生活相談50年の現場から
 
              とげぬき生活館相談所館長 坂 口(さかぐち)  順 治(じゆんじ)
昭和七年、奈良県生まれ。関西学院大学文学部心理学科卒。同大学院文科研究科心理学専攻修士課程修了。ミシガン大学大学院修了。立教大学教授を経て、平成一二年平安女学院大学学長。著書に「職場の人間性回復」「職場活性化への挑戦」「実践・教育訓練ゲーム」ほか。
              き き て        上 野  重 喜
 
ナレーター:  今日は、「生活相談五十年の現場から」と題して、とげぬき生活館相談所館長の坂口順治さんにお話を頂きます。坂口さんは、今年八十二歳をお迎えですが、文学博士で専門は教育心理学、長く立教大学教授や平安女学院大学学長などをお務めになり、その一方東京巣鴨(すがも)のとげぬき地蔵で知られる高岩寺(こうがんじ)のとげぬき生活館相談所で無給相談のボランティアを五十年にわたり続けてこられました。坂口さんはまたYMCAや勤労青少年など若者の活動の指導者としても活躍してこられました。坂口順治さんに上野重喜ディレクターがお話を伺います。
 
上野:  今日は、坂口先生に、「生活相談五十年の現場から」ということでお話を伺うんですけれども、先生は巣鴨のとげぬき地蔵で有名な高岩寺さんの「とげぬき生活館相談所」の館長をなさっているんですけれども、ここでもうボランティアとして五十年間生活相談をなさっている。
 
坂口:  そうですね。ちょうど私は、五十年になりますが、始まったのは一九五九年なんで、四、五年遅れてボランティアで、たまたま知り合いが、親子関係とか、その頃まだ問題になっていなかったと思うんですけども、子供の暴力問題とか、不登校とか、そういうことをアメリカで勉強したことが活かされるかも知れないというんで、来てくれないかということで、それがきっかけでございました。そのうちに大学紛争等々があって、勤めておった学校を変わりましたら、その変わった学校が相談所のバックアップを全面的にやっていたもんですから、そこへのめり込んで、そのままずっとちょうど五十年ぐらいになるというところです。生活館相談所になっていますから、おかしな言い方だと思うんですけども、生活館としてはいろんな近所の人の社会奉仕をするという形で、宗教の宣教というか、布教するという形でなくって、むしろ純粋に地域の人たちに奉仕したいという気持ちで始まったんですね。ですから子ども会や婦人会や、あるいは経営のやり方、そして法律相談とか宗教的な悩みとかをいろいろやってみたんですね。その中で残ったのが―残ったというよりも発展してきた事柄が相談所としてあるんですね。ですから生活館相談所館長になっているのは、その意味で若干矛盾しているんじゃないかという人もいるんですけども、現在は相談所では、「宗教と法律と人生」という三つに分けて、それは一つの糸口であって、例えば離婚の問題にしても、法律の問題よりも、その前に人間関係の問題で解決するかも知れないという時には、法律相談をやっている弁護士さんから人生の方にバトンタッチする。あるいは一緒になってチームワークでやっていく。あるいはそれは宗教的な問題であるということがあったりするわけです。そういうようにチームワークをもってやっていると。現在十一人ですがね。そこには弁護士さん、僧侶の方、そして私のような心理学的な者、医療関係ですと社会福祉の専門家というような形で構成された相談組でやっています。四万五千ぐらいですかね、始まってから。年間六○○人ぐらいが来られております。
 
上野:  とげぬき地蔵の境内には、お年寄りが群がっていらっしゃるというか、三々五々集まって来て和やかに話をなさっておられますね。
 
坂口:  そうですね。昔は「おばあちゃんの原宿」というので一躍有名になりまして、それでウンと人が増えたんですね、そういう時代がありました。今もおばあちゃんを中心にしたおじいさんも増えましたし、この頃若い人も増えて来ております。ベンチで寛ぎながら話し合うことで、同病相憐れむというか、同心相哀れむというんですか、そういう形はもっているようですね。
 
上野:  人生相談、先生は特にやっぱりとげぬき地蔵の生活館では、やっぱりお年寄りが多いかと思うんですけれども、この五十年間、時代も移り変わりましたけれども、その間の変遷、そして最近の相談の現状というようなことを教えて頂けますか。
 
坂口:  私も若い時から始めて、今もうこんな年寄りになったんですけども、大まかに言えば、三つの段階があったように思うんですね。第一は、大体六十五歳ぐらいが平均年齢のおばあさんが多かった。それが昭和三十年代から四十年代、五十年代ぐらいは、もはや戦後でないという時代なんだけども、そのおばあさんたちが受けた教育というか育ってきた環境というのは、戦中・戦後、そして戦後の混乱ですね、こういう時でした。ですから例えば離婚なんていうのは考えられない。姑にやられているけれども、どうにもならない。忍び難きを忍んで生きるより手がないという、そういう時代だったと、社会の風潮としてはですね。
 
上野:  女性は堪え忍ぶという、
 
坂口:  そうですね。忍従の世界の中でなんとかそこを乗り越えていこうとする。その時に相談に来られることが時々あると。そうすると参って気持ちを整理するという、そういう相談が多かったですね。相談の仕方も癒やし、まあ癒やされる。あるいは和むということによって問題を解消していくような形のご相談が多くありましたね。それから経済成長に入った頃から出てきたのでは、私は、「自分探し」が多くなったのかなと。民主主義の教育を受けたおばあちゃんたちが増えますね、おじいさんもそうですけども。そうすると、自己主張が出てくる。その自己主張を完遂したいと思うけれども、なかなかこうはいかない。そして近所との付き合いも、まあまあということがだんだんなくなって、ちょっと音が大きいからどうだとか、そういうような相談が多くなりましたですね。勿論離婚も、停年離婚と言いましょうか、こういう形が多くなりましたですね。従ってなんというのか、毎日うろうろしている旦那が嫌になったとか、なんとかしたいということでしょうし、自己主張というのは、そういうことで現れますし、また社会でも言われていることですが、嫁と姑との関係が、以前のように忍んでいくという時代ではなくって、互いに別れていくように、あるいは敵対したままいるというような形が多くなって、もう姑のお墓には自分は入りたくない。どうしたらいいかというようなことも出てきたりしておりましたですね。法律相談もそういう形は、いろんな形で、夫婦関係とか家族関係も複雑になってきておりますし、特に相続問題なんていうのは、そういうところをもっているような感じが致します。そして今、私が現在相談しながら、自分自身が学んでいることですけども、現代というのは、自分をもう一度見直す時代にきているんじゃないだろうかと思うんですね。一つは、原発の問題―福島原発の問題、それから原子爆弾の被爆国である私たちを考えた時に、人の命というのは、どういうものかと。科学が進んで、科学的に分析するのが相談だと思うことがありましたけども、むしろそれを越えた命の繋がり、命の尊さというのを、お互いに話し合って知っていくというような方向へきているような感じが致します。特に長寿社会になったということ、平均年齢が男ですら八十を越えましたからね。そういう八十歳を越えた平均年齢、お年寄りというのは、なんといっても死を考えている。死と生とを考えているということが多いんですね。その相談が多くなりましたですね。それはとにかく私は早く死にたいけども、もう生きることは十分生きたんだけど、早く死にたい。死にたいんだけど、どうしていいかわからない、というような悩みということがあって、病気ということも含めながら、その人たちの棘を抜くというんでしょうか、そういう形はどういうふうにとっていくかということが、私たちの今やっている事柄でもあるんですね。そういう意味では自分がわからなくなった不安さというのがあるような感じは致します。そういうのが現状としてありますね。その例として挙げるならば、かつては「しっかり婆さんダメ息子」というような言葉で言っているんですが、お母さんがこういう生き方だけが生き方だと、昔の教育を受けていますから、四十を過ぎてダラダラしている息子を見ている。職にも就かない。どうしてだろうと。自分の貯めた貯金と年金で息子はゴロゴロ家にしていると。なんと社会に申し訳ない。お上に申し訳ない。どうしたらいいだろうという相談から、今度は娘の方が自立してきて、それとはまた違いますけども、ケースとしては、最近出てきた「チャッカリ娘オロオロ婆さん」というように、そのせっかく上手く育て、自分の老後を見てくれると思っていた子どもが、「お母さん、年金もあることだし、一人で生きなさい。私は独立していきます」というので、そういうので悩んで不安を持っているという方もおられます。それが現代の不安な時代のあり方ということも、私はどうしていいかということを一緒になって考えているというところがあります。そういうように相談活動を進めているんですけども、以前はどちらかというと、相談活動というのは、情報や知識を提供していく。私たちの専門分野の中で、例えば福祉の場合には、「こんな福祉の便宜が図られましたよ、法律が変わりましたよ。だからこちらに相談に行ったらどうでしょうか」という、情報提供をする。来られた方からいうなら、学びの場所であったと思うんですね。それと第二番目には、私は相談の働きとしては、癒やしと言いましょうか、ヒーリング(healing:癒やし。心理的な安心感を与えること)と言っていいかと思うんですが、問題を抱えている。それを話し合うことによって解消していく。そういうことで情動的な通じ合い、情感の通じ合いの中で自分が落ち着いていくという、こういうのが多くなりましたし、そして今三番目には、私は相談の働きというのは、創造していく、新しいものを自己発見していく。こういうことがあるんじゃないかと思うんですね。例えば三角(△)だと思って、自分の枠組みを考えておったけども、話し合っているうちに、この場合は四角(□)の自分でないと上手くいかないんじゃないかというように、自分を感じ取って頂くならば、その方が適応し、また新しいことができると、こういうことがあったりするんですね。そういうようないろいろなものが入っていまして、私自身がそういう中で悩んでいる人たちから学ぶことも多いわけですね。
 
上野:  先生は、この五十年もズッとボランティアでこの相談を続けていらっしゃる相談は、勿論無料でされているそうですけれども、先生が続けて来られた背後には、先生ご自身が学びになるというのがありましたですか。
 
坂口:  ありますね。それは私が経験できない凄まじい経験というものを乗り越えてこられているという方も多くありましたし、そういうことを逆に聞かせて頂くことで学んでいるということが、人生が豊になっていく一つのもののようにも感じましたですね。
 
上野:  そうしたことでこの相談を長く続けていらっしゃるんですけども、先生はこれを今はとげぬき地蔵さんのお寺の中の相談所でやっていらっしゃいますが、先生は本来立教大学の教授を長く続けられて、それから京都の平安女学院大学の学長をも務められて、クリスチャンでいらっしゃるんですけれども、今はそうしたお寺でご相談をなさっている。そして先生は、過去において戦争時代には軍国少年でいらっして、その大きな価値の転換があった、そうしたことが心理学へ進まれた一つのきっかけだったというふうなことをちょっとどっかでお話になったのを拝見したことがあるんですが、その辺の?
 
坂口:  そうですね。旧制中学の時に、戦争中から戦後に変わりました。「軍の学校に行きなさい」と、勧めてくれた先生が、ある時「お前たち、もうストするから学校へ来なくていい」と言われた。そういうことがいくつか、例えばそういうことがあって、自分は何で生きているのか。どういう価値があって生きられるのかということを中学生なりに考えました。文学的には、そのちょっとしてからですが、太宰治(だざいおさむ)の自死があったりしましたし、まあ混乱の時代だったと思うんですね。そういう時に、YMCAの関係のキャンプとか、学習会とか、社会奉仕活動というのに参加しまして、いろんな人との付き合いが、私にとっては学びになってきた。アメリカに行きまして、そういう関心を持っておったもんですから、心理学を勉強して―心理学というのは、今だから言えることですけども、当時は全部数量的に計ることでした。人間性というものを武器にしている感じがしました。そういうことがあって、私は心理禅ということがあるんじゃないだろうかと思って、永平寺へ参禅に行ったことがあるんですね。
 
上野:  禅宗のお寺ですね。
 
坂口:  そうですね。永平寺のお寺に行きました。たまたまとげぬきという高岩寺は、永平寺派の禅寺なんですね。偶然のご縁とは思うんですが、そこで何かわからないけど気持ちがスーッとしたことがありました。それがちょうどアメリカにおる時には、鈴木大拙が禅の本を出しておりましたし、西田哲学に興味を持って、高校時代は一つの流行でしたけどね、キルケゴールのその『美的実存』とか、『倫理的実存』『宗教的実存』と、そういう本を難しくて何にもわからなかったんですけど、感覚的に読んで、こういうものに関心を持っておったと。そういうのが一つのきっかけでした。そしてこのことに関わるようになった時に、お寺としておっしゃったことは、「自分はキリスト主義の学校の教師もしています」ということを言いましたけども、「それはいいですよと。ここは独立して社会奉仕するんですから、どなたもいんんですよと。しかもあなたは宗教性ということを関心を持っておられるから共通項があるんじゃないでしょうか」。こういう考えになって懐の深いことをおっしゃってくださって、館長も引き受けたという形でありますね。当時はやっぱり唯物論が若い学生とか若者の知識層の中心でありましたけども、私はそれを唯神論とか言いませんけども、そうではないんだと。人間を超えた力というものを、我々大事にしたいんだと。そういう気持ちが強かったですね。そういうことから、人と付き合うことが大事だと思いました。アメリカへ行きましたら、留学しているうちに、一つ出くわしたのは、私は、「グループダイナミックス」を学んできたんですね。しかも応用です。「応用」という言い方は、日本の言い方なんで、「実用と理論というか、実践と理論というのはくっついているものだ」ということを教えられました。そして同時にもう一つは、人間関係というのは、数字で表せない関係が、ものがたくさんあるんだと。だから量的に計ることじゃないですね。質的な問題ではないか、ということを目覚めさせて頂きました。それがリーダーシップ・トレーニングの一つの手法として教育心理学の応用になったんですね。それを日本に紹介する機会を得ました。私は、そういう人間関係によって変わっていくものは、統計的にどうこういうことじゃなくって、一人ひとりのいのちの関わりの仕方によって変わっていくんだ、というような大きな学びだったんですね。それが今も続いているわけですね。私とあなたの関係を持とうと。私たちは、人間を見る時に第三者的に見ます。「あの人はこういうタイプの人だとか、あの人は年齢いくらだとか学歴がどうだとか。そうじゃなくってその人が生きているという姿をダイレクトに関わるということがまあ大事なんで、関わることによって変わっていくわけですね。それが一対一が、三人とか五人になっていけば、それが増えるわけですね。二乗倍ぐらいになっていくと。ですから人間関係がかけ算になっていく。かけ算が二乗倍というような形で増えていく力が、そういう力の関係をグループダイナミックスで、結果として大事じゃないかというのを見ていくのが、グループダイナミックスなんですが、私はそのプロセスを大事にしたいと思っているわけですね。だから結果が出た。経過がこんなんだというのが、グループダイナミックスの評価の一つの仕方なんですけども、私はその中で変化が生じる、あるいは新しいものを生み出す力が出てくる。人間性のいのちというものがいろいろに変わっていく。発想もそういうところからも出てくるんじゃないかと、そういうふうに考えているわけです。それをリーダー自身が上手くやっていくと、身に付けると、部下を育成する場合も変わってくるという形で、日本に紹介する機会があったんですね。まあ平たく言えば、横文字を縦にしたようなものなんですけども、そういうのは、私にとっては人間関係の大事さが、今言ったものと繋がっていると見ていいと思います。
 
上野:  そうしますと、それで先生は、勤労青少年の問題とか、集団就職で来た多くの青少年の問題とかは、グループ・ダイナミックスで一つのグループを作るという形で、
 
坂口:  そうですね。「グループワーク」と言っていいんでしょうけども、働く若者たちが、集団就職の時代ですね、ボランティアでみんなでその憩いの場所を作ったりして、その時に私は、「コーヒーバーカウンセラー」というのをしたんですね。「コーヒーバー」というのは、要するにコーヒーを飲んで、ちょっと東京の味を知るということができるということですね。それをアンケート取りましたら、東京で何したいかというと、コーヒーを飲みたい。そしてガールフレンド見たい。こういうことだったんですね。それで話し相手になるのにやはりお茶ガールともっと違うということで、そこで来た連中に一緒になって、彼らに寄り添えながら、コーヒーバーのカウンセラーしながら、そこでグループができます。そしてそうすると、そこでお互いに情報交換ができますし、新しい力が生まれてくるという、そういうことをやりました。それが法律に取り上げてくださって、「勤労青少年福祉法」というのができたんですが、私がYMCAに関わったこと、それから永平の時代に禅を組んだこと、そういう中で自立更生と申しましょうか、自分自身がアイデンティティ(identity:主体性、自己の存在意識)をもつということが大事だという中に、アメリカに行って、全く日本と違う世界の中で揉みくちゃにされながら、自分というものを見ていった時に、あんなに自由でありながらも、アメリカでは働いている若者というのは虐げられている。声なき声としても聞けない状況がある。民主主義で公平だと言いながら、そういう世界があることを見てきたわけですね。アルバイトもしていましたのでよくわかるんですね。帰って来ましたら、その集団就職列車の中での動向で、先ほど申しましたような声なき声の働く若者たちのセンターを作っていったと。それが一つ、私にとっては大きな事柄であったんですね。それはシュプランガー(ドイツ教育学者、哲学者、心理学者:1882-1963)というドイツの心理学者が、「若者は自立をしたいと思って行動するけれども、影に大人の支援が必要なんだ」と、彼は言っていまいたね、一九二○年代でしたけども。私は、そういう声なき声のその後もっと働く人の有様、人間の姿というものにもの凄く同感するものを感じました。もう文句も言わないで低賃金でやっているその人たち、いわば社会的な弱者ですよね。そういうところを何とかしたいと。精神的な自立というのを図りたい。そういうつもりが青少年に関わる大きな形で、しかもいろいろやることよりも、友だち関係の中のリーダーになっていくことが大事じゃないかということを思いました。
 
上野:  ひらたく言うと、一つの心の友だち作りということにも繋がると思うんですけど、それはやはり今お年寄りを大勢お相手になさっていますけれども、そのお年寄りにもグループワークというか、有効でございますかね。
 
坂口:  それは女の方には非常に上手くいっているような感じがするんですけども、男の人はどうだろうかという感じがありますね。
 
上野:  濡れ落ち葉なんていう言葉がありますけれども、やっぱり客観的に先生ご覧になっていて、男性の方が友だち作り、老後の友だち作りとか、そういうのは女性に比べて下手ですかね。
 
坂口:  下手ですね。何たって世間を知らなすぎるのかも知れない、私も含めてですね。
 
上野:  社会的には活動した人々が多いでしょうけれども。
 
坂口:  ええ。それは仕事としてやっているでしょう。だから地域で生きるということのための、今あまり関心がないという。これからちょっと変わっていくと思いますけどね。
 
上野:  そんな中で先生は、いろいろ多くの方々の相談にのっていらっしゃるんですが、先生の相談の根底にある人生哲学というか、
 
坂口:  難しい話になりますね。そうですね、私は基本的には一人ひとりは未熟なものだと。お互いに関わり合うことによって大きな働きがある。ヒューマニズムもそうですが、そういう形がありますが、もう一つそこに、いのちといのちが触れ合うという、心の友だちができた時には、そこに大きな意味を超えた力が働いてきてくれる。逆の言い方をすれば、お互いが生かされている。生きているんじゃなくして、生かされていっているという人生観には、自分自身の体験もあったわけですし、そうした大いなる力が働くということ、あるいはそれを知ることによってお互いがまた変わっていく。そういうところに人間の意味があるし、私は宗教というものが、いつもそう関わっていることが大事だと思っているわけです。ただ単にお葬式だけとか、そういう時だけ関わるんじゃなくって、日々今ここに生きていることの中に生かされているという喜びというのを感じることが、私は大事だと思うんですけれども。
 
上野:  それはやっぱり先生の根底におありになる。先生はクリスチャンでいらっしゃいますけど、相談の時には勿論宗教性を出さないんですけれども、その根底にやはり生かされているという、
 
坂口:  そうですね。それは仏教であろうと、キリスト教であろうと、他の宗教であろうと、同じことのように思います。個人から見た場合ですね。まあ信奉的といった方がいいかも知れませんね。宗教というと社会学的な捉え方をしますから。
 
上野:  先生は、本質的にはクリスチャンでいらっしゃいますけど、そして仏教にも非常に関わりをお持ちになっているんですけれども、そうした数々の相談にのっていらっしゃる中で、そして今の人々の苦しみに直面しておられる中で相談の現場からの私たちへのアドバイスを頂ければ有り難いんですが。
 
坂口:  そうですね。私は、「忌憚なく話し合える仲間を持つ」ということじゃないだろうかと思うんですね。「近くに心の友だちを持とう」という運動をした方がいいんじゃないかと思ったりもするくらいですね。今の生活の中には家庭がなくなりつつある。子どもが少ない。ほとんどがIT、パソコンを含めた自分で完結した生活をして、全人的な関わり合いというのをしないんですね。言ってみれば、アナログ的な発想かも知れません。けれども、私たちの相談が、メールや電話相談をしないのと同じように、五官で感じ合える関係を持つということを努力するということが、今の課題かも知れないと思うんですね。そういう意味で、今質問してくださいました今の我々のあり方ということで、できるだけ心の友を持つように働き掛けたらどうでしょうかと、そんな感じは致します。それが地域の社会の中の活性化にも繋がっていく問題ではないだろうかと思うんですけどね。
 
上野:  そうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十六年九月二十一日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである