生死(せいし)と生死(しょうじ)
 
                藍野学院短期大学教授 佐々木(ささき)  恵 雲(えうん)
一九六○年、滋賀県に生まれ。大阪医科大学卒業。医学博士。西本願寺あそか診療所所長。大阪医科大学講師。総合内科専門医。糖尿病専門医。ビハーラ活動推進委員会企画研究専門部会委員。滋賀教区湖北組西照寺住職。
 
ナレーター:  「生死(せいし)と生死(しょうじ)」と題しまして、藍野(あいの)学院短期大学教授で医師でもあり、僧侶でもある佐々木恵雲さんにお話を頂きます。人が生まれることを意味する「生」の字と、亡くなることを意味する「死」の字を重ねて、私たちは通常「生死(せいし)」と読んでいます。しかし仏教の読み方は「生死(しようじ)」です。医師であり、僧侶である佐々木さんは、異なった二つの立場で人の生き死にを見つめてきました。医師の立場から言えば、生と死は対立するものであり、死は避けるべきもの。一方僧侶の立場では、生と死は一体であると捉えます。佐々木さんは、生あるものは必ず死を迎えるという仏教の説く「生死(しようじ)」で、いのちの大切さに目覚めることが重要だと考えています。佐々木恵雲さんは、一九六○年(昭和三十五年)滋賀県のお寺に生まれ、大阪医科大学を卒業、医学博士で、現在は藍野学院短期大学教授と宗派本山が運営する診療所の医師を兼ねています。そして滋賀県にある西照寺(さいしようじ)の住職でもあります。佐々木さんは、仏教の生死の教えに立ち、今まさに生きているこの一瞬を精一杯生きることの大切さを説いて、人々の治療に当たってきました。それでは「宗教の時間―生死(せいし)と生死(しょうじ)」、佐々木恵雲さんのお話です。
 
佐々木:  私の職場としております病院や高齢者施設での経験を通して、具体的なお話をしていきたいと思います。「いのち」という言葉は、現在宗教のみならず、いろいろな科学、あるいは環境問題でも一つのキーワードになっています。最初に「生死(しようじ)」ということについてお話をさせて頂きます。「生きる」「死ぬ」と書きますと、私の医者仲間は、大体「せいし」と読み、仏教者は「しょうじ」と読みます。特別仏教と関係のない普通一般の人で、これを「しょうじ」と読む方はほとんどおられません。大概の人が「せいし」と読みます。「生きる」「死ぬ」を「生死(せいし)」と読む場合、例えば医者の立場から言いますと、そこには生と死は対立したものであるという考え方が背景にあります。医学では、基本的には死は避けるべきもの、あるいは対決するものである、という見方をします。生きていることが最高である。死ぬことは、言い方を換えれば敗北である。医学を志す人たちは、このような考え方に基づいて教育を受けますから、死について具体的な教育を受けたという経験がありません。医者は、生とは何か。生きるとはどういうことなのか、ということについては教育を受けますが、死とは何かということや、死を受容して生きるということの大切さについてはほとんど教育を受けていません。これは現在でもそうです。一方、「生きる死ぬ」を「しょうじ」と、仏教語として読みますと、この逆は「涅槃(ねはん)」という言葉になります。サンスクリット語で「しょうじ」は「サンサーラ」、「涅槃」は「ニルヴァーナ」と言います。仏教では、「涅槃」を「悟りの生」と考え、「しょうじ」を「迷いの生」と捉えます。科学では、生と死は対立するものとして捉えますが、仏教では、生きていることと死んでいること、生と死は一体であると捉えます。ここに仏教的な考え方の特徴があります。基本的に医学では、生と死は対立すると見ますが、お面白いことにだんだん科学が発達してきますと、そのような見方だけでは治療や研究が上手くいかなくなってきました。癌細胞は、もの凄く増殖力が強くてズッと生き続けます。実際に一九八○年代にアメリカのある女性の癌細胞が培養されて、それが今日に到まで世界中で使われています。癌細胞を増殖して、いろいろな実験に使うことは、医学にとって非常に大事なことだからです。癌細胞の特色は、「不死細胞」であるということです。ある程度の栄養状態があれば、癌細胞は死ぬことがなく、どんどん生き続けます。文学的に言えば、「不死細胞」とは、死ぬことを忘れた細胞です。人は必ず死ぬと言いますが、細胞も必ず死ぬことを運命付けられていることが、最近の科学でわかってきました。正常な細胞は、ある一定の寿命がくれば、必ず死を迎えます。ただ癌細胞だけは死ぬことを忘れた細胞なんです。今までの癌治療法は、基本的には外科手術や放射線、抗ガン剤などの科学治療でこの癌細胞を徹底的に叩く。嫌な言い方をすれば、殺す治療だったわけです。しかし、この治療法には、なかなか難しいところがあります。癌細胞と雖も、人間の細胞からできていますから、正常な細胞と癌細胞とを区別することが難しい。抗ガン剤治療で癌細胞を殺すけれども、その際患者の正常な細胞も一緒に殺してしまう。癌治療で苦しい副作用があるというのは、そういうことなのです。最新の癌治療の中で注目されている研究は、死ぬことを忘れた細胞に、もう一回死ぬことを思い起こさせようとする方法です。癌細胞に、「私は本当は死ぬべき運命にあるんだ」という情報を与えてやると、癌細胞は、「あ、私は死ななくちゃいけないんだ」と気付く。つまり不死でなくなるわけです。細胞が自ら命を絶って死んでいくことを「アポ凍死」と言いますが、この現象がないと私たちは生きていけません。例えば皮膚からは垢が出ますが、これは細胞が入れ替わっている証拠です。細胞も血液も骨も、すべての組織はある程度年数が経つと入れ替わります。ですから不思議なもので、意識的には二十年前の私と、今の私は同じ人間だと思っていますが、細胞のレベルからいうと、全部入れ替わっているわけです。脳から下の組織はほとんど入れ替わっている。これが生き物の特徴です。だからこれまで医学などの科学の世界では、生と死を対立するものと考えてきましたが、実際は生きているということと、死んでいるということを、別々に考えることはおかしいわけです。そうではなくて、生と死は隣合わせにあるということが少しずつわかってきました。現代は、科学が発達し、便利で豊かな生活を送ることができるようになりました。しかしそのような豊かさによって死が隠され、そのことが生きているという実感をも失わせているという問題があります。死を知ることは非常に難しい。頭でいくら考えても、自分が死ぬということに、特に若い人はなかなか実感として思い至ることがありません。ですからホスピス、あるいは高齢者施設といった実際の現場での経験が非常に大事になってきます。人が亡くなる場に巡り合う中で、死ということを自分自身のことと受け取っていく。自分がそのような経験をすることで、自分自身もまた成長していく。そのような現場での営みが大事です。病院で亡くなる人の割合は、今では八十パーセントを越え、ほとんどの人が病院で亡くなるようになりました。しかし、これはつい最近の現象です。昭和三十年代には、逆に自宅でなくなる方がほとんどでした。このことは、言い換えると、今の若い人たちは、人が亡くなるところに出会うという経験を、ほとんどしたことがないということです。昔であれば、お爺ちゃんやお婆ちゃんが亡くなる時には、みんな枕元に並んで、その最期を看取るという習慣がありましたが、今のお父さんやお母さんの中には、「あんな姿のお爺ちゃんお婆ちゃんを見せたら、子どもがショックを受ける。可哀想やから見せたらあかん。病院に連れて行かなくてもいい」と言われるケースも増えてきています。非常に由々しきことですが、多くの人、特に若い人は、死を看取るという経験がなくなってきているんです。子どもたちも、人が亡くなる現場に立ち会うべきであり、そのことによって初めていのちとはどういうものかということがわかります。そういう経験が、今はなかなかできなくなってきています。現代という時代は、死を私たちの目の前から遠ざけよう遠ざけようとしている時代なのです。このことは、さらに言うならば、老いを、さらには生きていること自体を遠ざけようとしていることになります。実際に医者という職業は、病や死をできるだけ遠ざける役割があります。現代は、「生・老・病・死」がどんどん見えにくくなっている時代であるということが言えます。「一人称の死」「二人称の死」「三人称の死」という言い方があります。自分にとって、顔見知りではない人が亡くなったことを「三人称の死」と言います。親しい友や家族の死は「二人称の死」と言います。グリーフケアは、この「二人称の死」を、如何にケアしてあげるかということに繋がります。「二人称の死」「三人称の死」ということがあるならば、「一人称の死」ということもありますが、実は仏教の根本は、この解決にあります。『仏説無量寿経(ぶつせつむりようじゆきよう)』には、「独り生れ独り死し、独り去り独り来る」という文がありますが、その通りです。人は、一人で生まれ、一人で死んで逝きます。私には、小学生の娘がいるのですが、ある時二人で遊んでいる時に、「お父さん、死なない人っているの?」と言われて愕然としました。まさしく死なない人はいないのですが、人間にとって仏教の根本問題である「一人称の死」をきちっと受け止めることは一番難しいことです。だから釈尊は、この問題の解決のために出家され、それ以来ズッと仏教はこの解決に当たってきたのです。私の浄土真宗は、在家仏教として「二人称の死」も大事にします。「二人称の死」をグリーフケアを通して、さまざまな人の出会いと、別れの中で経験しながら、一人称としての自分自身の死を受け止めていく。そういったプロセスが、私たちの人生の中で重要な意義を持っていると思います。自殺も現代の大きな問題です。日本の自殺者の数は、十年連続三万人を越えています。一九七二年(昭和四十七年)には、交通事故の死亡者は約一万七千人で、自殺者も同じくらいの人数でした。三十年経って、交通事故による犠牲者は半分に減りました。これには車にエアーバックが付いたり、道路交通法が厳しくなったという外的要因があります。交通事故による死者は半分に減ったのに、自殺はなんと三万人を越え、二倍になったのです。これは異常な状態としか言えません。「日本は豊かになった」と言いますが、自殺者が交通事故死者の四倍にもなっている状態は、五木寛之さんもよくおっしゃっていますが、「心の戦争」と言っても過言ではありません。にも関わらず、そのような状態に立ち向かおうという気運が、今の社会で高まっているとは言えません。私の知り合いで、今は三十歳代の男性ですが、非常にナイーブ(naive:純粋で傷つきやすい様)な青年だったので、いろいろな悩みがあって、二十五、六歳の時に自殺を考えた人がいます。その人は本気で命を絶とうと思って思い詰めていたのですが、最後に自殺する前に、お母さんの声を聞こうと思って、離れて住んでいるお母さんに電話しました。それで、「私が生まれてきた時、お母さんはどう思ったの?」と聞いたのですね。すると、やはりお母さんも何か今日の息子の様子はおかしいな、と思われたのでしょう。ちょっと間をおいて、お母さんはどう答えられたかというと、「やっと会えた。この子のためなら、自分の命は捨てられると思った」と答えられたそうです。その母の声を聞いて、青年は電話を切った後、「お母さんの愛がありがたい。自殺を考えた自分が申し訳ないという気持ちが込み上げてきて、号泣した」と言っていました。私たちは、生まれた時から、あるいは生まれる前から、いろいろな願いや思いが掛けられている存在と言います。「自殺する人は、心の弱い人だ」とか、「自殺する人を止めることはできない」という人がいますが、決してそうではありません。「自殺するという決意が、百パーセント固まっている人に、一人として出会ったことがない」と精神科の先生はおっしゃいます。自殺の危険性が非常に高い人でも、死んでしまいたいという気持ちと、この苦しみを忘れ生きていたいという気持ちとが、死ぬ直前の最後まで激しく揺り動いているわけです。周囲の私たちが、そういう思いをちょうどその時に聞き取ることができないと、その気持ちが絶望に変わって亡くなってしまうということもあるのです。決して心が弱いから亡くなっているわけではないのです。現在、日本では、「癒やし」ということがブームになっていますが、ただこの言葉は気を付けて使うべきだと、私は思います。「癒やし」という言葉は、もともとどこから来ているかというと、聖書から来ています。聖書では、「癒やし」は、病気や苦痛を癒やすという意味で使われていて、「心の癒やし」という場合には、「救い」とか「平安」という言葉で表現されていることが多いようです。現在使われている「癒やし」とは。そのような聖書的な意味ではなく、「リラックスする」とか、「この音楽を聞いていると癒やされる」あるいは「あの人に癒やされたい」と言った使われ方をすることが多いようですが、そこには甘えや上下関係の要素が大いに認められるとは言えないでしょうか。チベットのダライ・ラマ(世界的に著名な仏教指導者の一人であり、チベット仏教のゲルク派において最高位の仏教博士号(ゲシェ・ラランパ)を持つ僧侶である)も何年か前に来日された時、「世界的に受動的な救済願望が広まっている。シーリングパワー(癒やす力)という考え方は非常に危険だ」という警告をなされていました。同様に、今使われている「癒やし」という言葉には、充分気を付けなくてはいけないと思います。仏教は、甘い教えではありませんから、上位者から庇護して貰うといった上下関係とはまったく無縁のものです。仏教とは、「癒やし、癒やされる」ということを追求するものではなくて、常に自己に問い掛けながら自己を確立していく、非常に厳しい教えです。「共感」という言葉は心理学でよく使われる言葉です。みなさんの中には、カウンセラーの資格を取られた方がおられるかも知れませんが、その際にも必ず心理学の基本は「受容と共感である」ということを習われたと思います。最近心理学の先生とお話することがあるのですが、その時私は、「心理学では、受容と共感はもっとも基本的なことである、と言われているけれども、仏教の立場から言えば、受容と共感ほど難しいことはない」と話します。人の話が受容でき、共感できるなら、それはほとんど悟って仏になることに近いのではないかと思うわけです。「共感」とは、それくらい難しいことです。ドイツの古い諺に「共に喜べば、喜びは二倍になり、共に悲しめば悲しみは半分になる」という言葉があります。これは共感のことを言っているのですが、大事なことである。ただ非常に難しいことでもあります。金子みすず(大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した童謡詩人:1903-1930)さんの詩に「さびしいとき」という題の詩があります。
 
「さびしいとき」
わたしが さびしいときに
よそのひとは しらないの
 
わたしが さびしいときに
おともだちは わらうの
 
わたしが さびしいときに
おかあさんは やさしいの
 
わたしが さびしいときに
ほとけさまは さびしいの
 
お母さんは、自分が寂しい時に優しくしてくれる。けれども一緒になって寂しがってくれるのは仏さまだ。金子さんは、本当の意味で共感できるということは、もの凄く難しいことなのだ、ということを教えてくれているのです。「共感する」ということは、仏教の「慈悲の心」にも通じてくることです。今後、「共感」ということが非常に大事になってくると思います。私自身、人との共感はなかなか難しいけれども、そのような共感は、深い願いを頂いたところから生まれているんだな、と思ったことがあります。ある介護施設に仕事で行った時の話です。九十歳の女性でしたが、十年間ほど寝たきりで過ごされていました。実の娘さんのお話でも、「私にもあまり喋ってくれないし、全然反応を示してくれないんです」とおっしゃいます。私が、「どうですか? 如何ですか?」と言って、手を握ってあげても、あまり反応はありませんでした。けれども、ある時横の患者さんから、「先生、いつも先生が来られた後、あの人は先生に手を合わせて頭を下げておられましたよ」と教えて頂きました。素晴らしいな、と思いました。他人に対する感謝の気持ちをしっかりとお持ちなのです。けれども、そういった気持ちを表に出すことが恥ずかしい。だから見えるところではなくて、見えないところでそういう気持ちを表しておられるんです。何とも言葉で言い表しようがないのですが、非常に熱いものを感じた経験があります。医療や介護現場では、教えて頂くことがたくさんあります。ターミナルケアは、大事な活動ですが、「ターミナルケアとも何ですか?」と聞くと、お医者さんの中にも、「できるだけ安らかに死んでもらうための手立てを取ることである」と言われる人がいます。しかしターミナルケアの役割とは、安らかに死んでいくことではなくて、人が人間らしく生きるということであると、私は考えています。正岡子規(まさおかしき)(俳人、歌人、国語学研究家:1867-1902)が、『病床六尺』の中で、看護や介護に通ずる素晴らしい言葉を残しています。彼は、結核になり、カリエスと言って骨に結核ができ、最後は激痛に見舞われます。痛くて起き上がれないし、歩くことなどとてもできない状態で、ズッと寝たきりで激痛に耐えていたわけです。彼は、禅宗とも関係があったらしく、「悟り」という言葉を使っていますが、「余は今まで禅宗のいわゆる悟りということを誤解していた。悟りということは、如何なる場合にも、平気で死ぬることかと思っていたのは間違いで、悟りといういうことは、如何なる場合にも、平気で生きることであった」と書き残しています。「悟り」とは、死ぬことではなく、生きることである、ということです。ターミナルケアに関わっている医師も、やはり同じことを言いますが、人間が人間らしくどう生きたか、ということが大事なのです。患者さんの中に、何人も「死にたい、死にたい」とおっしゃる方がおられましたが、その言葉の裏には、「生きたい、生きたい」という思いが隠されています。だから「患者さんが死にたいと言っているのだから、安楽死させてあげよう」という医療者の短絡的な思い込みは大変危険です。生と死は、対立するものではなく、表裏一体の関係です。また生と死は、はっきりポイント(点)として示されるものではなく、プロセス(過程)として考えるべきものです。臨終において、生に重点をおいて考えると、延命とうことになり、逆に死に重点を置くと、安らかな死を迎える、ということになります。最期は、「延命処置」か、「安らかな死」のどちらを選択するかという議論になります。このような延命処置を続けるか、あるいは安らかな死を迎えるかという問いは、最後は極端にいうと、「安楽死をさせるかどうか」という議論に繋がってしまいます。しかし長いプロセスで見れば、生と死は対立するものではなく、一体のものである。これからは「生死(しようじ)」という概念が大事になってくるのではないでしょうか。
 
     これは、平成二十三年二月二十日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである