イスラームという生き方H世界に広がるウンマ(共同体)
 
                京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授・
                同付属ハダーリー・イスラーム弁明研究聖典長 小 杉(こすぎ)  泰(やすし)
            立命館大学授業担当講師       小 杉(こすぎ)  麻李亜(まりあ)
 
ナレーター:  シリーズ「イスラームという生き方」。イスラームの聖典「クルアーン」の一節を紹介しながら、イスラーム教徒ムスリムたちの生き方を十二回にわたって読み解いていきます。第九回は「世界に広がるウンマ(共同体)」と題してお送りします。お話は京都大学大学院教授小杉泰さん、そして立命館大学授業担当講師小杉麻李亜さんです。
 
小杉:  今日のお話のキーワードは「ウンマ」です。「ウンマ」とは、アラビア語で「共同体」を意味します。ムスリムは自分たちのイスラームを信仰する一つの共同体「ウンマ」だと思うわけですけれども、それを実感する機会が巡礼です。聖地マッカへの巡礼は、ムスリムの義務となっています。それがどれくらい大切か、京都に住む留学生インドネシア人のアドニンさんに久しぶりに会ったときに感じたことがあります。アドニンさんが、ある日丸坊主姿になっていました。驚いて「どうしたの?」と聞くと、「ハッジ(大巡礼)に行ってきました」と嬉しそうに言います。ハッジは一年に一度の巡礼の月であるイスラーム暦十二月に行う大巡礼のことです。頭を剃るのはそのハッジを済ませた印なのです。ハッジの大巡礼は、ムスリムが一生に一度はやらなければならない義務です。ただかつてはアラビア半島までの旅は困難だったので、「可能ならば」という条件がついています。現在では飛行機もありますし、徒歩やラクダや船で旅していた時代に比べると難しくありません。それでも巡礼月に合わせてハッジに行くには、仕事や学校を二週間から一ヶ月は休まなければならないので、準備が大変です。アドニンさんは、輝くような笑顔で大切な義務であるハッジを無事に終えた喜びにあふれていました。もともと人柄の良い青年なのですけれども、それにも増して、心が洗われてピュア(pure:純粋な、清純な)になった印象を受けました。巡礼に行く人は簡素な身なりをします。男性はイフラーム着(巡礼着)と呼ばれる巡礼着を着ますが、これは白い布が二枚なんです。布は針を通していけない。つまり縫ってはいけないことになってますので、端を糸を結んでとめてあるんですね。その布を一枚は腰から下をぐるりと巻き付け、もう一枚を片方の肩にかけて上半身を覆います。その姿には貧富の差も、社会階層の違いもありません。顔と片側の肩が出ているので、肌の色は明らかですけれども、その違いにも意味はありません。誰もが平等な神の僕(しもべ)として、聖なる地に参じるわけです。女性は肌を出さないのがルールですから、通常の衣服を着ますけれども、華美なものを着る人はいません。マッカに向かう人々は、どの方向から来るかによって、巡礼用の白布に着替える特別な地点が決まっています。そこで着替えて、巡礼者が唱える言葉を大声で唱和しながらマッカのカアバ聖殿に向かいます。その言葉はこんな感じです。
 
ラッバイカ(御前に参じました)
アッラーフンマ(おお、アッラーよ)、
ラッバイカ(御前に参じました)!
 
意味は、御前に参じました。おお、アッラーよ、あなたの御前に参じました。こういう言葉なんですね。巡礼の様子は日本でも写真集が出ています。今ではネットで動画も配信されています。我々も見ることができますけれども、イスラーム世界の四方から集まった多様な信徒たちが、同じように白布に身を包み、カアバ聖殿の周りを取り巻く時、そこに身を置いた大勢の人々は、世界中に広がる共同体―ウンマを体感するんです。冒頭に申し上げたアドニンさんも、その様子を見て、「心から感動を覚えました」と言っていました。巡礼には神への献身―身を捧げるという意味があります。特にハッジを終えると、それまでの罪が全て赦され、生まれた時と同じ「天性」自然の汚れなき姿に還ると言われていますから、信仰行為としての意味は確かに大きいものがあります。それに加えて共同体であり、同胞であるその一体感を体験できる場、言わば巨大な舞台装置ともなっているのです。人間の共同体をウンマと呼ぶ時、イスラームでは、預言者を指導者とする共同体であるというふうに考えます。ムハンマドを指導者とするウンマは、昔は「ムハンマドのウンマ」と呼ばれることが多かったのですが、現代では「イスラーム・ウンマ」と呼ぶことが多くなっています。ウンマについて、クルアーンは次のように述べています。イスラームについては、「諸預言者章」九二節で、
 
まことにこれは汝らのウンマ、単一のウンマであり、われは汝らの主である。それゆえに我を崇拝しなさい。
 
とこうあります。「われ」というのは、アッラーのことですね。クルアーンはイスラームのウンマの一体性を強調しています。世界中のムスリムが、一つの共同体をなしているという自覚は、ムスリムにとって非常に大事なものです。ムスリムの義務には、自分たちが一つの共同体という自覚を前提としたものがたくさんあります。例えば貧しい同胞を助けなさいという教えは、言語や民族の壁を越え、ムスリムが果たすべき共同体的な義務とされています。信仰を単に個人の内面として考えない。あるいは国境を越えても共同体的にそうするんだという意味で、イスラームが共同体的な宗教であることがわかります。「共同体」という言葉は、普通は自分の住んでる地域コミュニティを指すことがよくあります。そこでは住民はだいたい顔見知りで、互いにどんな人か分かっています。昔の日本で言えば村落―村の共同体のイメージですね。近代になると、もっと大きな単位の共同体、例えば「国民」といったものを構想するようになりました。国民は、実際には顔見知りではありませんので、ここには、直接は知らない人たちを「同じ共同体に属する人」と思う仕組みが働いています。これをアメリカの政治学者ベネディクト・アンダーソンは「想像の共同体」と表現しました。人々が心や頭の中で共同体をイメージし、それを実在と感じるが故に、共同体意識が生まれるというのです。「想像の共同体」という考え方をイスラームに当てはめてみると、具体的な生活の中で共同体を想像させる仕組みがいろいろとあることがわかります。例えばムスリムは毎日モスクや自分の家で礼拝をします。その時自分と同じように、マッカにあるカアバ聖殿に向かって礼拝をする人々が、世界中にいるということを意識します。姿は見えなくとも、それが同じウンマの人たちなのですね。礼拝でクルアーンを朗唱するときは、必ずアラビア語です。ということは、アラビア語で朗唱するクルアーン、聖典を共有している人たちが世界中にいるということも想像できるのです。巡礼でマッカに行った人たちは、これを目の当たりにするわけです。カアバ聖殿を囲んで円形に礼拝者の列ができ、その円形は同心円的に世界中に広がっている。あるいは巡礼者は世界中から来て、肌の色も言葉も違うのですが、「ラッバイカ(御前に参じました)」と声高に唱和し、同じ宗教儀礼をする。そして故郷に戻ると、巡礼で感じ取ったウンマのことを親族や友人知人に語るのです。巡礼の話を聞いた人たちの間でも、イスラームが世界中に広がっていることが実感され、具体的なイメージが湧いてきます。こうした仕組みによって、世界に十七億人、十八億人いるムスリムを、同じウンマと考える経験が積み重なっていきます。単一のウンマを想像させるイスラームの仕組みは非常に大きな力を持っているといえます。イスラームのウンマには、ムスリムの誰もが入っています。唯一神を信じ、預言者ムハンマドに従う者は、誰でもウンマの構成員なのです。クルアーンはこう述べています。「部屋章」一○節、
 
信徒たちは同胞である。それゆえ同胞たちの間を調停しなさい。
 
この「同胞」と訳した言葉は、アラビア語の「イホワ」ですけど、直訳すれば「兄弟」、つまりムスリムが宗教を同じくする兄弟姉妹だとされます。この章句は互いに仲良くするだけではなく、ムスリムの間に問題があれば調停して仲良くするように助けなさいと命じています。ハディース―ムハンマドの言行録ですね―では、ムハンマドの言葉は、次のように伝えられています。
 
(ムスリムは)互いに憎み合ったり、ねたみ合ったり、敵対し合ったりしてはいけない。アッラーのしもべとして、同胞でありなさい。ムスリムが同胞と三日を超えて絶交するのは許されない。
 
というんですね。ムスリムも人間ですから、喧嘩したり、絶交したりするんでしょうけれども、絶交するのは三日までにしておきなさいと。それからは仲直りしなさい。こういう教えになっています。兄弟姉妹というわけですから平等ですね。アラビア語の「兄弟姉妹」という言葉には、日本語のような長幼の序―年上の人が上という、こういう感覚は全くありません。兄弟姉妹は基本的に水平的な平等性を意味しています。では、ウンマの同胞はみな平等だとして、その中での男女の平等はどうなのか。現代的な問題でもあるこのテーマ。後半に詳しく触れますけれども、ここではウンマの中での女性の位置づけに関わる話を娘麻李亜にしてもらいたいと思います。
 
麻李亜:  小杉麻李亜です。世界中に広がるイスラームのウンマは、均一ではありません。地域ごとに、その土地特有の文化や伝統があり、その文化や伝統とイスラームが混じりあうことで、宗教的な解釈や教えにも幅ができ、それぞれの地域の考え方は多様になっています。そのことをとても象徴的に表す事例を紹介したいと思います。中東や西アジアと東南アジアとの女性朗誦家をめぐる考え方の違いです。朗誦家というのは、「カーリュー」、女性の場合は「カーリア」と呼ばれる聖典クルアーンを美しく読み上げるプロフェッショナルなアーティストたちのことです。この職業に女性がつくことが果たしていいのかどうか、地域によって全く異なっています。元々私の父の世代の研究者たちは、イスラームを研究すると言えば、中東や北アフリカ、西アジアの研究者が多く、これらの地域では、聖典を読み上げるのは全て男性の、特におじいさんたちの仕事だと思われていました。勿論青年や中年の男性もいますが、まだまだひよっこ扱いで、実際現地を訪れても、国一番の朗誦家の学院は、おじいさん達と彼らにつき従うおじさん達の巣窟ですし、寺子屋や街の先生たちも男性ばかりでした。これが東南アジアに行くと全く状況が違いました。女性たちが制限されることなく、カーリアという職業について、人前で独唱したり、朗唱を教えたりして、男性と同じように活躍してる姿が見られます。これは一体どういうことなのでしょうか。まず女性の朗唱お聴きください。インドネシアで国一番と名高い女性朗誦家ハッジャ・マリア・ウルファさんの朗唱です。彼女が京都に来た折に開催されたリサイタルの録音です。「ルクマーン章」と呼ばれているところです。「ルクマーン」という名の賢者に神が叡智を授けた。その叡智について語られている章です。お聴きください。
(朗唱)
とても力強く、深みのある、パッと聞くと女性か男性かわかりにくい声をしています。なぜなら女性の朗誦家であっても、見本としているのは、一九六○年代に活躍したエジプト人の大朗誦家たちの技法や声であり、非常に低い低音が重要な要素となっています。ハッジャ・マリア・ウルファさんは、今アラカン世代でインドネシアに、中東から朗唱が伝達される時代そのものと共に生きてきました。国際大会で一位になり、栄光を手に入れたのが一九八一年のことでした。国際大会で一位になれる朗誦家を輩出できるかどうかは、イスラーム化が比較的遅かった東南アジアなどの地域にとっては、国の威信や宗教のレベルに関わる重要なことです。国際大会一つとっても、東南アジアが開催国の場合は、男性と同じ数だけ女性にも出場枠があります。中東では女性の出場枠はありません。では中東では、女性は聖典を読むことができないのでしょうか。現地の人々に聞いてみると、どうやらそうではないようです。女性は人前でリサイタルすることができないし、CDやカセット、ラジオによって声を流すことはできない。男性の弟子を取ることも難しいが、しかし朗誦家になることができる、ということです。プロの活動のほぼ全てができないならば、その職業に就くことができないのと同じ事のように思いますが、この変な言い回しに宗教的なこだわりがあるようです。それを解くのが「アウラ」という概念です。アウラというのは、異性に晒されるべきではない体の部分ということです。中東の保守的な人々は、女性の声もアウラだと主張します。つまり普段女性の麗しい声を聞き慣れていないと、女性の柔らかな声を聞いただけでキュンキュンしてしまい、落ち着かなくなってしまうから、異性に声を聞かれかねない職業に女性がつくのは問題があるんじゃないか、と考えるわけです。これに対して東南アジアは、やたらに厳しく男女分離を主張する文化がそもそもありません。そこでは女性の声は普通のものです。となると、聖典クルアーンを読あげたり、預言者を称える宗教の歌を歌う職業は、宗教的な良い仕事であり、それに女性がつくことはなおさらに問題はない、という考えになります。どちらの文化圏でも勝手にこれらのルールを作ったわけではありません。同じクルアーンに依拠しながら、クルアーンの言葉を自分たちの文化や習慣に照らし合わせて解釈を行い、最もベストだと思うことを、それぞれがやっているのです。しかしマドンナなどの歌声や刺激的な姿が、世界中に流れる昨今、女性の声は男性を誘惑するから、女性はクルアーンを人前で読んではいけないなどという、男性たちの作ったルールは、ムスリムの女性にとっては全くナンセンスです。ハッジャ・マリア・ウルファさんが、京都や中東で男性女性両方のオーディエンス(audience:聴衆)の前でリサイタルを行うと、男性たちは、「けしからん。こんなことはすべきじゃない」と怒るといいます。しかし女性達は、男性たちのそんなリアクションをものともせず、彼女の朗唱や彼女の姿に憧れ、自分たちもあんなふうに読めたらなぁと胸を熱くします。今まさに世界中で女性たちが、自分たちの手にクルアーンを取り返し始めています。女性ならではのクルアーンの翻訳、解釈を行う女性や、男性目線の偏った解釈に異議を唱える女性達も増えています。その土台となるのが、日々のクルアーン独唱学習や意味・解釈の勉強会です。世界中で女性達によるクルアーン学習熱が高まっています。ハッジャ・マリア・ウルファさんの朗唱を聞くと、まずその男性的な低音ボイスに驚かされます。それは音の面でも、技法の面でも、中東の男性朗誦家に引けを取らない、全く批判の余地のない、中東的な男性的な朗唱の再現です。その一方彼女が、どの章句を、どのように解釈し、どのように組み合わせるか。どの場面で、どのメロディーを使うかといった面では、彼女のパーソナリティーや女性ならではの独自性が見られます。クルアーンの言葉に、どのメロディーを合わせるかは、言葉の解釈を深める必要があり、メロディーを選ぶ音楽的な才能が必要になります。ここでもう一回ハッジャ・マリア・ウルファさんの朗唱を聞いてみましょう。「凝血章」血のかたまりの章と呼ばれている章です。血の塊は人間の想像の始まりを象徴しています。クルアーンの中で一番最初に下された啓示とされています。知識が神の身元からくるということを教えています。朗誦家はこの章の神の言葉が地上に降りてくるというインパクトをどう表現するかが、技の見せ所となっています。
(朗唱)
この朗唱を聞いて分かるのは、彼女が各専門分野の男性たちからよく学び、自分にないものを補って貰い、また卓越した音楽的な才能によって、彼らからも一目も、二目もおかれ、広く愛されることで、彼女のところにクルアーンにまつわる様々な深い知識が集まってきて、その上に彼女の朗唱が結実しているということです。さらにリサイタルのオーディエンスが、どういった社会階層の人たちなのか。どこに属するグループの人らなのか。その人たちの心地よさに応じて、朗唱の全体をコンポーズ(compose:作曲すること)する能力は群を抜いており、これはコミュニケーション力や配慮などがなくては成り立たず、まさに彼女の分け隔てなく、和かで朗らかで、同時に芯のある知的好奇心のとめどない彼女だけができるまさに世界級の朗唱なのです。
 
上杉:  「ウンマの同胞はみな平等」という一方で、イスラームはしばしば格調的だとか、男尊女卑だとか言われます。実際はどうなのでしょうか。ムスリムの友人知人に聞くと、大抵それは「西洋の偏見です。イスラームでは人間の尊厳は皆同じ平等なのです」と力説しています。しかし例えばアフガニスタンのターリバーンは、女性が学校に行くことを禁じました。エジプト人やトルコ人の友人に言わせると、「ターリバーンは本当のイスラームじゃない。凄く遅れている」とか、「預言者ムハンマドも知識を求めることは、すべてのムスリムの義務と教えてるのだから、女性が勉強しなくていいなんてありえない」と言います。では、サウジアラビアはどうでしょうか。最近サウジアラビアでようやく来年女性が自動車を運転できるようになるというニュースが流れました。サウジアラビアでは、女性は自動車をずっと運転できなかったのです。これについてもエジプト人の仕事を持つ女性に言わせると、「女性が自動車を運転できないのはサウジアラビアだけ。イスラームと関係ないのよ。あれは部族主義からくる間違った理解じゃないの」ということになります。クルアーンには、人間を一切差別しないという理念がはっきりと示されています。「部屋章」第一三節、
 
アッラーの御許でもっとも貴い者は、汝らの中でもっとも[神を]畏れる者である。
 
ここには、男性も女性もないんですね。不平等が入る余地もありません。ただムハンマドの時代に男女の平等を求めた女性もいました。彼女は「クルアーンのページが男性ばかり扱っているのじゃないか」とムハンマドに不満を言いに来ました。その後で啓示されたのが次の章句です。「部族連合章」三五節、
 
まことに帰依する男性と女性、信仰する男性と女性、身を捧げる男性と女性、誠実な男性と女性、忍耐する男性と女性、[神を]畏れる男性と女性、喜捨をする男性と女性、断食する男性と女性、貞操を守る男性と女性、アッラーを数多く祈念する男性と女性、彼らのためにアッラーはお赦しと偉大な報奨をご準備なさった。
 
こうあります。十回にわたって、男性形と女性形の名詞がくどいまでに繰り返されて、信徒の扱いに男女の差がないことが示されています。イスラーム以前のアラビア半島は、男尊女卑でした。この女性がムハンマドのとこに来たのは、イスラームではそうではないと、はっきりしてもらいたいという気持ちがあったのだと思います。イスラームでは男女とも人間として平等、尊厳は同じということがこの節で非常に強調されて明示されています。しかしどんなにクルアーンが説いても、現実のムスリム社会が教えをきちんと守っているかと言えば、そうとはかぎりません。男は身勝手だと怒っているムスリム女性はたくさんいます。そもそも男女関係について言えば、初期イスラームよりも、後の時代の方が男性優位に傾いたという歴史認識があります。ムハンマドの晩年の妻アーイシャは、彼の没後四十六年にわたりイスラームの教えを説き続けました。つまりイスラームにおける教師、先生の原型なんですね。それに照らすならば、女性の教育を否定するターリバーンは、初期イスラームに反していることになります。彼らの考え方を調べると、実はもっと後に成立した保守的な伝統を固持しているわけですね。それを頑なに持ち続ければいいと。ただターリバーンは例外だと言っても問題は解決しません。世界を見渡せば、欧米も含めて男女平等が完全に実現している国はありませんので、理念と現実の差はどこにでもあるということも言います。イスラーム圏にもイスラームの理念と照らして問題となるような男女不平等の現実はあります。ではイスラーム圏は、西欧から見て本当に男女の扱いが不平等なのかというふうに考える時、問題はそう単純でないことが分かります。というのは、そもそも人間の平等は何かという価値観の対立もあるからです。三、四十年前までは、欧米と比べるとイスラーム圏は遅れていて、男尊女卑も酷いという見方が一般的でした。ムスリムの女性―ムスリマですね―ムスリマが髪を隠すスカーフ「ヒジャーブ」を被ってることを、男尊女卑の象徴じゃないかと言って批判してきた急先鋒がフランスです。フランスでは一九八○年代以降、国内でイスラーム圏からの移民やその第二第三世代の若者を中心に、ヒジャーブを着用する女性が増えました。それに対してフランスとしては抑圧をしたために大きな社会問題が生じました。このヒジャーブ論争の過程で対立しているのが、抑圧と自由という問題ではなくて、「着ない自由」と「着る自由」が対立してるのだという認識が広まってきました。ムスリマたちが主張しているのは、ヒジャーブは彼女たちの宗教的アイデンティティの象徴であり、自由というなら着るのも着ないのもどちらでも自由ではないかということになります。西欧の白人女性が唱える自由の方が、私たちムスリムよりも正しく立派だと言えるのか、というふうに怒りを表現していきました。彼女たちは男性に言われるからヒジャーブを被るわけではありません。それがイスラームの教えだと、自分が思うから着用するわけです。そして自己主張するようになったムスリマ女性たちは、男性のイスラーム解釈にも批判の目を向けます。ユースフ・イービシュ教授(故人)という方がいます。私たちが親しくさせて頂きましたけど、政治や歴史の専門家で、イスラームや西洋のことも、両方とも非常によくご存知でした。イービシュ先生は、生前こう言っていました。「イスラームのウンマにとって、現代の最大の課題は女性たちです。ウンマの半分は女性なのですから。彼女たちは古臭いイスラーム解釈に対して反乱を起こしています」。イービシュ先生によれば、女性たちが納得できるようなイスラーム解釈こそ、現代のイスラーム世界にとって、喫緊(きつきん)の課題なんです。ただこれは簡単な問題ではありません。二十世紀半ばまでは、男女平等は西洋型のモデルが基準と思われてきました。ところがヒジャーブをめぐる論争などを経て、西洋的モデルとは異なるイスラーム的な平等理念に基づくモデルが必要だとわかってきました。西洋の模倣ではなく、しかもイスラーム本来の理念に近づくように平等を実現すること。これはなかなか難しい問題のように思えます。現代のウンマは、男女平等の問題を初め、様々な大きな課題を抱えています。クルアーンの教えでは、イスラームを守っていればそれで良いというわけではありません。クルアーンはこう言っています。「イムラーン家章」一一○節、
 
汝らは人類に遣わされた最良のウンマであり、善を命じ悪を禁じ、アッラーを信じている。
 
あるいは「雌牛(めうし)章」一四三節では、
 
われ[アッラー]はこのように汝らを中道のウンマとした。汝らが人類に対する証言者となり、使徒[ムハンマド]が汝らに対する証言者となるためである。
 
「イスラームのウンマは最良のウンマであり、人類に対する証言者でなければならない」とクルアーンは言っています。果たしてイスラーム世界は、現在この期待に応えられているかといえば、多くのイスラーム知識人が、「そうではない」と断言しています。八世紀から十五世紀にかけて、イスラーム文明が燦然と輝いていました。黄金期には人類の文明の最先端を走っていたんですね。それと比べると、この二、三世紀は明らかに不調です。と言って、聖典の教えにある以上、ムスリムが勝手に「私たちは二流でいいです」というわけにはいかないわけです。信仰心だけでは教えを守ったことにならないという点に、イスラーム・ウンマの大きな悩みの種があります。それに対してどう対応できるのか、次回以降も考えてみたいと思います。
 
     これは、平成二十九年十二月十日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」に放送されたものである