人生の秋を生きる
 
                   薬師寺管長 安 田(やすだ)  英 胤(えいいん)
一九三八年(昭和一三年)岐阜県岐阜市生まれ。一二歳で薬師寺に入寺。龍谷大学大学院修了。法相宗大本山薬師寺執事長、副住職、第一二六代管主を経て、二○○九年八月より薬師寺長老。
 
ナレーター:  今日は、「人生の秋を生きる」と題して、奈良薬師寺管主(かんす)の安田英胤さんのお話をお伝え致します。仏教が生まれたインドでは、人生を四つに区分する考え方があります。勉学し修行をする「学生期(がくしようき)」、仕事に励んで家族を養う「家住期(かじゆうき)」、林の中で瞑想をして人間性を高める「林住期(りんじゆうき)」、各地を行脚(あんぎや)して臨終を迎える「遊行期(ゆぎようき)」の四つです。安田さんは、このインドの教えに基づいて、人生を一年の四季「春・夏・秋・冬」に区分する考え方を提唱しています。二十五歳までが「春」、定年と考えられる六十五歳までが「夏」、九十歳までが「秋」、九十歳以上が「冬」と、一応の目安を設けています。安田さんが大変気にしているのは、人生の秋、つまり六十五歳から九十歳にかけての人々が、どう生きればいいのか、迷っているケースが多いということです。昭和十三年生まれの安田さんも、人生の秋を迎えています。ご自身の体験も含めて、人生の秋を如何に生きるか、お話して頂きます。宗教の時間「人生の秋を生きる」お話は、奈良薬師寺貫主安田英胤さんです。
 

 
安田:  今日は、「人生の秋を生きる」と、こういう題でお話をさせて頂きたいと思います。一体人間というものは、何歳まで生きられるのかな、と。私は小さい時からそんなことを思って、還暦を二回ぐらい繰り返されるんじゃないのかな。ということは、百二十歳ぐらいまでは生きられるんではないのかなと、こう思っておりました。ところが、最近あるお医者様の本を読みますと、「百二十五歳である」と、こう書いてありました。「それはすべての生き物が成長のピークの五倍である」と。即ち人間は、肉体的に成長するのが、ピークが二十五歳であると。その五倍ですから百二十五歳ということをおっしゃった方がおられまして、大体私とそう差はないなと思っておりました。そこで一生をどのように生きていったらいいのかなと。インドにおきまして、一生を四つに分ける。そういう生き方があるんですね。若い時は「学生期」学ぶ時期ですね。そしてそれから成長致しまして結婚をする。一家を持つ。それが「家住期」家の中で住む、そうした時期を「家住期」と申します。そして子どもも成長し、結婚してしまうと、まあ家の跡は息子に任すと。こうなると、自分の時間ができてまいりますので、今度は林の中で生活をして、静かに瞑想したりする「林住期」そういう時期がございます。そしてそれから更にインドの各地をグルグル廻って、最期の死に場所にいくと。それは遊んでいく「遊行期」とこう申します。そういうふうに昔からインドの方々は生活をしておったようであります。今でもそういうことをしている人がいると思いますけれども、それを私は学んで、そういう見方も確かに言えると思うんですが、何か一年の周期と人間の一生の周期をダブらせてみますと、「春・夏・秋・冬」というような生き方があるんではないのかなと。従って「春」は青春の時期ですね。種を蒔いてスーッと伸びていく春の時期と。子どもが生まれて成長していく過程、そういう時期を私は「春」の時期と考えております。そしてまた春が済むと夏になります。夏は大きく繁茂し、草樹木のいっぱい生長して、実を成らしながら成長していくわけですね。子孫も残すわけですが、そういう時期。先ほどの「家住期」と同じように、夏の時期は大黒柱として働いて成長していく。それが済むと秋とこうなるわけですね。秋は円熟の境地、実りの秋とこう申しましょうか。そしてそれが終わると冬ということで、冬になると葉が散って、葉が大地に落ちて腐って肥やしに変わっていくということですが、その百二十歳をどのように区分していくかと。私なりの考え方ですが、単純に四で割らなくて、二十五歳―先ほどのお医者さまにおっしゃったように肉体のピーク―細胞が分裂していくピークの二十五歳までぐらいが春ではないのかなと。春は、先ほど申しましたように、いろんなものを吸収し、いろんな体験をする。そして人生の基礎を作っていく時期ではないのかなと思いますね。そして夏になると、二十五歳から六十五歳までの四十年間、大体定年はそれぞれ会社によったり、仕事によっては定年の時期は違いますが、この頃六十五歳ぐらいまでのところもありますので、四十年間六十五歳ぐらいまでが一家の中心柱として働く、夫婦共に家庭を支えていく。子孫を残し育てて、立派に結婚させるまでの間、一人前にさせるまでの間が六十五歳までぐらいかな。この時期が大変しんどいですね。従って生活に苦しんで自殺に追いやられる方もある。そういう方もいますけども、見事に六十五歳になられた途端に、今度は秋がやってくる。今までは人生五十年ということでありまして、その「春夏秋冬」もっと早かったんですが、この頃はなんと平均寿命が男性は七十八歳ぐらい、女性は八十五歳ぐらいでしょうか、もう凄い平均寿命の延び方ですから、定年終わってから、後の生き方非常に困ってしまう。本来ならば一番良い秋の実りの時なんですものね。それをどうして生活していったらいいのかなということに悩んでいらっしゃる方が多いのじゃないかなと思うんですね。それが六十五歳から九十までぐらいが秋と、私は思っております。そして九十から百二十歳まで三十年間、これはまだ百二十歳まで生きた方はいらっしゃいませんが、おそらく今三万以上百歳超えた方がいらっしゃいますので、五十年ぐらいの間には、百二十歳までの方も誕生するんじゃないのかなと思いますが、九十過ぎますと冬。冬の生活はまた冬の生活がありますけども、今日は特に秋の生活ということに力点をおいてお話を致したいと思っておりますが、私の薬師寺という寺は、法相宗(ほつそうしゆう)という宗派の寺でございます。玄奘三蔵(げんじようさんぞう)が、中国からインドまで教えを求めに行かれた、その根本の教えは何か。法相宗の唯識(ゆいしき)という唯識学、唯識論を究めるために行かれたんですけども、その法相宗のお寺は、現在薬師寺とか興福寺がそうなんですね。京都の清水寺(きよみずでら)も同じでございまして、私は大学が京都の大学へ通っていまして、時々同じ宗派でありましたので、清水(きよみず)(寺)さんと親しくしておりました。それで清水さんにお邪魔致しまして、大西猊下(げいか)(大西良慶(おおにしりようけい):京都清水寺の貫主を務め、その晩年は日本の長寿記録保持者としても有名であった北法相宗の僧である:1875-1983)にお目にかかって話をした時にですね、「安田君、坊さんの花道は七十代だった」と、如何にも懐かしそうに―もう九十頃だったと思いますけども―「七十代が花道であった、一番楽しかった」と、こういうことをおっしゃいました。ふとそう言えば、七十代という年齢は、まだ外へ一人で出て行っても、家族は心配しませんね。お供も要らない。杖も要らない。健康でさえあれば、総合判断力も豊にできますし、〈なるほど、七十代というのは、考えてみれば良い年齢なのかな〉と思いました。でも坊さんだけではないだろうと。周囲を見渡しますと、政治家も経済人も文化人も尚七十歳で、第一線で矍鑠(かくしやく)として働いている方がいらっしゃる。そうだ七十代如何に生きているかということが、その人間の値打ちになるんじゃないのかな。そんなことを思いました。何も組織の長であるということに限りません。これは停年で辞めなければなりませんし、諸般の事情で第一線で居られないことも多々ありますが、ただ七十代を楽しく生き生きと生きていらっしゃれば、それは良いと思うんですよね。で、私は、世間を見渡した時―先ほど申しましたように、いろいろといらっしゃるなと。それで薬師寺へ昭和五十六年、七年、八年と三年にまたがって一点ずつ作品をお描きなった小倉遊亀(おぐらゆき)(滋賀県大津市に生まれ、安田靫彦に師事し、日本美術院に属する画家として活躍、女性として初の日本美術院理事長になるなど、まさに女性日本画家のトップと呼ぶべき優れた画家。また105歳の没年まで絵筆を執り続けたその生き方は、多くの人々に感銘を与えた:1895-2000)という画家から絵を奉納賜ったんですね。院展で有名な先生ですが、百四歳までお生きになられましたね。五十六年に描いた院展の絵を、五十七年に奉納頂く。五十七年の作を五十八年に頂く。五十八年の作は五十九年に頂くということで、どんな絵かと申しますと、『持統天皇像』『大津皇子像』『天武天皇像』―お描き頂いた順番なんですけども、ご奉納頂いた時に、先生に、「たくさん絵を描いていらっしゃったけども、何十代の絵をご自分が一番満足されていますか?」と聞きましたら、先生は、間髪を入れず、「七十代です。まあ拙い絵が多いんですけども、七十代が一番ましかと思っています」と、こういうようにおっしゃって頂きまして、私は我が意を得た思いで、〈なるほど、ほんとの素晴らしい方というのは、七十代を一番充実した生活ができる、そういう年齢なのかな〉ということを改めて再確認をした次第なんですね。「七十代、いやそれは理想ではあるけども、そうは言ってもね、病気というものがあってなかなかそうもいかないよ」と、言われてみればそうなんです。だから七十代如何に生きるかということは、その如何に健康を保つかということが大事なんですよね。自然に体力は衰えてきます。衰えていくことはやむを得ませんね。記憶力も衰える。耳も衰えてくる。いろんなものが衰えてくる。そうした肉体的なものは衰えていくんですが、精神的なものは、ストラッツの「生活曲線」というのがありましてね、それが八十三まではズーッと伸びていくんですね。それであんまり落ちてこない。肉体は二十五がピークで、グーッと急カーブで下りてくると申しますけれども、その七十代は健康さえ保てれば非常に有意義な生活ができる筈なんですね。で、体力も衰える、収入も減る。こうマイナス面ばっかり考えているならば寂しいんですけれども、停年の六十五歳まで、今までできなかったことをこれからやるんだとか、何か新しいことでチャレンジをして貰ったらいいんじゃないかと思うんですね。よく「3K」というと「汚い・きつい・危険」とあんまり良い方に言いませんが、人間は「3K」と申しまして「感謝・関心・感動」と。「物事に感謝する」こと、「ものを見たら感動する」ということですね。それから「いろんなことに関心を持つ」ということ、こういうことが大事じゃないのかな。いくつの歳になっても、もうダメだと思ってしまわないで、花が咲けば、〈ああ、美しい花だな〉と、花に感動する。景色を見ても感動する。あるいはこうして元気でいられるのも、いろんなお蔭で生かされてきたんだな。病気をしても、医学の進歩で今日まで健康が保てたな。普通ならばとても治らなかった病気が、今医学の進歩、あるいは薬の進歩で治ってしなったな。良い時に生まれたんだな。何かプラス思考に捉えながら感謝をされるんですね。あるいは歳いったらダメだと思わないで、確かに記憶力は衰えるけれども、違ったこと、今まで苦手のことにチャレンジしてください。そうすると頭は活性化するということを言われておりますね。今までやったこともないことに関心を持ってチャレンジする。例えば英語なんて話したことないけども、英会話をちょっとやってみようとか、今流行のパソコンもちょっとやってみようかとか、そういう苦手なことにも、あるいは歌なんて歌ったこともないけども、歌を歌ってみようかとか、ということをされると、脳の活性化にも繋がりますね。それと脳も大事ですが、全身の肉体がやはり健康大事です。私は健康法ということもよく考えるんですよ。私の寺はお薬師さまがご本尊でありますから、身心の病を癒やして頂く仏様ですので、その寺の坊さんが病気で寝ているというのは、ちょっと申し訳ないと思うんで、できるだけ健康法には留意し、定期的な検診もして、健康に努めておりますが、健康を保つためには、三つの方法があると思うんです。一つは、お食事です、食事の仕方です。何を食べるか、一々細かいことは言いませんが、バラエティーに富んだものを量を少なく頂くということではないのかなと思いますね。「腹八分目で医者要らず。腹六分目で老いを知らず」と。これは九州大学の池見酉次郎(いけみゆうじろう)(心身医学、心療内科の基礎を築いた草分け的な日本の医学者:1915-1999)先生の話を聞いたことがありますけども、やや少なめの方が良いようであります。私どもは、お食事を頂きます時は、お経をあげて頂くんですが、このお経の中に「五観の言葉(食事法五観)」というのがありましてね、その中の四番目に、「正(まさ)しく良薬(りようやく)を事(こと)として形苦(ぎようく)を済(すく)わんことを取(と)る」良い薬と思って、良薬と思って、食事を頂きなさい、とこう書いています。良薬です。薬です。薬というものは、私たちの病において薬を頂きますね。だから間違って薬を飲んだらダメですよ。薬というものはそうですね。内容が大事ですね。それから分量が大事ですよね。分量を多くしてしまってもダメなんです。睡眠薬を飲み過ぎたら永眠薬になってしまいますからね。あるいは時ですね。食前、食間、いろいろありましょうけども、そういう時、三度三度の時と。そして食事は、「量と時と内容」をよくわきまえて頂く。これが先ず第一。これ日本は世界一長寿国ということは、食料が豊だからですよね。食べるものがなかったらとても生きられませんものね。そういう食糧難で、八秒に一人子どもが今地球上で亡くなっているんですから。八秒に一人子どもが死んでいるんですよ。食べるものがあり、医療があり、あるいは治る方が死んでいく。そういう点では、日本はもう捨てるほどある。勿体ない話ですわ。そのお食事を美味しいと思って感謝して頂くんですよね。そういうお食事の仕方、食べ方。それから二つ目が、適当な運動ということが大事かなと思いますね。ジッとしておってもダメで、あるいは過激な運動もダメですが、その人に応じた適当な運動。歩くことが一番良いんじゃないかと思いますが、出来れば一日一万歩、万歩計を付けて歩かれる。私は毎朝ですね、四時に起きているんですよね。四時に起きまして、NHKのラジオ深夜便を聞くんですよ。良い話がいっぱいあります。その話をジッと聞いていたら、また何となく眠くなっちゃいますし、退屈ですから、ベッドの上で、布団の上で、いろんな真向法(まつこうほう)とかヨガの体操をするんですよ。そうすると聞きながら耳から栄養を頂き、身体の柔軟体操をして、両方とも健康によろしいですね。そして五時の勤行―大体深夜便の心の時代は四時五十分ぐらいに終わるんですよ。で、十分かけてお堂にまいりまして、お堂で三十分間お経を上げますね。奈良のお経は非常に音楽的なお経もありまして、節回しもありまして、息の長いお経もありますね。お経さんあげていると、知らん間に複式呼吸と申しまして、フーッと息が切れるまで唱えて、また吸ってやりますから、ほんとに複式呼吸をしているんですね。「南無帰命頂礼浄瑠璃浄土薬師如来・・・」(お経を唱える)と歌うように、そして今度講堂で三十分、書道三十分、境内は広うございますから、歩いていると、知らん間にジョッキングじゃないんですけども、万歩計を付けていますと、朝九時ぐらいまで五千歩ぐらい歩いていますかな。知らん間にウオーキングしているわけです。歩くということは健康によろしいんじゃないでしょうか。繰り返しますね、「お食事のこと」と、二つ目は、「運動」を申しましたね、三つ目が、「心の持ち方」ですよね。如何に心を持つか。先ほど申しましたような、「感謝の心」が大事ですよ。そしてまた自己中心的な気持ちをできるだけ持たないようにして「思いやり・慈愛の心」。人に対する慈悲の心を目指していくことが大事じゃないかと思いますね。感謝は、私どもあちらこちらへ行っていますが、ほんとに日本は今歴史を見てもこんな豊かな時代はありません。いろんな事件が起きますけれども、感謝の気持ちを忘れたんでは絶対にいけないと思うんですよね。感謝の心、有り難いな、こんな時代に生まれて有り難い有り難いな。「こんな時代は生きたくない」とおっしゃる方があるかも知れませんけども、世間―世の中は、人権とか自由とか平等という点においては、確実によくなっていますよ。そうした面においてはよくなっている点もあるんですが、こう犯罪の事件が毎日のようにあります。これは昔もあったと思うんですよね。ただ昔は今日ほど情報が多くなかったものですから、まあなかったように思うかも知れませんが、ある方に聞きますと、「犯罪は半分に減っている」というんですよね。だからまあ私はよくなっていると思うし、昔ならば植民地政策―こんなこと許されません。そういうようなことも、いろいろありますように、今の世の中はよくなっていると思ってくださいよ。そしてまたこういう感謝の気持ちを持つと同時に、生かされているならば、また他を生かしていくという思いやりの気持ち。自己中心的な欲望が、人間に必ずあります。この欲望は無くなりません。無くなりませんが、少しでも人への思いやる気持ちを持つ、そんな心も人間は持っておりますから絶対にあるんです。例えば子どもさんがお年玉貰って喜ぶ。子どもは貰って喜ぶんです。大人は、お年玉を与えて子どもや孫の喜ぶ姿を見て喜ぶ。与える喜びが本当の大人の喜びなんです。大人の心ですよね。ですからそういう気持ちを少しでも持つことが結局苦しみから解放されていくんではないのかな。自分だけがこんな苦労している、辛いと思っているんじゃなしに、絶えず感謝しておられますと、周りから励まされるんですよね。歳召されて一番寂しいのは孤独ですよね。「孤独地獄」と言われます。人間も存在感。歳いったらだんだんできなくなりますよ、何もかも。だけど何ができるか。感謝はできるんです。笑顔はできるんですよ。家族とのコミュニケーションはできるだけ持ってください。そして励まされたならば、また生きる意欲も燃えてくるというものでしょうか。できるだけ身体の動く間は、もうボランティアですな―与える喜びの、そういう仕事をやってください。人間変わりますよ。人の喜ぶ姿を見ていると。自分も嬉しい気持ちになって、豊かな気持ちに変わってくるんですね。そういう気持ちを持ち続けることが。そして病気をしますよね。「生・老・病・死」老いがきて、病がきて、最後は死んでいくんですが、老はやむを得ませんね。病もやむを得ませんが、病気は、中にはせずして亡くなる方もある。大方は最晩年は病気になりますけれども。病気になった時の心得をちょっと申しておきましょうか。これは秋に関わらずいつの時代でも共通です、若い時でも病気はしますものね。私は、衣を着て病気見舞いに行くんです。多少気を使いますけどね。〈何号室へ坊さんが入ってきはったんで、あの部屋の方は亡くなった。もう最期かなと思われはせんか〉と思って、気は使いましたけども、患者さんに対して療養の仕方を申します。先ほど申しましたように、感謝なんですけども、何に感謝をするか。お医者さまも、看護師さんも、周りの人々みんなあなたを治そう治そうとして努力しているんですよね。お医者さんもあの手この手を使って治したい。だから私は、「お医者さまをお薬師さまと思ってください」というんですよね。それから「昼見てくれる看護師さんは日光(につこう)(菩薩)さんだ。夜検診などしてくれる看護師さんは月光(がつこう)(菩薩)さんだ。その他料理を拵えてくれる人、掃除をしてくれる人、周りの方々を十二神将と思ってくださいよ」と。そしてその方々に、もうあなたは何もできませんから、感謝以外にないでしょう。肉体自身は治ろう治ろうと軌道修正しようと思って努力しているんですよね。そういう中で、自分は何ができるか。あの方々に感謝の言葉を掛ける以外にないではないですか。何故自分がこんな病気になったのかな、と考えてみても病気は結果ですから。なかなか治らないから、病院は悪いとか、藪医者ではないかと疑ってみたり、看護師さんがちょっと注意したら、態度が悪いと怒ってみたり、料理が不味いから家から持って来いと言ってみたりする。不平不満で入院していたら絶対によくなりませんよ。感謝をしながら、そして自分自身を見つめ直す。今日までの生活を反省する。そんなことをなさいますと、早く病気も快癒してくるのではないかと思いますね。こうして話をしてまいりましたけども、人生の秋というのは、肉体はダメですけども、精神的に最高の価値が発揮できる歳なんだと自信を持ってください。自分の限りあるいのちですけども、その秋を満喫をして頂きたいと思いますね。今日はどうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十年六月十五日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである