生きるための仏教
 
                     大禅寺住職 根 本(ねもと)  紹 徹(じようてつ)
一九七二年、東京生まれ。 大学で西洋哲学を学ぶうちに、故・小阪修平氏の『哲学的研究会』に参加。数年の社会人経験ののち、二六歳で出家。府中の臨済宗系単立寺、梅龍寺を経て、正眼僧堂で四年間修行する。僧堂を出たのち、自殺を考える人たちを引き止めるためにインターネット上に交流の場を開き、コミュニティ運営やオフ会の開催に取り組む。二○○五年、大禅寺の第15世住職として再建に着手し、二○○七年、晋山式・落慶式を行い第15世住職に就任。 現在は、大禅寺の住職として務めるとともに、インターネットおよび超宗派で僧侶たちとともに自死対策活動に取り組む。「いのちに向き合う宗教者の会」代表。NPO法人「自殺防止ネットワーク風」岐阜相談所。
                     き き て 浅 井  靖 子
 
ナレーター:  今日は、「生きるための仏教」と題して、岐阜県関市大禅寺(だいぜんじ)住職の根本紹徹さんにお話頂きます。根本さんは、さまざまな職業を転々とした後、二十六歳の時に出家。僧堂での修行を経て、二○○五年に大禅寺住職となりました。ご自身が自死族(じしぞく)であり、また「何故人は生きるのか」という問いに直面してきた経験から、自殺念慮の人々の相談にのる活動を続けていらっしゃいます。聞き手は浅井靖子ディレクターです。
 

 
浅井:  根本さんは、「死にたい」というふうに思い詰めておられる方と対話する。その方たちをなんとか「死ではなく、生きる方向に」っていうふうに、目を向けて頂くための対話相談活動をされているんですけども、今はそういうふうに思い詰めている方々と、どのように向き合っていらっしゃるんですか?
 
根本:  面会式相談を貰っているんですけども、いろんなことを十年ちょっとやってきたんですけども。
 
浅井:  最初はインターネットを通して、その中で自殺ということについて話し合ったり、相談したり、
 
根本:  電話でもご相談受けていましたし、メールも受けていましたが、どうもガラッと価値観が変わってしまって、死ぬという方から生きるというふうに向かっていく状態になるのは、面会式の方が実感があったので、面会式のやり方に今メーンにやっている感じなんですね。
 
浅井:  そうすると、お寺に、日にちとか、時間をお決めになって、ご相談のある方には来て頂いて―今お話を伺っているこのお部屋でしょうか?
 
根本:  そうですね。ここで話をしております。此処ちょっと岐阜県関市というところで、駅からちょっと離れていまして、不便なところなんですけれども、山の中にある、とても自然が多い農村風景のところで、来て貰うだけで、先ず一つちょっとした旅行というか、ここに来るまでの間、心の整理したり、何を話しようかとか、そんなふうに思ってやって来る。なんか人生の転換期となる、節目になるのには、むしろこれぐらい距離があった方が、環境の変化があった方がいいんだなというのがわかってきまして、来てもらっていますね。
 
浅井:  その方が、ほんとに「何に悩んでいるのか」とか、あるいは「何考えていらっしゃるのか」ということがわかってくるには、かなりの時間が必要になるんですか?
 
根本:  そうですね。最初はもの凄く時間がかかりまして、やっぱり五時間とか八時間とか、まあ二日間がかりとか、かかった時代もあったんですけども、だんだん自分の中でも洗練されてきたというか、できるようになってきて、大体三時間ぐらいでいい状態になって帰れるかな、というところまできましたですね。やることは、来て貰って、取り敢えず話したいこと、話せること、何でもいいから話して貰って、ここに来る間にどんなことを考えたのかとか、普段どんなことを思っているのか、というのをひたすら聴き続けるとい方法をやっています。聴く時には、一言一句話した言葉を書き写していくんですけれども。
 
浅井:  根本さんご自身がですね?
 
根本:  はい。五十色あるマジックを使って、その気持ちだとか、声の変化とか、気分のモードによって色を変えてですね、ちょっと疑問に思ったところを整理頂いたり、リピートしたり、?(ハテナ)と書いたりだとか、あと何度も出てくる言葉には線を繋いで、視覚的にも自分で分かりやすくしてというか、そうすることによって、私自身がそっちに集中していますので、話す方も、多分ペース的にも良いと思うんですよ。じっくり考えながら、心の中に浮かんできた言葉を、思っていることをゆっくりゆっくり言葉にしていく速度と、私が書くのがあまり早くないですので、書く速度が大体ちょうどいいのかなという。話している間にも間(ま)がありますので、多分沈黙しながら、会話を自分の中にしているんでしょうけれども、そういう時には書いてきたものを繋いで、どうのこうのして、自分の中でも疑問点を見付けたりとか、面白い考え方だなとか、そういうのをメモったりしている時間にしているんですね。それが大体一時間ぐらいかけて。「どういうことを考えているのか」「どういうことを思っているのか」「なぜ今ここにいるのか」ということをしっかり自分の中でわかるところまで、今度は聴いていくという第二のステージに入っていくわけですけども、「どうしてこういうふうに考えるのか」とか、「こういう考え方は非常に興味深いし面白い」とか、「自分も同じようなこういう考え方をして解決できるようになったことがある」とか、そういうところをお互いに話していくのが第二段階ですかね。第三段階が、今度はお互いに徹底的に「生きる・死ぬ」について、価値観なり、話したことを、今度共通点を見付けながら一緒になんか「希望を育てていかれないか」というところに入っていくんですけども、
 
浅井:  希望育てる?
 
根本:  「希望を育てる」ですね。「生きる意味が何だ」とか、「希望が何だ」とか、「何だかもう疲れてしまって、どうでもいいや」というところからですね。でも、そういう状態になりながらも、こうやって出会って、遠路はるばる来てもらって、お互いのことをたくさんさらけ出して、話して、何だろうね生きるかと考えた時に、今までの楽しかった自分というのを、いや可笑しくなってしまって一緒に笑ってしまうみたいな。気持ちを吐き出す時には苦しいんですけども、涙流れるような辛い思いもしたんだけども、そこからなんかそれが笑ってしまえるような明るい方向に、そういう経験があってこそ、なんか自分たちが、いろいろ物事が見れるようになっていったり、考えれるようになってきたり、乗り越えてきたことが尊いとか、いろんなものが出てきますのでね。
 
浅井:  そういうことが生まれてくるんですか?
 
根本:  はい。そういうふうに話をしていくわけですけどね。ズーッと苦しみ抜いていた自分がいたわけですよね、ここに来るまでは。「その根拠は一体何なんだ」とか、ということを見ていくと、
 
浅井:  何が苦しみの原因だったのかと、
 
根本:  わかってくると、また捉え方が変わってくると思うんですよね。それの原因によってなんかズーッと自分が解決出来ずにぐるぐる苦しんでいたことは、解決できない可能性も高いわけですよね。だったら解決することができないことに悩んでいくんではなくて、それはその一つのテーマとして、解決できない問題があると。それがどういうふうに育っていくかというか、どう変化していくかというところを見ていくというのも、一つなんか面白いではないですかね、一緒に長いこと話し合って、ほんとにこのことというのは解決しづらいとお互いに思ったことだったら、それも一つのお互いの生きていく探求していくテーマというか、
 
浅井:  それを共有していくという、
 
根本:  そうですね。生きていける理由になるんじゃないかというか、希望になるんじゃないかなという。此処から帰った後も一緒に育っていけるというか、私もそのことについての考えが深まってしまって煮詰まった時には、どう思うのかなと聞くまでにもなりますしね。それが凄くいいですね。
 
浅井:  そうすると、相談終わって、それで解決して終わりました、というんじゃなくて、これから同じ解決しきれないテーマを抱えて一緒に生きていく人として生きていくという。その関係が繋がっていく、そういう形なんですか?
 
根本:  そうですね。
 
浅井:  そういうふうに根本さんが、そういう活動をしようというふうになるには、実はご自身の中にもそういう自死、あるいは何のために生きるのか、という問いが、若い頃からおありになったそうですね。
 
根本:  そうですね。私自身「自死族」ということでありまして、小学校四年生の時に、私の叔父ですね―母の弟が自死でなくなりまして、まあ離婚した直後で、小さな子どもを遺しての自殺だったんですけれども、先ず何が起こったかよくわからなかったし、私の初めての死別体験としての、死って凄いなというか、こんなになんか家の中を変えてしまうというか、ことだったんですね。それで家のお爺ちゃんが、倅が長男だったもんですから、自殺してしまって、そのショックで階段から落っこちてしまって、落ちた時に頭の打ち所が悪くて植物人間になってしまって、一年間ベッドの上で意識がほとんど覚めることなく、凄く自分の中では「生きる・死ぬ」って、なんか何なのかな、というところに凄く、そこのところに突き刺さったような感じがするんですね。中学校の同級生が、卒業後間もなく自死して、高校の一緒にバンドをやっていた同級生が、高校卒業後に自殺して、「何で人間は生きているんだろう」とか、「いのち―生きるって何なんだろう」というか、その辺のテーマがどんどん大きくなっていって、深くなっていったという。
 
浅井:  そういう経験をなさると、やっぱりいのちというのは大事なんだ、というふうに向かう場合と、それからこんなに呆気なく亡くなってしまうものであったならば、生きることに一体意味なんかあるのか、というニヒリズム(nihilism:虚無主義)に向かう場合と、二つあると思うんですけれども、根本さんの場合は、どういう方向に進んだんですか?
 
根本:  若い頃はニヒリスティックな気持ちを背負いながらも、たくさんお金を稼げるようになって一旗あげたいなとか、もしくは世の中になんか残せたらいいなとか、いろんなことを考えるわけなんですけれども、そんないろんなやりたいということを、どんどん追求していくと、他人を押しのけてでも、自分がいい状態、喜び出すためにたくさん稼ぐとか、調子よく振る舞ったりだとか、そういうふうな生き方を追求していってしまうんですよね。
 
浅井:  ニヒリズムの一方で?
 
根本:  そうですよ。思えば思うほどなんというんですかね、どんどん孤独になっていくというところも感じていたわけですよね。いろいろ哲学をやってみたり、哲学で満足出来なくて、実際に実体験を中心としたアジアの禅という世界に惹かれていって、
 
浅井:  岐阜にある正眼寺(しようげんじ)僧堂(岐阜県美濃加茂市にある臨済宗妙心寺派の寺院)にお入りになったそうなんですけれども、僧堂の生活というのは、生半可ではない非常に厳しいところだと思いますけれども、その中で何のために生きるのかという問いの答えというのは、見付けることができたんですか?
 
根本:  いや、まだ見付けられませんね。まだまだこれからです。どんどん時間かけて成熟していくまで修行は続けなければならないと思っていますけれども。それまでの考え方とか―二十代ですけれども―その時の考え方というのはまったく変わりましたね、禅の修行のお蔭で。なんというのかな、自分独りよがりな生き方だったなというのは、凄く僧堂へ行くとわかりましたね。それは共同生活というのが一つあるのと、それからやっぱり厳しい日々の生活の中で、有り難い場面場面があるんですね。例えば托鉢に行くというと、私らの僧堂は、檀家さを取らないで、すべて頂いたものでやっていくという厳しい考え方の僧堂でしたので、一週間の摂心(せつしん)をやるには、三十人分の食料を備蓄しておかなければならないわけですね。何度か摂心(せつしん)がありますので、托鉢をたくさんして、お米をたくさん貰ってこなければいけないんですけれども、遠い所だと三十キロぐらい離れていて、往復で六十キロ歩くことになってしまうんですけども、特に真冬の場合はもの凄く寒いですので、草鞋で歩いて行くんですけども、ほとんど素足状態で行くわけです。それで夜中の二時半ぐらいに起きて、半分走っているような状態で行くんですけれども、朝明け方七時になると、迷惑でないから、農村だから声をかけていいということで、一軒一軒お訪ねして、その家の前で声を出して施しを受けるという托鉢行なんですけれども。動いている時はいいんですども、立ち止まるともの凄く寒くて、やはり朝ですので、みなさん外を歩いて来られない、特に冬場ですので、家の前で待つんですけれども、待っている間、冬場ですと陽が昇ってきて、太陽が素足に当たったりするだけで、ほんとに有り難いです。その温かさというか、その温(ぬく)もりですが、太陽が真っ暗な暗闇から光が射してくれるだけど、これだけで有り難いんだという喜びですね。それから家の人は、いろんな人が出て来ますけども、勿論歓迎してくれる家だけではなくて、塩を撒かれたり、水撒かれたり、一円玉投げつけられたりとか、いろんな思いはするんですけども、大きな屋敷に住んでいるからと言って、幸せなわけじゃなくて、酷い罵声を浴びせられて、弾き返す家もあれば、ほんとにあばら屋みたいなところで、お婆ちゃんが一生懸命小銭集めて「ありがとうございます」と言って貰えるだけで、感動が凄いものがあるんですね。それまでは僧堂の中で隔離されていて、ズーッと孤独でご飯食べる。ひたすら坐禅と修行ですね。ほんとに並んでいる洗濯だとか、靴だとか、ああいうのを見るだけでも、ホロッとしてしまうというかね、家族とか支え合って一生懸命生きているなとか、たくさん勉強さして貰いました。一日に二、三千なんて家をお邪魔することないと思うんですけども、托鉢中はそれをやっているわけですね。いろんな家を、いろんな人間を見さして貰って、幸せとかというのはどういうところにあるかと思った時に、有り難いなって、こういう気持ちを起こさせて貰えるような生き方をしている家の人たちは素敵だなと思いましたね。
 
浅井:  そういう托鉢を通しての温かさに触れる感動とかもある一方で、やっぱりとても厳しい世界なので、師匠と対峙して修行を深めていくという意味では、壁にぶつかられたことはありませんでしたか?
 
根本:  まあ壁だらけでしたけれども。やっぱり社会人を止めて、出家して、この厳しい修行道場で究めたいという。ですので、それなりのものにならないと、自分自身も納得できないですし、それだけのものがある筈だと思ってやっているのになかなかそれを掴めない。いろんな厳しいことをたくさんやらされ、百できたら二百やらせ、二百できたら五百やらせて、五百やらせたら千、あれでもダメだ、これでもダメだ、あれって、それを転じて解決できんの、というのが、それが禅の世界なのでしょうけど、やはりいろんな葛藤がありまして、自分自身も頭にくることとかがたくさん出てきましてね。もっと坊さんだったら、自分のことばっかりじゃなくて、外に向かっても世の中の飢えている人たちを、なんか実践として助けたりするわけでもなく、後輩を叱り続けてというか、知らない奴にお叱り続けていくという。古い禅語をもってきて頓智(とんち)みたいな―生意気だったんですけど、修行ができていないからそういうことをばっかり考えてしまったんですけども―いっぱいいっぱいになって、もう逃げ出すというか、ここまで人生懸けたのにとかという、いろんなそういう気持ちもありまして、で、老師と話し合っている時に、「世の中には苦しんでいる人も、死んでいく人もいっぱいいるのに、毎日毎日坐っていて何になるんだ。昔の問答をなんだかんだと言ってなんの役に立つんだ!」とね。真剣に修行すれば修行するほど、いっぱいいっぱいになってしまって、「もういいや、本気で当てちゃおう」と参禅の時に殴りかかったんですね。
 
浅井:  老師に?
 
根本:  「わぁっ!」っと、殺意剥き出しにしてね。私は空手をやっていますので、武道でなら相手を測ることができる自信がありましたしたら。流石に老師だなと思ったのは、全然微動たりとも、瞬きせずに、ちょっと後ろに下がった感じですか、坐禅をちょっと上に向けたような感じで、私としてはしっかり当たる間合いで打ったんですけれども、老師はすべてなんか見通しじゃないですけれども、私のいっぱいいっぱいなるとこまで、多分否定続けたんでしょうね。わかっていたんでしょうね、ちゃんとそこも。で、どう出てくるか、というのもわかったし、もの凄い勢いで吠えて、「わぁっ!」といったんですけども、これにも微動たりともしない人間がこの世に存在しているな、というのを、また一つ驚きでした。まだまだ深い世界があるな、というのを実感できて。で、老師は、その時に、呆然としている時に、こんなことを言っていたんですよね。「根本さん、人を救うというけれども、人一人(ひとひとり)すら救えるか救えないか、ギリギリのところなんだよ」というような話をしたんです。ポロッと帰りがけに言ってくださったんですね。「人一人(ひとひとり)」というのは、要するに「自分のことなんだな」と。自分自身のことで、それ一人すら救うんだって、ギリギリで頑張ってやれるかやれないかなのに、外を見て、「あれしなければいけない、これしなければいけない。こうあるべきだ」とか、我をぶっつけることしかできていない時点で、私一人すら上手く救えてないというか、なるほどな、というふうに感じましたね、その時は。それから坐禅の中では、ほんとに考えだとか、意識だとか、思考が浮かぶ前の心の穏やかになる、内側からこう満ちてくるものがあって、僧堂を出た後も、もう十年以上経ちますけれども、冬の「蝋八大接心(ろうはつおおせつしん)」という八日間の修行には行っていますね。
 
浅井:  一方では、自殺を考える人たちのご相談にのるということをしながら、そしてその修行というのも定期的に続けていらっしゃる?
 
根本:  そうですね。行って坐禅するということは、私にとっては凄くリトリート(retreat)というか、ひたすらそこの堂内であらゆるものの、今まで背負っているものだとか、身についているものだとか、普段のいろんな思考回路なんてというのを全部おいてきて、真っ新な人間として生きている存在として、そこに入っていってどっぷり浸かっていく。で、身体は、今心臓を壊していますので―狭心症になって―心臓発作が起きないように、それで迷惑を掛けちゃいけませんので、一呼吸一呼吸油断しないように、寒い中―マイナス八度とか、夜なっちゃうんですね―不眠不休でやっていますので、気温が寒いとすぐ風邪を引いてしまったり、ブルブルときて心臓発作になってしまうので、一呼吸一呼吸を油断できない崖っぷちの坐禅をお陰様で体験させて貰うことができて、今もそうやってやり方ですけれども、息を吐ききって、で、そういう時に隙が生まれてしまう―心の隙というか、呼吸の隙ができちゃうので―吐き続けながら、出し切るその点でまた吸い込むというような常に丹田というか、下っ腹に力が満ちているような状態で坐禅をして、身体を温めながらやっているんですけど、凄く集中して入っていくことができて、そうすると、それまでの自分が修行道場にいた姿が、違うものに見えてきたり、修行僧たちが参禅する前にこう並ぶわけですけども、まあその姿を見ていると、胸、顔つきを見ているだけでも、いろんな葛藤だとか、苦しみとか、どうやって見て貰おうか、どうやって自分たちの禅の境涯を示そうかって、葛藤している後輩たちを見て、ああ、自分もこれだった、というふうに思うんですね。三年前までは、ほんとに行った時には、それが凄く可笑しく感じてしまいまして、まったくそこに自分の姿があったわけですね。何を格好付けようとしているんだろうという。何に対して格好を付けようとしているんだろう。それも分からずに格好付けようとしているんではないかとかね。いろんな価値観が変わるような体験だったんですね、それは私にとっての。で、やっぱり出会い直しというか、参禅の時は、老師に「また初めまして、すいませんでした」って挨拶しちゃったんですね。
 
浅井:  「初めまして」とおっしゃったというのは?
 
根本:  今までそれが「私」というなんか「私でなければならない」という、私のなんかこういう縫いぐるみを着た「私」だったんですよね。勝手に自分が作って育ててしまって、そのものを全部取ってしまった時に、純粋な自分の心というか、響き合えるものというもの、それで老師と参禅の場で響き合って、理屈の鎧とか、そんなものは、アッという間に無くなってしまうような感じですかね。
 
浅井:  そういう老師との間で起こった響き合いみたいなもの、あるいは老師から、「たった一人すらギリギリなんだ、できるかどうかはわからないことだ」という言葉を頂いたということなんですけど、結局そこから今、根本さんが、苦しんでいるという人と向き合って、時間を共有して、希望を共に育てるということをしていらっしゃるわけですね。
 
根本:  そうですね。「人を育てる」というのは、おこがましいというか、自分ですら救えないのに、ほんとにそうですよね。自分自身すらわからないわけですわ。いろんなことを考えだすとね。存在している意味とか、なんとかわからないんですけども、グルグル入っていってしまう可能性があるんですけども、なんか一緒に育てていくことはできるわけですね。自分も自分なりの希望を育てていける。その人と一緒に作り上げていくというところが、なんか凄く大事かなと思ってですね。一緒に辛い場面だとか、苦しい思いだとか、そういうものを共有するからこそ、なんか人生の深みがあって、「ああした方が良い、こうした方が良い」なんていうのはたくさんあるわけですけども、そこまでに、気持ちがある程度高まったり、経験が熟成してこないと気がつかないというか、わからないというところに関して、安易に答えを求めるんじゃなくて、やっぱりそこの中からいろいろな自分の生きてきた過程だとか、考えたこと、感じたこと、共感できること、疑問に思うこととか、自分の闇のものを全部さらけ出してみて、そこで初めてなんか「私なんだ、これを全部含めて」という。何故「死にたい」というふうに思ってしまうか、という死のベクトルと逆のベクトルを、何なのかなということを考えていて、いろいろやってきたんですけれども、最近はなんかちょっとそれがまた変わってきて、死のベクトルというのは、なんかもの凄く、即生きるベクトルと凄く近いものがあって、見え方の違いだけであって、一緒に育てるものなんじゃないかなというふうに感じるようになってきたんですね。自殺念慮している人たちの多くの人たちは、凄く良い人が多いんですね。例えば会社なんかでは良い人なんで、どうしても仕事を任されてしまったり、地域でもそうであったり、頼られるものですから、それに答えようとして一生懸命頑張ってしまうという。なんか我慢して、悪いのは自分だからとか、自分が居なくなればとか、凄くどっちかというと、心の美しいというか、やはりそれだけ人間に対する凄く信頼があったとか、希望があったりだとかなんで、凄く傷つく面がいいんじゃないかなと思うんですよ。話していくと、それがどんどん出てきますので、最終的に源泉として残ってくるいのち、魂の状態は、見ると凄く良い魂をしているんじゃないかなと思うんですよ。そうやって死を覚悟できるぐらいまでの状態まで自分を考え込むことができた、思い詰めていろいろ考えていくことができたということは、そこを抜けたら力強く生きていけるんじゃないかなという。そういう体験した人生の経験というのは、凄いと思うんですよ、それだけで。それだけで意味があると思うんです。その時にそれだけで意味があること。その人がどういう経験をして、どういうふうに生きてきて、今何故此処にいるのかということをやっぱり見つめていって、自分自身も、この人に対して話すことによって、お互いに何を見付け合おうとしているのかを、いろいろお互いに探りながら、そこの葛藤を終わって、最終的に話し合った意味はこうかも知れないと思うと、なんかしてあげたんじゃなくて、お互いに救われていくという関係性。どんな局面でも実は乗り越えていける気がするんですね。なんかそこでは孤独じゃなくなるでしょうし、私自身も生きている根拠というか、理由になりますし、その後どうしていったのかなというのも楽しみです。お互い楽しみになるんですよね。それだけでも生きている理由じゃないけれども、死なない理由の一つとしていいんじゃないかなと思うんですね。
 
浅井:  今日はどうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十六年十一月三十日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである