決めないままの安心―高光大船師のまなざし
 
                大谷大学教授 水 島(みずしま)  見 一(けんいち)
一九五○年富山県に生まれる。一九七三年大谷大学文学部仏教学科卒業。一九七八年大谷大学大学院博士後期課程満期退学。現在、大谷大学教授。
                き き て  金 光  寿 郎
 
ナレーター:  「宗教の時間」です。今日は、「決めないままの安心」というテーマで、仏の教えを忠実に実行することによって、多くの人々に感銘を与え、昭和二十六年、七十二歳で亡くなった高光大船(たかみつだいせん)(金沢市の真宗大谷派専称寺の住職。清沢満之の影響をうける。大正5年金沢に藤原鉄乗,暁烏敏(あけがらすはや)と愚禿(ぐとく)社を設立し、雑誌「氾濫(はんらん)」を刊行。15年から自坊で講習会を定期的にひらいた:1879-1951)師の信心について、大谷大学教授水島見一さんにお話頂きます。聞き手は金光寿郎ディレクターです。
 

 
金光:  今日、水島先生のご本を拝見しまして、仏教の信心について書いていらっしゃる。それも高光大船という大先輩のことを中心に書いていらっしゃる本ですが、その終わりのところにですね、「日頃から決めるな、決めるな≠ニおっしゃっていた」と。しかもその言葉の後に、息子さんの一也(かずや)(1907年高光大船の長男として生まれる)の先生が「何やろなあ」と書いていらっしゃる。これも面白いと思うんで、そういう軸が残っているそうですが、その言葉が、私なんかが考えている「信心」というのは、「信仰だと、この教えは間違いないんだ」と、こういうふうに決まったから信じられるんじゃないか、という思いがどっかにあるんですが、どうもそれとは様子が違うようなので、その辺の消息を伺いたいと思っているわけですが、水島先生は、この言葉、その周辺のことは、どういうふうに感じていらっしゃいますか?
 
水島:  そうですね。「きめるな、きめるな、何やろなあ」ということは、これは自分の生活に当て嵌めますと、やはりすぐに「人をこうだ」とか、「社会はこうだ」とかという形で決めるんですけども、しかしそれが実際の現実にあってみたら、それ全部違っていると。こういうことはよく体験しますので、その意味において、やはり「決めるな、決めるな」と、こういうことは、非常に大きな世界が、そこに開かれるんだな、ということがよく実感することでございます。そしてまた信心というものは、何か確信を得ると。自分の中にはっきりしたものをもつんだと。このように思いがちなんですけれども、ところが高光大船の最期の亡くなる時に、病床に赴いた方が、大船の姿を見ていた。黙って横たわっている姿を見ていて、そしてそこでの感じたことは、「大船先生は黙って横たわっておられると。そして最期は私の仏法までも取ってくださる」と。要するに私たちは、信念は確信だと、こういう形でしっかりと得るもんだ、と思うんですけども、実際にそういうものであろうということも思いますけれも、しかしその一旦仏法をわかったというその掴んだものをもう一回離すという。そうしたら裸一貫で生まれて、最期は裸一貫で死んでいけると。仏法など全部取ってしまって、裸一貫で死んでいける身となるんだという。こういうところに本当の信心の醍醐味というか、姿があるんだろうな、ということを思わせるわけでありますね。
 
金光:  仏教の一番最初は、お釈迦様だと思いますが、釈尊の最期の言葉で、漢訳の言葉を使っているようですけども、「自灯明(じとうみよう)・法灯明(ほうとうみよう)」と。「自分を頼りにする」ということと、「法を頼りにする」という。この自分と法というものを頼りにするというのが、最期に遺された大事な言葉だと思うんですが、今のお話ですと、その自分というものは、こういうものだ、というふうに思いたいんですけれども、一時期「自分探し」ということがよくありましたね。ところが自分を見ている自分というのは、どこまでいっても見る自分であって、見ている自分を自分の心で観察する対象には持っていけないという、そういう人間の制限というのがあるわけですけれども、そういう本当の自分というものはついに見ることはできないんだけれども、しかもそれでいながら、裸で生まれて、裸で死ねるというところで安心ができるという。その辺―言葉ではしにくいかも知れませんが―その辺はどういうふうに受け取ったらいいんでしょうか?
 
水島:  「自灯明・法灯明」というのは、これは「法によって照らされた自分」と。だから自灯明と法灯明が分離してあるわけではなくって、「自灯明法灯明」と、これで一つであります。またその「自」というのは、はっきりと「法によって照らされた自分なんだ」と。「法によって照らされた自分」というのは、これは「法を掴んでいる自分である」と。ここを照らされる、ということでありますので、今の時流から言いますと、「自己のアイデンティティを確立する」とか、「自分らしく生きていく」というところに、一つの自己を信じて生きていくという方向性が、今の時流としてあるんですけども、実はそれはかえって頑なな生活であって、そうでなくって、そのような形での自己を信じていく自己をも法の世界に投げ出すと。これが「きめるな、きめるな、何やろなあ」という、何と言いますか、広大な安心できる世界という、そんな感じを抱くわけであります。
 
金光:  そうなりますと、「何やろなあ」という言葉を受けている、そう言いながら、しかも「決めるな、決めるな」と、決めないでいると、常に私たちに与えられている今現在ここにいる自分というのは、新鮮なものの世界にいるわけですね。
 
水島:  そうですね。我々の娑婆というのは、やはりそれぞれの仕事とか、立場によって、娑婆という一つの形がありますから、その形の中に我々は入って生活するわけですけども、ところが「仏法というものは、その形に変幻自在に応じて入って、その形になってくれる」と。だから「私というような一つの人間であれば、私という現在の仕事に仏法が入ってくれた」と、そういうところにおいて、「自分がその仕事やっているんだ」ということは、一つの信念としてはあるかも知れませんけども、しかしそれは往々にして独り合点とか、あるいは思い込みだとか、あるいは独断とか、独善とかという形にもいきやすいわけですけども、それが「その法が私の中に入ってきているんだ」ということに気が付いた時に、これはやはり「法に随順していって、今の形を生きていくんだ」という、そんなような感じを思いますですね。
 
金光:  私たちは、常に「あれが欲しい、これは欲しい」という気持ちが湧いてくるわけですけれども、今の常に新しさを感じているそういう生き方だと、与えられている条件をそのまま受け取るという姿勢が基本にあると思うんですが、そうしますと、人間の進歩とか、次にどういうものをよくしようとかという、なんか進歩でなくて、停滞の方へいくんじゃなかろうかと。これ頭で考えていると、ついそういうことを思いがちなんですが、その辺はどうなんでございましょう?
 
水島:  まあ人間の進歩が、今我々を苦しめている状況でございまして、やっぱり人間の知恵の最先端が原発だと。それが原発問題や福島の問題だけでなくて、例えばがれき処理の問題とか、それから節電ですね、そういう問題とかという形で、ズーッと今日まできている。ですから、社会に進歩があるというように思うけども、確かに快適で便利という意味においては、進歩があったかも知れませんけれども、しかし仏法というのは、仏さんの目から見たら、進歩があったのかなと。むしろ人間の純朴さが忘れ去られて、むしろ後退しつつあるんではないかという、なんかそんなような形で仏さんは見ておられるんじゃないのかなという、そんなような気持ちがしますですね。
 
金光:  私は、大船先生の息子さんの一也(かずや)先生の奥様であるかちよさんに何回かお話を伺っているわけですが、あのかちよさんの話を聞いていますと、あの方もいろんな方が大船先生、あるいは一也先生の話を聞いて、自分の問題を解決したと思った方が、留守番をなさっているかちよさんのところへ来て、自分のいろんな悩みの解決なんかを吐露(とろ)される。それをなんとか受けてお答えができるようになりたいというところで、仏法を随分熱心にお聞きになったようですが、「この世は荘厳(しようごん)されているんだ」という話を講習会で聞かれて、その時にハッと、「なんだ。自分はもうちゃんとできあがった仏様の世界に生まれているんだ」ということに気付いた途端に、世の中を見る目が変わって、「この与えられているものを如何に上手に利用して生きていけばいいか」という、そういう生き方に目が覚めたと。簡単にいうと、そういう印象を受けているんですが、それでいながら、「具体的にじゃどういうことですか?」ということを、その状況を伺うと、「いわば忍者のように状況が変わったら、パッとこちらも姿を変えればいいと。ひらりひらりとこう変えるだけの能力を私たちは与えられているではありませんか」と。しかも具体的な例をいっぱいお持ちになってですね、そうなってくると、この世の中がつまらんとか、もう行き止まりだとかというようなとこはまったくなくなって、なんという自然世界、あるいは仏様の世界というのは、豊かなものかというふうに見ることができていらっっしゃるなという実感を受けたんですが、今の水島先生のお話から受ける大船先生、あるいはその同じところで息子さんの一也先生も生きていらっしゃったようですけれども、その辺の生き方というのは、窮屈な生き方という点から見たら、どうなんでしょう?
 
水島:  そうけっこう難しいことがございまして、例えば「国土荘厳されたる」と。これはそういうことだろうと思いますけれども、高光大船という方は、真っ正直に生活に生きてこられた方でありまして、だからその都度その都度失敗し、そしてまた想像つかないほどの多くの子どもを亡くされ、死にも遭い、また門徒の死にも遭い、そしてもっと大きなのは最愛の自分のお嫁さんですね―最初の奥さんでございますけれども―とも別れ、初孫とも別れ、そういうような一つの苦渋を通ってきたところにおいて、自我が解放されるという、その一面がなければ―だから自分の思いというものは全部間に合わなかったんだという、そのような一つの行き詰まりの経験がなければ、国土荘厳というのは、これ一つの、いわゆる言うなれば、お浄土の世界とこう言ってもいいのかも知れませんけども、お浄土の世界にはなかなか感じ取れないと言いますか、だからやっぱり我々はやっていることは国土荘厳なんだけども、現実はなかなかそうはいかない、そういう娑婆に生きていると。しかしその娑婆に生きながらも、しかしやっぱり行き詰まりの中において、聴聞ということにおいて、そこから現に解放されつつあると。この解放されつつあるという一点において、国土荘厳が感じられるんだろうということを思いますので、だから変幻自在にそれに対応していくと、順応していく力は実は与えられるということはそうでありますけれども、その前の歩みと言いますか、それからまたそれを得た後も、また行き詰まるに違います。だから螺旋形に我々の信心は動きますので、こうした螺旋の頂点に立つんだけども、その時国土荘厳だと思うかも知れませんけども、それはまた日々の生活にこうして埋もれてくると。そこのところにおいて、また聞法というのが続きますので、死にまでの聞法ですから、その聞法にまたここにおいて、一つの国土荘厳の世界が聞かされてくるという、なんか最後は循環の歩むような気がしまして、国土荘厳が一つの永遠にそれが私の心境として、永遠に具体的に続くというんじゃなくて、具体的にはやはり沈む、悩む、ということがあって、また解放されてですね、その最後の悩みがやはり我々は、死に向き合った時、お前は死んでいけるのかという、そういうところにおいて、そこにおいて国土荘厳されたると。だから私の父親のなんかは、死ぬ時は―私の十歳の時に死んだんですけども―病床において言った言葉が、「私の人生は如来によって芝居させられていたんだな」と言って死んだ、ということなんですけども、それはまさに国土荘厳の姿であるし、死に随順にしていけるという、まあそんなような姿だろうということが思われます。
 
金光:  大船先生の若い頃のお言葉だと思うんですが、「描写(びようしや)の行信(ぎようしん)」と「沈潜(ちんせん)の行信(ぎようしん)」という言葉がありまして、これは私なりに「描写の行信」というのは、人間が頭の中でいろいろ考える、自我が作りあげた行であり、信であり、それに対して、「沈潜の行信」というのは、人間が掴まえようと思っても潜水艦のように潜ってしまって、掴まえようのないところにこう生きて働いている行と信。このことを対比されて―人間は分けて話さないとわかりにくいところがあるもんですから―そういう意味で「描写の行信」と「沈潜の行信」とうことを話されたんではなかろうかと思ったんですが、そういう解釈でよろしいでございましょうか?
 
水島:  そうですね。だから下手すればですよ、「国土荘厳」と言って、それに随順してやっていけるということは、「描写の行信」になりやすいと。こういうようなことがありまして、実は「描写の行信」の背景には、これは清沢満之(きよざわまんし)(1875年、尾張藩に生まれる。東京帝国大学卒。明治21年、京都府尋常中学校の校長に赴任するが、辞任して禁欲自戒の生 活に入る。明治25年、『宗教哲学骸骨』刊。宗門改革のため雑誌「教界時言」を発刊し一時僧籍を剥奪されるが、僧籍を回復し真宗大学初代学長に就任。明治34年、雑誌「精神界」を発行。明治36年死去:1863-1903)もそうでありますし、高光大船もそうでありますし、曽我量深(そがりようじん)(明治〜昭和期に活躍した真宗大谷派僧侶、仏教思想家。真宗大谷派講師、大谷大学学長、同大学名誉教授:1875-1971)先生とかも、金子大栄(かねこだいえい)(明治〜昭和期に活躍した真宗大谷派僧侶、仏教思想家。前近代における仏教・浄土真宗の伝統的な教学・信仰を、広範な学識と深い自己省察にもとづく信仰とによって受け止め直し、近代思想界・信仰界に開放した:1881-1976)全部そうでありますけども、そこには絶対に「自力無効」という、その実験があるんですよ。その実験が我々にとっては大仕事でございまして、その実験を潜らずして、「国土荘厳」などこう言ったら、これは「描写」。だから「自力無効だ」というのが、これ「沈潜」ですね。それがなかったらもう神ですね。
 
金光:  その「実験」というのは、「実際の経験」とか「実際の体験」?
 
水島:  実際の経験ですし、清沢満之は、「実験せい」とおっしゃます。「自分を仏道実験するんだ」と。だからそういう形で明治近代において、江戸時代の封建的な仏教を解放したのは清沢満之。実験主義をもって解放したんですけども、自ら仏道に生きてみようじゃないかと。「自ら仏道に生きてみたら、わかってくるのは甚だ骨が折れることでございました」という、自力の限界―これ親鸞も当然そこを潜って来ておられるわけでありますし、みんなそれを潜ってきている。ところが自力の限界において、初めて、あ、解放されておった自己であったということが気付かれる。だから「機」という自分も暗黒の自覚において、その自覚はどうして成り立ったかと言ったら、法によって照らされていたから暗黒がわかったという。この十円玉の裏表みたいなものです。裏がわかったということは表があったんだという。このような解放というものが、解放が国土荘厳。しかしその裏には熾烈なる自力無効の営みがあると。こういうところに一つの求道のプロセスと言いますか、歩みというものがやはりもっとも大事なのではなかろうかというようなことであります。
 
金光:  そうしますと、よく「自灯明・法灯明」みたいにですね、「エゴを確立せんといかん、自己を確立せんといかん」という思いで聞くことがけっこういらっしゃるわけですが、そういういわば「自我確立、自我強化」という方向ではなくて、その「自我無効と、自力無効ということに気付かされるのは、法に照らされることによって知らされる」。しかもそこで自力無効ということになると、これも普通の生活をしている人が、自力が全然ダメだと。自分の自己が確立できないのなら、もう沈んでしまうんではないかと。もう落ち込んでしまうんじゃないかというふうに、理屈で考えるとそうなるんですが、その辺はどうも実際の体験というのと随分違っているようでございますね。
 
水島:  なんと言いますかね、我々は、自分は沈みたくないですから、沈まないとこう思ってやるんですけども、ところが実際の現実というものにぶつかれば、これは沈まざるを得ないという状況には、これはよくぶつかるわけでありまして、そこら辺であります。だから沈まざるを得ない状況だというところにおいて、初めて自力無効だと。だから高光一也さんがよく言っておられたのは、「仏法は正直な者でないとわからない」と言っておられた。誤魔化す者は沈まないです。沈まないうちに、「彼奴(あいつ)のせいだ」とか、そういう形で全部責任を人のせいにしたり、社会のせいにしたりしていきますけども、正直なことをいうたら「俺はあかんもんや」ということを、正直なれと。また正直になれば正直に堕ちると。落ちたところが、いわゆる仏の手の中だったみたいですね。そういうような一つの求道というのがありまして、だから今のいわゆる仏教の世界というのは、自我を、自己を強くするような今日の逆でありまして、だから暁烏敏(あけがらすはや)(真宗大谷派の僧侶、宗教家:1877-1954)という高光大船の兄貴分でありますけども、あの方なんかは、「お前がここで聞いた仏法を全部ここに置いて帰れ」というわけです。「持って帰ったら何するかわからん。だからここに置いて帰れ」。そうしたら我々は、耳で仏法を聞いて、聞いた仏法を持って自分を強くして人をやっつける。「これ仏法は、自分を撃つんだ。仏法は、鉄砲の反対じゃ!。それじゃ、鉄砲は、生きとるものを殺すものやろ。仏法はその反対。死んどるものを生かすものや」。だからほんとの高光大船とかのお説教というのは、どういうお説教かと言いますと―私、聞いたことないんですけども―おそらく「お前は助からん奴だ」という形で、「お前自身に鉄砲を向けさせる」というお説教をされたんじゃないかと。もうそれでいいんだと。後は自分が地べたに堕ちたら、そこが実は光明の世界だったという。光明の世界を一々いう必要はない。堕ちたらわかると。こういうところを真っ正直に、それが高光大船なんです。だから誤解もされたかも知れません。
 
金光:  そういう受け取り方ができると、それこそ自分はこう思うから、これで極楽へ行けるだろうとか、お浄土へ行けるだろうと思っている信心の方もいらっしゃるかと思うんですけれども、それは思う必要がない世界であると。
 
水島:  受け取るよりほかないです。それであれば仏教手段ですわ。仏教は、「どこまでもお前は助からんのだ」と。要するにお前は死ぬ身なんだぞと。これを突き付けて、「そうでございました」と言って受け取る。まあそれしか実はないんだろうと。
 
金光:  でも、そうなると、この世の中で生きるのには、非常に弱い人間になってしまうんじゃないかと―やっぱり理屈で考えてですよ。だって「自分はダメだ」と言ったら、何も主張できない人間になってしまうんじゃないかというふうに怖れる、あるいはそれじゃ私は生きていけないわ、と考える。そういう方向へ思ってしまう人もいるんではないかと思うんですが、その辺は違うんですか?
 
水島:  そうです。むしろ「大力量あり」ということがありますね。「大力量あり」と。風吹けば倒るという形で。だから本当の力量のあるものは―免震構造と一緒ですね―風が吹いても柔軟にこうして、時にはパタッと倒れてしまう。しかしまたスーッとよくなると。俺は生きているんだと、こうなった時に、風が吹いたらポキッと折れてしまうという。どちらが本当に強いのかと言ったら、仏法の世界では大力量あり、風吹けば倒ると。負けて生きる世界と。だからなかなか社会に通用しないんですけども、通用し難いように思いますけども、しかし私なんかもこんな仕事をしておりますけども、こんな仕事をまともにやっていこうとする時は、腹が据わるということがなければやっていけませんですね。腹が据わるというのは、おそらく親鸞聖人で言いますと、「地獄は一定(いちじよう)すみかぞかし」と。「地獄は一定すみかぞかし」という形で、自己の居場所を確立させると。これがいわゆる大力量のある生活ではなかろうかなということは、思いますね。だから私の中には、どう言ったらいいんでしょうね―柔軟な心―柔軟心と言いますか、そういうものがやっぱりなければ、ぶつかって歩くし、なるものも成らなくなる。そういうふうな感じが致しますですね。
 
金光:  私もいろんな方にこういう仏法の話なんか聞かして頂いているんですが、その中から受けた印象として、いわば自力無効、あるいは自我が崩壊したと言いますか、そういう世界を生きていらっしゃる方の場合は、大体人間というのは、自分の都合の良いようにものを聞き取りたい、受け取りたいという傾向がありまして、自分の枠に外れるものは捨ててしまって、自分の枠にすんなり入るものだけを受け取る、という習慣が、どうも小さい頃からできているようでございますが、その枠が壊れてしまうと、非常に視野が広くなって、「自分が、自分が」と思っている人が見る世界と、自我が壊れた人の見る世界だと、広さが全然違うなという印象を受けるんですが、そういう意味では、その自我が「こういうことをしたい」と思って、枠で受け止めている人は、それが壊れたら、私はどうしようもないと思う、そういう方向へ考え方いくんでしょうけれども、心得た人にとっては、何だまだこんなに広い世界があるではないかと。そういう気づきのチャンスが、随分この人たちは多いようだなという印象を受けているんですが、その辺はどうでしょう?
 
水島:  大体自分の人生振り返ってみましても、なんか自分で選んだような人生のような錯覚はあるかも知れないけども、どうでしょうね、好んでこういうところに坐ろうという思いもないけども、坐る時が来たら坐らざるを得ないし、坐れないと思っておっても、坐れることもあるし、だからもし自分の思う通りの形で、自分の仕事とか居場所を決めていけるんであれば、それはそういうようなこともあり得るかも知れませんけども、よう振り返ってみたら、これは何と言いましょうか、「与えられた」というような言葉でしょうか、富山や能登の言葉で言いますと、「あたわりや」と。自分の仕事は「あたわりや」と言って、文句一つも言わずに―例えば家の嫁が嫁いだお寺の門徒さんのおばあさんは、いわゆる業の生活、宿業の生活というものでありますけども、それは「運命だ」と言わないんです。「あたわりや」(天から与えられた運命・宿命のこと(厳密には「あたわりやわいね」)とこう言っておられる。それはやはり一つの解放された世界ですね。だからそういうところにおいて自分の業を尽くすということでありますので、だから私もこれはどうなるのやなということはいろいろ思います。自分もこの後どうなるのやということも思いますし、しかしそうと思うことが、大体自分の人生を自分で決めようとしているわけですから。しかし、あ、そうでなかったんだと。業も因縁の世界であって、その業を尽くす。今ここに業を尽くすんだったというところに「決めるな、決めるな」ということで一つの力強いと言いますか、そういう世界があるような感じがしますですね。だから引き受けていける力、そしてそれを引き受けて、そこに力を尽くしていける力、それは「決めるな、決めるな」という、そのような感じを私は得ています。
 
金光:  こういうおっしゃっていることが受け取れる方というのは、ほんとに幸せではなかろうかと思いながらお話を伺いました。どうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十六年八月三十一日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである