私の仏法観
 
                   大谷観音堂住職 小 林(こばやし)  義 功(ぎこう)
昭和二○年、神奈川県生まれ。四二年、中央大学卒業。五二年、日本獣医畜産大学卒業。五五年、得度出家。臨済宗祥福僧堂に七年半、真言宗鹿児島最福寺に五年在籍。平成三年、高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。五年より二年間、全国行脚を行う。現在、大谷観音堂にて行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。
                   き き て   金 光  寿 郎
 
ナレーター:  今日は、神奈川県海老名市(えびなし)にあります大谷(おおや)観音堂の小林義功さんに、「私の仏法観」というテーマでお話いただきます。小林さんは、昭和二十年(1945年)のお生まれ、三十五歳で、神戸の福寺(しようふくじ)専門僧堂で禅の修行を始め、七年半後に鹿児島の最福寺(さいふくじ)で護摩行を実践して五年、その後一念発起して日本全国の托鉢行脚二年の後、現在の大谷観音堂にきた方です。聞き手は金光寿郎ディレクターです。
 

 
金光:  この前もう数年前になると思いますが、お邪魔したときのお話を思い出しますと、確かお入りになる前は、強度の対人恐怖症があって、それについてどうしようということで、坐禅がいいんじゃないか、ということでお入りになったいう。そんなところからのお話をちょっと伺ったんですが、お入りになった年から今まで、どういう精進をなさってきておいでなんでしょうか?
 
小林:  私自身は、神戸の福寺僧堂のところで七年半ほど修行さしていただきました。ずっと坐禅とかそういうことを盛んにやったんですけれども、なかなか答えが見つかりません。もう七年半やって答えが出ないんだからということで、今度は真言宗の鹿児島の最福寺の方に移りました。それで真言宗の方に行きまして―それは護摩行ですから、これは大変熱い行です。もう火の側ですから必死になってやれば、なんかやっぱりそこに答えが出るんじゃないかということで、やはり五年ほどそれをズーッとやっておりました。しかしどうもまだ答えが出てこない。そんなことで、じゃ次はどうしたらいいんだということで、自分でも結構悩んでいたわけなんですが、その時ふっと気がついたのは、要するに禅堂においても、あるいは護摩行においても、ここの中にいる限りは「衣・食・住」これが全部ですね保証されている世界なんですね。だから行自体は苦しいかもしれないけれども、でもそれに我慢して耐えていけば衣食住は全部与えられると。ならば、いっそうのことこれを取っ払ったらどうだろうかと。そういう保証のない中に飛び込んでいったら、ある目に見えない仏様というものが、自分の手のひらに置くようにして、はっきり見えてくるんじゃなかろうかと。そういうようなことが動機になりまして、それで平成五年の十月二十五日に全国を托鉢して廻ろうということを始めたわけなんですね。これはあくまでも自分で〈もうこれしかないんだ〉ということで、四十九歳にもなってましたけれども、始めて、日数的には二年間かけて全国を廻ったわけでございます。
 
金光:  出発はどこで、どういうふうにお廻りになったんですか?
 
小林:  鹿児島を出発いたしまして、それからそのまま北の方へズーッと廻って行きまして、関門海峡を渡りまして、ずっと東北のほうですね。
 
金光:  日本海沿いに北へ上がって?
 
小林:  そういうことになりますね。そうすると雪がいっぱい積もっていると、それとてもじゃないけど、これは廻れないということで、すぐに山陽道を東にズーッと取りまして、明石に出まして、明石から淡路島に渡って、それから今度は私は真言宗の坊さんでございますので、八十八カ所廻らないとこれはいかんということで、八十八カ所全部廻りまして、そしてまた明石に戻ってきまして、それから今度大阪へ出て、で大阪から和歌山を一周しまして、それで伊勢へ出て、伊勢から名古屋へ出て、名古屋から今度は北ですね岐阜のほうに出まして、それから富山、それで山形、秋田、青森、それで北海道に渡ったわけですね。
 
金光:  北海道まで、
 
小林:  はい。北海道廻りました。ただ北海道へ行きましたら、青森までと北海道は全然違うということがはっきりわかりました。それというのは、奥尻のほうにズーッと私歩いて行ったんですが、そうしましたらとにかく向こうでは―まぁ大体青森ぐらい迄ででしたら、自動販売機がどこにでもあるんですね。ところが向こうは自動販売機はないし、水はないし、
 
金光:  水もない?
 
小林:  水もない。家もないわけですね。それでこれは北海道だけは、これは乗り物に乗って動かなければいかんということで、北海道は電車に乗ったり、バスに乗ったり、あるいはご縁の方がいろいろ出て下さいましてね、それで乗って、それで全体を廻りました。それでそのまま今度青森へまた戻りまして、今度は太平洋側をぐるりと廻って、今度京都に出てきたわけですね。それで京都へ出てきました時に、だんだんちょっと焦ってきたんですね。というのは、もう最後鹿児島まで行くということ、もう数ヶ月で終わっちゃうわけなんですね。私は一番最初、とにかく仏様が目の前に見えるようになったら、自分の心が落ち着くんじゃないか、ということを、強烈に思っていましたから、そうしたらこのまんま答えの出ないままに、鹿児島へ戻ったということになりますと、何の収穫もなしに終わったってしまうんですね。そこで、〈いやこれは困ったな〉と正直悩んだんですね。じゃその後でどうしようかということを考えたのは、その京都から福知山に抜ける時ですね、その時〈そうか。今まで私はもう二十歳からズーッと仏様は何だとか、そんなことばっかり考え続けて今まで来たけれども、これは考えたってわからないんだから、もう考えることをやめよう〉と決めたんですね。私は真言宗ですから、弘法大師さんの御法号に「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじようこんごう)」という言葉がございますので、この御法号をそれだけ称えてとにかく歩いて行こうと、そういうことを決意したわけですね。それから「南無大師遍照金剛」そればっかり称えてズーッと道を歩いて、それで道筋にお寺さんがあるとその本堂を借りまして、そこで三千回とか五千回称えて、またそこへ進む。それでまたどっか泊まったということになると、そこでもって五千回「南無大師遍照金剛」、それをズーッと称えながら、今度関門海峡をまた渡りまして、今度大分の方を廻ったんですね。それから佐伯へ出て、次は延岡にきたんです。それで延岡に来たとき、空を見てたら非常に青くて、まぁ非常に良い天気で気持ちよかったんですね。その中を「南無大師遍照金剛」それ称えながら歩いてた。その時パッと頭の中に浮かんだのは、〈あ、今度次に行くところは、もうお堂で一人で行をしよう〉と、それだけがはっきりわかったんですね。それでそれから今度は延岡の方から鹿児島へ出て、さらに沖縄へ行って、屋久島とか、あの辺のの島をズーッと廻りまして、また鹿児島に戻って、それで師匠に「一応これで全部托鉢の行をとじさしていただきます」とご報告申し上げて、今度はお堂で一人で行をするということに決めていましたから、「続けてまだ行をさしていただきます」と言って、そこを出たわけなんです。
 
金光:  それでズーッとこちらに、今海老名にお邪魔しているわけですけれども、鹿児島からズーッと北へ来て海老名市の方まで歩いてこられたわけですか?
 
小林:  そうじゃなくて、実は佐伯からはフェリーに乗りまして宿毛(すくも)に出たんですね。宿毛に出ました時、私が四国の八十八箇所を廻りました時に、ご縁があった家―仮にAさんということにしておきますけど―そのAさんのところに電話かけまして、「実は今日ここまで来ているんですけど、泊めていただけますか」と言ったら、「あ、どうぞどうぞ、先生来て下さい」と言って、そこに行ったんですね。そこに寄りまして、それでお経を上げたりなんかしてましたら、その方が実は霊感がある方なんですよ。それが強くなっていましてね。「あぁ、義功先生、今度行くとこは関東地方の方ですね」とこういったですね。翌日の朝ですね近くの本屋さんに寄りまして、それで関東地方の地図を買って、また戻ったんです。それでAさんの前にその地図を広げたんですね。そうしたら、その方がジーッとこう見ていたら、右の手がズーッと伸びて海老名を指したんですよ。そして、じゃ、海老名かなと思っていましたら、海老名の国分寺を指したんですね。その海老名の国分寺を指しまして、その「国分寺から真南に北、ちょっと西よりの山のふもとのお堂がそれですよ」とこう言われたわけですよ。それで私は、えっ!と思ったんですね。〈本当、あるのかしら〉と正直いって思ったんですけども、とにかくこっちは必死でしたから、「じゃ、まあ今度すぐまいります」と言って、そのまま新幹線に乗ってこっちへ来たわけなんですね。それで今度ここにいる時の自分には直接の師匠というのはありませんから、私はまず『臨済録(りんざいろく)』を手元に置いておりました。この『臨済録』をズーッとしょっちゅう手元に置いて見ておりました。おそらくここの内容が私の中で全部ストンと納得するまでわかってきたら、自分の心も落ち着いて、また仏さんもはっきりと見えてくるんだじゃないかと。そういうことをズーッと繰り返していたわけです。
 
金光:  私なんかいろんな方のお話を伺っていますと、その最後のとこは「自分自身というものがどういうものか」というのにお気づきになる方が多いようで、自分も、自分がいて、他人がいてという、バラバラの自分ではなくて、この自分が今生かされている―生きているというよりも―生かされている自分というところに気が付かれると、一つ違った世界が見えてくるような方が多いような印象を受けているんですが、小林義功さんの場合は、その辺はどういうことでございましたでしょうか?
 
小林:  そうですね。私も一言でいうたら、最終的にはやっぱり「自分の心の中にちゃんと仏さんがおられるんだな」ということに気がついたんですね。それで実際私は全国托鉢しながら、家以外ですね、外でもって入浴もなくて泊まったというのは三日だけしかないんですね。ほとんどどっかで泊まっているんですね。それを後でズーッとたどっていきますと、分かったのは、どうもこれは泊まった時になると、何か道が開けるんですよ、不思議に。これはもう今まで何度も体験しているんですね。それでそれをズーッと後で考えてみましたら、仏教の言葉の中に、「我を忘れて他に施すを仏という」こういう言葉がございます。要するに、自分のことを忘れて、人のために施す。これが仏さんなんですね。ということは、私は何も持たずに、お経をあげながら、ただ歩いているだけです。にもかかわらず、私が全国を歩けたということは、私のために施してくださる方が必ず出てたということなんです。そうすると、私はそういう人たちの手から手に渡されて、二年間の全国托鉢が完成できたんだと。ここのところがはっきりわかったんですね。あぁなるほど。仏さんというのはちゃんといるんだ、と。ここが私の一番収穫のところでございますね。
 
金光:  それでここにお入りになったときには、ここの観音堂というのは、檀家があるわけではなし、住職の方もいらっしゃらないし、そういうところにお入りになって、さてそこでどういうふうにしようとお考えになったんですか?
 
小林:  それはですね、まず十五日間を托鉢しよう。それから後の十五日間、これは行をしよう、と二つに分けました。それで十五日間とにかく托鉢をして、それで頂いたお金を基にして、今度は十五日間行をする。これをズーッと繰り返していったんですね。その間に、まぁ私の元には『臨済録』がございましたんで、しょっちゅうしょっちゅうそれを見ながら〈ここはどうなのかな〉。わからないなら、わからないなりに置いておいて、それを〈あ、ここはこういうことだな〉というのを積み重ねて、まあそんなことをまとめて、ちょっと『臨済録』という本も書かせていただいたということなんですね。
 
金光:  あの『臨済録』を私も拝読しましたが、『臨済録』という唐時代―もう唐の終わり宋の時代に入る頃でしょうか、戦乱の世の中で臨済禅師という方が、一般の人に非常に肝心なところを説いていらっしゃるようですが、なかなか素人は近寄り難いところなんですが、近寄り難いのが非常に身近な自分の体験を通しての『臨済録』の魅力といいますか、味わいながら、こういうふうにお読みになる方もお出でなんだなと思いながら拝見したんですけれども、やっぱりあれは長い間でそうやって読んでいらっしゃる間にだんだん心にストンと落ちてくると言いますか、腑に落ちるところが増えてくるわけですか?
 
小林:  そうですね。〈あ、ここのところはこういうふうに解釈すると、あ、わかるんだ〉というようなとこですね。そういうのは途中から私はここの観音堂で『臨済録』の講義を始めたんですね。それを結局最後までやりきっちゃったんですね。それで〈あらぁ、できちゃったな〉と思ったんですね。最初はできるとは思っていなかったんです。それでそんなことがあって、それをまとめて本にしたわけなんですが、ただあの『臨済録』に書いているのは、もう一言で言ったら簡単なことで、「赤肉(しやくにく)団上(だんじよう)に一無位(いちむい)の真人(しんにん)有り。未(いま)だ証拠(しようこ)せざる者(もの)は、看(み)よ、看(み)よ(赤肉団上有一無位真人。未証拠者看看)」ここのところですべて尽きるんじゃんないでしょうか。
 
金光:  我が身の体に無位―位のない本当の人―真人が出入りしているんだと。姿・形は見えないけれども、それをみなさいと。証拠しなさいという。
 
小林:  そうですね。
 
金光:  我が身を省みて確認しなさいという。現代語訳にするとそういう意味かと思いますが、これが確認しようと思ったってできませんよね。
 
小林:  確かに確認するということは出来ないんですが、ただ自分が今まで全国を歩いて来たその間に自分が、何でこれ何にも持たない人間が、ズーッと二年間ちゃんと食べて、それで歩いて、それで回って来れたということは、やっぱりその裏にちゃんと仏さんがおるんだなと。それが私にとっては一つの確信なんですね。
 
金光:  一足飛びに、そういうご心境で現在生きていらっしゃるわけですが、今の日本の世相をご覧になると、そういう目からご覧になると、どういうふうにお感じになっていらっしゃいますか?
 
小林:  そうですね。今の世の中というのは、ちょっと神とか仏がなくなっている世界、まぁそんなふうに感じますね。
 
金光:  と言いますと、自分自身だけで生きていかなければいかんと思っている人が多いわけで、その自分が今こうやって生かして頂いているのも、いろんな方の―神様や仏様という言葉でもいいますけれども、いろんな方のそういう人たちに生かされている、手助けをしてもらっているというのが、実感として感じていらっしゃるわけですか?
 
小林:  そうですね。それよりもっと直接的に言いますと、たとえば私なんかはやっぱり「仏様はちゃんとあるんだ」ということですね。ですから、よくお年寄りの方といろんな話をするんですけれども、余計なことまで考えて苦しんでいる方が結構多いんですね。
 
金光:  もう人間っていうのは、余計なことばっかり考えるようにできているようなところがありますから。
 
小林:  例えば、これからの老後をどうしようとか、例えば八十、九十年の自分をどうするんだと。だったらそのためにお金をこれだけ用意しておかないといけないとか、まぁそういうことを考えるんですね。でも考えても、自分が呆けちゃったら終わりなんですよね。ここはもうそんなことまで考えずに、自分がいま楽しく、みんなのご縁のある方と楽しく楽しく生きる、そういう工夫をした方がよろしい。先の先まで考えて取り越し苦労なんです。そういうことはやめて、仏様の心、仏様の教えに従って生きると、今の現在も楽しくなってくるんです。それを続けていくだけでもう十分なんですね。
 
金光:  「今現在」というところにですね、その自分というものをよく見ていると、自分は一人だけで生きてきたんではないと。いろんな方によって、あるいは人間だけじゃなくて、自然のいろんな働きによって生かされているというのは、我が身で感じられると、現在のこの状況を見る目が変わってきますね。
 
小林:  そうですね。
 
金光:  ああしなければいかん、こうしなければいかん。将来このままでは不安で困るということがだんだんなくなってくるわけですね。
 
小林:  なくなってくると思いますね。私も実際ここのお堂でもう二十年間生活しています。そうすると、端から見れば「あんな寒いとこでよく生きているんだ」と言われる方もおられるんですけども。私はここへお参りに来る方、けっこういるんですね。それでここへ来た方で、まぁここ訪ねてくると、私はたいてい外へ出て行くんです。それでその方と二言三言お話するんです。そのご縁の方たちが入れ替わり立ち替わりくるんです。そうするとそれがわたし自身の心の生きがいになる。だからここへ来る方、少なくとも神仏に対して手を合わせる方ですから気持ちいいですね。
 
金光:  ただ自分では悩みを持っていらっしゃる方が多いんじゃございませんか?
 
小林:  いや、一々悩みだということは言わないんです。
 
金光:  それはそうでしょうね。
 
小林:  ただこうやって、「和尚さんとこうやって話をすると楽しいから。気持ちがなごむから」と、そういうようなことで来る方が多いんですね。
 
金光:  雑談なさる?
 
小林:  雑談は多いですね。でも雑談が多いんですけどね、何年も何年も付き合っていろいろ話すると、ある時本音が出るんですね。それが一つ取れていくんですね。これはなかなか人間って心の殻というのはなかなか抜けるものじゃないんですよ。
 
金光:  とれませんね。
 
小林:  なかなか言えんですよ。ところがある時ポロッというんですよ、本音が。そこが大事なんですね。やっぱり今の人こう見ていますと、やっぱり神様・仏様というのは、頭の上にわかっているようで分かっていないところがある。だからその神様に預ける、仏様に預ける。その預け方の違いなんです。自分で何か知らんけど、自分はこれとこれとこれをやらなければ、要するに神様に認めてもらわないというようなことで、例えば子育ての問題とかあるとします。そうすると、この子のためには、じゃ、朝はこうやんなければいけない。帰ってきたらこうしなければいけない。そういうことを次々次々作るんですね。逆にこれとこれをする。そうすると自分という完璧にならないとできないんですね。だからそれをやめちゃったほうがいいんですね。人間は自分で全部できませんから、全部神様がやってくださるから。神様・仏様全部やってくださるから、自分の出来ることだけきちっとやってたら、それ以上は預けて、自分で出来ないとこを、隣の人にお願いしますよと。もっと気を楽に持ってやったほうがいいんじゃないかと。そういうとこが非常に多いですね。
 
金光:  これは自分がどうこうというよりも、周りを変えることによって、その子ならその子が変われば何とかなるだろうと。自分がどうこうして、その子を変えようとするから、えらい大変なことになるわけですけど。
 
小林:  自分が変えようとすると大変。ただ変えるのは、私でなくて仏様が変えるんですから。だから仏さんに全部預けちゃって、相手が全然変わらなくても、自分は仏さんのことを自分なりにやれる範囲で、きちきちっとやる。やれないとこがあったら、ちょっと隣の人に、「ここはこうでお願いします」と。そういうのが気楽自在にやっていく。そこのところやっぱり仏さんというものが出てくる。そんな感じがしますね。
 
金光:  今世界にいろんな宗教があるわけですけれども、名前は神様・仏様によっていろんな名前をつけていらっしゃるようですけども、一番肝心なところは、そういうふうにやってくださる神様や仏様を信頼しちゃって、おまかせできれば世界が違ってくるわけですね。
 
小林:  そうですね。ですから私なんかもよくいうんですけれども、私は真言宗ですから、「南無大師遍照金剛」というのを称えるるわけです。でも「ナムアミダブツ」と称える人もいれば、要するに「イエスさま」と言って十字架をきる方もいるんです。その時に十字架を切っているキリスト教徒、それから阿弥陀さんと、あるいは真言宗の「南無大師遍照金剛」の空海と、そういう人たちを並べて比べるんですね。そうするとここでいろいろどっちが善い悪いということで喧嘩始めるんですね。
 
金光:  品物選びみたいな、
 
小林:  ところが「南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛」と称えているときには、私の心の中には少なくとも、人を蹴落としてやろうとか、憎しみとか、恨み、辛みというものは全部きれいになっている。ここは空っぽの心なんですね。「イエスさま」と言ったって同じなんです。この自分たちの称えている時の自分の心を見てください。そこは同じなんですよと。そうしたら別に宗派の問題なんて何にもなくなるはずなんですね。
 
金光:  だからそうなると、「うちの宗派はこうこうだ」なんていうことを言わなくてすむ世界があるわけですね。
 
小林:  あるわけですね。例えば一軒の家があって、「うちのお父さんは立派な人ですよ」と。隣の家に行けば、「うちのご主人は立派ですよ」と。「学校の校長先生ですよ」と。「警察の署長ですよ」と。それぞれみんなそれぞれの役割でえらいわけですね。そんなのに「うちは学校の校長先生で、他の隣の人は校長先生、あれは偉くない」という人は誰もいないと思うんですね。だから相手は相手の立場で、それはやっぱり偉いんですね、自分の家だって偉いですから。だからそれは仏さんの世界ということで、神様というか仏様の流れの中のことで同じなんですね。
 
金光:  そういう意味で理解ができて、自分自身の心は落ち着いて納得できてきますと、世の中は平和になるわけですね。
 
小林:  そうですね。やっぱり何とかなるんですね。みんな何とかならんと思っちゃうんですね。ところがやっぱりそういう私なんか仏さんというものがある程度自分でこうだとつかめた段階で、まぁなんとかなるなというのが、私のお腹の中にポンとできた。そうすると、気がだいぶ楽になりますね。その違いだと思います。
 
金光:  そうすると、もう自分で掴まえるとか、掴まえないとか、ということでなくなりますね。
 
小林:  そうですね。もう私の中にあるし、もうどの方でもみんな仏様ちゃんと宿っていらっしゃるんだから、そこにおまかせして行く。そこに一番楽な安楽の法門ということになるんじゃなかろうかなと思いますね。
 
金光:  どうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十九年一月十五日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである