宮沢賢治 心の宇宙
 
                  宗教学者 鎌 田(かまた)  東 二(とうじ)
1951年、徳島県阿南市生まれ。1975年、國學院大學文学部哲学科卒業。1977年、國學院大學大学院文学研究科神道学専攻修士課程修了。1980年、錦城高等学校 (私立)講師(国語)。1987年、國學院大學幼児教育専門学校教員(倫理学・神道)。1989年、国際日本文化研究センター共同研究員。1991年、武蔵丘短期大学健康生活科助教授。1992-95年、国際日本文化研究センター客員助教授。1995年 ダブリン大学(アイルランド)ケルティック・スタディーズ客員研究員。2003年、京都造形芸術大学芸術学部教授。2008年、京都大学こころの未来研究センター教授。2016年、上智大学グリーフケア研究所特任教授、京都大学名誉教授。このほか、早稲田大学や國學院大學、上智大学の非常勤講師、東京自由大学運営委員長、猿田彦大神フォーラム世話人代表、有限会社ムーンサルトプロジェクト取締役等も務める。
                  ききて  西 川  啓
 
ナレーター:  今日は、詩集『春と修羅(しゆら)』を著し、生涯にわたって『銀河鉄道の夜』を書き続けた宮沢賢治の心の宇宙に迫ります。名作『銀河鉄道の夜』で、孤独な少年ジョバンニは、銀河鉄道に乗って遥か宇宙を旅しながら、親友カンパネルラにこう語りかけます。「どこまでもどこまでも一緒に行こう」。しかしその直後カンパネルラは、宇宙の深い闇の中に消えてしまいます。宮沢賢治は、深い喪失と孤独から、心の奥深くにあるものを見つめ続けました。お話は宗教学者の鎌田東二さん、聞き手は西川啓ディレクターです。
 

 
西川:  鎌田東二さんは、『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読』を書かれるなど、宮沢賢治の世界をこよなく愛しておられると聞いております。どうして宮沢賢治にそんなに惹かれるんでしょうか?
 
鎌田:  一番深い理由は、宮沢賢治の中にある宇宙性、宇宙的な感覚だと思います。彼の持っているその宇宙的な感覚というのは、ある意味でノスタルジック(nostalgic:郷愁を感じるさま)な部分もあると同時に、深遠(しんえん)というものを垣間見させるわけですね。特に『銀河鉄道の夜』を旅していって、ドーンと深い大きな穴が開いている。真っ黒な真っ黒な穴が開いている。そこのところをジョバンニとカンパネルラが見つめるシーンがあります。そのシーンの中にある非常に深い闇と深遠というふうなものが、私の中には非常にズキッとくるわけですね。こういう深さというのを童話の世界で描ききるなんていうのは至難の業だと思うんです。普通の童話にはそういう深遠はないんですよ。子どもが読んで幸せになるとか、楽しくなるとか、面白いというふうなものなんですが、これは怖い話ですね。その宇宙の深遠を見、相まみえるみたいなシーンがありまして、こういう畏怖を感じさせるような深遠を描けるということ自体を、宮沢賢治の最大の魅力と感じています。
 
西川:  今日はご一緒にインタビューさせていただきながら、やはり『銀河鉄道の夜』の中にまでやはり「どこまでもどこまでも一緒に行こう」というような「ほんたう(本当)のさいはい(幸)」「ほんたう(本当)のほんたう(本当)の神さま」ですか、「ほんたう」という言葉を賢治は繰り返していく。賢治の心の世界の本当というのは一体何で、どこにあるのかというか、そこを鎌田先生のお話を伺いながら、ちょっと探っていければいいなと思っております。賢治の心の本質というのはどういうところにある、どういうものなんでしょう?
 
鎌田:  賢治の心の本質は、まさに『春と修羅』という―彼が言う心象スケッチですね。詩集のタイトルそのものにあると思いますね。つまり春は光そのもの、これは久遠実成(くおんじつじよう)(久遠実成とは、法華経の教えにおいて、釈迦は30歳で悟りを開いたのではなく永遠の過去から仏(悟りを開いた者)となっていたが、輪廻転生を繰り返した後についに釈迦として誕生して悟りを開くという一連の姿を敢えて示したという考え方)の本仏(ほんぶつ)というものに象徴されると思うんですね。つまり永遠の仏様―それが春・光としてある。もう一方は、自分は修羅である。闇である。深い葛藤と苦しみを抱えている。光と闇に引き裂かれた自己というものは、賢治そのものの姿で、彼の心でもあった。その光りの方は菩薩を求める。ですから他者を救済しなければならない。その他者の痛みを痛みとして感受して、そしてなんとかそれに自分が手助けできないか。この世界の苦しみを救済できないか。そういう思いが非常に強くあって、それが自己犠牲的な行動にもなります。同時に世間からすれば非常に突飛な、彼は道楽息子のように思われてしまうわけですが、彼の羅須地人協会(らすちじんきようかい)(宮沢賢治が1926(大正15)年に農学校を退職した後、青年や篤農家を集めて稲作法や農民芸術論などを講義するために設立したのが羅須地人協会である)のような活動も含め、様々な自己犠牲的な行動になります。ところがもう一方で、すごい深い自責の念というか、孤独や闇の深さや自分はもう何もできない、どうしようもない人間だというふうに、自分を責める思いが一方でありますよね。そういうその自分の中にある闇というものを、真っ直ぐに見つめているような表現が、『銀河鉄道の夜』にやっぱり表現されていますね。天の川というのは、光っている銀河そのものの光の世界ですよね。その光輝く美しい天の川の中に、真っ黒な真っ黒な穴を見るわけですよね。それがどこまで深いか分からない。本当によく見えない。そういうその光と、光の中に闇が包まれて、それを自分の同士でもあると思っているカンパネルラと、それから主人公のジョバンニが一緒にいる。ここに宮沢賢治の心のありかというのか、本質が表現されているように思いますね。
 
西川:  その心のありか、それはどういうことなんでしょう?
 
鎌田:  つまり「春」と「修羅」を両方ともに抱え込んでいるという宮沢賢治の心ですね。つまり一方は光を求め、一方はしかし闇の中に引きずられているという、彼の葛藤の心ですね。
 
西川:  宮沢賢治という人は、果てしない心の旅路をした人ですよね。どうしてそこまで賢治という人は心の旅をこれほど深くして行ったんでしょうね?
 
鎌田:  宮沢賢治的な文脈でいうと、ズーッとズーッと自分は旅していて、そしてその旅というのは、輪廻転生(りんねてんしよう)(死んであの世に還った霊魂(魂)が、この世に何度も生まれ変わってくることを言う)という生まれ変わりの旅の中で、この宇宙の中の日本という国の東北の岩手県の花巻のこのところに生まれ育った。これを全体が彼の中で生まれてくること自体が長い長い旅路ですよね。そういうふうに彼自身も、まず生まれ変わりの輪廻転生のことを一つ前提にしていると思うんですよ。今時その生まれ変わりをそこまで真剣にというのか、リアルに感じ取る人は少ないかもしれませんが、昔の人が―インドでもブータンでもチベットでも、仏教徒の中にはそういう輪廻転生を自分の世界観の前提にしているというふうに言えると思うんですね。そういう輪廻観は、宮沢賢治の中にあった。そしてその世界も法華経の中には、「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏)という十界の世界。十の世界を描きますね。そのうちの「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天」という六道(ろくどう)(「りくどう」ともいう)を輪廻する。六道をめぐって、そして仏の世界へ解脱(げだつ)していくというふうな、そういうその旅路の捉え方、哲学があると思うんですよ。その永遠の世界というのは、輪廻の輪から離れて、そして御仏の世界へ参入していくことだ。それを究極的には目指しているとしても、その長い長いプロセスの中で輪廻していく旅路の中で、みんなが親子兄弟であった、そういう経験を縁の中で我々が持っている。そういうような考え方が宮沢賢治の中にはあった。だから殺生はできない。みんなが親子であったり兄弟であったりしたような、そういう世界であったんだから、というふうなことは、彼の中にはかなり一つの観念としてではなくて、ある種の存在哲理のような存在の捉え方としてあったと思うんですよ。そういう旅観というのが、まずある種宇宙観や世界観のようなものとしてあって、それは彼の一つの具体的なリアルな人生の中で、そういう永遠の感覚というのか、長い長い遠い記憶みたいなものがいろんなところに作用していくというのを、僕は感じるとこですね。
 
西川:  永遠の感覚ですか?
 
鎌田:  ええ。『銀河鉄道の夜』なんかは、それが一番よく表れている物語ですよね。銀河を列車が行くという。それは何処へでも行く緑の切符を持っていたわけですね。
 
西川:  それは「どこまでもどこまでも」というのは永遠への旅?
 
鎌田:  極まりのない果てしのない世界に向かって旅をし続けている。それは極まりのない果てしのない世界を支えている大きな働きは仏の働き。その仏様の世界に向かって自分たちはこう向かっているという、そういう世界観を、彼は中学生の時に獲得し始めて、その時に出てきたアインシュタインの相対性理論とか、天文学的なさまざまな知識が、彼の中ではドッキングしていった。そして物語としては、『銀河鉄道の夜』になっていった。そこには現代科学―まぁ当時の現代科学と、それから仏教の法華経的な世界観・宇宙観、そういうふうなものが宮沢賢治の中で独自な形で織物のように織り合わされているというふうに思います。童話の中にも、何度か出てきます。「如来寿量品(によらいじゆりようぼん)」が久遠実成の本仏ですが、永遠の仏のように描かれている仏の生命があるわけですね。宇宙的生命というのか、仏の生命・いのち。それが一つ彼の根幹にあったと思います。それからそういうものの力をみんなが受けているので、万物がすべてのものを―森羅万象がその仏の破片というか、星の欠片(かけら)のようなもの。仏という大きな宇宙的な星の欠片(かけら)を我々は分有しているんだと。その分有しているもの同志がみんな輝いて、そしてその仏の理念というのか、理想というものを実現していくことができる。それに向かって努力する者、行為する者、これは菩薩的なこの世にあるべき人としてのあり方だ。そういうふうなものに向かっているけれど、自分の中には、昔からこう闇が巣くっているので、そういうその自分の中にある様々な葛藤や煩悩や苦しみ、痛み、悲しみみたいなものが、自分を地上に引きずり下ろして、そしてその悲しみや痛みというふうなものをくれたり、自責の念を?き立てたりする。そういう闘いの心の戦場の中で、自分はどうやって生きていくのか。その理想に向かってどうやって進んでいくのか。そういうものを繰り返し繰り返し葛藤していって、三十七歳で亡くなったということだと思いますね。
 
西川:  宮沢賢治自身が、ある意味で引き裂かれていたというか、「世界が全体幸福にならねば」という、すべての人の幸福、命あるものの全ての幸福。その一方で決して世界はそんなに生易しいものではない現実。あるいは深い愛や深い人と共有していきたいと思っても、ある種ものすごい孤独というものがある。その辺はどうでしょう?
 
鎌田:  理想と現実の間の葛藤というものを、いやというほど経験したと思うんですね。一つは、父との対立ですよね。父政次郎(まさじろう)さんは、非常に着実で地元の名士でもあり、社会的な活動し、そして家は質屋を営みながら堅実に生活をしてきた。そういう非常にリアリズムの父親を一方でこう見ている賢治は、夢追い人・夢見人のような人ですね。非常にふわふわしたこう理想や、こうなんか取り憑かれたように、なんかイデオロギーに染まってしまうような、父親から見たらとても不安定に見えたと思うんです。非常にというか、足を現実の地に下ろしていない感じで見えたと思うんですね。その父親との葛藤というのはけっこう最後まで一つあったと思うんです。だからこそ彼はそういう魂の同士のような、自分のパートナーになる人を求めていたと思うんですよ。その同士の一人が保阪嘉内(ほさかかない)であった。でも、保阪嘉内とは信仰をめぐって別れてしまう。その信仰も含めて最大の理解者であったトシ(宮沢賢治の妹。大正9年花巻高女の教師となる。兄賢治の最大の理解者であったが、25歳で結核のため死去。1898-1922)も失ってしまう。またそのつながりの中で絆を深めたヤス(恋人の大畠ヤス)も失ってしまう。次から次へと同士的な自分のパートナーシップであるようなものを失っていく。その失っていく現実、悲しみみたいなものが、『春と修羅』の中にも、トシの死を詠ったものや、あるいは『よだか星』もそういうところがありますし、『銀河鉄道の夜』のカンパネルラの喪失の中にも、様々な形で表現されていると思います。そういう現実の中にある成就しない願い、その辺の葛藤というのは、宮沢賢治の中では非常に深かった。羅須地人協会も一年半ぐらいで中断せざるを得ない状況になった。ですから彼の理想は周りの人には理念としては伝わったけれども、現実の行為としては成就したものは何一つとしてなかった。そういうこの現実の困難さというものを人一倍感じていたと思います。
 
西川:  やはりいちばん惹かれておられるのは『銀河鉄道の夜』でいらっしゃいますか?
 
鎌田:  一番惹かれるのは、時系列的に言いますと、『銀河鉄道の夜』ではなく、『春と修羅』です。『春と修羅』を読み始めて―これは二十歳前後で読み始めたんですが、『春と修羅』を読み始めて非常に驚きました。それはそこで展開されている彼の因果交流電燈とか有機交流電燈のその私という現象をめぐる自己を述べる彼の哲学的な思索というのも大変深いものがあり興味があった。そしてそれが時間と空間というふうなものの中にどのように織り合わされているのかということが見事に『春と修羅』の序文の詩の中に展開されているんですね。それに一つ衝撃を受けたんですよ。詩というのは一瞬にして一言で、何かこの世界の感覚、存在というふうなものを掴み取るような、そういうものじゃないかというふうに思っていたので、近代の詩人の中で、宮沢賢治をおいて他にないというふうな感覚が、この『春と修羅』を読んだ時にガーンときたわけですよ、二十歳ぐらいの時に。こんな詩を書く人がいるのか。これが最大のきっかけで一番先に魅力を感じたのは『春と修羅』です。
 
西川:  『銀河鉄道の夜』の中にもある「ほんたう(本当)のさいはい(幸)」「ほんたう(本当)の神さま」、また「ほんたう(本当)のほんたう(本当)のたった一人の神さま」であった。賢治の「本当」というのはどういうことなんでしょうか?
 
鎌田:  それを言葉で表現するのは、なかなか難しいことですよね。仏教論理的にいうと「一即多」とか、「不二論」とかいう言い方があります。根元的には一であるけれども、現象的には「多」であるとか、「多は一に帰一する」とか、「一なるものに帰っていく」とか、そのような言い方があり、「現象的に二に見えるものも、不二―それは二ではなく、一なんだ」とか、そういうふうな論理が駆使させていきますと、例えば有名な「色即是空」という言い方も、「色がすなわち即空である」というふうな言い方になって、「二に見えるもの、つまり主観と客観であるとか、光と闇であるとか、男と女とか、現象的に二つに分かれて対立して、闘いあったり、そういうふうに見えるものが、根元的には本当の世界から見たら一つである」というふうな、そういう論法はズッとあると思うんですよ。で宮沢賢治がいうところの「一なるもの」というのは、現象界は誰が見てもみんな違うわけですよね。それをリアルに分かるわけですよ、感覚で。これだけ違った現象がさまざまにある。だから有機交流電燈のように点滅している。でもその点滅している現象というのは、みんなてんでバラバラかと言えば、そうではない。そこには一貫性―流れている電流がある。その有機交流電燈のランプを一つ一つを見たら、Aさん、Bさん、Cさん、あるいは犬や猫や熊や様々な動物のように点滅している現象は違うけれど、その点滅の中に流れ込んでいる電流そのものは、どっかからガーンと―東北電力や東京電力以上の宇宙電力があるわけですね。御仏電力があるわけですね。その御仏電力のエネルギーの根元のところからダァッと来ているので、そこのエネルギーの源をたどってたどっていったならば、本当の本当の本当のたった一人の神様。根元というものに行き着くんだという、そういう考え方をやっぱり実感としてあったと思うんですね。現象はみな違う。けども根元は一つだと。宮沢賢治が、『春と修羅』の中で使っている表現に引きつけて言えば、その「一なるものに帰一していくもの」を、彼は四次元感覚とか、銀河系統という言い方をしていると思うんですね。なぜ「久遠実成の本仏」と言わないで、「銀河系に自ら応じていくことだ」とかというふうな言い方を、彼自身がなぜしたかというと、もっともっと自分たちの本質は宇宙的なんだ、根源的なんだ。この時代で一番みんなが普遍的に感じられる一つの表現が、アインシュタインの相対性理論とか出てきたその時代の表現としては、四次元感覚とか、銀河系統とか、銀河系とか、というふうな表現だったと思うんですね。久遠実成の本仏は神なんですよ、法華経的な文脈で言えば。だけど彼はそういうふうに言わなかったのは、この時代に一つの今大乗文学というか、法華経的な大乗仏教の世界観を伝える時の従来の色に染まった伝統的な教学、例えば「一即多」もそうだし、「不二論」もそうだし、そういうふうな言い方だけでは、我々のこの世界のすべての人に伝わらない。じゃあ何が伝わるのか。今、個性的に生きている一人一人が個性の中で輝きをもってその言葉が表現し直されなければそれは伝わらない。じゃあその自分は科学を学び、農学を学び、花巻の方言でこの世界で生きてきた、そういう具体的に多様な現象の中で生きてきたものを、その中に仏の永遠の生命みたいなものが表現されていなければ絶対伝わらない。そういうふうなものがあったと思うんですね。だから独自なローカルなものとコスミック(cosmic:宇宙の)なものが、彼の中でいつもいつも一緒になっている。ローカルなものが非常に多様で具体的で、一つ切実な固有性というものも持っている。だけど先ほど言ったように、その有機交流電燈、因果交流電燈もランプそのものは、みんな色がそれぞれ違ったり、形が違ったりしているけれど、そこに流れてくる光の元はみな同じですから、その元の光のところから彼が見た時に、一つ一つの点滅は色も違うし、光度も違うんですよね。因果交流電燈の。ただ現象としてはみな違っているわけですよね。そういう世界を彼はやっぱり表現し続けたと思うんですよ。その中で生きているプロセスの中で大切なのは、どこまでもどこまでも真実の幸い、つまりそのエネルギーの根元に向かって、生命の本質に向かって共に進んでいくこと、それをズッと彼自身は求め続けた。そしてその中で自分の書いた童話も含めて、これが仏の世界から発信してくる本当の透き通った食べ物に、これは『注文の多い料理店』の物語が、あるいは『春と修羅』の言葉の一つ一つが、そういう透き通った食べ物になることをどんなに願うかは分かりません、というふうに思っていたと思いますね。
 
西川:  その「透き通った食べ物」というのはどういうところのどういう?
 
鎌田:  宮沢賢治の『注文の多い料理店』の中で序文がありまして、その序文の中に、「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、きれいにすきとほった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます」という始まりで、その最後に、「だけど、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまひ、あなたのすきとほったほんたうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません」。その本当の透き通った食べ物になるというのは、この『注文の多い料理店』の一つ一つの作品ですね。いく切れかの物語というのは。そういう物語があなたの魂の食べ物になってほしい。私たちの世界は、少なくとも四つの次元の食べ物がある。一つの次元は、この物理的な生理的に体の中にこう入ってくる普通の食べ物ですね。野菜とか米とか肉とか。もう一つの次元というのは、風や水や光・日光や、そういうものを食べることができる。それは体の中にエネルギーとなって入ってくる。もう一つは、透き通った食べ物がある。その食べ物というのは、物語だと。言葉だと。私たちの言葉というのは、そういうエネルギーになって、食べ物になって、私たちの魂の栄養になるんだと。もう一つの次元というのは、仏の存在だということだと思うんですよね。そういう一番魂の深い次元には、仏から来る食べ物があって、それが信仰というふうなものになると思うんですね。その少なくとも四つの次元の食べ物の中の宮沢賢治自身は、農業しながら食べ物が大事だというふうに感じていた。その食べ物を生産する者として自分は、言葉を、みんなに詩など心の食卓に届けたい。透き通った本当の食べ物として。そしてその童話や詩の中に、彼の持っているこの永遠の命の欠片というのか、永遠のいのち、永遠に通じていくものを、それぞれに食べてほしいという願いを持っていたと思いますね。ですから私たちは、宮沢賢治のそれぞれの物語や詩を読む時に、そういうエネルギーというものを感じ取っているんですよ。それは僕も非常に感じますね。だから繰り返し繰り返し読んでも切れることのない泉のような力を持っている。そういう光り輝く透明な何かありますね。
 
西川:  鎌田先生、今日はありがとうございました。
 
     これは、平成二十八年十二月二十五日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」に放送されたものである