イスラームという生き方@帰依する人びと
 
                京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授・
                同付属ハダーリー・イスラーム弁明研究センター長 小 杉(こすぎ)  泰(やすし)
1953年、北海道夕張市生まれ。1983年、エジプト国立アズハル大学イスラーム学部卒業。1985年国際大学中東研究所主任研究員・主幹助教授、1989年国際大学大学院国際関係学研究科助教授、1997年国際大学大学院国際関係学研究科教授、1998年京都大学東南アジア研究センター教授、1998年京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授、1999年京都大学法学博士。
            立命館大学授業担当講師        小 杉(こすぎ)  麻李亜(まりあ)
1981年、熊本県玉名生まれ。2004年、立命館大学文学部史学科卒業。2009年、立命館大学大学院先端総合学術研究科博士課程修了、博士(学術)。ニューヨーク州立大学シトーニーブルック校客員研究員、ブルネイ・ダルサラーム大学イスラーム研究所客員研究員などを経て、現職。
 
ナレーター:  今日から始まる新たなシリーズ「イスラームという生き方」。イスラームの聖典クルアーンの一節を紹介しながら、イスラーム教徒ムスリムたちの生き方を十二回にわたって読み解いていきます。第一回は、「帰依する人びと」と題してお送りします。お話は京都大学大学院教授小杉泰さん、そして立命館大学授業担当講師小杉麻李亞さんです。
 

 
小杉:  「イスラームという生き方」のお話をしたいと思います。今回このシリーズでイスラームを取りあげるのは初めてということでとても楽しみしております。みなさん、どうぞよろしくお願い致します。日本とイスラームの関係を考えますと、実は意外に新しいですね。石油をイスラーム圏からずいぶん買っていますから、そのことはみんなわかってるんですけども、顔が見えるという関係から言うと、このところ非常に訪日客、観光客やビジネスでいらっしゃる方が増えている。あるいは東京の渋谷区に東京ジャーミイ(代々木上原駅に程近い渋谷区 大山町の井の頭通り沿いにあり、オスマン様式によるモスクを特徴とする)というトルコ風というんでしょうか、とても綺麗なモスクがございますけども、そういうところに観光バスで日本の人もいろいろ見に行くというようなことで、文化的な交流、あるいは人的な交流が非常に深まっています。こういう時代を考えると、イスラームがだんだん身近になってきたなぁと思いますけれども、イスラームが生まれたのは七世紀ですので、もうずいぶん前のことです。世界三大宗教の一つ―三大神教ですね―一つと言われてますけれども、信徒の数が世界人口のおよそ四分の一。地域でも東西に非常に多くの国に広がっています。そういうことを考えと、こういうグローバルな時代ですから、その地域でどういう人が生きているのか、どんなことを考えてるのかと知るのは非常に大事だと思うんですけれども、それが意外に今まで接点がなかった。そこで現在進行形としてのイスラームをまあ少しでも知ることができればなあと思っております。イスラームというと、当然七世紀のアラビア半島の話も出ますし、当時できた聖典を今でも信仰しているというようなことで古臭いイメージもあるんですけれども、イスラーム圏に生きている人たちも今同じ時代を生きているわけですから、私たち同じ現代人なんですね。で現在を生きている同じ人間同士として、互いに理解しあうことが大切なんじゃないかなと思っています。「イスラームという生き方」というこの題名なんですけれども、これまで日本人にとっては、どっかなんか遠い異国の宗教みたいなのイメージの強かったイスラームですけれども、現在というもの、あるいは近代に入って以降というものを考えてみると、宗教の役割というのは縮小するのが普通なわけです。ところが、イスラーム圏ではイスラームの復興が起こって、信徒数もどんどん増えている。で話を聞いても、訪日客の話なんかでもそうですけれども、イスラームの戒律ということを気にしている。どうしてそういう現象が起こるのか。この世俗化の進むはずの近代においてなぜ宗教が復興しているのか。先ほど言いましたように、現代人ですから、我々と共通してる面もあるのですけれども、この宗教の面についてはずいぶん違う感じもする。でそこでイスラーム教徒―アラビア語では「ムスリム」と言いますけど、ムスリムたちが何を求めて生きているのか。彼等と話をしていると、「イスラームは社会生活の全てを律する教えだ」ということをよく言うんです。そこから政治と宗教をわけないとか、あるいは宗教と経済が絡むというようなことが起こってくるんですけども、これいったいどういう意味なのか。現代でそういうことを言うというのは、どんなことなんだろうか。そういうところを描いていってみたいと思います。このシリーズは、私、小杉泰と娘の麻李亞で進めたいと思います。私は、若い時にエジプトで八年間留学生活しておりました。でその中で暮らしの中のイスラームというんでしょうか、人々が生きている。あるいは実践してるイスラームに触れました。研究そのものは古典的なテキストを読む仕事なんですけれども、そういうテキストが現代でもまた読まれてるというのも驚いたことでしたけれども、そこでそういう古典の世界と実際の社会をこう組み合わせてイスラームをいろいろ考えるということをやってきました。地域的にいうと、一番の中心は中東です。麻李亞は、私が留学していたこともありまして、二歳になるまでエジプトで過ごしました。で大きくなってからは文化人類学を専攻するようになって、東南アジアのイスラーム圏を得意とするフィールドワーカーになりました。フィールドワーカーですので、もっぱら現実に生きている人たち―都会の人も村の人もいますけど、そういう人たちと向き合ってきたわけです。でテーマとしては、聖典であるクルアーンの朗唱、つまり音としての調査というものもやってきました。そういう経験の中でみたイスラームの風景を毎回番組の後半に紹介してもらいたいと思っています。たまたま父と娘ということなりますけれども、研究者として、こういうふうに専門分野、あるいは対象とする地域が異なる二人が組み合わさるというのが、イスラームを広く深く伝えることを目指す時に役に立つんじゃないかなぁと思った次第です。イスラーム世界というのは非常に広いですし、地域差もございます。それから世代も違うんですね、イスラームというと、なんかずーっと同じもののような気もするんですが、実際には世代によって随分考え方も違います。それから男女の違いというのもあります。よくイスラームの女性隔離という誤解があるんですけど、人口の半分を隔離することは不可能ですから、本当にあるのは男女分離というか、場所場所にわきまえて、男女があまり交合わないようにする工夫とか、家庭で交わるわけですけれども、そういうところでいうと、やっぱり男性から見えるイスラームと、女性から見えるイスラームともすごく違うんですね。そういうことも併せてイスラームのなかの変わるもの、変わらないもの。地域の差のあるもの、ないもの、そういうことを考えて理解を深めていきたいなと思っています。それから用語のことなんですが、既に「クルアーン」という言葉を言ってしまいましたけど、聖典はズーッと長いこと日本では「コーラン」と呼ばれてきました。それから宗教も「イスラーム」と伸ばさない。最近は「イスラーム」と伸ばすのも増えてます。両方混ざっていますけれども、このシリーズでは、ラジオで、音で聞いて頂くということもありますけども、アラビア語の原音を尊重して「イスラーム」と伸ばす。「コーラン」は、「クルアーン」というふうに呼ばしていただきたいと思います。番組では毎回、鍵となる言葉を選んで少しご説明させていただきたいと思います。まだまだイスラームに関係する言葉というのは、日本では馴染みがないこともあるかなと思いますので、まず今日は第一回ですので、「イスラーム」と「ムスリム」。イスラームは帰依。教えに従う、帰依するという、こういう言葉と、それからムスリムは帰依者ということなんですね。この二つを説明したいと思います。アラビア語というのは、面白い言葉で、語根(ごこん)―言葉の根になる動詞というのがあって、その動詞からいろんなことが出てきます。イスラームの言葉のもとになるのは、「安心である」とか、「安全である」という動詞なんですけれども、そこから「身を任せて安心する」と。日本語ではそれを「帰依」というふうに訳してますけれども、そういう意味の言葉です。それが「イスラーム」。で、そのイスラームをする人が行為者名詞というふうにアラビア語の文法では言いますけで、それが「ムスリム」。イスラームの信者ということですけれども、「帰依者」ということになります。イスラームの聖典であるクルアーン。その中にこういう句があります。クルアーンというのは、アラビア語で書かれていて百十四の章に分かれてますけど、その中の「イムラーン家章」第十九節、
 
まことにアッラーの御許(みもと)の教えは、イスラームである。
 
こういうふうに言われています。もう一つ見てみます。今度は「家畜章」という章の中にある一六三節。この節は、ムハンマドに対して次のように言いなさいというふうに、命じられてる内容が書かれていますけど、そこで
 
彼―彼というのは神のことですね―神に並び立つものはなに一つありません。私はこのように命じられました。私は最初のムスリムです。
 
こういうふうに帰依を命じられたのがムスリムであるということが書かれています。ここを見ると、つまりイスラームにおける帰依というのは、神への帰依、唯一絶対の神―一神教ですので、その神に対してだけ帰依することですという、こういう意味なんですね。しかもクルアーンの章句をよく見るとですね、私たちが今この番組で話題にしてるイスラーム。宗教としてのイスラームというものと、同時にそうではなくて、根源的な帰依、神に対する帰依そのものをイスラームと呼ぶということもされています。ムスリムが帰依者であると。そうしますと、イスラームが帰依だという時に、この特定の宗教としてのイスラームを指さないんであれば、人間の生き方そのものだと。それを指しているんだという考え方もあります。先ほど挙げた、章句にあると、「アッラーの御許(みもと)の教えは」というのは、これはすべての本質的な教えはという、こういう考え方につながるということなんですね。で その原型として、クルアーンが挙げているのは預言者イブラーヒーム。イブラーヒームというふうにアラビア語で聞くと、誰かなと思いますが、これは聖書でいうアブラハムなんですね。でアブラハム―アラビア語のイブラーヒームは、「諸預言者の父」、いろんな預言者が子孫から出ましたので、そういうふうに呼ばれていますけれども、それがクルアーンで何と言われているかというと、これは「イムラーン家章」というものも、六七節ですけれども、
 
イブラーヒームはユダヤ教徒でもキリスト教徒でもなかった。しかし、純正な一神教徒、帰依する者であり、決して多神教徒ではなかった。
 
こういう意味になります。イブラーヒーム(アブラハム)は、イスラエルの民よりも、キリスト教よりも前の人ですので、そうすると、この三つの宗教、実は兄弟の一神教、アブラハムに源があるもので兄弟宗教―「姉妹宗教」と言いますけれども―だと、こういうことになるんですね、同じ唯一の神を信じているわけですから、時々アッラーはイスラムの神であるというような解説を目にすることがありますけれども、唯一神を表すアラビア語がアッラーなのであって、唯一神がいろいろあったらおかしなことになるわけですね。そうすると、このイスラームというのはアブラハムの教えをもう一回ムハンマドが持ってきたんだと、こういうことを言います。でこのムスリムの名前を見るとですね、実はこの聖書に出てくる名前とかがたくさんあって面白いんですね。でキリスト教とか、ユダヤ教とイスラームは別の宗教だと思っていると、ちょっと驚いてしまいます。例えばアラビア語で「ヤフヤー」というのは「ヨハネ」。「ユースフ」というのは「ヨセフ」。「スライマーン」というのは「ソロモン」。「ダーウード」というのは「ダヴィデ」と、こういうような名前がたくさんあります。ムスリムの名前なんですね。これはよく考えてみると、こういうことを考えると、イブラーヒームの子孫達にいろんな預言者たちがいて、そういう人達から三つの宗教が出て、つまり根っ子が同じだと。それで何となく、今の中東とか、対立とか,混乱、いろいろありますので、一神教同士でというのは喧嘩するんだとかという議論もありますけれども、その一方でこういう元々の根っ子が同じだということを考えれば、本当はそういうつまらない争いだとかをしないで、混乱を超えて仲良くする道に広げるんだっていうこと言っている人もたくさんいます。このシリーズでは、だんだんに宗教的な対立とか紛争がどういうことなのかという、現代の問題もいろいろ考えていきたいと思います。アラビア半島の中で七世紀にイスラームは誕生しました。で開祖は預言者ムハンマドといいますけれども、彼が預言者と名乗ったのは、七世紀ですけど、生まれたのは西暦に直すと五七○年頃。それで「マッカ」―普通は「メッカ」と呼ばれて呼ばれていますけど、この番組では原音で「マッカ」と呼びたいと思いますけど、マッカの町に生まれました。マッカというのは、商人の町だったんですね。そこを支配しているクライシュ族というのは、みんな商業で身を立てていました。ムハンマドはそのクライシュ族の中の小さな氏族に生まれました。日本のイスラム史ではですねクライシュ族の枝分かれしたのをなんとか家と呼びますけども、ハーシム家という家に生まれたんですが、このマッカというのは乾燥地帯にございます。乾燥地帯というのは当然水源がないと暮らせないんですが、マッカは人間が生きるには十分な水は出たけれども、農業をするところまでにはなかったという。そういう場所なのでみんな商用で身を立てるようになりました。で当時商業が盛んだったんですが、それが成功した結果、富裕な階層が社会を支配して、貧しい人たちを差別・抑圧する状況もありました。それから当時は部族的系譜ですね、私は何々の子孫なんだというようなことを誇る人たちがアラビア半島に住んでいた。ですからまぁ今いうふうにいうと部族主義というものですね。クライシュ族はその中でもそういう系譜を誇るような一族ではあったんですけれども、その中でもこの家がいちばんだとかということがあって、そうしますと、富と血統が支配しているようなそういう状態でありました。でイスラームが誕生してから、この時代のことを「ジャーヒリーヤ時代」と呼ぶようになりました。「ジャーヒル」というのは「無知なる者」「知識のない者」という意味で、日本語ではこれ「無明(むみよう)時代」明かりのない時代というふうに呼んでいます。その意味は、神を知らない、本当の神を知らない、あるいは宗教的、人間的倫理に欠けたところがあるということを言っているわけです。ただのその時代の全てが悪いというわけではなくて、例えば旅人をおもてなすとか、人に優しくするとかという部分もありましたので、それはイスラームに取り入れられていたんですが、悪習もたくさんありました。特に酷かったのは男尊女卑ですね。男尊女卑が激しくて、女の子が生まれると生きたまま埋めて殺してしまうというような悪習もありました。これはクルアーンの中でも厳しく批判されています。そういう時代に対して、イスラームというのは、無明時代の悪弊を否定して、そういう悪いことはやめなさいと言って、社会改革を行うのがイスラームだという側面が強くあります。お金持ちが偉いとかですね、部族の系譜が立派な人が偉いとかっていうものに対して、イスラームが唱えたのは、人間は神の前で平等なんだということであります。でこれは私たちが聞けばすぐ納得する教えかもしれませんけれども、当時の支配階級から見ると、富裕者の権力を否定するわけですし、それから部族の系譜というのは、多神教と結びついていましたから、神々とも結びついていて、一神教で人間は平等だというのは社会秩序を覆すものだというふうに考えられて、激しい弾圧があって、イスラームが確立されるまでには長い戦いの時間もありました。そうしますと、イスラームには不義とか不正を批判して、正しいことや公正、公平、人間の平等を求める精神が形成期から満ち溢れてるわけです。それが現代にも引き継がれてるところがあると思います。言い換えていうと、「帰依」と聞くと、私たちどうしてもこう従順とか、まぁただただ受け入れるみたいなイメージがありますけども、そういう受け身なことだけじゃなくて、帰依するということには、正しいことや人の虐げられている人を助けるとかっていう、そういうことを志して社会改革をすべきだいう考え方も含まれているんです。イスラーム世界では、今もクルアーンを毎日読んで、モスクで毎日祈るムスリムたちがいます。その生き生きとした姿を娘麻李亞に伝えて貰いたいと思います。
 

 
麻李亜:  皆さんはじめまして、小杉麻李亞です。私の生まれ育ったエジプトやフィールドワークを行った東南アジアなどのイスラーム世界各地で目にしたイスラームの風景をご紹介したいと思います。まずちょっと音を聞いていただきましょう。(声が鳴り響く)みなさんがなんとなく聞いたことがあるかも知れない今の声は、金曜日に鳴り響く礼拝を呼びかけるアザーンです。何を呼びかけているかというと、「アッラーは偉大なり」という言葉で始まり、「礼拝に来たれ」「成功に来たれ」というふうに言って、信徒をモスクに誘(いざな)っています。人々は、週一回、金曜日になると、モスクに集まって金曜礼拝を行います。モスクに集まってきた人々は、前の方から思い思いに座り、座るとまず導師イマームの説教を聞きます。クルアーンはアラビア語で読まれますが、説教はそれぞれの地域の言葉で行われ、人々にしっかりと届くような身近な言葉で語られます。説教は季節に合わせていろんな宗教的なトピックが話されます。例えば断食の時期が近づいてくると、イマームは断食の意義を説いて、徳を積むチャンスなのでしっかりやるよう、みんなが断食をしっかりと行なえるように励まします。宗教的な話題だけではなく、男性に人気があるのは、国際情勢を反映した政治の話です。それに対して、女性は政治の話は好きではありませんので、家庭生活にまつわるアドバイスなどが喜ばれます。そして、礼拝になります。イスラームといえば、浮かぶのがモスクの床に額をつけて額(ぬか)ずく礼拝の姿ではないでしょうか。帰依を表す最も優れた形と言われるのが平伏礼です。平伏礼は、いわゆる土下座の形をした礼です。両手と額、鼻、膝と六点を床に付けて、「スブハーナ・ラッビヤル・アアラー!」(最も至高なるわが主に称えあれ)と唱えます。額を床に付けることを「サジュダ」。これをする場所が「マスジド」、すなわち英語や日本語で言うところの「モスク」のことです。日本人と違って、頭も下げて挨拶するという習慣さえない人たちにとっては、床に額をつけると言う行為は、とても特別な行為です。人間同士では、してはいけない服従の動作を神にだけするというわけです。人間同士は、礼拝が終わってから、目と目を合わせて握手をして挨拶をします。人間同士が横一列に並ぶのは、神の前での平等を表しています。お金持ちでも、貧しい人でも、来た順に並び、列の中で場所を選ぶことは許されません。ちなみに男性と女性は同じ列には並びません。男性と女性の間というのは、中東ではカーテンや部屋などで安全に仕切ってしまうことが多いですが、東南アジアでは腰までの高さのパーティション(partition:部屋などの間切り)などで緩やかに分けます。そして、礼拝が終わると、貧しい人たちに施しのお金をあげます。今お話したような帰依の行為を、週に一回、共同体で行うのが金曜礼拝になります。モスクでの礼拝にも帰依としてのイスラームの姿がよく表れています。
 

 
小杉泰:  イスラームという生き方、第一回の今日は、「帰依」という言葉に注目してお伝えしています。この「帰依」というのは、人間としての信者、あるいはイスラームに限らないで、人間が教えに従うことだということを申し上げましたけども、私のエジプト人の友人が、こういうことも言っています。「唯一神に従うというのがムスリムという意味なら、実は自然界は全てムスリムなんだ」と。つまり自然界の星でも、天でも、動物でも、植物でも、すべて自然の摂理に従って生きているわけですね。そのことを彼は言ってるわけですけれども、それはクルアーンの中にも出てきます。クルアーンの「ヤースィーン章」というのがございますが、その中にある太陽と月に関するところをちょっと見て見たいと思います。
 
太陽が月に追いつくことはありえず、夜と昼は先を競うことはできない。天空のすべては、それぞれの軌道を進むのである。
 
こういうふうに「神の徴(しるし)」というんですけども、神が存在することを示すようなものということで、よく天体が現れます。今の章句は、すべてのものが神に従って、天の摂理に従って生きているんだと。私の友人はそれを「自然界はすべてムスリムだ」と言っているわけです。ところが彼に言わせると、「人間だけが違うんだ」というんですね。「神に帰依することも、否定することも人間だけはできると。その選択権を与えられているのが、人間存在の素晴らしいところだ」というわけです。確かに動物が自然の摂理に反する自由があるとか、そんなことは起こらないわけですね。しかしよく考えてみると、人間でも生まれたての赤ちゃんは、自然の摂理に従って生きている。それを「天性(てんせい)」というわけですね。まあオギャッと生まれた時から、赤ちゃんは自然のままに生きて、可愛らしくしてるわけですけれども、それは天性で、人間はみな神の摂理に最初は帰依している。ところが大きくなってくるに従って、この帰依か自由かということが出てくるという。こういう考え方ですね。この「帰依」という言葉を使いました。あるいは「従順」とかですね、「教えに服従する」とかと言ってもいいんですけども、こういう言葉は、近代ではあまり好まれません。我々の価値観から言えば、自由が人間的価値として重要だというふうに考えるわけですね。このことから価値の対立することがしばしば話題になります。イスラームと西洋と価値が対立してるというときには、このイスラームでは信仰による服従があるんだと。それに対して、近代的な考えでは、自由で、自立した個人が大事なんだと。ここが対立しているんだという。ところが、これはよくよく考えてみると、一方が服従で、自由を否定していて、もう一方が自由を大事にしているということだけじゃなくて、そういうことよりも、自由そのものが何だということの考え方の違いがあるんですね。そこまでちょっと掘り下げてみたいと思います。先ほど申しましたように、イスラームが始まった時は、富とか血統とか、そういうことが人間の価値を決めるという社会があって、それに基づいて強いものが支配してるという時代があった。それに対してイスラームは、人間の平等とか、虐げられている者たちを護らなければいけないという、そういう社会改革を唱え、そういう新しい価値を説いたわけです。で、神への帰依というのは、この文脈から考えると、そういうふうに人間が他の人間を支配する。人間が他人を隷属させる。あるいは独裁者が気ままに勝手に命令をするという、そういう状態からの解放というメッセージがあるんですね。神に帰依する場合には、人間の暴虐には服さないぞという。それを私の友人のアフマド氏の言葉をちょっと借りたいと思いますけども、「帰依とは自由意思による主体的な選択だ」と、こういうふうにいうんですね。そうしますと、帰依というのが単なる服従で、自由の否定だと。こっち側には自由というものがあるという、こういうふうに対立させるというのは間違いということになってきます。言い換えると、帰依というのは、受動的な服従のことではなくて、自ら積極的に人生を生きることなんだと、こういうことなんですね。そうしますと、ここでは服従か自由かということじゃなくて、自由に生きて、責任を果たすということはどういうことなのかということが問題になってくるわけです。この問題大事なところなんで「イスラームという生き方」ということで、これからも考えていきたいと思います。
 
     これは、平成二十九年四月九日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」に放送されたものである