ポンポン山と釈迦岳を歩く
                 2007/2/21

「山歩き」の会の「ポンポン山と釈迦岳」歩きである。


8.30分 近鉄高の原駅を出発。
高槻市の原立石(はらたていし)バス停に、9.45分に着く。

「右 毘沙門天神峯山参道」の石碑に沿って、舗装道を歩き出す。
道標には「ポンポン山 8.3km 本山寺 4.8km 神峯山寺 1.5km」と書かれている。 
  

10.03分 鳥居が見えてくる。鳥居のそばに「牛地蔵」さんが安置されている。牛のお姿である。
かつて亀岡から原を経由して淀川へと通じた古道があり、原からも特産品である寒天や薪炭などが淀川を経て大阪へと運ばれていました。このあたりは、古道のなかでも京坂越と呼ばれる難所で、重い荷物を運んで行き来した牛を供養するために牛地蔵がまつられています。
と書かれている。
  

参拝の車だろうか、歩いている人にもけっこう行き交う。
10.09分 何か変なものがぶら下がっているなぁ、と思いながら近づくと、
「勧請掛」と標柱が立てられてある。

「勧請掛(かんじょうがけ) 縄に樒(しきみ)を結びつけたもので、
聖地との境界を意味していますが、大阪商人らは、その長短などで
米価や株価を占ったといわれています」


と書かれている。
 

10.14分 神峰山寺の山門が見えてくる。この左手に喫茶処がある。
店のおばちゃんがたき火をしながら、3人ほどで四方山話をしている。
ポンポン山に登るのだと云えば、「ポンポン山の山頂は最近伐採して見晴らしがよくなっている。
比叡山の比叡山ホテルが見られるよ」と教えてくれる。
「人出は水、木曜日は少ない。金曜日は小口の客がある。
土曜日は団体客がある。日曜日は土曜日より少ないが、
火曜日が一番少ないよ」とおばあさんはいう。

駐車場で準備体操をして、10.33分出立する。車も通る舗装道が続く。
   

山門のそばに「神峰山寺」のついての案内板がある。

神峰山寺は、根本山と号して天台宗に属し、毘沙門天を本尊とする。
寺伝によれば、役行者小角が開山し、宝亀年間(770頃)に開成皇子が創建したという。
当時は仏教の聖地として、比叡山(京都府)や葛城山(奈良県)と並ぶ7高山のひとつに数えられ、
僧坊21・寺領1,300石に及んだ。
皇室の崇敬が厚く、また足利3代将軍義満や豊臣秀頼の生母淀殿らの寄進も多く、大いに栄えた。
秀頼も諸堂を造営したと伝えられる。
しかし、江戸時代中期の明和2年(1756)に火災で焼失し、安永6年(1777)に再建された。
現在は、宝塔院(本坊)と寂定院、龍光院の3院となっている。
本堂に安置されている阿弥陀如来座像は、寄木造りで平安時代後期、
また2体の聖観音立像は一木造りで同中期と後期の作とみられ、いずれも昭和25年8月に、
国の重要文化財に指定されている。


11.33分 ここにも「勧請掛」がある。
  

「本山寺」の説明板が立てられている。ここには、

本山寺は、別名「霊雲院」ともいい、毘沙門天を本尊としています。役の行者が葛城山で修行中このあたりに五色の彩雲がたなびくのをみて、この地に来て行をし、毘沙門天の像を刻み、堂をかまえました。時は696年のことです。
本堂の中には、聖観音立像、御本尊毘沙門天・不動明王等が安置されています


11.36分 本山寺の山門が見えてきた。本堂は石段を四十段ほど上ったところにある。
 

もう昼食時であるが、
「ポンポン山で昼食します。もう一時間ほどですから・・・」と内炭講師の声がする。
「もうお腹がすいたよ!」とお腹がわめいているが、がまん!がまん!
11.48分 本堂前で記念写真を撮って出発である。

この本堂横から、山道となる。今まで舗装道を歩いてきたので、山道に入ると
靴底が弾力を感じるほど、柔らかいなあ、と歩きやすさを感じる。
「東海自然歩道」の標識が立てられている。

12.45分 ポンポン山(678.9m)に着く。
「ポンポン山」の説明がある。

この山は正しくは加茂勢山といいますが、標高679メートルの頂上に近づくにつれて足音がポンポンとひびくことから
通称ポンポン山と呼ばれています。
京都市の西橋にあたりますが、このすぐ東の地域は善峯寺・三鈷寺・光明寺などの古刹が多く、平安中期以来、仏教の
地としても重要な位置を占めています。

  

見晴らしはいい、しかし、遠くはかすんでいる・・・残念である。
景色をながめながらの昼食である。
 

遠くに見えるのが比叡山である。
喫茶処のおばさんが話してくれた比叡山ホテルはどこかわからなかった。




  

リスを連れたおじさんが登ってきていた。小さいリスだが、「これは日本リスで、二歳だ」という。
盛んに松の実を食べていたが、無くなるとすばやくあちこち走り回っている。
しかし、3メートルぐらいの紐に繋がれているのだから、逃げられない。
おじさんの腕までのぼったり、懐に入ったり、地面を走り回ったり・・・
おじさんのズボンはリスの爪痕で疵だらけである。
  

13.16分 出発前に記念写真を撮る。


河野アシスタントが「相撲の四股を踏むポーズを・・ポンポンと」と云われて、ポーズをとる女性群・・・この姿をなんとみるか・・・・
さあ、釈迦岳に向かって出発である。
 

13.48分 釈迦岳(631m)に着く。三角点がポツンとある。山頂は狭く、眺望は全然ない。
 

「釈迦岳」の説明がある。

島本町で一番高い山で、標高は631.4mあります。重要な用水として利用されていた水無瀬川の最上流地で、お釈迦様が守っていたと云われており、万葉集にも数多くこの山が詠まれています。

と書かれている。

釈迦岳からは下り道である。視界もほとんどない道程である。
14.43分 西国二十番札所の「善峯寺」が見えてきた。
500円の拝観料を払って、拝観する。
僕もかなり前に西国三十三霊場めぐりをしているので、このお寺にも来たことがあるのだが、
ほどんどイメージがのこっていない。
  

これが、「遊龍の松」である。

「遊龍の松」
「遊龍」とは安政4年(1857)花山院右大臣家厚公 命名され
標石は明治26年鳥尾中将の揮毫なり。巨木にして整う姿は日本一と人口に膾炙されている。
五葉松 樹齢 六百年以上 全長五十余米 


と石に刻まれている。
左の方へも長く延びていたのだが、松食い虫で今は切られている。
聞けば、「平成6年に切られた」という。


一番高いところにある「奥の院薬師堂」まで上る。
京都タワーも見えて、京都市街の光景が眺められる。
今日の山歩きでここが一番いい眺めではなかろうか、と思う・・・・
山歩きだから、ポンポン山頂で、もっと素晴らしい山の景色が見られたら良かったのに、と思うのだが。




桜の花はまだつぼみだが、その桜の木をバックに、
まだまだ花を咲かせ続けている(???)五人の面々である。


15.30分 拝観を終わって、バスに乗り込む。
この後、奈良に戻って、世話役のKさん、Sさんが「懇親会」を開催してくださったので、
ほとんど全員出席で、「韓国風すき焼き」を賞味しながら歓談し合う。
無事に今日の山歩きができたことを感謝する。


               ― おわり ―