聖書によむ「人生の歩み」J老い・病い
 
         関西学院大学名誉教授・東京女子大学元学長 船 本(ふなもと)  弘 毅(ひろき)
 
ナレーター:  聖書によむ「人生の歩み」その第十一回「老い・病い」、お話は関西学院大学名誉教授で東京女子大学元学長の船本弘毅さんです。
船本:   聖書によむ「人生の歩み」も、あと二回を残すだけになってきました。今月は、人間が誰しも避けて通ることのできない重い課題である「老い」と「病い」ということを、聖書に聞きつつ共に考えてみたいと思います。現在の日本が、少子高齢社会であることに異論を挟む余地はありません。二○一四年四月一日現在、日本では子どもの数が三十三年連続で減少しており、全人口に対しての比率は十二・八パーセント、それに比べお年寄りの数は増え続けており、二○四○年には、全人口の三十パーセントに達するだろうと推測されています。世界的に見れば、人口の三十パーセントが子ども、七十パーセントが大人、そのうちの十パーセントがお年寄りだそうですから、これをもし普通な、平常な姿であると考えれば、日本の少子高齢化は異常な姿を呈しているということになります。そしてこの事実は、私たちの社会生活にさまざまな影響を与えています。財政的にも、医療の面でも、極めて深刻な問題を引き起こしていることは言うまでもありません。そしてこの現実は、私たちの生き方や生きる目標、特に若者たちの生活に深い問題を投げ掛けています。若者たちが自分の将来に夢や希望を持ちにくくなっている。そして消極的な、また無気力な生き方が広がりつつあるという現状があります。ですから、「老い・病い」という今月のテーマは、我が国が直面している重要な課題であると言えるでしょう。日本で六十五歳以上の高齢者の数が、史上初めて三千万人を越えたのは、二○一二年のことでした。その年、十四歳以下の子どもの数は、一六五四万人でしたから、ほぼ子どもの数の二倍の高齢者ということになります。世界的には、人口は増加していますが、日本の人口は、減少が続き、国立社会保障・人口問題研究所の発表した推定人口によれば、日本の総人口は、二○四八年には、一億を割るだろうと言われています。政府は、二○一四年一月に経済財政諮問会議のもとに「選択する未来」委員会を設置して、人口減対策を検討し、五月には中長期の日本経済の課題を検討する政府の有識者会議で、五十年後にも一億の人口を保つために、出産・育児支援を倍増するほか、女性の就労支援、外国人の受け入れなどを提案すると報じられましたが、人口減少に歯止めがほんとに掛かるかどうかは、容易な問題ではないと思われます。高齢化が進めば、病人が増えるのは自然な流れですから、医療の問題、その財政的裏付けが深刻な問題になってきます。高齢化が問題にされるようになると、「年をとる」ということに、ある種の哀愁感のようなものが漂ってくることは否定できないと思います。本来健康で、仕事をして、社会に貢献し、年を重ねていくということは喜ばしいことです。ですから日本では、期を定めて、そのことを祝ってきました。六十歳の還暦(かんれき)、七十歳の古希(こき)、七十七歳の喜寿(きじゆ)、八十歳の傘寿(さんじゆ)、八十八歳の米寿(べいじゆ)、九十九歳の白寿(はくじゆ)など祝ってきたわけであります。しかし最近はこのような祝いにも、かつてのような盛大に祝うことはあまりされなくなってきたのではないでしょうか。五木寛之(いつきひろゆき)氏が『林住期(りんじゆうき)』という書物を書かれて評判になりました。古代インドの分類に従えば、人生は「学生期(がくしようき)・家住期(かじゆうき)・林住期(りんじゆうき)・遊行期(ゆぎようき)」に分けられ、「林住期」とは社会人としての務めを終えた後、すべての人が迎える最も輝かしい第三の人生だと言われるのです。この「四住期」という考え方は、紀元前二世紀から紀元後二世紀辺りに広まったそうですが、これを「青年」「壮年」「初老」「老年」というふうに考えると、前半の二期が現役、後半の二期は引退した、いわばおまけの時期という感じがして、何となく侘しい感じがするのですが、五木氏はこの後半に注目をして、この時こそ人生のクライマックス、特に五十歳から七十五歳の林住期こそ、人生の最も円熟した最高の時ではないかと書いておられます。では聖書は「老い」についてどう語っているのでしょうか。旧約聖書の中にヨエルという預言者がいます。十二小預言書の一つに「ヨエル書」というのがありますが、ヨエルという名は、「ヤハウェは神である」という意味を持っています。彼の活躍したのは、おそらくバビロン捕囚後のイスラエルにとっては大変困難な時の後であります。苦難の時を経て、新しい出発をするイスラエルの民に向かって、そのうち「わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。あなたたちの息子や娘は預言し、老人は夢を見、若者は幻を見る」と預言しています。このヨエルの預言は、ペンテコステの日に、ペトロによってなされた初代教会最初の説教の冒頭に引用されていることはよく知られています。旧約聖書には、老人についての言及がしばしば見られ、「老い」を大切に扱ってきたということができると思います。「白髪は輝く冠、神に従う道に見いだされる」(箴言(しんげん)十六・三一)といった言葉があります。老いたサウルが、ダビデの奏でる琴の音で悪霊を去らせたという話、年老いたノアの話などが記されています。特に重要だと思われるのは、アブラハムとサラの出来事で人間的な目から見れば、不可能と思われる年齢になりながら、アブラハムとサラにイクサが与えられた話などに、老人を重んじる旧約聖書の姿勢を見ることができるでしょう。聖書は、神が人間と世界を創造されて、人間は神によって生命ある人格的存在になったと語ります。人間の生の根拠は、ここに存在しています。しかし聖書は、人間の存在を手離しで謳歌しているのではありません。ヨブ記では、ヨブが自分の産まれたことを呪う言葉を発しています。預言者エレミヤも自分の出生を呪うような言葉を語っています。しかしそれにも関わらず、聖書は、だから人生に希望はないとは言わず、むしろ「死んではならない」という戒めがないほどに、創造され、生かされている人間にとって、生きるということは自明のことであるとしている事実を、私たちは見落としてはならないと思います。聖書が語る強い人間の生の肯定は、人間の存在根拠には、神がおられるという信仰と固く結び付いているのです。ギリシャの思想家や現代人が、人格の根源を頭脳や知性に求めたのに対し、聖書は「いのち」の根源を、人間の内臓にあると見ていることが注目されねばならないと思います。「詩編」の一三九篇はこう述べています。
 
あなたは、わたしの内蔵を造り
母の胎内にわたしを組み立ててくださった。
わたしはあなたに感謝をささげる。
わたしは恐ろしい力によって
驚くべきものに造り上げられている。
御業がどんなに驚くべきものか
わたしの魂はよく知っている
 
ここに出てくる「内蔵」は、元の意味は「腎臓」を表しています。ヘブライ語の腎臓は、意志と感情の宿るところであり、人格の最内奥の根源を意味する言葉でありました。日本語の表現にも「肝腎かなめ」という用法がありますが、人間の存在を左右する重要な器官ですから人間の「いのち」は、単にバイオテクノロジーの対象である命(ビオス)でなくて、永遠の生命(ゾーエー)であり、聖書は人間を霊魂と肉体の総合体である一つの人格として理解しています。そしてそのような生命を持つ人間の生は、誕生から死に至るまで、すべての段階で神の守りの中にあり、神の愛の中にあるかけがえのない尊いものなのです。では新約聖書は「老い」をどのように見ているのでしょうか。イエスと幼な子の出会いの話は、共観福音書がいずれも記録していますが、最古の福音書である「マルコによる福音書」では、イエスの幼な子や子どもたちへの思いが非常に強かったことを伝えていると言います。
 
イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤(いきどお)り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」そして、子どもたちを抱き上げ、手を置いて祝福された。(マコ一○・十三―十六)。
 
ここに「憤り」「抱き上げ」「祝福し」と言った行動表現の言葉が出てきますけれども、それは如何にイエスが子どもたちを愛されたかを伝えていると思います。それに比べると、新約聖書の中には、イエスと老人との出会いという出来事はほとんど出てきません。「ぶどう園の労働者」のたとえが、マタイの二十章に記されています。ある人が、自分のぶどう園で働く労働者を雇うために広場に出て行き、夜明けと九時、十二時、さらに三時に労働者を雇い、最後は午後五時にも雇ってぶどう園に送りました。そして日没の時を迎えると、主人は最後に来た者から始めて全員に一デナリオンの賃金を払ったという話です。早朝から働いた労働者たちが、主人に不平を言います。それに対して主人は、「わたしは一デナリオンであなたと契約したではないか。私はこの最後の者にもあなたと同じように支払ってやりたいのだ」と言ったというのです。この譬えは、解釈の非常に難しい喩えですが、イエスの労働者に対する姿勢を示す重要な喩えでもあります。この喩えに登場する、夜明けと共に指名されてぶどう園に送られた労働者は、若くて健康で、日暮れ近くやっと職を与えられて、それまで広場に残されていた人は、多分年老いて、あまり働けない人であったことは充分に推測ができます。そしてイエスは、年老いた人にも目を向けて、声を掛けて、働く機会を与えて、家族の生活を支えるに必要な一デナリオンをこの最後の者にも支払ったと考えてよいと思います。ただこの譬えの主眼点は、「老人」にというよりは、すべての人に同じようにという、イエスの思いが強くあったと読む方が正しいでしょうから、いわゆる年老いた人々とイエスの関係として取り上げることには、少し無理があるかも知れません。しかしイエスの老人への年老いた人々への配慮をみることはできるだろうと思います。新約聖書は、老人を特に問題とする記事は少ないとしても、旧約聖書と同じように、「老いる」ということを、ただ否定的に運命的に捉えているのではなくて、信仰において希望を持って理解していることには、私たちは注目をしなければならないと思うんです。パウロは、「ローマの信徒への手紙」の四章で、アブラハムの信仰を取り上げて、次のように論じています。
 
そのころ彼は、およそ百歳になっていて、既に自分の体が衰えており、そして妻サラの体も子を宿せないと知りながらも、その信仰が弱まりはしませんでした。彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美しました。神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。だからまた、それが彼の義と認められたわけです。(ロマ四・十九―二二)
 
アブラハムは、ただ信じたのではなく、自分と妻の今ある状況を認めながら、そしてそれが人間の判断では、不可能と思われる現実の中にありながら、それによって信仰を弱められることはなく、人を生かし、無から有を呼び出される神を信じたのです。それは目に見えるものによらない。ただ信仰による確信に立ったのでした。年齢と共に深まる思慮と経験を通して身に付く確信に裏付けられた信仰であったと言えるのではないでしょうか。そしてその信仰が、義と認められたと、聖書は言います。イエスは、自然の人間は、生まれ、成長し、老い、死んでいくのであるが、その人間が、「死人を生かし、無から有を呼び出す神の力」によって新しく生まれるということを語っています。信仰によって、人は新しく生まれ変わり、永遠の神の国に希望をもって生きる者に変えられるという信仰によって、人は老いの苦しみや死の絶望を越えて生きる希望を与えられるというのです。
次に病の問題を考えてみましょう。かつて「成人病」と呼ばれていたものが、一九九六年から我が国では「生活習慣病」と呼ばれるようになりました。『現代用語の基礎知識』によれば「生活習慣病」は次のように説明されています。「長年、日本では、がん、脳血管障害、心臓疾患など、四十歳以上の成人がかかりがちな病気を総称して『成人病』と呼んでいた。前記の三大成人病だけでなく、高血圧症、慢性気管支炎、肺血腫、脂肪肝、肝硬変、糖尿病、変形性関節症、白内障、老人性難聴なども含まれる。一九九六年十二月、これらの成人病の多くが、各個人の生活習慣に深く関係があるところから、公衆衛生審議会は『生活習慣病』という概念を導入し、より能動的な予防に取り組もうという提案をした。『食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒等の生活習慣が、その発症、進行に関与する疾患群』と定義され、従来成人病と呼ばれていた病気の多くが含まれる」と。これらの病は、多種多様に亘り、年齢と共に多かれ少なかれ、誰もが経験することであり、老いるということは、病むことと深く関わっているという現実を、我々は否定することはできないと思います。パウロは異邦人伝道してキリスト教をユダヤの一地方宗教から世界の宗教へと広めた偉大な伝道者ですが、必ずしも健康に恵まれてはいなかったようです。いろいろな病気に悩まされていたようです。彼はそれを、「わたしには肉体のとげがあり、それを取り除いて頂くように、何度も主に祈ったが、取り除いては頂けなかった」。それにも関わらずパウロはそのすべてを神の意志として受け止め伝道の業に励んだのでした。「弱さの中に神の力が働く。だから弱さを誇るのだ」と述べています。先に引用した「ヨエル書」と同じ、十二小預言書の中に、「ゼカリヤ書」という預言書があります。ゼカリヤとは「ヤハウェは憶えられる者」という意味ですが、この預言の最後にこういう言葉があります。
 
見よ、主の日が来る
その日には、光がなく
冷えて、凍てつくばかりである。
しかし、ただひとつの日が来る。
その日は、主にのみ知られている。
そのときは昼もなければ、夜もなく
夕べになっても光がある
 
ゼカリヤは、主の再臨と共に始まる新しい時代には、夕べになっても光がある。その時には暑さも寒さも昼も夜もなく、エルサレムからは生命の泉がわき流れ、主は全地を支配し、エルサレムは復旧して平和な光の輝く町となると預言をしているのです。夕べになっても光のある人生を、主が導いてくださるというのです。
渡辺和子先生は、
 
今、いただいている仕事が、いつまでできるかわかりません。若い時には、他人のためにできていたことが、今は、していただく立場になっていること、三十分でできていたことが一時間かかるなど、自分のふがいなさを感じています。八十六年も働いてくれた目、耳、その他の痛んだ部品に、「今までありがとう」といいこそすれ、責めない自分でありたいと、しみじみ思います。老いてなおできること、それは、ふがいない自分を、あるがまま受け入れ、機嫌よく感謝を忘れず生きること。忙しかった頃、疎かにしがちだった神との交わりを深めてゆくことでありたいと願っています。(幻冬舎)
 
と書いておられます。先生らしい言葉だと思います。私たちは、「老いてなお」の後に、どのような言葉を入れるのでしょうか。これは私たち一人ひとりに問われている問いだと思います。この問いの前に立つうちに、私は、スコットランドに留学していた時、アイオナ島を訪ねた時のことを思い出さずにはいられません。アイオナはスコットランドの西の海に横たわる小さな島です。コルンバ(521-597年)は、アイルランドの貴族の出身でしたが、十二人の同士と共にスコットランドに渡り、アイオナに修道院を建て、その修道院長として三十四年を過ごしたと伝えられています。コルンバはアイオナの岩の上に座って、はるか彼方のスコットランド本土を見つめて祈って、伝道の機会を待ったと伝えられていますが、ここを拠点としてスコットランドの海岸地方、および北アイルランドにキリスト教を伝えたと言われ、スコットランドの人々にとっては、聖地とも言われている地であります。このアイオナの修道院は崩れ廃墟になっていたのですが、一九三八年にスコットランドのキリスト者たちがアイオナに渡り、聖堂の再建運動を始めたと言われています。多くの人々が崩れ落ちていた石を一つずつ積み上げて、聖堂を再建しました。この働き、運動は、スコットランドの教会に新しい命を吹き込み、信仰復興運動となったのでした。この献身と奉仕の精神を受け継ぐアイオナムーブメントは、今も世界中の心ある人々によって支持され、多くの人々がアイオナを訪れて、祈りと奉仕の生活をしています。このアイオナで過ごした数日は、私には忘れられない貴重な時でした。再建された聖堂の入り口にこんな言葉が刻まれていました。
 
This is the first day of the rest of your life.
(今日という日は、あなたの生涯の残された第一の日である)
 
これは、単に流れて行く歴史の中の一日ということではありません。主にあって生かされて歩む信仰の歩みにおける第一日ということだと思います。私たちは、速さの異なる二つの時間を生きているのではないでしょうか。慌ただしく過ぎていく毎日を生きています。しかし、同時に、私たちは、信仰によって永遠につらなるもう一つの時を生きることが許されているのではないでしょうか。短い限られた過ぎゆく時を生きながら、同時に永遠に続く信仰によって歩む時を、生きることが許されているのではないでしょうか。その意味で、今日というこの日は、私たちに残された人生の歩みの第一日、初日なのだと思います。若き日には若き日の使命と意味があり、老いた日には老いた日の使命と意味があります。人生の歩みをあるがままに、自分のなり得るものになって生き抜きたいものだと思います。
 
     これは、平成二十七年二月七日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである