霊性のめざめ
 
              エッセイスト・淑徳大学客員教授 岸 本(きしもと)  葉 子(ようこ)
一九六一年、神奈川県出身。神奈川県立湘南高等学校卒業。東京大学教養学部教養学科相関社会科学専攻卒業後、東邦生命保険相互会社に入社。就職体験を綴った『クリスタルはきらいよ』を在職中に出版、ドラマ化もされる。その後、退社して中国の北京外国語学院に留学。帰国後、文筆生活に入り、数多くのエッセイ集を出版。二○○一年には虫垂癌と診断され、その手術・治療体験を二○○三年に『がんから始まる』として著した。その後も積極的な文筆活動を展開し、ガン克服キャンペーンにも参加している。
              き き て           上 野  重 喜
 
ナレーター:  今日のタイトルは、「霊性のめざめ」。霊性についてエッセストで作家、俳句でもご活躍の淑徳(しゆくとく)大学客員教授の岸本葉子さんに、ご自身の体験を交えてお話頂きます。聞き手は上野重喜ディレクターです。
 

 
上野:  今日は、岸本葉子さんに「霊性のめざめ」ということでお話頂くんですが、
 
岸本:  はい。そうですね。霊性ということに関心が出てきたのは、四十歳を過ぎてからです。ただ振り返ってみると、ほんとに子どもの時、勿論「霊性」という言葉も知らない時に、例えば自分はどこから来て、今ここに家族の中にいるんだろうとか、死んだらどこにいくんだろうとか、そんなことは考えてはいました。鎌倉に住んでおりますと、ほんとにお寺や昔の人のお墓が近くなんですね。学校から帰って来てお友だちと待ち合わせをする時には、「じゃ、頼朝の墓でね」みたいに待ち合わせをして、ほんとに身近でした。そういったところに、例えばお友だちと別れて、夕方になっている。その時に、何かそこの側にある名前のないような石のお墓みたいなものが身近に感じられたり、あと鎌倉はとても山が近いところですので、その山深さに何か懐かしいような、ちょっと恐ろしいような、そんな心持ちがしたのを覚えています。今、日本で普通に幼稚園、小学校と上がっていくと、そうしたことは考えなく次第になっていきますね。
 
上野:  学生時代、東京大学に学ばれて、その後は一時お勤めになりましたけれども、北京の方の大学でも勉強されたということで、非常にこの知性派、理性派ということだったんじゃないでしょうか。
 
岸本:  そうですね。だんだんに普通に学校で教育を受けて、高校、大学に進むにつれてそうした自分はどこから来たんだろうとか、どこへ行くんだろうということは考えなくなりました。一つには、私たち、自然と科学的な態度というと、ちょっと大袈裟なんですけれども、その合理的な態度というものを、大きくなるにつれて身に付けていくんだと思います。自分との関係を一遍切り離して、客観的に見るのが大人らしい態度だとされる。例えば理科の実験一つとってもそうですね。観察者というところに自分を置いて、その物事とは切り離して考える。そういった思考を身に付けていく中で、次第に霊性とか、そういったところから遠ざかっていったんだと思います。
 
上野:  むしろ「霊性」と言いますが、「霊性」というと宗教的な響きがありますけど、そういうものとは遠ざかって、客観的、科学的、論理的、いわゆる理知的な方向を目指されたということでよろしいですか?
 
岸本:  はい。そうです。特に宗教と申していいのか、そうした世界に距離を置いていたことには、私が八十年代に学生生活を送ったということがあると思います。オーム真理教の事件で、教団幹部がいろいろ名前や年齢がニュースで報じられました。その人たちのほとんどがまさしく私と同じ八十年代前半ぐらいに学生生活を送っていた。その時学校のキャンバスではもう政治の季節は終わっていたんです。若者の物事を考える方向がどちらに向かったかというと、外側よりは内側、社会変革という形で世界と繋がるよりは、自分の奥に入っていくような方向があったと思います。出版の社会でも精神世界に関する本がとても多く出ていました。『チベットの死者の書』であるとか、「タオ(中国語:道)」中国の「道教」の「道」ですね、そういった本がたくさん並んでいたのを覚えています。そうした本の中に、何か新鮮さを覚えていました。自分はどこから来て、どこへ行くんだろうと言ったそういうことに新しい答えがこの精神世界という分野の本にあるのかなと惹かれる一方で、何かああいうようなものにはちょっと恐い感じがしてズッと距離を置いていました。
 
上野:  そのオーム真理教の同世代の岸本さんとしては、どちらかというと、宗教的なものを敬遠する方向の方が強かったんですね。
 
岸本:  強かったです。
 
上野:  その岸本さんが、霊性と言いますか、霊性という言葉の意味ですけど、どういうふうに捉えればいいんでしょうかね。
 
岸本:  はい。とても難しい問題だと思います。何か自分を超えた大きなものとの関わりを感じる、感じ方というか、心というか、そういったものだと思います。「宗教意識」と言っていいのかも知れません。ただ「宗教意識」というと、何か自分の外側にあるようなもの、自分の外側に何々教何々教というものが予めあって、それに対する関心というイメージがあります。でも「霊性」と言った場合、その外側に宗教があって、というよりも、自分の内側に何か頭を中心に生きている現実と、違う何かがあるんではないか。そういった内側からの求め出てくる、その方向性がちょっと宗教と霊性と違うのかなと感じています。
 
上野:  今日はその霊性の方、この霊性について、岸本さんが、お目覚めになった契機はどういうことでございますか?
 
岸本:  はい。四十歳の時に、ガンを治療したんです。それが一言で言えば、科学の恩恵と限界とを同時に感じる出来事でした。ガンの医療が発達して、一時は「死に至る病」と言われていたのが、お陰様で助かるようになって、そのお蔭で私も今生きています。それが恩恵の部分です。でも一方でガンは、人類が完全に克服仕切れていない病、例えばその時できる最大限の治療をしても、尚再発進行して死に至る可能性というものが残されている。そしてその可能性になかなか働きかける方法がありません。そういった病気をして、だんだんにその病気の周辺を知っていくと、例えばガンがもたらす痛みにスピリチュアルペイン(Spiritual Pain)というものがあります。何か「霊的な痛み」というんでしょうか。ガンの痛みは、四つに分けられていて、「体の痛み」、それから「社会的な痛み」―お仕事をどうしようとか、生活をどうしようといったことですね。それから「心の痛み」。「心の痛み」とは別に、「霊的な痛み」というのが、これは世界保健機構でも規定されていると聞きました。私はとても驚きました。「ガン」って医療な話なのに、私からすれば科学の最先端の方々が研究しているところに、この「霊的な痛み」というものに今取り組んでいるんだな、と、それがとても驚きでした。私は、ほんとに科学万能主義のような人間でしたので、ほんとに躊躇わず医療を受けて、最大限できることをして頂いた。それでも尚残る死の可能性、そしてそれに対する不安にどう対処していったらいいんだろうか、考えました。初めはあくまでも科学に回答を求めます。例えば体の方のことは、外科なり内科なりの先生にお任せして、心の方は精神科の先生とお話をしてみよう。その中で精神科の先生が、よく外国の精神科医から聞かれるのが、「禅についてのことだ」という話を聞いて、「禅」ってそう言えば、それこそ私の生まれ育った鎌倉にも禅寺があったけれども、全然知らないなと。それで少し知ってみようかなという気持ちを起こしました。ですので、とても遠回りして辿り着いた感じというか、例えば死の不安からすぐにお寺に行ったわけでもない。ましてや子どもの頃お寺が側にあったからといって、すぐに仏教にいったわけでもなく、あくまでも科学的な思考にどっぷりと浸かって、そしてその果てにガン医療を受けて、そこでの限界を知って、精神科医の先生とお話するうちに仏教の方にきたという、ほんとに遠回りをしました。禅の僧侶で作家でいらっしゃる玄侑宗久(げんゆうそうきゆう)(小説家(2001年芥川賞)、臨済宗の僧侶:1956-)さんと往復書簡のやりとりをする機会に恵まれたんです。
 
上野:  そうしますと、芥川賞作家でもある玄侑宗久さんが、お師匠さんと言いますか、岸本さんの禅を導かれた方と言ってもよろしいんですか。
 
岸本:  はい。そうです。
 
上野:  そこで発見されたことをお話頂きたいんですが。
 
岸本:  一番大きなことは、「私がこういのちを所有しているんではなくて、私を超えた大きないのちが、仮に私の生きている間に、私の中に宿るんだ」という、そのいのちと私の関係の捉え直しが一番大きかったと思います。玄侑宗久さんと往復書簡を始めて、初めの頃にこう言われました。言ってみれば、「いのちが大家さんで、私が下宿人だ。でも、私たちは知らない間に勘違いして、私が大家さんで、いのちが下宿人のような大家さん面(づら)をしてしまっている」。最初は全然わからなかったんです。だって私のいのちは、私の心臓が止まったら、あるいは脳波が平らになったらば、いのちはそこで終わりじゃない。私が大家さんでいのちが下宿人だ、と思っていました。その辺りは言葉でどう説明されてもわからない。そのわからせる体験の提案として、例えば「般若心経を唱える」ということを玄侑さんから提案されました。不思議なもので、「般若心経(はんにやしんぎよう)」を覚えて、今それを唱えていく時に、何か唱える時に、頭をチラッとでも、別のことが横切ると途端につかえるんです。例えば今日のご飯何かなと思うと、途端にそこでつかえてしまう。逆につかえずにどんどんお唱えを続けられる時は、自分が空っぽになっていて、ほんとに自分がたった一本の管のようなものになって、そこをお経がひとりでに通っていくような感じ。それは「私を無くす」というような経験は、このことかなと思いました。
 
上野:  「般若心経」を丸暗記されたんですね。
 
岸本:  そうなんです。
 
上野:  いろいろ難しい文字、漢字が並んでいるから大変だったでしょう。
 
岸本:  そうなんです。ただ面白いなと思ったのは、今までの私だったらば、「般若心経を覚えなさい」と言われると、先ず「これって何を言っているんだろう」と、意味から入ったと思うんです。けれどもその時は、「意味はわからなくていいから、音をとにかく覚えなさい」と言われました。今までの私のものの接近の仕方とはまるで逆に、意味を考えず、言ってみれば頭を働かせずに音を覚え、体を使って音を出していくという、そういった体験でした。
 
上野:  理屈で考えるということを全部排除するわけですね。
 
岸本:  そうなんです。理屈で考えるということを一度止めてみる。それはなかなか難しいので、体を使ってみるのが一番早道だったのかも知れません。
 
上野:  岸本さんなんか、特に理知な方でいらっしゃるし、理知的な方向を目指していらっしゃったんですから、まったくそこは違うあり方ですね。
 
岸本:  そうですね。今までほんとに頭でっかちできたので、理性がとても大事で、理性で自分をコントロールするということが、とても人として尊い生き方のように思っていました。そうした自分のすべてを自分の頭の制御下に置きたいという、そういった我のようなものがとても強い人間でした。けれども、「般若心経」はほんとに短いお経ですけども、それをお唱えする経験一つをしてみても、全然自分が自分をコントロール仕切れていない。自分一人(いちにん)のことすら制御仕切れるものではない、ということを実感しました。
 
上野:  岸本さんはそういうことで、頭でっかちの方から実践の方に移られたように思うんですけども、その「般若心経」を唱えられる。その他日々の生活の中でも、いわゆる禅を実践されるというか、そういったことを実施されたんじゃございませんか。
 
岸本:  例えば呼吸法というものがあります。これは玄侑さんではないんですけれども、身近なところで禅の体験ができました。私は、坐禅というのは、とにかく坐り方を教わるのだと思っていたんですけれども、そこで言われたのが呼吸のことでした。吐く息を細く長く吐いて集中するということ。それはそういうものかと思って、その時の体験は終わりました。ところがそれを実践する機会があったんです。ガンとは別のことで、手術を受ける機会がありました。それは部分的な麻酔での手術ですので、痛くはないけれども、頭はハッキリ目覚めているんです。手術をする台の上に寝て、自分の体に器械が付けられて、呼吸、脈拍ですとか、酸素ですとかの数字が、自分から見えるモニターのところに出ます。「さあいよいよ手術が始まります」というので、ライトがピカッピカッと付く。その時に私は、一挙に自分でモニターを見ていると、心拍数とか、上がったんですね。とても緊張している。その時に、〈あ、ここで坐禅会で教わった呼吸法、細く長く吐くということをしてみたらどうだろう〉と思って、してみると、途端にモニターの脈拍などの数値が下がって、そして自分の心も落ち着きました。これほどまでに、心と体というのは連動している、一体なんだな、というのを、それこそ数値で知ったという珍しい体験でした。
 
上野:  そういうご体験があると、やはり呼吸法とか、坐禅の効用とかを信じたくなりますでしょうね。
 
岸本:  そうですね。科学万能主義の私にも、数値で見せられるというのは、ほんとに説得力があることでした。私が迷ったのは、そうは言っても現実生活は頭で考えて、社会生活していく上での約束事でも何でも頭で考えて、自分を制御して、人との関係を保ち、スケジューリングをしていく。そういったごく普通の社会生活、日常生活の中では、今までの通り理性的な人間であるのが生きやすいかとは思います。ただそれだけではないと知ることというのは、とても私にとっても良かったです。日常生活においては、おそらくそれこそ小学校、中学校、高校と培ってきた生活態度、自分の保ち方でいくだろうけれども、それだけが生きるありようではない。生の実相ではないということを心において、また別のところで、例えばどこか自然の中に行った時に、自分の力を緩めて、自己解放というんでしょうか、そうした時間を持つ。そこでは何か樹でもいいし、川でもいいし、空でもいいし、風でもいいし、自分と何か大きなものとの繋がりをありのままに感じ取る。それをなんというか、理性の道具立てに還元してしまわない。例えば今こう感じて、何か心に曰く言いがたい気持ちが起こっているものも、例えば色彩の作用であるとか、温度の作用であるとか、そういった科学の世界のことに全部還元してしまわないで、その時の安らぎとか、高まる気持ちをありのままに受け止めようと思っています。
 
上野:  今日のテーマは、「霊性のめざめ」ということですが、禅なんかには悟りという言葉もありますけれども、霊性の目覚めというものを何か感じ取られたというようなこともございますでしょうかね。
 
岸本:  そうですね。今までの私はほんとに自分でこう計画を立てて、目標を立てて、それにその通りに生きることに喜びを覚えていました。例えばガンという局面になっても、これから例えば余命告知であるとか、いろいろ厳しい事態に遭うかも知れない。その時に揺らがない心の態勢を今から調えていかなければいけないという、準備をするというような意識がとても強かったんです。今何かそこまで先々の予測を立てて、それに備えていかなくても、もっとその時その時のありのままの自分で生きれば大丈夫じゃないかみたいな、とにかく不思議な安心感みたいなのがあるんですね。そうは言っても、今私はやはり死ぬのは恐いし、実際にそうした厳しい局面になったらば、また違うことを話しているかも知れないけれども、でも少なくとも今現在は、もっと何か自分を超えた大きなものの力を信じて、それに任せて、今現在を伸び伸びと生きていけばいいんではないかというふうな、そういったしらけた気持ちがあります。それはガンになる前の自分とは違うところです。
 
上野:  やっぱり理知的と言いますか、自分の将来を全部生活設計をきちんと立てて、計画的にすべてを理性的に計算してやっていくという生き方もありましょうけども、今おっしゃいましたように、なんか「大きなものにお任せする」というような心境を、岸本さんにおける霊性のめざめというふうに受け取ってもよろしいんでしょうか。
 
岸本:  はい。自分の小さな頭ですべてを制御するのではなく、「自分を超えた何かにお任せする」という態度を獲得したみたいな―ちょっと言葉が固いですけども、またちょっと驕った言い方ですけれども―それがもしかしたら霊性に繋がっていくのかなという気が今はしています。
 
上野:  そういうお気持ちになられる根底には、考え抜くんではなくって、「般若心経」をただ無心に、ただ丸暗記してお唱えするとか、そういう行為によって、それがお任せする心境になったりするものなんでしょうかね。
 
岸本:  やはり「考える」ということは、とても大事で人間に与えられた努力の仕方の一つだけれども、それと合わせて何か感じる、「体験を通して感じる」ということ、それも一つの道だと思います。その二つを併せ持っていくことが、霊性に近づく道筋なのかなと思っています。
 
上野:  そういったことで、岸本さんは、「般若心経」を暗誦したり実践していらっしゃるんですが、その他にもいわゆる日本の伝統的なことにもご関心があって、そういったことからもいろいろ学んでいらっしゃるようですが。
 
岸本:  そうですね。例えば私がとても習ってみたいと思っているものに弓があります。私たちが思う運動というのは、それこそ筋肉があって、それを頭で筋肉に指令を出して動かして最大のパフォーマンスを得るというのが運動だと思っていたんですけれども、何か弓の本を読むと、そういったものとは違う心と体の使い方があるように感じています。例えばほんとに少しずつ能に興味を持って能の本を読んだりすると、同じような不思議を感じます。聞きかじりですけども、お能では、ほんとに八十、九十の方が軽々と舞う。それこそ二十キロ近い衣装を着けながら、それは筋肉のピークが、例えば十代、二十代と言ったような従来の運動理論ではとても出てこないことです。その辺りにも体や心の使い方の何か日本的な知恵、あるいは東洋全体に通じる知恵かも知れません。例えば「腹」と言いますよね、「腹の文化」とか。私は、「腹」というのは、ほとんど意識したことがありませんでした。例えば立って両手を左右に広げて片足立ちをするようなバランスを取る運動をする時にも、腹にこう意識を集中させると、バランスが取れるんですね。その辺りはとても不思議でした。どうしても両手を広げて片足立ちをするというか、私たち末端に意識が行きがちですよね―手・足の末端。だけれども、自分の中心―腹を意識するだけで、それまでグラグラ揺れて仕方がなかったものがピタリと静止できる。こういったところ一つにも何か和の身体技法の不思議なようなものを感じます。
 
上野:  そこには「体と心は一つ」というふうな考え方が深く日本の精神文化の中にあるのかも知れませんですね。
 
岸本:  そうですね。私たちの馴染んできた思考だと、先ず体とその人間の認識を分けるというか、分けてこそそこでは臓器があって、それに対する技術が発達して、という。体と頭を分けることから、いろいろな科学が発達してきたと思います。でも分けるんではなくて、一つに繋がるところにも、そこにはそれでまた別の人間の叡智があるんだなと思います。
 
上野:  そうしますと、今「弓をやりたい」とおっしゃいましたけれども、霊性のめざめ、そしてこれから霊性をさらに磨き深めていかれるために、岸本さんが考えていらっしゃるこういう方向、これから課題にしたいと思うところはどういうことでしょうか。
 
岸本:  私は、禅や仏教から霊性にめざめるきっかけを頂きました。もう少し他の精神文化のようなものも幅広く知っていきたいと思っています。おそらく神道(しんとう)というんでしょうか、私たちが普通に自然―大きな樹とか、大きな岩に対して感じる何か、そこにもまた霊性に繋がるものはあると思います。また私は馴染みはありませんけれども、世界にはさまざまな精神文化があって、そこにもそれぞれの仕方で霊性を感じて、自分を超える大きなものとの関わりの中で生きている人々のありようというのがあるんだと思います。そういう意味で性急に何か一つの宗教にいくというよりは、さまざまなものに目を見開きながら、ほんとに宗教意識の一番核心、中心である霊性ということに対して、心を開いていきたいなと思っております。
 
上野:  これからも霊性について、霊性を深めて頂いて、私どもにいろいろ教えて頂ければと思いますけれども。
 
岸本:  大きなものばかりに目をとらわれずに、ほんとに日々のこと、例えば挨拶をきちんとするとか、あるいは使ったものを元に戻すとか、そんな小さなことからも、もしかしたら霊性に繋がるのかと思い、その辺りはちょっと自分を戒めているところです。
 
上野:  そうすると、身近なところから実践することが禅の心、あるいは霊性に通ずるのかも知れませんですね。
 
岸本:  そうですね。
 
上野:  どうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十六年六月一日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである