イスラームという生き方C「失敗しない商売」のロジック
 
                京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授・
                同付属ハダーリー・イスラーム弁明研究聖典長 小 杉(こすぎ)  泰(やすし)
            立命館大学授業担当講師       小 杉(こすぎ)  麻李亜(まりあ)
 
ナレーター:  シリーズ「イスラームという生き方」。イスラームの聖典「クルアーン」の一節を紹介しながら、イスラーム教徒ムスリムたちの生き方を十二回にわたって読み解いていきます。第四回は「失敗しない商売のロジック」と題してお送りします。お話は京都大学大学院教授小杉泰さん、そして立命館大学授業担当講師小杉麻李亜さんです。
 
小杉:  イスラームの国々を旅行する時、日本人には少しハードルが高いと感じられるかもしれないのが値段交渉です。私もよく経験しました。市場の絨毯屋さんで、最初は高かった言い値が、お茶なども出され、「まとめ買いするなら安くするよ」などとやり取りをするうち―一時間もやってるわけですけど―だんだん値が下がって、気がついたら一枚あたりの値段は半分になったけれども、三枚も買ってしまったなんていう経験があります。この売買スタイル、最近は海外旅行の機会も増え、慣れた方もいらっしゃるかもしれませんが、定価があって当たり前の日本から行くと身構えてしまいます。私も最初は面くらいました。相場を知らない客に高い値段を吹っかけるのは、騙してるのと同じではないかとも思いました。その考えを変えるきっかけになったエピソードがあります。エジプトのカイロに留学中、タクシーの運転手が、メーターを使わないんですけれども、相場の三倍の要求をしてきたんですね。しかも「自分には七人も子供がいるから暮らしは大変なんだ」と言うんです。いつもなら「子供の数とタクシーの料金関係ないでしょう。相場はいくらか知ってますよ」みたいなことを、私言い返すんですが、この時はふと「私も日本のような遠いところから来ている貧しい留学生で、しかも子供が二人もいて大変なんだよ」と言っていました。すると相手が、「じゃ半分でいい」と言うんですね。さらに日本は素晴らしいとか、エジプトはどうだとかおしゃべりに花が咲き、終いには「代金は要らないよ」というリップサービスまでしてくれるんです。値段交渉の基本は、売り手と買い手の合意、このことをその時思い知りました。何をもって合意するかは、当人同士の自由なんですね。交渉する当人達を差しおいて、あらかじめ物の値段が決まっているわけではない。絨毯屋の例でいうと、主人が納得する価格と買い手の私が納得する価格の折り合う地点を探している。私が気に入り、多少高くても買いたいと思えば、相場より高くていいわけです。そうやって売買が積み重なることで相場が成立するんですが、一つひとつの交渉の際には、相場はあくまで情報に過ぎない。情報知っていれば有利ですけれども、契約が相場に規制されるべきというルールもないんです。売り買いの基本は、本人同士の合意という観点から言えば、他人の合意の結果としての相場は、参考情報に過ぎません。さらにタクシーの運転手との交渉の場合、そこにイスラム的な論理として、お金を持っている人は、そうでない人に優しくするべきだという考え方も入っています。子供が多かろうと私には関係ないと思うのも自由ですけれども、それは大変だねと多めに払ってあげようかと思うのも自由なのです。相場に反して客を騙そうとしていると思うのは早計です。貧しい留学生と聞いて、運転手が運賃を負けてあげようという気になるのなら、それも正当な交渉の結果です。知人たちによれば、生活が大変そうだなと思えば同情して多めにあげることもあるよ、というのが現地の感覚です。イスラームに限らず、一神教には、神を信じるとは神と人間が契約を結ぶ事とみなす発想があります。さらに人間関係についても、契約を非常に重視する考え方があります。そのことと、値段交渉を前提とする商習慣は関係があるのではないかと思えるようになりました。そう考えてからイスラームの聖典「クルアーン」を見てみると、実際に宗教的事柄について商売の比喩が多く使われているのがわかりました。例えば創造者章二十九節には、日本語でいうと、こうあります。
 
アッラーの啓典を読み、礼拝を礼拝を確立し、われ(アッラー)が恵みとして与えたものから密かにあるいは公然と施す者は、失敗のない商売を願っているのと同じである。
 
この章句は、クルアーンを声に出して読むこと、礼拝したり貧しい人たちに施しをするという信仰行為を失敗のない商売、つまり必ず成果の出る、利益の出る商行為と同じだと言っているんです。宗教的な善行を、功利的な商業倫理で説いています。その前提にあるのは、商売は善い事という世界観です。そもそもクルアーンが向けられた最初の相手は商業都市マッカの住民たちでした。預言者ムハンマドも商売に従事していました。生業としての商売を誰もが認めていたわけです。さらにクルアーンには、神と信徒の関係そのものを売買と宣言する章句もあります。悔悟章一一一節には、こうあります。
 
まことにアッラーは信徒たちから彼ら自身とその財産を、彼らに楽園を与えるかわりに、買ったのである。
 
この「買った」と訳した言葉は、アラビア語で「イシュタラー」ですけれども、先ほどの市場で絨毯を買う時も、今でも「イシュタラー」と言うんですね。神は信徒に楽園を与える代わりに信仰心と財産を買った、というのは何とも直截な表現です。ビックリします。貸し付けという言葉もあります。例えば鉄章の一一節に、日本語では、
 
アッラーによい貸し付けをなす者は誰か。かれ(アッラー)はそれを倍にして返し、さらに気前のよい報奨が与えられる
 
このようにクルアーンでは、「貸し付け」という言葉が十二カ所出てくるんですけども、いずれも実際にお金を貸す話ではなく、善行を行って神に貸付をするという比喩です。善行という貸付は何倍にもなって返済されるというのですね。ちなみに、アッラーによる返済、あるいは報奨というのは来世のことですから、貸し付けに返ってくるというのは、来世で衣食住も素晴らしく、悩みも苦しみもない暮らしが保証されているという意味になります。クルアーンを一読するとわかるとおり、イスラームでは宗教そのものが経済の論理で語られています。「信じるものは救われる」というより、「信じるものは必ず儲かる」と論じているんですね。そして信徒は暮らしの中で大いに仕事に精を出し、商売をして儲けるよう勧められています。近代では経済に宗教が介入するのは困りものという考え方が一般的ですけれども、イスラームでは宗教と経済は切っても切れない関係に最初からなっています。それを私は、教えと経済の論理が一体になっているという意味で「教経統合論」―教えと経済ですね。「教経統合論」と称えてきました。信仰そのものが良い商売。ビジネスも教えにそって沿って行うのがよいというのがイスラームの基本です。宗教と経済の深い相互関係は、商業都市マッカで始まった宗教ならではの特徴ではないでしょうか。歴史を振り返ってみると、八世紀半ばにイスラーム商業帝国とも呼ばれるアッバース朝が成立しました。東は中国、西はヨーロッパまでが貿易ネットワークで結ばれ、インド洋交易圏、地中海交易圏、サハラ砂漠交易圏なども統合されました。現在グローバル化が話題ですけれども、アッバース朝の世界貿易ネットワークは、地球の一体化としてのグローバル化の始まりだったと言います。東アフリカや東南アジアへのイスラームの伝播は、商人たちが大きな役割を担いました。この時、宗教と経済を一体的に考えるシステムが大きな力を発揮したと考えられます。神と人間の契約という一神教の理念を持ち、商業都市マッカで生まれた宗教だけに、イスラーム法には、売買、投資、民事訴訟などたくさんの経済関係の規定が含まれています。イスラームが普及するまで、これらの多くの地域では、ローカルな商慣習に頼っていました。イスラーム法と、それに基づく経済により、広域的な商業活動が楽々と行われるようになりました。今風に言えば、イスラームが事実上の国際標準、グローバルスタンダードを提供したわけです。例えば小切手を意味する英語の「チェック」は、アラビア語の「サック」が語源とされます。九世紀、十世紀には、現在のスペイン、イベリア半島のコルドバで小切手を発券すると、アッバース朝の都バグダードに持って行って、すぐに現金化できた。それ程安定的で広域的な商業圏が成立していました。こうしたイスラーム経済が力を持っていたのは、残念ながら前近代の話です。近代以降は、西洋列強が進出し、資本主義が各地に浸透して、イスラーム世界は政治的にも経済的にも衰退していきました。しかし、一九七○年代以降、イスラーム独特の無利子金融が始まり、再び新たなイスラーム経済の活動が広がっています。その辺については番組の後半でお話ししたいと思います。
 

 
小杉:  「イスラームという生き方」第四回は、「失敗しない商売のロジック」。ここで娘麻李亜に、ムスリムの女性たちの商売について紹介してもらいたいと思います。
 
麻李亜:  小杉麻李亜です。今日は女性たちの生き生きとした商売の姿をお伝えしたいと思います。イスラームでは、商売は男性だけのものではありません。商売をして活躍することに男女の差は全くないのです。元々預言者ムハンマドの妻ハディージャは、成功した大商人で、彼女の生業と富はムハンマドに生活の安定とゆとりをもたらしました。ムハンマドが女性の商売によって支えられ、潤っていたことはイスラームの教えの中でも決して恥ずかしいことだとは思われていません。男性なのに情けないとか、男女の役割が逆転しているとかは全く考えられていません。ムハンマド自身はどう語っているかと言うと、ムハンマドの振る舞いや言葉を記録した言行録を「ハディース」と言いますが、そこに次のようにあります。
 
みなの信じなかった時に、彼女は私を信じてくれた。他の誰も私に手を貸さなかった時に、彼女は自分の富によって私を助けてくれた。
 
ムハンマドは、自分の妻が才覚ある商人であったことを誇らしく思い、尊敬していました。さらにハディースには、ムハンマドが女性に求める美質はなんですか、と質問され、富、美しさ、家柄、信仰心と答えたと伝えられています。当時のアラブ社会では、女性の地位は低く、社会進出もまれでしたので、ムハンマドのこのような価値観は一般的ではありません。今の時代でも、決して広く受け入れられているわけではありませんので、やはり時代や社会の常識にとらわれないムハンマドならではの、のろけだった側面はあるだろうと思います。彼のそうした態度、女性が家の外で活躍することに全くためらいがなく、人を助けることのできる金銭や経済力を良きものと考える価値観は、今日のムスリムの価値観にも影響を与えています。イスラームでは、お金は汚いものではありません。清潔な服を着て、良い物をハッピーに食べて、神に感謝することはいいことですし、この世でせっせと商売をして、そのお金で家族や周囲の人、困っている人を潤せることも、とても良いこととして奨励されています。クルアーンの金曜礼拝章では、次のように言います。
 
礼拝が終わったならば、汝らは大地の方々に広がり、神の恵み求めなさい。
 
これは金曜礼拝が終わったら大いに商売をしなさいという意味です。イスラームでは、安息日の考えはなく、金曜日も人が集まるので、市場が立って商売に最適の日となっています。女性たちがせっせと商売に励む姿は、なんといっても東南アジア、特にインドネシアがずば抜けています。インドネシアはもともとイスラーム以前からの地域の特色として、女性の地位の高さが際立っています。そんなインドネシアでは、女性たちの二足わらじ、三足わらじが当たり前です。会社にお勤めをしていても、空き時間は屋台をやったり、手作のバッグやお菓子を売ったり、商売に励みます。そうした二つ目の生業は、現代の日本では、主婦の暇つぶしや小遣い稼ぎと思われがちですが、インドネシアでは違います。新しいビジネスのオーナーとして尊敬される立派な社会的、経済的行為とみなされます。しかもハードルは高くありません。皆好きなことから始めています。お金も稼がなきゃらし好きなことをやりたいよね、という両方が実現できるのです。インドネシアの隣国ブルネイでは、私が勤めていた研究所に、各国から来たスタッフや院生の世話をしてくれる地元のお母さんのような事務のおばちゃんがいました。彼女は毎朝私たちの希望を聞き、安い手作り弁当買っておいてくれます。その弁当を研究所に売りに来るのは、早朝だけ弁当売りをしている彼女の友達のおばちゃんでした。またある時は、隣の課の事務の女性が、湾岸から輸入した布地を売りに来たから見に来ないと誘われました。その布はブルネイの民族衣装バジュクロンを仕立てるのにちょうどいい長さと柄で、私も公務の際はバジュクロを着ていましたから、じゃ二着分買おうかなとなり、他の国から来ている先生たちも、本国に残してきた奥様たちへのプレゼントにとなり、みんなで盛り上がって選びました。イスラームの国々では、そんなふうに人と人とが大きな家族のようにつながり合い、その間を網の目状にいろんな商売が張り巡らされています。買う側は自分の身近に美味しいものや必要なものがやってきて、さっと手に入るし、安くて、しかも顔の見える相手から買うことができます。また自分が買うことで、相手の商売や生活を支えることを知っていますから、可能な限り買ってあげたいと応援や支え合いの気持ちも強いです。エネルギッシュにあっちでちょいちょい、こっちでちょいちょい、いろいろやってお金を稼ぐ。好きな小さなことから始められるからリスクも少ないし、互いに応援しあい、失敗を迫られることもありません。そんなイスラームの価値観と地域の文化が融合した生き生きとした女性達の姿を商売の場でも見ることができるのです。
 

 
小杉:  「イスラームという生き方」その第四回は、「失敗しない商売のロジック」と題してお伝えしています。番組後半では、イスラーム金融についてお話したいと思います。経済を円滑に動かすためには不可欠な金融です。そこに利子はつきもの。ところが、クルアーンは利子を禁じています。「雌牛章」二七五節に、このようにあります。
 
リバー(利子ですね)リバーを食らう者は、復活の日にシャイターン(悪魔)に打ち倒された者のようにしか立ち上がることができないであろう。それは彼らが「商売はリバーを取るようなものだ」と言うからである。アッラーは商売をお許しになり、リバーを禁じた。
 
こう書かれています。そうしますと、クルアーンの禁ずる利子のない銀行が可能なのかということになります。第二世界大戦後、イスラーム諸国が西欧の植民地支配から独立すると、イスラームの教えに沿った暮らしをしようという気運が高まりました。そして一九七五年、商業ベースで営業する初めてのイスラム銀行がドバイに設立されました。翌年以降、各国でもイスラム銀行の設立が相次ぎました。これに対して最初は特に欧米で否定的な意見が相次ぎました。資本主義に利子は付きものです。それまで利子のない金融は存在しなかったわけですね。そうすると、「無利子銀行」とは、「開かないドア」とか、「飛ばない飛行機」のように、言語矛盾のように聞こえるということなんです。しかし、否定的な予想に反して、イスラム銀行は各地で成功を収めました。理由の一つは、クルアーンの教えを守って、「利子があるから銀行に行かない」と言うムスリムが想像以上にいたことなんですね。そういう人たちはタンス預金をしていました。その人たちが、無利子だったら銀行を使うよ」とお客になったんです。時代背景としては、一九七三年の石油ショックで産油国が台頭し、オイルマネーがイスラーム銀行設立の資金源になったということもあります。一九九○年代には、マレーシア、インドネシアなどの東南アジアでも、イスラーム銀行がどんどんできました。さらにそれまでの通常の銀行も、イスラム銀行の成功を見て、イスラーム部門を設けるようになりました。その部門では利子が付かないんです。現在では、世界の五十五ヵ国以上に、六六○以上のイスラム金融機関が活動しています。さてイスラーム銀行が利子を用いないとしたら、どうやって営業するんでしょうか。クルアーンの章句に従うなら、神は商売を許し、リバー(利子)を禁じたわけですから、商売の形をした金融商品を開発し、利子を取る側に利益を供給すればよいということになります。そうして提案されたものの一つが、ムダーラバ契約というものです。これはムハンマド時代に行われていたキャラバン貿易がモデルとなっています。当時のマッカの商人たちは、資金を提供しました。実際にキャラバンを行う事業者たちは、それを元手に商品を買い込み、多数のラクダを組織して遠隔地へ隊商の旅をしたわけです。需要の高い珍しい品々を、インド洋交易で仕入れ、地中海地域に持って行って売りさばく、あるいはその逆方向もあります。道中の危険も大変大きい遠隔貿易です。成功すれば大儲けができますが、失敗すれば投資した資金も、事業者の努力も水の泡です。その時儲ければ利益を分け合い、失敗したら損失も分け合うということになりました。つまり資金が保証される契約ではないわけです。現代のイスラーム銀行では、これを応用して、まず預金者が資金提供者となって、銀行が事業者の役割をします。次に銀行が資金提供者となって、会社などが事業者という形になります。そうしますと、預言者に、例えば年五パーセントの利益が供与されるとしても、それは結果としての利益分配で、利子というわけではありません。つまり利子とは、あらかじめ利率が決められていて、事業の成否にかかわらず、銀行が元利を得るものということになります。この方式では、銀行がリスクを負わず、それが不公平だとイスラームは言います。これに対してムダーラバ契約のように、皆がリスクを負って、成功したら成果を分け合うのが公平だと考えます。さらに利子の禁止には、不労所得がよくないという考えがあります。リスクも覚悟で投資をしなさいというわけですね。リスクも利益も分かち合う。これを日本語では、「損益分配方式」損も利益も分け合うということですね。損益分配方式と言っています。もう一つ、商金融でのやり方もあります。日本ではお客が銀行からお金を借りて、例えば自動車を買います。そうすると利子を払うわけですね。イスラーム銀行では、銀行が自動車を一旦買って、お客にその自動車を分割払いで売ります。そうすると利子はありませんけれども、売買の間に差額が生じて、それが銀行の利益となります。利子を取らずに利益が生じることになります。こんな手間のかかる仕組みにしてまで無利子のない金融を作りたいのか。経済をイスラーム式にやりたいのか、という疑問が湧きますが、イスラム銀行の発展を見ると、そうとしか言いようがありません。ムスリムだってビジネスをしている以上儲けたい。しかもイスラームの教えに沿って儲けたい、ということなのですね。なぜならイスラームの教えに沿うのは、失敗のない商売をすることだからということです。ムスリムの知人に言わせれば、この世で儲けるだけではなく、あの世での貯蓄も大きくしたいんだ、ということです。あの世での貯蓄というのは、来世で生活水準がどんどんよくなるという話になります。このような宗教と経済を不可分にするような教えがどうして生まれ、しかもそれがどうして現在にまで続いているのでしょうか。一つには、イスラームは商業都市マッカで誕生し、経済の論理を用いて宗教倫理を説くという性質を持っているということです。これは他の宗教が禁欲を説き、場合によっては現世の暮らしを否定するのに比べると大変例外的です。もう一つは、アラビア語の力です。シリーズ第二回でお話ししましたように、朗唱される聖典クルアーンが登場した七世紀からアラビア語が基本的に同じ性格をもっていて、現在でも同じように通じ合います。今でもみんながクルアーンを読んで理解できるわけです。それなのに七世紀に成立した宗教と経済を結びつける理念が現代でもアラビア語で直接ムスリムを語りかけています。だからムスリムはこの経済については利子を止めなければいけないというふうに奮闘しているのだろうと思います。今日は宗教と経済の不思議な結び付きについてお話しました。七世紀の商業都市マッカで生まれた宗教と経済を結びつけるイスラームは、聖典クルアーンを通して現在でも生きています。クルアーンが直接ムスリムに語りかけ、ムスリムたちはその教えを実現しようと聖典の教えに沿った経済をつくり出そうと、今もイスラーム経済に奮闘しているのです。
 
     これは、平成二十九年七月九日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである