ブッダを語るG毒矢のたとえ
              武蔵野女子大学教授 前 田(まえだ)  専 学(せんがく)
              き き て     草 柳  隆 三
 
草柳:  四月からは毎月一回放送してまいりました「ブッダを語る」。今日は八回目になりました。悟りを開いたブッダは、ベナレス(ヴァーラーナシー)、つまりガンジス川の中流域にあるベナレスの近くのサールナートというところで初めての説法をしたという話を前回は取り上げました。今回は「毒矢のたとえ」というふうに題して、その後のブッダについてのお話を伺っていくことにいたします。お話をしていただきますのは、いつものように武蔵野女子大学教授の前田専学さんです。よろしくお願い致します。
 
前田:  よろしくお願い致します。
 
草柳:  前回は、いまお話ししましたように、悟りを開いたブッダが初めて、かつての修行仲間の五人に説法するわけですね。
 
前田:  そうでございますね。
 
草柳:  そのブッダの悟りの内容については、前回お話し頂いたんですが、今回もこの後随所に出てくると思いますので、ぜひ最後までご覧いただきたいと思うんですけれども、最初の五人に対する説法というのは、ブッダにとっては、いわばこれからブッダの教えが一体どういうふうに広まっていくことができるかという、まあ言ってみれば試金石なものでございますね。
 
前田:  そうでございますね。そのようにお考えいただいてよろしいかと思います。今まではゴータマ・ブッダは自分一人だけでいろんな悟りの修行をしていたわけで、人に教えるということは、今までかつて経験がないわけですね。初めて教師としてのゴータマ・ブッダという力を試されることにもなりましょうし、それからもう一つは、ゴータマ・ブッダ自身が恐れていたように、自分自身の教えというのが、人に受け入れられるかどうかということも大きな彼にとっては心配だったと思いますね。そういう二つの意味で試金石とお考えいただいてよろしいんじゃないかと思いますですね。彼が五人の修行僧に対して最初の説法するベナレス―現在ヴァーラーナシーと言っておりますが、そこで説いたわけですが、まず最初に五人の修行僧のうちのコンダンニャという人が、一番年配の人でしたけれども悟ったわけですね。それで大変ゴータマ・ブッダは喜んで、「コンダンニャが悟った、コンダンニャが悟った」。「アンニャー・コンダンニャ」という名前に、彼はそのあとなるわけですけども、非常に喜んだ理由も分かるわけですね。その後続いてしばらく時間が経ってからワッパとかバーディヤという二人が悟りを開いてですね、それからそれに続いてマハーナーマンとかアッサジという二人の修行僧が悟りを開くと。五人の修行僧がここで一応ゴータマ・ブッダの弟子になって、その教えに従って悟りを開くというようなことに成功したわけでござますよね。その後またベナレスにしばらく止まっておりまして、続いて人々を教化するということをするわけですが、まず彼の広めていった一人はヤサという、これは長者の息子なんですが、ちょうど生活などを書いてあるのを見ますと、ゴータマ・ブッダの宮殿における生活と同じような贅沢な生活をしていたような人のようですけれども、それに教えを説いて、ヤサも悟りを開くと。で続いて家族とか、ヤサの友達とかそういうのに次々と教えを広めていって、結局六十一人ぐらいの弟子がそこでできてしまうわけですね。。
 
草柳:  いわば最初の教団ができたというふうに考えているわけですか?
 
前田:  最初の教団は五人の時にもうすでにできていますけども、それから教団が少しずつ大きくなっていって六十一人のそういった新人と申しますか、阿羅漢(あらかん)と言っていますけど、組織が出来上がったというそういうことになるわけですね。
 
草柳:  そしてじゃいよいよみんなで手分けして教えを広めに行こうということになるわけですね。
 
前田:  そういうことですね。
 
草柳:  そのくだりをちょっと読んでみたいと思うんです。
 
汝らもまた一切の束縛から解脱した。
歩みを行え、衆人の利益のために、
衆人の安楽のために、二人して同じ道を行くなかれ。
わたしもまたウルヴェーラーなるセーナ村に赴こう―
教えを説くために。
(マハーヴァッガ)
 
とあるんですが。
 
前田:  そうですね。このようにして自分の弟子たちに方々に行って教えを広めよと。まぁ伝道を支持するわけですね。二人で行かないで、一人で行けばそれだけ余計に教えが伝えられるわけですから、同じ道を行かないで一人ずつ行って教えを広めなさいと。自分自身もかつて修行した、悟りを開いたウルヴェーラー―まぁブッダガヤですね―そこのセーナ村に行こうということが出ておりますですね。
 
草柳:  新興の国も含めて、とにかくいろいろなところにみんなで散らばって広めていこうではないかということであったわけですね。
 
前田:  そうですね。もともと仏教というのは、あまり伝道しない宗教ですけどね。キリスト教などに比べますと、伝道精神に乏しいと申しますかね、そういう嫌いがある宗教ですけども。こういうところを見ていますと、ゴータマ・ブッダは非常に積極的に教えを方々に広めろというような気持ちがかなり強かったんじゃないかと私は思いますけどね。
 
草柳:  ただ当時の、言ってみれば、仏教という名前があったかどうかわかりませんけども、つまりブッダの活躍していた時代、ブッダが悟りを開いた中身―内容というのはまあ言ってみれば、その当時のインドに新しく生まれた考えというふうに言っていいわけですね。新興宗教といっても。
 
前田:  そうでございます。
 
草柳:  そうすると、当時のインドの社会的な思想的な背景というものを考えると、必ずしもそうスムーズに事が運んで行ったということではたぶんきっとなかったんでしょうね。
 
前田:  なかったと思いますですね。いろんな困難があったでしょうし、当時のどんなような思想的な背景があって、社会的な背景があったかということは、一番最初の確か二回目ぐらいの時にお話しいたしましたけれども、その前のことですから少し振り返ってそんなところを見た方がよろしいかと思いますが、当時の思想界と申しますと、一つのグループは、伝統的なバラモンのほうの立場がありましてですね、バラモン教が非常に強いものがあったわけですし、それとゴータマ・ブッダもその一人であった沙門(しやもん)という人達ですね、これはバラモン教にいわば反抗した反バラモン教的な思想家たちの、自由思想家ですね、そういう流れの人たちを「沙門(しやもん)」と言っておりますが、そういう沙門の人たちがたくさんその当時でておりまして、仏教の経典などに出てくるのによりますと、「六十二見(ろくじゆうにけん)」と言っていまして、六十二のいろんな見解があります。そんなことでございますが、その代表的なのが「六師外道(ろくしげどう)」と言われておりますが、六人の仏教以外の思想家たちがいたわけですね。ゴータマ・ブッダもその沙門の一人であったわけですが、よく言われる六師外道の、例えばどんな思想であったかと申しますと、唯物論というようなアジタ・ケーサカンバリンというような人が唯物論を説いている。これは人間というのは霊魂というようなものがあると、普通考えられておりました。当時もそんな考えがあったわけですが、そういうものはなくて、ただ「地・水・火・風」という四つの元素で人間はできているに過ぎないと。人間を死んで焼けば灰と骨が残るだけであると。そういうような考え方が一つあったわけです。それが唯物論的な考え方ですが、こういう考え方が当時としては割に強いものがあったんじゃないかと思いますね。その他にサンジャヤ・ベーラッティプッタという人がおりまして、懐疑論を唱えておりまして、形而上学な問題を聞かれますと、「そうであるかもしれないし、そうでないかもしれない。そうであるかもないかもしれない」非常に曖昧な糢糊としたとらえどころのない議論をするというようなことで、懐疑論もやはり一つの流れとしてあったようでございますね。それから道徳否定をするような考え方の人とかですね、あるいは当時仏教と並んで非常に有力になってくるのは、ジャイナ教という宗教ですが、その宗教の開祖というのはニガンタ・ナータプッタという人ですね。後にマハーヴィーラと言われるわけですけども、このジャイナ教というような宗教も当時起こりつつあった。そういうようないろんな思想をいろんな人々が説いているという時代ですね。百家争鳴(ひやつかそうめい)と申しますかね、そういう時代であったわけです。そういう思想の自由も、発表の自由もある時代でもあったわけですね。
 
草柳:  そしてさらに当然ながら伝統的なバラモン教というのは厳然として強い力を持っている。その中で新しい思想、新しい考え方、おっしゃるように本当に百家争鳴というか一気にどっと出てきた、そういうふうな時代的な背景だったわけですね。
 
前田:  そういう中で仏教をゴータマ・ブッダが自分の教えを広めていくということになったわけですね。非常に伝道に対するいろんな圧迫などもあったでしょうし、また同じような立場の沙門たちの間のいろんな議論もあったでしょうし、そういうものを乗り越えて行かざるを得なかったわけでしょうね。
 
草柳:  いかにもしかしこれは紀元前四、五世紀前の話ですけれども、当時のインドというのは大変な国だったんですね、そういう意味では。
 
前田:  そうですね。非常にある意味では現在もそんなようなところありますけどもね、いろんな考えが行われていて、あちこちで思想家が議論をしていると。そういう中でゴータマ・ブッダはどういう立場をとっていたかということが大変興味を引くことになるわけでございますけどね。そういうゴータマ・ブッダが思想家たちの議論に加わって丁々発止とやるんではなくて、そういうような議論というのは一つのとらわれにとらわれているわけでありまして、真実を見ているわけではない。自分はそういうものは悟りに至るのには役に立たないから、自分はそういうものに加わらないというような立場を彼の場合は取るわけでございますね。
 
草柳:  その辺のところは、『スッタニパータ』という、今までも何回も出てきましたけれど、古い経典の中からまたご紹介したいと思います。
 
真理は一つであって、第二のものは存在しない。
その真理を知った人は争うことがない。
かれらはめいめい異なった真理をほめたたえている。
それ故に、かれらは同一のことを語らないのである。
(スッタニパータ)
 
前田:  そうですね。「真理は一つである」ということはよく言われますけども、しかしいろんな思想家がそれぞれの立場に立って、それぞれが「真理である、真理である」と言っているわけですね。そしてお互いに論争して、お互いを非難したりしているわけで、同一のことを語らない。そういう状況は現在も同じような状況でございまして、いろんなイデオロギーの争いが今までもあったわけですし、現在もそういうことが起こっているわけですけども、そういうような真理は一つであるという確信がゴータマ・ブッダの中にはあったわけですね。それで真理が一つであれば、同一の真理をみんなが悟っていれば争うということは起こらないわけですね。その真理を知らないから、自分の勝手な立場からの思想を述べていて、そのために争っている。そういう自分の考えにとらわれてしまって、いたずらな確執も起こるというようなことが現実であると。自分はそういう論争に加わりたくないという、そういうものを論争を超えると申しますかね、そういう立場をゴータマ・ブッダは取ったわけですね。ゴータマ・ブッダの考えていた真理というのは、どんなものだろうかということが問題になりますけどね。これもはっきりなかなか出てこないと思いますけれども。
 
草柳:  これもまた『スッタニパータ』からですが、
 
一方的に決定した立場に立って
みずから考え量(はか)りつつ、
さらにかれは世の中で論争をなすに至る。
一切の(哲学的)断定を捨てたならば、
人は世の中で確執を起すことはない。
(スッタニパータ)
 
前田:  そうですね。これも『スッタニパータ』からですね。いつもよく引用する経典の一つですが、普通何か議論をするときには、何か一つの立場に立って、そして議論をするわけで、そして断定してですね、そのためにいろんな確執が起こってくる、論争が起きる、闘争が起きる。血生臭いことが起こってくる。そういうことが現実に起こっているわけでありますけどもね。それはやっぱり一方的に決定して、それにとらわれすぎているということが大きな原因だろうと思うんですね。そういう論争を超越するのがゴータマ・ブッダの取る立場を言いますかね、立場なき立場というんでしょうか、そういう彼の生き方で、一つの当時のそういった百家争鳴の時代を乗り越えてきたということだと思いますですね。
 
草柳:  先ほどの話で言えば、懐疑論者は懐疑論者で自分の説が絶対正しいとか、あるいは唯物論は唯物論の方でマルクスが正しいものであるというふうなことでお互いに確執が生ずる。
 
前田:  そういうことですね。お互い同士相争って、結局争うことに目的を見出すようなところが出てきますですね。本当の悟りと申しますか、そういうところに行くことが妨げられてしまうんですね。その論争だけに明け暮れるというのが現実であるということを、ゴータマ・ブッダは見通したわけなんでしょうね。
 
草柳:  その一切の哲学的断定を捨てたならば、確執を起すことがないというのが、これがブッダの言ってみれば基本的な立場だったと。
 
前田:  ええ。立場の一つですね。「真理は一つである」ということから来ていると思いますけども、その真理は一つであるというのを、よくそのことを私読むたびごとにヒンズー教の方の真理と申しますか、「太初において、これ(宇宙)は無のみであった。それは唯一で、第二のものはなかった。この無から有が生じた」という、「第二のものはない」というような宇宙の根本原理についてウバニシャッドの中に出てくる文句がございますけども、そういう文言と非常に共通するものがありまして、バラモン教の方では「ブラフマン」とか、そういうのが唯一の真理と考えられているわけですが、ゴータマ・ブッダの場合は、おそらく「ダルマ」とか「法」とかいうものが頭の中にあったんだろうと思いますね。そういうものが普遍的な真理としてあって、宇宙の理法と申しますかね、そういうものに対する信念がおそらくあったんじゃないかと。「真理は一つである」というようなことが言えたんだろうと思うんですね。
 
草柳:  その他の思想家たちとの間で、いろいろ議論があった。その議論の中で典型的なものというのは、例えばどういうふうな問題があったんですか?
 
前田:  まあ大体が形而上学な問題が多いですね。形而上学的な問題と漠然としていますから、具体的にどんなものかということになろうかと思いますが、
 
草柳:  そこをちょっと読んでみます。
 
@我および世界は常住であるか否か(時間)
A我および世界は有限でありか否か(空間)
B身体と霊魂は一つか否か。
C死後の世界は有るか無いか。
 
といったようなこと。
 
前田:  そういうような問題でございますね。「我」というのはアートマンというようなバラモン教の方で非常に重要な概念でございますが、そういうのが時間的な意味で永遠に続くといいますか、永遠の存在であるかどうかというような議論がバラモンの世界では言われておりますし、バラモンだけではなくて、一般的に言いまして霊魂が不滅であるかどうか、そういうような、それが時間的に無限であるのみならず、空間的にもそれが有限か無限かということもですね、いろんな議論のなされていたわけで、当時としてはこういうことが非常に関心の的で、そういう身体と霊魂は一つか否か。今でも心身論なんていうのがありますがね。それに死後の世界と死後の存在があるかないかという、死んだ人間が死んだらどうなるかというようなことが、今でも人々の関心が高い問題だろうと思いますですね。
 
草柳:  その形のないものについての議論ということになるわけですか。
 
前田:  そうですね。我々の経験できないような、経験を超えた何者かを議論しているわけですね。そういうような議論をゴータマ・ブッダは、してもこれは悟りの役に立たないと。ゴータマ・ブッダの生き方というのは、あくまでも経験といいますか、現実の問題というのを重要視するわけですね。そういう例えばアートマンが実在するとかしないとか申しましても、その答えが実際得られても我々の苦しみというのはいつも起こっているわけで、アートマンがどうであろうと苦しみが現実に起こっていることにおいては変わりがないわけですね。その苦しみというのを何とか解決する道をゴータマ・ブッダが常に求めていたわけだろうと思うんですね。
 
草柳:  ただしかしこういう、たとい形のないものについての議論ではあっても、その当時の思想家たちは、もう懸命になってそのことについて議論を戦わせていたわけでしょう。ゴータマ・ブッダは、いや私はそんなことは知らないよっていうふうにはもちろん言えないだろうし、ゴータマ・ブッダは、ブッダとしての答えを出しているわけですね。
 
前田:  そうですね。答えがなければこれは懐疑論になってしまいましてね。かつてサンジャヤがその立場であったわけですけども、そういうサンジャヤ的な懐疑論を乗り越えていかなければいけなかった。もう一つは、マハーヴィーラというジャイナ教の立場もそうですけれども、ジャイナ教もそういった懐疑論から抜け出るために、「ある観点から見ればこうこうである」というように、「ある観点に立てば」という限定をつけることによって、さらに先へ進むことができたんですね。ゴータマ・ブッダの場合は、いやどうしたかということになりますね。そういう懐疑論でなしに、懐疑論を乗り越えていく。そのこととして出てくるのが、よく言われる「無記(むき)」という立場をとることになりますね。表現できないと申しますか、記述できないというのでしょうかね。そういうことに対しては沈黙を守ると。形而上学的な問題に対しては、それに対して沈黙を守る。判断を中止する。そういう立場が無記の立場と言われているものなんですね。なぜ沈黙するかと言えば、先ほど申しましたように、そういうような問題をいくら議論したところで確執が起きるばかりで、本当の意味の悟りには至らないということで、そういう形而上学的な問題に対しては判断を中止する。そういう立場をゴータマ・ブッダは取っていったわけですね。
 
草柳:  いわばそうした、つまり形のないものについての議論をいくらしたって実りがないわけですから、おっしゃるようにブッダはそれについては無記―答えない。ということは、つまり沈黙をするということがそれに対する回答だったというふうに考えていいわけですか?
 
前田:  そういうことでございますね。何か答えないと答えにならないと思うわけですけども、そうでなくて沈黙そのものが一つの答えですね。それが意味がないということで答えないわけですね。
 
草柳:  ただそれを理解するということは、かなり難しいこと。
 
前田:  そうですね。黙っていれば気味が悪いだけでございますからね。それに対していろんな仏典の中にも出てまいりますけども。
 
草柳:  実はこれも経典の中で、譬え話が一つあると。そこをちょっと読んでみたいと思うんですが、これから出てくるマールンキヤに対する説法なんですね。マールンキヤというのは、ブッダのお弟子さんなわけですか?
 
前田:  そうですね。
 
草柳:  そのマールンキヤに、それではブッダがしたら譬え話というのを、これからちょっと読んでみたいと思います。
 
マールンキヤプッタよ、
「世界は常住であるか無常であるか、
これらのことについて、世尊が明確な判断を示してくれなければ、
わたしは世尊のもとで清らかな修行を行うまい」と、
このように宣言する者がいたとしよう。
その場合に、マールンキヤプッタよ、
如来はこれらのことについて、明確な判断を示されないのであるから、
かれは死んでしまうであろう。
 
この場合の如来というのは、もちろん自分自身、
 
前田:  ゴータマ・ブッダですね
 
草柳:  それに続いて
 
それはあたかも、毒を厚く塗りつけた矢で射られた男のようである。
かれの友人や親族は、かれのために外科医を呼び寄せるだろうが、
そのとき、かれが、「この矢を射た人は王族であるか、バラモンであるか、
庶民であるか、奴婢であるか、それが分からないうちは、
この矢を抜き取るまい」と、
このように宣言したとしよう。
その場合に、マールンキヤプッタよ、
かれにはそれらのことが判明しないのであるから、
やがて死んでしまうであろう。
 
と、こういうたとえ話。
 
前田:  そうですね。それが「毒矢の譬え」という大変有名なたとえでございます。こういう非常に何というか今まで沈黙をなぜしているのかということに対する気味悪さが、ここでいっぺんに解消するんじゃないかと私は思いますけども。ゴータマ・ブッダの立場から言えば、そういう形而上学的な問題をいくら論議しても解決はできないものであって、悟りに導く道ではない。それはちょうどここに彼の弟子であるマールンキヤプッタのような、彼はゴータマ・ブッダの弟子でありましたけれども、ある日ゴータマ・ブッダは、確か舎衛城におられた時の話だったと思いますですね。自分の部屋でつらつら考えておりまして、今までにゴータマ・ブッダは世界は有限であるか無限であるかというような問題に対して答えられていなかったと。それで今日こそはゴータマ・ブッダのところへ行って、その問題に対して回答を得たい。そういうような決意を持って、そしてその回答が得られなければ自分はもう勉強をやめて、ゴータマ・ブッダのもとを去ろう。そういうふうな決意でもってゴータマ・ブッダのところに行ったわけですね。その時にゴータマ・ブッダは、このマールンキヤプッタに「毒矢の譬え」という譬えでもってその話を、自分の沈黙する理由をこういう譬えでもって説いたわけでございますね。非常に説得的ところがあると思いますが、実際この目に見えないものではなくて、自分の本当の経験できるものですね、それを実際のテーマにして、それを問題にして、この問題解決に向かうと。それがゴータマ・ブッダの生き方であったんだと思いますね。
 
草柳:  そこのところまた『マッジマ・ニカーヤ』という経典から読んでみることにします。
 
世界は常住なるものであるという見解があっても、
また世界は常住ならざるものであるという見解があっても、
しかも生あり、老いることあり、死あり、憂い、苦痛、
嘆き、悩み、悶えがある。
われはいま目のあたりにこれらを制圧することを説くのである。
(マッジマ・ニカーヤ)
 
前田:  そうですね。どんなにこの世界は常住であるというような哲学説が出たといたしましても、我々のこの悩みがある、苦しみがある。これは変わらないことでございますよね。そういう苦しみそのものをゴータマ・ブッダは問題にするわけで、世界が常住であるとか、無常であるとか、そういう議論がちょっとこちらに置いておきましょうということですね。そういう非常に極めて実践的な経験主義的な立場をとっているわけですね。そういうのがゴータマ・ブッダの生き方であっただろうと思いますですね。
 
草柳:  世界は常住であるか否かというふうな形としては全くわからないことをいくら議論したって、片一方現実にはこういうふうに具体的な問題として、生きることや死ぬことやそういったことがあるではないかと。それをいかに克服していくかということこそが大切なことなんだということなんですね。
 
前田:  そうですね。それがまずやらなければいけないことであって、世界が常住か無常かというようなことは、ちょうど毒矢を射られて、その毒の性質が何であるとか、矢を射た男がどのようなカーストの者であったとか、そういうようなことをいくら明らかにしても、する前に死んでしまうと。それよりも前にまず毒矢を抜いて手当てをすることが大切なんだという考え方がゴータマ・ブッダの考え方ですね。
 
草柳:  非常にわかりやすい譬えですね。
 
前田:  そうだと思いますね。得てして我々こう観念論的な議論に陥りましてね、それに時間を費やしていることが多いように思いますけども。自分の経験できる中で、直接そういう重要な問題を解決していくということの方が大切だというわけですね。
 
草柳:  じゃあこれに続いて、また『マッジマ・ニカーヤ』から引用してまたご紹介したいと思んですけれども、
 
それ故にここにわたしが(いずれとも)断定して説かなかったことは、
断定して説かなかったこととして了解せよ。
またわたしが断定して説いたことは、断定して説いたこととして了解せよ・・・
「世界は常住である」などということは、わたくしが断定して説かなかったことである。
何となれば、このことは目的にかなわず、心の平安、すぐれた英知、正しい覚り、
安らぎ(ニルヴァーナ)のためにならないからである。
(マッジマ・ニカーヤ)
 
前田:  そうですね。まさしくこういう意図でもってゴータマ・ブッダは沈黙をしたわけでございますよね。ゴータマ・ブッダが断定したことと、断定しなかったことがあるわけで、断定しなかった方が形而上学的な問題に対しては断定しなかったわけですね。それに反しまして、断定したこと、それは前に初転法輪の時ですが、初めての教えの時などに出てまいりました「四つの真理」とかですね、そういうようなことが断定して説いたことであるわけで、そういうことをはっきりと言っておりますけども、無意義なことは沈黙して答えないと。ゴータマ・ブッダは何べんもなぜ黙っているのかということを問い詰められたりなんかすることがあったらしいんですね。それもそのたびごとに彼はそれに対して答えようとしなかったと言われておりますですね。そういう問題は「捨置(しやち)」捨て置くということですね。そういうような問題と考えられているわけです。そういうものに対しては無記の態度をとる、無記の立場をとる。そういうような徹底してそういうことが貫いていたようでございますね。
 
草柳:  じゃあその辺のところをさらに続けてちょっと見てみたいと思います。
 
しからば、わたくしは何を断定して説いたのであるか?
「これは苦しみである。」
「これは苦しみの起こる原因である。」
「これは苦しみの消滅である。」
「これは苦しみの消滅に導く道である。」
ということを、わたくしは断定して説いたのである。
これは目的にかない、心の平安、すぐれた英知、
正しい覚り、安らぎのためになるものである。
(マッジマ・ニカーヤ)
 
前田:  はっきりと自分の説いた道というのを明確に述べているわけですね。これが前回お話しした、いわゆる「四つの真理」をここにまた再び説いているわけですけども、「苦・集・滅・道」という。「苦」という真理ですね。例えば「生・老・病・死」というような人間にとってどうしても避けがたい苦しみというのは常にあるわけで、さらに四つを加えまして「四苦八苦」というような、そういうような基本的な苦しみというのが、人間には付きまとっているわけですけども、の原因は一体なんだろうかということで説くのが、次の「集諦(じつたい)」と申しますが、「集まる」という字を書きますですね。これは原因という意味でございますけども、そういう「四苦八苦」などのそういう苦しみの起こってくる原因は何かということを、今度は次の「集」のところで証すわけですけども、それは結局人間の妄執とか、渇愛というような、そういうものがそういった苦しみを起こしている原因である。その原因がわかれば、その原因を取り除けば、悟りの道にというか、心の平安が得られるわけですから、それを「滅」という。「滅」は無くしてしまうというか、前に申しましたようにコントロールする。欲望を全くなくしてしまったら、人間生活できなくなりますから、そういうことでなくて、むしろ欲求というものをコントロールする。そういうことをすれば悟りに至れる。じゃどういうような実際の実践をしたらいいかということがこの「道」というのですね―「八正道」ということを申しますが、八つの実践的な徳目を述べておりますけども、別の言葉で言えば「中道」という言葉でも述べるわけですね。そういうことをはっきりとゴータマ・ブッダは断定されているわけですね。これは心の平安に導く道である。ゴータマ・ブッダは単なる懐疑論者ではなかった。懐疑論を乗り越えて一つの自分の立場というんでしょうか、考えを述べているわけですね。懐疑論は、ゴータマ・ブッダの時代にどれだけ広がったかしれませんけども、ゴータマ・ブッダのところに彼の十大弟子の舎利弗(しやりほつ)、目?連(もつけんれん)というのがゴータマ・ブッダのところに帰依してしまって、「サーリプッタが血を吐いた」といういうのが述べられてますけども、結論が出ない、のらりくらりの議論では当時の人々を説得することはできなかったんだろうと思いますね。しかしゴータマ・ブッダはそういう懐疑論を乗り越えて一つの新しい道を、結論と申しますか、そういう断定的な考え方を示してきた。そこにおそらく人々を惹き付けていくものがあったんだろうと思いますね。
 
草柳:  そののらりくらりの、今おっしゃる不可知論みたいなものというのは、そこのところで止まっていればそれしきのことである。それをブッダが乗り越えて、自分が断定したことについては断定したこととして了解せよという、その内容がまさに苦を乗り越えるという非常に具体的なことだったわけですね。
 
前田:  そうですね。そこがゴータマ・ブッダの新しいところであったろうし、人々が切実にいろんな苦しみに悩んでいて、その悟りを求めていたわけですから、人々の注目を引くことになったんじゃないかと思いますけどもね。
 
草柳:  そういう大切な目の前の具体的な苦を乗り越えるということがまず大切であるということからすれば、そういう立場からすれば、観念的な、つまり形にならない議論というのは、彼にとっては無意味でしかなかったという。
 
前田:  まあ無意味と考えたんでしょうね。ですから沈黙してしまうということだったと思いますですね。いくら世界は常住であるというようなことを申しましても、先ほどの経典の文句にもありましたように、我々に現実に苦は起こっているわけですから、その苦を解決することの方が先決問題ということでございますよね。
 
草柳:  それでは次の説法を、また経典から見てみたいと思います。カッチャーヤナ―これもお弟子さんですね。
 
前田:  そうですね。
 
草柳:
カッチャーヤナよ、
この世間の人々は多くは二つの立場に依拠している。
それはすなわち有と無とである。
もしも人が正しい智慧を以て世間(世の人々)の現れ出ることを
如実に観ずるならば、世間において無はあり得ない。
また人が正しい智慧を以て、世間の消滅を如実に観ずるならば、
世間において有はあり得ない。
 
前田:  そうですね。この「如実に」ということが非常に重要な仏教の立場として大変重要な考え方ですけども、ありのままに見るという。いろんなとらわれた見方で見ないで、「無心に見る」というようなことを言いますよね。一種の無心の状態なんでしょうけども、何か一つの色眼鏡でもって見るんではなくて、そういうものを全く取り払ってですね、如実にありのままに現実を見るとこの世の中では、世間では有とか無とかいろいろ議論しておりますけども、そのどちらも正しいとは言えないと。どちらも誤っているわけではないんですけども、どちらも真実というわけではないんで、正しい見方を正しい智慧を持ってみる必要があるということを説いているわけですね。ですから有と無と両方にとらわれてしまうということが、いわゆる中道の精神に反するんですね。中道の時にお話ししたと思いますけども、中道は二つを足して二で割るということでは決してないわけですね。ゴータマ・ブッダのことから申しますと、その前の宮殿における快楽主義的な物質的な生活ですね、そういうものにとらわれていた生活から、今度は極端に苦行の生活に入っていって、それにまたとらわれてしまって倒れてしまうような、それほどのひどい苦行を行うわけですけども、しかしその道も悟りに至らない。そこで捨ててというか、乗り越えと言った方がよろしいと思いますけども、その両方にとらわれない中道を歩むということを、彼は考えたわけですね。それと同じように有とか無とか言っている、それはどちらかにとらわれていることに他ならないわけですから、そういう有とか無というものにとらわれない中道をゴータマ・ブッダは求めようということを勧めるわけですね。それが如実に観ずればそういう見方が正しいんだということになろうかと思いますけれども。
 
草柳:  この場合の有と無というのは、二つの極端というふうに考えればいいわけですね。
 
前田:  はい。先ほどの形而上学的な考え方、問題なんかの場合には、いろんな議論が出てきますけども、インド思想の非常に中心的な問題ですね、有とか無とかいうのは中心的な問題ですけども、形而上学的な問題の部類に入る問題ですね。そういうものにとらわれないで、両者ともに極端な説であるという。
 
草柳:  続いてカッチャーヤナに言っている言葉が、実はこれなんですね。
 
カッチャーヤナよ、
「あらゆるものが有る」というならば、
これは一つの極端の説である。
「あらゆるものが無い」というならば、
これも第二の極端の説である。
人格を完成した人は、この両極端説に近づかないで、
中(道)によって法をとくのである。
(マッジマ・ニカーヤ)
 
これが今先生がおっしゃった…
 
前田:  そういう立場ですね。はっきりと中道によって法を説くというゴータマ・ブッダの立場からはっきり出ておりますですね。
 
草柳:  その形而上的とおっしゃいましたけれども、要するに形のないものについて議論をするということは、もう究極的には今の有と無を考える、そのことについて議論するということであるわけですから、そこからは生まれてくるものは多分ないと。
 
前田:  ないだろうということですね。有と無というのは一つの誤った考え方の代表みたいに言って出ているわけですけどね。有と無というのが非常にインドにおいては非常に中心的な問題として、哲学の問題として論じられることが多いわけですから、有と無というのは両方とも極端な説であって、中道を行くのが仏教の立場だということが打ち出されてきているわけですね。
 
草柳:  そうすると、ブッダの場合には、常に今ある生、その今ある生の中に起こっているいろいろな問題こそが、一番人間にとって大切な問題であるという立場がこう基本に貫かれているという。
 
前田:  現実の生老病死というような苦しみ、そこにはみな苦しんでいるわけですから、そこをどのように解決して行くか。その問題が一番大きなゴータマ・ブッダの問題だったろうと思いますね。
 
草柳:  そうすると、「生老病死」つまり人間の生き方というのは、人によってそれは全くさまざまなわけですから、苦しみ方もさまざまだし、そうすると例えばブッダがその教えを広める、自分の考えをわかってもらうという、そのわかってもらい方についてもやっぱりそれはブッダ流のいきかたというのが当然あった。
 
前田:  あったと思いますですね。 ゴータマ・ブッダのおそらく確信として持っていたのは宇宙の理法みたいなもの、ダルマというのがあるわけですけども、そういうダルマというのは、何か固定的なドグマというようなものではなくて、これはその時、その場面で応じて現れ出てくるものという考え方が、ゴータマ・ブッダにおそらくあったろうと思うんですけども。したがって人に教えを説く場合でも、その「TPO」(Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合)の頭文字をとって、「時と場所、場合に応じた方法・態度・服装等の使い分け」を意味する和製英語)と俗に言いますが、それを心得て相手の能力とか立場とか、そういうものを常に考慮して、それにふさわしい教えを説く。これを「対機説法」というような、相手の機という、能力というんでしょうか、ものにふさわしい教えを説くと。これがゴータマ・ブッダの教え方だったんですね。したがって仏典をいろいろ読みましても、ドグマ的に「これはこうだ」というようなものではなくて、いろんな説き方がされておりますですね。一体ゴータマ・ブッダは何を悟ったのかというようなことが議論になるようなことになっているのは、そういったところが理由だろうと思うんですね。
 
草柳:  相手が老人であればその人なりの話の仕方、あるいは血気盛んな青年ならば、その青年に即した話の仕方と、
 
前田:  そうですね。
 
草柳:  今先生がおっしゃった「ドグマ」というのは、どういうふうに解釈すればいいんですか?
 
前田:  教条主義というかなんか固定してしまいまして、もうこれ以上動かせない。膠で固めたような、全く動かせない、金科玉条にしているようなそういうものですね。そういうものを「ドグマ」とここでは言っておりますけども、そういうものは説かなかった。むしろ非常に柔軟な「ダルマ」というようなものが背後にあって、それをゴータマ・ブッダは、自分がそれを実際体験して解き明かしていったというように思われるわけですね。それも相手を見て言ったというふうに思いますけども。
 
草柳:  もしかすると、ある場合には受け取り方によってはちょっと矛盾していることもあるかもわかりませんね。
 
前田:  経典ではいろんなことが出てまいりますからね。まぁそれはふさわしい教えにしようという配慮からそういうことが起こっているんだろと思いますですね。
 
草柳:  目的は一つであるわけですから、それにたどりつく方法としてはいろいろなやり方でやっていたということ。
 
前田:  そうだと思いますね。
 
草柳:  その辺つまりいろいろな方法で説いたという典型的なエピソード、例が経典の中にあるということなので、そこを私がちょっと読んでみます。これは「筏の譬え」というんですが、大変これは有名な話なんですね。
 
修行僧らよ、例えば街道を歩み行く人があって、途中で大洪水を見たとしよう。
そしてこちらの岸は危険で恐ろしく、彼方の岸は安穏で恐ろしくないとしよう。
しかもこちらの岸から彼方の岸に行くのに渡船もなく、また橋もないとしよう。
そのとき彼の思うに、これは実に大洪水である。そしてこちらの岸は危険で恐ろしく、
彼方の岸は安穏で恐ろしくない。しかもこちらの岸から彼方の岸に行くのに渡し船もなく、また橋もない。さあ我は草、木、枝、葉を集めて筏を組み、その筏によって手足で努力して安全に彼方の岸に渡ろうと。そこでその人は草、木、枝、葉を集めて筏を組み、その筏によって手足で努力して安全に彼方の岸に渡ったとしよう。彼が渡り終わって、彼方の岸に達したときに、次のように考えたとしよう。すなわち「この筏は実に私に益することが多かった。私はこの筏によって手足で努めて安全に彼方の岸に渡り終えた。さあ、わたしはこの筏を頭に載せ、あるいは肩に担いで、思うままに進もう」と。汝らはそれをどう思うか? かの人はそのようにしたならば、その筏に対してなすべきことをなしたものであろうか?
 
という譬え話がある。
 
前田:  そうですね。「筏のたとえ」と大変有名なたとえ話でありますけども、法というのはいろんな形で現れてまいりますけども、しかしその法にとらわれてしまって、先ほどの譬えのように、筏というのはこちら岸から向こう岸に渡すそういう機能があるわけなんですが、終わってからも担いで行くと。立派な筏だから、惜しいから担いで行くというようなことについついなりがちですけども、そういうものは本来の法に対する態度ではないんだというんですね。それも一つのとらわれですから、仏教はそういうとらわれを捨てることを説いているわけで、そういうものに固執しますと、いわゆる既成の宗教の間でいろんな戦争が起こったり、論争が起こったり、闘争が起こったり、いろんなことが起こってくる。そういうことになってくるわけですが、ちょうど筏のように、宗教というのは、こちら岸から向こうの岸へ渡ってやる機能しか持っていないんだ。それ以上先のことは、もう自分自身が歩んでいくわけですね。宗教そのものはこちらに置いておきましょうということにならなければいけないわけなんですね。それにかかわらず、そういう形にならないのが普通の凡人のアレでありまして、自分の宗教が一番正しいのだということで、いろいろ論争が起こってきたり、争いが起こるわけですね。大変「筏の譬え」というのは、示唆的ないいお話だと思って私いるんですけども。そういう自分の宗教を説いた宗教も捨てるべきだなんていうようなことを大胆に言った開祖というのは私は知らないんですけどもね。
 
草柳: 
修行僧らよ、
実に筏のたとえを知っている汝らは法をもまた捨てるべきである。
非法についてはなおさらである。
(マッジマ・ニカーヤ)
 
前田:  これがもう結論ですよね。実はすごいことだと思うんですが、自分の説いた法というのはあくまでも正しいから今まで説いてきたわけで、それをあくまでも守っていこうとするのが普通の生き方だろうと思うんですね。それを捨てなさいと。非法についてはなおさらであるというようなことを言っておりますが、こういうことをはっきり言った思想家といいますか、あるいは宗教家と申しますかね、私は知らないんですけども、一人インドにサーラーヤナ・グルという宗教改革者がおりましてですね。
 
草柳:  いつ頃の人ですか?
 
前田:  それは十九世紀末から二十世紀の初頭にかけて活躍した人で、南インドにケーララ州という州がございますが、そこの不可蝕民の階級の出身者なんですね。その人が、インドの最大の思想家と言われ、バラモンの思想家だったシャンカラという思想家の思想を、自分の宗教改革の基板として取り入れて、そして十九世紀二十世紀にかけて南インドで宗教社会改革運動に乗り出した人なんですね。まぁこの人の思想の中心になるのは、「一つのカースト、一つの宗教、一つの神」というのがスローガンですけどね。一つのカーストというのは、どういう意味を持っているかと申しますと、当時このカースト間の争いと申しますか、特に不可触民に対して非常な圧迫がありまして、それこそ道を歩く場合も距離を決められるとか、そういうような非常に下層階級に対して圧迫された状況にあったわけですね。
 
草柳:  ナーラーヤナ・グルの言葉がありますので読んでみます。
 
宗教の機能は人々の心を上に向け、前に向けることである。
それが達成されるとき、人々は自分で真理を発見する。
真理を求めるものにとって宗教は道標である。
しかしすでに真理に到達した人々にとっては、宗教は何の権威ももたない。
かれらが宗教の創始者なのである。
(トーマス・サミュエル―ナーラーヤナ・グルの研究より)
 
前田:  そうですね。トーマス・サミュエルというが著者なんですけども、それの書いたナーラーヤナ・グルに関する研究の中から選び出した言葉なんですけども。ここで彼は、「宗教は道標である」という言葉を使っておりますが、ちょうど仏教の筏に当たる同じ言葉だと思いますね。道標というのは本当に飾り物みたいなもので、本質的なものじゃないわけですよね。こう指さしているだけで、あっちに行けこっちに行けというだけの話ですね。上に向け前に向けるのが宗教の役割というふうに言っているわけで、その役割がちょうど道標みたいなものだから、宗教というふうに当てたんだと思うんですけども。そういうように宗教というものに固執するというところに、いろんな宗教戦争だとか、異端の問題とか、そういう宗教上のいろんな争い、それがまたいろんなものと結びつくと民族紛争とか、いろんなものに発展していくわけですが、よくそういうものに行くのがやっぱりそういうものに固執するというところであるんじゃないかと思いますですね。
 
草柳:  それがなくなれば、戦争なんか起こらないと。
 
前田:  と思いますけどね。なかなかそこは難しいでしょうけども。
 
草柳:  どうも今日はありがとうございました。
 
     これは、平成四年十一月二十九日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである