心の軌跡―日本人比丘に聞く
 
           英国アマラワティ僧院副僧院長 アチャン・ニャーナラトー
 
ナレーター:  今、イギリスで現代の人々の不安を受け止め、ブッダの時代の教えを守るテーラワーダ仏教を教える日本人比丘(びく)がいます。アチャン・ニャーナラトー師、五十七歳です。「死すべき存在である人間に、人生に一体何の価値があるのか」。ニャーナラトーさんは、二十歳の頃にそう自分に問い、東京大学の医学部を卒業後、インドに渡り、タイで出家しました。西暦二千年にタイのお寺の分院であるイギリス・ロンドン郊外の僧院に移り、若い僧侶や一般の人々の指導をなさっています。アマラワティ僧院副僧院長アチャン・ニャーナラトー師、その心の軌跡を日本に里帰りなさった折に伺いました。
 

 
聞き手:  ニャーナラトーさんご自身の人生について、これから伺っていきたいのですが、今から三十年余り前に、京都大学医学部をご卒業なさって、医師の国家試験も合格なさったと聞いています。その直後にインドやタイへと旅に立たれ、それから出家なさったと伺っています。ニャーナラトーさんは、どうして医師ではなく、宗教者の道を選ばれたのですか?
 
ニャーナラトー:  先ず「宗教者としての道を選んだ」と、今おっしゃったんですけど、結果としてそうなりましたけれども、その時に〈これを選ぶ〉とかいう強い自覚とか意識的なプロセスではなかったですね。それで大学以来、医学部の六年間のうち、約三、四年ぐらい経った時に、どう言えばいいんですかね、人生に対するちょっと解けない問いというか、が強く、言葉で括るとしたら、「人生の意義」というか、そういうことが非常に強く湧き上がってきて、生きることと死ぬこと、つまり人間みな必ず死ぬ。その死の前に、あらゆる価値とか、意味とかというものが無力であるというか、そのことの自覚ですね。それは初めてではなかったんですけどもね。子どもの時、それこそ小学校の高学年ぐらいの時にも、あれっ!というようなことが、突然気持ちの中にあったりはしたんですけれども、まあ何とかやり過ごしてきたというか、未解決のままだったと思うんですね。それは大学の四年ぐらいだから、二十歳をちょっと越しているぐらいの時に、多分誤魔化せなくなったというか、どうにもならないというか、あまりにも強くあるので、今までやってきた、つまり医学部に入ってこれからも続けていこうということが、あまり立たなくなったという、そんな感じでしたですね。インドへ行くともう顔付きが違う。もう海外だし、全然違うところへ来たという。勿論それがショックと言えばショックなんですけども、その時、僕は何をしたかったかというのは、やはり「ほんとにゼロになりたいと。裸になるというか、何にもないところでやり直し―やり直すじゃないですね、そうなりたい」って。そのために日本という自分のバックグランドから離れてしまって、ということだったです。インドに一年居て、まあもっと居たかったんですけど、ビザがもう出ないというんで、しょうがないんで。でも日本に帰るのはまだというか、気持ちとしてはまだ始まったところと言った方が正直な。で、タイのお寺とか瞑想センターを一箇所一ヵ月、二ヵ月単位ぐらいで滞在していたんですね。ほとんど一年ぐらい経ちましたですね。インドに一年、タイに一年で、それで最後に来たのが今のお寺です。アーチャン・チャー(1918年、タイ東北部イサーン地方ウボンラーチャターニー近郊に生まれる。二十世紀のタイにおけるテーラワーダ仏教を代表する僧侶の一人。アーチャン・マンに師事。1954年、生地近郊の森に自らの僧院であるワット・パー・ポンを設立。1975年にワット・パー・ナナチャットを設立。多くの外国人比丘を育てる:1918-1992)と言って、僕らの寺の本山を開いた人で、一九九二年に亡くなっているんですけれども、こういうテーラワーダ仏教の、ということは、二千五百年前の―だから日本の方が「原始仏教」と言われるその通りで―二千五百年前のお釈迦様とか、そのお弟子さんたちがされていた衣を着て、もう同じような生活スタイルをする、ということがあって、しかも一生そこにおいているんですね。特に最初の三年―出家・得度してから三年ぐらいは大変でしたですね。
 
聞き手:  どのように大変でしたか?
 
ニャーナラトー:  大変な衣を着ているような―ちょっと変な言い方ですけれども、まだまだほんとにわかっていない。その一方で自分が求めているものの大きさを、重さみたいなもの、自分が投げ出してきたものの重さ、つまり日本で大学を出て、そういういろいろな社会的、普通であればやるべきことをやらずに、あるいはいったん停止して出てきているのが、そういう犠牲を払って来ているわけですよね。まあ人にも、家族にも、みんなにも迷惑を掛けているし、極端なことをしている。で、今やっていることに、〈ああ、もうこれだ〉となっていれば、バランスは取れるわけですけど。まだそんな―今始まったところですから、〈自分はどうなるんだ、一体何をやっているんだ。終わりはあるのか〉みたいな、そういう苦しみ、あがき、惑いみたいなもの、それは出家以前からもあるし、出家してからもあるわけです。今三年と言いましたけど、そうですね、三年ぐらい多分その気持ちはずっと持続していて、結局時間を掛けて、こうなんか少しずつ少しずつヤスリで擦っていってだんだん減っていくのか、形がどうのこうのなるのか、ちょっと上手く言えないですけど、そういう時間の掛かるプロセスに身を置く。同時に時間を掛けるしかできないことでもあったと思うんですね。生活の形態が決まっている。それがお寺のルーチンであったり、戒律ということであったり、そういう枠組みの中で生きていく。その中で自分の心がいろんな反応する。〈これはいい、これは素晴らしい、今日はいい、できる〉。逆に〈何でこんなことになっているんだ。ダメなんじゃないか。あるいは理解できない〉そういう感じとか、自分の中のいろんな考えとか、いっぱい出てくるわけです。世の中に生きている時って、世の中普通ですと、それをどうすれば素晴らしい考えが持てるかとか、どうすればこの嫌な感情に関知するのかという形で、これは。だから不便だから問題解決しましょうとか、あるいは人と人の関係だったら、これおかしいから向き合って相談するなり、和解するなり、というふうな立ち向かい方ですけれども、その瞑想とか修行とかいう時には、そういう全部考えるとか、感じとかという、価値判断も全部引っくるめてその場に出会うという。ですから簡単と言えば簡単なんですけれども、世の中でやっていることとは、ちょっとのことなんだけども根本的に違うんです。世の中ではどうしてもそこに価値判断を付けて、「これがいい、だから次ぎこうしましょう」みたいな、しかし修行ではそうではないですね。もう徹底して〈あるまま〉なんですね。これが理解すると、なんかもの凄いことではないんだけど、それがわかると、あ、凄く楽になります。つまり自分は何か特別なことをするとか、特別に変えるとか、そういうことじゃないですね。自分の立ち位置がパッと変わることで楽になる。それにこう出会う。三年間、まあとにかく最初の間それがあります。そうですね、結局タイには十五年弱ぐらい居ました。西暦二○○○年にイギリスに移るんですけども。で、アチャン・チャの弟子で、タイ人は勿論ですけれども、いろんな国籍、特にたくさんの西洋人がいます。そして実際のお寺も世界中にあって、イギリスにもそれがあるということで、頂いて移りました。一年、長くて二年もいればいいかなぐらいの気持ちはあったんですけど、もう十五年、十六年になって、イギリスに行ったということは、凄く意味があるし、重要なことだったと思います。現代社会にあるイギリスという場所にいることで、仏教、あるいはテーラワーダの僧侶である形ということを、タイにいる時よりも、もっと自覚的に理解するという場所、機会になっていると思います。タイにいる場合は、まあ言えばテーラワーダ仏教という大海の中にいるような、大きな海の中にいるようなものだから、仏教の意味だとか、そういう問い掛けというのは必要がない、あるいは成立し難いです。ところが西洋に行きますと、「何故合掌で手を合わせるのだ?」とか、「何故参拝でこう頭を下げるんだ?」とか、そういうことも純粋な質問で出てくるわけですね。未知の異質のものですから。テーラワーダの僧侶って、仏教の僧侶って、この形は、まあ普通でない非常に変わった存在です。一体これ何なんだろうということを考えた場合に、今日この場での僕の纏め方、言うなれば、物事の真理と言いますかね、話がポンと飛びますけれども、最初の方に言った「本当の価値は一体どこにあるの?」っていう問いとか、探究というか、そういうことがあって、本当の価値とか、ものとか、そういうところではあり得ないんだということを、例えば日本のみなさんだったらよく聞かれる「諸行無常(しよぎようむじよう)」という言葉があって、「諸行」というその「行」というのは、もろもろの「物・事」なんですね―「物事」。それが「無常」常でない。日本の場合に、「無常」というと悲しい響きとかちょっと文学的な味わいがあるんですけども、仏教の教えとしては純粋に「どのようなものも一定のところへとどまるところがない、あるいは必ず変化していくものだ」と。だからどんな立派なものも衰えていくし、生まれたものは必ず滅していくという、仏教が説いている物事の真理は非常に大切なところなわけですけれども。そのことからして、「本当に大切なことは何だ」っていうことの答えっていうのは、そういう「物・事」、「諸行無常」の「行」の中にもってきても、答えが出ないという。だから苦しいというか。だから人生何の意味があるのとか、こんなことしても全部ダメなんじゃないのという非常に厳しいところに僕自身は追い込まれていたと思うんですけれども、本当の大切なものっていうのは、形とか、物とか事とかを超えているもの。ですから形とか、物にならないものを象徴的に示しているもの、そのあり方に通ずるものというのは、この比丘、テーラワーダ仏教の僧侶であるということを思うようになりました。ちょっと例え話というか、こんなことがありました。時々僕ら遊行に出るんですね。寺から出て托鉢の鉢とか、最小限のものを持って野山を歩いたりとか、いわゆる巡礼と言ってもいいんですけども―「行脚(あんぎや)」って日本語で―自分たちとしては寺という守られた環境から外へ出ることで、つまり僕ら托鉢に生きていきます。お金持つこともできませんから、その日その日托鉢で頂いたものを食べて、それでその日その日で生きていくということで、いろんなとらわれに巻き込まれない。自分の心を鍛えるみたいな機会になるわけですけれども。それで僕もイギリスに行って二年目ぐらいですかね、ある日街に立っていて、そうしたら初老の男性が自転車を押しながら来て―ちょっときつい顔付きの人で「お前は何やっているんだ」と聞かれたから、「托鉢です」と答えた。そうしたら彼は、「お前、仕事しないのか」という。これはまずいなと思って。それで彼は何と言ったか忘れましたが、もう一言二言言ったあと、「useless」と僕に言って去って行った。つまり「useless」ですから「役に立たない」。普通の意味で仕事をしていない、生産活動をしていない。それでこうやって食事を乞うているわけですよね。だからこれは「お前みたいなのは役立たずだ」と、そういう意味で「useless」と言って。托鉢の時というのは、ほんとにたくさん歩いているし、肉体的に辛いこともあるんですけど、やっぱり精神的にもけっこうタフでして、そういう時に「お前、役立たず」と聞くのはかなりショックというか、見えないパンチを貰った感じで。まあ歩いていて、ちょっと考えて、〈何なんだろうなぁ〉って、自分の心みながら、あ、それか。やっぱり日本でいわゆる一期一会(いちごいちえ)でいろんな人に会うけども、やっぱりどんな人にもやっぱり大事にされたいなという自分の正直な、甘いといえば甘いかも知れないけど、正直な気持ちはやっぱり優しくして貰いたかったなという自分の気持ちがあった。それに出会うことで、あ、なんか苦しみ気持ちがかなり落ちました。さらにちょっと考えるというか、吟味していると、「useless」と言って、この世の中を、「この人はuseful―役に立つ。この人は、あるいはこのことはuselessだ。「useful」と「useless」というところだけでもし見ると、そういう物事の取り方しかできなければ、「useless」というのは、すぐかえってくる―遅かれ早かれに。それきついだろうなと思ったんですね。僕らこうやって托鉢で廻っていると、いろんな人の反応があるわけですけど、困っている人がいる、あるいはなんかサポートしたいというふうに心を、そういう一期一会というか、ができる人もいる。そういう心のあり方があるんだけど、あの時の場合というのは、「役に立つか、立たないか」という尺度でしか見ていない。あるいは切り方になっている。でもそれは同時に自分にもかえってきかねないというか、で、それを一つの象徴的なといいますかね、僕らこの比丘、テーラワーダの僧侶の存在、あるいは宗教者と言ってもいいと思うんですけども、今このおじさんが言ったような「役に立つ、立たない―useless、useful」というところでしかものを見ない見方。無い存在というか、そういうことなんじゃないかって思うわけですね。
 
聞き手:  それはどういう?
 
ニャーナラトー:  つまり今「useful、useless」というのは、一つの例ですけれども、世の中でいくと、「成功、不成功」、あるいは、「幸せ、不幸せ」とか、「勝ち負け」とか、あるいは修行でさえ、「こんな瞑想の境地に達した、これができた、これができない」。そういう「勝ち負け」、あるいは「手に入れる、手に入れない」。そしてさっき言った「役に立つ、立たない」―「二元論的」と言えば、そう言ってもいいんですが、そういう対立ですよね。だから物事、あるいは世の中の価値を、「これが生きることの価値です。これは人間の価値です」というふうにしてしまうと、そうでないものを否定する。ですから、その枠組みの中に入るものと、入らないものとの対立とか、争いとか、もうちょっと言えば、苦しみがある。それが普通人間社会で生きていく場合の非常にざっくり切った言い方をすれば、相対性の中にいるというか。本質と言いますか、僕にとって宗教、あるいは宗教的なものというのは、さっき言った正しい意味で、本質的な意味で、この対立―「正しい・間違っている」「強い・弱い」「美しい・醜い」「大きい・小さい」「好きだ・嫌いだ」「楽しい・苦しい」、そういう、ここは人間として生きていくうえで当たり前のことなんですけども、でもそれによって縛られかねない事柄ですね。それを超えるというか、二元論的な対立という括りでもいいし、あるいは「諸行無常」という言葉で言いましたけれども、そういう世界といってもいいんですけども、それを超えるというか、それにもっとも正しい折り合いを付ける視点を与えてくれるというのが、宗教のあり方なんじゃないかって。いろいろ社会の問題はあるとは言え、イギリスも先進国の一つですから、まあ生活は極めて安全ですし、貧富の差はあっても、でもまあ世界のいろんな人たちの事情に比べれば十分裕福だし、実際裕福な人でもなんか不安、落ち着かない、拠り所がないという感じがよくあります。みなさんとよく話さして頂いたり、あるいはもう一回自分のことを振り返ってみたりした場合に、これは正しい意味での自信ということの話なのかなと。で、「自信」というのは、「自らの信」と書くわけですね。それは最初は「自らを信ずる」ということも入っていると思うんですね。その自分というのは、「あなたはこういうものを持っているから支援になりますよ」「あなたはこういうことができるから、社会に貢献しているのです」って、そういうレベルで人間の幸せとか、意味とか、価値を考えている。まあ確かに西洋社会というのは、そこを研ぎ澄ますように、いわゆる発展というか、社会的歴史を重ねてきたと思うんですけども、決して人間はそこでほんとの意味で幸せになっているかどうか。むしろ僕の印象としては、不安であったり、自信を失っている。でもそれは自信を失うわけにいかないから一生懸命それをカバーして、自信を作っていっているんだけど、それは今言ったように、意味がある、価値があるというところで頑張っているから、しんどいですね。正しい意味で、本当の意味での自信を持ってほしい。というのは、自分を信じる。その自分を信じるというのは、こんなこともできる自分とか、こんな役職の自分だとか、こんなものである自分ということを信じるとしたら、ヒョッとしたら、今日これできるけど、明日できなくなるかも知れない。今日こういう立場だけど、あした失うかも知れない。その自信は恐いですね。諸行無常―すべてのものが変化する。でもそういうものに、「私の人生の意味は、私の意味はこうだよ」というと、それが変化した時にuselessになっちゃう。恐いですね。だから不安。そういう意味での自分への自分を信じるんじゃなくって、何々を信じるじゃなくって、「自ずと信じる」というか。「自」という「自ず」というところを、逆に自分じゃなしに、「そのままにある信」みたいな。瞑想とか、修行という時でも、ほんとに大切だなと思うのは、「あるがまま」という、「そのまま」ということ。それでそれ以上でもそれ以下でも、右でも左でもなく、そういって「そのままで」というあり方を学ぶというか、そういう心のあり方とか、もののあり方、全部一切引っくるめて、物とか、事とか、感じとか、思いとか、まったくそのままで何にも問題ない。そのままで何にも問題ないという。イギリスにいることで、テーラワーダの僧侶としていることも、これはわけのわからないuselessの塊みたいな存在を、イギリスのロンドンの近郊にいるわけですけどね。ロンドンとか、ほとんど行かないんですけど、街中に行ってショーウインドウに映っている自分の姿を見て、えっ、自分でビックリします。全然世の中にマッチしないですね。二千五百年前からのそういう変わった格好と言えばそうなんですが、でもこうやって頭を剃って、こういう格好をしているということのあり方の意味というのは、そういうことだと思うし、だからこそ意味・意義もあるだろうなと。uselessだけど、そんなことを、そこで生きているんじゃないというか、「useless、useful」役に立つとか、役に立たないを超えたあり方をこう象徴的に指し示している。それも二千五百年という時間の中で指し示しているという存在、あり方だということを、なんか特にイギリスに来てから気付かせて頂いているんで、有り難いと思うし、なんかそんな感じですね。
 
     これは、平成二十八年六月二十六日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである