人生の意味とは―ドイツ人禅僧ネルケ無方に聞く―
 
                   曹洞宗安泰寺堂頭(住職) ネルケ無方(むほう)
1968年、ドイツ生まれ。ドイツの牧師を祖父に持つ家庭に生まれる。7歳で母を亡くす。キリスト教主義学校の高校在学時に坐禅と出合い、将来は日本で禅僧になろうと夢を抱く。ベルリン自由大学日本学科・哲学科在学中、1990年から大学を休学して半年間京都大学に留学。京都府園部町の昌林寺や兵庫県の安泰寺で修行を行った。1991年に帰国しベルリン自由大学に道元についての修士論文を提出。ベルリン自由大学日本語学科修士課程修了後、博士後期課程に入学。1992年10月、奨学金を得て京都大学大学院に留学したが、1993年に中退し、兵庫県美方郡新温泉町久斗山にある安泰寺で出家。1995年の秋、安泰寺から離れ、京都府の臨済宗東福僧堂、福井県の曹洞宗発心寺で修行を重ねる。1997年に安泰寺に戻るが、2001年に師匠のもとで嗣法をし、大阪城公園でホームレス坐禅を行う。そうした中、2002年に師の除雪作業中事故の訃報を聞いて安泰寺に戻り、9代目住職になった。
                   き き て        西 川  啓
 
ナレーター:  今日は、「人生の意味とは―ドイツ人禅僧ネルケ無方に聞く」と題してお届けします。人は何のために生きるのか。ベルリンに生まれたネルケ無方さんは、そう問い続ける少年でした。ベルリン自由大学で禅を学び、来日したのが今から二十七年前、二十二歳の時でした。兵庫の山の中厳しい修行に明け暮れる安泰寺(あんたいじ)にネルケさんは身を置きました。その人生の道しるべになったのは、鎌倉に曹洞宗(そうとうしゆう)を開いた道元(どうげん)禅師でした。お話は安泰寺九代目堂頭(どうちよう)ネルケ無方さん、聞き手は西川啓ディレクターです。
 

 
西川:  まずネルケ無方が、どのように禅と出会い、そして今ここ安泰寺に至っておられるか。それについてまずお伺いさしてください。
 
ネルケ:  私は、七歳の時に母親を亡くしたんですけれども、その頃から―小学生の頃からどうせ死ぬならば何のために生きているんだろうというのが疑問になって、父親に聞いても、先生に聞いても、誰も答えてくれないんですね。自分の頭で考えて解決しようと思ったんですが、結局わからないまんま、中学生になって、高校生になったんですね。たまたま坐禅の好きな先生がおりまして、坐禅サークルに誘われたんです。怪しいと思って断ったんですけれども、「一度やってみないと、いいかどうか分からないじゃないか」と言われて、一回で止めるつもりで参加したら、はまったんですね。何が良かったかというと、坐禅して初めて自分の体に気付いたんです。あ、首より下の自分がいる。それまでは頭だけが自分だと思ったんですけれども、呼吸している自分、窓の外の風の音を聞いている自分、それに気づいて毎回毎回参加するようになって、鈴木大拙さんなど日本人が書いた禅の本を読むようになって、日本に行けば若い頃から持っていた人生の意味は何だろうかというそういう疑問も解決できるんじゃないかと。そう思うようになったんですね。その先生にいうと、止めるんですね。「ちょっと待てよ。日本に行くのも良いアイディアなんだけれども、まず大学に入りなさい」。再びこの先生にだまされて大学で日本語を勉強して、それから初めて安泰寺に来たんですね。平成二年の時ですけれども、安泰寺に留学生として、最初に来たときは、「お前が安泰寺を作るんだ」と。当時の住職(宮浦信雄老師)に言われたんですね。ところがいざやり始めると、料理のことで失敗するたんびに、「お前なんかどうでもいい」。「僕は何も料理の勉強しに日本に来たんじゃない」と言い訳しても、「お前なんかどうでもいい」と、ひたすら言われ続けたんですね。八年間ほど、そういう厳しい師匠の下で修行して、ようやく師匠に一人前の僧侶として認められたんです。ゆくゆくはドイツに帰ってドイツで坐禅道場を開こうと思ったんですけれども、その前に日本の大都会で在家の方でも誰でも坐禅ができる場所を作ってみようと思ったんです。平成十三年の夏だったんですけれども、大都会に出ると家賃が高いということに気づいて、自分の住むスペースすら借りられない。どうしようかと迷って、大阪城公園をブラブラ散歩していたら、ホームレスたちがたくさん筵(むしろ)張って生活してたんですね。それを見て、まるでお釈迦様のようじゃないかと思ったんですね。釈尊だってキンキラキンの伽藍の中で坐禅したんではなくて、宮殿を出て菩提樹という樹の下で坐禅を組まれたと言われているので、私もここでやってみようと。今から十六年前の夏にテントを張って、公園の中で坐禅会を始めたんですけれども、半年経った頃に、師匠が除雪中に亡くなったんですね。先輩は四人おりましたけれども、みんなそれぞれ檀家のあるお寺に入っていたので、「君は閑そうだから」ということで、跡継ぎ住職に任命されたんですね。それをきっかけに大阪の坐禅会に通っていた若い女の子にプロポーズして、結婚して、今は妻と三人の子供と、十数名の弟子達と一緒に山の中で坐禅修行に励んでおります。
 
西川:  ネルケさんにとって道元という人はどんな存在でしょうか?
 
ネルケ:  私が十六歳の時に出会った禅は、単なる「ZEN」という三つのローマ字が並んだだけの禅だったんですね。最初に読んだ本の鈴木大拙さんの本で、どちらかと言えば、曹洞宗よりも臨済宗の禅が紹介されたんですね。公案に集中することによって一発悟りを開くというような禅だったんですけれども、大学に入って初めて道元禅師の書物に出会って、最初に読んだのが「現成公案(げんじようこうあん)」という『正法眼蔵(しようぼうげんぞう)』の中でも一番最初に出てくる巻ですが、たまたまその「現成公案」のドイツ語訳に出会ったんですね。これはまぁ読んで理解できない部分も多かったんですけれども、まあとにかく深いな、これはなかなか深いなと思いましたね。そして道元禅師の生涯について調べてみると、やっぱり自分と似ているところがたくさんあるなと思ったんですね。道元禅師の場合ですと、母親は道元禅師が八歳か九歳の時に亡くなったんですかね。父親が物心がつく前に亡くなっています。十二歳の頃の時に、お坊さんになるわけですけれども、何のためにお坊さんをするのか。何のために修行するのか。「何のために」という疑問がやはり道元禅師の中にも湧いてきて、それに対して大人たちが答えられない。プロのお坊さん、天台宗の比叡山の延暦寺の偉いお坊さんたちに聞いても、何のために修行するんだという答えが出てこない。ようやく栄西(えいさい)禅師という方が、初めて日本に紹介した坐禅に出会って、もっと本格的に学びたいと思って中国まで渡るわけですね。そこで自分の疑問がやがて解決されるわけですけれども、まるで道元禅師の生い立ちと問題意識の持ち方に親近感を覚えたと言えると思いますね。あ、自分の仲間が鎌倉時代の日本にいたと、そういう感覚ですかね。
 
西川:  仲間というのはどういう?
 
ネルケ:  仲間といいますのは、私が小学生のころから生きる意味はなんだろう。「何のために生きるんだ」という問いに対しては、大人たちからも答えを返してもらいなかったし、自分の同級生に同じような問題意識を持った人が、当時いなかったんですね。みんな「お前変わっているな。俺たちはそんなこと、今まで考えたこともない」というんですね。だから小学生の頃は、私が人類初めてこんなことを考えているかもしれないと思っていたんですね。だって誰も大人も答えてくれないし、同級生もそんな事は頭に浮かんだこともないという。道元禅師は、そういう意味では仲間、要するに若い頃から生きる意味、そしてお坊さんになっていても、何のために坊さんやっているんだということが気になっていてしょうがない。周りに同じ疑問を持った人たちがいたとしても、ほとんどの人が上手に脱却できて、うまい具合に社会人になったり、形だけのお坊さんになったりすると思うんですけれども、道元禅師はそれはできなかったし、私にもそれはできなかったんですね。高校卒業して、大学で何か経済学かなんかを勉強して、それで社会人になって金儲けをしよう、そういう思いは、周りの人がそんなことばっかり考えている。いかにしてゆくゆくは豊かな生活を送れるんだろうかと。自分にはなんのためにそんな事を考えているんだろうと、それが逆に理解できない。向こうからしたら、生きる意味ってそんなに深く考えなくたっていいじゃないかと。向こうからしたら、こっちの方が変わっていると見えてるらしいんですけれども。だから道元禅師が仲間というのはそういう意味で、あ、彼奴も俺と同じぐらいの変わり者だったんだろうと。周りの連中からは、道元禅師は相当変わっているというか、下手したら壊れているなと。あいつ壊れているなと思われたんだろうけれども、私からしたら、だからこそ仲間だなと思っていたんですね。
 
西川:  それで伝統に出会い、道元さんと出会い、今ここ安泰寺で修行なさって、堂頭としてやっておられて、その生きる意味とは何かという答えはなんでございましょうか?
 
ネルケ:  小学生のころから生きる意味が気になったんですが、今の私に言わせれば、まず問題は、まず「意味」という言葉の意味ですね。「意味」をどう捉えるかにもよるんですけれども、私たちが普段「意味」というと、例えば言葉の意味ですね。「机」という言葉の意味は、机という言葉自体ではなくて、指されている物体ですね。「月」という言葉の意味は、夜空に浮かぶそのものですけれども、要するに意味はそのものから離れた別のものですね。ですから「人生の意味」というと、生きることのほかにどこかに意味があるんだろうと。私はずっとそういうふうに思っていたんですね。だって学校から帰ってくると、なんで宿題しなくちゃいけない? それは良い成績を取るためだ、と親がいう。なんで成績を取らなくちゃいけない?と聞くと、それはもっといい学校、上のもっといい学校に行くためだと。なんでいい学校に行かなくちゃいけない? それは良い仕事をもらうためだと。なんでいい仕事を貰わないといけないのか?というと、それはいい給料をもらうためだと。それは何のためかというと、豊かな生活をするためだと。それは何のためだというと、結局答えが出てこない。豊かな生活をするためには、ずーっと子供のころから齷齪(あくせく)齷齪して、結局はそのままストレスだけ溜めて死んでいる。意味はいつも一歩先一歩先に意味があると思っている。じゃ「生きる意味は何だろう」と、今の私に聞いたら、それがない。強いて言えば「生きること自体が意味」なんですね。「生きること自体が意味」なんだけれども。だから「人生の意味はない」と言ってもいいと思うんですね。ないからいいんだと。宿題には意味がある。だから宿題は面白くない。楽しくないに決まっている。だって宿題の意味は別にある。学校に行く、それには意味がある。だから学校はつまらなくなってしまう。仕事にも意味がある。だから毎日毎日ストレスを感じる。「生きることには意味がない」それを本当にわかったならば楽になるんですね。ただ生きればいいんだと。毎日毎日二十四時間を満喫すればそれでいいんだと。他には意味は要らない。ただそれが本当に腑に落ちたのはだいぶたってからですね。それまではもう毎日毎日がつまらなくて、退屈で、何のためにこんな退屈な毎日を耐えているんだろうと。日本に来て安泰寺に入門して、それも何年か経ってからようやく腑に落ちたんですね。毎日毎日この生活をただ送ればいいんだと。生きればいいんだと。存分に生きれば、それで十分だと。意味なんて要らない。強いて言えば、「生きることそのものが意味なんだ」という。そこで落ち着いたんですね。
 
西川:  落ち着くまでは、かなり葛藤というか悩みというか、ございましたか?
 
ネルケ:  ありましたね。落ち着くまでは。まぁ子供の頃から暗い少年だったんですね。世の中の大人たちを見ていると、みんな長生きしたい。長生きするのは美徳みたいに言われるんですけれども、何のためにこんな退屈な毎日を八十年も九十年も、下手したら百年も、みんな耐えるのかと。むしろ若い頃に自殺した方が楽でいいじゃないかと思ったんですね、頭の中で。実際に自殺しようというところまではいっていないんです、私の場合です。ただ頭の中では、いつもそういうオプションもある。そしていまだに自殺せずに生きている自分が、不思議というか、何で自分がまだ死んでいないんだろう。死んだ方が楽じゃないかと。でもやっちゃうと、こちら側に戻れないから、いざという時はまた明日にしようかな。明日にしようかなといつも先延ばしにして生きていたんですね。今日一日はとにかく人生に耐えて、死にたくなったら明日もあるから。そういう人生はもちろん面白くないんですね。存分に今日この一日を生きることをしないんですね。明日になったら何か違うものが見えているかもしれないなと。でも明日になっても、何も変わらない。死のうという勇気も湧いてこない。で日本に来て安泰寺に入ってくると、まあ坐禅の時間も長い。作務(さむ)と言って農作業とか、薪割りだとか、いろんな激しい肉体労働もあるわけですね。それまでは頭の中で苦しんでいたんですけれども、今度は肉体的にも限界までくるんですね。坐禅は日々の生活では、朝四時から六時までの二時間と、夜は六時から八時まで二時間ずつ坐るんですけれども、毎月一日から五日までの五日間ぶっ続けで朝四時から夜九時まで、一日十五時間坐るんですね。坐禅したいがために禅僧になったわけですから、一日二日ぐらいは我慢すればできますけれども、二日目の夜からはもう膝も痛いし、腰も痛いし、無言でずーっと壁を見つめているわけですから精神的にも追い詰められるんですね。下手したらこのままダメかもしれない。何のためにこんなことをやっているんだと。もう一度山降りて、ドイツに帰って楽しい生活を送った方がいいじゃないかと。そういう疑問も湧いてくるんですけれども、まぁ一回決めた以上はやるしかしょうがないと。自分に言い聞かせるんですね。ところが三日目、まだ中日(なかび)ですね。まだ最後の五日まで遠いという三日目は、死にそうなほど痛くなる。このまま死ぬかもしれないと本気で思ってしまう。最初の頃は死ぬ覚悟は、あれだけ若い頃自殺したい自殺したいと思っていた自分ですが、いざとなると死ぬ覚悟は無いわけで、ごそごそ動いてみたり、歯を食いしばって我慢してみたりするんですけれども、そういう接心を毎回毎回経験して、やはり毎回毎回三日目辺りは、死ぬような思いをするんですね。いつまでたっても、ごまかしてもつまらない。いざという時にはごそごそ動いたり、自我を張って、自分を張って、歯を食い縛ってもつまらない。やはりいっぺんここで死んでみるしかしょうがないと思うようになったんですね。本当に接心の三日に死ぬのであれば、まぁ坐禅堂の裏に墓場があるわけですから、おそらく師匠は自分の葬式をしてくれるんだろう。自分のお墓が安泰寺に立つんだろう。それはまあ光栄なことでしょう。挫折してドイツに帰るよりも、じゃここで死のうじゃないか。ほんとに死ぬつもりで坐禅し続けたらすごく楽になったんですね。不思議なことに、ついさっきまで死ぬ死ぬ死ぬと思っていたのに、じゃ死のうじゃないかと思ったら、凄く楽になってしまう。その痛いという思いが完全に消えるわけではないんですけれども、その痛いという思いをなんとかしなくちゃいけないという自分が消えてなくなるんですね。ですから歯を食い縛って我慢する必要もなくなれば、ごそごそその痛いという思いから逃げるという行為も必要ではなくなってしまうんです。あ、ここまま痛いという思いと共にただ坐らせていただく。そしてその力はどこから出てきたかというと坐禅の方から出てきたとしか言いようがないんですね。それまでは自分の思いで坐禅したのに、坐禅がそこで坐禅していたという、そんな感覚だったんですね。その坐禅中の体験ですけれども、それ以降は生きることに対する苦しみも、あ、同じじゃないかと気づいたんですね。生きることは苦しいと思っているのは自分だけ。ただこの生きる気を働きに任せればいいじゃないかと。人生が人生を生きている。私が頑張っている人生を生きているんではなくて、いのちの働きに自分を任せて、一日一日存分に生きればいいんじゃないかと、まぁそう思うようになったんですね。それはなかなか子供の時、十代の頃には得られない気づきだったんですけれども、日本に来て、まぁ相当苦しい思いをしながら、結局この道は最後まで進むしかしょうがない。座布の上で坐禅のままで死ぬ人がまずいないけれども、まあ下手したら死ぬんじゃないかと思ったときに、じゃあ死のうじゃないかと、そういうふうに半分開き直った気持ちで坐っていたら、あ、これでいいんじゃないかという、そういう気持ちに変わっちゃったんですね。坐るときはただ坐ればいい。坐禅の意味もない。人生の意味もない。ただ生きれば良い。そこで落ち着いたんですね。
 
西川:  若いころ読まれた道元禅師の『正法眼蔵』、その道元さんの言葉をどう読めばいいか教えていただけないでしょうか。
 
ネルケ:  これは「現成公案」とは違う「生死(しようじ)」という別の『正法眼蔵』の巻の中に出てくるお言葉ですが、
 
ただ、わが身をも心をもはなちわすれて、仏のいへになげいれて、仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ、仏となる
 
という言葉があるんですね。自分の身をも心をも投げ出す、そういう気持ちですね。それまではまぁ私たち一般社会に生きている人間皆そうだと思うんですけど、まず自分自身が大事だと思っている。自分の体が一番大事。自分の心が一番大事。人も大事だけれどもどちらかと言えば自分。で修行の一つのポイントは、その「私」という思いを手放すこと。自分の身をも心も投げ出す。これが「身心脱落(しんじんだつらく)」という言葉の意味だと思うんですけれども。自分のその実践し、その実践が広がって相手にまで伝わる。相手の身心脱落のきっかけにもなる。そもそもやっている本人、自分を手放している本人の中には、そもそも自他の区別がなくなっているわけですね。やや難しい話になるんですけれども、やっているもの全て、見るもの、聞くものは私だと気付いたならば、自分の身をも心も放ち忘れている。私とあなたという区別もそこに落ちている、なくなっている。そういう意味では全世界がいっぺんに身心脱落している。私は身心脱落したけれども、お前はまだこれからだというんではないんですね。本人が、一人が身心脱落したら全宇宙が脱落しているんですね。「脱落」というのは、仏教用語で言えば、「解脱(げだつ)」のことでもあるんですね。もう自由になったという、そういう境地ですね。自分の身も心も放ち忘れて自由だと。求めていた坐禅の意味、人生の意味、お坊さんをやっている意味、あ、これだったんだと。向こう側に意味があったんではなくて、身心脱落の中に意味がある。ただ放ち忘れる。ただ自分を投げ出す。禅寺でやろうとしているのは、結局そこですね。食事の時はただ食べる。掃除の時はただ掃除をする。トイレのときはただトイレ、というのは自分を投げ出して、その行為になりきる。つまり身心脱落ですね。坐禅の時の身心脱落、食事の身心脱落、トイレを使う時の身心脱落ですね。
 
ナレーター: 道元禅師の伝える身心脱落、身も心も投げ打ち、無の境地になる。その大切さを説くネルケ無方さん。兵庫の山の中、安泰寺では、フランスやブラジルから来た若者など、およそ二十人が今も厳しい修行を続けています。木を切り、薪を割り、畑を耕し、朝晩に坐る。生活の一瞬一瞬が修行の場です。「人生の意味とは、ドイツ人禅僧ネルケ無方さんに聞く」お話は安泰寺九代目堂頭ネルケ無方さん、聞き手は西川啓ディレクターでした。宗教の時間を終わります。
 
     これは、平成二十九年十二月三日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」に放送されたものである