ブッダを語るA思想奔流の時代
              武蔵野女子大学教授 前 田(まえだ)  専 学(せんがく)
              き き て     草 柳  隆 三
 
草柳:  「ブッダを語る」の二回目です。今日は「思想奔流の時代」というテーマで、ブッダが誕生し活躍をした時代、つまり今からおよそ二五○○年ほど前の時代ってどういう時代であったのか、ということについて考えてみたいと思います。前回は、ブッダ以前の時代―「ヴェーダの時代」と言いますか、「バラモン教の時代」と言われる古代インドの思想が一体どういうものであったのかということについてお話しを伺ってまいりました。今回はブッダと同時代の様々な思想家と、ブッダの考える思想がどういったものであったのか。その比較をしながら二回目の話を進めていきたいというふうに考えています。今日のお話をお伺いいたしますのは、武蔵野女子大学の前田専学さんです。よろしくお願い致します。
 
前田:  よろしくお願い致します。
 
草柳:  まず初めに一回目のおさらいというか、復習ということで少しお話を伺っていきたいんですが、前回はインドの古いバラモン教という言葉がずいぶんたくさん出てまいりました。「バラモン教」というのと、それから日本とは何か関係があるんですか?
 
前田:  そうでございますね。バラモン教とお聞きになってもおそらく日本人の多くの方は、あまり関係がない宗教じゃないかとお思いになるかもしれませんけれども、実はそうではなくて非常に関係が深いんですね。日常の生活の中で関係があるわけでございまして、一例を挙げますと、フーテンの寅さんというのは、映画でたいていどなたでもご存知だろうと思われますが、柴又の帝釈天とフーテンの寅さんは切っても切れないんですが、あのフーテンの寅さんの柴又の帝釈天の「帝釈天」というのは、何か仏教の神様かと思っていらっしゃるかもしれませんけれども、実は元を質しますと、あれは前回申しました『リグ・ヴェーダ』という『ヴェーダ聖典』の中に出てくる神様でございまして、インドラという神様で、リグ・ヴェーダの時代には武勇神と申しますが、理想的なアーリア兵士としての姿で出てくるんですね。『リグ・ヴェーダ』の中で一番人気のある神様なんです。それが仏教に入ってまいりまして、仏教の守護神のような形になっておりますけれども、それが柴又の帝釈天の元の姿ですね。それから「弁天様」―上野の不忍池などの池の真ん中に祀ってありますが、弁天様というのも、これもサラスヴァティーというバラモン教の神様でございまして、これも『リグ・ヴェーダ』の中に出てくるんで、川の神様なんですね。それをサラスヴァティーという川を神格化したものなんですね。
 
草柳:  意外に身近なところにあるんですね。
 
前田:  そうなんでございますよ。そういうことがなかなか気がつかないだけで、ずーっと厄介になっていると思いますがね。日本人の宗教生活にとって欠かせない一つの要素になっているんだろうと思うんです。それがバラモン教と日本の深い関わりがあるにも関わらず知らないという面じゃないでしょうかね。
 
草柳:  それと「ヒンドゥー教」という言葉が出てまいりましたですね。このヒンドゥー教とバラモン教というのはどういうふうに?
 
前田:  そうでございますね。バラモン教の方は、先ほど申しました『リグ・ヴェーダ』をはじめとするいわゆる『ヴェーダ聖典』というものが、大体紀元前一二○○年位から紀元前やはり五、六○○年までの間に大体『ヴェーダ聖典』の主要なものが出来上がるんですけれども、その『ヴェーダ聖典』を元にしてですね、そしてバラモン階級が主役ですけども、そういうバラモン階級で作られた宗教と申しましょうか、『ヴェーダ聖典』に見られるそういった宗教を「バラモン教」と言ってよろしいかと思いますが、大体どんな宗教かということになるかと思いますが、いろんな神様を崇拝する多神教ですね。どんな神が出てくるかと申しますと、自然現象、例えば雷とか、あるいは雨とか、あるいは太陽とか、そういうようなものを崇拝する自然神が最初に出てきて、だんだんそういう自然神の背後にあるような、何か原理を求めていくというような傾向が出てまいりましてですね、そういう神々の背後にある宇宙の根本原理と申しましょうか、そういう関心がずーっと長くバラモン教の人たちの関心の的になりまして、『ヴェーダ聖典』の一番最後に作られるウバニシャッドという思想をまとめたような文献が出てまいりますけども、そこにまいりますと、「ブラフマン」―それが宇宙の根本原理でございますね。それと我々の奥底にある「アートマン」と―自我とか、自己、真実の自己とか、いろんな訳が付けられるわけですけれども、そういう二つのものの原理が考えられるようになりまして、その二つのものが実は同一なんだという考え方がウバニシャッドと言いますか、バラモン教の中心的な考え方という、それを「梵我一如(ぼんがいちによ)」と言っておりますね、そういう考え方。その他にまた「業・輪廻・解脱」という、そういうものがバラモン教の考え方の中心をなしていると言ってよろしいかと思いますけれども。そういうバラモン教がずーっと時代を経てまいりましてですね、途中でというのか、紀元前五、六世紀になりますと、仏教が出てまいりまして、バラモン教が今まで主流であったものが、今度仏教がそれに代わって主流になっていく時代が来るわけですけども、紀元前二、三世紀くらいになりますと、まだ仏教が主流を占めている時代ですが、その時代にこのバラモン教は下火でしたけれども、消えてしまうわけではなくて、土着の信仰とか習俗とか、そういういろんなものを中に取り込みまして、非常に変わった、変容を遂げたものとして出てくるんですね。新しいヒンドゥー教の聖典なども続々と編纂されるというようなことが起こってまいりまして、中心となる神々も変わったものが出てくるんですね。そういう形で現在見られるヒンドゥー教と言っている、いわゆるヒンドゥー教と言っているものの原型がそのころから出てくる。ですから言ってみればバラモン教というのは、ヒンドゥー教のもとであり基礎であり、バラモン教がなければヒンドゥー教は成立しないわけですし、このバラモン教という言葉自体が、本来人工的に西洋の学者が付けた言葉ですから、そこで区切りがあるわけではなくて、ヒンドゥー教という言葉が狭い意味と広い意味で使う場合、両方ございますけども、狭い意味で使う場合には、紀元前二、三世紀ごろから、新しい装いで出てきた、それを指してヒンドゥー教と言っておりますが、広い意味でヒンドゥー教と言った場合には、バラモン教を含んでいうわけですね。ですからヒンドゥー教という言葉を一般に言った場合には、一体どういう意味合いで使っているのか。人によってそれぞれバラバラしておりましてね、なかなか理解でき難いところがあるわけで、私の話の中にもヒンドゥー教という言葉が出たり、バラモン教という言葉が出たり、これからもするかもしれませんけれども、できるだけ「ヒンドゥー教」という言葉で統一していこうかという気もしているんですけども、万が一バラモン教という言葉が出ましたならば、それはヒンドゥー教の古い層のことを話しているんだというように『ヴェーダ聖典』など中心にしたそういう思想のことを言っているんだというふうにご理解いただければありがたいと思っておりますけれども。
 
草柳:  ヒンドゥー教なんですけれども、もちろん今インドの人たちの精神生活と言いますか、実生活を含めてですね、ヒンドゥー教に支えられているというか、つまりヒンドゥー教はインドの宗教と言っていいわけですね?
 
前田:  そうですね。
 
草柳:  これは今ヒンドゥー教の特徴と言いますか、どういうことと言えるんですか?
 
前田:  そうでございますね。これなかなか難しい問題でございまして、と申しますのは、ヒンドゥー教というのは単純な宗教ではなくて、非常に複合体でございまして、いろんな要素が混ざり合っているんですね。例えば宗教といえば大体神様とか、そういうものが中心になるわけですけども、神の場合には、あるいは神にあたる原理と申しますか、そういうものを取ってみましても、一元論が中に見られる。それから二元論もある、多言論もある。それから神の方でいけば、一神教もあれば、それから多神教の面もある。そういうのがごった混ぜに入っているんですね。例えばキリスト教が専門店だとすればですね、ヒンドゥー教というのは百貨店でございまして、なんでも取り込んで、自分のものにしてしまうという。そういうある意味では非常に寛容な宗教ですね。なんでも排除してしまうというんじゃなくて、全部自分の中に取り込んでいく。それだけに貪欲な宗教でもあるんですね。そういう面でキリスト教など非常に対照的なものですから、いろんな要素が中に入ってきていますですね。ですから非常に高度な哲学体系から、非常に迷信のようなものまでも、全部このヒンドゥー教の中に取り込まれている。そういう思想の面だけでなくて、人間の生活を規定するような、例えばカースト制度ですからね。あるいは「生活期」と言っておりますけども、人間の一生の節目節目を考えるわけですが、それ四つの節目を考えるわけですね。最初に「学生期(がくしようき)」学生時代があるわけですね。仏教の方では、「学生」を「がくしょう」と申しますが、その頃になりますと家庭から離れて、先生をグルと申しますが―先生のところに行ってそこでヴェーダの勉強するわけですね。その時期が「学生期(がくしようき)」ですが、それが過ぎますと、今度は家庭に戻る。家庭に戻って結婚をして家庭生活に入るわけですね。それが「家住期(かじゆうき)」と言っておりますが、それはまぁ結婚して子孫を作るという大変重要な。それが過ぎますと、今度は「林住期(りんじゆうき)」と。まぁこれは妻を連れて行ってもよろしいですけど、家族と離れましてですね、森の中に、林の中に住む。そこで宗教生活に専念する。その次には「遊行期(ゆぎようき)」というのがきましてですね、今度は家内を連れて行くことはいけませんですが、一人で修行生活に入るというような、生活の隅々まで及んでいるわけですね。それから食べ物なんかでも、例えばおそらくインドの友人を持っておられる、彼のインド人の方がおいでになったときにお困りになるのは、彼らの中に多くは菜食主義者がいるんですよね。菜食主義というのは、これは日本ではあまりそういう人はいないんですけども、中には私の友人も知っている人がそういうことをやっている人がいますけどね。これは人なり動物なり、生命を傷つけない不殺生という精神から、宗教の実践をしているところから、そういった菜食主義というのが出てきておりますですね。それから日常我々風呂に入ったりなんかいたしますけれども、日本人の風呂というのは、まぁ健康上やるとか、快適さを求めて温泉に行ったりなんかするという半ば娯楽的な面があるわけですけども、ヒンドゥー教徒にとりましては、これは娯楽とかそんなものではなくてですね、これは宗教上の実践でありまして、身の汚れを取り除くという浄化のことを考えてやっているわけですね。ガンジス川の沐浴の光景も今出ておりますが、こういう私のインドの友人がドイツと一緒に生活したこと―一緒というか、隣同士で生活したのがありましてね、朝起きるとなんかお祈りをしているような声が聞こえてくるんですよ、朝早くね。何だろうと思ってみましたら、彼はお風呂の中で沐浴をしておりましてですね、その時にガーヤトリーというような、さきほど申しました『リグ・ヴェーダ』の中の一節ですが、それを唱えるとか、そんなことをしておりまして、彼らは外国に行ってもそれをやるという、日常の宗教的な実践の一つになっているわけですね。
 
草柳:  宗教的な生活と、それから日常の生活が、つまりどこで線を切ったらいいかもわからないぐらい混然一体となっている、そんな感じなんですか?
 
前田:  そういう気が私いたしましてね。何かどこどこに行くと、聖なる聖域があって、そこで宗教的なことをするとか、そうじゃなくて、日常生活そのものが、もうそういう宗教生活の実践であるというように思うんですね。
 
草柳:  今お聞きいだいたお話は、つまり仏教が誕生した後の話になるわけですね。
 
前田:  そういうことですね、ヒンドゥ教でございますから。
 
草柳:  話をもう少し前にさかのぼってですね、ブッダが誕生した時代は一体どうだったのかというお話を少しお伺いしたいんですけども、ちょうど紀元前五、六世紀の頃、今から二千五、六○○年前というのは、インドの社会の中でかなり大きな社会的な、あるいは政治的な動きがあった時代だったんだそうですね。
 
前田:  そうでございますね。社会的、政治的、大きな変動の時代でございましてね、今までは農耕社会の時代ですけども、それが大きな大都市ができ、しかも国家ができてくると。そういう時代ですし、それから物資が非常に豊かになりまして、貨幣経済が非常に発達してくるというような時代でありまして、今までの身分制度だった四姓制度(ブラーフマナ (婆羅門=司祭者)・クシャトリヤ (刹帝利・刹利=王族)・ヴァイシュヤ (毘舎=庶民)・シュードラ (首陀羅・首陀=隷民)の四つの身分をいう)というんですね。それが今まで通り守られなくなってくる。そういうような時代。特にゴータマ・ブッダが生まれた場所というのは、生まれて活躍した場所というのが、いわゆるバラモン教の栄えていた中心から離れているところでございますよね。そういうところで非常に大きな変動が起こってくる。それにつれ、それは結局今までいた原住民の人たちと、それから新しくやってきたアーリア系の人たちと非常に大きな混ざり合いでしょうか、混血が起こってくる時代でもあったんですね。ですからガンジス川の流域の辺りの人々というのは、今現在見られる人々の場合も、白いのと黒いのと混ざったようなところで、アーリヨ・ドラヴィダと言っておりますけども、純粋にそういったアーリア人の人たちはカシミールとか北の方に若干いるわけですけども、例えばシュメールなど白い皮膚をしてましたけども、そういう人たちと南の方のドラヴィダ系の人たちと、ちょうどこう混ざり合っているような人たちが、アーリヨ・ドラヴィダと言っているわけですね。そういういわゆる混血が非常に起こってくる。そういう時代だったわけですね。それは結局今までの身分制度のそういう時代に生まれてきた人というのは、身分制度だけでおさまらなくて、そこから外れていく人たちがたくさん出てくる。そうしますと、伝統的なヴェーダ文化、ヴェーダの宗教というものに対して満足できなくなる時代であったわけですね、思想的には、宗教的にも。そういう時代にゴータマ・ブッダは生まれてきた。そういう時代に出てきた自由思想家のひとりであったわけですね。「沙門(しやもん)」と言っておりますけどね。それがゴータマ・ブッダの生まれた時代であり、時代的な背景がそういったものだったと私は思いますけど。
 
草柳:  つまり民族の血が混ざり合って、いわば多民族共存の時代に入っていった。
 
前田:  そうですね。
 
草柳:  片や商業が栄えて、生活なども変貌を遂げてきた時代。そうすると、今までのバラモンの世界から、まぁあきたりないというのか、つまりそこでいろいろな考え方を持った思想家がたくさん出てきたというふうなことだったんですか?
 
前田:  おそらくどうだと思います。
 
草柳:  ブッダもその一人だった。その時代の代表的な、例えば考え方、思想家というのはどういう人たちが、どんなことを言っていたんですか?
 
前田:  そうですね。自由思想家を先ほど申しました「沙門」と申しますけれども、たくさんの沙門が出た中で、例えば唯物論を唱える。アジタ・ケーサカンバリンというような人がいるんですが、これは四つの元素を、「地・水・火・風」という四つの元素だけで全てが作られている。人間のこの体を焼いても、あと灰と骨が残るだけである。そういういわゆるバラモン教の時代にはアートマンとか、そういうものがあると考えていたわけですね。死後も残ると考えていた。そういうものは全くないんだと。唯物論的な考え方を説いた、そういうような思想が出てくるんですね。この時代非常に唯物論的な考え方がちょっと濃厚なところをございますけども。それから七つの要素を説を立てたパクダ・カッチャーヤナというのがあるんですけどね。これは「地・水・火・風」の他に、後は「楽・苦・生命」という。この場合は、若干霊魂的なものを認めてはいますけれども、考え方自体としては唯物論に近いものがありまして、人間を刃で切ってもですね、その刃は七つの要素の間をすーっと通り抜けていくだけだというような考え方をする人ですね。プーラナ・カッサパの道徳否定論というような考え方も出てまいりまして、道徳―そんな善い行いをしたって何の意味もないんだ。道徳の価値を否定するような考え方も出てきておるんですね。それから懐疑論というようなサンジャヤという人が出ておりますけども、この場合は、人にですね形而上学的な問題を聞かれた場合にですね、「そうであるかもしれないし、そうでないかもしれないし」というような、のらりくらりとした返答を与えて、結局解決をしない。それを「波のようにぐらぐらした議論」なんて言っていますけどね。そういうような懐疑論者も出てきている、というような時代ですね。そういうような見解など、仏典なんか見ますと六十二の見解があったと。おそらくもっと他にもあったんでしょうけども、いろいろ出ておりますが。
 
草柳:  その中で、例えば後世にですね非常に大きな影響を与えた考え方、仏教はもちろんそうでしょうけども、仏教以外にはどういうものが?
 
前田:  もう一つ大きなものがあるんですね。後代の影響を考えると、ジャイナ教ですね。それからゴータマ・ブッダ時代にかなり大きな勢力を持っていたのはマッカリ・ゴーサーラという人がかなり勢力があったというふうなことが言われておりますけれども、今日は伝わっておりませんけれども、これはインドの考え方としては特異な考え方と申しますかね、まったく宿命論といいますか、決定論的な考え方をする人が出てきているんですね。しかしそれは長く続かなかったと思われるんですが、先ほど申しましたジャイナ教というものは、これはゴータマ・ブッダと同じ時代に生まれて活躍をして、そして仏教の場合は、十三世紀にインドからほとんど姿を消すという形になっていますが、今日に至るまでジャイナ教は栄えているわけですね。どんな考え方を持っていたかということですけども、先ほどのようにいろんな沙門が出てまいりまして、あるいはわいわい言っていますね。その他に正統バラモン系統の人々もわいわいいうわけでございますから。そういう中にあって、一体どういうふうな立場をとるかということが非常に問題になりますね。ジャイナ教の教祖マハーヴィーラという人は、「偉大なる英雄」という意味ですけれども、それは称号ですけれども、彼がどう言ったかと申しますと、どういう考え方をしたかと申しますと、物事を判断するためには、「ある観点からすると」という、そういうことを条件をつけなければすべての命題は正しくはない、という考え方をしているんですね。例えば簡単なことを申しますと、車なんていう大変便利だものですけれども、誰でも持ちたがる。車社会なんて申しますけれども、しかしアレ見方を変えますと、走る棺桶ですよね。そういう呼び方もできるわけですね。なぜ走る棺桶に乗りたがるのかという考え方もできるわけです。観点を変えますと、同じものも違って見えてくるんですね。ですからこういう観点から見るという条件をつけなければいけない。ですから絶対的な見方というのはできないものなんだ。人間には不可能。すべてこの相対的な見方しかできない。そういう彼は認識に立っているわけですね。そして人間は非常な苦を味わい、業・輪廻に苦しんでいるというようなことから、形而上学的説を考え出すことになりますが、そしていわば二元論みたいな、あるいは多元論と言った方がいいかも知れませんけれども、「霊魂」と「非霊魂」という二つの「実在体」と言っておりますが、そういうものを考えて、そして非霊魂の方に、例えば「静止の条件」とか「運動の条件」とか、それから我々が存在する空間である「虚空」とかですね、それから「物質」という四つのものを考え、全部で五つですね。霊魂、非霊魂の中に四つありますから、五つの実在体というものを考えて、それで一切のすべてのものが成り立っていると考えたわけですね。
 
草柳:  ジャイナ教の代表的な言葉を用意しましたので、じゃあちょっとそれを読んでみましょうか。
 
一切の生きとし生けるものどもにとって、
完全にニルヴァーナを得ないことは
大いなる恐怖であり、
苦しみであるとわたしは説く。
生きとし生けるものどもは
諸方においてもろもろの方角に向かって
恐れおののく。
(アーヤランガ・スートラ)ジャイナ経典
 
前田:  これはジャイナ教の聖典の中でも最も古いものの一つでございまして、その中に出てくる有名な言葉で、なんといいますか、生存競争の激しいそういう動物の世界のような殺戮を繰り返して、それによって生きている我々人間ですがね。適者生存なんていうふうなものよりも、さらにもっと苦しい、そういう恐怖の中に人間が置かれている。そういう切実な現実というものを直視した言葉なんでしょうね。これ言ってみますと、仏教の言葉じゃないかというような、そう思われませんかどうでしょう?
 
草柳:  そうですね。今「ニルヴァーナ」ってなんですか?
 
前田:  「ニルヴァーナ」というのは、これも仏教の用語と同じなんですね。仏教では「涅槃」と言っている。その元の言葉が「ニルヴァーナ」ですね。吹き消すという意味からきているんですけども。ろうそくの光をフッと吹き消しますと、後の静寂さが出てくる。それが「ニルヴァーナ」ですね。そこで「悟り・解脱」という言葉とほとんど同義に使われている言葉ですね。ジャイナ教は同じ言葉を使って理想の境地を表すんですね。
 
草柳:  というあたりは、仏教と似たようなことを言っているんだなという感じがいたしますね。
 
前田:  そうですね。
 
草柳:  しかし、強烈ですね。
 
前田:  ええ。強烈ですけども、深刻な受け止め方をしていると思いますですね。
 
草柳:  次にまたちょっと見てみたいと思うんですけれども、
 
生きものは生きものを苦しめる。
見よ! 世間における大いなる恐怖を。
生きものは実に苦しみが多い。
人間は愛欲に執着している。
彼らは無力なものに身体をもって
破滅におもむく。
(アーヤランガ・スートラ)
 
前田:  そうですね。これも同じ聖典からとっているわけですけども、これもやはり非常に切実な現実を直視したような、
 
草柳:  こういう内容でジャイナ教が訴えかけていた宗教的な意味合いというのは、これは簡単にどういうふうに受けとめればいいんでしょうか?
 
前田:  そうですね。やっぱりこういうことを見れば、やっぱり生き物というものがですね、殺しちゃいけないとか、そういう考え方がでてくるわけだろうと思いますですね。お互いに苦しみあっているんだと。殺しちゃいけない。傷つけちゃいけない。不殺生という考え方ですね。これがジャイナ教においても強く出てくる考え方の一つで、これも仏教に共通の考え方ではあるわけですけれども。ジャイナ教が非常に不殺生ということを重視するような習慣なども―習慣ですが実用生活にまで及んでおりますですね。例えばマスクをはめるとか、そういうような、我々マスクをはめるような場合は、風邪を引いた時とか、衛生上に備えるとか、喉が痛いからはめるとか、そんなようなことが多いわけですけども、
 
草柳:  つまりマスクをするということは、これは要するに例えば空中に飛んでいる小虫をマスクしていないと口の中に吸い込んで殺しちゃうからという。
 
前田:  そうなんですね。最近東京で街を歩いていて虫が飛び込んでくることはございませんけどね。私の子供の時代田舎道を歩きますと、夕方になりますと蚊柱(かばしら)が立っているようなところ歩きますと、ふっと入ってきてしまう。ときどき飛行機のエンジンの中に鳥が飛び込むことがありますけど、同じように飛び込んでまいります。それを防ぐためにマスクをするんですね。
 
草柳:  手にほうきを持っていますね。
 
前田:  ほうきもなぜ持つかというと、結局道路を歩くときにですね道の上に虫が居るといけないからと、虫の命を絶たないように掃いてやるわけですね。それだとか、例えばジャイナ教徒は殺生ができないものですから農業が出来ないんですね。農業をすると鍬や鋤で耕しますと、土にいる虫を殺してしまう。それで農業はしないで商業に行くというようなことになっておりまして、ジャイナ教徒は多くの人たちが商業に従事していて、ですから非常にお金持ちが多いんですね。インドの商業資本の多くの部分がジャイナ教徒の資金源であると言われますけども。
 
草柳:  ジャイナ教との数というのは、インドにどのくらいのパーセント、割合でいるんですか?
 
前田:  まぁ ○・四パーセント、それぐらいだったと思いますが。
 
草柳:  ほんとに一握りですね。
 
前田:  少ないですね。
 
草柳:  しかし、それにしても不殺生、つまり殺すなかれという戒律というのは、これはもう実に徹底して厳しいですね。
 
前田:  そうでございますね。本当にこれこそ徹底しておりましてね。食事のことはもちろんのこと、今いうように職業の方にまで及びますからね。実にジャイナ教徒はそういう点では徹底しているという。
 
草柳:  ただ不殺生ということで言えば、もちろん仏教の方でも、「殺すなかれ」という教えは当然あるわけで、こちらの方も厳しいわけでしょう。
 
前田:  そうでございますね。日本なんかにきますと、大乗仏教になりますから、あまりそういう戒律は言いませんけれども、しかしかつては「不殺生戒」というのは、「五戒」の中の最初に出てくる戒律ですよね。 ジャイナ教でも一番最初に不殺生戒というのを持っておりますけれども。不殺生ということは、これはマハトマ・ガンジーなんかですね、同じ言葉で「アヒンサー」という言葉が「不殺生」と訳されるわけですけども、「非暴力」と普通は訳しておりますけども。そのガンジーなども結局ジャイナ教などの影響があったというようなことが言われておりますけどね。ヒンドゥー教徒ですけどもね。それを政治的な面にまでの中で彼は実践していったというように思いますけどね。そういう単なる宗教的な面だけでなく、政治的な面にまで彼は及ぼしたということだと思います。
 
草柳:  マハトマ・ガンジーといえば、「インド独立の父」と言われた偉大な人であるわけですけど、やっぱりジャイナ教のそういう教えの影響というのはかなり色濃くあったというわけですね。
 
前田:  あったんじゃないかと、私は思いますけどね。
 
草柳:  むしろ積極的に使っていったという?
 
前田:  そうでございますね。もちろんヒンドゥー教の方にもございますからね。なんとも言えないところありますけども、ヒンドゥ教そのものはもともとおそらくジャイナ教なんかが言い出したそういうことを取り入れたんだろうと思うんですね。バラモン教のお祭りなんかの場合には、「犠牲(ぎせい)」といいまして動物を神々に殺して供えるというようなことがありますし、現在でもあまり多くのどこにでも見られるというわけではございませんけれども、動物の首を切りまして血の滴るのを神に下げるというような儀礼を見ることができるんですね。そういうわけでバラモン教、ヒンドゥー教というのは、本来もともと持っていた、要するにジャイナ教なんかの影響でおそらく出てきただろうと思うんですね。ガンジーの場合、『バガヴァッド・ギーター』というヒンドゥ教のバイブルと言われるものがありますけども、それが影響かなり強いんですけれども、その中にも「アヒンサー」という言葉が出てまいりまして、「殺すなかれ」という考え方があるんですね。彼はおそらくそういうところからも影響受けてるんだろうと思いますけどね。
 
草柳:  殺す事なかれ、不殺生ということが、仏典の方ではどういう形で出てきているのかというのをこれまたちょっと用意しましたので見てみたいと思います。
 
生あるものには死がある。
手足を切断され、殺戮・捕縛されるおそれもある。
生あるものは苦しみに会う。
(テーリーガーター)
 
前田:  『テーリーガーター』というのも、これも古い仏典の一つでございまして、「テーリー」というのは尼僧、尼さんなんですね。尼さんが告白すると申しますか、そういうものの中の一つなんですが、これもやはり先程のジャイナ教の『アーヤランガ・スートラ』に出てきたような文面と非常に一致するような生に対する死、それを苦しみ恐れというようなところが切実に出ているものだと思いますけども。
 
草柳:  他に共通点といいますかね、仏教との共通点というとどういうことがあげられますか?
 
前田:  まあいろんな面で非常に似ている宗教、大体同じ時代に生まれたと思いますね。それからジャイナ教の開祖のマハーヴィーラも、それから仏教の開祖のゴータマ・ブッダもですね同じく武士階級ですね。それから生まれたところがジャイナの方はヴァイシャーリー(ヴェーサーリー)の近くなんです。非常に商業都市として大変有名なところ、それこそ国際都市で、いろんな民族がいっぱいいた。当時としては非常に盛んな商業都市、その近くで彼は生まれているんですね。そればゴータマ・ブッダが生まれたルンビニーですね、それとかなり近いところ―かなりといってもかなり離れていますけども、それから活躍した場面がよく似ているところがあるわけですね。それから彼らの支持母体になったのが、商業の階級の人が非常に盛んに修行を支持したということがありますですね。それからまたそれまでのバラモン教徒なんかサンスクリットという言葉を使っていたわけですね。ところがこの時代の二つの宗教、ともに俗語を使っているんですね。仏教の場合パーリ語とか、あるいは他の地方の俗語を使って、サンスクリットを使わないで、俗語でもって教えを広めるということをしているんですね。それからジャイナ教の方もそうでして、地方の俗語を使っているんですね。アルダマーガディーなんていう言葉で教えを広め、聖典もそれで編纂するというようなことが、そういう点でも共通しているわけですね。これと同じような、先ほど出ましたですね、「ニルヴァーナ」なんていうのは、同じ理想郷を表すのにも同じような言葉で表すというのはですね、いろんな面で共通点が挙げられると思いますけども。
 
草柳:  ちょっと言葉を見てみましょうか。
 
前田:  そうですね。今そこに出ております、「ビック(比丘)」という言葉ですね。「比べる丘」と書いて「ビック」と言っています。これは仏教も、それからジャイナ教とも修行者ですね。乞食をしてする修行者を言うんですね。あれは単なる音を写しただけのものですからね。ところがあれを英語に訳した人がありましてね、「比べる丘」と書いてありますね。だから「comparative hill」なんていう直訳を―何のことだか分からないという、そんなようなこともありますね。仏教、ジャイナ教も修行者を「ブック(比丘)」というんですね。
 
草柳:  これは両方共通しているわけですね。
 
前田:  共通しているわけですね。今私の教え子の中の一人が、タイから来ている人がいますけども、そういう人たちの名前が、後に「ビック、ビック」と付いてますけどね。そういう名前の一つ、一部分みたいにして使っておるんですけども。それから「ブッダ(仏陀)」ですね。これはやはり「悟る」という「buddha」という言葉から来ているんですが、目覚めるとか、真理に目覚める、悟る、悟った人をですね。仏教でもジャイナ教でもそういう修行完成者に対して使う言葉ですね。それから「ジナ(勝者)」これは勝利者という勝者ですね。これはやはり煩悩に打ち勝った人、そういう意味での勝者なんですね。戦争して勝ったというそういう意味の勝者ではないんですが、同じ「ジナ」といえば戦争に打ち勝った人にもやはりジナですけどもね。普通の戦争じゃなくて、煩悩の戦争に打ち勝った人ですね。
 
草柳:  「マハーヴィーラ(偉大な英雄)」というのは、先ほどのお話でジャイナ教の開祖の、
 
前田:  開祖の称号みたいな。「ヴァルダマーナー」という本名があるんですけども、称号として使われているんですね。「タターガタ(如来)」という、これは良く如来というんで仏典の中に出てくる言葉ですけれども、やはり完成した人をいうわけですね。その如くに来たったというわけです。これも仏教の方でもジャイナ教の方でも共通に使うんですね。それから「アルハット(阿羅漢)」という、阿羅漢とか、あるいは五百羅漢なんてよく言いますが、五百羅漢の羅漢は「阿」が抜けたのが、この「羅漢」なんですね。「アルハット」というのは、値するという意味で尊敬崇拝するのに値する人というような意味で、やはり修行を完成した人ですね。「バガヴァット(世尊)」というのは、これも仏教もジャイナ教も、それからヒンドゥー教の方でもしょっちいう使う言葉ですね。尊敬して世尊というような訳を仏典の方なんかでは使っておりますけれども、こういう言葉は共通に使っているわけですね。
 
草柳:  つまり同じ時代に力を持った二つの、まぁいわば新しい宗教が、仏教とジャイナ教が互いに影響しあった部分というのがあったというふうに考えていいわけですね。
 
前田:  だと思います。同じようなところで活躍しておりますからね。おそらく相互に切磋琢磨するようなところがあったんじゃないでしょうかね。
 
草柳:  生き方の面としてはどうですか? どういうふうな共通点が? 先ほどの不殺生の問題なんかそうだと思うんですけれども。
 
前田:  そうですね。例えば仏教徒の在俗信者に非常に重要な戒律がありますね。「五戒(ごかい)」と言っておりますけどね。それとジャイナ教徒がやらなければいけない「大戒(たいかい)」というのがあります。五つあるわけですが、今出ておりますけれども、こう並べてみますと非常に似ておりますですね。真っ先に「不殺生」、先ほど申しました不殺生が出てまいりますね。それから「不妄語(ふもうご)」仏教の方では言っておりますが、ジャイナ教は「真実語」と。これは同じ意味で嘘をつかないという、真実の言葉でない言葉を語らないという、そういう意味でありますから同じなんですが、その次の「不盗」与えられない、与えられていないものを取らない、盗まない。「不盗」ですね。それから「不邪淫(ふじやいん)」「不婬(ふいん)」でございますが、仏教の方はこれは在俗信者と申しますか、いわゆるお坊さん、出家した人ではない人が守る戒律なものですから一般の家庭生活を営んでいる人に対する戒律ですね。
 
草柳:  そうすると、じゃ「不婬」ではちょっと困るわけですね。子孫が絶えてしまいますね。
 
前田:  ええ。人類が滅びてしまいますから。やはりよこしまな不倫をしてはいけない、そういうことになるわけですね。ジャイナ教の方は出家者ですから、その男女間の性的な関係を持ってはいけない。そういう規則になっておりますですね。最後のところはこれが違いますですね。仏教の方は「不飲酒」お酒を飲まないとすることで、ジャイナ教の方は「無所有」ものを持たないと。与えられたものと言いますか、わずかなもので満足するということを勧めているわけですね。だから裸になってしまうものも無所有の一つの実践でもあるわけですね。ジャイナ教徒なんかの中に「白衣派(びやくえは)」と「空衣派(くうえは)(裸行派ともいう)」の二つの派がありましてね、白衣派の方は白い衣をまとっているんですね。「空衣派」というのは、虚空を衣とするというわけで、裸になったりするんですね。元々はマハーヴィーラ自身も裸だったんですね。裸でこうやってきたわけですけれども、ある時飢饉が起こりまして、それで北の方では寒くてやり切れないわけですね。ですからその一部分は南に行ったんですね。そこで彼らは裸の修行をそのまま続けていったわけですね。一方北に残った部分がありましてね、その部分は裸ではちょっと耐え難いというんで白い衣をまとうというふうになって、二つの派がジャイナ教の中に出てくるわけですね。白衣派と空衣派と言いますが、その二つの派が主要な派としてジャイナ教の中にあるわけです。そういうところから起こっているんですね。
 
草柳:  お話を伺ってきますと、ジャイナ教というのは、ある意味では大変ストイック(stoic:禁欲的な)、ある意味でものすごく凄く「苦行」という言葉が当て嵌まるような感じがしますですね。
 
前田:  そうなんです。仏教の場合は、「苦行」ということをゴータマ・ブッダが捨てる。それまではずーっと苦行を続けてきて六年間、あるいは七年間と申しますけれども、大変肋骨が見える程の苦行を行ったと。ぶっ倒れてしまうほどの酷い苦行を行ったわけですけれども、しかしそれが無意味だというようなところから、今度は「中道(ちゆうどう)」というような、そちらの苦行を捨てて中道をとるというような方向を新しく見いだしていく。そこがジャイナ教と仏教の実践面での違いになる、大きな違いと言えば違いですね。
 
草柳:  お話を伺ってきたところでは、つまりかなりジャイナ教と仏教が似通(にかよ)っているところがあるけれども、今おっしゃるような、例えば「苦行」、それから「中道」ということで言えば、歴然としてやっぱり違いがジャイナ教と仏教の間にはあると。ジャイナ教で言っている苦行というのは、仏教の方ではどういうふうに見ているわけですか?
 
前田:  苦行そのもの、それはやっぱり修行といいますか、解脱には役立たない。体を苦しめるだけでは、精神が萎えてしまって、あまり苦行しすぎて体が弱って死んでしまったんじゃ究極の目的の悟りを得られない。元も子もなくなるということになりますですね。ですからもちろん苦行的なこともしてもよろしいんですけれども、それにとらわれてはいけないんですね。それにとらわれないで、とにかく目的を持っていなければいけないわけで、そういうところからおそらく中道というような考え方が出てきているんだろうと思うんですけどもね。
 
草柳:  その辺をまたちょっと見てみたいと思うんですけれども、
 
〈快楽〉と〈不快〉とを捨て、
清涼に帰して、とらわれることなく、
全世界にうち勝った英雄、
―かれをわたしはバラモンと呼ぶ。
(スッタニパータ)
 
前田:  この『スッタニパータ』も古い仏典の一つで、最も古いと考えられるものですが、この中の「快楽」というのは、ゴータマ・ブッダの場合でしたら、出家する前の宮廷の中での生活ならば快楽そのものの生活を味わいたわけですね。物質的に恵まれ、女性にも恵まれですね、いろんな快楽をほしいままにしていた。それを捨てて彼は出家したわけですね。
 
草柳:  かなり裕福な生活だったらしいですね。
 
前田:  その一つの極端というわけですが、それを捨てたわけですね。「不快」というのは、これは「苦行」ですね。ゴータマ・ブッダの場合の、それでもって出家をして、苦行の生活に入った。それを捨てた両極端ですね。二つの極端を捨てて、「清涼(せいりよう)」仏教の読み方をすれば「しょうりょう」というんですが、清涼なというのは、これは悟りの境地ですね。悟りに入ってですね、とらわれることがないと。全世界に打ち勝った英雄。「ジナ」でもあるわけですね。さっきのそういうそれをバラモンと呼ぶと、彼は言っているわけですが。
 
草柳:  この場合のバラモンというのは?
 
前田:  これはいわゆるバラモンというのは、今でいう換骨奪胎(かんこつだつたい)と申しますかね、理想的な人というような意味に取ってよろしいと思いますけれども、まぁ真のバラモンというんでしょうか、ただ形だけバラモンじゃなしにね。真のバラモンという、こういうところも仏教とバラモン教とかヒンドゥー教とか、ゴータマ・ブッダ自身が、このバラモン教に決裂して新しい宗教を興すんだぞというような、そういう意思ではなくて、真のバラモン教を求めていたんじゃないかというようなふうにも考えられるわけでございますね。よく「バラモン」という言葉が出てまいるんですね、仏典の中に。理想的なあり方としてですね。
 
草柳:  決して苦行を完全に否定している訳ではないけれども、つまりそういう極端なことは避ける。両極端のことは避ける。つまり中道こそが仏教でいうところの一番大切な考え方という。
 
前田:  非常に大切なところですね。少し中道というのは何かということ、非常に難しいですね。日和見的になってしまうということではないんですね。どっちつかずのいい加減というんじゃこれは中道の精神に反するわけで、私の思うんではやっぱり目的をはっきりさせておいてですね、そしてそれに行き着くいろんな過程があるわけでしょうけども、それに最も有効な考え、道を通らなければいけないということだろうと思うんですね。したがってある場合には、そういうことそ苦行をしなければいけないし、ある時には快楽もやってもいいだろうし、それにとらわれてはいけないと。得てしてどちらかにとらわれてしまうんですね。苦行をやっていると、苦行だけが何か目的みたいになってしまいましてね。そして、自分の体を苦しめていれば、それですべて終わりであると。目的が達成されると。苦行が目的ではなくて、苦行はあくまでも手段なんですね。快楽にしてもそうですけれども、快楽なければ人間は砂漠ですよね。しかし快楽というのは、やっぱりそれにとらわれやすいですね。そこを自分の意志でもってそれとやっぱり闘わなければいけないわけですね。そういう自分との闘いを常にやりながら、どちらにもとらわれない。目的に向かって進んでいく。それが中道の精神じゃないかと私は思いますけどね。
 
草柳:  その中道の精神というのは、おそらくこれからの大きなテーマになっていくだろうと思いますので、また三回目四回目あたりにきっとでてくるだろうと思いますが、つまりブッダを含めて今これまでお話を聞いてきたように、この時代に自由な思想家たちがたくさん出てきていろいろな意見を、あるいは考え方を幅広くしたと。そうすると、それまでの伝統的な、例えばインドの宗教、最初の方にお話のあったヒンドゥーなどはどういうふうにそれに対して対応して行ったんですか?
 
前田:  そうですね。例えば先ほど申しました混血が起こった時代がございますが、そういうことに対しましてバラモンたちは非常に危機感を覚えるわけで、血の純血ということを、彼らはやっぱり尊ぶものですから、「王権の正理」というようなことを行ってくるわけですね。そして四姓制度というようなものを非常に厳格に守ると。そういうようなことで対応していくようなことになりますし、彼ら自身の中にも似たような考え方なんかも出てきたりするわけですね。
 
草柳:  ヒンドゥー教の場合に、おっしゃるようにカースト制度というのがあるわけですね。まあ言ってみれば、カースト制度に支えられてヒンドゥー教があると言ってもいいぐらいの仕組みになっているわけですね。その辺の所については、こうした信仰、いわば新興宗教が出てきたことによって、例えばどんなふうな影響を受けたのか。あるいは受けなかったのか。その辺のところはどうなんでしょうか?
 
前田:  そうですね。仏教などは、要するにそういう四姓制度というようなものに反対したわけですね。市民平等であるという立場を仏教はとるわけですね。人間の仕組みは、どの人間にとっても同じなわけですね。髪の毛があり、目があり、鼻があり、全部同じであって、どこの違いもないわけですね。バラモンであるからといって違いがあるわけではないし、ヴァイシュヤ (毘舎=庶民)・シュードラ (首陀羅・首陀=隷民)であるからといって違うわけじゃないわけですね。そういうなんていうか平等ということを非常に強調していくのが仏教の立場で、ジャイナ教もそういう立場をとっているわけですね。そういう点でヒンドゥー教の方に取ってみれば、まあガンであったと思いますですね。彼らにとっては自分たちのバラモンという最上位を維持しなければいけませんから、その点ではバラモン階級を一番上にするような法的な決まりとか、そういうものを充実させていったわけですね。
 
草柳:  ヒンドゥー教の方としては、懸命に自分たちの砦を守るというか、さらに強固なものにしていこうということは当然あっただろうと思うんですけれども、平等の思想というものが、今おっしゃるようにあるわけで、それは当然仏教の一番底流にはそのことがある。だからこそ仏教が世界宗教に広がっていったということも当然やっぱりあるわけでしょうね。
 
前田:  ありますですね。例えば区別がそれぞれあれば、その区別された方には仏教は広がりっこないわけですよね。しかしそういう区別がないから何処へでも広がっていける、そういう宗教だったわけです。混血も盛んに行われたそういう時代だ。たまたまそういう時代であったわけですから、ゴータマ・ブッダが目の前にした人たちというのは、それこそいろんな人たちがあるわけですね。ヒンドゥー、バラモン教徒もいたわけでしょうし、下層階級もいたわでしょうし、いろんな人が自分の前に現れる。そういう人にすべてご法を説かなければいけないわけですから、差別するわけにはいきませんし、差別するような宗教であれば広がっていかなかっただろうと思いますですね。普遍性のある宗教というのが説かれざるをいなかったというか、そういう自然性というか、強制的なものじゃなくて、そういうものであったわけですね。
 
草柳:  ジャイナ教にしても、仏教にしても、ブッダにしても、教えを広めていくために、みんなが使う普通の言葉を使ったというのは、すでに面白い話ですね。
 
前田:  そうですね。なんというか、例えば関西に行けば関西弁で教えを説くとかね、そういうことになればやっぱり親しみが湧きますし、理解がいくわけですね。そういうことを仏教の場合はしていたわけですね。その地方の言葉で法を説けということが言われているわけなんですね。
 
草柳:  もう時間もなくなってきたんですが、今日のおさらいをしたいんですけれども、つまり仏教が誕生した二千五、六○○年前の時代というのは、世の中が、インドの社会が政治的にも経済的にも社会的にも大きな変動を迎えていた時期で、人々がやっぱり新しいものを求めていた。それに仏教なり、ジャイナ教もそうなんでしょうけれども、答えるものをきちんと持っていたということ。
 
前田:  そうだと思いますね。そうでないとあれほど急速に受け入れられて、そして全インドに広まっただけでなくて、さらにまたインド国境を越えて世界に広まるということはなかっただろうと思いますですね。
 
草柳:  次回三回目はいよいよブッダがどういうふうな生い立ちで出てきたのか。そしてブッダが一体何を考えていたのか、というふうなことをお伺いしてまいりたいと思います。よろしくお願い致します。
 
     これは、平成四年五月二十四日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである