生死一如を生きる―平井謙次先生の世界
 
                    和歌山市在住 北 原  ゆ り
                    き き て  金 光  寿 郎
 
ナレーター:  今日は、生死一如を生きた平井兼次(ひらいけんじ)(昭和9年、和歌山県湯浅町生まれ。中学2年生の時、リュウマチ熱に罹患、重度の後遺症である心臓弁膜症を併発。以降、3度の心臓手術を行なうも、生涯を心臓病とともに暮らす。30才頃より断食・座禅・ヨガ・食養など東洋的な思想に学び、国際総合ヨガ日本協会理事・同関西連合会副会長などを歴任。太陽ヨガアシュラムを主宰。昭和46年、二葉産業設立。昭和53年、太陽保育園開設。昭和58年、断食を発端とした勉強会をスタート。平成十七年逝去)さんの世界について、和歌山市の北原ゆりさんにお話頂きます。太陽保育園の理事長だった平井さんは、若い時の見性体験で知った生と死が一つの世界であることを人々に伝えて、平成十七年に亡くなりました。今日は、この教えをもっともよく聞いて受け継いだ一人、北原さんに「生死一如の世界」についてお話頂きます。聞き手は金光寿郎ディレクターです。
 

 
金光:  平井先生のお話を聞かれるようになったのは、何年前ぐらいですか?
 
北原:  私が初めて先生の勉強会に寄せて頂いたのは、確か一九九○年だったと思うんです。先生が亡くなられて、もう十年になりますから、ザッと十五年間先生に師事して教えて頂いたと、
 
金光:  いろんなことを教えて頂いているんだろうと思いますが、印象に残っていることというと、例えばどういうことがございますか?
 
北原:  やっぱり一番残ったことは、平井先生が、「自分の人生というのは、自分がつくっているんだと。誰かのせいで自分の人生がこうなったとか、何かのせいで、あるいは社会のせいでというようなことは一切ない。全部自分の人生は自分が作り出しているんだ」とそうおっしゃられたことがやっぱり強かったです。印象に残りました。平井先生のおっっしゃる「自分」というのが、普通一般に私たちが考えているこの肉体の自分ですね―目に見える自分。それに限定しますと、とっても納得できないお話だったんですけども、平井先生のおっしゃる「自分」というのが、ほんとにもう深くて大きくて、その先生のおっしゃる「自分」というのが飲み込めた時点で、もうほんとにそうなんだということが深く、私は納得できたわけです。
 
金光:  でも、それは一週間や二週間じゃ無理でしょ?
 
北原:  そうですね。先ずですね私が一番初めに先生の勉強会に寄せて頂くようになったのは、先ず平井先生という方がどういう方なのか、ほとんど知らない状態で行ったわけです。で、たまたま私と主人が、父の興した会社を引き継いでおりまして、その仕事の関係で不動産の方の―どなたかご相談に載って頂きたいなということができまして、そう言えば平井先生が、太陽保育園の理事長さんでいらっしゃると同時に、不動産会社の社長さんでいらっしたなということを思い出しまして、で、連絡をさせて頂いたところ、すぐに飛んで来てくださったわけです。その不動産関係のお仕事の話がひとしきり終わりまして、で、お帰りになるというので、先生のお車のところへお見送りに出たわけですね。そうしましたら、先生がご自分のお車の中から『日めくりカレンダー』というのを取り出されまして、見せてくださったんです。で、まあそれを見せて頂くと大変に心惹かれる言葉が書かれておりまして、それを一日目、二日目というふうに見ておりましたら、先生が、「実は私はこういうことをお話する勉強会というのを開いているんです。毎週月曜日の夜七時から二時間です」って、「案に来ませんか」ということをお誘い頂いたわけです。当時私はほんとに夜も昼もない、お正月も盆もないというぐらいに、忙しい忙しい仕事ばっかりしておりましたので、とてもそういう会には行けそうにもないと。その時点では思ったわけなんですけども、なんか心に引っ掛かるものがありまして、で、当時中学二年生であった息子に、「こういう会があるらしいからあんた行ってみる」と聞きましたら、「行っていいよ」と、その子が言ったわけです。それから彼は一人でその勉強会へ何回か出掛けて行きまして、ある時帰って来まして、「お母さん、仕事なんかしている場合じゃないよ」こういったわけです。「今度一緒に行こう」と言いましてね。私は彼からそういう言葉が出るとは思いもしなかったものですから、
 
金光:  それはそうでしょう。
 
北原:  まあ一回ぐらいは仕事の方もなんとかなるかと思って、軽い気持ちで、「じゃ、次ぎ一緒に行こう」と言ったわけです。で、初めて行きまして、その雰囲気が「楽しい会だ」と先生はおっしゃったんですけども、まあほんとにみなさん身じろぐことなく、もうほんとにきちんと坐って、もう真剣に耳を傾けていらっして、「楽しい会、これが」という感じだったんです。ところがその内容がほんとに私にとっては聞きたいお話だったわけです。それを皮切りに結局最終的には主人も巻き込みまして、仕事しながらですけども、徹夜しながら勉強会には行くというようなことが始まったわけなんです。私が何故そこまで平井先生の話に引き込まれていったかと言いますと、私の体験をちょっとお話させて頂きたいんですけどね。先ず十三歳頃のことなんですけどね、学校からの帰り道です。友だちと一緒に歩いて帰っていたんですけども、ある地点で彼女が真っ直ぐ行きますし、私は左の方に曲がるんで「さようなら」するわけなんです。その時に、さようならをしてから、ポンと足下を見ましたら、小さな水溜まりがあったんですね。その水溜まりを見た途端にアッって。私は〈凄いものを発見してしまった〉と思ったんです。
 
金光:  何ですか? 何を発見?
 
北原:  その水溜まりがつい先ほどまでは空だったわけです。空の雨雲だったわけですね。それが雨になって降り注いで、で、地面に落ちて、大部分は地面に吸い込まれると思うんですけども、吸い込まれなかった分が、その水溜まりになっていたわけですね。で、その空だったのが今度は水溜まりになった。その水溜まりのそばに草が生えていたんです。その草が多分水を吸って成長するだろうと。じゃ、今度は草になるんだなと。
 
金光:  なるほど。
 
北原:  当時私の家には山羊を一頭飼っていたんです。その山羊に食べさせる草を刈ってくるのが私の仕事だったんですね。ですからその草を私が刈って、山羊に食べさせたら、今度はそれは山羊になるんじゃないかと。その当時まだ山羊はお乳を出していなかったんですけどね、私が、例えばそのお乳を飲んだら、今度は私になるんじゃないかと。じゃみんなどんどんと広がっていくんだなと。見ているものというのは、私は、山羊は山羊だ。空は空だと、それまでズッと思い込んでいたわけです。そうじゃなかったんだなと。見ているものは全部―まあ言えば、幻の姿だったんだなと。仮の姿だったんだなということに気が付きまして、暫くその水溜まりの傍にしゃがみ込んで眺めていたということがあったんです。それから同じ頃ですけどね、さぁ夜になって寝ましょうということで、パジャマに着替えて、普段は温和しくお布団の中に入るんですけども、その時はなんか気持ちがはしゃいだものがありまして、お布団の上に仰向けにポンと倒れ込んだわけなんです。その瞬間ですね、私はアッと―「アッ!」とほんとに叫んだんです。〈自分にはもう一人の自分がいた〉って。それは理屈とか道理とか、何にもなしに瞬間にそう思ったんです。で、〈そっちの目に見えない自分の方がほんとの自分なんだな〉と。〈今まで自分が見える自分を本物だと思っていたけど、これはほんとに影みたいなものだったんだ〉と。
 
金光:  その時は肉体を持っている自分の方がむしろ影のようなもんだと。それでもう見えないけれども、もう一人の自分、小さい自分じゃない、もっと、
 
北原:  大きいとか小さいとかという感覚はなかったんです。ただもう一人の自分というのが本体だと。で、私は今までの自分と思っていたのはもの凄く勘違いだったと、その瞬間思いまして、もう興奮してしまって、その晩は寝るところではなかったんです。
 
金光:  そうですか。
 
北原:  それがもう夜が明けるのを待ちかねて、母親のところへ飛んで行きまして、「私にはもう一人の私がいると。みんなにもう一人の自分がいるんだ」と言ったんですけども、その時母は、「何を寝ぼけているの」と言われまして。でも私の中では確信に近いものがあったんです、もう一人いるって。で、そそくさと今度は学校へ行きまして、友だちを次々と掴まえて、「もう一人の自分がいるよね」とみんなに話したんですけども、ほんとに全然通じなかったんですけど、「この人、何を言っているの?」みたいな感じで。こういう話は、私はみんな知っていると。どこかでみな知っているんだと。自分が初めて気が付いただけで知っていると思っていたけども、通じないなということを、その時に凄く感じまして、もうこういう話は人様にするのは止めとこうと思ったわけなんです。
 
金光:  それを平井先生に話しされましたか?
 
北原:  いいえ。平井先生には自分のことはほとんど何も言っていないです。
 
金光:  そうなんですか。
 
北原:  私は平井先生のお話を聞く一方、一方通行で、もう聞いて聞いて聞くだけだったんです。それから今度父が亡くなりまして、父は「人間の肉体というのは百二十歳まで生きられるようになったと。だから自分は百二十まで生きて、せんなんことがたくさんあるからそれをするんだ」と、そうズッと言っていましたので、私は素直なものですから、父は百二十まで生きるんだと思い込んでいたんです。ところが四、五日床に伏せただけで、アッという間に亡くなってしまったんです。白血病だったんですけどね。病名がわかった時点では手の打ちようがないと。そういう状態だったんです。それで亡くなった父を前にして、ほんとに悲しかったんですけども、その悲しみと同じぐらいに、もの凄い疑問が湧き起こってきたんです。「一体これは何なんだ」と。というのは、亡くなった遺体というのは、それこそ手も足も身体もちょっと前と何も変わっていないわけです。そのまんまあるわけです。それなのに一本動かさないと。瞼一つ開かないじゃないかと。一体これはどういうことなんだろうというので、まだ何かあると。「死んだ」とは、お医者さんは言うけれど、まだ何かあるという。それが自分の中に湧き起こってきまして、その何かを知りたくって、それから図書館通いが始まったわけなんです。その何かを知りたくって、「一体何があるんだ」というので、手当たり次第と言いますか、図書館の端から端まで、「これは」と思う本を借りてきまして、それをほんとに読んで読んで読んで、もう私が図書館では無理だと。こういう自分の疑問を解いてくれるのは、こういう中にはないんだということで、まあほんとに諦めたというか、もう自分自身でこれは解決するより仕方がないもんだなあと。ほんとに聞きたい話はもう無理だなと思っている時に、その平井先生の勉強会で聞くようになったんです。
 
金光:  そういう時期だったんですね。
 
北原:  そうなんです。平井先生のお話を聞いて、それまで、「なるほど、なるほど」と。「もう一人の自分に出会いなさい」と言われているけれど、「ああ、そういうことなんだ」と。それから平井先生からは、「全肯定、全感謝」ですとか、「自他一如」ですとか、私の知らない言葉をいっぱい教えて頂いたわけなんですね。でも何かもどかしさというのかあったわけなんです、「これだと掴めない」。そうしまして勉強会へ行き始めた翌年だったと思うんですけども、ある夏の日ですね、キュウリを食べたんです。キュウリを食べた瞬間に、アッと解ったんです。
 
金光:  ほぉ!
 
北原:  私はこのキュウリは食べられる。でもキュウリそのものを食べることなんか絶対できないと。それからその時に、蠅が―私の住んでいる町は田舎ですので、蠅がおったんです―蠅が一匹飛んできたんですね。で、私はこの蠅を蠅叩きを持ってきて殺すことはできると。でも蠅そのものを、蠅本体を殺すことなんか絶対できない。その時に、「あっ、キュウリも蠅も私もまったく同じなんだ」と。同じいのちを土台にして、仮に今蠅であり、キュウリであり、私であるんだなと。もう宇宙いっぱいの自分というものを、その時に見たわけです。ですから、その後で平井先生のお話聞いても、ほんとにもう納得、納得、納得・・と。平井先生がお話されることを勉強会で、みなさん聞いて、それでお終いになっていたわけですね。あまりにも勿体ないと。こういう話がもっともっとたくさんの方に聞いて頂きたいということで、「先生、お願いしますと。先生のお話を本になさってくださいと。どうか私にお手伝いさしてください」ということで、「じゃ、やってみよう」ということになりまして、それから二年ほどの間に四冊の本を、
 
金光:  そうなんですか?
 
北原:  先生がお話してくださったことを、私が原稿に起こすという形で、それが出版社に渡してということで、それで四冊の本を書かして頂いたわけですね。平井先生が、見性体験なさった時の「いのち」という詩があるんですけども、一番初めにこれを聞かせて頂いた時は、ウーンというものがあったんです。「鳴り通しの鐘の音」とかというのがありまして、でもそのキュウリの体験をしましてからは、ほんとに「鳴り通しの鐘の音、打ち通しの自分」というのを深く理解できるようになりました。で、その「いのち」という詩、ちょっとご紹介させて頂いていいでしょうか?
 
金光:  どうぞ。
 
北原:  釣り鐘の音
鳴り終わってどこへ行った
いったいどこへ行ったんだろう
釣り鐘の音
鳴る前 いったいどこにいた
いったいどこから来たんだろう
心しずかに内なる声を聞いたなら
ただいま即今鳴り通し
おまえさん
死んでいったいどこへ行く
内なる声を聞いたなら
ただいま即今ここにおる
 
というふうに、平井先生は言われたわけですね。私たちが、「一体何のために生まれてきたのか」ということなんですけども、最終的に六十億人ですか、今七十何億人ですか、世界中にたくさんの人が生きていらっしゃると思うんですけども、煎じ詰めればやっぱり幸福になるために生まれてきた。幸福になるために生きていると思うんです。不幸を目指して生きている人はただの一人としていないと思うんですね。で、「幸福」ということを、みなさん求めているわけですけども、平井先生は、「その状況次第で幸福になったり、不幸になったりするような、そういう頼りない幸福なんか求めてはいけないと。どんな状況の中にあっても、自分が幸福だと胸を張って言えるそういう自分を見付けなさい」と、平井先生は、そういうふうに教えてくださったわけですね。今がどれだけ幸せであっても、この相対世界の中では、必ず不幸というものを裏側にもっていますから、だから幸福であっても、また不幸であっても、不安というものがみんなあるわけですね。
 
金光:  両方とも別々のものじゃないという。
 
北原:  そうです。
 
金光:  不幸があれば、幸福があるし、一方だけということはあり得ないわけですね。ということをよくおっしゃいますけども。
 
北原:  はい。それでその苦しみの元になることは、執着を持つことだと。執着を持つから苦しみが生まれるんだと。そう言われていますね、昔から。
 
金光:  そういうふうに人間って、ある程度できているということも言えるわけで、すぐいろんなことを考えるように。
 
北原:  「執着を持つな」と言われても、それは無理だと思うんです。何に対して執着を持つかというと、まあ「あのことか」「このことか」いろいろ考えますけども、最終的にはやっぱり「いのちに対する執着」だと思うんです。時代劇なんか見ていましても、「どうぞ、命だけはお助けください」という場面がしょっちゅう出てきますから、最終的にはどなたでも自分のいのちに対しての執着を絶ちきれないんだなと、そう思うわけですね。で、その執着は私は持ったままでいいと思うんです。放さなくてもいいと。ただ本来の自分というものに気が付いた時点で、自然と執着から離れられるんじゃないかと。
 
金光:  そうですね。
 
北原:  ではその「本来の自分というのは、一体何なんだ」ということですけども、そこを私がハッと気が付いたのが、空に浮かぶ虹なんです。虹の橋ですね。あれを見た時に、「なるほどな」ってわかったんです。どういうことかと言いますと、虹になる前は、光というのは無色透明ですね。無色透明ということは、私たちの五感には触れないものですね。あるかないかもわからない。ところがそれにプリズムを通した瞬間ですね、中からいろんな色が現れ出るわけですね。それはいろんな虹に―七色と言っていますけども、七十色でも七百色でも無限にいろんな色と分けることができると思うんです。で、そのプリズムを外した途端ですね、また無色透明で、色は無くなりますね。それを見た時に、「ああ、無色透明の光というのは、いわば神様・仏様だ、と。そしてまた命の世界と置き換えることができるなと。そして現れ出たその色というものが、私たち一人ひとりのこの肉体のある状態なんだなと。そして縁がなくなれば―プリズムを外せば、また見えなくなる。見えなくなった無色透明の光の中に、じゃ赤だの青だのがなくなったのかというと、そんなことはないわけで、もうズーッとあるわけですね。もう大昔から未来まであり続けているわけです。ただ見えるか見えないかだけの違いだと。それを私たちの人生に置き換えてみた時に、私たちはその大きないのちの中から、仮に今、赤だの青だのという状態で現れて見えているんだと。私たちにそういう状態に見せているものは縁ですね―プリズムに相当するもので、両親ですとか、時代とか、場所とか、そういうものが縁となって私が現れていると。縁が無くなれば私は見えなくなるけれど、私がなくなるわけじゃないと。ズッとあるんだと。また自分に相応しい縁が現れた時に、自分はまた肉体の衣を持って生まれ出ると。じゃその時にどういう生き方をするかということですけども、今までの自分の色合いというものがあると思うんです。ですからその続きをするんだと。個性のある私は、いつ生まれ変わっても、私の個性を持ったままの、そのままの状態でまた続きをするんだなと。ちょうど昨日寝て、今日起きて、昨日の続きをするのとまったく同じことじゃないかと。それと、その「自他一如」ということですけども、自分と他人がまったく同じだというのも、もともとは無色透明の中ですべてがあったんだと。それは今仮に枝分かれして見えているけれど、もともとはまったく一緒のものなんだ、ということがわかったわけですね。私は、よく映画見たり、本を読んだりした時に、そこへ出てくる登場人物の思いがどうして自分にこれほどわかるんだろうと。不思議だなと。外国の人が書かれた本にしても、大昔の人が書かれた本にしても、ほんとにその心情というのがわかることの不思議さというのを思っていたんですけども、勿論それは自分のことだったんだと。同じ色を持っているかわわかるんだと。その時も納得したわけです。で、実際に私たちは、そういう虹を見て、「あ、あれは私なんだな」とか、現実感としてはなかなか思えないんじゃないかなと。
 
金光:  それは思えないですね、なかなか。
 
北原:  それはそれ、これはこれ、現実の私はもうほんとに四苦八苦して大変なんだと。虹どころの話じゃないんだと思われることが多いと思うんですけども、やっぱり自分の根底に、本来の自分というものはどういうものなのかと。生き通しの自分だということをしっかり持っていると、持っていないとでは、全然違うんじゃないかなと思うんです。では現実の生活の中で、どう生きたらいいのかという時に、平井先生のお出まし、「もとはこちら」なんですね。平井先生は、「もとはこちら」とおっしゃったのは、「自分が体験したことの、そのすべての原因は自分にある」ということですけども、これも深く深く掘り下げていきますと、無限の自分というのに行き当たるわけですね。これは本性だけの話ではなくて、例えばですね、身に覚えのないことが起きてきたと。全然自分はそういうことをしていないのに、こういうことが自分の身の上に起きてきた、という時に、生き通しの自分というものをわかっていないと、ほんとにこの世の中は不公平だと。もう何で自分がこういうことになっていくのか。この先もどういうことになっていくのか。自分の人生の舵取り自分でできないとなってしまうところが、ズッと生きている自分ということを考えた時に、「ああ、自分が過去にそういうことをしてきた結果、そういう色合いが付いたんだ」と。赤が好きだと思う人が、赤をどんどんと取り入れていくから、赤が強くなってくる。黄色が好きな人は、黄色のような生き方をしてきたんだと。だからその今までしてきたことが、自分にとっては、何一つムダになることはないんだと。必ずそれが将来に生かされてくると。勿論反対の場合もありますね。ほんとに恥ずかしいようなことをしてしまった。やっぱりそういう因子というのは持ち続けているから、いつか自分が知らない時に、その結果が自分の身の上に現れてくる。だから何でこうなったのかという時に、必ず原因を過去の自分に求めるという生き方をすると、争いはまず起きてきません。それはもう全部六十億人、七十億人の人が全部それをしたところで争いになることはないわけです。
 
金光:  そうできればね。
 
北原:  ところが、「あれが悪いからだ、これが悪いからだ」と言っていると、もうほんとに争いの世界が起きてくるわけですね。それだけでは何にもほんとに得るものがないわけですね。だからもうほんとに生き続けている自分ということを、もう心底みなさんにわかって頂きたいなと、私は思います。
 
金光:  ただもう現実にはなかなか難しい、
 
北原:  そうですね。私も「もう一人の自分がいる」ということに気付いた時も、それを他の人にわかって頂くということは、もうとても無理だと思ったんです。ですからこの生き続けている自分ということも、その言葉でどれだけ説明さして頂いても、やっぱり難しいだろうなと。でも何かの拍子にほんとにそういうことを知っていると結び付く時がくると。
 
金光:  そうなんです。そのことを、だからそういう事実があるということを、現実にそういうところに生きた人がお出でになったと。いらっしゃるということに気が付くだけでも、何かの時に「あぁ、これか」というふうに思い当たることがあるだろうと思いますが、ありがとうございました。
 
     これは、平成二十八年七月十七日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」に放送されたものである