沢庵禅師の夢
 
 
                  松源院住職 泉 田(いずみだ)  宗 健(そうけん)
一九四二年、新潟県生まれ。早稲田大学卒業後、京都・大徳寺の立花大亀老師につき出家。大徳僧堂の中村祖順老師に参じ、次いで愛知県犬山市の瑞泉僧堂の松田正道老師につき印可証明を受ける。一九九三年より奈良県宇陀市の大徳寺松源院に住す。裏千家学園茶道専門学校講師。著書に「無へ 禅・美・茶のこころ」「澤庵―犀の角のごとく一人歩め」ほか。
                  き き て 金 光  寿 郎
 
ナレーター:  今日は、奈良県宇陀市(うだし)の松源院(しようげんいん)住職泉田宗健さんに、「沢庵禅師の夢」というテーマでお話を頂きます。聞き手は金光寿郎ディレクターです。
 

 
金光:  今日は、「沢庵禅師の夢」というようなことでお話をお伺いしたいと思ってお邪魔したんですが、実は泉田先生がお書きになった沢庵さんの伝記を拝見しまして、沢庵禅師(安土桃山時代から江戸時代前期にかけての臨済宗の僧。大徳寺住持。但馬国出石(現兵庫県豊岡市)の生まれ。紫衣事件で出羽国に流罪となり、その後赦されて江戸に萬松山東海寺を開いた。書画・詩文に通じ、茶の湯(茶道)にも親しみ、また多くの墨跡を残している:1573-1646)が最期に亡くなられる前に、「別に遺言なんか残さない」とおっしゃっていたのに、お弟子さんが、「なんか書いてくれ」と言われた時に、一文字「夢」という字をお書きになった、ということを聞きまして、私、沢庵さんのことで知っていたのは、柳生(やぎゆう)但馬守(たじまのかみ)宗矩(むねのり)に、『不動智神妙録(ふどうちしんみようろく)』という、いわば剣と禅との関係を克明に記したものを残しているとか、それからもう一つは、江戸時代のお坊さんとしては珍しく幕府の言うことを聞かなくて、「自分は、仏法の立場はこう思う」ということで 出羽国(でわのくに)上山(かみのやま)(現在の山形県上山市)に流罪になったというようなことを聞きまして、その点のことは知っていたんですけれども、そういう方が、最期の最期に「夢」という言葉を残された。この「夢」というのは一体どういう意味なのか。人生は儚いという意味での夢ではどうもなさそうだということで、その辺のところをお伺いしたいと思ってお邪魔しているんですが、その辺のところから聞かせて頂けますか。
 
泉田:  はい。沢庵宗彭(たくあんそうほう)が、一番最期に「夢」ということをいったのは、この「夢」というのは「無」に通じるんですね。「夢」という字は、音で読むと「む」。沢庵さんは、その「無」ということを後世の人たちに知らせんがために、敢えて何も無いという「無」という字でなくって、「夢」という字を書いて、それで亡くなられたと思うんですね。沢庵さんが、「無」という境地に至るまでには、非常な努力があったわけなんですね。結局長い修行の末に沢庵さんは、無の境地というものを我がものにするんですよ。それは禅のお坊さんは、一番の禅の修行の目的は「無」ということ、あるいはインドの方では「空(くう)」と言いますけれども、それを体得実感することなんですね。我々の方では、それを「見性成仏(けんしようじようぶつ)」というふうに言いますんですが、その「無」というものを、我々が、あるいは沢庵さんが我がものにした時に、さてどういう境地が自分のものになってくるのか。一つには、これは釈尊が明けの明星を見て悟られたんですね。長い修行の末に、苦行の末に、ついに尼連禅河(にれんぜんが)のほとりで倒れてしまって、その後スジャータという人から乳粥を貰って息を吹き返して、それでブッダガヤのところで坐禅をして―これは十二月一日から八日の未明までブッダガヤのピッパラ (pippala) の樹(後に菩提樹と言われる)の下で坐禅するんですが―で、十二月八日の未明に暁の明星を見て、「自分と暁の明星は一つである。暁の明星が我であり、我が暁の明星である。即ち私自身が宇宙の存在そのものであると。私だけでなくって、あらゆる存在が宇宙の絶対的な存在である」ということを悟りまして、そこから釈尊は、「山川草木(さんせんそうもく)悉皆成仏(しつかいじようぶつ)」一切衆生すべからくが仏である、ということをおっしゃったんですが、そういう境地を「無」という境地を、我がものにすればわかってくるんですね。一切衆生悉皆―あらゆるものが仏様であると。私も仏様であり、このお花もそうであり、新聞がそうであり、水一滴がそうであり、そういうことがわかったんですね。そこから日々なされることは、今言ったように、すべてが仏ですから、あらゆるものが平等ということになってくるんです。「私はあなたであり、あなたが私である。花は私であり、私が花だ」。ここに対立がないんですね。ということになってくると、「私とあなたは同じである」ということになってくると、私が自分を愛おしく思うように、相手に対しても自分と同じような愛おしさを感じますね。愛ですね。あらゆるものに対して、一滴の水に対しても。そういう一切無という境地に達すると、相手に対する本当の愛というか―仏教の方では「大慈悲心(だいじひしん)」というんですが、そういうのが生まれてくるんですね。それで「自身が何も無い」ということになってきますと、ほんとにこのことが覚悟できると、今私がこうやって人間でありますけれども、例えば犬になろうが、豚になろうが、あるいは老人になって死んでいこうが、それがもう全然本来ないんだから、受け止めていくことができるわけです。犬になったら犬でいいと。牢獄にぶち込まれたら、これでけっこう、というふうな。そこに非常に自由の境地が身体の中に生まれてくるんですね。融通無碍(ゆうずうむげ)―何に対しても自由自在に働いていける。ですから無という境地にいくと、そういうふうな自由自在の境地。自身が何も本来無いんだから、それだったら何になったって不足ないじゃないか、ということになってくるわけですね。今まで述べてきたところは、取り敢えずは「無い」というところに重点を置いてきた。ところが「無い」というけれども、「あたたと私は同じだ。私とあなたと同じだ」と言いましたけれども、でも現在こうやって見ると、居るじゃない。「あなたはあなた」「私はわたし」そこのところなんですね。ですから坐禅というのは、自己を無くすることの体験と同時に、一旦坐禅をしてひょっと我に返れば、目の前にあなたがあり、私があり、すべてのものがあるわけですよ。坐禅することによって、それが本来自己が無いということがわかるんですね。で、ありながら、覚めてみると、ちゃんとこのようにしてある。ちょうど夢が、夢の中にいる間は、それが夢と気付かずに、ほんまものと思っているんですけれども、
 
金光:  そうなんですね。それの類推でいくと、私たちは―私なんかは、現実だと思っているけれども、この現実自体が果たして思っている通りかというと、そこのところですね。
 
泉田:  これを沢庵さんは「夢」とみた。「無い」ということを「夢」というふうに。実際にこうやって夢の中にいてしまえば、もうそれは現実だと思うんですね。お金百万両儲けて、通貨をジャラジャラ数えておったけれども、目が覚めたら一銭もありはせんですわ。そういうところなんですね。ですから例えば沢庵さんが、いろいろ指導に当たった三代将軍家光―その家光が、「いつもいつも戦争がある。私はそんなことしたくないんだ、本来は。どうしたらいいか」というふうなことを、沢庵さんに聞くんですよ。ただ沢庵さんは、「いや、それはみんな夢だと思ったらいいのです。戦争をしているということはお互いの欲望に基づいて、これは良いと思い、片っ方は悪いと思い、そしてお互いに憎しみ合い、反目するんだけれども、そういう二元対立の世界に生きて損得に変わっているから、そういう喧嘩が起きる。本来は何も無かった、別にこの二元対立の世界、相対のこの我々の世界というものは無いんだと。そういう境地に達するならば、別に戦争なんてしなくていいんじゃないですか」ということを、沢庵さんは家光に言っているんですね。だから「夢と現実と、これは同じようなものだ」というようなことを言っているんですね。ですから沢庵さんが、最期に「夢」と書いたのは、「無」ということを、諸君もっと考えよ。夢、それから何もない無、そこから出てくるところのものは、他者に対する慈悲心、それから自分自身の自由、そういうものが自身の自由と他者に対する愛―大慈悲心、これがあれば世の中全部丸く治まるんじゃないか。もうちょっと現実を夢というふうに考えてやったらどうですか」というようなことを、この世の中に警鐘と言いますかね、そういうようなつもりで、前から彼は、「世の中は夢と同じだ」というようなことを言っていますので、最期にその一字書いて身罷(みまか)ったと思うんですね。
 
金光:  先ほどのご説明の中に、二元対立という言葉がありましたけれども、現代の日本人―私を含めて普通に考える時は、いつも損か得か、良いか悪いかとか、全部二つに分けて、こっちだったら良い、こっちだったら損だ。こっちだったら良いから良かろうとか、二元対立の世界で考える癖がついているわけですけれども、実はそういう二元対立の世界で考えているだけが、人間が生きている本当の世界ではございませんよと。もっと二元対立と思っている、そういう自分自身の心がどういう成り立ちで、どこから出ているか、という、その自分の心だと思っている自分が、どういうものかというのがわかれば―よく「仏性」だとか、「本来の自己」だとか、いろんな言い方がありますけれども、その「仏性」だとか「本来の自己」というような言葉は、その二元対立の中では気が付かない世界に、
 
泉田:  二元対立の世界を超えたところに、自己本来の、それをどうやって我がものにするかということなんですね。そのために我々は―禅の方では、勿論坐禅が主体になるんですが、まあそれを坐って坐って坐りまくるんですね。私は道場で十五、六年おりましたけれども、平均すると一日十二、三時間坐るんですよ。一日の半分ぐらいは。もう食事の時もダメだというんですね。だからすべからくは坐禅に繋がっていくんですね。食べることも、トイレに行くことも。そうすることによって、今二元対立の世界は無いというところへ、これもう「冷暖自知」ですね。簡単な言葉ですけれども。
 
金光:  冷たいか熱いかは自分で知れということですね。
 
泉田:  その通り、五十度と言ったって、自分で手を突っ込んでみないとわからないじゃないですか。それと同じように、「無い」ということを自覚するには、僕ら禅宗の坊さんですから、坐禅することによってやるんですけれども、これも坐禅するよりしょうがないんですね。坐禅をして、何も無いというところへいくということは、自分の中にある欲望とか妄想・煩悩とか、それがあるから二元対立の世界に入っていくわけですね。そういうものを無くして、無いところへ行っちゃうんですよ。そこへ行く一番一般の人たちがいけるような手段として、幸いに仏教の方では、お釈迦さまが、いろんな戒律を設けていますけれども―五戒とかね、十戒とか、二百五十戒とかあるんですが、五戒の中には、「ものを殺しちゃいけない(不殺生(ふせつしよう))とか、盗みをしちゃいけない(不偸盗(ふちゆうとう))とか、邪なことをしちゃいかん(不邪淫(ふじやいん))とか、嘘を言っちゃいけない(不妄語(ふもうご))、あるいはお酒を飲んじゃいけない(不飲酒(ふおんじゆ))」というようなことを言っているんですが、それは今言ったことは、すべからく自己の欲望というものを捨てさせるためのものですね。自分を削って削って削っていくんですよ。そういう実際の生活をやりながら、なおかつ坐禅することをやって何にもない、ただ坐るだけで、そういう心の襞の奥の底まで行ってしまうんですね。そこに何もないのですね。それは体験しなくちゃいけないんですね。そういう何もないところから、一旦全部何もないですから、自己を全部死ぬわけですよ。そこからもう一回生き返って、
 
金光:  よく「大死一番」というふうに、
 
泉田:  その「大死一番絶後(ぜつご)に再蘇(さいそ)する」いうんですね。もう一回浮かび上がってくる、ということですね。そういう浮かび上がってきた時に、今言った無の境地と、そこから出てくるところの大慈悲心と、そこから自由無礙に働けるところの境地、そういうものが出てくるんですね。
 
金光:  その体得された、自得された境地を、沢庵禅師は、剣―刀を使う専門家である柳生宗矩に、『不動智神妙録』という書かれたものを与えられていますね。その剣の道での心の使い方、心をどう使うか。それについてどういうふうに教えているんですか。
 
泉田:  沢庵は、不動明王の「不動智」を例にとって、「心を止めない」とは、どういうことなのかを説いている。
 
金光:  「動かない」と固定するように思うんですけれども、そうじゃないですね。
 
泉田:  「不動」は文字通り「うごかず」で、「智」は智慧の智である。「不動」だけならば、無明住地煩悩の止まる心(迷い)と同じである。そうではなくて、「不動智」となると、石や木のように意識や感情が無いのではなく、物を一目見て右にも左にも、向こうにも十方八方動きたいよう動き、少しも止まらない心の働きのことを言うのである。その動いて動いて動き回っている一つの流れですね。動いて動いて動き回っている。だから「不動」というんだけども、動いていないのですよ。
 
金光:  相手の動きに心を止めてはいかんと。右の手を気にしたら、そこで止まってしまうと。左を気にしたら、左に止まっていまうと、心をそこへ止めてはいかんという。
 
泉田:  例えば、十人の敵が一太刀ずつ掛かってくる場合、それを受け流し、跡に心を止めず、すぐさま次の敵に当たるならば、十人全部を向こうにることが出来る。ここでは動いていることが、動いていない(不動)ことになる。しかし、一人にでも心が止まったならば、その人の打つ太刀は受け流せても、二人目には自分の働きは出来ず敗れていまうだろう。剣客が自分のところにかかってきたら、心をまったく、身体全部心にしたのば、全然執着がありませんから、来たのを次から次に払い除けることができる。ところが一人にでも心を止めたならば、もうそこに隙ができてやられるんですね。だから無心になってやっているところ、そこが不動ですわ。動かないところです。
 
金光:  「不動」という場合は、「一点も動かない」という意味ではなくて、要するに全体に行き渡っていることみたいな感じなんですね。
 
泉田:  ええ。だから動いて動いて動いているところ、
 
金光:  それを全部含めて、それは不動だと。だから一箇所に止まったら不動でなくなる。
 
泉田:  勿論。普通は止まっていることが不動ですね。沢庵さんの言っているのはそうではなくて、動いて動いて動き回っているところが「不動」と言うんですね。ですからこれは千手観音様が、一本の手に弓を持っている。弓を持って敵を射るんだけども、もしこの一本の弓を持っている手が、一つのところだけに心が止まってしまえば、後の九九九本は全部隙だらけになる、役立たずにやられてしまう。不動ではなくなっちゃうんです。ひとつ処に心を止めないからこそ、千本の手は殺活自在となる。ですから、そこに一心の執着というか、妄想というか、入っちゃいけないと言うんです。ですから彼は、「間不容髪(かんはつをいれず)」あるいは「石火之機(せつかのき)」とかね、そういう一心のところにさえも何の雑念も入らない。そこが不動智であり、千手観音の働きであると、こう言うんですね。そういうことを広めていくと、例えば柳生但馬守が誰かと試合をする。その時に、まったく相手の刀に、あるいは相手の武士に、心を止めないで―ということは自己が無心になっていくならば、もう相手と自分が一つになるようなものであって、その時は持っている刀が刀でなくなるし、自分が自分でなくなる、というんですね。自分がなくなり、刀も無くなったならば、相手もいないんだから、そこにこそ平安無事の世界があるんじゃないか、というところまで理論を進めているんですね。そういうことを柳生但馬守は、平生そういうものを聞いて、それを自分の確立した武術の中に取り入れていくんですね。で、彼はついに、それであったならば、刀はないんだと。持ってやるんだけども、不動智でもってやっているんだから、持っているんだけども持っていない。だから私は、「無刀流」―刀の無い流ということにしようということで、但馬守は「無刀流」というのを彼は創造するんですね。持っていて持っていない。
 
金光:  その関連で思い出したのは、先生のお書きになった本の中に、柳生但馬守が、「殺人刀(せつにんとう)」というのは、戦国時代で戦争している時は、敵を殺すんだと。それが家康の時代になって平和になってくると、「活人剣(かつにんけん)」人を生かすために使うんだ、という説明を、『兵法家伝書』に書いてあったと。沢庵さんの場合は、もっと禅精神の深みがあるということをおっしゃっていますが、それはどういうことですか。
 
泉田:  自己を無くすんです。両方なんですよ。自己を無くすことによって、相手と一つになる。自己が無くなると、私と先生(金光さん)は一つになっているんだ。これもう二元対立の世界は無くなっていますね。そうすると、僕は僕自身を殺している。殺していながら刀でもって先生(金光さん)を生かしている。僕を無にすることによって、先生(金光さん)を生かしている。今度殺人刀でありながら活人剣でもあるわけですよ。反対に先生(金光さん)のことを全部殺せば、先生(金光さん)は無になる。そうなると、私は自由自在に動ける。今度それがまた活人剣になる。
 
金光:  それこそ本当の平等の世界で、お互いにエゴを殺して、それこそ仏性を生きるというか、本来の自由が甦ってくる。そういう世界であると。
 
泉田:  そうです。今言ったように、その「殺人刀(せつにんとう)」「活人剣(かつにんけん)」というのは、両方共にあるわけで、それをお互いにやりとりするとなると、いわゆる「賓主互換(ひんじゆごかん)」ということになってくるんですよ。今は、例えば私が主人であるけれども、先生(金光さん)はお客さんであると。先生(金光さん)が今度僕に話し掛けてくる場合は、先生(金光さん)が主人で、僕が客。だからお互いに互角で、お互いに自分を殺しながら、相手を生かし、相手を生かしながら、自分を殺していくという。そういうところを「賓主互換(ひんじゆごかん)」と言うんですよ。平等ですね。そこにやっぱり不動智の精神がありますね。ちっとも滞らないわけですよ。
 
金光:  そうすると、そこでは「俺が俺が」とか、「自分が自分が」という、そういう思いは消えていって、もっと大きな土台というか、大きないのちの通い合う世界みたいなものが、そこで生きて働いているということになりますね。
 
泉田:  ですから一番最初に言った「無心になれば自ずと相手を敬う心、相手を愛する心が出てくる」、自分が可愛いと同じように。一番そこから生まれてくるものですね。ですからそういうことが今一番大事なことじゃないですかね。相手に対する慈しみの心とか、愛する心とか、心の底から出てくる。
 
金光:  そこの場合の平等ということは、背を同じ高さにするとか、そういう平等ではないわけですね。相手は相手で背は高い。こちらは背が低い。あるいは山は高い、川は低い。それはそれなりにしかも平等であると。
 
泉田:  そういうことですね。
 
金光:  それが本来背の高い人は背の高い人だし、自由があるし、背の低い人には背の低い自由がある。山は高いところにあって、それでいけるのは山の自由であるし、川は谷のこう流れているのが自由であると。
 
泉田:  一つひとつの存在が絶対存在なんですね。ですからそのことが一番最初に言った「一切衆生悉皆成仏」「山川草木悉皆成仏」全部が仏様である。絶対的な存在である。高かろうが、低かろうが、貧しかろうが、お金持ちであろうが、それは本当に平等の存在である、ということだと思いますね。
 
金光:  そういう沢庵さんでしたけども、泉田先生の本の副題に「犀の角のごとく一人歩め」という、有名なお釈迦さまの『スッタニパータ』の言葉が副題に付いていましたけれども、犀は独立独歩で歩いて自由に歩くわけでしょうけれども、その世界と通じる世界ということでございますか。
 
泉田:  そういう世界に入るためには、強力な精神力が要るんですよ。例えば「殺生するな」というけども、殺生するなって、人を殺したり、動物を殺したり、植物を殺したり、そういうことだけでなくて、一滴の水をムダにすることも殺生ですよ。そういうことをしない。常にそういうものを生かしていく。そういうことを現実の生活の中にあって、やっていくには、強力な精神力が必要です。そのためには他のものには寄りかからないで、俺一人でいくという、そういう強力な意思が必要なんですね。ですから今言った「犀の角のごとく一人歩め」ということを、お釈迦さまがおっしゃったのは、そういうところに達するためのお言葉だと思うんですね。
 
金光:  それと同時に、自分というものをずっと坐って見つめていらっしゃると、一人で生きているという自分が、如何に多くのものに支えられているか。だから「殺すな」ということは同時に、助けてくださっている人たち、ものに生かす生き方をするという、自然に広い世界に、自分のエゴが消えるほど広い世界に目が届いて、そういう世界から受けている恩をお返しする。殺さないんじゃなくて、生かす方向に働く。そういう力にもなるわけですね。
 
泉田:  そうですね。僕らこういうふうにたった一人でいるわけですから、あるいは道場の時からみんなそうですけども、「生かされる」ということは、ほんとに腹の底からわかりますね。そして生かされているということは最低限のことでわかるんですけども、そういうことがわかると、如何に我々が無駄な生活をやっているかということも、生かされているようなことからもわかってきますね。ムダばっかりですね。衣食住―今もう衣と着物と下着、これで十分だし、寝るのは三時間あれば大丈夫だし、食事は一日お米一合あれば大丈夫なんです。おかず食べておったら。それでお米無くなったら托鉢すれば、多分一日托鉢すれば一升ぐらい頂けるでしょう。それでもう一週間ぐらい食べていける。そういう最低のところがわかってきて、それで十分生きていけるんだということを身をもって知っているもんですから、如何に我々が贅沢な生活をやっているかということもわかってきますね。
 
金光:  まさに沢庵さんの現代版のような生活をなさっているわけですけれども、沢庵禅師の場合は、お釈迦さま以来の伝統をちゃんと守っていらっしゃれば、確か手紙の中に、自分のことを、「乞食(こつじき)に等しいような」そんな表現があったかと思うんですが、要するに托鉢して生かして貰っているというか、そこのところは常に忘れないで、お釈迦さま以来の伝統を胸の中にちゃんとおいて一生通していらっしゃた。
 
泉田:  そうですね。
 
金光:  そういう意味でも、あれだけ波瀾万丈、しかも流罪から将軍直々のお相手する、あるいは天皇直々にお話なさるのが、それこそ下から上まで全部ご存知の人でありながら本当に基本的にはそれこそ万物悉皆成仏のところで生きていらっしゃるというのは、ほんとにこんなお坊さんもいらっしゃったかなというか、改めて感服してお話を聞かせて頂きました。ありがとうございました。
 
     これは、平成二十六年七月二十七日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである