精神分析と仏教
 
                  精神科医 永 尾(ながお)  雄二郎(ゆうじろう)
大正十四年、東京・渋谷に生まれ、東京医科大学に学ぶ。昭和二十七年、静岡県小笠郡大須賀町に永尾医院を開設。昭和三十二年から仏教学者・金子大栄師に師事。人生の師と仰いだ。
                  き き て 金 光  寿 郎
 
ナレーター:  今日は、精神科医の永尾雄二郎さんに、「精神分析と仏教」というテーマでお話いただきます。永尾さんは、大正十四年(1925年)のお生まれ。大学の医学部時代に、精神分析の創始者であるフロイト(オーストリアの精神医学者、精神分析学者、精神科医:1856-1939)のもとで精神分析を学び、日本での精神分析学会を立ち上げて、初代会長になった古沢平作(こさわへいさく)(医学者、精神科医。東北帝国大学助教授。日本に精神分析をもたらした:1897-1968)博士に精神分析による治療を受け、精神分析を学びながら次第に仏教が説く世界に歩みを深めた方です。聞き手は金光寿郎ディレクターです。
 

 
金光:  永尾先生は、大学の医学部へ入られた頃、いろいろ人生のことなんかで悩まれて、まぁいわば今でいうと鬱病(うつびよう)みたいな、鬱というような状況になられて、日本に精神分析を伝えられた日本の精神分析学会の初代の会長だった古沢平作先生の診察を受けて治療なさったとかということを伺ったんですね。ちょっとその辺の事情からお話いただけますでしょうか。
 
永尾:  旧制中学の四年ぐらいの時でしたか、大東亜戦争というようなことで訓育部長が訪ねてこられて、それで「漢(かん)の韓非子(かんぴし)は人格者なるがゆえに、喜怒哀楽を顔にあらわさなかった」という。そういうお話があったときに、私は手を挙げてたずねたんです。「喜怒哀楽を顔にあらわさない人が、なぜ人格者か」ということですね。「それは感性が乏しくて、喜怒哀楽を顔にあらわさないのか、あるいは何も感じないという人ならば、感性が乏しい人で、そういう人は人格者だと思わないと。結局それは偽善者ではないかと。感じていても顔にあらわさないのが、偽善者ではないか」と、そういうことを質問したわけです。当時戦争なもんだから、国の命令一下「戦争に行け」ということを言いたかったのにかかわらず、僕がそういうことを聞いたもんですから、「お前みたいな奴は赤だ」と。あるいは「反抗的精神の持ち主だ」というようなことで、「内申書に書いてやるぞ」というようなことだったわけです。それを私は、「書くなら書け」と。それは非常に問題になったんだろうとは思いますが、まあそれから後、私は、「人格者とは何か。人間とは何か」ということを非常に考えるようになって、そして人間を勉強するためには、医学部に行くと。そういうことで医学部に行って、そして精神科に興味を持つようになった。それが古沢先生のところへお伺いするようになったもとと言いますか、そういうことを非常に考えるようになったこと自体が、僕の鬱病と言いますかね、今現代の言葉でいうと実存神経症―精神科の専門語でいうと実存神経症。まぁそういうものになって、それをなんとか治していただきたいという。それで古沢平作先生の所を訪ねたと、それが始まりです。四、五年、そんなことで悩んだでしょうか。
 
金光:  それで方法としては、精神分析の方法というのは、子供の頃の出来事なんかを思い出させてというようなことを、自分の心の遍歴を本人に観させてと、それによって本来の心の平常なるあり方を回復するとか、大まかにいうとそういうことかなというふうに聞かされているんですが、その時はどうですか?
 
永尾:  その時分には、またとても無意識の底にあるものを表に出させるということが、それが精神分析の基本だったわけですがね。治療としては、自由連想法と。好きなことを何でも言いなさいという形で、その治療が行われていったわけですが、それを分析者は解釈をして、「あなたは今こういう表面的にこういうことを言っているのは、心の無意識の底にこういうようなものがあるからだ」というようなことで、こっちは全然それについては、先生の説明を聞いてもちょっと〈そうかな〉と思うくらいで、納得ができるというところまではいかなかったわけですが、先生のおっしゃった言葉の中に、「精神分析を本当に治療ただしめるためには、親鸞の心が必要です」という、そのことだけははっきり覚えているわけなんですよ。けれども、仏教そのものについては、古沢先生が親鸞の心が大事だということから、仏教のほうに関心を持つようになったわけです。
 
金光:  古沢先生の先生であったフロイトという方は、どっちかというと宗教については、当時のヨーロッパ、アメリカあたりですと、やっぱりキリスト教ということになるでしょうけれども、そういうものと精神分析というのは、一線を画するのだというふうに、なんとなく宗教は離して説明されていたような印象を受けているんですが、その古沢先生は宗教については、別にそういう宗教は全然精神分析と関係がないみたいなことはおっしゃらなかったわけですか?
 
永尾:  言わないですね。むしろ親鸞の心、あるいは仏教についても、特に先生自身は近角常観(ちかずみじようかん)(1870-1941)先生の教えを求道(きゆうどう)会館に聞きに行ったということで、私も求道会館に一度連れて行って頂いたことがありますけども、そういうようなことで先生自身は宗教に関心を非常に持っていらっしゃったんですね。
 
金光:  東大に近い本郷の西方町ですか、求道会館があったというふうに聞いておりますが、そうしますと、ウイーンの方に留学される前から近角先生の話なんかを古沢先生は聞いていらっしゃったわけですね?
 
永尾:  そうですね。
 
金光:  そうしますと、そこで説かれた浄土教の教え、阿弥陀如来によって人間が生かされているというような、その辺のところは如来の教えなんかは、言葉としては解っても本当のところはつかみどころのない、仏さまだって姿・形がないわけですし、一応如来像みたいなものはいっぱいいろんな形で出ておりますけれども、本当の仏さまの働きというのは、人間が掴まえて、こうだというようなわけにはいかないところの働きを、仏という言葉で教えていらっしゃるようにうかがうわけですけれども、古沢先生がおっしゃる親鸞聖人の教えと一緒にその世界に近づかないといかんとおっしゃるのは、やっぱり本来のそういう無意識の世界、人間の手の届かない世界での仏さまの働きというものを、精神分析をすることによってなんとなく自覚すると言いますか、そういう人間の認識できる世界というのは非常に狭いもんだということを、自覚させられる方向で精神分析というものの分析と言いますか、解釈・解説をしてくださるという方向でのレクチャーだったわけですか?
 
永尾:  そう思いますね。結局先生の精神分析というのは、非常に何というか直感的な方だったんですよ。そしてその感というものを、その感と感の重なりと言いますか、コンパッションといいますね、その感応。後で、金子先生の教えを聞くようになってから、私は、〈あ、そうだったか〉と思うのは、金子先生が、「普遍の法と特殊の機」の呼応と。「呼ぶ」ということは「頂く」ですね。手を合わせて拝む。そうすると、仏さまが、「悲しいねえ」、あるいは「苦しいだろうねぇ」という。その仏さまの大悲の本願と言いますか、その大悲の本願に、こっちが病気をしている人はみんな悲しいし苦しいわけです。鬱病でもね。その悲しい心と悲しい心が、そこで呼応する。感応する。ピタッと心があったときに治るんだというのが、結局古沢先生の治療の根本だったんだろうと、私はこの頃痛切にそう思うようになったですね。理論ではないということです。それで古沢先生が親鸞の心が必要だということ、それを聞いてから、私も仏教書を―「般若心経」とか、それから特に「維摩経(ゆいまきよう)」、維摩経が特に感心して読んでいたんですが、これはたまたま『弟子の智慧』という金子先生のご本を読んだときに、ズーッとその維摩の素晴らしさを書いているその最後の結びに、「果たして維摩はアナンの悲しみを理解し得たであろうか。もしそうでないとしたら、私は維摩の世界とは縁の遠いものとなるでありましょう」と、そういう結びだったんです。それを聞いて、私は、それまでは維摩というものを非常にこれこそ一番最初に人間とはどういうものか。人格者とはどういうものかということを、それを知りたいということで言っていた。それが維摩こそは理想の人物だと思っていたところへ、たまたま金子先生のそのご本『弟子の智慧』を読んで、それで悲しみという問題ですね。その問題が私にはちょうど喜怒哀楽を顔にあらわさない、この悲しみというのは喜怒哀楽ですよね。その喜怒哀楽というのとピタッと私の思っていたこととピタッと心がそれこそ感応したと思ったんです。それで金子先生の教えをずーっとそれから聴くということになったわけです。
 
金光:  金子先生とおっしゃるのは、金子大栄(かねこだいえい)(真宗大谷派僧侶、仏教思想家。前近代における仏教・浄土真宗の伝統的な教学・信仰を、広範な学識と深い自己省察にもとづく信仰とによって受け止め直し、近代思想界・信仰界に開放した:1881-1976)先生ですね?
 
永尾:  そうです。
 
金光:  今のお話で、いわば煩悩によって悩んでいた、その悩みがどっか吹っ切れたといいますか、そういうことになったんだろうと思うんですが、じゃその前、なぜ悩んでいらっしゃったかというと、やっぱり維摩居士が十大弟子にいろいろ説法なさる。しかも完璧にやっつけると言いますか、見事にお面一本とると言えますか、見事に出鼻をくじくみたいな形で、
 
永尾:  その人のもっている特徴みたいな、それの無意識のところにあるものを叩くというか、そういうところに精神分析と非常に同じ様なものが、維摩の中にあったわけですよ。
 
金光:  ただそこへ維摩居士の素晴らしさもあるわけですけれど、その維摩を尊敬して、これは仏教の世界というのは、こういう素晴らしい世界だと思っていらっしゃったけれども、それだけではもう一つ自分の問題は解決したわけではなくて、維摩のようにならなければいかんとか、どうお考えになったか知れませんけれども、要するに、維摩居士がある理想的な人物として頭の中に浮かんでいる間は悩みは残っていたわけですね。
 
永尾:  そうです。結局悩みはずーっとあったんですが、何かその感といいますか、感応、つまり古沢先生の人柄というものに感応する。そしてそれから親鸞の心というものから、金子大栄先生のもとへ行って、また金子先生のおっしゃる教えにまた感応したわけですね。つまりそれによってだんだん私自身も、その悩みは解決されてきたような気がいたします。
 
金光:  そうすると、自分であれこれ考えるよりも前に―前にといいますか、考える基がこういうところで、自分は悩んでいたんだな、行き詰まっていたんだなというのが、感応することによって、悩みと言いますか、邪魔していたものが消えてしまったということになるわけですね。
 
永尾:  そうですね。そういうことです。そしてそれを私は、結局金子先生の教えというのは、真宗の教え。真宗の教えの基というのは「三部経」ですね。「浄土三部経(浄土教諸宗の正依の三経典の総称のこと。『仏説無量寿経』・『仏説観無量寿経』・『仏説阿弥陀経』の三経典は、数多くある浄土経典の中でも、古より浄土教系諸宗において重視されてきた)の全部の最後が、「歓んで歓喜、歓んで帰った」というのが結びなんです。「歓ぶ」ということ。そして特に金子先生は、「浄土の金子」と言われている、「浄土」とは何かということを言っておられたのですが、その浄土について書いてあるのが、「三部経」の中でも「阿弥陀経」ですね。その「阿弥陀経」の最後に、「歓喜信受作礼而去(かんぎしんじゆさらいにこ)」という結びがやっぱりあるんです。歓んで信を受けて、そして礼をなして帰ったと、それが結びなんです。これら三部経全部が「歓喜」なんです。「歓喜」というのは、不思議にこれフロイトの名前と一緒なんですね。「フロイト」がドイツ語で「歓喜」ということ。喜ばなければ、信を受けたとは言えない。歓喜は信受であり、信受というものは、礼をなして帰る。つまり「礼をする」ということは、これは表現ですよ。だから喜怒哀楽を顔に表さないのが人格者であるということが、はっきりそうでないんだと。喜ぶ。喜ばなければ、信仰ではない、ということです。つまり歓ぶということは何かというと、これは知識でもなければ、理論でもない。感情ですよ。純粋感情。
 
金光:  それが礼として現れている。行動に現れるということですね。
 
永尾:  表現です。「歓喜信受作礼」作礼(さらい)というのは、礼をなすということは表現です。表現がない―ありがたいけども、「ありがたい」なんて口には出さんなんていうのは、あるいは顔にも出さんというのは、決してこれは信仰を得た人の姿ではない。信仰を得た人は、やはり歓ぶ。歓びの中心は何かというと、ありがたいということですね。ありがたいということ、全てのご縁をありがたく思うということが歓喜ですわ。
 
金光:  だからその場合はですね、自分が掴まえて、例えばなんか貰ったから嬉しいという。ただ自分本位というよりも、もっと広い世界で、自分がこういうふうにすべてのものによって、こういうふうにあらしめられているといいますか、
 
永尾:  その通りですね。「たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」。宿縁ですね。すべてのものが善いも悪いもすべてのものがありがたいものであったという、そこに喜びが出てくるという、そういうことではないでしょうか。
 
金光:  だから、悩みがあって精神分析を受ける方が、今でも随分いらっしゃるようですけれども、その方たちも自分がこうやって悩んでいるのは、こういうところに行き詰まって、考えがここでストップ―引っかかっているから、ここで引っかかっているから悩んでいるということがわかってくると、そこのいわば突っ支いが取れるような、取るんじゃなくて。
 
永尾:  取るんじゃないですね。取れるんです。だからそれが自ずから取れていくという。それが「従仏逍遙帰自然(じゆうぶつしようようきじねん)」という
 
金光:  仏に従って逍遥すると、自然(じねん)に帰ると。
 
永尾:  「自然(じねん)に帰る」ということは、「歎異抄」でいえば「自然(じねん)の理(ことわり)」。「理(ことわり)」というのは理論ではありません。理は「道理」です。自然の道理。道理に従ってのんびりと行くならば、必ずそれは自然に帰る。自然に帰るが、さっき言ったお浄土。お浄土とは自然に帰る世界ですね。そこから生まれ、そしてそこに死んでいくということ。つまり「生死(しようじ)の帰依処(きえしよ)」と申しますけれど、生死の帰依処というと、「死の帰すところをもって、生の拠り所となす」という、そういうお言葉に通じてくる。
 
金光:  今、目の前にある「普遍の法と特殊の機」という言葉がありますけれども、その我々一人一人は特殊の機であります。
 
永尾:  そうですね。
 
金光:  それが自然に生きることによって、それは「普遍の法」と一緒の世界。
 
永尾:  一緒だ。さっきから「感応」と言いますね。「普遍の法と特殊の機」が感応することによって、そして病気も治っていくという。それが結局古沢先生の仏教精神分析の結論だと。私は、金子大栄先生の教えを聞いて、そして今、歳を取ってくるに従ってですね、そういうことを思うようになってきたわけです。
 
金光:  やっぱり医学心療内科にしても、あるいは精神分析にしても、人間全体を観るということになってくると、本来の宗教が大事にした世界と一緒になるということに通じるわけですね。
 
永尾:  私は、それが結局「純粋感情」というものだと思っております。そしてその純粋感情は、岡潔(おかきよし)(数学者。奈良女子大学名誉教授。理学博士:1901-1978)先生がおっしゃったように、「人間に一番大事なのは、情操の世界だ」と。「情緒(じようちよ)」と先生は言っていらっしゃる。私は、「情緒(じようちよ)」がかなり進んだものが「情操」だと思っている。その情操を「真善美」という言葉で表す。でも「真」とは何か。出せといっても出てこないけれども、必ずある。真はある。いちばんわかるのは、「善・美」の「美」ですね。「美」はあるか、ないか。出せといっても出てこないですが、美はある。美しいものを見れば、それが「感」ですよ。感じる。「感」―感じる人には、美が見える。感じない人には、美が見えない。と同じように「真善美」というのは、人間の持っているこの最も高等な精神であるということ。それが結局「宗教だ」ということが、この頃になってよくわかってまいりました。というのは、近頃は、知識・理論、これが一番大事なようですが、知識とか理論とかというものの前に、今言った情操の世界というものがあってこそ、初めてそれが包まれていくわけで、知識と理論というものは、人間が自分たちを種族保存のための一つの武器ですよ。武器―それによって自分たちを守る。だから原子爆弾ができたり、あるいは原発ができたり―知識とか理論によって出来てきているんでしょうが―「情操」というと、何かつまらんもののようですけれども、「いや、それこそが大事だよ」と言ってるのが、数学の岡潔先生ですね。「情操の世界こそが表玄関だと。そんな人間が生きていくための知とか理というものは、むしろ裏玄関だ」と、そういうことを岡先生は言っていらっしゃる。その通りだということが近頃余計に歳をとってきたせいか、つくづくそういうふうに思うようになっております。
 
金光:  ただ現在では、なかなかそういうのは通じにくい。「情操」とか「情緒」というと、なんか役に立たないような、
 
永尾:  ロマンチックとか、なんか女々しいとか、
 
金光:  現実的にダメだというような、
 
永尾:  リアリスティック(realistic)とか、そんなこと言ってても食っちゃいけんよという考え方ですけれども、それがないと人間の生きていく甲斐がないと。人間とは何かというと、結局はそういう「ありがたい」とか、「懐(なつ)かしい」とか、あるいは「思いやり」とか、何かそういう生きていく上に必要の無いようなそういう世界。そんなもの出してみろといっても、物として実際は出てこないけれども、しかしある。無いけれども有る、というそういう世界こそが、真善美の世界であって、それによって初めて人間は人間として生きていけるという、そういうことがはっきりわかるということです。
 
金光:  そうですね。本当に学問じゃなくて、そういう人間全体を見たときには、今先生がおっしゃったような世界こそ、精神分析とか、あるいは仏教とかキリスト教とか、宗教全般にも通じる世界。そこに本来の人間が人間として生きていく世界があるんだというふうに伺いながらお話を聞かせていただきました。どうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十九年一月二十九日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである