枕辺で経をよみ
 
                如来寺住職・相愛大学教授 (しやく)  徹 宗(てつしゆう)
1961年、大阪府生まれ。大阪府立大学大学院人間文化研究科比較文化専攻博士課程修了。その後、如来寺住職の傍ら、龍谷大学文学部非常勤講師、兵庫大学生涯福祉学部教授を経て、現職。お寺の裏にある一軒家で地域の認知症高齢者のためにグループホーム「むつみ庵」を運営するなど、NPO法人リライフ代表も務める。内田樹と親しく、共著を多く出している。2012年から開催されている釜ヶ崎芸術大学で講師を務める。2017年、『落語に花咲く仏教−宗教と芸能は共振する−』で第5回河合隼雄学芸賞受賞。
                き き て        浅 井  靖 子 
 
ナレーター:  今日は、「枕辺で経をよみ」と題して、相愛(そうあい)大学教授で如来寺(によらいじ)の住職の釈徹宗さんにお話しいただきます。釈さんは、住職を務める如来寺の近くに地域の認知症のお年寄りをケアするグループホーム「むつみ庵」を開設。運営するNPOの代表を務めているいらっしゃいます。開設から時間が経ち、グループホームでお年寄りの看取りをなさる経験も重ねてこられました。施設に係る一人として、また僧侶として、その経験から見えてきた生と死についてお話しいただきます。聞き手は浅井靖子ディレクターです。
 

 
浅井:  以前、運営をなさっている「むつみ庵」をお訪ねさせていただいたことがあるんですけど、
 
釈:  ありがとうございました。
 
浅井:  いいえ。旦那さんが住んでおられた自然に囲まれた日本家屋をグループホームになさっていて、非常にアットホームな雰囲気で、仏間のような空間があったりして、すごく長い時間の流れがそこにあるなというか、生と死の連続性がなんか自然にあるような場所だなというふうに感じたことを覚えているんですけれども、その時に「いずれこの場所で看取りまでできれば」というふうにおっしゃっていましたけれども、それからすっかり時間が経ってこうお看取りの経験をいくつかされたというふうに伺ったんですけど。
 
釈:  はい。そうですね。今お話にあった「むつみ庵」のお家の建て方ですね、昔のお家なので仏間中心に出来ているんですよ。昔の家は、お庭があって、そこに縁側があって、仏間があって、座敷があって、という、家の一番いいところに座敷と仏間を持ってくるんですよね。そういう家は今ほとんど作られる人は少なくなって、自分たちの暮らし中心の家になって、昔の家は使い勝手が悪いんですけども、でもグループホームというその共同生活のお家ですね、同じ障害を持って、同じ悩みを抱えている人が集まって共同生活するという家として使うなら、昔の設計というのはすごくいいというのはわかりましたね。何かというと、集い易いですし、また仏間が中心になっていることで、なんとなく家に方向性が生まれてて、みんな何かあるとそこに身を置くことができるというふうになっているなと思って。ですから、昔の家って、だから家族だけのことを考えて建てていないんだなというふうに思いますね。いろんな人がやってくるのを前提として建てていたんでしょうね。
 
浅井:  そこには亡くなった方も含まれているということですか?
 
釈:  おっしゃる通りです。死者と共に暮らすという感性があったんだと思います。今でもよくされますが、仏間に亡くなった方の遺影を長押(なげし)に掛けたりしますよね。そういうお家なんですけども。だから、先に逝った方も一緒に暮らしているという、そういう感性で出来上がったお家なんだなというを、グループホームにしてみて、改めて感じることができました。あの家が始まってもう十五年以上になるんですけど、七名の方が息を引き取られて、そのうち三名の方、私、看取りの場にご一緒させていただくことができたんですね。お三方(さんがた)とも延命治療はしないということを決めておられましたので、それでご自分の部屋で最期の時を過ごされて、ご近所に年輩のお医者さんが訪問医療してくださるもんですから、このお医者さんと一緒に相談をしながら、指導受けながら、自宅でそのまま息を引き取るという選択になりました。
 
浅井:  それはどんなふうに皆さん、死の場にいらっしたんでしょうか?
 
釈:  え〜とですね、思ったほど特別なことでもないんですよね。共同生活なので、普段どおり暮らしている方がおられるわけですし、また亡くなっていかれる方も、割とご臨終の時まで平穏なんですね。特別のことって、それほどなかったですね。数少ない経験をもとにいろいろ語るのは、語弊が多いかもしれませんが、特に無理な延命治療なしであれば、だんだん人間の本来の持つ死のメカニズムが機能して、次第に停止していくという、そういう感じでしたね。ご本人に、スタッフが、「居間に行ってみますか?」と言ったら、「うんうん」とうなずいたり、居間に行ってももうほんとに末期ですので、ぼんやり眺めているだけなんですけど、居間ではみんなが普通に暮らしている。で、スタッフが「そろそろ自室に戻りますか?」というと、「うんうん」というので、また自室に戻る。そのまま息を引き取るというような、そんなことでしたね。また自然死の場合は、息を引き取られる時期がほぼわかるもんですから、ご家族に連絡をして、最期の時を一緒に過ごしてもらうというような、そんなことになりました。
 
浅井:  ご家族がその自室に一緒におられて、その時を一緒に過ごされるわけですか?
 
釈:  そうなんですよ。先輩のお医者さんがですね、「もうほんとにあと何日ぐらいなんじゃないか」というと、ほぼ間違わないんですよね。で、ご家族に連絡して、一緒に過ごしていただいて、アルバムなんかを見ながら、昔話してもらったりとか。お一人の方は、「お子さんみんな集まってほしい」というご希望を発言されたもんですから、それで本当にものすごく久しぶりに―お子さんと言ってもずいぶんご高齢で、すごく久しぶりに全員が集合してっていうような、そんなことにもなりました。
 
浅井:  釈さんは、運営するNPOの代表であると同時に、僧侶でもおありになるわけで、その臨終に際しては、その枕辺でお経を読むということをされたということなんですか。
 
釈:  そうなんです。通常「枕経(まくらぎよう)」などと言うんですけども、「臨終勤行(りんじゆうごんぎよう)」などとも言います。息を引き取られた時に、ご遺体の側でお経を読んで、そして念仏を唱えるというようなことをするんですけども、これですね、よく「宗門改めの仕組みだったんじゃないか」と言われているんですよ。亡くなってすぐにお坊さんがそこのお家に行って、「キリシタンじゃないかどうかを確認する手立てだった」とも言われているんですよ、枕経というのはね。ですから、「必要ないんだ」という、そういうご意見もあるんですよね。今そういうことを、勿論する人はいませんし、その人の宗教をですね、隠れた信仰を探るというような必要も勿論ないわけですから、だから「枕経はもう現代においては必要ないんだ」ということをおっしゃる人もいるんですよ。でも私は、枕経というの本質に少し触れたような気がしました。本当に息を引きとった直後なんですよね。お医者さんが来て確認されるんですけども、その時にお経を読んだんですけども、それ以前からだんだんと臨終に向けて、こう人間って一気にすべて死んじゃうんじゃなくって、部分的に死んでいくなという感じはしていたんですよね。
 
浅井:  徐々に。
 
釈:  そうですね。例えば手足の、なんか足の方なんかもう割と何時間か前からですね生きた感じがないんですよね。だんだんと体の各部署が、生命活動を止めていくという感じがするんですよ。息を引き取っても、まだ聴覚とか、あるいは医学的に見て死というふうに判断されても、体や意識の部分は、まだ生命活動を終えていないような感じがしたんですよ。その時に、お念仏を唱えさせていただいて、経典を読誦したときに、あぁ枕経ってこういうことかなって、というふうにちょっと思いましたね。
 
浅井:  それは次の世界への渡すものという感じですか?
 
釈:  そうですね。送っていくというそういう手立てのような気もしましたし、またそこに私もご遺族もいるわけですよね。で、亡くなっていく方と、私の読経を媒体として、遺族の方たちが、何とも言えない生と死のグラデーションの中にいるような、そんな場面が生まれるんだなというふうに思ったんですね。
 
浅井:  それはそういう在宅死というか、施設の中での看取りというのがない病院でという時は、多分亡くなって…
 
釈:  実は今、枕経自体もだんだんお勤めすること少なくなっているんですよ。まずは今おっしゃったように、病院で亡くなると、そういうことがなかなかすぐにするのは難しいですよね。ご自宅に帰ってからということになるでしょうし、また最近では葬儀会館の方に、亡くなると直接運ばれて、そうすると、葬儀会館の方からご連絡をいただいてということなんですけれども、自宅じゃないので、いつ行ってもいいというわけにいかないんですよね。本当につい最近まで、お寺って割と三百六十五日、二十四時間、いつも待機している状態で、夜中の三時四時、電話かかってきてもすぐに枕経に行くというような、そういうことが当たり前でしたね。私のお寺の先代は、私の父親なんですが、酒好きなもんですか、夜つい飲んじゃうでしょう。夜中に電話かかってきても酔っ払って行けないというような―しょうがないので私が行くというようなことも、子供の時ありましたね。でもこれって普段からお寺とのお付き合いがないと成り立たないんですよ。普段お寺とのお付き合いが全然なくて、家族が亡くなった時に、葬祭業者さんに連絡して、お寺の手配してもらうということになると、枕経に駆けつけるということがそもそもないわけですから、だんだん枕経がなくなっているんですね。そういう意味も含めて、私も改めて枕経について考えるというような経験にはなりました。私にとっては一種の宗教体験という感じでしたね。三人の方の枕経を勤めさせていただいたのは。私、浄土真宗なんですけども、浄土真宗、あるいは法然上人、親鸞聖人の教えだと、臨終のお迎えというのは重視しないというか、本来そういうものじゃないというふうに考えるんです。法然・親鸞以前の浄土の教えとか、お念仏の教えというのは、臨終の来迎をすごく重視していたんですよ。でもそこで臨終の問題じゃなくて、今どう生きるかの問題なんだというふうに、法然・親鸞以降ですね、仏道として見事に構築したもんですから、親鸞聖人もまあ臨終の正念ですね、臨終にどうお迎えを迎えるとか、あるいは臨終のお迎えというのは、それはもう自力の教えであって、他力の教えじゃないんだ。「臨終を待たず、来迎を頼まず」というふうなことをおっしゃってるんですけども、そういう仏道とはまた別に宗教学的に考えて、なぜこれほど阿弥陀仏信仰が深く人々の間に根を張ったかというのは、一つは、やっぱり亡くなる時にお迎えに来てくれる仏さまだからだなという気はちょっとしますね。その仏さまがお迎えに来てくれるという、ある種の死のストーリーといいますか、死の文化としてのその豊かさ、これを阿弥陀仏信仰というのは育んできたんじゃないかなと思うんですね。岡部健(おかべたけし)(宮城県を中心に在宅ホスピスに取り組み、年間300人以上を看取っている医療グループ「爽秋会(そうしゆうかい)」理事長で医師。2012年逝去)―もう亡くなられましたが―ご存知ですか、あのたくさんの人を看取ったお医者さんで、死に関することに関しては、医学だけではだめだ。宗教と一緒に活動しなければダメだと考えた人でして、この人の提案で臨床宗教師というような、そういう制度も生まれたんですけれども、ご本人もお亡くなりにもなってはいるんですけども、この人ががほんとに手を尽くして様々なカウンセリングも行って、死の看取りを実践するんだけども、時々仏さんがお迎えに来たという人がいるらしいんですよ。このお迎え現象が起こったらもう医者のすることは何にもないというふうにおっしゃっているんですよね。今なおこれを超えるものはないと思うということをおっしゃっていて、でもお迎え現象は、ほとんどの人が病院で亡くなるという社会になって急速になくなったというのが、岡部先生の意見でして、そんなふうに考えると、在宅自然死という問題が、最近割と取り沙汰されていますが、それがまあ全ていいのかどうかはわかりませんが―私にはわからないんですが、少なくとも死について我々考えなければいけない状況になるということは間違いないですし、その死についてきちっと向き合うことによって、今をどう生きるかという、そういう課題が現代人には突き付けられているんじゃないかというふうに思います。
 
浅井:  枕経をほんとに枕辺でおやりになる時に、生と死の合間の時間みたいなものをみんなで経験するという、そういうひと時を持てた。ただそういうような最期をみんなが選べるかと言ったらそうではなくて、いくつもの条件が整わなければいけないと思うんですけれども。
 
釈:  そうなんです。やっぱり裏の家のグループホームの場合でも、ご本人がそういう在宅のまま自然死を望んでおられる。また家族も望んでおられるという、そういう状況と、それとご本人がやっぱり病状にもよりますね。病院に行かなきゃいけないというような事態になれば入院して、そこで最期を迎えられるという、そういうことも起こりますし、でご本人とご家族さんと以前から話し合ってて、ここで最期を迎えたいんだというようなことが決まっていても、いよいよとなると揺れますので、出来る限りの治療をしてあげたいというお気持ちもやっぱり生まれてきます。そうなると、もう一度組み立て直しということになって、割と揺れながら進むというような感じになります。
 
浅井:  そうすると、自分の死をどう決定するかという、今、「終活」とかというような言葉ももてはやされていて、自分の死をどういうふうにデザインするかということに関心は集まってますけれども、一概にだからそれを決めるというのも簡単なことではない。
 
釈:  そうですね。希望通り物事を進めていくためのサポートとかケアの制度も随分必要になってきますし、最近では訪問医療の専門医なんかも増えてきているんで、少し状況は良くなっているというふうに思います。しかし大事なことは、自分の生も死も思い通りデザインできないということは、我々引き受けなければいけないんじゃないかと思うんですね。二○○○年代後半ぐらいから、だんだんと生まれる人よりも亡くなる人の数の方が増えてですね、今「少産他死社会」ですよね。生まれる人よりも亡くなる人の方が多いわけですね。二○○九年に、今おっしゃった「終活」―終末に関する活動というのが流行語大賞にノミネートされるんですね。そして二○一一年、東日本大震災が起こって、もう一度我々、いかに日常がもろいか。いかに生きるということは思い通りにならないか、というのを突き付けられているわけです。でもですね「終活」という言葉が生まれるほど、我々、自分の死について、ある程度自己表明しておかなければいけないという社会に生きているわけですね。例えばこういう状態になったときに、どこまで治療するのかとか、どんな治療を希望するのとか、どんな医療を拒否するのかというのを、あらかじめ表明しておかないと、場合によっては望まない状態に長くおかれるという、そういう可能性を持っているわけでして、ですから決して延命治療が間違っているという話ではなくて、自己決定して、自己表明しておかなければ望まない状態に置かれる可能性がありますよという、そういう社会に生きていますよということを考えなければいけないわけですね。でも、これは終末に関することだけじゃなくって、現代社会というのは、あらゆる場面で自己決定が求められているという、そういうことが一つ言えるかと思いますね。我々はもう意識する、しないにかかわらず、確固たる自分というものを持てって、そして自己表明しろ、自己決定しろというふうに、メッセージを社会から受け続けている状態です。これはですね仕方ない部分があります。成熟した社会というのは、自己決定しか落としどころがないんですね。あなたの立場も私の立場もお互い尊重しあいましょうというと、もう自己決定しか落とし所が無いので、成熟した社会というのは、自己決定が様々な場面で求められるということになりますが、ですから、これからはですねますます自己決定が求められ、自己決定、自己表明ができない人はだんだん端っこに除けられるような社会ですので、これはこれできついんですよ。自己決定の社会というのは、大変成熟した社会ですけど、ある意味で大変厳しい社会でもあるということですよね。仏教が説くように、自分というものを強く持てば持つほど、我々苦しまなければいけないという、そういうことですね。
 
浅井:  苦しむ?
 
釈:  そうなんです。確たる自分というものを持てば持つほど、自分の信念とか価値観とか信条というものが確立していくわけでしょ。でもですね、生きることも死ぬことも思い通りにならないですから。病だってそうですよね。自分の思い通りにはならない。思い通りにならないといことは苦しまなければいけないというふうに、これはもう二千五百年以上前から仏教が説いてる通りでして。
 
浅井:  自分がこうしたいというのがあればあるほど、そのことのギャップに苦しむ、
 
釈:  そういうことですね。ですから、仏教の説くところでは、自分の都合をそんなに振り回さずに、自分というものを整えることによって苦しみを引き受けていくんだという、そういう道が提示されているわけでして、この部分は現代人に少し耳を傾けなければいけないんじゃないかという、そういう気がしています。心も体もだんだん柔らかくなるというふうに仏教ではいうんですよね。柔らかさというのは、固くなさの逆ですよね。自己決定も一歩間違えると、凄く傲慢な話になってですね、自分が努力して手に入れたものは、すべて自分の思い通しになって当然とかですね、自分に関することは自分に全て決定権があるというふうに思いがちになると、これはこれで具合が悪い。自己決定の落とし穴にというふうな感じがします。ですから俺の人生も、俺の死も、全部俺の思い通りにするんだというようなですね、そうなってくると、ある種の自己決定の意思につまずくというような。自己決定というのは、私はそういう答えがあって、そこに向かって突き進むというようなもんじゃないと思いますね。もっと揺れるものだし、もっと柔らかいものだし、ときには他者の思いによって自己決定が変わることだってあると思いますね。だからもしこの問題で仏教から学ぶことがあるとすればですね、一つは、自分の都合というものを整えることによって苦しみを引き受けていくというのと、もう一つは、生も死も決して自分の範囲に止まるものではない。他者との関係の中で変化していくものである。ですから、他者と共感しあって生と死は進んでいく。死は自分の個人の中に、範囲にとどまることなく、他者との関係の中で死の意味は変わっていく。そんなふうに受け止めていくのはどうかというふうに思います。
 
浅井:  他者との関係の中で生や死の意味が変わっていくという意味でいうと、例えばお通夜の中でお出会いになった方々の中にも、ご家族の中で亡くなっていかれる方々の中にも、ある関係性の中で生が全うされていくというような例もあったんでしょうか。
 
釈:  そうですね。自分はもう全ての治療を拒否して息を引き取りたいと思っておられても、お嬢さんがすごく強く望むので、自分の意向をひるがえして容認するという方もやっぱりおられますしね。でそれはそれで尊い選択のような気が、私はその場にいてしました。また私の祖父が、数年前に往生させていただいたんですが、頑なにですね、ある治療を拒否していたんですけど、ところがどういうつもりか知りませんが、もう本当に臨終間際になって受けるのを引き受けるというんですかね、翻意しまして、どうしたのかなとかとみんなでいうていたんですよね。あんなに嫌がっていたのにとか。そのおかげで少し延命することになったんですけども、随分後悔してました。やっぱりやらなきゃよかったとかって言ってましたけど。でもおかげで我々孫を含め、すごく濃密な時間を過ごすことができて、ふと思ったんですけども、あ、これ、自分のためだけに受けたんじゃないなと思ったんですよね。その望まないことであったんですけど、引き受けることによって大変周囲の人間にとって濃密な時間を過ごすことができた。ありがたかったなというふうに思います。そんなふうにその選択が正しいとか間違っているという話じゃなくって、自己決定というのは、そういうふうに関係性によって、ある種の幅を持っている、そういうイメージで死と向き合うことが大事なんじゃないかというふうに思います。
 
浅井:  その自己決定のもとになる自己というのは、自分の考えとか自分の肉体とか、自分の人生という、そこにとどまるのではなくて、そこを少し出て外の他者との関係、その間の空間まで広がった上での柔らかい自己というか、大きな自己というか、そういうものを別にしてこう揺れながらこう決められていく。ある形が生まれていくという、そんな感じなんでしょうか?
 
釈:  そうですね。仏教では「老・病・死」という人間の生きていく上では避けられない根本的な苦悩を説きますが、向き合い方によっては大変豊かな老いであったり、病であったりしてあるということも起こると思いますね。例えばご家族が、集まって息を引き取っていかれた、私が枕経を勤めさしていただいた人なんかは、その死んでいく様をご家族は見せることによって、ずいぶん大きな影響を与えられたような、そんな感じがしました。そこの自分のそのまま次第に自然死して行く様を、とても雄弁に感じましたね。ご本人は一言も言葉を発することができなかったんですけども、全身で語りかけておられたという感じがしました。またですね、江戸時代に白隠という傑僧がいるんですよ―臨済宗のお坊さんです。この人がですね、「みんな、別に出家とかしなくていいぞ」とかいうんですよ。「人間はやがて出家しなければいけないんだ」というんですよ。例えば、「寝たきりになって、人のお世話になって残る命を生きるということは、それはもう出家と同じなんだ」というふうにいうんですよ。
 
浅井:  自分を誰かにゆだねているというような、
 
釈:  その通りです。それが出家なんだっていうふうにいうんですよね。その時こそまさに修養のチャンス。だからですね、そういうふうな状態になったら大切なことは、自分の心と体を他者にゆだねる覚悟を持つこと。自分はひたすら呼吸を整えて、その瞑想するようなそういうことに専念しろというふうにいうんですね。面白いことをいう人だなと思って。そんなふうに古来人間は、病や老いや死と向き合ってきて、多くの豊かな文化なども育んできたわけですから、考えてみたら人間だけが死を活用することが可能なんですよね。
 
浅井:  人間だけが?
 
釈:  人間だけが死を通して、今をどう生きるかというような、日常生活の枠がそこで問われるといいますか、自分のあり方が問われる。普段持っている枠組みが揺れるわけですよね。そうやって死というのは自分の関係性を問い直したり、自分の価値観を問い直したりするという力を持っているわけです。またですね、どこかでは我々諦めていかなければいけないですよ。すべてを手放していかなければいけないわけですよね。ですから、ここ一番という時だけ手放そうと思ってもなかなかできなくて、しがみついちゃうわけです。だから普段から手放すトレーニングをする。その自分のしがみつく、こだわる心を緩めて行く、そんなふうに考えていただくと、仏教は人類の知恵の結晶みたいなところがありますので、そこをうまく聞き取っていただければ、豊かな老い、豊かな死という、そういうこともあろうかと思います。
 
浅井:  今日はどうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十九年七月十六日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである