なぜ、人は聖地を訪れるのか
 
                  筑波大学教授 山 中(やまなか)  弘(ひろし)
宗教社会学者(文学博士)。筑波大学教授。研究領域・問題関心は幅広く、イギリス・メソディズム、ナショナリズムといったものから、映画・マンガなどのポピュラー・カルチャーの中の宗教にまで至る。
                  き き て  大 福  由 喜
 
ナレーター:  今日は、「なぜ、人は聖地を訪れるのか」と題して、筑波大学教授の山中弘さんにお話を伺います。山中さんは、一九五三年、東京都のお生まれ。宗教学者として近年現代社会における宗教のあり方や宗教とツーリズム(「観光」という用語に物見遊山的な、あるいはビジネス的・事業的なニュアンスを感じる場合、あえて「観光」を用いず「ツーリズム」という用語を充てることも増えてきた。原義であるtourは、ろくろで回すという意味があるとされ、そういう意味では「周遊」に近い概念と言える。ただ、今日では「ツーリズム」は、「観光」とイコール、さらに広義では業務も含む「旅行」そのものと解釈されている。しかし、近年はツーリズムという言葉は特に観光業者の間では特別なものと認識されることも増えてきた。かつての物見遊山的な観光をサイトシーイングとして昔の物とし、ツーリズムとは体験型観光として位置づける動きが強まっている。そして、ツーリズム自体もその特性によりさまざまな言葉を付加して区別している。環境に配慮したツーリズムをエコツーリズム、自然特に山や森などを扱うツーリズムをグリーンツーリズム、自然特に海を扱うツーリズムをブルーツーリズムと呼んだり、地域独自のツーリズム名が生まれたりしている)を研究テーマとして、社会的学な見地から研究してこられました。宗教との関わり方が多様化する中で、従来のように宗教的な目的で聖地を訪れる人々だけでなく、既存の宗教との関わりとは別の新たな聖地を求める人も増えています。今回は、国内外のさまざまな聖地における人々の姿を通して、人間と聖地との関係、またそこから見える宗教観についてお話頂きます。聞き手は大福由喜ディレクターです。
 

 
大福:  今日もどうぞよろしくお願い致します。山中さんは、人間が長い年月を掛けて信仰の地として崇められてきた聖地や巡礼地と、それから観光旅行といったツーリズムの関係についてご研究されているということですが、少し具体的にご紹介頂けますか。
 
山中:  はい。聖地がやはりブームということで、いろんなメディアで「聖地」という言葉が踊っているというふうに思うんですね。例えば終末に行く聖地というような形で、ちょうど観光地にいくように、聖地に行くというような、そういうようなことがしばしばメディアの中で取り上げられているということなんですね。それでそういう聖地の取り上げ方なんかを見ていますと、かつて聖地とか巡礼地、あるいは巡礼というのは、宗教的な動機を持った方々が、宗教の信仰に基づいてそういう所に行くということだったものが、必ずしもそうではなくて、もう少し広い、例えば癒やされたいとか、あるいはホッとしたいとか、そういうような形で聖地というような所へ行くということがあるんじゃないかなというふうに思います。そういうふうに考えてみますと、聖地というのは、変化せずに、そこにあって人々惹き付ける場所という、そういう側面だけではなくて、人間のある種の営みの中で、常に変わっていく。変化していく。そういうもの、それが現代の聖地ではないかなというふうに思うわけです。その意味では、聖地ということを、現代において改めて考えてみるということは非常に大事なことなんじゃないかなというふうに思って、こういうような研究を始めたわけです。伝統的に、例えば考えても、人々が聖地に向かうというのは、日本の場合で考えても比較的によくあったことなんですね。例えばお伊勢さんに江戸時代に行くということが、庶民の非常に大事な宗教的実践であり、同時に庶民の楽しみの一つだったと。弥次喜多道中というようなことで、美味しいものを食べたり、温泉に入ったり、そういう中でお伊勢さんに向かうということがあった。一方で、お伊勢さん側もそういう人たちをなんとか惹き付けるということで、御師(おし)(御師とは、特定の寺社に所属して、その社寺へ参詣者を案内し、参拝・宿泊などの世話をする者のことである。特に伊勢神宮のものは「おんし」と読んだ。御師は街道沿いに集住し、御師町を形成する)と言われるような―一般には下級神官と言われる人たちが、現代でいうと旅行以前という形で「お伊勢さんに来てください」というようなことをやっていたということなので、その意味で聖地というようなものが、人々の間で信仰だけでなくて、比較的伝統のある昔からのツーリズムとの接点というのがあったというふうに思います。
 
大福:  聖地として注目されるきっかけとしては、世界遺産の登録というのも大きなきっかけになるということなんですよね。
 
山中:  そうですね。世界遺産登録というのは、やはり非常に大きなインパクトがあって、それがこう忘れられた聖地が、再度見直されるというような、あるいは人気が出るという、そういうことがあると思いますね。例えば具体的に考えますと、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ(キリスト教の聖地であるスペイン、ガリシア州のサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路。おもにフランス各地からピレネー山脈を経由しスペイン北部を通る道を指す)という場所があります。これはかなり巡礼地としては古いもので、特に十三世紀から十四世紀頃に非常にたくさんの巡礼たちが、ヨーロッパにいて、このサンティアゴ・デ・コンポステーラという場所に巡礼に行った、というふうに言われています。サンティアゴ・デ・コンポステーラというのは、キリスト教の弟子・聖ヤコブの遺骸がお祀りされているその教会、そういうキリストの大事な信徒の一人であるヤコブのお祀りされている場所に行くことで、宗教的な救済を得ると、得たいというふうに望む人々が、もともとは巡礼に行っていた。だからその意味では大事な巡礼地の一つということだったわけですね。ただそれが、あの後さまざまな理由で、その巡礼ということが下火になりまして、それであまり有名な巡礼地ではなくなったわけですね。ところが一九九三年にスペイン側の巡礼路が世界遺産になったのをきっかけに―それだけではないんですけど―それが大きなインパクトになって、また巡礼に行く人々が増えていくということで、例えば一九八六年には二千五百人ぐらい年間で、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼に行っていた人たちが、それ以降、例えば二○○二年ですと六万人とか、あるいは二○○九年に十四万ですが、非常にたくさんの人たちが行くと。全体的な目的は、その宗教的な目的で歩くという方も四割ぐらいいらっしゃるというふうに言われていますが、それ以外の方は、例えば教会を巡りながら歩く、あるいは景色やさまざまな歩く中での人と人との交流というようなものを楽しみながら歩く。そして一人で自分と向き合いながら、自分とは何かとか、自分を探すというような、そういう方も数多くいらっしゃるというふうに言われています。
 
大福:  でも、世界遺産になったということで、多くの人が宗教的な動機、またそれぞれ目的に応じて歩いて廻る人がいるということなんですが、巡礼といいますと、日本では四国八十八ヶ所というのがありますが、行かれたことがあるんですね。
 
山中: はい。八十八ヶ所というのはほんとに長い行程で、千四百キロぐらいとか千二百キロとか大変長い。歩くと大変な日数を費やしてしまいますので、私は十二番目ぐらいまで歩いてみたという程度ですが、四国もその意味では巡礼の道としては、伝統的に非常にたくさんの人たちが、かつてもまた今も訪れているそういう場所だと思います。それでだんだんお年寄りの方が多いわけですけれども、多くの方はバス、あるいはマイカーで巡礼をするということが多いんですけれど、最近の傾向としては、歩いて廻るというような「歩き遍路」が少しずつですけど増えているということがあります。私も「歩き遍路」ということで、少し廻ってみた時でも、若い遍路の装束を着けた方が廻っているので、どんな動機で廻っているのかなということでお話を少し伺ったことがありますけども、その方によると、「弘法大師の信仰とか、あるいは宗教的な動機はありません。むしろ自分探しなり、自分に対する挑戦というようなことで廻っているんです」というようなことをおっしゃっていました。その意味では、宗教的な動機がまた増えて、昔ながらの「歩き遍路」というよりも遍路道を使って、さまざまな動機で歩くということを実践されている方がいると、そういうことなんですね。ただその若い方も、最初は自分探しなり、自分に対する挑戦というようなことでされていますけども、そのうちにですね、やはり遍路装束を着けて歩くということであれば、四国の場合は、「お接待」と言って、遍路さんに対してさまざまなご奉仕をするというような―まあミカンを貰ったり、あるいは宿に、場合によっては泊めて頂くというようなこととか、いろいろと形での接待というものがございます。これは伝統的には、遍路の中に弘法大師さまがいらっしゃるということで、その功徳を頂くというような、自分自身にもそれが返ってくるというような、そういうようなことですが、そういう独特の宗教文化伝統というのがありますので、遍路の動機が、自分探しであったとしても、だんだんだんだん自分自身が変わっていくと、そういうような経験をするというようなことも言われています。
 
大福:  その巡礼という形でその土地を訪ねることによって、その土地に脈々と息づいてきた文化ですとか、人々の暮らしにも触れられるということなんですね。独特の歴史を紡いできた聖地として、長崎のカクレキリシタンの信仰についてもご研究されているんですよね。
 
山中:  長崎はご存知のように、キリスト教に非常に縁のある土地でして、キリスト教関連の施設・遺跡等が纏まって、二○○七年に世界遺産の暫定リストに入ったということなんですね。それでキリスト教がご存知のように迫害をされ、迫害に耐えて潜伏し、そして復活をしたというようなことで、独特のキリスト教文化というものが息づいている場所、それが長崎ですね。四国が仏教であるとすれば、長崎は一つの観点から考えれば、キリスト教というようなものが、非常に大きな意味を持った場所だということですね。そこで教会、あるいは殉教の場所というようなものが、長崎の中にはたくさんあるわけですけど、そこを観光的な形で巡礼路というふうに纏めて、そしてみなさんがそういうところを歩く中で、観光的な行為もしながら、過去のキリシタンの迫害や、その中でいろいろとご苦労されて方々の人生を思う。カクレキリシタンの人たちというのが、江戸時代においてはさまざまな地域にいたわけですけれど、本来ならばヨーロッパから伝わってキリスト教は、ヨーロッパのカトリックの司祭によって指導されていた時代というのは、当然ヨーロッパと同じようなカトリック信仰が実践されていた。しかし禁教という形で、ヨーロッパの司祭たちが日本に入国できなくなってしまうと。あるいは入国した司祭は捕らえられて処刑される。そういう状況の中で、自分たち独自で信仰を維持するということになるわけで、例えばマリヤ観音といった日本の観音様とマリヤの姿が一緒になったようなものとか、あるいは「オラショ」(キリシタン用語で祈りの意、ラテン語オラシオ (oratio) に由来し、元々はラテン語の祈祷文のことを指した。禁教の時代において潜伏した信徒達は隠れキリシタンと呼ばれた。オラショの字義的意味は世代による伝承のうちで失われたが、仏教徒として振舞いながら、信者はひそかに「おらしょ」を唱えた)と呼ばれるような当時のラテン語のおそらくミサなどの言葉がそのまま伝承され、その中で徐々に何を意味しているのかということが忘れられて、ただその祈りの言葉だけが伝承されていく。あるいは見つかってしまうと捕縛されてしまうということですので、隠れて儀式をする。ということは、声を出さないようにお祈りをするとか、その中で自分たちの信仰を維持するということになると、どうしてもヨーロッパのキリスト教とはちょっと違う様相が出てくるということで、それが長い間の中で継承されていくと、ヨーロッパの方々が見ても、「これはキリスト教なのか、どうなのか」というような、そういうことが実際にあったと。私が、特によく訪れさして頂いた平戸(ひらと)の根師子(ねしこ)というような地域は、そういう集落全体がカクレキリシタンたちの集落として、その信仰を維持し得てきたわけです。平戸の市内から車で十五分ぐらいかからそういう場所なんですけれど、そこは江戸時代に六人の村人が殉教して、他の村の人たちを守ったということで、その村ではその方々を「おろくにんさま」というふうに呼んでいるわけですけど、ちょうど根師子(ねしこ)は浜に面しているわけで、その浜に大きな石がありまして、それで潮が引くとその石が出てくるわけですけど、「昇天石(しようてんせき)」というふうに言って、そこでその六人が首を切られたというような、そういう伝承があるところで、村の人はその石を非常に大事にして、かつてはそれを粗末にすると、大きな波がやってくるんだ、というようなことが言われたりですね、特にその村人たちが大事にしている場所が「うしわきの森」というふうに言われる場所で、殉教者たちを葬った場所だと言われていまして、かつてはほんとにその前を通る時は、草履を取って、裸足で歩くとか、あるいは必ず手を合わせて行くとか、あるいはその周辺にいわゆる肥(こえ)と言いますか、肥料ですね、そういう人糞を当時は使っているわけですけど、そういうようなものを決して撒いてはならないというようなことで、村の人たちにとってはもっとも大事な聖地ということなわけで、現在でもその脇に平戸市が作ったキリシタン資料館というのがありまして、小さな杜(もり)の中に祠があって、村の人たちはそれを非常に大事にしているというような場所です。そこに暮らしている人たちにとって、そういう場所を中心にして集落が営まれていて、現在は隠れる必要はないわけですけれども、彼らにとっては大事な宗教の営みとして、生活の中に息づいていた。そういうようなことがございます。その意味で、彼らにとっての聖地というのは、非常に重い彼らの歴史を織り込んだ場所だと思います。村の人たちは、自分たちが伝えてきたカクレキリシタンの信仰というようなことを、みなさんはわかって貰いたいというような、そういうこともあって、自分たちの家に泊めて村のことをいろいろ知って貰うというようなこともやっておりまして、例えば子どもたちがそのお家に泊めて頂いた時に、「この部屋で何か変わったことない?」というような、そういう聞き方をして、玄関を開けて、すぐ居間があって、そこにすぐ見えるように仏壇が置いてある。これは普通のお宅だと、仏壇というのは、仏間というところで、家の奥の方にあるものなわけですけど、しかし根獅子(ねしこ)の集落ではすぐ玄関から見えるところに仏壇が置いてある。これはカクレキリシタンの集落として、役人が来た時に、すぐ「家は仏教ですので、キリシタンとは何の関係もありません」ということが、すぐにわかるように、そういうふうに作られているんだよ」ということを子どもに教えてあげると、「あ、なるほど、そうだ」ということで、如何に集落の中でカクレキリシタンの伝統というか、文化というのが、家の作り方の中にも溶け込んで存在している、というようなことを積極的に村の人たちが見せようとしている。それはだから今までですと、どちらかというと、そういうような伝統というのが、隠さなければいけないもの、というふうに、どちらかというと、村の人たちにとっても、否定的であったものが、むしろ積極的にそれを見せたいというような気持ちが起こってきて、これは世界遺産というようなことで考えると、とかくツーリズム―観光ということになりますけれども、しかし彼らにとって、それは重要な自分たちのルーツなり、自分たちは何なのか、ということを考えた時に、そこに自分たちの先祖たちが、いのちを懸けて守ってきた、そういう信仰というようなものを、むしろ誇りに思うというような、そういう結果を生んでいるという意味では、非常に今回のそういう世界遺産というようなものが、彼らにとって大きな積極的な意味を持っていたというようなことが言えるかも知れません。
 
大福:  今、お話頂いたような歴史的な流れをもつ聖地といった場所の他に、聖地ブームと言われる中で、現在の聖地の特徴というものもあるでしょうか。
 
山中:  今一番有名で、おそらくみなさんもお聞きになった言葉では、「パワースポット(power spot:地球に点在する特別な“場”のこと。エネルギースポット、気場とも言う)」というようなものがあると思います。この「パワースポット」というのは、現代の聖地を考える時には、なかなか面白い現象ではないかな、というふうに思います。いろんなことが言えると思うんですが、例えば神社の側でこういうふうに参拝をしてほしいというふうに思うこととは別に、一般の人たちがある場所を「パワースポットだ」というふうに呼んで、そしてそこにみなさんが押しかけて行くというようなこともあります。例えば具体的には明治神宮の「清正(きよまさ)の井戸」と言われるような場所が、そういう場所かと思いますが、明治神宮の参道は非常に長いところで、神社側からすれば当然社殿に神さまがいらっしゃって、そこに対してこう参拝をするということですが、「清正の井戸」というのは、ずっと手前にある庭園がございますが、そこの中にある小さな井戸です。そこにある芸能人が、「その井戸を待ち受け画面にすると非常に良い運勢が開けた」というようなことを発言して、それ以来長蛇の列ができまして、みんなそこのところで写真を撮って、それで参拝せずに帰って行くというようなことですね。これが果たして宗教的行為なのかどうなのかというのは、いろいろ議論があるところですが、しかし積極的にもし考えるとすると、自分たちで、自分たちなりの宗教的な表現・行動を行うようなことで、ある意味では決まり切った宗教的な行動・行為をするというよりも、自分たちで「ここが不思議な場所だ。ここが力がある場所だ」というふうに思った時に、それをこう神社やお寺の決まりとか別に、そういうことをすると。これはある意味でいうと、宗教というようなことで考えますと、自分たち自身の宗教の作り方と言いますか、あり方、実践の仕方というのが生まれているというふうにもみることができると思います。いわゆる宗教と呼ばずに「スピリチュアル(spiritual: 精神的な。神霊的な。霊的な)」あるいはスピリチュアリティ(spirituality:霊魂や神などの超自然的存在との見えないつながりを信じる、または感じることに基づく、思想や実践の総称である)というような、そういうような言葉もありますように、現代の人たちにとって、いわゆる既存の仏教とか神道(しんとう)とかというようなものに対して、少し不満足なと言いますか、飽き足らない、そういう感覚を持っている。でも何か自分が生かされているとか、あるいは自分を超えた何かが私を動かしている、あるいはそれと繋がってみたいというような意識というのがあるということも言われています。ですから、例えば大きな木を見た時に、その木の中に何か力があるような気がして、木に抱きついてしまうというような、そういうようなこととか、さまざまな自然―滝とか海とか山とかというようなものに神々しさを感じるというのは、例えば伝統的な日本人は、聖なる山ということで、山に神さまがいらっしゃるということを感じていた。だから山に登るというのは、聖なる行為であって、そこの中で山にいらっしゃる神さまと一体になる。そういう形で、山の宗教―修験道とかと言われるような宗教が、日本独自に発達してきたというふうに考えますと、先ほど言ったパワースポットなり、あるいは新しい宗教意識という形のスピリチュアリティというようなものを考えた時に、自然に対して宗教性を感じるというような感覚が、日本人の中にあるということは、外国とはちょっと違った形で存在しているものなんではないかなと思います。
 
大福:  有り難うございます。これまでさまざまな聖地、それからそこにある人間の姿とか、歴史と言ったものを見てこられて、人間にとって、その聖地というのはどういうものであって、何を求めていくものだとお考えですか。
 
山中:  いろいろな聖地が私はあると思うんですが、特に宗教的な聖地というようなことで考えてみると、聖地にはやはり中心というようなことが深く関わっていると思うんですね。聖地になる場所というのが、その地域の中心―それが地理的な中心というようなことよりも、精神的な中心というようなことで、例えば聖なる山というようなものがあったらば、そこに住んでいる人たちは、その地域に住んでいる人たちは、その聖なる山を自分の精神的な拠り所にして、自分の精神の中心として考えていきたいというようなことがあると思うんですね。ですから聖地は自然物だけではなくて、さまざまな宗教的なことが起こった、例えばエルサレムというような、あるいはメッカというような、そういうような場所もそれぞれ信徒によっては、自分にとってもっとも精神的な中心ということで、その場所というのがこう大事にしてきたということだと思うんですね。現代の我々というのは、ある意味では中心が見えなくなった。中心というのをどこに置いたらいいかわからなくなっている。そういうようなことがあると思うんですね。ですからそういう中心が見えなくなった社会の中で、もう一回自分の拠り所というのは何なんだろうか、というようなことを考えてみる。その時に訪れた場所が自分にとって中心になるかどうかはわかりませんけれど、しかしそこを訪れた時に自分自身をもう一度振り返ってみて、そして自分自身の拠り所ってなんだろうか、ということを考えてみる契機になる、そういうところが聖地ということなのかも知れないなと。だから聖地ブームというのは、メディアとか、さまざまな先ほど申し上げた世界遺産とか、いろいろな思惑が聖地を取り囲んでいますけれど、そこに惹かれていく我々というのは、単にそういうような外側からのいろいろなものでそこに行くということだけではなくて、何か自分自身の拠り所、中心ということを求めていく、その気持ちというのが我々が聖地に惹き付けられるそういうことなのかも知れない。しかも聖地というのは、具体的に場所というような、我々が心の拠り所ということを考える時に、何か抽象的なものではなくて、非常に具体的な山とか川とか教会とか巡礼地とか、そういうような具体的な場所を通じて自分自身の中心を考える。そういうようなことなんではないかなという意味で、現代の聖地ブームというようなものの中に、今の我々が求めているような、そういう拠り所・中心性というようなものへの希求というのがあるのかも知れないというふうに思っております。
 
大福:  本日はほんとに有り難うございました。
 
     これは、平成二十六年十月二十六日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである