在家の仏教
 
防府市・円通寺住職、龍谷大学名誉教授 児 玉(こだま)  識(しき)
一九三三年山口県に生まれる。一九六○年京都大学大学院修士課程文学研究科修了。下松高校、豊浦高校、宇部工業高専、水産大学校を経て、一九九八年より龍谷大学文学部教授、二○○二年同停年退職。
き き て              金 光  寿 郎
 
ナレーター:  今日は、「在家の仏教」というテーマで、在家仏教協会の初代理事長加藤辨三郎(かとうべんざぶろう)(明治32年島根県出雲市生まれ。四方合名(現宝酒造)に入社。昭和12年協和化学研究所を開設、24年協和醗酵工業を創設し社長、34年会長。ストレプトマイシンの量産に成功し、発酵法によるL-グルタミン酸などを製造。この間、金子大栄らと出会い、仏教者となる。29年在家仏教協会理事長。昭和58年死去)さんの信心を取り上げて、防府市(ほうふし)の円通寺(えんつうじ)住職で龍谷大学元教授の児玉識さんにお話頂きます。加藤さんは、発酵化学の専門家で、発酵工学のうえでいくつもの業績を残し、協和発酵工業を創立して、実業界でも活躍され、さらに中年になって仏法による新しい生き方を自覚され、自分の体験に基づいた在家者の立場から仏教の解説書を何冊も発表して、昭和五十八年八十四歳でなくなった方です。聞き手は金光寿郎ディレクターです。
 

 
金光:  今日は、初代の在家仏教協会の理事長をなさっていた加藤辨三郎さんの仏教の信仰についてお尋ねしたいんですけれども、在家仏教の理事長ということですので、加藤さんは在家と出家の方の仏教について、どういうふうにお考えでございましたでしょうか。
 
児玉:  「在家仏教」というと、とかく「寺院仏教」に対抗する一つの集団のように取られがちなんですが、お釈迦さんの時代から、仏教というのは在家の生活のままで十分味わえるんだと。信仰できるんだと、そういう考えがあったわけでして、加藤さんもそういう思想を汲んで、在家のまんまで日常生活しながら仏教を学べるような会にしたいと、そういうことで「在家仏教」を作られたわけでして、ところがとかくそうではなくて、寺院仏教を否定するものだ、というふうに取られがちなんですけど、加藤さん自身は、「在家・出家の共存だ。決して寺院仏教を否定するものではない。だからお寺も必要だし、僧侶も大事だ」と、そういう立場で在家仏教を作られた。当時、そうでなくって、「在家仏教を作って、寺院仏教を否定しよう」というようなことを言っている人もあったようですが、加藤さんは、「いや、そういう立場なら自分は在家仏教会を引き受けないと。そうでなくって、共存だと。在家者が専門家の話を聞く会と、そういう会にするんなら、自分は引き受けてもいい」と、そうおっしゃって引き受けられたんですね。
 
金光:  それで加藤さんの仏教に、お寺のご出身である児玉先生が関心をお持ちになったのは、どういうところからでございましょうか?
 
児玉:  そうですね。最初に加藤さんの名前を聞いたのは、西元宗助(にしもとそうすけ)先生という教育学者の講演がありまして、その場で加藤さんの本を紹介されて、そして「この方は協和発酵という会社の社長さんです」と言われている。私、ビックリしたんですね。というのは、協和発酵の防府工場というのは、私が通っていた高等学校―防府高校から六、七百メートル南の方に下がったところにあってですね、私の知り合いもそこにたくさん勤めていたりしていて、そして「うちの社長は、とっても人格者だ」ということを聞いていたものですから、そういう人の本は一回読んでみたいなと、先ず最初に思っていたんですが、それ以外に当時仏教を勉強しようと思っていた私にとって、どうも適当な仏教入門書が見当たらないんですね。どれとっても、私のような頭の固い人間にはすぐに飲め込めないし、そういうものが多いもので、うんざりしていて、もう偉い学者さんや偉い高僧の書いたものを読むのはやめようかなと。そうじゃなくって、一般の社会で活躍して、それも世俗の苦しみの中で汗まみれになって働いていて、その中で仏教を求めている人、そういう人の書いたものの方が面白いんじゃないかな、入り易いんじゃないかなと、そう思っていたんですね。だからお医者さんとか弁護士さんとか、あるいは科学者、あるいは会社員、そういう世俗生活、それこそ在家生活をしながら仏教に入っていったそういう人の本を読んでみたいなと思っていた時だったものですから、ちょうど加藤さんなら、科学者として非常に偉い人だし、経営者としても一流の人だ。そういう人の書かれたものなら、今まで苦労して読んでいた本よりももっと分かりやすいかも知れないなと、先ず思ったんですね。それで読み始めたんです。読んでみると大変また思った以上に魅力があって引き込まれていったということなんですね。
 
金光:  それはおいくつぐらいの時でしょうか?
 
児玉:  そうですね。三十になるかならない頃のことでして、寺に親父がいたんですけど、跡の寺を継ぐという立場で仏教を勉強したいと思いながらも、なかなか適当なものがなかったわけですね。それを読むようになったんですが、読んで見てですね、先ず心に惹かれたことは、私と同じように悩みをもって、仏教についても、加藤さん自身は、最初は仏教が大嫌いだったようですね。それがだんだん仏教に心を惹かれていくと。その間の心の葛藤というのが書かれているんですね。私が今まで読んだ本には、そういう葛藤というようなことがなくて、仏教というものはこんなものだ、ということが書かれているだけで、その点で血の通った本でないように覚えた。加藤さんの場合は、血の通った本のように思ったんですね。具体的には、その中でも『光を仰いで―醗酵にかけた夢と希望』という本を、昭和四十一年に出されたんですが、これは当時の一流企業の社長さんたちが、それぞれ自分の体験に基づいて一冊ずつ本を書いたものなんですが、その中で、加藤さんは一番心を惹かれたのは、「良いことは人のお蔭。悪いことは自分の責任だ」と、そう思う。そう思うようになったのは、仏教を学ぶことによってだと、そういうことを書かれているんですね。それに大変心惹かれました。その時にインタビューした人は、「あなたの会社は非常に景気が良いが、それはあなたが仏教を信じるからですか?」と聞くのに対して、「いや、そうじゃない。会社が良いのは従業員がよく働いてくれるから。会社が悪い時は、それは自分の責任だ」と。「じゃ、あなたは仏教を信じて会社の経営になんのプラスにもならなかったのではないですか?」とインタビューする人が聞くと、「いや、そうじゃないんだ。そういう良い時は、人のお蔭、悪い時は自分の責任ということを仏教として学んだ」と、そういう説明がされているのに大変心惹かれましたし、また題名も魅力ですよね。「光を仰いで」と。後の方の書かれたのは、みんな「俺について来い」式の、「俺はこうやって成功したんだ。だからこうやったらいいんだ」と。そういう書き方が多いんですが、加藤さんだけは、そういうことは少しも書かないで、「光を仰いで生きていこう」と。「仏様の光を仰いで生きていこう」と、そういう題名なんですね。題名自体も大変心を惹かれましたですね。さらに仏教の説明が非常に明解ですね。今まで読んだ本は、さっぱりどこに仏教の良さがあったのか、その人が仏教によって何を得ているのか、ということがわからなかったんですが、加藤さんは苦労した揚げ句、仏教へ入っていったんだけど、その仏教の中でいろんな自分の血となり肉となるものを得ていらっしゃるのは節々に感じられる。例えば岸本英夫(きしもとひでお)(1903-1964)という有名な東大の宗教学者、この人が癌の宣告をされて、十年後に亡くなるんですが、その間ずっと苦しみながら素晴らしい生活されるんですが、その亡くなる直前に、『わが生死観(しようじかん) 生命飢餓状態に身をおいて』という遺言を書かれるわけですが、その中で「自分は癌になって、もう余命幾ばくもない。だけど今もって天国とか、極楽は信じられないんだ。自分は宗教をずっと勉強し、人に教えてきたけど、天国、極楽は信じられない。しかし信じられないから、それで寂しいかと。そうではないんだと。心は失せるけれども、しかしそれを信じられないのは、自分に知性がある。我が知性があるお蔭で、死ぬことは恐い、寂しいけれども、それでも自分は我が知性があることに誇りを感じる」と、そういうことを書いて亡くなられたわけですね。加藤さんは、それを受けて、「素晴らしい生き方をされた」と尊敬しながらも、しかし「その言葉だけで自分は満足できない」と言って、大学者の遺言に対して批判されているんですね。どういうことかと言いますと、「あなたは我が知性によって、来世というのは信じられないと言うが、果たして我が知性という確たるものはあるのか。なぜなら仏教の「諸法無我」あるいは「諸行無常」の道理をわたしはほんとに誤りのない道理だと確信しているが、その確信からいくと、わが知性のわががそも問題になると思う。これが俺だ、これが我が知性というものはない筈だ。あなたは死後の世界がないと、死後のことばっかり言っているが、死後よりも私が問題にしたいのは、今自分がある。その自分は無限の過去の延長上にあるんだ。自分には無限の過去があるんだ。ですから親の親の親というふうに、遡れば無限のところから私の人生は発しているんだ。みんな人類というのは、人間というのは、そういうものではないか。その無限の過去を背負って生きてきたものが、死んだらそれで無くなると言えるのか。自分はそうは思わない。無限の過去を持ったものは、その自分を生しめたその世界に還って行くんだ。生への根源、故郷に還っていく。これが仏教だ。そういう立場から、我が知性によって信じられない、と言って、迷わないで死んで逝った人は立派だけど、しかし私はそれには賛成できない」という説明の仕方んですけどね。私は、そういう説明の仕方というのを、今までの仏教学者から読んだことないんです。非常に感銘を受けたんですね。
 
金光:  加藤さんのお話を聞いていますと、今のご説明にもありましたけれども、ご自分の体験の中で消化したところからの発言と言いますか、言葉がそういうところから出ていますね。
 
児玉:  そうですね。
 
金光:  ですから最初の方でおっしゃった、「上手くいったのは、みなさんの―他力という言葉でもいいかと思いますが―みんなのお蔭だと。上手くいかなかった場合には、自分の責任だ」と。これ理屈だけでいうと、上手くいったのが、みんなのお蔭だったら、悪くなってもみんなのお蔭―みんなが悪いから自分が責任を持たされるみたいな受け取り方を理屈だけだったらそちらへいくんでしょうけれども、そうではないと。そこの普通の人と違うのは、悪いのは自分の全責任だという、その辺でやっぱり仏法をご自分自身が、「この我の塊が砕けた」というようなことをおっしゃっていますけども、その砕けた立場から現象を上手くいった時、拙くなった時の現象を見てみると、やっぱり自分が悪かったという、そこのところがやっぱり仏法をほんとに飲んでというか、噛み砕いて消化されている証拠の発言かなという気がするんですが、
 
児玉:  そうですね。私もそう思いますし、素晴らしい科学者ですので、科学でズーッと説明されるわけですが、ただ加藤さんの素晴らしいところは、普通私たちは、「仏教というのは非常に科学的なものだよ。因縁を説く、縁起の法則を説く、これは科学的だ」と、そう言いながら、今度いわゆる「お浄土」とかそういうものになると、科学で説かれないところは、説明できないところがあるんですが、加藤さんは、「ここまでは科学で説明できる。これから先は宗教だと。その宗教の世界というのは、ちょうど芸術を理屈だけでは、科学だけで説明できないと同じように、宗教にも、科学だけでは絶対説明できない部分があるんだと。それをはっきりさすことが科学的だと。科学はこれまでできる。これから先は科学ではできないと。それをハッキリさすことが科学的だ」という立場で説明されるんですね。私は、そこにも心を惹かれるんですよね。例えば、私、俳句のことは何も知らないんで恥ずかしいんですけど、学生時代一度だけ「俳句って、へぇっ!こんな素晴らしいものだな」と思ったことが一度だけあるんですね。それはどういうことかと言いますと、学生時代にその芭蕉の研究の第一人者である荻野清(おぎのきよし)(国文学者:1904-1960)という先生が、非常勤で来られて講義されたんですね。それを聞いていると俳句の面白さをチラッとだけだけど感じたんですね。どういうことかと言いますと、例えば、
 
行く春を近江の人と惜しみけり
 
芭蕉の句を説明されるのにですね、その琵琶湖畔の朦朧とした晩秋の独特の風景と、そういうものをいろいろ説明されるわけですね。南近江のそういう独特の景色と、それから芭蕉と近江の人たちの深い人間的付き合いがあったと。そういうことを説明されて、「行く春を近江の人と惜しみけり」と言われると、ある程度わかるわけですね。最終的なそれから先は私のような人間にはわからないけど、科学的に説明できると上手く説明されて、そして言われると、ハッと思うところがある。ほんとの良さまではわからないんですけど、かなりの部分までは説明されると。宗教というのも、科学的というけど、科学で全部説明できるかというと、説明できる部分は科学で説明して、それから先は宗教の世界だと。そういう味わい方を、加藤さんはされている。それから先は、「感応(かんのう)」ということをしきりにいう。「宗教の世界を感応だと。それがないと理解できない」という立場で、そういうふうに分けて言われると、私らのような者でも、ある程度宗教はわかるかなという気が少しずつしてくるようになったんですけどね。
 
金光:  それから岸本英夫先生の言われた言葉を知らされる立場が、先ほど加藤さんのおっしゃったことを伺っていますと、「諸行無常 諸法無我」というのがありますね。「諸行無常」というのは、変化する時間的な意味の無限を表しますし、それから「諸法無我」というのは、空間的な意味での無限を表しているんだと。それで「今の自分というものが知性的」というのは、時間的な立場で、時間的な観点だけでみれば、ここから未来へいくと、未来のことは目にはわからないんですが、加藤さんの発言を聞いていますと、ちゃんと「諸法無我」と言いますか、自分自身がどういう繋がりの中で生まれてきているか。それはもう時間と空間が一体の世界ですので、時間的な無限というのと、加藤さんの場合は、空間的な無限も一体となって受け取っていらっしゃるから、それでその時間的に先のことはわからない、というところじゃなくて、もっと広い視野で考えると、自分という者もいろんな縁の中で生まれているんだし、そうすると自分で決め付けて、先のことはわからんから極楽を信じない、なんていうのは、ちょっと言わばかなり加藤さんの言葉を借りると、人間の傲慢さみたいなのが―傲慢さというと言葉が悪いかも知れませんけれども、
 
児玉:  驕慢という言葉がありますね。
 
金光:  ご自分自身が若い頃そういうふうに考えていらっしゃるところを、そこのところは通り越していらっしゃったとこからの発言というふうに伺ったんですが、やっぱり生きた体験の中からの言葉という意味の説得力。先ほどご説明を伺いながら、やっぱり加藤さんらしいご説明だなと思って―私、両先生ともご存知あげているものですから―それで、ああ、なるほど。それはそれで岸本先生は、そういうお話を聞かれると喜んで、「ああ、そうか、どうか」といろいろ応じられる方ですので、そういう意味で直接あまり話されるチャンスはあまりなかったんじゃないかと思いますけれども、面白く伺いました。
 
児玉:  それでそんな具合で、加藤さんに心惹かれたんですけど、そのうちに加藤さんの本を一冊書きたいなという気になったんですけどね。それは、加藤さんに心惹かれただけでなくて、こういう人が日本の財界にもいるんだと。「日本の財界人というのは宗教音痴だ」と言われているけど、そうばかりではないんだ、ということを感じだして、それも一つ書いてみたいなと思ったんですが、さらにあちこちで少し加藤さんのことを話したりすると、「それは面白いじゃないか。一つ書いたらどうか」ということを言ってくださる方が何人もあったんですね。ところがその人たちはみな歳取って、最近ばたばた亡くなられたんですね。で、これは早いこと書かなきゃいかんかなと。まあ僭越だけど書かなくちゃいかんかなという気持ちになったんですね。それと先ほど言いましたような、加藤さん独特の仏教の説明の仕方というものを、もっと若い人たち、仏教を勉強したいと思っている人たち、あるいは仏教に関心のない人たちにも、そういう人のものを読んで貰うと嬉しいなという感じがしてきたんですね。他の本だけでは得られない仏教的知識というものが得られるんじゃないかと。で、加藤さんの言葉として、「仏教の基本の基本ですね。一番釈尊に発した仏教というものは、こういうものだと。すべてはその延長線上にいろいろ広がっていったんだと。その仏教の基本の一等目一番地というものを先ず知ることが大事じゃないかと。加藤さんは、それが発展していって、禅であり、浄土宗であり、真宗であり、日蓮宗であり、天台宗でありと、そういうものはみんな根本に釈尊の教えがあって、それから枝葉として分かれていったものですね。その両方の関連と根本というものを知らないと、本当の仏教わからないんじゃないかと。
 
金光:  そうですね。それで現代の実業家であり、科学者であった加藤さんは、ご自分自身は親鸞聖人の教えに深く帰依されていましたけれども、一方ではその教えが、いわば原始仏教を説かれたお釈迦さんと直通のところで理解、受け取っていらっしゃるようですね。これは非常に現代の仏教にとっても、現在生活に仏教が大事だということと、一番最初にお説きになったお釈迦さんの世界と、それが繋がっているというのも非常に大事なことじゃないかと思うんですが、その辺のところをやっぱり今後の在家仏教というものの方向を考えるうえではやっぱり忘れてはいけないんじゃないか、という気持ちでお話を伺っていたんですが。
 
児玉:  そうですね。特に加藤さんは、仏教の釈尊以来の本来の仏教というのは、「自分が正しくて、あとは間違いだと。そういうことがあってはならない」と、そういうことをしきりに言われている。「何も既成仏教と対立するものではなくって、むしろ共存していくことによって、両方が発展していくんだ」ということを知ってほしいと、そういうことから本を書きたいと思ったわけなんですね。
 
金光:  加藤さんご自身は、仏教に深く帰依されたのは五十代を過ぎてからというふうに伺っていますが、で、八十四歳で確かお亡くなりになったと思いますが、その間いろんな会社の経営に関係しながら、しかも本として出されたり、講演会をなさったり、そういう記録というのは膨大な量があると思うんですけれども、児玉先生はどの辺からいろんな資料を集めて、どういうとこから深く入っていかれたんでしょうか?
 
児玉:  最初は西元宗助先生が紹介された本で『いのち尊し』という本ですね。最初に加藤さんが書かれた本ですね。それを読んで、
 
金光:  それは難しい仏教用語の解説なんかではないわけですね。
 
児玉:  そうそう。宴会の席で新橋のある姐さんから「『在家仏教』を読んでいるんだけど、あなたが書かれているのはちょっと難しいから、じつはよくわかりません。わたしにもわかるようなやさしいものも載せていただけませんか」と言われて、で、「それなら」と言って、それに応える意味でそれから彼女宛の公開状を毎号『在家仏教』に載せ、それを纏めて一冊の小冊子としたものですね。
 
金光:  その方にわかって貰えるような書き方をしたという。
 
児玉:  そうですね。そういう分かりやすく書くという態度が、なかなか宗教学者にはないんですね。書かれた本がないんですね。
 
金光:  生活に密着したところからものですね。
 
児玉:  その加藤さんの精神を、私たち受け継がなくちゃいかんということですが、私、今回本を書いて嬉しかったのは、読んで「仏教そのものはよく分からない。深いところでは理解できない。しかし加藤辨三郎という人が大変勝れた人だったということはわかった」と、読んでそう言ってくれた人が何人もあるんですけどね。これね、私また嬉しく思うんですけど。というのは、宗教というのは、宗教によって心の安らぎを得る場合に、二つのパターンがあると思うんですね。一つは、その「宗教を信じる」と。じゃ、信じられないものは全然享受できないかと。どうでもなくって、「宗教を信じた人を信じる」という幸せがあると思うんですね。と言いますのが、私自身も若い時に仏教はさっぱり分からなかったけど、それも加藤さんの本を読んでいると、俺は仏教はわからないけど、しかし加藤さんが偉いと。仏教を信じている加藤さんという人は素晴らしい人だ、ということは感じましたし、たといわからないにしても、加藤さんが嘘を言っているとは決して思えないと。そう思えたことは私にとって幸せだったと思うんで、今回本を通して、「仏教はわからなかったけど、加藤さんが偉い」と言ってくれた人は、仏教を信じた加藤さんを偉いと思う人は、本人は意識していなくとも、仏教の良さというものを体験されているんじゃないかな。意識していなくとも体験されているんじゃないかなと、そういう仏教の味わい方、仏教による心の安らぎというものもあるんじゃないかなと。
 
金光:  今のお話を伺いながら、私も今度お邪魔する前に改めて加藤さんのものをちょっと拝見したんですけども、加藤辨三郎という方ご自身が、「会社へ就職する時は、宗教なんかまったく関心もなく、むしろ阿片だぐらいのことを考えていた」とおっしゃっていますけれども、「その勤めた会社の社長さんになり会長さんになりが熱心な仏教信者で、最初はその社長さんだから講師としてお坊さんなんか呼んで、仏教の話をして貰うのをやむなく義理として出席して、最初は批判の立場でいたのが、そういう中で仏教の話を聞いているうちに、自分の考えの足下が崩れるような気持ちになって、自分のエゴというものに気が付いた、という。これが転換のポイントだった」というようなことをお書きになっていらっしゃいますね。
 
児玉:  そうだと思いますね。私が一番言いたいのは、その加藤さんの仏教思想というのは、現在の寺院仏教とまったく対立するものでもなんでもなくて、共存できるものですので、そういう加藤さんの在家仏教に対する誤解というものがなくなればいいがな、と、そういうふうに思っております。
 
金光:  どうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十六年十二月七日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである