親鸞聖人からの手紙J他の諸仏、諸神をそしることなく―第二十七通
 
               武蔵野大学名誉教授 山 崎(やまざき)  龍 明(りゆうみよう)
 
ナレーター:  「親鸞聖人からの手紙」その第十一回「他の諸仏、諸神をそしることなく」、お話は武蔵野大学名誉教授の山崎龍明さんです。
 
山崎:  「親鸞聖人からの手紙」、本日は十一回目でございます。次回が最終回になります。本日は手紙第二十七通の「他の諸仏、諸神をそしることなく」こういうテーマでお話致します。阿弥陀如来の他力の教えと言いますと、すぐ自力の教えの人を軽蔑したりする人がいます。他の宗派や他の仏、菩薩など排斥する人も見かけます。親鸞聖人は一体どうだったんでしょうか。この手紙第二十七通は、このことを考える上で一つの示唆を与えてくれるようです。第二十七通は、関東の念仏集団の間で起こっていた異義―行き誤った理解について厳しく誡めています。加えて阿弥陀如来以外の仏、あるいは菩薩、あるいは天神、地祇(地の神)、こういうものに対する念仏者の行き過ぎた行動をたしなめていることが知られます。そこには浄土の教えに生きる者にとって阿弥陀如来以外の仏や菩薩がどのような意味もつのか、ということについて示されています。どういうことかと言いますと、私たちはどこまでも自己の力を頼みとして良いことをおさめ仏になることを目指します。しかし懸命になればなるほど、仏とは遠いところにある自分を発見することがあります。聖人は、自力の仏道とは、「我が身をたのみ、わがこころをはげみ、わがさまざまな善根(善い行い)をたのむ」ことと示しています。しかしその延長上に「仏」を見るということは至難のことです。親鸞聖人も例外ではなかったようです。九歳から二十九歳までの修道を捨てて比叡山を下り、吉水(よしみず)の法然上人のもとを訪ねました。そこで出会ったのが阿弥陀如来の教えでした。それは聖人にとっての人生の大転換でした。自己の可能性をどこまでも信じ、勉学、修道に励み、仏になるために生きる自力の仏道。一方、阿弥陀如来の誓いである一切の人々を救うという道に生きる、いわゆる他力の教え、まさに百八十度の転換でした。ここに至るまでにはさまざまな苦しみ悩みがありました。親鸞聖人の曾孫の覚如(かくによ)上人の子どもさん存覚(ぞんかく)という方が、親鸞聖人の比叡山上の胸中を察して、次のように記しています。
 
こころをいかに落ち着かせようと努力してみても、小さなさざ波がゆらゆらと動き、こころの中にさとりの月を見ようと励んでも煩悩の雲があらわれてそれをおおいかくしてしまう。(中略)名利(みようり)のためにこの世の交際をかさね、ただ名ばかりの修行に疲れてしまった。それはいたずらな修行であり虚しいかぎりである。そのような名利をなげうって、早く生と死を明らかにする道をねがわなくてはならない。
 
このように存覚上人は記しています。そして比叡山をおりまして、親鸞聖人は法然上人と出会います。この出会いが親鸞聖人にとりましては、大変な尊い生涯を懸けての出会いになるわけであります。さて第二十七通のお手紙ですが、ここは今申しあげた仏、菩薩を軽んずること、こういうことが中心になっております。ちょっとお手紙を現代語訳で読んでまいります。
 
まず、さまざまな仏や菩薩を軽んじ、神々をおとしめて粗末にするということについて、このようなことはあるはずもありません。これまで何度も生れ変り死に変りしてきた中で、数限りない仏や菩薩のおかげを受けて、さまざまな善を修めてきましたが、自力では迷いの世界を離れることができずにいました。ところが、このように果てしない過去から迷い続けている間も、仏や菩薩のお導きがあったので、出会うことが難しい阿弥陀仏の本願に今あうことができたのです。このことを心得ずに、さまざまな仏や菩薩をいいかげんに扱うのは、その深いご恩を知らないからに違いありません。
 
このように手紙には示されております。これは一般的に親鸞聖人の「神祇不拝(じんぎふはい)」神々を拝まずという意味で「神祇不拝」の立場と言われております。親鸞聖人は、書物『教行信証(きようぎようしんしよう)』の中に、
 
仏に帰依せば、つひにまたその余のもろもろの天神に帰依せざれ
 
だからブッダの教えに生きる拠り所を見出したら、その他のさまざまな神々に帰依をすることがあってはならない。こういう文章を引いておられます。あるいは他の『般舟三昧経(はんじゆざんまいきよう)』というお経には、
 
「みずから仏に帰命し、法に帰命し、比丘僧に帰命せよ。」
 
こういう言葉も見られます。要するに真実の拠り所であるブッダの教えを拠り所としたら、一切のものに心をよせる必要はまったくないんだ、ということであります。そしてそういう教えに生きる人は、逆に諸仏や菩薩という方々が、影の形に添うが如くに私には寄り添ってくださるんだ。その辺りを親鸞聖人は、
 
仏法をふかく信ずるひとをば、天地におはしますよろづの神は、かげのかたちに添へるがごとくして、まもらせたまふことにて候へば、念仏を信じたる身にて、天地の神をすてまうさんとおもふこと、ゆめゆめなきことなり。
 
こういう言葉で述べられております。要するに仏法を深く信じる人を、天地におられるすべての神々は、影がその姿に付き添うように、離れることなく護られるのですから、念仏を信じている人がこのような神々を粗末にしようと思うことなどあるはずもありません、こういうことになりましょうか。そしてこの手紙の中には、その後に出てくるんですけれども、
 
結局のところ、嘘いつわりをいい、間違ったことを何かと念仏者にいいつけて、その土地の領家(りようげ)や地頭(じとう)や名主(みようしゆ)が念仏をさまたげようとすることがあるのは、十分にいわれがあるのです。
 
ここに言われる領家とは、荘園の領有者のことですね、荘園を持っている方。また地頭というのは、幕府が任命する荘園の管理者ですね。名主というのは、田を経営管理して年貢等を徴収する者と、こういういわゆる力を持った方々、こういう方々のことであったと言ってもいいと思います。これらの方々が念仏を妨げ、念仏の人々を疎外することはよくあることなのです。親鸞聖人は、
 
よくよくやうあるべきことなり
 
こういうふうに述べておられます。それは権力に対して、単に反権力ということではありませんで、この辺りの問題は私たちの日常の中でもしばしば見られることであると、こういうふうに述べて、その次ぎにこういう言葉がありまして、
 
そのゆゑに、釈迦如来のみことには、念仏するひとをそしるものをば「名無眼人(みようむげんにん)」と説き、「名無耳人(みようむににん)」と仰せおかれたることに候ふ。
 
「名無眼人(みようむげんにん)」まなこなき人、「名無耳人(みようむににん)」耳なき人、こういう言葉が記されております。私は、要するに「眼無き人」、あるいは「耳無き人」というのは、「真実というものを見る眼がない人」、あるいは「真実なる教えを聞く気持ちと言いましょうか、その気がない人」というような意味に理解することができると思うんですね。親鸞聖人は、ですから『浄土和讃』という詩の中に、
 
無眼人(むげんにん)とぞなづけたる
無耳人(むににん)とぞのべたまふ
 
真実に反し、真実なるものを日常に埋没しまして、真実に常に背を向けている私たち人間存在―「眼無き人」「耳無き人」とこういうふうに表現をしておられます。これはもともとは親鸞聖人が尊敬された唐代の真宗七祖の中の第四祖の道綽(どうしやく)禅師という方の『安楽集』という書物の中に『目連所問経(もくれんしよもんぎよう)』というお経を引きまして、そのお経の中に「無眼人」「耳無人」という言葉がその経典の中に出てまいります。そして親鸞聖人のこのお手紙以外の和讃というものの中にも、「念仏をする者は、さまざまな諸仏、菩薩に護られるんだ」ということが何回も出てまいります。親鸞聖人が「現世利益和讃」というものを十五首お作りになりました。その中に、念仏する者は、諸仏菩薩に「よるひるつねにまもる」とか、「真実信心をまもる」という言葉が、およそ三分の一の五首に見られます。この「まもられる」というのは一体どういうことなんでしょうか。親鸞聖人の場合には、「仏に護られる」ということは、仏の教えを聞き、仏の教えとともに生きる人には一切の悲しみとか苦しみとか、そういうものがないということではないんですね。これは我々が生きるうえでそれらの問題は避けられないことは、私たちがそれを身に受けて生きていくしか他に道がない。だけど、生きていく力強い心が恵まれてくる。それが親鸞聖人が、「諸仏に護られる」という言葉で表現されていることが多く見られます。さてこれはしばしば問題になるんですが、親鸞聖人は「現世利益」をまったく説かなかった人だ、としばしば言われます。しかし私はこれは誤りだと思っているんですね。と言いますのは、中心であります例の『教行信証』という書物の中にも「現生(げんしよう)十種の益(利益)」と言いまして、ここで確かに得る利益が十種類あるんだ、と力を込めて述べておられる。「利益」と言いますと、まず物質的なものを私たちは連想しがちですね。要するにお金が入ってくるとか、病気が治るとか、あるいは寿命が延びるとか、こういったものが利益というふうに考えがちですが、インドの方の言葉では、「利益」という言葉は、翻訳しますと、「幸せ」という言葉に翻訳することができるんですね。つまり人間のゆるぎなき幸せ、これを実は「利益」というものなんだ、ということになるでしょうかね。しかし「利益」という言葉が歴史的にだんだん目先の物質的な充足を求めるようになっていったようです。ですから今宗教教団の間では、御利益競争のようなものになっていると言っても言いすぎではないんでしょうか。物質的な欲望の充足は、仏教の目指すところと真反対にあります。勿論私たちはいろんなものをほしいですし、願いを満たしたいんですけども、その延長上にはほんとの幸せがあるかどうか疑問だというのが親鸞聖人の教えですから、その仏教が目先の物質的な欲望を充足させるものとしてあるならば、それは何をかいわんやということになります。これもやはり親鸞聖人の和讃の中にこういうのがあります。
 
仏号むねと修すれども
現世をいのる行者をば
これも雑修となづけてぞ
千中無一ときらはるる
 
これはどういうことか。仏の教えを聞いて仏の教えを身につけようとしている人であっても「現世を祈る」というのは、目先の物質的な欲望、そういったものを充たすために仏法を学ぶ人は、「これも雑修と名づけてぞ、千中無一ときらはるる」と書いています。だから教えを聞きながら目先の物質的なものを充たすために仏法、仏教を利用しようとする方は、千人の中に一人も救われることはありませんよ。こういう言葉が親鸞聖人の和讃というものの中にも見られます。さて手紙にちょっと戻りますと、お手紙の中に念仏申し、あるいは念仏の教えに生きる人を、念仏する人をそしる人を、釈尊は、「真実を見る目がない人」、「真実を聞く耳がない人」といわれているということを先ほど申しました。これは親鸞聖人が大変尊敬されました中国の念仏者の善導大師の『法事讃』という書物を引用しまして、親鸞聖人はこう述べていらっしゃる。
 
さまざまな濁(にご)りに満ちた時代には、仏法を疑い謗(そし)ることが多くなり、出家のものも在家のものも争いあって教えを聞こうとすることなく、修行している人を見ては怒りの心を起こし、手を尽くして邪魔をしては互いに怨(うら)みを持つのである」と確かに仰せになっているのです。
 
これが善導大師のお言葉ですね。
 
この世のならいとして今念仏をさまたげようとする人は、その土地の領家や地頭や名主であり、それはいわれがあってのことなのです。あれこれというようなことではありません。「念仏する人々は、念仏をさまたげようとする人を哀れむ心を持ち、気の毒に思って心から念仏を称え、その人を助けなければなりません」と、法然上人は仰せになりました。このことをよくお考えにならなければなりません。
 
こう関東の念仏者に親鸞聖人は手紙に書いて誡められたわけであります。善導大師という方は「五濁増時多疑謗」と示していますが、「五濁(ごじよく)」と言いまして、五つの濁りの染まる時代、仏教でいう「末法思想」と言いまして、釈尊がお隠れになってから二千年経つと時代が非常に混乱してくる。そういう時代を五つの濁りの時代というんですけど、そういう時代は真実の教えに生きている人、多くの人が足を引っ張ったり、謗ったり、恨んだりするということが出てくるんだ。それは世の中の濁りというものの中では当然起こってくるんだ。それは世の中が乱れに乱れるという思想なんでありますけども、善導大師はそういう時代こそ真実―真の教えが人間にとって必要ではないか。要約するとこういうことになるわけです。さて善導大師はいくつかそれを挙げていまして、ここでは四つに整理して申しあげますと、仏法を疑い、教えを疑ったり、あるいはそれを謗る―教えを壊すということですね。謗る時代が悲劇として善導大師はいくつかこう挙げておりまして、
 
五濁増時多疑謗(多くの濁りに満ちた時代には仏法を疑い、そしることが多くなる)
道俗相嫌不用聞(出家者も在家の者も互いに争って、教えを聞こうとすることもない)
見有修行起瞋毒(修行をしている人を見ては怒りのこころを起こす)
方便破壊競生怨(あれこれ教えに生きる人の邪魔をしては互いに恨みごころを持つ)
 
こういう四つの考え方が横行するのが五つの濁りの時代、つまり「末法」と言われる時代の特徴・特質であると、このように善導大師は述べられる。それを親鸞聖人が先ほど申しあげたように纏められたものなんですね。
 
釈尊がなくなって久しく、時代が濁り混乱してくると、真実というものがますます見えにくくなります。真実を求める者(出家者)と一般の人が互いに争って、教えを聞こうとすることもありません。真実を求めるために懸命に励んでいる人を、かえってそしったり、怒りのこころを持ったりします。また、あれこれと手をかえて、邪魔したり、怨みのこころを持つようになります。
 
こういう内容のお手紙が残っています。親鸞聖人は和讃の中で、
 
五濁増のときいたり
疑謗(ぎほう)のともがらおほくして
道俗ともにあひきらひ
(しゆ)するをみてはあだをなす
 
今申しましたように懸命に仏道に勤しむ人を軽蔑したりする方々が多くなる。それが末法という時代なんだというふうに親鸞聖人は和讃で述べておられます。ここには「阿弥陀仏の誓いを疑ったり、謗るもの」とありますのは、私の言葉で申しますと、私たちのように世間に埋没して真実に背いているもの、と言っていいかと思います。ここから争いも起こってまいります。まさに私たち自身の日常の姿を言い当てた言葉であるとみることもできます。金銭、社会的な地位、あるいは名誉、果ては健康と言ったものを人間にとっての私たちはもっとも尊いものとするのが、私たちの世俗に生きる者の常ですね。「世間」という仏教語はそのことを示す言葉でありますが、その世間を出ることを「出世間」と言います。「出家」というのはこういうことなんですね。つまり世間を出るというのは、金銭、社会的地位、名誉、あるいは健康、こういったものが究極的に人間の幸せを実現するものではないという価値観。眼を持つ。私はこれを出家というものの世界であるとこういうふうに申しあげてもいいかと思います。ですから「出世(しゆつせ)」というのは、世間を出るとこう書きますが、「世間を出る」ということは、世俗の価値観を捨てて仏の智慧に生きるということが「出世」とか「出家」ということの大事な意味ではないかとこう思うんですね。さてこの手紙にありますように、さまざまな教えを取り違いという異義からさまざまな問題が関東念仏集団の中に生まれてきたんですが、度々申しますように、宗教には「異義」というものが大変付きまといます。常に異義というものが起こってくる。そういう内容を持っているんだと、こう申しあげてもよろしいかも知れません。ですからその間違いが間違いであると知るためには正しい教えと言いましょうか、私たちは正しい法を常に聞き学ぶということが大変大事な問題ではないか。そういうことを私はこの手紙の中から感ずるんですね。私たちの世界というのは、道徳とか倫理の世界、そして一方宗教の世界の目指すもの、こういうものとは明らかに違うわけですね。親鸞聖人の手紙には、
 
そもそも煩悩をそなえた身であり、悪いこころをおさえられない身であっても、まちがいなく往生するのであると思いなさいと、師や善知識も示されています。
 
こうあります。さらに、このようなことですから、「わざと悪事を好み、念仏する人々の妨げとなり、師や善知識の罪になるようなことをするなどということは、あろうはずがありません」と聖人は念を押されます。聖人にとっての最大の痛恨事は、「念仏の法」に対する誤解、教えに生きる者に対する中傷、あるいはそういう人を疎外するという。これは現実に関東の念仏教団で随分行われていたようでありますね。このような厳しい関東念仏教団に対して老骨にむち打つように一生懸命手紙を書いて、そして関東念仏者たちは少なくとも正しい教えに戻ってくれるようにと、四十三通の手紙を書き続けたのが親鸞聖人でありました。八十八の時のお手紙が最後ですが、まさに老いの身に懸命になって関東の人たちに正しい教えに帰依をしてほしいという情熱が、年齢を感じさせない厳しい言葉で手紙にはたくさん残されております。お手紙には、
 
弥陀の御ちかひにまうあひがたくしてあひまゐらせて、仏恩(ぶつとん)を報じまゐらせんとこそおぼしめすべきに、念仏をとどめらるることに沙汰しなされて候ふらんこそ、かへすがへすこころえず候ふ。あさましきことに候ふ。
 
念仏の法に出会うことさえ難しいアミダ如来の本願にであい、仏の御恩に報いようと思わなければならないのに、念仏が妨げられるようなふるまいをするのは、なんとも理解ができないことであり、嘆かわしいことです。
 
現代語訳すると、こういうお手紙であります。強い言葉で親鸞聖人は諫めております。先ほど申しました宗教にはさまざまな異義が付きまといます。それは純粋な教えそのものに関わるものと、あるいは社会との関わりの中から生まれる異義―理解の違いなどさまざまです。手紙の末尾には二つの視点からの問題があります。
 
一、教えを誤って理解するところから、あってはならないことが聞こえてくる
二、念仏する人々の中の間違ったことをいいたてる人々から誤りが起こる
 
こういった二つに纏めることができるかも知れません。そしてその後に親鸞聖人は珍しくかなり強い口調で、そういう誤りを犯す方々は「地獄に堕ち、あるいは魔王―悪魔ですね―魔王となるでしょう」と。実に親鸞聖人にとっては珍しい厳しい指摘があります。この念仏者の教えの取り違いからくるものは、この人自身の罪でありまして、すべての念仏者の罪であるとは言えません。つまりその人一人に限る罪であるということをよくよくみなさまはお考えください。こういうふうに念を押しておられます。この後には先ほど申しました関東の念仏者教団が如何に異義、異端の坩堝の中にあったか。そして少なくとも正しい教えに帰らなければならないというお弟子方が、なんとかしてという思いで京都の親鸞聖人にお手紙を送ったのでありましょう。そしてそれに懇切丁寧に聖人は筆を執られた。これが親鸞聖人のお手紙の全体像ではないかと、このように考えながらいつも親鸞聖人のお手紙を私は読み学んでおります。
 
     これは、平成二十八年二月十四日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである