える器とか、いろいろございましてね。その水の入った器なんかは、薄い氷が張ってることもございますぐらいでね。お水を替えて氷が落ちるというようなこともございましてね。それを替えるのにもっと手がピッとくっつくというような感じで、氷つくんでしょうか、そんな時もございますしね。そんなお水を供えましてね。そして仏様に、ご本尊様にお供えする作法もありますんで、それをお供えしては、後は法華経を誦(よ)ませていただく習わしになっておりますんです。
 
相馬:  何かお詣りさせていただいたときに、法華経の何かお節をいただければありがたいと存じます。
 
信楽:  そうでございますね。私も法華経の字数というのは、七万字近くございますからね。それをとても一遍に誦むことは出来ませんもんで、少しずつ誦ませていただいておりますんですが、難しいかなと思いながら誦む行を始めました。ところが、誦んでまいりますと、なんかとても楽しいいろんなお話が出てまいりますね。先ほどの水のお話なんかも、大空から雨が降ってくると。そうすると、その雨を受ける大木は大木のままに、それで小さな草木は小さな草木のままに、それぞれにそれぞれの必要な分だけ水を受けるというふうなお話とか、そういうこともございますんですわ。いろんなお話がたくさん出てまいりまするけども、楽しいといいますか、物語がズッと続いております。そういうふうなことを読ませていただきながら、自分のこころ心にやはりいろんな心配事があったりすると、なんかそういうふうな潤いのところが出てまいりますとね、はぁそうだな、やはり護って頂いているんだなとか思いますし、その時の自分の心で感じるところ違いますけれども、仏様は何を望んでいらっしゃるのかなと。そういうようなことを私たちをどうなってほしいと、どうしようと思っていらっしゃるのかなということを、この間うちから考えながら読ませていただいておりましたんです。そうしたらたまたま確か「方便品(ほうべんぼん)」のとこだったと思いますが、私たちに、「仏知見(ぶつちけん)」つまり仏のお悟りになられた心ですね。仏の心、それをわかってもらいたいと。それを得せしめたいと、そういうふうなことの知る道に入らしめたいということを、それこそが仏の願いだということが書いてありましたんです。とっても、私嬉しくなりましてね。あぁそうかと。私たちが何をすべきかと。またご縁がある皆様方に、私たちはどういうふうなことを申しあげたらいいのかという時に、皆様が自分たちの心の中に美しい―花火に例えましょうか、花とか光とか、それから温かさとか、またある時には困ったことを、力強いものに変えていく。そういうふうな転換する力とか、そういうふうなものをいただきたいと。そのことを申し上げると。今、わかりやすく申しましたけども、仏の心というのは、そういうふうにいつも明るくて、そして美しくて、清らかで、そして物として、これは我々ははわかるように考えてみますと、そういうことになるのではなかろうかと思いますね。それを得せしめたいと。そういうふうな心持ちで毎日暮らす人になってほしいということを望んでいらっしゃるようだなと、私なりに受け取りましたわけなんですね。
 
相馬:  「ぶっちけん」というのは、どういう文字を書かれるんでしょう?
 
信楽:  それは「仏」という字、それから「知る」、それから「見る」と書きます。
 
相馬:  そうですか。今お話のように、花にも、光にも、すべてに例えられる美しい心というんでしょうかね。
 
信楽:  はい。
 
相馬:  そうですか。そういえば、法華経という「華」というのは、「はな」という言葉を使ってございますね。
 
信楽:  そうですね。「妙法蓮華経」といいますのは、なんか白蓮華の正しい教えというふうな意味だそうでございます。
 
相馬:  「びゃくれんげ」、
 
信楽:  「白い蓮の花」
 
相馬:  「白い蓮の花」。
 
信楽:  しかも、ただそういうふうなことだけでなくて、それに深い哲理と言いますか、そういうふうなものが含まれているということでございます。
 
相馬:  どうして白蓮華という花を取り上げているんでしょう?
 
信楽:  「蓮華」と申しますのは、やはり悟りの境地というものを表す花でございましょうか。そういうことで、観音様も、蓮華の花をお持ちなんです、手に。その観音様のお持ちになっております蓮華の花は、まだ開いていないつぼみなんです。それはまぁ人間の心の中に、仏になる種といいましょうか、そういうふうな素質といいますか、それはそれぞれ持っているんだけれども、それはまだ開いていない花なんだと。それを開かしめる、それを開くことが悟りといいましょうか、安楽な、安らかな心境に至るということで、蓮華の花というのは、そういうふうに仏の悟りの境地を表すと思います。それぞれに持っている、一人一人が持っている心の中の花を、グーッとこう開いていく。そのお助けというか、お導き、それをしていただいている。仏教と言いますと、なんかいろんな捉え方が今あるかも分かりませんが、仏様は、お釈迦さまがお説きになったことは、本当はそこのところに尽きるのではなかろうかな。これは私が思うんですけれども、そう思うんです。
 
相馬:  お山では、法華経というものをいろいろ書写というんでしょうか、なんと申しあげるんでしょうか?
 
信楽:  はい。ございますんです。このお山は、年中行事数々ございますけれども、その中で一番大層なと言いましょうか、いわゆる準備とか、そういうことで大きな行事でございます「如法写経(によほうしやきよう)」という、法の如くお経を写すという「如法写経会(によほうしやきようえ)」という行事がございますんです。
 
相馬:  法の如く経を写す。法の如くというのは、どういう意味なんでしょうか?
 
信楽:  それも法華経の中に、法華経のお経本を持つこともよし。それからそれを読むことももちろんいい。それからそれを書き写すことも大変功徳がある。それからそれを解き明かす、人にお話することも大変功徳があるということが、ちゃんと書かれております。しかも書き写してですね、そこの写したお経に、それを仏様として、華・香・瓔珞(ようらく)・抹香・塗香(ずこう)・焼香・幡蓋・衣服・伎楽、合掌とか、そういうふうな十のものを十種供養(『法華経』法師品で説かれる十種の供養。すなわち華・香・瓔珞・抹香・塗香・焼香・所W(そうがい)・幢幡(どうばん)・衣服・伎楽(ぎがく)をもって行う供養。所W・幢幡を幡蓋として、合掌を加える場合もある)と申しますけどお供えすると、さらにさらに大きな功徳があるぞ、ということが書かれております、法華経の中に。それをその通り行うのが「如法写経」でございます。
 
相馬:  それはいつごろの行事になるんでございますか?
 
信楽:  夏の行事でございましてね。ちょうど仏教で夏安居(げあんご)のある頃なんですけれども、八月の一日から三日まででございます。それに参加したい方が、みなお集りくださいましてね、三日間このお山で寝食を共にいたしまして、御経を写すだけが写経ではなくて、そしてその三日間、せめて三日間は、寝ることも、それから沐浴することも、それからお食事をいただくことも、起居動作、すべて写経をする心で過ごすということが如法写経の原点なんです。だから修行でございますね。
 
相馬:  夏の…よろしいですね。
 
信楽:  きちんとみなさんも正装で御参ご随喜いただくわけなんです。男子の方はやはり大抵和服に袴、それから女子の方もそういうふうに服装を整えていただきまして、そしていわゆる教えられた通り行事をいたします。この時は、墨で書くのではございませんでして、朱で書きます。前は、いわゆる朱の粉を、大豆を漬けておきまして、それをガーゼに包んで、そしてトントントントンと叩きまして、そうすると潰れます。そしてそれを絞って、その汁で朱の粉を溶いて、そしてそれで書きましたもんです。この頃は朱液で書いておりますけれども、そういうふうにして動物質のものを避けて、そして墨は膠で固めてございますね。そういうものを避けてね、それこそ六根清浄(ろつこんしようじよう)、もちろん頂き物も全部お精進。朝から体を浄める沐浴の式もございますし、そういうふうにして書かせていただくわけなんです。
 
相馬:  やっぱり膠は動物から作ってるんですかね?
 
信楽:  そう聞いておりますんですけれども。
 
相馬:  清浄に心がけている。このお山によく合いますね。
 
信楽:  はい。そして三日間でございますけど、第一日の朝から、そして「法華懺法(ほつけせんぼう)」と申しましてね、眼も耳も鼻も口も、いろんないわゆる六根でございますね、体の。それから入ってくる諸々の心―汚れたと申しますと恐縮ですけれども、すぐこう煩悩に走っていく心を清めて、そしてお写経をするということです。お水を迎える式から、筆始の式からいろいろとございます。
 
相馬:  そういう伝統が、古くからこのお山では伝わっているように聞いておりますけれども。
 
信楽:  その始まりば平安の末期になるわけなんです。この鞍馬山でお写経が始まりましたのは平安の末期なんですけれども、その時からお写経が始まりして、そしてお写経いたしましたものを最後巻物にいたしまして、そしてに筒に収めて、そしてさらに筒に収めて、土の中に埋めるわけなんです。それは末法の時代に人々を救う弥勒菩薩の御出現を待つわけなんです。その時まで、お釈迦様の、いわゆる仏法ですね、それが衰える末法の時代が来るから、その時までお経を伝えなければいけないということで、土の中に埋めたわけなんですが、鞍馬の経塚(きようづか)―それを経塚と申しますんですけれども、鞍馬の経塚は、ある年、一年だけではなくて、毎年毎年御本殿の北の山裾に埋めたもんですから、そこに何年も何年も同じ場所のところに埋められておりますわけなんです。それが全部出土いたしましてね―これ明治なんでございますけども、そして今で二百何十点か、三百点に近いものが、全て国宝になりまして、今、博物館のほうに寄託いたしておりますけれども、そういうふうな大事なものもございます。
 
相馬:  そうすると、末法の時代というのは、みんな心の恐れをいだいたんでしょうね。
 
信楽:  そうでございますね。やはり何か人間と申しますのは、辺りが暗くなると不安です。何があるのか分からない。自分の心の中に光を持っている、拠り所があるというのは、やはり何か安心して生きられると言いましょうか、そういうものじゃないかと思いますが。その信仰の拠り所が失われると、やはり不安な時代になるのじゃないかと思うんですけどね。
 
相馬:  お山に集まってこられて、写経なさること、本当に心救われてなさるんでしょうね。
 
信楽:  はい。実際ご随喜なさる方、私たちもそうなんですけども、暑い時期でございますし、なかなかこれは辛いといいましょうか、苦行なんです。汗は出ますし、それからやっぱり一日正座をいたしますね。現代の方には大変しんどいお仕事だと思いますけれども、ご修行だと思いますけれども、さてそれが終わりますと、とってもすがすがしくして、なんといいましょうか、その喜びというのはまたひときわでございます。ご随喜される方、どういうふうになさるかといいますと、朱で書きましたお経を、あちらに出してございますので、お手本がありまして、それを皆様にこう分ましてね、そして手分けをして、七万字近いお経をみんなで書かせていただくわけなんです。
 
相馬:  管長様は、お歌をお作りになられることは、前から存じ上げておりますけれども、そういう如法写経に関するお歌、一つお聞かせいただけませんでしょうか。
 
信楽:  歌と申しましても、先代がおります頃は、よく添削も受けましたので、勉強も励んでおりましたけども、この頃添削する人がおられませんので、お恥ずかしくてつぶやきみたいなものですけれども、写経の道場でちょっとした閑に花びらに書きました歌でございますけれども。
 
相馬:  散華の時の花びらに、
 
信楽:  はい。散華が散っておりますので、それを机の上に散りましたのを一枚ちょっといただきましてね、そこに朱がございますから、ちょっと心に浮かぶことを、今忘れないようにして思いましてね、ちょっと書きとめた歌でございますが。これは一番最初の日の「立筆(たてふで)」と申しておりますけど、写経に使用する水を本殿まで取水に行き、道場に戻って立筆作法という書写を始めるための法会を修してから書写し始めます。一番初めのお水を迎えて、そしてこれからいよいよ行が終わって写経させていただきますということを、ご本尊様に申し上げる言葉があるんです。そういうふうな作法の時に、行堂いたしまして、そして散華を散らしながらお堂をめぐるわけなんですが、その時にその散華にちょうど諸天諸菩薩がお乗りいただきましてね、花びら一枚一枚に五色ございますけども、そしてこの道場にズーッと来迎したまいて、私たちの写経の願い、写経と申しますのは、先ほど申しましたように、自分の心の中の蓮の花に例えましたけども、仏の心を花開かすというための行でございますからね、そういうふうなことの願いを行に得せしめ給えという気持ちでいたしますので、それを行を守っていただきたいというふうな気持ちで作りました歌がなんでございます。
浄蓮華 諸佛諸菩薩花びらに
のりて来たもう開闢の朝
 
でございますが。
 
相馬:  「花びらに乗せて来たもう」というところに、管長様のお気持ちが伝わってくるようでございます。
 
信楽:  歌にいたしますと、なんか本当にそこにもちろんお姿が見えるわけではありませんけども、きっとそこに来ていただいているなという、そういうふうな気がいたしましてね、なんか感激するわけなんですけれども。
 
相馬:  それじゃあ今までお話伺った何を一つ、私も負けずに何か詩でも一つ、
 
信楽:  どうぞお願い致します。
 
相馬:  恥ずかしいようでなんでございますが、
 
祈り
 
雪となって
風となって
雨となり
 
鞍馬の山の
杉のなかに
沈む
 
木の根の道を
祈りの足音が
のぼってゆく
 
なんか管長様のお話伺っていたら、このような詩が…
 
信楽:  あらぁ、よろしゅうございますね。大事にいたします。
 
祈り
 
雪となって
風となって
雨となり
 
鞍馬の山の
杉のなかに
沈む
 
木の根の道を
祈りの足音が
のぼってゆく
 
ありがとうございます。
 
相馬:  鞍馬といいますと、やはり与謝野晶子(よさのあきこ)の歌碑を初め、非常に深い関係があるように聞いておりますけれども。
 
信楽:  はい。鞍馬は、信仰の山と同時に、文学とか、いろんなそういうふうな面でもいろいろと巾広い皆様の受け止め方がございますと思います。いろんな方が来ていただいております。与謝野寛(鉄幹)・晶子先生も、先代が師事しておりましたもんですから、直接師事しておりましたもんですので、そういうふうな関係で。私はもちろん存じ上げておらないんですけれども、話に聞いておりますと、いつも雲珠桜の咲く頃に、先生よく鞍馬をお訪ね下さったみたいです。三、四回ほどお越しいただきましたようでございまして、雲珠桜のことをお詠みになった歌もございます。
 
相馬:  ぜひお聞かせいただけますでしょうか。
 
信楽:  はい。記憶しておりますのは、
雲珠桜(うずざくら)錦を著(き)つつ愁(うれ)ふれど
なほ御仏を頼みてぞ立つ
(与謝野晶子)
 
というお歌だったと思います。
 
相馬:  素晴らしいですね。雲珠桜の咲く頃に、やっぱりその頃を選ばれるというのは、源氏物語をやっぱり訳しておられるからでしょうかね。
 
信楽:  そうでございますね。
 
相馬:  ちょうど桜の花の季節に、若紫巻が源氏物語では書かれておりますし、
 
信楽:  桜の季節でございますか?
 
相馬:  はい。
 
信楽:  与謝野晶子先生の書かれましたこの「源氏物語礼讃」でございますか、この源氏の各帖を歌にお詠みになりましてね、それを巻物にした、これをいただきましたものです。
 
相馬:  この文字もこれ晶子先生ですか?
 
信楽:  ご自身の真筆です。源氏の各帖をそれぞれ歌にお詠みになるということは、本当によほど物語を咀嚼されてと言いましょうか、よくお読みになってのことでございましょうね。
 
相馬:  そうですね。女学生の頃から、あの難しい源氏物語がわかって読まれたようでございますね。ここに源氏物語の三、「桐壺」「空蝉」「夕顔」、これが「若紫」、
 
信楽:  そうでございますね。
 
相馬: 
「若紫」
春の野のうら若草に親しみて
いとおほどかに恋もなりぬる
 
信楽:  ここ「おほどか」という読みますんですね。
 
相馬:  はい。これは若紫とか、紫式部が一番好きな女性の形容として「おほどか」が使われていますね。
 
信楽:  そうでございますか。
 
相馬:  やっぱりその原文、それから「若草」も、その若紫巻に、初め「若草」と歌でうたわれています。ですからこれ全部源氏の言葉を随所に、星のようにちりばめて歌作っておられますね。それから季節の花、もみじの葉、いやぁこれは素晴らしい宝物でございますね。もったいないございます。
 
信楽:  やはり私も父から聞いた話ですけれども、お歌を詠まれるについて、その物事の真実と言いましょうか、実感というものを、ご自分自身で感じられた心と言いましょうかね、それを歌にするようにと。だから言葉が美しいというのではなくて、その感じたことを大切にして、心で受け止めたことを大切にして、それを歌にしなければいけないんだということを、よくおっしゃったということを聞いておりますが。実感―真実をみるということは、やはり宗教の方から考えましても、物事の真実というものをしっかり見つめるという、その態度は大切だとされております。仰せられておりますし、その辺のところが、なんか文学も芸術もずっと深いところで一つの何か世界があるんではないだろうかなと、いつも思うわけなんです。そういう点でご立派だな、なんて思いますんですけれども。
 
相馬:  そういう点で若紫巻の時期に鞍馬の山をお訪ねになられたんでしょうね。先ほどの雲珠桜といい、この若紫といい、そういえば源氏物語ではちょうど桜の花が咲いている頃に、やはり光源氏はちょっと熱病に罹ってご祈祷に来て治るんですけどね。その時に紫の上、いわゆる若紫、その前には若草、この紫の上を見つけたんですけれども、その時の歌に
 
吹きまよふ深山(みやま)おろしに夢さめて
なみだもよほす滝の音かな
 
この「深山おろしに、夢が覚める」というのは、ちょうど全山の方々が本堂に集まって、法華経を読誦している声が、ズーッと風に乗って光源氏の目を覚ますんですね。それで若紫はまだ十歳、自分は十八歳、とても妻に迎えることは許してもらえないので、この歌を作っているわけですね。今もお山に「涙の滝」という、この歌から来た場所がございますね。
信楽:  はい。小さい滝がございますですね。
 
相馬:  このお山は、やっぱり自然に囲まれているんでしょうか。ここに住むとみんな美しい心になるんでしょうかね。光源氏が、紫の上を生涯の伴侶として選んだのもやっぱり美しい心、ちょうど雀の子が他の鳶(とび)や烏(からす)にいじめられないようにと迷ってきたのをかごの中へ入れてるんですね。それを犬君(いぬき)という侍女が逃してしまう。それで泣いてきて、雀の子が逃げてしまった。もう烏や鳶にいじめられないか、といって泣くんですね。それを見た瞬間に、これはもう自分の絶対生涯の伴侶と考えたようですね。
 
信楽:  優しい心でね。
 
相馬:  しかも普通の子供でしたら、「犬君(いぬき)が雀の子を逃がしつる」と、犬君(いぬき)を先にいうんですね。ところが紫の上は、「雀の子を犬君(いぬき)が逃がしつる」。雀の子の逃げたことが、まあ一番悲しいという。そういう意味で、もちろん顔立ちとかいうのが藤壺の宮に似ているということもありますけれども、一番やっぱり美しい心、この「おほどか」な心、これが鞍馬の山で紫の上は育てられたと思うんですね。それが光源氏をとらえたと思うんですね。今日のお話を伺っておりますと、みんなおほどかという、この紫の上につながってくるようでございますね。しかも光源氏が法華経を読誦する全山の読経の声に目を覚ますというところ、涙の滝という本当に洗われる思いでございます。
 
信楽:  先生、これを開けましょうか。これは先程お話し申し上げました如法写経のお経と一緒に、その時使いました法具を土の中に埋めるんです。それが細かい物いっぱい出てくるんですけれども、その中の一つで、仏様でございますけどね。
 
相馬:  なんか若紫のような、
 
信楽:  押出仏(おしだしぶつ)なんですけれどもね。お顔を見るのがとっても好きなんです。それで自分もこういうふうな仏様を作り上げることができたら、どんなにいいだろうと思いますね。作仏の行というのがございますが、昔は―日本ではどうかわかりませんけれど―インドなんか参りますと、修行僧が全部自分の室にお祀りする壇を作りましてね、そこで自分で彫った仏を祀って、そこで行をしたということを聞いておりますんですが。それはやはり作仏ということは、自分の心の中の仏様を見つけ出す。仏のお心ということなんですが、それを見つけ出す一つの実践―行でございますね。そういうようなことはやって本当に私の心の中の仏様に、どうぞ目覚めていただきたいということを願って、やりたいなと思って考えていたことでございますんですよ。そして人間と申しますと、なんかやっぱり知識だけで受け止めるということではなくて、自分が実践すること、体で行うことによって、それがさらに深まっていくと。これは言葉を超えた一つのいわゆる受け取り方と言いましょうかね、そんなものが領解できるんではなかろうかと思いましたね。できたらたくさんの方に、そういうふうないわゆる作仏の行をしていただきたいなぁなんて願ったこともございまして、どういう方法でするのか、まだ具体的には自分の中で出来上がっておりませんのですけれども、とにかくやはりみんなそういうふうな美しい種を持っております、開かない蓮の花のように。でも、それを開かす機縁と申しましょうかね、それを見つけなければいけませんし、その機縁は私たちの周りにたくさんあると思うんです。ということは、善いことも悪いことも人間一生の中でいろんなめぐりあいがございますが、楽しいことだけが善いことではなくて、自分に都合の悪いことも、それも自分の心を磨く、自分の花を開かせる一つの糧として受け止めるということ。それがとても大切なことではなかろうかと思うんです。まぁ誰でも人間、楽しいこと、それからいいことを求めます。でも必ずしもそうでないのが人生じゃないかと思うんですけれども。その時になんか自分は見放された存在であるとか、そういうことでなしに、それを全部自分の糧として生きていくということ。殊に私、山に住まわせていただきまして、初めに申し上げましたように、この山の自然が、いろんなことを私に教えてくれました。水もそうですし、それから木の芽の膨らみもそうですし、それから大地に張る大きな根もそうですし、小さい草も、あの美しさも、小鳥のさえずりも、何かそういうふうないわゆる自然のものが、何かこういうふうに生きなさいよと。心の扉を開きなさいよ、花を咲かせなさいよというふうに囁いているように思うんです。そういうふうな考え方から自分の人生というもの―これはもっと現実に戻りましてね、人生というものを見つめてみますと、やっぱりその外に現れた形だけではなくて、その底に潜む何か仏の願い、さっき申しましたみんなの心の中に花開かしてほしいという願いが感じられるわけなんですね。そしてそう思うと、寒い日も、それからそれこそ手が凍るような時も、何か心の中はほのぼのとしてまいりましてね、人間いろんな目に会いますから、その苦しいこととか辛いことがあったときでも、心の中のほのぼのとした喜び、それを見つめていく―光と申しましてもいいでしょうけれども、まあ生きているすべてがそういうふうな心の状態になれば、これはもう仏様ですね。なかなかそれには遠うございますけど、遠くても光は決して消さないように、その光から目を離さないように、いつもそれを見つめて、ともすれば逸れがちな心をそちらの方へいつもふりかえしていくということ、それをしていきたいなと思っております。
 
相馬:  どうも本当に今日は「仏知見」という大切なお言葉を賜ったりいたしまして、ありがとうございました。
 
信楽:  どういたしまして、失礼いたしました。
 

 
信楽: 
掌を合わす
ぬくもりの中に
身をおけば
山の吹雪の
音もうれしき
(信楽香仁)
 
杉の梢
 
ささえる
ところを
下へと
水は
垂直につづく
輝く梢の
祈りは
星に
ゆれて
霧となり
妙法の風は
空の
目盛りから
木もれ日と
ふりそそぐ
(相馬大)
 
     これは、昭和六十一年一月二十六日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである