聖書によむ「人生の歩み」C安息・レジャー
 
         関西学院大学名誉教授・東京女子大学元学長 船 本(ふなもと)  弘 毅(ひろき)
 
ナレーター:  聖書によむ「人生の歩み」その第四回「安息・レジャー」。お話は関西学院大学名誉教授・東京女子大学元学長の船本弘毅さんです。
 
船本:  聖書によむ「人生の歩み」の第四回は、「安息・レジャー」をテーマに考えてみたいと思います。このコースのテーマとしては意外に感じられる方もあるかも知れませんが、大切な問題だと思います。日本人は、世界でもまれにみる勤勉な人間だと言われています。中でもクリスチャンは、禁酒禁煙を守り、生真面目で融通の利かない堅苦しい人間というイメージを与えてきた嫌いがありますし、そのこと自体は決して悪いことではないのですが、誠実だけれども人間味に乏しく、面白味がなく、人付き合いが悪いということになると、果たしてそれが信仰者の本来の生き方なのだろうか、という疑問も生じてきます。私は、一九七三年から七四年にかけて、スコットランドのセントアンドリュース大学に留学したことがあります。思いがけず与えられたチャンスだったのですが、人生における一つの大きな転機ともなった出来事でした。日本では、セントアンドリュースというと、ゴルフの発祥の地であり、ゴルフをする人の憧れの聖地、また近くは英国の皇太子ウイリアム王子が、セントアンドリュース大学でキャサリン妃と出会って結婚し、昨年には王子が誕生したというような明るいニュースを思い出される方が多いと思います。しかしセントアンドリュースは、スコットランドの古い都であり、城跡があり、宗教改革運動で破壊された大聖堂の廃墟もあり、一四一一年に創立され、六○三年の歴史を誇るスコットランド最古の大学、英国全体でも、オックスフォード、ケンブリッジに並ぶ大学がある町です。今でもガウンを着て講義をする教授も多く、学生も公式の会―式典であるとか会議であるとか、日曜日の礼拝などには必ずガウンを着用します。大学院の学生は黒ですが、学部の学生のガウンは赤ですから、黒海に面した暗い北国を彩る独特の風景は、スコットランドを紹介する書物に必ず登場致します。まさにタウン―町と、ガウン―大学が一つになった古い大学町ということができます。急に決まった研究のチャンスでしたから、十月の第一週から始まる学院に間に合うように急遽日本を飛び立ったのは、九月三十日、まだ日本は残暑の厳しい時でした。しかし到着したスコットランドのセントアンドリュースには、早冬の冷たい風が吹いていました。二日もかければ町の隅々まで様子がわかる小さな古い大学町でした。二、三日経った時、私はあることに気付きました。それは私は町の人々をどんどん追い抜いて歩いているということでした。セントアンドリュースの人たちはゆっくり歩きます。町には交通信号がありませんでした。鉄道は赤字で廃線になっていましたから、車は必需品であり、車社会でした。しかし交差点では、自然にみんなが止まって安全を確認しますから、事故はほとんどありませんでした。商店は、一時から二時は昼休みをとってみんな家に帰って食事をします。会う人ごとに、微笑みながら挨拶を交わす姿は、何とも言えないよいものでした。よく食事に招かれましたが、夕食は大体午後八時頃に始まり、その日のうちに帰るということはほとんどありませんでした。彼らの話題の豊富さ、教養の深さには驚きました。かしこまって大変なご馳走を並べられて黙って食べて、さようなら、をする日本の夕食会に比べれば、ご馳走は大したことはないのですけども、幅広い会話の豊かな、本当に楽しい交流の機会に目を開かれるというか、いわゆるカルチャーショックを受けたことを、私は今も忘れることができません。オランダ人の文化史研究家として著名なヨハン・ホイジンガという歴史学者は、人間を「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人間)として捉えました。遊び、楽しみ、趣味といった文化的な側面は、人間の生の根源に属するものだというのです。近年我が国でも、人間の自由な生活、余暇、閑な自由の時のもっている意味について考えられるようになり、三連休を増やしたり、長期の夏期休暇を制度的に認めようとする動きが進められています。最近は、「山の日」という新しい祝日が新設されたり致しました。しかしまだまだ休みを取ることには遠慮や躊躇(ためら)いがあると思います。先月の「就職・労働」というテーマに続いて、今月は、「安息・レジャー」をテーマにして、休むこと、自分の生活、他者の生活、ともに生きることなどをご一緒に考えてみたいと思います。これは人間生活の付随的な問題ではなくて、きわめて大切な問題であり、聖書も問題にしている信仰的な課題でもあります。福音の豊かさの中で捉え直す必要のある課題でもあると思います。もともと「レジャー」という語は、ラテン語の「licere」からきており、「許されている、余裕がある、何かをする自由な余地がある」といったことを意味していました。ギリシャ語の「スコレー」は学問とか、学校の語源となったと言われていますが、この「スコレー」は、閑暇、余裕といった意味をもつ語ですから、相通じ合うものがあると言えるでしょう。既に学んだように古代ギリシャでは、労働は奴隷に課せられたもの、自由人は許された自由な時間を用いて、知的、文化的、教育的活動に従事するものと考えられていました。時間的な余裕や考えることの余裕が、学問や哲学を生み出したのであり、「スコレー」としての学問は、技術を身に付ける、直接的に職業人をつくることを目的としたアスコリア(職業教育)とは区別されていました。精神的教育ともいうべき「スコレー」は、職業技術教育のアスコリアより高度なものとして位置づけられてきました。社会学や社会心理学の分野では、余暇、自由な時間とは、一日二十四時間のうちから、睡眠時間とか、生理的必要時間といった生活時間と労働時間を差し引いた残りの時間、即ち各人が自分で自由にすることのできる時間と、その中で行われる活動を指すものと定義しています。いわゆる生活に必要な時間と睡眠時間は、多少の差はあっても、あんまり大きく変わらないし、どうしても取らねばならない時間であると考えれば、余暇の時間は結局労働時間との関係によって決まってくるということができます。しかも余暇とか安息は、単に時間的尺度からのみ決められる概念ではなく、その人の生活姿勢、人生観、生き方と深く関わっている面があります。ただ時間があっても、それを如何に用いるかによって、中身は随分違ってきます。またただ余った時間をどう使うかという受け身の問題だけではなくて、自分のもっている時間を、社会活動や文化活動や福祉活動や奉仕活動に、どのように積極的に創造的に用いていくのかという、生きるという問題と深く関わっています。次に聖書における余暇、レジャー、安息の意味といったことを共に考えてみたいと思います。旧約聖書の冒頭に置かれている「創世記」は、そのタイトルの示すように、世界の創造物語が記されていますが、この創造物語はよく知られているように、「光あれ」という神の言葉で始まり、第六の日には、創造の業(わざ)を終え、造られたすべてのものを見て、神は良しとされたのち、第七の日には、神は安息なさったことを告げて、このように記しています。
 
天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別(せいべつ)された。(創二・一―三)
 
これが天地創造の由来である。ここで私たちが注目しなければならない大切なことは、神は六日間ですべての創造の業を終えたので、第七の日は休息して疲れを癒やされたというのではなく、第七の安息によって、神の天地創造の業が完成した、と告げているということです。第七日目は天地創造の完成の日なのです。それは六日間の労働の日とは区別された特別な日として位置づけられており、それは重要な意味をもつ日として祝福され聖別されているのです。イスラエルの民が、安息日を大切な日として守ったことは周知のことです。十戒は、前半が神と人間との関係、後半は人間と人間の関係を規定しているといってよいと思いますが、その前半、即ち神と人間の関係の最後の規定として、「安息日は守って、これを聖別せよ」と教えています。これは具体的な日常生活の中で、イスラエルの民にとっては、きわめて身近な大切な戒めでありました。「申命記(しんめいき)」の五章は、十戒について述べている章ですが、安息日について、このように明快に規定しています。
 
安息日を守ってこれを聖別せよ。あなたの神、主が命じられたとおりに。六日の間働いて、何であれなたの仕事をし、七日目は、あなた神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、牛、ろばなどすべての家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。そうすれば、あなたの男女も奴隷もあなたと同じように休むことができる。あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力あり御手と御腕を伸ばしてあなたがたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るよう命じられたのである。(申五・十二―十五)
 
ですから、安息日とは、すべての労働を休んで、イスラエルの民をエジプトの奴隷から自由へと解放してくださった神のみ業を記念する日でした。この日は、イスラエルの生活全体の根底にある自由という神の賜物を、もう一度改めて感謝をもって受け止め直す日として祝い、覚えることが命じられているのです。エジプトからの解放という神のみ業がもしなかったとすれば、イスラエルの民は、エジプトの奴隷のままであり、自由をもつことはできなかったのです。この自由がなければ、イスラエルの民にとって、毎日の労働の意味も、この世に生きることの意味も、またその価値も目的も明らかにはならなかったのです。ですから、彼らにとって安息日は、信仰をもって、厳格に守るべき大切な日でした。彼らはすべての仕事や業を休んで、この日を神の前に礼拝を捧げ、神の言葉に聴き、神のみ業を賛美し、感謝する日として守ったのでした。安息日は、週日の労働によって与えられない、大きな神の賜物を与えられる日として重要な日でした。「マルコによる福音書」二章にある「安息日に弟子たちが麦の穂を摘んだ」という記事があります。イエスの一行が、麦畑を歩いていた時のことです。弟子たちは歩きながら麦の穂を摘み始めました。それを見てファリサイ派の人々が、イエスに、「御覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」と聞いたというのです。ユダヤの社会には当時、「人間が麦畑に入るときは、手で穂を摘んでもよいが、その麦畑で鎌を使ってはならない」という規定がありましたから、弟子たちのしたこと自体は、それほど大きなことではありませんでした。ユダヤ人は、律法主義で、頑なな血も涙もない人々だと考えている人々に出会いますけれども、ユダヤの社会には貧しい人や寄辺(よるべ)なき人を支える温かい規定もあったことを忘れてはならないと思います。ミレーの描いた「落穂拾い」という絵は、世界的に有名な名画ですが、この絵は旧約聖書の「ルツ記」に出てくるナオミとルツの物語が背景になっています。ユダヤでは、夫を亡くした妻や、自分の畑をもつことのできない女たちのために、収穫の時に穂を残しておくという規定がありました。
 
穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。ぶどうも、摘み尽くしてはならない。ぶどう畑の落ちた実を拾い集めてはならない。これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない。わたしはあなたの神、主である(「レビ記」十九・九―一○)
 
と、レビ記の十九章に記されています。ですから「マルコによる福音書」の二章で、ファリサイ派の人たちがイエスの弟子たちを咎めているのは、麦の穂を摘んだという行為ではなくて、それが安息日に行われたからでした。即ちユダヤの社会では、貧しい人や飢えた人のために麦の穂やぶどうの実を残しておくという愛の行為も、安息日の規定の前には効力を持たなかったのでした。本来安息日は、人間が仕事を休んで神を礼拝し、神は人間のためにしてくださったことを感謝する日であり、それはきわめて信仰的な戒めでした。しかしいつしか本来の意味を離れて仕事をしないということに人々の関心と目が集まり、互いに人を裁きあい、監視するということになってしまったのでした。宗教改革の指導者であったジョン・カルヴァンは、「安息日とは、私たちが自分の中に神を働かせるために、私たちが自分の業を中止する日である」と述べているのは、安息日の本来の意味、本質を的確に言い表しているといってよいと思います。慌ただしく追われるように生きている私たちが、週に一度、その業を止めて、自分を見つめ、反省し、人生の意味を改めて問い、神の働きと導きを待つことが、真実の安息であり、真に休むということなのです。新約聖書は、人は律法の行いによってではなく、信仰によって救われるということを告げています。人は救いを得るために、律法の業に励むことを要求されることはなく、ただ信仰によって救われるのです。救いは人間が自分の力や行為によって獲得するものではなく、イエス・キリストの十字架によって、私たちの罪をゆるし、私たちを生かしてくださったのですから、それは能動的であるより、受動的であると言えると思うんです。私たちに求められていることは、神は私たちをゆるし、受け入れてくださっているという恵みの事実を、感謝をもって受け入れることなのです。二十世紀の代表的な神学者の一人であるパウル・ティリッヒは、「信仰とは受容の受容即ち神によって受容―受け入れられているその事実を、私たちが受容することなのだ」と述べています。パウロは、律法に忠実に生きている自己を誇りにしていたものでした。しかしキリスト者になってから、自分の生涯を振り返って、彼はこう述べています。
 
わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さい者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。
神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。
 
レジャーには、いろいろな要素があり、多様性をもっています。それは広くは政治、スポーツ、生産活動、文化活動などを含むといって良いでしょう。普通人は、レジャーとは遊び即ち自分を楽しませることだと考えますから、それは宗教的生活とは遠くかけ離れたものだと考えます。しかし本来レジャーの中には、遊びの側面と共に宗教的側面ともいうべきものが含まれているのではないでしょうか。文化は遊びと宗教の両面を母体にして発達してきました。遊びとか、レジャーとか、安息とかは、人間の生の根源と関わっていますから、宗教は遊びの要素を内にもっていると言います。そのことを無視すると、宗教や福音のメッセージは、人間の深みの本当には届かないものになってしまうのではないでしょうか。禁欲的プロテスタンティズムが、人間の生活の中から遊びを排除し、レジャーを軽視し、信仰生活はそのようなものと対立するものと考えたために、信仰とか宗教は人間の特殊な領域に働くものと理解され、人間生活の中心では受け止められなかったきらいがあるのではないでしょうか。そして、信仰者は真面目なよい人間なのだけれども、何か取っ付きにくくて、付き合いの悪い特別な人間のように受け止められてきた傾向があると思います。しかし人間にとって、働き、休み、リラックスして、自分の生活を楽しむということは、相互に深く関わり合い、互いによく機能する時に、よい人生が形成されるとすれば、健全なレジャーを積極的に受け止め、労働とレジャー、休みの正しい関係を保つことはきわめて大切なことではないでしょうか。現代社会が、利己的な人間主義の相を呈し、物質的には豊になり、便利な生活を営むことが可能になりながら、精神的貧困に陥っている現実を直視し、改善しなければならないのではないでしょうか。人間はその生涯の中で、多くの出会いを経験しながら生きています。出会いは思いがけない仕方で、思いがけない場所や時間において起きますから、多様性と意外性をもっています。よい出会いがあり、そうでない出会いがあり、喜びをもつ思い出の出会いがあると共に、にがい苦しい出会いがあり、思い出したくもない出会いもあります。そしてそれぞれの出会い、良いもの悪いものを引っくるめて、多くの出会いが人間を人間として成長させ、私たちの人生に深みを作り出してくれると言ってよいと思います。一人でいる自分と他者と共にいる自分とによって、自分という一人の人間を作り出していくと言ってよいと思います。マルティン・ルターは、宗教改革の激務の中で、「福音主義の信仰の神髄」福音の真理を明らかにしようとして、『キリスト者の自由』という書物を書き上げました。ラテン語とドイツ語の両方で出版されましたが、原著はわずか二十数ページの小さいものでした。しかしこの小さな書物が、それ以後のキリスト教に決定的な影響を与えるものとなりました。『キリスト者の自由』の冒頭の言葉は広く知られています。
 
キリスト者とはどういう人であるか、またキリストがキリスト者のために獲得して、あたえて下さった自由とは、どういうものであるか(それについてはパウロが多く書いていますが)根本的に知ることが出来るように、私は次の二つの命題をかかげたいと思います。
第一、キリスト者は万物を支配する自由な君主であって、誰にも従属しない。
第二、キリスト者は万物に奉仕する僕(しもべ)であって、すべての人に従属する。
 
ルターはこの後に、「この二つの命題は、明らかです。即ちパウロは、「コリント人への第一の手紙」九章の十九節に、『わたしはすべてのことにおいて自由あるが、みずからすべての人の奴隷となった』と述べ、同様に「ロマ人への手紙」十三章の八節では、『あなたがたは互いに愛し合う以外は、何をもまた何人にも負債を負うてはならない』と述べています」という説明を加えているのです。ルターの『キリスト者の自由』の冒頭の二つの命題は、彼の熱愛した「ガラテヤの信徒への手紙」の五章一節と十三節に基づいています。
 
この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。だから、しっかりしなさい。奴隷の軛(くびき)に二度とつながれてはなりません(五章一節)
 
兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい(五章十三節)
 
「自由のために解放された」ということと、「自由を愛において仕えるために用いよ」という勧めは、論理的には矛盾しています。しかしこの矛盾を、自らの内で一つにさせて生きることが、信仰者の歩みなのだというのです。聖書が語る自由は、単に外側からの自由にとどまらず、内からの自由を問題にしています。本当の自由とは、ただ自分の気の赴くままに、勝手なことをするということではなく、自らの意思に基づいて、必要な時には自分の行動に自ら制限を加えることをも含めた、自由な人格的な決断を伴うものだというのです。このような自由は、十字架において、キリストが私たちを赦し、神との交わりを回復してくださったことへの感謝と応答として生ずる自由です。選び取っていく自由と言っても良いでしょう。「ガラテヤ人への手紙」の中心命題は、「自由」ということですが、それはまた「愛によって働く信仰」とも言い表されてきました。信仰は、愛の働きをするんであり、自由にされたキリスト者は、愛によって互いに仕えて生きるものなのです。パウロは、「愛によって互いに仕えなさい」と勧めたのち、「霊の導きに従って歩みなさい。霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」と述べています。それは決して人間の誇りや功績とはならないのです。「何々からの自由」という受け身の生から、「何々への自由」という能動的な積極的な生へと私たちを押し出すのです。人間は生きるために働かねばなりません。しかし労働は義務として、罰として強制されるものではなく、そのことによって神の召しに応えることのできる場であり、人間生活を向上させ、豊にさせる力でもあります。人間は、労働の歩みの中で、安息を守り、神の前に出て自らの生の意味を問い、神と人とに仕えて生きる力を受けることができるのです。これこそが、真の意味での安息・余暇・レジャーの意味するところであり、人はそれによってより深く他者と共なる歩みを生きるものとされるのだと思います。
 
     これは、平成二十六年七月十三日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである