大洞山と尼ヶ岳登山
               2005/4/5

内炭講師主催の「大洞山」登山に参加した。
橿原神宮前に7.30分集合する。
橿原神宮前駅に着くと、「きしさん、おはようごさいます」と女性から・・・
「???」と名乗られたのだが、聞き取れない。
今日一緒のメンバーであることは間違い。.
名前をもう一度お尋ねすれば、「宮地です。前にご一緒した・・・主人も一緒です」といわれる。
「あ、宮地さん!」・・・失礼しました。昨年の6月に大杉谷をご一緒したのに・・・・。
ご主人とは歴史ウオークやゴルフでたびたびご一緒するのだが、
ご主人の姿が全然見えないし、
まさか宮地さんが今日参加されるとは思ってもいなかったものだから・・・・ごめんなさい。

だいたい宮地さんが山に行かれる時は、ほとんど雨に遭われ、自称「雨男」といっているのだが、
「宮地さんが参加されたのに、いやぁ〜、こんなにいい天気で!」と朝の挨拶である。
今日は20度ぐらいにもなるという。
参加のメンバーがみな集まった。
宮地ご夫婦、椿原さん、吉岡さん、鈴木さん、僕と内炭講師の総勢7人である。
椿原さんは前に「山歩き」に入会しておられたので、ご一緒したことがあるのだが、
昨年から退会されて、今はツアーなどに参加され山に登っておられるという。
吉岡さん、鈴木さんは同じ「山歩き」の会のメンバーである。
内炭講師の運転で、7.35分に出発し、
途中の桜の花を見つけて、話題にしながら、走り慣れた道をぶっ飛ばしている。
大洞山は奈良県の県境を越えて、三重県に入った美杉村にある。

三多気の駐車場に着いたのは、9.05分である。

桜を見にきたのであろう。5〜6人たむろしている。
「どこから来られました」と訊けば、「大阪から」という。
まだつぼみ固しで、花が見られないのでがっかりしている。
まだ10日以上たたないと咲かないような感じがする。
「まあ、温泉に入ったりして遊んで帰りますよ」と、少し笑顔を取り戻す。

駐車場からは、これから登る大洞山がくっきり見えている。

9.15分 真福寺(しんぷくじ)に向かって歩き出す。
お寺への参道といっていいのだろう。
参道の両側には古い桜の大木が立ち並んでいる。
こんな巨木の桜の木は初めて見る思いである。
尼ヶ岳から下山して、この参道をまた歩いてきた時に、この村のおばあさんにお会いしたので、
「えらい古いけども、この桜はどのくらい年数が経っているんですか?」とお訊きすれば、
「7、8百年経っている。私は70年にもなるが、子供の時分に此処を行き帰りしているときには
もっと両側にたくさん植えてあったが、今は枯れて減ってしまった。木はその時分からこんなでしたよ」と
木の肌がこんなに苔の生えたようであった、と教えてくれた。
 
木の幹の表面は、苔が生えたり、白カビのようなものができて、草まで生えている。
わが生命60数年に比べれば、「すごい生命力だなあ・・」と
桜さんに敬服!! ひとりで感心している。
 

 
参道をぶらりぶらり歩きながら、草花を見つけて、「これなぁ〜に?」なんて話し合っている。
僕も名も知れぬ草花をカメラにパチリ!パチリ! とおさめる。


内炭講師は今日は草花の本を持ってきている。
山歩きの先生を忘れて、自然観察の先生になったように熱心にしゃがみ込んで調べている。
みんな山歩きに来たのを忘れているような感じで、草花を見つけてのろりくらりの歩みである。
蕗の薹も見られるがもう花が咲いて、「天ぷらにするには咲きすぎている・・・」なんていっている。

のろのろでもいつのまにか、真福寺の山門に来た。9.34分である。
お寺だというのに鳥居がある。
「これどうしてなの〜?」って首をかしげる。

ここに「説明札」が立てられている。
三重県指定史跡として、記されている。

御嶽山真福院は幾多の由緒を有する真言宗の寺である。その参道十八町の三多気の桜並木は国の名勝に又手洗場側傍の大欅は県の天然記念物に指定されている。当寺の供養碑は全部で十三基あり、中でも弘長元年の銘あるものは最大最優秀碑で、そこに刻まれた文字や描線に剛健な鎌倉時代の特色が窺われる。裏面には次の銘がある。
弘長元年大歳辛酉仲秋彼岸願主聖人その外宝筺印塔には正安四年の銘があり、県内最古の在銘石塔である
                  美杉村教育委員会


と書かれている。
石段を上っていけば、「真福寺の大欅」の立て札がある。

「真福寺の大欅 昭和十五年に県の指定天然記念物になる。(幹周り約6.1m)」

と書かれている。
 
大欅の側の二本の大杉の間を通り、山門をくぐると、その左手に、「清盛杉跡」の札が立っている。

「清盛杉跡 平清盛がまだ無名の頃おまいりして、その成功を祈り植えたと伝えられています」

今は、その跡に若い杉が植えられている。
若いといっても100年ぐらいはたっているのだろうね。
 
山門からされに石段を上れば、「蔵王尊」の額が掲げられた本殿がある。
「三重四国第七十一番」と書かれている。
本場「四国八十八カ所霊場」の巡拝にならって、三重県にも「三重四国八十八カ所霊場」を設けられているのだ。
旧の伊勢・伊賀・志摩・紀伊(の一部)という四国より成り立っているので、「三重四国」と名付けられている。
お詣りする。

9.47分 休憩を終えて、歩く。「大洞山登山口 0.8km」の道標がある。
しばらく行くと、「きゃ〜!」と内炭講師の叫び!
何だろうと思えば、道の真ん中に大きなカエルが一匹。
宮地さんの奥さんがストックでカエルの目の前に突き出すともビクともせず。
ストックで触って「少し動いた」「いや、死んでいる」と
何か禅問答のようなやりとりをしている。カエルはついに泰然自若として動かず。

しばらく上って行くと林道が横切っている。ここに「東海自然歩道」の大きな標識が立てられている。
ここには、

この歩道は東京の明治の森高尾国定公園から大阪の明治の森箕面国定公園まで美しい自然や文化財をむすぶ約1,300キロの道です

と書かれている。
林道を横断してさらに進んで上っていく。
振り返れば、木の間から高見山が見られる。
 
上って行けば、また林道が横切っている。此処が大洞山の登山口である。
「大洞山頂 0.8km」と記されている。

上るとすぐに展望台がある。ここからは東の方面の視界が開けている。

ここからは立派な石段を登る。
しばらく上っていくと、「雪や〜!」と内炭講師の声。
わずかに残っていた雪を見つけて、その喜びようは明るい。
こんなわずかな雪でも、心が軽くなって疲れも吹っ飛ばしてくれるような思いがする。
 
途中の休憩地点で、鈴木さんが「ここまで440段だ」という。
「金比羅さんの半分だね」「神戸の・・・寺は808段ある」などと、石段の話題である。
内炭講師は日焼け止めクリームを取り出し手入れである。
女性陣は山に登っても化粧談義である。
前回の兜岳でも話題になっていたのを思い出す。
「化粧せんでも綺麗な人は綺麗だしね」なんて話をしていたことを・・・
「まったくその通り!」とひそかに拍手を送ったのだが・・・・
山頂近くになれば、木陰には雪がうっすらと残っている。

鈴木さんは、「石段は950段あった」という。最後の石段がどの地点だったか? 不明なのだが・・
山頂付近から北西、西、南方面が一望できる。
晴れて素晴らしい眺めである。
山に登ったつもりで眺めてください。

上の眺望をちょっと拡大してお見せしましょう。

右端から続いているんですよ。

南東方面を眺めれば

大洞山(雌岳) 985mの山頂に 10.53分に着く。
西の方面には倶留尊山と二本ボソが見られる。

北の方面には、目の前に大洞山(雄岳)1013mがある。
その右の遠くに見えるのが尼ヶ岳(958m)である。

記念写真を撮る。パチリ!
シャッターを押した僕も、左の方にちょっと仲間に入れてもらおう〜と。

11.03分 雄岳に向かって出発!
下り道には、多くの雪が積もっている。

11.25分 大洞山(雄岳) 1013mの山頂に着く。
「きしさ〜ん!」と呼んでもらったので、お二人さんの横に立たせてもらったのだが・・・この写真、顔は暗くて表情がさっぱりわからんのが残念!・・・はっはっは・・

山頂からちょっと下ったところで倶留尊山の山並みを眺めながら昼食する。
今日も内炭講師は、重いお水とバーナーを担ぎ上げて、
バーナーでお湯を沸かしてみそ汁とココアをサービスしてくださる。
毎度のことながら感謝感激である・・・・ご馳走さ〜ん!
それにしても、内炭講師は、お米20〜30kgぐらい担いで精米にいくので、近所の奥さんにビックリされている力持ちであるから、バーナーやお水をここまで担いでくるのはへいちゃやだ・・・という感じである。

今日は、下って車まで戻る予定だったのだが、
内炭講師は、どういう気の変わりようだろうか?
「尼ヶ岳まで往復一時間ぐらいですから登りませんか」といわれる。
みな異存はない。大賛成であ〜る!!
この桜日和に内炭さんの気分も満開となったようである。
景色を眺めながらの昼食で、お腹もいっぱいになって、12.05分 スタートスタート!
12.18分 標識がある。「尼ヶ岳 70分」と書かれている。
内炭講師が「尼ヶ岳まで往復で一時間ぐらい」といわれたのに、
登りだけで70分かかる。ざっと2時間ぐらいかかるだろうと思う。
まあ、良い天気だから時間のことは気にせんで登ろう〜と。

12・34分 倉骨峠で、尼ヶ岳から下ってきた4人のパーティに出会う。
大洞山と尼ヶ岳の間に、四つの峰があるという。
 
尼ヶ岳山頂近くになって振り返れば、大洞山の雄岳、雌岳が眺められる。

13.25分 尼ヶ岳山頂に着く。
「尼ヶ岳 通称 伊賀富士 957.6m」の標識が立っている。
地蔵さんが祀られている。
 
北東方面を望めば、四日市、津方面である。
東は青山高原が見られる
北は上野市街、阿山郡。 北西は桔梗が丘、名張市街である。

「尼ヶ岳(通称伊賀富士) 標高957.6m」の標識をバックに記念写真を撮る。
13・45分 階段を下って下山開始する。
 
倉骨峠からしばらく歩いて分岐点に達するが、そこを左手に東海道自然歩道を歩く。
石畳みの道が続く。
ここ一帯が岩山である。岩がごろごろしている。その岩がみな苔むしている。今までの山道とは雰囲気が違っている。これだけの岩を敷き詰め、石垣のように積み上げて綺麗に道を作りあげてある。こんなところに、何でこんなに立派な道を作ったのだろう?と思いながら歩いている。
  
説明板が立てられるいる。そこには次のように書かれてある。
倶留尊山等の柱状節理
倶留尊山(海抜1038米)の東斜面は落差200mに及ぶ垂直に近い絶壁となっています。この地帯は第三紀の末頃はげしい火山活動が起こったところで絶壁も火山岩が冷却するとき容積が小さくなるために規則正しく割れ目ができ六角柱状や板状の摂理が発達している。
現在地では近くに見ることはできないが東海自然歩道の沿線には、鎧(よろい)岳、兜(かぶと)岳、屏風岩など柱状節理の代表的な景観を観察することができます。

室生崋山群の山々
ここから展望する室生火山群の山々は力強い独立峰的な山容です。そしてその視野も火山地形らしい広々としたスロープの草原を形成しています。しかし鐘状の尼ヶ岳(別名伊賀富士)はその名の示すように、富士山の型をしていますが、これは地質学上火山の原形(トロイデ火山)ではなく長い年月の間に風雨によって侵食され開折されて形成した第二次的な形として富士山に似るようになったと考えられています

「ここにつくし!」と、写真を撮るように、と呼ばれる。ホームページに載せるようにと、みなさんの期待であるから、カットわけにはいかない。道端にツクシがずらっと並んで生えているのをパチリ! 
宮地さんの奥さんは、「犬がオシッコしているかも知れない」と気にして、たくさんあるのに土産に取らない。わずかに日陰にある蕗の薹を見つけて土産にしている。天ぷらにして今晩のご主人への酒のつまみのサービスである・・・さぞうまかろうと思う。
いつの間にか参道の桜並木を歩いている。
16.10分 今日の登山もこれでお終いである。
今日は歩いた後の温泉の楽しみはなかった。
お疲れさ〜ん!!
 

              ― おわり ―