音羽三山(音羽山→経ヶ塚→熊ヶ岳)
                 2013/10/17

「山歩き」の会の「音羽山」登山である。
当初は、昨日(10/16)の予定だったが、24号の台風のため、急遽今日(10/17)に
変更となったのである。
橿原神宮駅前より、8時にバスで出発する。



8.40分 下居のバス停に到着。音羽観音(法善寺)に向かって歩き始める。
   
9.39分 音羽観音寺(法善寺)に着く。

観音寺(善法寺)の沿革
当山は、寺伝によれば、藤原鎌足公を、談山妙楽寺(現在の談山神社)に祀った際、鬼門除けの寺として丑寅の方角音羽の地に一寺を建て、鎌足公自作の梅の木の観音像を祀ったのが始めと伝えられています。

奈良時代の観音信仰が篤かったころは頃は、霊場として賑わい、壮大な堂宇がこの山中に軒を連ね、その有様は音羽百坊と称されました。
「多武峰(とうのみね)略記」には、天平寛宝元年(749年)に、心融法師が当山を創建したとの記述があります。

また、京都清水寺の開祖延鎮僧都が霊感を得て堂宇を建立したのが始まりとの記録もあります。ご本尊の体内にも「比の本尊は山城の国清水寺の観音と一体分身の千手観音也」と墨書きがあります。

清和天皇の貞観18年(876年)「音羽流れ」と記録に残る豪雨と山津波で堂宇が崩壊し残った一寺であると伝えられています。

寺名も香法寺・善法寺と変わりながらも、眼病平癒に霊験があり、「音羽の観音さん」と親しまれ、訪れる信者で賑わい、多くの信者の力で維持されて現在にいたっています。


   


境内には、高さ25mの大きな「お葉つきイチョウ」の木がある。
ここの尼さんが葉付きイチョウを持ってきて見せてくれる
この一本の木に、葉の付く実と葉の付かない実があるという。
説明板には次のように書かれている
イチョウが下等なシダ類のように胞子を作る胞子植物と種子を作る種子植物との中間性をおびていることは、受精に際してシダ類と同様に運動する精虫ができるので知られている。シダ類がその胞子を葉につけるのと同時に、お葉つきイチョウがその種子を葉につける現象は、植物の系統的進化発生を示すもので学術研究資料としても、きわめて貴重な存在として知られている。このお葉つきイチョウは目通り4.8M高さ25Mである
 

 

ご本尊千手千眼十一面観世音菩薩様にお詣りして、10.01分 出発する。
   
10.17分 音羽観音寺から登れば、ほどなくして金剛山、葛城山の大阪方面の展望ができるよう雑木など切り払われて
道も造られている。

遠く中央に、金剛山、右に葛城山、そして二上山が見られる。櫻井市、橿原市、御所市の市街が広がっている。



10.52分 音羽山(851m)の山頂に着く。展望はまったくない。
   
10.56分 記念写真を撮って、経ヶ塚に向かう。

笹が生い茂っている道を歩いて、11.15分 経ヶ塚(889m)に到着。
  
経ヶ岳山頂で、昼食する。

11.43分 昼食を終えて、記念写真を撮って、熊ヶ岳に向かって出立。

11.53分 熊ヶ岳へ向かう尾根からはちょっと見晴らしが開けてきた。高見山、国見山方面の眺望である

正面に熊ヶ岳がそびえている

肩まである笹道を進み、12.20分 熊ヶ岳(904m)に着く
  
12.30分 記念写真を撮って、下山する。

12.55分 近鉄の反射板地点に到着。
   
13.10分 大峠に着く。
  
大峠からちょっと下れば、林道終点に出る。ここからは舗装道なる。
舗装道は15日から16未明の24号台風による大雨より崩れ流された小石などが散乱している
 
13.43分 バスの駐車場に到着。
これで無事今日の山歩きは終了である。お疲れさ〜ん!
 

             ― おわり ―