終末からの光に照らされて
 
                  青山学院大学元講師 野 村(のむら)  祐 之(ゆうし)
1947年、東京生まれ。青山学院大学文学部神学科を経て、 イェール大学神学大学院修了。世界教会協議会(ジュネーブ)勤務、ニューヨーク東ハーレムの教会伝道師、米国初のホス ピスでのボランティアなどを経験して帰国。1990年にB型肝炎の肝硬変とわかりダラスで肝臓移植を受ける。2000年には脳梗塞で倒れ、2008年、肝臓ガンのため再度肝臓移植を受ける。青山学院大学、同女子短大、宮崎大学でキリスト教学、キリスト教美術、生命倫理などを教える。
                  き き て     浅 井  靖 子
 
ナレーター:  今日は、「終末からの光に照らされて」と題して、青山学院大学女子短期大学元講師の野村祐之さんにお話を伺います。野村さんは、大学でキリスト教美術や生命倫理などを教えてこられました。定年退職されたばかりの去年四月、思いも掛けなかった大腸癌のステージ4を宣告されました。これまで聖書に記された「いのち」という言葉を手掛かりに、生命倫理を探究してこられた野村さんに病を得た今感じられるいのちの実感をお話頂きます。聞き手は浅井靖子ディレクターです。
 
浅井:  ちょうど一年前でしょうか、停年を迎えられたばかりの頃に、突然大変な病であるということを告げられたということなんですけど。
 
野村:  ちょうど今から一年前ぐらいになりますけど、実は僕が今から二十七年前なんですけれども、肝臓移植を受けてるんですね。あのB型肝炎に感染していて、それが肝硬変になって、その末期で肝臓移植を受けて、B型肝炎で肝臓移植を受けて二十八年生きているというのは、世界でも珍しい例ということで、移植後というのは、今度いつ拒絶反応が起こるかわからないし、月に一回から一ヶ月半に一回は病院に行って、血液検査をして、しかも、一年間の中で、例えば内視鏡―口からとか、反対側から入れる内視鏡の検査とか、それからCTスキャンだとか、MRIだとか、それも最先端の検査を毎年毎年定期的にやっていたんで、もし何か異常が起きてもすぐに発見される。だからいわゆる早期発見で、まぁろくなことがないにしても、それほど大事には至らないだろうと思っていたわけです。ほんとだったら二十八年前に、この世から去っていたような命なわけです。ですけれども、その移植という機会が与えられて、生まれながらの僕と、それから臓器提供してくださった方の命と、二つの命がある意味で支え合って歩いてきた二十八年間であったし、そうやって生かされた自分の命を、また今度他の人を支えるために、生かすためにどうも用いていくか。そんなことも体験的なことも学生に話したりしながらも、停年まで迎えることができたんです。いつもの外来で、「またそろそろ内視鏡の検査しましょう」と。僕は、検査のあと、身だしなんか整えて去ろうとしたら、先生が来て、「野村さん、来週ちょっと時間ありますか?」と言うんですね。「奥さんというか、おうちの方も一緒に来れるかしら?」と言うんで、「いいですよ」。去年の検査というのは、自分でも変ですけど、ほんとにお医者さんが、「こんな綺麗な大腸見たことない」というぐらい綺麗でね、「なんの心配もありませんよ」と言われていて、その一年後だから、〈お、またあの手の話だな〉と思ってですね、連れ合いと一緒に行きました。そしたらば、先生が、「あ、ちょっとこっちの部屋で」と言って、なんかコンピュータの画面がね、そこにグラフが書いてあるんですけどね、そこに10、20、30と書いてあるんです。で、「野村さんの場合は、ここまでは」って、30のとこ先生が指されたんですね。〈あ、そうか。これはあと余命だな〉と思ったのです。10年、20年、30年、ぼくもそろそろ七十ですから、八十、九十、百、そこまでは望むべくもないと。そしたらば、お医者さんが、「いやいや、これ何年じゃなくて何ヶ月です」という。「野村さんの場合、その辺で10ということは、十ヶ月あたりです」。「それってどういうことなんですか?」何を言われているのか全然見当がつかなくて、そうしたらまた検査の画像が出てきて、「これが去年です。これが今年です。ここのところに癌があります」。僕はどっかで聞き知ったか、読み知った知識ですね、大腸癌というのは早期発見ならば、なんか本当に摘まみ取るようなことでね、あと再発しないように生活を正してね、食べ物を気にして、運動してとか、すればいいな、とすぐ思ったんです。僕の場合、早期発見間違いなしだと思ったから。そうしたらば、「野村さんの場合、ステージ4というんですけども」というんで、「もう手術ですとか、それからの放射線治療とか、そういった方法も多分もうやることできなくて、あとは抗がん剤でどれだけ抑え込むかっていう段階に入ってます。ですから、それでもし何もしなければ、多分あと十ヶ月届くか、もう少しはっきりいうと、八ヶ月から十ヶ月ぐらいじゃないか、というのが、我らの今の見立てです」と。僕の場合はですね、「肝臓に転移してる」。ポンポンポンと五つ、まるでサイコロの目みたいにね、黒いポンポン。「これ全部癌です」というんです。「直径二センチから三センチ近くなのが肝臓の全体に散らばってます」。一緒に生きていた肝臓に、僕はなんで可哀想なことしちゃったんだろう。なんて失礼なことをしちゃったんだろう。そういう気持ちがまずきたんですけども、それから落ち着いて考えてみると、これはただ事じゃないぞということで、急にですね、目の前真っ暗というか、でも連れ合いとも言葉は交わせないというかね。ある意味でもの凄い共有感はありました。この現実に二人で直面して、ある意味でよかったなというかね。末期でお終い。あと運がよければ八ヶ月、十ヶ月こうやっていける。さすがの僕もというか、切羽詰まった感じがした。それでまぁ人というのは、でも生あれば誰でも最後は行き先決まっているわけですよね。この世に生まれた時から最終的にどうなるのと言ったならば、亡くなるしかない。それで面白いことに、日本語で「命」という字は、「命」という漢字。あれしか書きようがないと思うんですね。そうしたら「命」というのは、「命令の命」なんですよね。「天命」という言葉があって、我々が生まれるというのは、自分勝手に生まれてきたんでも、偶然生まれ出たんでもなくて、それは天の命令で、さあお前は行きなさい、この世にね。この両親のもとで、こうやって男との子、女の子として生きなさい。だから天の命令としてこの世に生まれ出てきていると。そういう意味でいうと、最後死ななきゃ、せっかく生まれたのに死ななきゃいけないのか。いや、それも天の命令、往生する。いわばこの世からあの世へと生き生まれるですよ。新たに生まれていく、という。ですからこの漢字の世界も、あるいは仏教の世界、キリスト教の世界も、そういう意味でいうと、人間は最後はこの世では、地上では死んでいくんだけども、それも本当はただ悲劇的なこと、残念なことではなくて、それを超えたなんかがあるんだよっていうのは、理屈としてはわかる。ところがそれが想定外でバーンと目の前に来た時は、もうバーンとなるしかないという感じだったんです。でもまあ落ち着いて考えると、生まれた以上は死ななきゃいけない。最後は終点がある。という意味でいうと、たまたまここ僕が住んでる場所は、井の頭線という電車が通っているんですけど、その井の頭線というのは、渋谷から始まって吉祥寺(きちじようじ)というところで終点になる。一旦渋谷で電車に乗った以上は、最後乗り継いでくれば吉祥寺で終わって、その先には行けない、というのはわかっている。今までみんなと一緒に楽しんでいた人生だと思っててね、みんなで支え合って助け合って、電車の中でも席譲り合って、仲良くいきましょうと思っていたのに、急にそれがですね今度は自分が乗ってた電車の運転席に自分がポンと坐らされちゃったって感じがしたわけです。最後は君がやれ、この電車を。あと終点まで運転しなさいと。君の電車だから、というわけで。あんたが運転席だって言われたって。そうすると、目の前に見えてるのは終点の吉祥寺なんですよね。
 
浅井:  それは電車でいえば、吉祥寺という駅ですけれど、人生でいうのは、吉祥寺というのは?
 
野村:  終点ですよね。最期の「死」ということですよね。「人生の終末」というかね。ある意味でいうと、そこにどう無事にたどり着くというか、無事というのはトラブルなくてということじゃなくて、心を安らげて、そのままうまく着地するというかね、上手にブレーキかけて、はい。止まりました。おめでとうございました。じゃあ人生から降りてください、と言うことに集中して。それまで僕が思ったのは、やっぱりその「終末」とか、「死」とか、「人生の終わり」というと、最後はなんか暗いというかね、今はそこそこ元気にしてて、美味しいもの食べて、いろいろピカピカするもんも目につくし、たまには輝くような経験もしたい。だけど最期はやっぱり暗いというか、ブラックホールじゃないけれども、その死に吸い込まれていってね、そこをどう正当化しようと、どう信仰的に乗り越えて、あの世と言おうと、それで全ておしまいと言おうと、最後とにかくそこには吸い込まれていっちゃうんだな。ところが、それで運転席に乗せられたらば、その終末というか、終点からものすごい光り輝いているというかね、こっちだぞという光、その光を外さずにちゃんと運転していけば、そこにたどり着ける。それでちゃんと、はい、次はどこで停まって、それはですね、ちゃんと専門のアドバイザーがいて、つまりお医者さんがいて、はい。じゃここで抗がん剤。次はこういう検査でチェックしますからね、という、そのアドバイスで、時々電車を停まるべきところで停めながら、最終的には終末のあの光に向かって行けばいい。そうすると、今、僕がどこにいるかいうことは、二の次の問題になってきたんですね。その光の輝くその終末点に無事到着するということが、今の僕にとって一番の目標があって、それに至る途中経過として今がある。ただそういうふうにいうと、今まで、今中心に、今どこにいる。今どうだ、こうだ。今の積み重ねが最終的には、終末終点にたどり着くと思ったんだけれども、いやその終末の光に逆に照らされて、それとの関係で自分が今どこにいるかという。もう後ろを振り返る余裕もないし、必要もない。そんなのは二の次のことで、向こうにむけて。そうすると、そういうふうにいうと、この時間軸というのもですね、時を計るという時に、その時計が計っているのは、長さでしかないなと思ったんです。カチカチカチカチという、例えば一センチ、二センチ、三センチ、というような、長さを機械的に計っているだけで、そういう意味でいうと、人生というのは長いほうがいいっていう考え方もできた。でも時には、その深さがあるんじゃないか。本当の心の底に響くような意味深い時をどれだけ持てるか。そういう深い心に響くような、思い出に残るような時を持てたということが、その時ばかりとは言いながら、この時計というのは、単に長さしか計れなくて、時の深さを計れない。その意味深い時間というのは、何十秒かもしれない。例えば「今まで見た映画で一番思い出に残っているのは何ですか?」「あの『ローマの休日』です」「それ何時ですか?」「あれ、高校生の時に見たから、今から何十年前。あのときオードリー・ヘップバーン(英国の女優。アカデミー賞、トニー賞、エミー賞、グラミー賞のすべてを受賞:1929-1993)の姫様がね、素敵な髪の毛をバサッと切ってね。あの場面が」という人がいるかも知れない。それってね、場面としては数十秒かね、一、二分ないと思うんです。どうして何十年前、高校の時に見たその数十秒が、今でも一番懐かしい映画の中味として残ってるか。その時に本当に心に深い感動したね、深い時を経験した。だからその時間も何も超えて、今自分の一つの輝きの思い出の懐かしさの一つになってみたいな。僕の場合にはあと半年かもしれない。一年あれすればラッキーですよ。幸い、今、ほぼ一年目を迎えようとしているんで、ラッキーだと思うんだけれども、それだけ他のどうでもいいことは脇において、今生きている命の喜びというか、味わえというか、その深い時を生きるチャンスを与えられた。それを生かして、チャンスして受け取るかどうかは、またこっちの問題ですけどね。もう抗ガン剤のせいで何が痛いの、ここが痛いのと言い出したら、切りがないぐらい文句いっぱい言うこと出てくるけれども、逆にいうと、それによっていかに今まで恵まれていた、何気なくこんな口にしてたもんが、いかに美味しかったか。誰かと一緒に食事した時の懐かしさみたいなのがまた甦ってきてね。再びあの楽しい、あの懐かしい思いになったりとか、あるわけですけれども、そういう意味でいうと、人生の終末に向けて、その中でどうやって生きていくかってことが問われるような気がして。そうすると、今の僕の生き方というのも、僕だけが自己満足で、じゃ今食えるうちに食えたいものを食っておこうとかね。お金だってね、意外とこうなっちゃうと使い道なんてないですよね。外国旅行へ行こうたって、そんな体力も何もないしね。ただ自暴自棄になるのもしょうがないかもしれないけれども、それも今度あと遺された人は、それを背負って最後まで、僕のことを思ってね、生きていかなきゃいけないかも知れない。だとしたらば、やっぱり最期ここのところで、この与えられた命を、天が生きよいってね、こういう条件の中で生きようとしたとすると、お互いに支えられもし、もしできる部分があれば支えて差し上げることもしながら、一緒に生きていこうかな。その意味いうと、「いのち」ということが、改めて自分の中でも問われてきて、僕はクリスチャンですから、聖書というのが一つのものを考える時の一つの指針になるわけですけれども、「命」という言葉いっぱい出てきます。聖書のもの凄く大事なキーワードの一つですよね。それも聖書というのは、もともとはギリシャ語で書かれているんで、それをギリシャ語の聖書で見てみると、日本語に「いのち」と訳されて言葉が、三つあるんですね。一つは、「プシュケー(Psyche)」というギリシャ語なんですけども、それから「ビオス(bios)」と「ゾーエー(zoe)」と、この三つなんです。「プシュケー」「ビオス」「ゾーエー」。「プシュケー」というのは、僕の現代的な解釈で言えば、その人の存在というか、存在感というかね、存在する自体、個人としての存在としての命みたいなのが「プシュケー」です。ただもう一つは、「ビオス」というのは、これは英語になると、「バイオ(bio)」という発音になって、これはみなさんも、「バイオロジー(biology:生物学)」ですとか、それから「バイオグラフィー(biography:伝記)」だとか、「バイオエシックス(bioethics:生命倫理)だとか、バイオ何々とか、この頃はもの凄く大流行で、まさに我々が一般的に使ってる「命」という、具体的な生物学的な。ですから、今のあなたの体の様子も血液検査をして、その数値として見れば、あ、ちょっと腎臓がアレですね、大事にしてください、とかってわかるような客観的にとらえられる、そういう命というのが「ビオス」です。今度はもう一つが、「ゾーエー」ってことなんすけれども、これはあんまり今言われていないと思うんです。ところが、結論からいっちゃうと、聖書の中でどれ一番大事かというと、「ゾーエー」なんですね。「プシュケー」というのは、個人的な個々の命だから、それは脇においてていいんですね。それで「ビオス」と「ゾーエー」というのは、メーンになってくるんですけれども、その「ゾーエー」という関連の言葉は、僕が数えた中では、新約聖書のギリシャ語、全部調べてみたらば、「命」という時に、「ゾーエー」という言葉が百三十四回。じゃ今流行りの「ビオス」はどうか。十一回なんです。聖書は、ビオスにほとんど関心ないというかね。使われてるその箇所を見てみるとわかるんですね、そんなことにひっからまっていちゃだめよと。そんなことに気を取られていると、肝心な命を失っちゃうよ、みたいな使われ方が多いんです。何故かというと、ほんとに大事なのは「ゾーエー」だからという。「ゾーエー」という言葉が表している命が一番根底的な大事な命で、じゃ「ゾーエー」という語源になっている単語は何ですか?というと、動物園何と言いますか? ズー(zoo)ですよね。あれ「ゾーエー」そのままなんです。これもの凄く象徴的だと思うのは、今度じゃビオスの方からみると、ビオスの現像とは自然科学博物館だと思っているんです。じゃ、パンダってなあに?という宿題が出て、子供が行って、そこに剥製があってね、パンダというのは分類学上はどうで、餌はどういうもんを食べて、子供は何匹産んでとかね、もの凄く知識としてのパンダのことはもの凄くわかる。これで動物園に行った方の子どもというのは、分類学上何かというよりも、あ、こっち向いたとかね。あ、竹上手に持って食べているとか。あ、転んだとかね。こっちに来てとかっていうね。生きて動いているその姿というのが、生きて動いている一人である人間の自分と響き合ってというかね。ですから自分との関係の中で生き生きと生きてる命、それが動物園のあれですよね。ですから動物園で、動物のいるところがなんかぐしゃぐしゃで、ちょっと小汚くて、寂しげだと、せっかくアフリカのサバンナを走っていたキリンやシマウマがね、こんなどろんこのところでかわいそうだな。こんなだったら、アフリカに帰した方がいいんじゃないのと思う。ですから分析的な知識、客観的な知識としての命というのはビオスの見方で、本当に生き生きとダイナミックに生きている、ともに生きる命としてのは動物園のパンダ。ですがその「ゾーエー」というのは、本当に命分かち合って、命生きてる同士が、命響きあいながら共にある。じゃ「ビオス」と「ゾーエー」とバラバラになっちゃうと困るんだけども、聖書はビオスに関心ないかというと、そうでもないんですね。僕は、自分なりの整理の仕方としては、分数ってありますよね。3分の2とか。あれ日本語で素敵だなと思うんですけどね、下の方を分母というんですよね。上の方を分子というんですよね。分母って分数のお母さんの書くんです。上は子どもなんですね、分子だから。それでいうと、僕は「ゾーエー」という命、本当に全生き物が共有している。その存在の根底にある命というのは、分母だと思っているんです。命のお母さん。そして、それぞれがそれぞれなりに生きているビオスの命って言うのは、その分子の方だと思っているんですね。あるいは、「プシュケー」といった個々の命、存在というのは、分子の方に入れていいかもしれないんだけど、横に棒を引いてありますよね。だから「ゾーエー」と「ビオス」の間には、分母と分子の間に横の棒がある。あれがある意味でいうと、地面といったら変だけれども、この世の舞台の上というかね。我々普段は「ゾーエー」の上で生かされてるんだけども、それには気がつかなくて、その上の舞台というか、地上の上というか、そこでビオス同士として、個々人として、それぞれ違うものとして、パンダだ、あるいはリンゴの木だ、桜の木だ、それから自分だ。ミミズだって、生きてるけれども、本質的にはすべて「ゾーエー」に支えられている。だけれども、これに人間のちょっと危ないところは、動物たちというのは本能のままに生きてるんだと思いますね。だから逆にいうと、その「ゾーエー」の響きのままに生きてるんだと思うんですね、ビオスを。だからイエスの山上の説教の中で、「空の鳥を見てご覧なさい。野の花を見てご覧なさい」と。何の努力もしらないけども、「ゾーエー」のその神様が支えている、その命のままに生きている。逆にいうと、人間はそうしていないということです。へたすると。というのは、小賢しく、ああ、こう立ち回った方が得するとかね、今のうちにこそっと一個もらっちゃおうとかですね、それは何で、自分の命をより確実にするために、なんか自己中心で、自分の保身的にと、自己、それをより確かにするためには、お金がいっぱいあった方がいいし、社会的な地位もあった方がいいし、ある意味でいうと、自己完結しちゃう。自己絶対化すること、自己保身することでよしとする。すると、ますますそれは本来の分母の「ゾーエー」から外れちゃって、自分自身で自己絶対化しちゃっているとこで、本来の「ゾーエー」から切れちゃった生き方をする。それがあるときに災害に―災害というのは、「癌の末期です」と言われた時に、スポッと落ちた時には、支えるもんがないから砕けちゃう。ところが落ち着いて考えてみれば、「ゾーエー」が下にいて支えてくれてるんです。だけども、それは気付かずに砕けちゃう。だけど、逆に言うと、その破れですよね、自己正当化して、これだけちゃんと癌にならないようにって、こういう食べ物は避けてとか、こういう運動を毎日運動してとかやっている。それが破れちゃうわけです。だけどその破れを通してそれを支えているより深いもんが見えてくる。エキスパートのお医者さんにしてもね、「して差し上げられることはほとんどありません」という状況になった時に、実はあの真っ暗闇の中にストンと落ちていったんじゃなくて、逆にその破れからですね、その「ゾーエー」の光というか、それがパアッと出てきて、その本来、相対化、自己中心で、自分で絶対化してる。それをギブアップしたことによって、本来の深く支えてる命が輝き出るチャンスと巡り会った、その癌の末期という宣告されたということは、ガーンときてショックだったけれども、それが運転席に座らされちゃって、そうしたらば、向こうからパーッとこう輝く光、そこに向けてということに全力を集中していくような、すべてが相対化される。ある意味で、生活の中で整理ついてきて、今まで読みたい本とか、いっぱい買っちゃって、積み上げて、こうしてみると僕も七十になるということは、全部読み切れないで死ぬなとか思ったんだけど、今はその中から、あ、この本は読んでおきたいと思うとね、十年前に買った遠藤周作の、これは今読んでおきたいと、その場で読み出しちゃたって、けっこう二日ぐらいで読んじゃうとかというね。その中からまたいろいろ今僕として感じ取るもんがあって、心の栄養になっていくみたいなね。その何十年前、高校生の時に見たオードリー・ヘップバーンが、髪の毛を切った瞬間のあの「ローマの休日」のあれも、実はすべてが常に「ゾーエー」に支えられて、分母に支えられてこその分子なのに、普段気付かずにいるのか、本当に素直に心感動したみたいな時っていうのは、スポンとそこに行ってるんじゃないかと僕は思っているんです。心のエレベーターというかね、それが脳の頭の頂点のこの辺にエレベーターがあるんじゃなくて、それがスーッと下りてきて、心の底、つまりその「ゾーエー」、支えている。それは直接には触れられないかもしれないんです。というのは、舞台の下を支えてるようなもんだから。この世という舞台のね。だけど、そこにまである意味で奈落の底というかね、舞台で言えばね。奈落の底までスーッとそのエレベータが下りていって、そこからもう一回本来の自分らしさの自分というところから、呼び戻されてきて、今ここの自分にこう気がつくというような。残念ながら、さっきも言ったように、普段はやっぱり自分の努力で、一時間にいくら儲かるぞ。だったらこのバイトより、あのバイトの方が得だなあ、とかといってね、当然人間として当然なんです。でもついにそれやるもんだから、今、ここでのビオスをより完璧することにエネルギー取られちゃって、その深いエレベーターを奈落の底に、本来の自分の存在の根底におろすことをついつい忘れちゃう。命のギリギリなったというような時に、ビオスの命が問われて、「ゾーエー」のとこにたどり着く一つの機会が与えられているのかもしれない。あるいはそれは狭き門なのかも知れないけども、それが開かれてるのかもしれない。もしかすると、そのときにこそ本来の「ゾーエー」に気づく。そこからもう一回出直す、生き直す。その中で本来の死を知る。命としか言いようがないのかな、そのエネルギーというかね、ダイナミックな。癌になることによって気づかされた、それをもとにしっかり本来的に生活していく。これだから自分は癌―「ガンマン」と思っているんですけどね。頑張る必要はないと思っているんです。リラックスして。
 
浅井:  今日はどうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十九年四月十六日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」に放送されたものである