老いについて考える―親鸞聖人に学びながら
 
                 愛知県一宮市・光専寺住職 加 藤(かとう)  智 見(ちけん)
1943年、愛知県一宮市生まれ。1966年、早稲田大学文学部哲学科卒業。1973年、同大学院文学研究科博士課程修了。早稲田大学、東京大学、同朋大学講師を経て、東京工芸大学教授。2009年に退任し名誉教授。宗教学者、浄土真宗大谷派光専寺住職、学道塾主宰。
                 き き て        金 光  寿 郎
 
ナレーター:  今日は、「老いについて考える」というテーマで、東京工芸大学名誉教授で、愛知県一宮市光専寺(こうせんじ)の住職加藤智見さんにお話しいただきます。聞き手は、金光寿郎ディレクターです。
 

 
金光:  加藤先生が、これまでお書きになった本を拝見しますと、世界の宗教なんかをズーッとお調べになって、まあ日本の宗教はどういう特徴があるかというようなことをお書きになっているものが結構多いんですけれども、こちらへお邪魔しますと、真宗のお寺さんのご住職、学校は名誉教授になっていらっしゃって、で、お寺のご住職を本業としてなさっていらっしゃるわけですが、最近お書きになったもので、『親鸞聖人に学ぶ新しい老い方』というようなことでおまとめになったものを拝見して、私はもう歳ですので、そろそろ参考にしながら歳をとりたいなと思ってお邪魔したんですけれども(笑い)、どんなとこでああいう本をお書きになったんでしょうか?
 
加藤:  あれは実は、私は宗教学が専門ですので、ズーッと大学で宗教学を教えておりましたんですけれども、定年退職でもうお寺に帰ってまいりました。それでずーっと月参り等で丹念に回っておりました。そうしますと、昔の高齢者と違ってですね、今の高齢者が非常に厳しい状況にいるということを痛切に感じるんですね。昔はお邪魔しても、子供さんとかお孫さんがたくさん出てきましてですね、にぎやかに仏事を勤められましたんですけども、今大抵お邪魔しても、ほとんどお二人切り、中には本当の一人だけでいらっしゃる。そして非常に将来の不安とか苛(さいな)まれている方が非常に多いということで、これは高齢者の問題を真剣に考えなければいけないなと思いまして、しかもただ考えるだけではなくって、きちっと親鸞聖人にそのお答えを聞こうと、そういう目的意識を持ってですね、二年間ほどかけて一生懸命書いたものです。
 
金光:  それで最近拝見しましてですね、これまで私、漠然と疑問は持っていたんですが、親鸞聖人は大体六十歳頃までは、今の茨城県ですね―常陸(ひたち)の方においでになって、京都へお帰りになって『教行信証(きようぎようしんしよう)』を完成された。でお亡くなるのが九十歳ということで、約三十年間かけて、その間は、しかもご家族で一度京都にお帰りになったのは、家族の方を越後へお返しになって、そして『教行信証』を完成されている。ずいぶん難しいいろんな経典をいっぱい細かく克明に調べられ引用なさっていらっしゃるわけですが、そういうお仕事をなさるというのに、経済的なバックはどうだったんだろうかみたいなことを漠然と感じてたんですが、その辺をお調べになってどうだったんですか?
 
加藤:  親鸞聖人は、今でこそ浄土真宗の開祖ということでもてはやされるんですけども、当時は無名の方だったんですね。法然上人は有名な方だったんですけれども、親鸞聖人は関東からやってきた、しかも妻子を連れたですね、一般の方からすれば破戒僧ですね。破戒僧だし、昔は越後に流された流人だったということで、ほとんど注目されなかったんです。経済的基盤としては、常陸から門徒の方が時々寄進をしてくださって、なんとかかんとか食いつないでいらっしゃったんですけれども、なかなかそれが容易じゃないということで、いろんな説話があるんですけれども、おそらく恵信尼(えしんに)がそうなさったんじゃないかと思うんですけれども、恵信尼の実家は越後の豪族でしたんですね。ある程度経済的な余裕がありましたので、越後へ行って実家のお手伝いすれば多少お金がもらえるということで、子どもを―実は善鸞(ぜんらん)さんという方がいます。善鸞さんは京都に残す。一番下に覚信尼(かくしんに)という娘さんがいらっしゃった。そのお二人だけば京都に残して、後は全部越後へ帰されたんですね。それで恵信尼とか、娘さん、息子さんが一生懸命働いて、それで京都へ仕送りをして、そうして親鸞聖人を助けたんですね。ですけれども、ご存じのように、善鸞さまが常陸へ行って義絶される―つまり勘当ですね―勘当されることになりましたし、覚信尼はお嫁に行かれたんで、子供ができるんですけれど、子供が二人できたところでご主人が亡くなって帰ってきたんですね。そういう善鸞と覚信尼を抱えて親鸞聖人は非常に貧しい辛い生活をなさるんですね。そして九十まで生きられるんです。親鸞聖人は鎌倉の方ですけれども、ひとつ後の室町時代の日本人の平均年齢というものを、最近ちょっと私読みましたですけれども、三十三歳なんです。それを前の時代に九十まで生きるというのは大変なことなんですね。だからその家庭的な不遇を乗り越えて、九十まで歯を食い縛って生きられた、その生き方の中には、これはやっぱり私たちが見習うべき生き方というものがあるに違いないと思いまして、私は親鸞聖人に、この高齢者の新しい老い方、生き方というものを、きちっとこの際聞いてみようじゃないかというふうに思ったんですね。親鸞聖人という方は、こういうことをおっしゃっているんです。有名な言葉ですけれども、『唯信鈔文意』に、
 
如来(によらい)の御(おん)ちかいを、ふたごころなく信楽(しんぎよう)すれば、摂取(せつしゆ)のひかりのなかにおさめとられまいらせて…(途中省略)…いし・かわら・つぶてなんどを、よくこがねとなさしめんがごとし
 
(現代語訳:如来の誓いを疑いなく信じるならば、阿弥陀の摂取の光の中に救われ、摂(おさ)め取られ…(中略)…石・瓦・礫などを黄金へ変えてしまうようである、と喩えるのである)
 
ですから私たちも、その精神を受けて、自分をつまらない小さな存在で、何のために生きてきたのか。そんなことを後悔しないで、これからまだ先意義ある人生を送るんだという前向きの姿勢で、これからの老い方を真剣に考えてみる必要があるんじゃないかと、そういうふうに思ったわけで、こういった角度から老い方の本当の新しい意味を考えてみようというふうに思ったわけです。
 
金光:  使命感を持った人と持っていない人とでは、全然生き方が違ってくると思いますが、その『選択本願念仏集(せんじやくほんがんねんぶつしゆう)』というのは、明恵(みようえ)上人(1173-1232)なんかからこてんぱんに悪く言われて、「あれなんかダメだ。本来の仏教ではない」と言われて、「そうではないんだと。本来の仏教というのは、ここに結実しているんだ」というような形で、それの傍証と言いますか、バックグランドを支える経典をものすごくいろんなところから拾って集めてお書きになる。これが完成するまでは、死んでも死にきれないみたいな、そういうご覚悟があったので、三十年もそれこそ今おっしゃったような苦しい生活を耐えに耐えてお書きになった。そういう原動力の一つは、その辺にもあったんじゃないかという気がするんですがね。それと同時に、一般の庶民の人に対する易しく解説する阿弥陀様のお力、他力のお力を本当に信ずれば、こうなるんだという、易しい和讃も『教行信証(きようぎようしんしよう)』が一段落ついたとこでお書きになっていらっしゃいますね。これもやっぱり書いておかないと―『教行信証』―私なんか読んでも、とてもじゃないけれど難しくてなかなか歯が立たないとこがあるんですが、和讃なんかをお書きなろうとなさるのは、やっぱり大きな使命感というものを感じていらっしゃったんでしょうね。
 
加藤:  『教行信証』というのは、まさにお念仏の思想が、仏教の本質を得るもんだと。仏教の中で一番肝心なものだということを、なんとかきちっと論証しようと。そして法然上人の教えを、これから正統的なものとして、しかも明恵上人は、明恵上人で『摧邪輪(ざいじやりん)』でもって徹底的に批判なさる。あれもある意味では一つ正当な考え方なんですね。だからその二つの中に堂々と立ち向かってですね、しかもこそり姑息なやり方でなくって、正面から全部原典に当たって証明していこうという大変な使命感ですよね。それが七十五歳位に全部一応終わるんです。そうしますと、その前後堰を切ったように、和讃が出てきますね。『浄土和讃(じようどわさん)』『高僧和讃(こうそうわさん)』―『正像末和讃(しようぞうまつわさん)』というのはもっと後で出てきますが―『高僧和讃』と『浄土和讃』が出てきますね。それは読んでみるとわかるんですけれども、今まで『教行信証』で打ち込んできたから、関東の方にもわかりいいものを書けなかったんだけれども、これから私の本心を書くよ。信仰の本質を書くよということで、本当にわかりやすいこなれた文章でお書きになっているんですね。あれを見ると、庶民に対する愛情が本当によく分かるんです。これからは皆さんの分かるものを生涯死ぬまで書くから勘弁してくれ、許してくれというそういう気持ちが非常に強いんです。だから胸を打つんですね。
 
金光:  お書きになったものを、私なんか読みかじり、聞きかじりみたいなところで拝見しているんですけれども、八十歳過ぎての『正像末和讃』なんかの中には、
 
浄土真宗に帰すれども
真実の心はありがたし
虚仮(こけ)不実(ふじつ)のわが身にて
清浄の心もさらになし
 
【意訳その1】親鸞聖人が仰る「浄土真宗」とは、真実の仏教、阿弥陀仏の本願のことですから、「浄土真宗に帰すれども」とは、阿弥陀仏の本願に救われたけれども、ということです。弥陀に救われても、真実の心も清浄の心も全くない。苦しむ人を捨てておけない、助けてあげたいの心など、親鸞には微塵もない、と言われているのです
 
【意訳その2】「阿弥陀さまのはたらきに遇わせて頂いている親鸞であり、その阿弥陀さまの心は誠に有り難いことであります。しかし、私自身は虚仮不実(こけふじつ=真の心など全くなく嘘いつわりばかり)であり、清らかな心など全く持ち合わせていないお恥ずかしい愚かな者、救われようのない者です」という親鸞さまの悲しみが表現されています。
 
という誠に厳しい自分の自己反省の和讃が出てるんですが、こんなに自分を駄目だと思われた。そのへんはどうなんですか?
 
加藤:  普通の人間からすると、ちょっと厳しすぎるんじゃないかと。最近の若い学生さんなんかにいうと、「親鸞という方はちょっとナルシシズムじゃないかとか、必要以上に自分を痛めつけているじゃないかという人もいますけどね、これはやっぱり本心だったと思うんですね。というのは、八十四歳の時に善鸞さんを勘当していますよね。義絶しているんですね。あの責任感ですよね。自分の手元に置いたたった一人の長男、一番近いところで一生懸命説いてきたその長男が、自分を裏切った。自分だけでなくて、門徒の方すべてを裏切った。その裏切ったのは善鸞のせいではなくて、私が善鸞を育てたんだと。そういう思いが非常に強いですね。だから同じ和讃でも『正像末和讃』は本当に悲しい涙の中から出てきたような文章が多いんですね。で、そういうわけですから深いんですね。だからそれが一層親鸞聖人の信心を深くしていったし、また最後の方で、法然上人と親鸞聖人の微妙な信心の違いというか、そういうものが出てくる一つの原因になっていると思うんですね。
 
金光:  その後の方に、もうちょっと後でお書きになったものでしょうけれども、その今の問題については、
 
しかるに仏かねて知ろしめして、煩悩具足の凡夫と仰せられたることなれば、他力の悲願は、かくのごときの我らがためなりけりと知られて、いよいよ頼もしく覚ゆるなり(歎異抄)
 
【現代語訳】しかるに阿弥陀仏は、百もご承知で、煩悩具足の凡夫を助けると仰せられるのだから、他力の悲願は、このような私たちの為であったと知らされて、いよいよ頼もしく、喜ばずにおれないのだ。
 
だから別々じゃないですね。ダメな人間はダメで、善い人間は善いということではなくて、ダメな人間と仏様のそういう悲願がかかっている人間とは同じなんですね。
 
加藤:  同じ。全部親鸞聖人がおっしゃるのは、「我ら」というのは全部「自分のこと」なんですね。だから親鸞聖人は、そういう苦労がかかればかかるほど阿弥陀様の思いというものを深く感じたんですね。だから例えば覚信尼が、今までいう―あまり良い言葉ではないけど「出戻り」というか、ご主人を亡くして、昔はご主人を亡くすると、女性が一人で子供を養うことは殆どできない。だからやむを得ず泣きながら父親のもとに帰ってきたんですね。だけどその面倒を見切れないということで、親鸞聖人が、関東に手紙を書いて、「何とか助けてほしい」という手紙を書いているわけですね。だからああいうところこう見ると、本当に親鸞という方は、最後まで切ない思いをされているんですね。だけど、切ない私こそ阿弥陀様は救ってくださるんだという。だからそういう悲しみと喜びが裏表になっているわけで、だから深くもあるし、ありがたい信心でもあるわけなんですね。だから現代人は悲しい場合は、悲しいとしか思えない。その悲しみの中から喜びを見つけていくということが、現代人はできないんですね。そういう人間として深さというものが、現代人には無い―昔の方に比べるとですね。だから、そういう心のコントロールなんかも、やっぱり古い時代の深い宗教者に学んでおく必要は私はあると思います。
 
金光:  これはやっぱり本当に、「自他不二(じたふに)」みたいな言葉をよく使われるんですけれども、自分と自分以外の人間とを分けないで、自分と一緒だというところで全て受け取っていらっしゃるようですね。
 
加藤:  そうですね。
 
金光:  だからそうすると、分ける以前の人間の生き方というのは、煩悩もあれば、煩悩があるからそれに如来さんの願いが本願もかかっているんだと。それを自分の体で体験されているということなんでしょう。
 
加藤:  そうですね。
 
金光:  頭で考えて、こうに違いない。1+1は2だなというふうな納得の仕方とは全然違うわけですね。
 
加藤:  違いますよね。今は個人と個人を分けてしまうんですけども、昔は個人も個人も同じ衆生だったんですね。同じ命を持った存在ですからね、一つのものだったんです。だからそこら辺を、現代人はちょっと考え直さないと、ちょっと精神的にどんどん孤立していくというところがあると思いますね。
 
金光:  その現代人の孤立しがちな煩悩と言いますか、自分本位の考え方みたいなものが、頑固になって、歳をとればとるほど、だんだん閉じこもりがちになるんですけれども。
 
加藤:  それが結局自分の首を絞めていくことになるんですね。今、特にヘイトスピーチとかバッシングが流行っていますね。あれはやっぱり私は、そういうところから来ていると思うんです。それで今、大変な問題が起こってきていますね。認知症の問題が起こってきていますね。認知症患者が、昔は「痴呆症(ちほうしよう)」と―あまりいい言葉じゃないんですが―痴呆症と言われていましたんですね。痴呆症というのは、何かボーッとしたイメージだったんですけども。今は「認知症」というんですけども、認知症になってきますと、現代になってきますと、ボーッとした感じじゃなくて、凶暴になってきたんです。
 
金光:  世話してくださる人に暴言を吐くとか、何か自分の思いをぶつけるようなケースが結構あるようですね。
 
加藤:  聞きますと、やっぱり暴言とかね。そうでなくて噛み付いたりとかね。そういうもの凄く暴力的になっているんです。それはまだ昔は多少お年寄りは大事にされたんです。今は大事にされるどころか、厄介者だと。できたら先に逝ってほしいという、そういうようなふうに扱われますので、余計荒れちゃってるんですね。それの逆に、施設に入ると、そういうものが露骨に現れてくる原因じゃないかという、そういう見方もあるんですね。煩悩の最も顕著なのを「三毒」というんですね。「貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)」ですね。「貪(とん)」というのは、貪欲のことで、貪る心をいいます。なければないで欲しくなるし、あればあったでさらに欲しくなる。限りなく広がり、深まり、強くなる欲望の心です。加えて自分の欲望が満たされるように周りが回って欲しい。つまり自分の欲望に都合よく周りが動いて欲しいと思う欲望に支配された心を指すのです。「瞋(じん)」というのは、「瞋恚(しんに)」のことで、怒りの心をいいます。貪欲が妨げられれば怒りの心が起こってきます。欲望があるかぎり、怒りの心は消えません。「癡(ち)」というのは、「愚痴」のことで、欲望がかなえられないことを他人のせいにし、人を憎んだり、恨んだり、妬んだりすることを指します。欲望、怒りの真の原因を知らず、物事の真の道理を知らない、あるいは知ろうともしないので、これを「無明(むみよう)」ともいう、煩悩の中でも最も根本的なものとされています。それをよく認識して、それをきちっと反省をして、その煩悩を仏様に消して頂けるように、信心とお念仏を持つということで変えていかないとですね、非常に自ら自分を苦しめてるということがありますですね。
 
金光:  親鸞聖人というと、これはもう八百年ぐらい前の昔の方ですけれども、現代に近い明治以降の人で、そういう親鸞聖人の生き方みたいなものを参考にして、その人間の最期、歳とるということは、年数もありますけれども、死んで先のこととの関連で、どう生きるかという問題と直結した問題ではなかろうかと思うんですが、その辺のところで加藤先生、こういう受け取り方もあるんだと、感心されたような方の例を一、二教えていただけませんでしょうか。
 
加藤:  ちょっと両極端ですけれども、一つは、例えば浄土真宗で申しますと、知性の代表みたいな清沢満之(きよさわまんし)(明治期に活躍した真宗大谷派(本山・東本願寺)の僧侶、哲学者・宗教家:1863-1903)という方がいらっしゃいますね。そうかと思うと、全くそういう学識とかそういうものはないけれども、真宗の本質をきちっと掴み取った妙好人(みようこうにん)(浄土教の篤信者、特に浄土真宗の在俗の篤信者を指す語である)という方達もいらっしゃるわけなんですね。いずれも現代人は、両者を忘れちゃっている。だからここら辺からもきちっと学ばなければいけないんじゃないかと思うんですね。
 
金光:  清沢満之の場合は、どういうふうなことを取り挙げられますか?
 
加藤:  清沢満之ですと、普通は自分に知性がある場合はですね、それを自慢にいくんですね。
 
金光:  彼はずいぶん若くて亡くなっていますね。
 
加藤:  四十で結核で亡くなっていますね。
 
金光:  年齢からいうとずいぶん若くて、昔の肺結核というのは、それこそ死の病と言われていたんで、罹ったらもう治らないという場合がほとんどだったようですから、まぁそこで結核だということでご本人もある程度の覚悟なさっているんでしょうけれども、それまでの清沢満之の真宗の受け取り方、これはどういうふうに受け取ったわけですか。親鸞さんの煩悩の処し方とか、そういうのはどういうふうに受け取られたんでしょう?
 
加藤:  清沢満之という方は、大変頭のいい方で、だけどある意味では大変自信家だったんですね。だけど、ある時ですね、自分は頭ががいいから何でも出来るんだと思って、いろいろ勉強してきて、そこの中で親鸞聖人の思想と信仰を自分の学問体験の中に繰り込んできた。だけども、本当にそれがわかっているのかといいますと、自分の血肉を通した信仰じゃないというんで、徹底的に自己を知るため、身を賭けられての禁欲生活に入ろうとされたんです。煮たり焼いたりしたものを食べることまでやめ、そば粉をなめたり、松脂などを食べられるに至ったと言われます。あの結核は自分がなっちゃったところがあるんです、無理をして。もう食べ物なんかも、松ヤニとか、ああいうものを食べたりして、もう結核になるためにやったようなことなんですけどね。徹底的な禁欲主義をしましてね、自分の本当のところ見つけていったんですね。その結果、自分はとてもじゃないけども、救われるような存在じゃないと。だけど、救われるような存在じゃないその自分を阿弥陀様はちゃんと見ていてくださって導いてくださっているんだという、そういう回心体験をするんですね。そういうところから謙虚になって、阿弥陀様の信徒になっていくわけです。
 
金光:  もう一つのタイプの認知症の方ですけれども、私、ボケ方というのは、今でいうと認知症のなりかたも、日頃のそれまでにどういうふうな生き方をなさっていたかというのが、そっくりそのまま出るもんだなと思って感心したものがあるんですけれども。
 
加藤:  そうですね。ここら辺にもずいぶん施設が出来てきたんです。こういう田舎ですしね。割と風光明媚なとこですから、施設が出来てきましてね。ここら辺の家のお寺のご門徒さんも施設で働いている女性が結構いらっしゃるんです。それで私も勉強のためにいろいろ施設の状況をお聞きしますと、「ここは非常に仏教の盛んなところですね」とおっしゃるんです。「どうしてですか?」というと、「私たちは、お金を頂いているから、あまりこういうことは言っちゃいけませんけれども、お坊さんですから正直に言いますけどね、一生懸命お金をいただいているわけですから介護しているんです。介護してても正直言って、こういう方にはなりたくないなという思う方と、あ、こういう方だったら、私ね、認知症だっていいと思える人もいらっしゃる」というんですね。「どういうことですか?」というと、「それはね、私が一生懸命してあげると、黙って私の方を見てにっこりしてありがとう、ありがとう≠ニ言ってね、手を合わせてくださる。どうかすると、念仏まで唱えてくださる。そうしますと、何だか知らないけど、私は、この方のためだったら何でもしてあげたいと思う」というんです。「毎日その方に会いに行くのが楽しみになる。そうかと思うと、三分の二以上の方は、まぁこういうことにはなりたくないという、悪い例になっちゃって申し訳ないですけど」とおっしゃるんですね。そうしますと、ご本人は、あるいは周囲はボケていらっしゃるというふうに捉えますけれども、実はこうやって手を合わせてありがとう、ありがとう≠ニ言って、お念仏をしてくれる方は、まさに家族の誇りなんですね。家族の方が施設へ行きますと、施設の方が、「お宅のおばあさんはねぇ、私にこうしてくださるんですよ。いい方ですね」って、褒めてくださるんです。おばあちゃんそんなに立派に生きているのかと。ボケたおばあさんが、と見直すんですね。頭は―認識能力は、多少惚けているにしても、人格的には非常に高い境地にいらっしゃるわけですね。だからその方を見ると、先ず家族が安心して、おばあさんはこういうふうになってくださったと。もしかすると、これが遺伝して、私たちがもしこうなっちゃっても、こういうふうになられるんじゃないかな、というふうに、なんかすごく喜ばれる方がいらっしゃるんですね。家族を喜ばせ、働いてくださる方を喜ばせているんだから、立派な認知症患者さんという。そういう認識もあるんですね。だけどそのためには、急にそんなことやるって、二十年、三十年の生き様がそういう形になって現れてくるんですから、やっぱりある程度の歳になったら、五十、六十位になったら、例えば仏教の勉強もして、高齢者の生き方を考える。そういう生き方をしていなければそういうふうになれないし、そういう生き方をしていれば、そういうふうにもなるんです。ある意味では、認知症なんですけれども、認知症にかかりながら認知症を克服しているということにもなるんですね。
 
金光:  仏教の場合は、まず「脚下照顧(きやつかしようこ)」で、自分自身がどういう人間かというのを知るのが第一だというふうにも聞いているわけですが、だからやっぱり自分を反省する習慣がなくて、人にばっかり自分の具合が悪いとこを押しつけるような生き方をしていると、さっきおっしゃったおばあさんのようにはとてもなれないということですね。やっぱり本当に自分自身がどういう煩悩を持っているかということに気がついて、しかもそれに対して、煩悩というものに振り回されないで済むことが宗教の世界にはあるんだと。仏さんの教えの中にはあるんだということが、日頃の生き方の中で体験できると変わってくるんでしょうね。
 
加藤:  そうなんです。煩悩というのは、要するに自分の中にある作用なんですね。それに気づかないで他人ばっかり責めるんですけれども、本当は自分の中にある煩悩が問題なんですね。だけど、煩悩を、じゃ俺の中にこんなものがあるから、俺は苦しむんだと。それじゃダメなんで、余計煩悩を増殖していっちゃうんですね。そうじゃなくて、考えてみれば、「煩悩のおかげで自分は反省させられて、人間的になっているんだと。煩悩があるから、俺はこうやって向上して一段高い考え方が出来るんだと。煩悩があるということは、ありがたいことだ」というふうに捉えていきますと、ずいぶん変わってくるんですね。だから煩悩は、決していいものじゃないんですけども、いいものじゃないものを、いいものだと思えるのは、もうこっちがそれだけ高いところに行っていることだし、それが信心の功徳というもんだと思いますね。
 
金光:  どうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十九年五月七日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」に放送されたものである