禅の心と暮らし
 
                    花園大学教授 中 尾(なかお)  良 信(りようしん)
一九五二年兵庫県生まれ。一九七五年駒澤大学仏教学部仏教学科卒業。一九七七年駒澤大学大学院文学研究科仏教学専攻修士課程終了。一九八○年駒澤大学大学院文学研究科仏教学専攻博士後期課程単位取得満期退学。一九八○〜一九八九年曹洞宗宗学研究所に勤務。一九八九年花園大学文学部仏教学科専任講師、一九九六年花園大学文学部仏教学科教授(現在に至る)。二○○九年花園大学人権教育研究センター所長(現在に至る)。
 
ナレーター: 今日は、「禅の心と暮らし」と題しまして、花園大学教授中尾良信さんにお話頂きます。よく訳の分からない難しい話を言い合うことを「禅問答」と呼びます。「禅問答」の本来の意味は、禅の修行者がさまざまな疑問について問答することで、自分自身の生き方を見つめるものです。「禅問答」の言葉が一般化しているように、禅の教えは古くから日本の暮らしにも深く浸透し、私たちが日頃使っている言葉の中にも多く見ることができます。中尾さんは、禅で使っている言葉が本来とは違う意味で使われていることもあり、禅で使う本来の言葉の意味を知り、暮らしに活かしていくことが大切だと言います。経済優先の社会になり、インターネットが普及し、ネットの上だけで他人と関わることも多い現代社会では、自分の生き方を見つめ直す機会が少なくなり、孤立し、思い、悩み、ついには自分を見失う人が増えていると、中尾さんは感じています。中尾さんは、一九五二年(昭和二十七年)兵庫県生まれ。駒澤大学大学院博士課程満期退学。駒沢大学非常勤講師を経て、現在は花園大学文学部教授を務め、兵庫県加古郡稲美町(いなみちよう)の曹洞宗清久寺(せいきゆうじ)住職でもあります。それでは、「禅の心と暮らし」花園大学教授中尾良信さんです。
 

 
中尾:  禅宗における大切な修行の一つに、いわゆる禅問答があります。一般に禅問答というと、ちんぷんかんぷんなことを「禅問答のようだ」と表現したり、落語のコンニャク問答が、コンニャク屋の六兵衛(ろくべえ)と永平寺の雲水と名乗る僧との会話がまったく噛み合わない様相を面白く語るように、意味不明なものの喩えともされています。ちぐはぐなやりとりの後に「喝(か)っ!」と大声を発したり、あるいは師と弟子が殴り合ったり、時にはものも言わずに立ち去ったり、禅問答として伝えられている禅僧の行動は、実に唐突で奇妙なものに見えます。では、一見ちぐはぐに感じられる禅問答ですが、そこにはどんな意味が込められており、それは何を伝えようとしているのでしょうか。禅問答が難解なものである半面、禅の言葉は、私たちの普段の生活の中で頻繁に用いられています。中には、意味が変わってしまったり、禅の言葉であることが忘れられているものも少なくありませんが、そうした言葉の本来の意味を理解すれば、禅問答が言いたいことの一端に触れることもできるし、禅の教えを私たちの生活の中に活かすこともできます。今回は身近にある禅の言葉の意味を理解することをきっかけとして、禅の教えが決して難解なものではなく、日常の暮らしと密着したものであることをお話したいと思います。私たちが漢字で書いている「禅」という語は、もともとサンスクリット語の「ディヤーナ」(Dhy?na )の音写語、つまりインドの原語をそのまま漢字で表記した言葉です。意味としては、心と身体を統一して瞑想することで、それが意味を示す「定(じよう)」定まるという字と合わせて「禅定(ぜんじよう)」となり、省略されて「禅」となりました。具体的な行(ぎよう)としての坐禅は、仏教成立以前の古代インドから存在したものです。仏教の思想としての禅、あるいは宗派としての禅宗は、間違いなく中国で成立展開したものですが、禅宗においては、宗派の源をお釈迦様が菩提樹の下(もと)で坐禅をして悟りを開かれたことに発する、としています。禅宗ではよく知られているエピソードに、お釈迦様が説法された時、目の前の花を摘まみ上げられて微笑んだところ、摩訶迦葉(まかかしよう)という弟子だけが、お釈迦様の言いたいことを理解し、微笑み返したので、彼を後継者に指名した、という話があり、ここから「以心伝心(いしんでんしん)」の語が生まれたと言われています。また禅宗では、真の教えは言葉では表せないし、経典などの文字が真理ではないということを説いて、それを「不立文字(ふりゆうもんじ)」文字を立てない、と言います。但しお釈迦様のエピソードにしても、禅宗のスローガンとしての「不立文字」にしても、盛んに用いられるのは、宋代(そうだい)―日本でいうと、平安時代後半から鎌倉時代にかけての頃で、初期の禅宗では「不立文字」よりも、むしろみなさんがよくご存知の「言語道断(ごんごどうだん)」という言葉の方がよく用いられていたようです。つまり私たちが「とんでもない」という意味で使っている「言語道断」の語は、禅の言葉としては、「言葉で言い尽くせないほど素晴らしい」という意味になります。中国の禅宗を開いたとされる達磨(だるま)(中国禅宗の開祖とされているインド人仏教僧)とその弟子との間で交わされた問答で、弟子が達磨に、「仏法を学んでも心の不安を断ち切れないので、何とかしてください」と言うと、達磨が、「ではここに心を取り出しなさい。私が不安を取り去ってあげよう」と言い、弟子が、「心は取り出せるものではありません」と答えると、達磨は、「君の不安はもう消え去ったよ」と言ったというものがあります。また中国禅宗の六代目で、今日まで伝わっている禅宗の基礎を築いたとされる慧能(えのう)(638-713)という僧にも、心に関するエピソードがあります。一つは、慧能の師が弟子たちに「君たち、修行した結果、会得した境地を漢詩で表現しなさい」と命じたのに対し、一番弟子と目されていた僧が、「心は鏡のようなものだから、埃が付かないように、常に拭き清めなければならない」というのを見て、慧能は、「もともと心は鏡のように、〈これだ〉という固定的なものではない。仏教では、固定的なものを認めないのだから、鏡と埃というような区別はできないし、する必要もないと述べ、師が密かにこれを認めたという話。もう一つは、風にはためく幡(はた)を見て、ある僧が「風が動いている」と言い、別の僧が、「幡が動いている」と言ったのに対し、慧能が「動いているのは、君たちの心だ」と言ったという話です。要するに、初期の禅宗においては、凡夫と仏も、煩悩と悟りも、本来は一つのものであって、別物ではないとし、心のありよう次第でどちらへも傾く可能性がある、と説いていたのです。達磨と弟子の問答にしても、あるいは慧能の話にしても、後になって形作られた部分がかなりようですが、いずれにしても心が禅問答における重要な課題であったことは察せられます。中国の唐代、慧能の弟子や孫弟子の時代になると、禅宗は本格的な発展期を迎え、多くの著名な禅僧たちが登場します。後の宋代になって集大成される禅問答の多くは、この頃の師と弟子の間で交わされた真剣勝負としての禅問答が元となっています。中でも馬祖道一(ばそどういつ)(中国、唐代の禅僧。六祖慧能(638年-713年)の弟子に当たる南岳懐譲(なんがくえじよう)(677年-744年)の弟子)という僧は、「平常心(びようじようしん)」という語で多くの修行僧を導きました。私たちが、「へいじょうしん」平らの常の心と発音している言葉は、興奮していない普段通りの気持ちを表しますが、禅語としては、「びょうじょうしん」と読み、仏を特別な尊い存在とみるのではなく、また日常生活から離れたところに悟りを求めず、人間存在のありのままこそが仏法の実現、即ち悟りの姿であるとする立場です。このことは、馬祖自身が自分の師から「君は何のために坐禅するのか」と問われて、「仏になるためです」と答え、「それは瓦を磨いて鏡にするようなものだ」と諭された経験によっています。瓦を磨いても決して鏡にはなりません。それと同じように仏を自分とは懸け離れた尊い存在と考えてしまったなら、いくら坐禅修行をしても、自分以外のものになれる筈はありません。馬祖は、「仏になるためだ、と肩を怒らせて坐禅しても、それは自分が勝手に作った幻想を見て、無い物ねだりをするようなものだ。もっと自分の足下をよく見つめなさい」という師の教えを「平常心」と言い表したのです。禅の悟りが特別なものではないということを、多くの禅僧がさまざまな表現で説いていますが、中国の臨済宗の開祖である臨済義玄(りんざいぎげん)という僧は、「大小便をし、服を着て、飯を食い、眠くなれば寝る」と述べています。あまり美しい表現とは言いませんが、これは自堕落な生活を送るという意味ではなく、禅の修行とはもの凄い苦行したり、あるいは特別な行動を取ることではなく、朝起きてから夜寝るまでの何の変哲もない普通の日常生活に徹することが、取りも直さず正しい修行だ、ということを、相手の固定観念をぶち壊すためにわざと下品な表現をしたのだと思われます。今日、初めに禅の言葉が、私たちの普段の会話の中で使われている、と言いましたが、ここからは具体的な例を挙げて、それをお話しましょう。日常の生活を送る中で、挨拶の大事さはよく言われるところです。挨拶が、「おはようございます」「こんにちわ」などと声を掛け合うことだということは誰もが知っています。では、「挨拶」という言葉自体の意味を説明するとなると、さてどうでしょうか。実は挨拶も、もともと禅宗で用いられた言葉なのです。「挨(あい)」は、突き進む。「拶(さつ)」は、相手に切り込む、という意味で、大勢の人が押し合いながら突き進む様子をいうことから、修行僧が切磋琢磨して励むことを意味していました。それが転じて、悟りの深さや力量を計るために、問答を仕掛けることをいうようになり、相手を鋭く詰問する言葉を、「挨拶」の「拶」という字を使って「拶語(さつご)」などを言います。つまり緊張感に溢れた真剣勝負としての禅問答こそが挨拶なのであり、鋭く詰問するというのも相手を正しい悟りに導くという親切心から出たものでなければなりません。私たちが日常に交わす挨拶も、本当に相手をお思いやる気持ちを込めているのでなければ、あまり意味のないものになってしまうかも知れません。私は、現在京都にある花園大学で教鞭を執っていますが、大学では卒業するために単位というものを取得していきます。一年間の授業を受けて、試験などに合格すれば四単位、半年だと二単位が認められ、定められた数の単位を取得すると卒業できるわけです。また一センチとか一メートル、あるいは一リットルとか、一トンと言った物の分量を計る元となる数値も単位と言いますが、禅の修行道場では、坐禅堂の中で坐禅する畳一畳分の座席を「単位」と言い、または省略して「単」とも言います。雲水は坐禅するだけではなく、食事も自分の「単」で取るし、寝るにも自分の「単位」で寝ます。つまり修行生活全体が「単位」において行うわけですから、「単位」は修行僧自身の身の置き所だということなのです。大学の中には、必ずしも明瞭な目的意識を持たずに、取り敢えず学歴として卒業証書を貰おうと考えている学生もおり、そうした学生は、単位としてもあまり危機感は持たないように感じます。確かに一度単位を落としても、翌年再履修(りしゆう)して単位が取れれば大学は卒業できます。しかし大学生活を自己自身を見つめ、自分の人生の目的を見出すための修行だと考えれば、単位を失うということは自分の居場所を失ってしまうことになります。勿論人生のやり直しはききませんが、自らの立脚点、即ち単位を見失うことがなければ、失敗を糧として更に成長することも十分可能なのではないでしょうか。私は、大学生活を東京で送りましたが、その頃は映画が好きで授業のない日にはよく見に行きましたし、多い時は月に二十本ぐらい見たこともあります。一つひとつの作品の中の配役としては、主役と脇役は確かに存在します。しかし視点を変えれば、誰の立場で描くかによって主役と脇役は決まるわけですから、ある作品の脇役を主人公にすれば、まったく別のドラマができあがるのではないでしょうか。中国唐代のある禅僧は、常に自分に向かって「主人公よ」と呼び掛けては、自分で「はい」と答えていたと伝えられています。禅では仏をはつか遠い理想の存在とは見ず、教えに従って修行している自分自身こそが仏であり、悟りも自分の修行生活から離れたところにあるわけではない、と説きます。その意味では、修行僧一人ひとりが主人公なのであって、主役・脇役という区別はないし、分けることは無意味なのです。生まれたばかりのお釈迦様が、七歩歩いて天地を指さし「天上天下唯我独尊(てんじようてんげゆいがどくそん)」天の上にも天の下にも唯我のみが尊い、という言葉を発したとされ、四月八日の花祭りに甘茶を掛ける誕生仏はこの姿を現しています。一般に「唯我独尊」は、独善的一人よがり、という意味で使われますが、本来は私という一人の人間が、今ここに生まれたということは、多くの因縁が積み重ねられた結果であり、だからこそ自分自身が何者にも代えられない尊い存在だ、という仏教の教えを意味しています。以前SMAP(スマップ)というグループが歌った歌に、「NO.1 にならなくてもいい もともと特別なOnly one」という歌詞がありましたが、同じことをお釈迦様は「唯我独尊」と言い、禅僧は「主人公」と言ったわけです。物事に対する見方とか考え方という意味で「見解(けんかい)」という言葉が使われます。当然見解を同じくする人もあれば、見解を異にする人もいます。多少違う場合には摺り合わせるか、どうにもならないと思えば、「見解の相違だ」と片付けるしかないかも知れません。ところが禅宗では、この「見解」という言葉を「けんげ」と読み、禅問答における答えを指しています。それは誰からの借り物でもなく、自分のはらわたから絞り出された答えでなくてはなりません。もしも修行者が本当に自分が納得したものではなく、借り物の答えを持って行ったとしたら、即座に怒鳴られるか、殴られるか、どちらにしてもこっぴどい目にあうことになるでしょう。禅問答において、借り物ではない答えを要求されるのは、誰でもない修行している自分自身が必死で辿り着いた答えでなければ、本当の悟りとは言えないからです。面白いのは、禅問答にも定番の問答があって、「仏法の意味とは何か」とか、「達磨が中国へやって来た目的は何か」という問答は、多くの人、弟子の間で交わされましたが、それに対して「見解(けんかい)」、つまり答えは千差万別なのです。例えば「達磨が中国へやってきた目的は何か」という質問に対して、常識的に回答するならば、「禅宗を伝えるため」ということになるでしょう。ところがある僧は、「庭先の柏の樹だ」と答え、別の僧は、「本堂の丸い柱に聞け」と言い、またある僧は、「川の水が逆流したら答えてやる」と言っています。どの答えもなんだか意地悪な感じがしますが、禅の教えを言葉で表現し尽くすことなどできない、ということを説明しようとすると、結局は木で鼻を括ったような突き放すような言葉になってしまうのです。更にこのような答えの一つひとつが、それぞれの禅僧が必死で絞り出した見解(けんかい)だと言えます。禅は一人ひとりの心のありようを問題にしてきたこと、みなさんがよくご存知の言葉が、実は禅の言葉であり、日常の中で教えを説いたものであることをお話してきましたが、ここまでに紹介した言葉は、概ね修行するものが人間存在としての自分の大切さを信じ、他人からの借り物ではなく、自分自身の生活の中で悟りを見出すことを説いています。では禅の言葉の中に指導する側の心構えを説いたものはないのでしょうか。実はそれが「?啄同時(そつたくどうじ)」という言葉なのです。「?啄同時(そつたくどうじ)」の「?(そつ)」は卵の中の雛が孵(かえ)ろうとして殻を内側から突くこと、「啄(たく)」は親鳥が外側から殻を突っついて助けてやることをいいます。力の弱い雛が内側から突くだけでは、殻は割れませんし、雛が十分に成長していないのに、外側から突っついて殻を割ってしまえば、どちらにしても雛は死んでしまいます。「?」と「啄」は同時に、しかも絶妙のタイミングで行わなければ意味がないのです。禅の修行者においても、弟子の修行が十分に成熟したかどうかを、師がよく見極めたうえで悟りに向かうよう導くべきであって、無闇に「喝っ!」と怒鳴りつけても、迷いが深まるばかりで効果は期待できません。修行の成果が完全に熟せば、果物が熟しきって木から落ちるように悟りからこそ、ある僧は桃の花を見た瞬間に悟り、ある僧は太鼓の音を聞いた瞬間に悟ったように見えるのです。福井県の永平寺を開いた道元などは、居眠りをしていた隣の僧が、師の沓(くつ)で打たれた音で悟った、と伝えられています。さて私たちが暮らしの中で使っている禅の言葉を紹介しながら、禅僧たちの間で交わされてきた問答が、修行者自身の心のありようを問い質すものであることを述べてきました。禅僧がしばしば見せる奇抜な発言や奇妙な行動は、いわば相手の意表を突くためであり、修行する者を固定観念や常識の束縛から自由にすることが目的でした。達磨も慧能も悟りや教えを特別なものと捉えることを否定し、日常の暮らしの中で生身の人間が生きているというもっとも厳粛な事実と向き合うことが、真理とか真実の実践であると説いたのです。同じことを馬祖は、「平常心(びようじようしん)」という言葉で言い表しました。詰まるところ、禅とは日常生活に密着した人間存在を肯定する教えだと言います。実際に言葉を発する会話に頼らなくても、お互いの心が通じ合うことを、一般に「以心伝心」と言いますが、もともと意味は、禅の教えが経典の文字や言葉ではなく、悟りの心を師から弟子へ直接に、全人格をもって伝えることを指します。言葉では伝え切れない教えを、心を伝えるために真剣勝負としての問答を交わしてきたのであり、心を問題にしたからこそ、言葉をおろそかにすることはありませんでした。最近の少子高齢化は、大学にも反映していて、高校卒業した、いわゆる現役学生が減少する一方、社会人学生は確実に増加しています。何年間か社会人を経験して、退職をして大学へ来る人もいれば、停年退職をして第二の人生をとして、大学や大学院で学ぶ学生もおられます。親に学費を出して貰っていることを感謝し、熱心に勉強している学生は勿論大勢います。しかし自分で学費を工面している社会人学生は、教員の授業内容に対しても厳しい目を向け、熱の入らない授業をしていると、逆に叱られることもあります。学ぶ側の気持ちが真剣であればあるほど、教える側も真剣にならざるを得ません。時として、社会人学生が主席で卒業するなどということも、やはり真剣に学んでいた証ではないでしょうか。最近の新聞を見ますと、一番信頼しあっている筈の相手を殺害してしまうという事件も多発しています。親子とか兄弟姉妹、あるいは夫婦や恋人同士は、気持ちが通じ合うものだというのは、今や幻想になってしまったのでしょうか。こうした人間関係の中で、何故殺人のような凶悪犯罪が起こってしまうのでしょう。原因をたった一つに特定することは不可能ですが、家族同士ですらコミュニケーションが上手く取れていないことも大きな原因であるように感じられます。相手が何も言ってくれない、何もしてくれないという前に、自分自身が何をするのか、という意識が欠落していますし、自分の意志を相手に伝える努力もしていないように思えてなりません。現代人は、どれだけ自分の言葉を発し、相手の心を思いやることができているのでしょうか。また最近は、団塊の世代のリタイア(retire)が話題となっていますが、団塊の世代の人たちは、戦後の経済発展の中で物心付き、学生運動という混乱を経験し、バブル経済に翻弄されつつ働いて、ついにある意味で戦後の価値観が崩壊していく中で停年を迎えた、と言われています。しかし長い間当たり前だと思ってきたさまざまな価値観が、音を立てて崩れつつある現代社会には、団塊世代だけではなく、共に結果を受け止めなければならない子どもたちや高齢者たちも存在しているのです。見ようによっては、ここに至って私たちは、生きる意味とは何かという窮極の問いを突き付けられていると見ることができないでしょうか。禅問答を繰り返してきた僧たちは、問いを発する側も、答える側も、お互いに自分が何者であるのか。何者であろうとするのか、と、誰でもない自分自身に向かって問い掛けているのであり、同時にお互いが何を言おうとしているのか、必死で理解しようとしているのです。そうした禅の心を、私たちの暮らしの中で少しでも活かせれば、もう一度お互いを思いやる心を取り戻すこともできるのではないでしょうか。
 
     これは、平成二十年七月二十日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである