人生の現実をどう見るか
 
                    光徳寺前住職 藤 田(ふじた)  徹 文(てつぶん)
1941年、大阪生まれ。龍谷大学大学院(真宗学専攻)修了。本願寺派基幹運動本部事務室部長、浄土真宗本願寺派伝道院部長・主任講師を経て、備後教区光徳寺前住職、本願寺派布教使。
                    き き て  金 光  寿 郎
 
ナレーター:  今日は、「人生の現実をどう見るか」というテーマで、広島県三原市光徳寺(こうとくじ)前住職藤田徹文さんにお話しいただきます。藤田さんは、一九四一年(昭和十六年)のお生まれ。浄土真宗本願寺派伝道院部長などを経て、数年前の大病以後は、自坊での法話会を中心に活動を続けている方です。聞き手は金光寿郎ディレクターです。
 

 
金光:  私、最初に東京へ転勤してからもう六十年位になるんですが、その頃のお目にかかった人で、今頃になってだんだん「あぁこういうことをおっしゃったのかな」というふうにうなずけるようなこともちょいちょい出てきているんですが、未だにそういうものかなと思いながら、自分ではまだピンときていない話の一つですね、お念仏一筋に彼は五年も十年も一生懸命お念仏を唱えたから、これだけ唱えたらなんとかなるんじゃないかと思ってたらしいですよ―勝手に私が想像しているんですけれども―それでもやっぱり駄目だと。で、もうこの世は私みたいなものはこの世に生まれてきたのも間違ったのかもしれないみたいなことで、もう店仕舞しようかと思っているところ、お手伝いさんが、桃の花を咲いているのを見せまして、それで「こんな花が咲いていましたよ」って見せた途端に、それまで頭の中で、ああでもない、こうでもない。自分はなんでこれだけやっているのに、みたいなことを考えていたのが、全部いわば雲散霧消しましてね、「なんだこの世の中というのは、ああいう桃の花が春になって咲くように、自分の体も意識しないのに、こういうふうに大きくなっていく」と。
 
藤田:  歳重ねてますからね。
 
金光:  そういうことですね。そこのところがピントきて分かった途端に、もうそれまで考えていたことが全部クシャクシャと流れてしまって、それであとずいぶん気楽に生きられるようになったということで、その後の話の中で、いまだによくわからないことはですね、気がついてみたらそれまで一生懸命「あかしら、こうかしら」と考えていたことは、夢を見てみていたんだと。自分が勝手に作って、それで「こうに違いないとか。いやこれでもなさそうだ」とかいうふうに一生懸命考えていること自体が、どうも夢だったような気がして、夢から覚めてみたら、なんということはない、やっぱり昔からの言葉でいうと、「柳は緑、花は紅」で、桃の花は桃の花でちゃんと咲いているしという。それまでは頭の中で一度外の出来事があると、頭で受け止めて、そこで構成し直して、「こうに違いない」と思って、それが事実だと思っていたら、それは夢だったんだと。そういったんですよ、作ったものって。ところで、まだ私なんかは、その話を聞いて、さもあらんというふうには思っても、やっぱり夢だとは思えないんですね、現実は。お腹が空くと、どうしても食べなきゃ生きられませんし、隣の人が食べたって自分のお腹が膨れるわけじゃなし。これはやっぱり夢じゃないなというようなことを考えると、すべてが夢のような、「事実はあれこれ考えない世界が、本当の事実の世界だというふうに気がついた」と言われるんですけれども、日常生活を、その通りに納得できるかというと、そうはなかなかいかないんですね。
 
藤田:  夢というのは割り切れんでしょうけどね。
 
金光:  それで今日は、夢と現実ですね、これどういうふうに受け止めていらっしゃったのかなあというのを―私がまだ勝手にしゃべりますけれども、「思い込み信心」というのがあるような気がするんですよ、
 
藤田:  自分でね。
 
金光:  話をよく聞いて、「あの方はこうおっしゃった」と。「こうに違いない」と。
 
藤田:  それを掴まえて、
 
金光:  掴まえて。どうもその思い込みで掴まえた信心というのは、壊れることが、
 
藤田:  結局自分が作ったもんですからね。思いはすぐ変わりますもんね。
 
金光:  そうなんです。だから何十年も思い込んでいる人が、まだどうも親鸞さんのおっしゃる世界とはちょっと違うんじゃないかという気がするんですが。今日はその辺のところを聞かせていただこうかと思ってお邪魔しているんですが。
 
藤田:  僕も最近になって、一番こういうふうに話した方が良かったなと思うのは、親鸞聖人は、阿弥陀様という人が向こうにおられるとか、仏様という方が向こうにおられて、こっち見ていて、救ってやるぞ、というておられるわけじゃないんですよね。ところが、私ら勝手に話を聞いていると、仏様という方が西方浄土におられるとか、どっかにおられて、で私がどんだけつまらんでも仏様は救うてくださるんだと。そう聞いて、自分の聞いたことを喜んでいるわけです。本当のことを喜んでいるわけじゃないんですね。本当は親鸞聖人なんかお話しておられるのは、阿弥陀様という方がおられて、という話じゃないんです。
 
金光:  そうですか? 普通は阿弥陀さんがおられて、
 
藤田:  初めから私と阿弥陀様とか、対立関係ですからね。親鸞聖人が言われるのは、いろんなことを言われるけども、「摂取して捨てざれば」と。「摂はものの逃ぐるを追はへとるなり」「取は迎へとる」。逃ぐるものを追わえとって、迎え取って捨てない。 。そういう大きな自然(しぜん)というより、仏教では自然(じねん)というわけですがね。そういう大自然(じねん)の働きの中に、私たちは生かされている。そういう摂取して捨てない働きを「阿弥陀と名付け奉る」阿弥陀と名付けていただいているんですよと。また違う言い方をすると、「阿弥陀様というのは、光の形だ」というてはる。光とは何かというたら、私たちに常に届いて、私を育み育て照らし続けてくださる、そういう働きを阿弥陀様というんですよとかね。もう一つ、晩年になってくると、「自然(じねん)のやうをしらせんれうなり」自然のようを知らせんが為の料なり。
 
金光:  そうですね。
 
藤田:  「自然(じねん)といふは、自(じ)はをのづからといふ、行者(ぎようじや)のはからひにあらず、然(ねん)といふはしからしむといふことばなり。しからしむといふは行者のはからひにあらず」
 
私たち、よう考えてみたら、私が私としてここに居る。私が、こうしてやろう、ああしてやろう、どうしてやろうと思うて、今、現実がなってるんと違うんですよね。
 
金光:  そうなんですけれども、やっぱり自分がこうしなかったら、こうもなっていないんじゃないかと、つい考えたりする。
 
藤田:  それが、私なんかでも、大阪の小さいお寺の長男に生まれて、早く一歳四ヶ月で実の父親と別れたんです―病気で亡くなったからね。もう気がついたとき、疎開している間に、叔父が私の母親は一番末娘だったから、叔父がもう心配で婿を世話した。だから私が、初めて会った時は養父であったんです。それが実父だと思っていたんです。だからそのお寺の跡継ぎは、もう私が継がないかんと。養父があまりものを言わんし、はっきりせん方で、本当にイライラして飛び出してしもうた。それこそ苦しんで悩んで飛び出したと。ここに来てからも、「お前は好きなようにやったらいい」とおっしゃるから。実際来てみたら、いろいろ言うからね、飛び出した。そうやって、あっちこっちで何とかやってきたけどね、今考えたら、みんな受けてくださる人やら、世話して下さる人があったからですよ。私がひとりで切り開いたなんて一つもあらへん。自分はもう腹立てて、おもしろない言うてね。勝手気ままに飛び出したり、こっち飛び出したり、本願寺も何年かおったけれど、二遍も辞表書いて飛び出したり。その時は自分で一生懸命やっていると思っていたんですよ。だけど今になってみたら、今私、ここへ座って居るのは、儂がって言えるようなことを何かしたかなと思ったら、案外してないんですよね。ただその時その場で、わがままいうて、気ままいうのを周りが心配して世話してくれたり、引き受けてくれたりなんかしてくれたおかげで生きておったわけで。もっというと、私がここに生きているのは、それこそこの頃になってやっと分かるんですがね、山ばっかり見ていますからね、山は生きとるなぁとわかるんです。ちょっとずつ変わってきますからね。そういう生きとる中で生かされておるんで。その一番根底で働いているような働きですね。それがおのずから私を私たらしめてくださっておると。それは何も私の計らいは入っていないし、思いはね。自分がその時思うてるけども、実際はその思いは入っていない。
 
金光:  そこのところが、自分では、自分がこういうふうに思うのもですね、如来さんの計らいで思っているじゃなかろうかと。自分の我欲で都合の良いようについ解釈したがるんですね。
 
藤田:  ちょっと飛ぶんですよね。だから慌てて阿弥陀様と言わんでもね。そういう私を私にしてくださる、すべての自然の根底にあるような大きな働きというかね、それが私に向いて、私を包んでみんながお互いに支えおうているわけでしょう。仏教でいうと、「縁起(えんぎ)」ってそういう世界ですわね。そういう縁起の一つの大きな働きとしたときに、どういう働きかというたら、そこに存在するものがどのようなありかたしても、摂取して捨てない働きだと。それは自然(じねん)の働きやとか、また譬えたら光のようなもんだとか、その働きを阿弥陀といただいておるわけですね。だから、阿弥陀様がおって救ってくださるんじゃなしに、私たちはその中に居る。私を包んでいる働きを阿弥陀といただいておる。それを初めから木像や絵のお姿を見ていますからね。どうも私と別に向こうにおって、向こうから何かどっか見ていて、だから見てござる、聞いてござる、知ってござるというふうに思ってみたりね、やっぱり出発点が違うんだと思います。お釈迦様のお話のずっと延長線で阿弥陀様が出てくるときに、やっぱり縁起の延長線上ですわ。
 
金光:  そういうふうに、しかし自分がいて、他の人がいて、それがお話いただいたように、周りの自然も自分も一体なんだという理屈は、それはそうだと。その理屈と現実の受け取り方が一致しないんですね。
 
藤田:  僕はこのごろ外にあまり出ませんからね。毎日裏の部屋で近くの山を見ながらものを書いていると、本当に毎日違うんですよね。やっぱり色変わってきますし、葉の勢が変わってくるし、本当に躍動しておる中で、あ、そうか、その中で儂も生かさしてもろうておるんであって、だからその中で与えられた私は私の命を力いっぱい生きるしかないんでね。例えてみたら桜は桜として力いっぱい生きている。他のものはそうやって生きているのに、人間だけがぐずぐずいうて、得や損やという、すぐに利害の話になってしもうてね。
 
金光:  そうなんです。これも理屈はおっしゃる通りでしょうということは、頭の中では何となく分かるようでも、日常のことになると、なかなかそこのところが、
 
藤田:  自分の見た世界がすべてやからね、人間は。
 
金光:  そういうふうに作られているみたいですね。それでなんでそういうふうに作られたのか。それはこっちの責任じゃないみたいなことを思うと、またおかしくなってくるんですよ。おかしな方向へいって。
 
藤田:  もっというと、結局自分の思いというか、だからいろんなことを思うのは、親鸞聖人が、「聞思(もんし)して遅慮(ちりよ)することなかれ」計らいというのは、だいたい知識と経験とか、身に付いた―身に付いたというか、頭で覚えたようなものを中心に、ああでもない、こうでもない、というておる間に、大体間に合わなくなるよ。だからどうしても、私たちは自分のを知った世界、自分の知っておることがすべてになりやすいんですよ。聞いたことを、「思」というのは、思慮するとか、思惟するとか、鈴木大拙(すずきだいせつ)先生の『教行信証(きようぎようしんしよう)』を英訳されたものが日本語に訳されております。僕は英語ではよう読めませんから、日本語で読んだらね。「聞思」の「思」をね、内省してとか、自らの内面をよく見つめてとか、聞きっぱなしはいかんのですよ。聞きっぱなして、あ、そうか、そんな仏様があるんなら、楽でいいから任そうかとか、そうなるわけでしょう。だから聞いた上で、結局ずっと思ってみるとね、大きなを働きの中にあるんだ、大きなお慈悲があるんだ、といわれるけども、その中におるのはいつまでたっても自分の小さな殻に閉じこもって、グズグズいうてるなと。そういう自分が見えたとき、親鸞聖人の言葉でいうと『歎異抄(たんにしよう)』なんかは、「いずれの行も及び難き身」というか、何をやったって自分の都合の良いことしか考えないし、自分の都合が悪いとみんな敵にしたり、仇にしたり、悪もんにしたり、そうやって、そして自分で腹立てて、もうひどいやつだったら何年もそれを根に持って苦しんでおりますわね。この頃私は、阿弥陀様というのは、阿弥陀様がおるというところに出発すると、もうズーッと最後までわからんと思う。阿弥陀様はおるんじゃなしに、自分がここにおると。なんでおるんだろうかというたら、私を私としてあらしめてくださる―私の言葉で文句言えないし、私の考えでうまくまとまらないからね、不可思議とか不思議といいますね。そういう働きを私たちはあのお姿を通して味あわせてもろうておるんだから、やっぱり私たち僧侶も阿弥陀様がおられて、「阿弥陀様はありがたいありがたい」ばっかしでね、それこそ押さえつけるみたいに「ありがたい、ありがたい」と言って。だから聞いているほうは、なんかようわからんけど、ありがたいことで頭下げておけば間違いないんやな。今はようわからんけども、死んだら先はいいとこにいけるんやなと。だから浄土真宗の仏教なんて、死後の教えになっているんじゃないかと思いますわね。それはどっかで間違っておるんやと思います。
 
金光:  仏教という以上は、私は、根本の基本のところでは、お釈迦さんの教えと通じるところがないと、途中で勝手に自分の都合のいいように作り上げてしまうと違ってきますからね、色合いが。
 
藤田:  やっぱりお釈迦様の根本は、お釈迦様がおっしゃったのは二点だけなんですよね。その二つの点に気づかんから苦しんでおるんで、人間は。その二つの点に気づいて、気づいたことを受け入れて生きたら、そんなにたいしたことではないという。 二つのことは何かというと、一つは、「無常」ということです。年取るということですよ。歳取ることを情けない、情けないというから苦しまんならん。歳とるのも悪ないなと。若い時に気づかなんだけど、やっぱりこの歳になったから気付かしてもらえると。やっぱり歳とるのも悪ないなぁと気付いていったら、苦しむじゃなしに、またこうやって一日、明日になったら新しいことに気づくかわからんから、そういうとこが楽しいことになるはずなんですよ。体も思うようにならないし、いろんなことも思うようにならんけども、やっぱり生かされた分だけいろんなことに気づかせてもらうと。だから生かされたことはありがたいことだと。若い時に同じようにはいきませんわね。それをどっかの時点で、一番元気なとこのことを思うて、そしてそこからだんだん落ちていく。人間はこうやって最高潮はこの辺で三十代、四十代こうなってくるというからね。こんなグラフで書いたような人生じゃないと思うんですよ。体はこうなっているかもしらんけども、気付いていくのはズーッと気付いていきます。逆にいうと、その代わり子供の時に感激したその感激してからも歳取ったらなくなります。だから失うていくものも、同時に新しいものも、すると無常というのもありがたいこっちゃなと。ズーッと同じとこでは面白ないですよ、人生。
 
金光:  体はいうことを利かなくなっても、思い付くというか、気がつくということは歳とってもいくらでも新しいことに気がつきますね。そうしますと、「信心」という言葉は、心は心を信ずると書きますけれども、自分の心を下手に信ずるということではないんですね。
 
藤田:  「信心」の「信」は、目覚めです。仏教は、ブッダの教えというでしょう。ブッダというのは、漢字で「覚者(かくしや)」目覚めた人です。仏教は、目覚めた人の教えを聞いて、私もブッダになりましょう。目覚めた人になりましょう。「信」は目覚める。「心」とは何かというたら、我が命を生かさしてくれておる大自然の大きな心ですよ。仏様の心というんですね。だから私らは、信心を私の心にするからね、これ違っておるんです。だから仏教では、阿弥陀様の大きなお慈悲に目が覚めたというのが信心なんです。それを私がそう思ったとか、私がありがたいと思うておったという。私が思った奴は、状況がガラッと変わりますからね。人生順調にいったときには、「ありがたい、ありがたい」というけども、人生いろんなことに躓き出すと、神に裏切られた、仏様に裏切られたという。そういう人おりますわ。入り口に、初めから阿弥陀様はおるから救ってくださるという話から入るんじゃなしに、あなたが今生きているということはどういうことかという、そっちから考えていく方がいいんじゃないかなと私は思うんですよね。
 
金光:  そうですね。お釈迦様の、要するに「生老病死(しようろうびようし)」から入っていらっしゃるから、現代の人でも「生老病死」は同じことですからね。
 
藤田:  そうですね。だからお釈迦様は、「老病死を見て、世の非常を悟る」と。これは『大無量寿経』に書いてあるわね。そういう「無常」ということと、もう一つは、「縁起」ですわ。俺ひとりで成り立っている人生じゃないという。この二点を忘れるわけですよ。だから縁起という世界を忘れてしまうと、結局極端にというと、「儂はこんな歳まで人の世話になったことない」というやつおるわけですよ。
 
金光:  いますね。多いです。
 
藤田:  ということは、「どうしてきたんや?」と訊くと、「儂はわしの力で生きてきた」と。「あなた生まれた時から?」「いや、それは子供の時は親の世話に多少なった」と。親に多少どころじゃないのだが、「親の世話に多少なったけど、儂は働きだしてから、親に一銭も援助してもらったことないし、嫁を養い、子を養い」と、みなこういうわけですね。そしてちょっと会社でも持ったら、「儂は自分とこの工員を何十人養うているんや」と。それだから、「生かされている」という発想が出てこないわけですわね。
 
金光:  そうですね。
 
藤田:  「縁起」という問題と「無常」という問題、忘れたときに、いろんな苦しみが一切皆苦なるんですよね。それがはっきりして、それを受け止めながら、無常も受け止め、「儂が、儂が」なんてすぐ出るんですけどね。そうやないな。ナンマンダブ、ナンマンダブと念仏しながら、ああ違う。大きな中で生きておるんや。だからあんまりわがまま言わんと、儂らに出来ることをして、多少は人のお役に立たんといかん。みんなからさしてもろうておるからね。だからそういうふうに考えていくと、みんなを喜ばすことが喜びになるんで。みんなが喜んだら腹立つというんでは話にならんでね。そういうのおりますよ。人が嬉しそうな顔をしてるとね。仏教では、無常と無我ですわ。「諸行無常(しよぎようむじよう) 諸法無我(しよほうむが)」、それを忘れたときに一切皆苦が、それをちゃんと知って受け止めて、まともにきちっと受けとめられたら「涅槃寂静(ねはんじやくじよう)」ですわ。四法印(しほういん)(仏教の思想を特徴づける四つの基本的主張。諸行無常、諸法無我、涅槃寂静の三法印に一切皆苦の一句を加えたもの)でね。その目の覚まし方が、どうやって目を覚ますかということが、宗派によって多少違うだろうと思う。
 
金光:  ですね。でもそこのところがやっぱり仏法の一番の基本。変わりないと思いますね。
 
藤田:  最後はそこなんですね。
 
金光:  いろんな方のお話を伺ってますけど、そこのところにいくと、宗派はあんまり、言葉は違いますけど、
 
藤田:  真宗では聞いて聞いて。聴聞(ちようもん)というたら、親鸞聖人には「聴聞」という言葉はないんですよ。
 
金光:  そうですか?
 
藤田:  「聞思(もんし)」なんです。というのは、「聴」というのは、親鸞聖人が「聴聞」といわんで「聞思」というたか。やっぱり「聴」というのは、漢字の意味でいうと、往来の「往」を「聴」という。「來」を「聞」というんです。漢和辞典でいうと。往くを聴といい、来るを聞という。また他にいうと、「聴」というのは、「耳声を待つ」。「聞」は、「声耳に言う」と書いてある。だから聴こうというか、自分の人生にぶつかったりしないと聴く気にならない。
 
金光:  そうです。
 
藤田:  問題がないとね。だから問題があって聞きに行こうと、聞きに行ったら―親鸞聖人は、「聴」を「ユルサレテキク」。これはもうお経に出てくる聴聞の横にフリガナしてある。「聴」は「ユルサレテキク」、「聞」は「シンジテキク」と。「許されて」ということはどういうことかと言ったら、私は仏法の聞きに行く場は、無条件で誰にでも開かれている場だと。お前は来たらいかんとか、お前のような奴は来るなとか言わないんでね。全て開かれている。だから法然上人の話を大泥棒が聞いたと。四国に流される時に、播磨の沖で遊女が来ても一切拒まないですね。
 
金光:  そうですね。
 
藤田:  すべてを受け入れると。受け入れてもらって、聞いていると聞こえてくるものがある。聞こえてくるものを、そのままスーッと受け止められるからいいけどね、スーッと受けとめられんのですね。だから聞こえてきたものを通して、もういっぺん自分を見つめなおしていく中で、聞こえてきたものをそのまま受け取って精一杯生きるしかないなと。それをこれ返すのを、修行の修というてね、仏教も繰り返しじゃない。繰り返しですね。そうしないと身に付きませんからね。頭だけじゃ。
 
金光:  頭は邪魔ですな。
 
藤田:  人間やっぱり頭から入りますからね。頭があるから苦しむんですよ。頭がなかって何もものを考えなかったら苦しみもしないんです。前へ進みませんからね。だから頭あって、いろんなことを考えて悩んだものがよかったんだなと。
 
金光:  いいお話ありがとうございました。
 
     これは、平成二十九年六月四日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである