教えること 育つこと
 
                  元独立学園高校長 安 積(あずみ)  力 也(りきや)
昭和一九年栃木県生まれ。国際基督教大学大学院修士課程(教育哲学)修了。新潟市に創設されたキリスト教主義の私立敬和学園高等学校で教鞭をとり平成二年教頭。平成三年、私立で唯一の難聴児の学校である日本聾話学校から招聘され、難聴の子どもたちに教えるという全く新しい仕事に取り組む。平成七年校長。一二年私立恵泉女学園中学校・高等学校の校長、平成二十年、基督教独立学園高等学校に校長として招聘され、再び男女共学の 教育の現場 へ。平成二十七年三月退職。
                  き き て    金 光  寿 郎
 
ナレーター:  今日は、「教えること 育つこと」というテーマで、今年三月まで山形県小国町(おぐにまち)のキリスト教独立学園高等学校長だった安積力也さんにお話を頂きます。安積さんは、一九四四年(昭和十九年)のお生まれ。七年間お勤めのキリスト教独立学園の前は、東京の恵泉(けいせん)女学園中学・高校の校長を務め、更にその前は町田市の日本聾話(ろうわ)学校や新潟市の敬和(けいわ)学園高校に勤務され、大学卒業後は、教育一筋に生きてきた方です。聞き手は金光寿郎ディレクターです。
 

 
金光:  安積先生は、教員生活を今年の三月いっぱいで定年でお辞めになったということですが、何年ぐらい教えていらっしゃったんですか?
 
安積:  四十四年間ですね。
 
金光:  今、四十四年の教壇に立つ生活をお辞めになって、どんなお気持ちでございますか?
 
安積:  ちょっと呆然としている状況にあるもんでして、上手く言いませんが、一言でいうと、なんかあそこへ登りたいと思った山の峰みたいなのがありまして、それに惹き付けられて急坂を上り詰めて夢中で行って、やっと稜線の一角に登り着いたなと思ったところで、もうタイムリミットがきていたと、なんかそんな感じでありますね。ここまで来て振り返って悔しいですが、どうしても認めざるを得ない事実というものだけが、今は非常にハッキリしています、教師をやってきて。それは一言で言えば、「一番教えたいことが、教えることができない、という本質を持っているんだ」という事実です。科学的な真理というのは、これは言葉で新しい概念のことを教える形で、子どもにも教えることが可能だと思うんですね。情報を与えて、子どもや生徒がわかっているところから丁寧に論理的に説明していけば、今日の最先端の科学的な知見(ちけん)まで生徒や学生を導くことが可能ですね。でもこの生きることに関わる真理と言ったらいいでしょうか、それは「愛するってどういうこと」「人を思いやるってどういうことか」「勇気をもつってどういうことか」「何かをほんとに信じるってどういうことか」。これはどんなに言葉を尽くして説明しても、子どもや生徒にはわかりません。わかったつもりになって、とんでもない言い方をする人はいっぱいいますけれど、わからないです。自らが生きていくことによって、初めてその真理性や虚偽性と言いますか、偽物がわかってくる、そういう真理。それが生きることに関わるし、というふうに思うんですね。これは教えられない。一番教えたいな。結局、後にならなければわからないことを、最初から教えようとする矛盾というのを、人間というのはもっているんだなということを。もう一遍言いますが、悔しいんですが、七十過ぎになって、四十四年間現場で生きて、これだけはどうしようもない事実なんだ、ということを認めざるを得ませんし、これを認めなければ、とんでもない教育になる、ということを強く思っております。
 
金光:  私が、この前、先生にお会いしたのは、五年ほど前でしょうか、それから山形県の小国町の山の中の高等学校へお邪魔したわけですけれども、少人数制で、しかも先生と生徒が共同生活をして、しかも授業と農作業が一体の生活で、ここは非常に個々の生徒と先生方が直接触れ合うチャンスが、これだと多いだろうなということで、なんか人間の生き方の大事なことを伝えるのに、伝えやすいところでないだろうかというような印象をもって帰ったんでございますが、今東京の街の中へお帰りになって、現在はその辺のところはどういうふうにお考えでしょうか。
 
安積:  私、教師になろうと思った時に、一つの山の遙か先の頂きみたいなものを感じて、そこへ登りたいと思って教師になったんですが、それは例えば、ジャン=ジャック・ルソーの言葉でいうならば、「人というのは二度この世に生まれるんだ」と言っていて、「一度目は存在するために、二度目は生きるために」。要するに、「本当に生きるためにこそ教育が必要なんだ。人は教育によって初めて人間になる」という特色をもっている、ということとして、私は理解をしました。一体何が人を、人間―この場合、私のいう人間というのは固有の私、世界に二人としていないこの私を生きるような存在にさせるのか、という。これ知りたくて、現場に出て、最後独立学園に辿り着いたと言ったらいいでしょうか、あの山奥の。あそこの環境は本当に、私は、「あそこに放牧しておけばいい」と言い方をしちゃうんですが、若い教師、どんな都会から来た教師でも、本当に人間になるプロセス―非常な苦しみを経ますけれども―を通って、本来的な姿が露呈していく環境。これは人的にも、物的にも、自然的にも、それを感じます。そういう中で人は本当の私になれる。それを今日特にどれだけ必要かということを凄く感じるように。特に戻ってですね、日本聾話学校というところにおった近くに今また戻って来ましたけれども、ここはまさに言うまでもなく、人間の現実が渦巻く大都会で、なんかもの凄く感じるのは、私たちの人間の現実と言いますかね、歴史と言ってもいいんですけども、それは質の違う二つのものが同時進行しているんだな、というのをもの凄く感じるんです。一方で、みなさんご承知のように、この国は、この国のこれからの運命を決めるというような法制を国会が決めようとしております。決して見逃してはならない平和憲法の根幹を揺るがすような法制が、無理矢理に決められていこうとするような流れが今あるわけで、経済的な問題も、いろんな問題も含めて、そういったものをリアルに感じる生活に戻ってきて、ところが三月までの七年間のあの山の中の大自然の中で、人里離れた場所と言っていいでしょうが、ああいう場所で生活してきた自分としては、待てよ、今この現実の直中(ただなか)にも、あの学校の中では、あの山奥の学校では、人知れずに永遠とこの国の若者が深いとこから自分になっていく。固有の人間になっていく。人間教育の営みがなされている。展開されている。それを凄くリアルに思うんです。ということは、現実と言ったらいいんでしょうか、と呼びうるものに、実は二つあるんだ、ということを、ズーッとこの四月以降、都会に戻ったら改めて強く自覚します。一つは、当たり前の話ですが、私たち人間を作り出す現実ですね。もう一つは、どう表現していいかまだはっきりわからないんですが、人間を超えた何か普遍的な存在。私は、聖書の真理に懸けた人間ですので、聖書がいうところの神と言っていいと思うんですが、それが作り出す現実。でもそれは人間の現実です。どちらも人間の現実ですが、人間を超えた普遍的存在が作り出す現実の出来事というのが、この二つが同時進行しているのが本当の姿ではないか、というふうに凄く感じるようになりました。
 
金光:  ただ今おっしゃった通りで、私たち個々の人間というのは、自分の考えだけで、「こうだ、こうに違いない」と思っているのは、非常にエゴによって区切られた狭い世界のことしか見えていないんじゃないかと。生まれる前はわからないし、死んだ先もわからない。そういう世界に生きている事実を見ることによって、そういうエゴの狭い枠が壊れると、そこでまた違った色眼鏡を外した世界が見えてくるんではなかろうか、という気がなんとなくしているんですが、そういうことを気が付きながら、しかも現実の日々、例えばあそこの小国の学校では、やっぱり雪が降るところですし、雪が降ると、それに対する対策も取らなければいけないわけですし、そうなってくると、雪を降らすのも人間が降らすわけじゃございませんし、そういう中でやっぱり思いも掛けない出来事にお会いになったことがおありじゃないかと思うんですが。
 
安積:  その話を具体的にさせて頂きたいんですが、ちょっとその前にもう一つ思うことは、私が願い信じることを許された神様の御命にしたがって、若い時から教師になろうと思って歩んで来て、その学校を経験して、最後は独立学園というところに行けと命じられたと信じたもんですから行ったんですが、なんかそうさせる私の原点にあるものは、言葉でいうと、辺境的環境と。「辺境」という言葉は、非常に若い頃から憧れていて、私は都会育ちの反動なんでしょうけども、そういうものに憧れる気持ちが私にあります。それで「辺境」というのは、ご承知のように、中央から遠く離れた国境(くにざかい)を指す言葉ですね。これは英語で非常に近い言葉は「マージン(margin)」という言葉があると思うんです。これはこの言葉の原義と言いますか、元の言葉は、「水辺(みずべ)」という意味なんですね。水のほとり。「淵(ふち)」と書く、言葉です。従ってこれはある領域の限界を指す場所なんですね。ですから、こういう言葉が今一般的には、いわば中央から遠く離れたところのイメージとして使われていて、転じて辺境と呼ばれた場所はあまり重要でないとか、取るに足らない。場合によっては、中央に比べて影響力を持たないというような一種の段位と言いますか、そういう内容をもっている言葉に思います。どうも私が「辺境」という言葉に惹かれるのは、英語にもう一つこういう言葉があるわけです。「frontier 」というような。これは日本でも使われる。「frontier」は米語でしょうね。アメリカで造られた言葉だと思われるんですが、いわゆる西部開拓時代と呼ばれた時代に、開拓地と未開拓地の境界地帯を指す言葉として使われた。で、そのfrontierという意味での辺境を考えると、なんか中央の力が及ぶ果てまでfrontierというのは。人間の力でいうならば、人間の自力の力の及ぶ果ての、したがってそこのfrontierにおいては、人間の限界が否応なく露呈してくる。そういう場所であると同時に、その限界や行き詰まりを突破するような可能性が満々とあるような未開の地に直に接している場所でもある。なんで私自身が、この辺境というのに惹かれるかというと、こういう特質をもった場所だからだと、この歳になってですが改めて思います。そういう意味で、私は、地理的な意味での辺境ということをちょっともう少し離れて、なんといいますか、自力の人間ができる力の限界までいって、それを突破しようとするような試みと佇まいと言いますか、スタンスをもった教育をやろうとしていた学校ですね。私は、それを「辺境性の高い学校」と呼んでいるんですけれども、そういう辺境性の高い学校に惹かれて、四つの学校を生きてきて、その最後にやったのが独立学園であるという思いがしています。それは個人的な経験からいうならば、絶えず絶えず自分の自力の限界に突き当たって、この生徒をこうしてあげたい。この子の将来を思ったら、思えば思うほど、それに対して自分が如何に無力か痛感させられていて、そしてある絶望に「こうせんとダメだ」と思っているところがあるわけです。何度もそんな主にいかされました。でもその度に若い時に、人間の力を越えた世界を知らされた恵みを感じ、その時に私の場合は、聖書の教えに示してくださった神が約束してくださっている普遍的な約束というものに、自分を立ち帰らせた時には、もう自分はなんの力もないけれども、身体だけは、例えば先歩いて行こうという思いになれるわけです。そうすると、不思議なことが起こるんですよ、ほんとに。先ほどおっしゃっていた思い掛けない出来事が起こるわけです。それは恵みの出来事。自分では、この子はダメだと思っていたこの子が変容していくような出来事が起こったり、それを共に経験することが許されたりするという。そういう経験をしますと、なんというかな、それは自力でやったものではないということだけはハッキリわかりますから、あるいは教師たちと一緒の努力して作り上げた人間の力じゃないということがわかるもんですからね。これはどうしたって神様のなさる業としか理解できなくなっちゃうんです。そういう経験をいっぱいしてきました。
 
金光:  そこでは人間は自分の出来ることは精一杯やる。それを超えた力を感ずるということであって、神様お任せしますじゃないわけですね。
 
安積:  逆なんです。やっぱり自力の限界までいかなければダメです。行って、そこでそれこそマージン(margin:縁、端、(可能の)限界)、リミットと感じて、もうこれ以上先はないと思って、開き直って、どうせ現実こんなものよと開き直る。それはそうなっているように見えるんだけど、それともその先に、本当のことが起きる世界が待っているんだと。そういう思いで自力を超えたものに存在をあずけて歩み出すか、その差なんですね。僕はほんとに幸いなことにこんな人間ですけれども、なんとかその道を歩むことを許されてきたなというのが正直な実感です。少し具体的な話をさせて頂くならば、これは例えば生徒が、そういう意味での生徒自身の限界を乗り越えていった経験として、先ほどおっしゃってくださったように、ここは山形県の飯豊連峰のふところにありまして、日本でも豪雪地帯で三メートル以上が―二年前の冬が四メートルぐらい積もって非常に恐ろしかったな―降る場所です。ですから冬場は、七十名ぐらいの生徒と、二、三十名の教職員―家族含めてですが、百人ぐらいの共同体で生活をしながら全普通高等学校としてのプログラムをやっているんですが、先ず朝はとにかく除雪をしなければいけない。そうしないと生活が始まりません。夕方もしなければいけない。特に厳しい除雪をしなければいけない場所に、牛、豚を飼っていますもんですから、生き物がいますので、どうしたって畜舎の除雪というのは絶対に必要になるわけです。それで二年前なんですが、一月だったかな、一番雪の深かった時です。夕方の作業で畜舎の前の除雪をしていた生徒―畜舎の前の除雪する生徒というのは、一番屈強な、「自分たちがやります」と言って、男性であれ、女性であれ、行ってやるんですが、二年生の女子と一年生の男子が除雪をしている時に、突然雪が崩れて埋まっちゃうという出来事が起こりました。すぐそこにいた上級生の生徒たちと先生が必死に掘り起こすということをやったんです。二年生の女子の方の生徒は、立って作業をしている時に来たもんですから、やっと首から上が出て―ご承知の方も多いと思うんですが、雪というのは恐ろしいです。口ふさがれてしまいますと雪で、ほんとに息ができません。どう努力してもダメです。ですから雪崩で死なれる方はほんとによくわかるんですが、女子の方がよかったんですが、男子のより屈強な一年生なんですがね、ちょっと腹ばいになりながら作業をやっていたようで、ドスン!とそのままうつ伏せに落ちてきた雪に埋まってしまって、もう一刻を争うわけです、命に関わりますから。必死に上級生の生徒と先生たちが掘り起こしをやって、掘り起こした時には意識がなかった。それで救急車がすぐに来ないものですから、とにかく車に乗せて、それで掘り起こした二年生の男子というのが、実は寮で同室の上級生なんですね、それもあったでしょうけど、とにかく車の中に彼は乗り込んでですね、その下級生の名前を呼び続けて、下の町の病院まで運んだ。それで本当に幸いなことに、その日の夜目覚めるというか、覚醒してですね、翌日一日休んだうえで学校に戻って来ることができたという出来事があったんです。その時に彼が戻って来たのは、夕食を終わって夕礼拝というのをやるんですが、夕拝が終わったあたりに、彼は学校へ戻って、私は礼拝を終わって、いつも食堂に残って、何人かの生徒が話に来たりするもんですから聞いたり話したりするんですね。すると、フッと彼が私の側に来て坐っていたんですね。それで私は、「よく生きて帰れたなぁ!」って、先ず声を掛けたんです。非常に活発で、外側には明るい言葉を出す子なんですが、彼は手を握るようにして、ジッと黙ってですね、なんか感情を内側にいっぱいあるのに出せないような感じで、ジッと黙っているんです。ちょっと尋常でない雰囲気で、私はキチッと向き合って、黙って彼の方に心を向けていました。最初に彼が言ったことは、「僕はズーッと死のう、死にたい≠ニ思い続けてきたんです」と言いました。これは実は私はよくわかっていたんですね。彼は一年生の九月だったですね。「クラス通信」というのを保護者の方に向けて出す。その中で今自分がほんとに思っていることを大胆に書くということを奨励をしているんですが、その中に彼は書いているんですね。ちょっと簡単に紹介しますと、一年生の九月の彼の言葉です。
 
いつも僕は生と死の狭間で生きている。いつ死んだっておかしくない。自分は自分と自分の生と死を選ぶことすらできる。僕は人間に生まれてきたから。
 
これが書き出しです。
 
僕が動物だったら、本能で生きて余計なことまで考えないで生きただろう。人間になんて生まれてきたから、僕はこんなことを考えるんだ。余計なことの毎日には、もう僕は耐えられない。何で生まれてきたのか。何が意味があって生まれてきたのか。
 
こういう問いを出していましてね。彼は、ご家庭がクリスチャンホームと言いますか、お父さんお母さんはいつでも信仰を持たれていたから、それなりの影響を受けて独立学園に来た子ではあるんですが、この文章の後半では、ここまでいうんですよ。
 
神様は何を考えているのか。私はあなたに不満がある。あなたを信じれない。殺してください。僕みたいな人は殺してください。あなたから離してください。この辛い苦しみから逃げたい。そして罪を犯す僕をこの世から切り離してください。
 
高校一年生ですがこう書いてます。最後に、
 
僕は弱虫だから逃げることしかできない。神様の声が聞こえません。だからこれは全部僕の独り言なんです。
 
という文章を書いています。私は非常に強烈に心に刻んでいた。その子が九死に一生を得て帰って来て、「僕は死にたいとズーッと思っていたんです」と言ったんです。その後暫く私も黙って聞いていたんですが、彼はこう言いました。「僕は、息ができなくなってうずまって、ほんとにリアルに死を感じた時に、僕の心の知らない奥から僕は生きたい≠ニ叫ぶ声が聞こえたんです。ほんとは僕は生きたかったんです」。
それで彼は意識をなくしたんでしょうけども、こう言いましたね。「遠くから神様が死の方に引きずり込まれる僕を、逆に生きる方に引き戻してくれた」。彼はそういう表現を初めて使ったんじゃないでしょうかね。そういった自分の言葉に彼は感動したのかな、自分で。〈あ、これが言いたかったんだ〉と、彼は思ったんでしょうね。あんまり泣かない子ですよ、彼は。それが私の前でわぁっと泣きました。周りに食事の後、みんないたんですけどね。いやぁ、これはなんと言いますか、人間業ではないですね、と、私は思いました。これにもう一つ話が加わるんですけども、実はあの時、必死で下級生である彼と同室の男の子なんで、彼はその数日後に、夕食の後、私のところに来て、あんまり言葉でものを表現する子ではない二年生だったんですけど、彼が、「先生、話聞いてください」というから、珍しいなと思って、ジッと聞いていたら、こういうんですよ。「僕はあの時、もう彼奴が死んじゃうんじゃないかと思って。ただ名前を呼ぶことしかできなかった。(搬送する車の中ですが)〈あぁ、死んじゃう〉と思った時に、僕は突然祈っていたんです。神様!≠チて祈っていたんです」。そんなことを絶対言わなかった子ですね。そして、「そうしたら、ほんとに心が平安になったんです。僕の中にあの時あった不安と恐怖が和らいで、勇気と希望を与えられたような気持ちになりました。もしもあの経験が僕の中での最初で最後の出来事だったとしても、僕ははっきり見ることがある。それはこの世には人間の想像を超えたとっても大きな何かが存在する、ということです。それを先生に伝えたくて来たんです」。いやぁ、限界を超えた向こうの世界に触れているんですね。これは一つ私の中にあるもので、なんか要するに、神様によってというか、人間を超えた実在によってのみ開かれる人間の可能性というものがあるんだということを、私は教えられた気分であります。人間の可能性なんですが、自力では決して開かれない人間の可能性がある。ああ、こういう形で開かれていくということがある。これはほんとに教えられた経験の一つです。私の信じた世界の中でしかものを言えないんですが、その創造主と言いますか、人間を造った創造主は数を問題にされない。本当のことと言える真理性を含んだ出来事というのは、やっぱり一人から始まっていく。歴史を見ると、それを凄く感じます。歴史を超えて普遍的な出来事というのは、一人から始まっていく。それも自らの限界のところで倒れた人間、それがその先にある普遍の世界に出会った時に、そのものの一人から真の普遍的な平和を目指す出来事というのは起こっていくことを改めて感じます。そういう普遍的な真理に根拠をおく。希望ですね。光というのは、一人から一人へと伝わり続けていく。私はそれを確信するから、教育という業というのは、一人から一人への業です。決してマス(mass:大量、
多数)にしてはいけません。先ず基本はそこです。教育という業が本来的に内包する希望の原理というのは、ここに教則があるから希望の原理として働き続ける、こういう教育を進めていかなければいけないと思います。
 
     これは、平成二十七年九月六日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである