デクノボーと地涌菩薩―宮沢賢治の法華経信仰―
 
                 新潟大学名誉教授 斎 藤(さいとう)  文 一(ぶんいち)
一九二年、岩手県北上市生まれ。東北大学理学部卒業。専攻は物理学。理学博士。オーロラの研究者として南極観測隊に加わったのち、新潟大学理学部教授を務める。退官後、名誉教授。詩人でもあり、詩誌『歴程』同人。一九七七年、『宮澤賢治とその展開』で藤村記念歴程賞受賞。宮沢賢治イーハトーブ館前館長。
 
ナレーター:  東北と関東地方の太平洋岸を襲った大地震と大津波。そして原子力発電所の大事故。未曾有の大惨事に見舞われている今、宮沢賢治へ関心が静かに深まっています。宮沢賢治は、三陸大地震と大津波に加え、大雨と大洪水が相次いだ明治二十九年に生まれ、大地震と大津波に見舞われた昭和八年に亡くなりました。宮沢賢治の三十七年の生涯は、大災害に縁取られていました。仏教へ熱い信仰を寄せていた宮沢賢治は、「世界が一つの意識になって、世界全体が幸福にならない限り一人ひとりの幸福もあり得ない」と書き残しています。他の人のために生きること、それこそが自分の生きる道であるとした賢治が、八十年前に書き残したのが、「雨にも負けず風にも負けず」の詩です。その詩の中に書かれている「デクノボー」が、賢治の理想の人間像でした。今日は、物理学者で、新潟大学名誉教授の斎藤文一さんに、「デクノボーと地涌(じゆ)菩薩―涙ぐむ宮沢賢治」と題してお話頂きます。
 
斎藤:  「雨にも負けず」
雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して瞋(いか)らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしはなりたい
 
(原文))
「雨ニモマケズ」
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋(いか)ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ?ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
 
私は長い間、宮沢賢治に親しんでまいりましたので、今日は宮沢賢治の法華経信仰、特に「雨にも負けず」に出てまいります主人公の「デクノボー」と『法華経』に出てまいります「地涌菩薩」地から涌き出るという意味で「地涌菩薩」と言いますが、それについてお話したいと思います。そこで私の超高層物理学と、それから今回の東北関東大震災についても少し触れていきたいと思います。さて今日本でもっとも多くの国に翻訳されているものが、宮沢賢治であると言われます。そのわけは、彼の独特の生命思想が注目されているからですね。その彼の独特の生命思想の内容を具体的に言えば、いわゆる「共生(きようせい)思想」と思います。「共に生きる」という、「生きている」という思想であって、これは生物の種を超えて、人種を越えて、民族を越えて繋がっていると。すべての生き物は、みんな兄弟であると。それを深く捉えていかなければならないと思います。世界の人類ですね、世界の人類が目覚めていかなければならないという思想まで、実践的な立場でこれを捉えていくと、いろんなレベルでそれが問われると思います。しかしこれをとことん実行するとなると、とても難しいことがすぐわかる。何故って言いますと、いわゆる弱肉強食ですね、これがなければ命は続いていかないということで、共生思想は大きな抵抗と出会わなければなりません。一方今世界では、環境の危機が叫ばれております。例えば生態系の破壊とか、海洋の汚染とか、オゾン層の破壊とか、地球温暖化というように、大きな規模で地球を襲っておりますけれども、問題はそこに人間の力が深く関わっているということであります。とりわけ戦後六十年の間、人間の文明の追求の仕方が、経済成長先導型というやつで、弱いものは全部駆逐していくと。人間中心主義を通していくと。強いものが支配していくと。それをみんな当然と思ってきたわけです。しかし宮沢賢治は、そうじゃなくて、これをひっくり返して、支配者に襲われる側の命というものに立たなければならないというのがこの思想なんです。これはいわば人間中心主義、つまり人間の利己心―傲慢さといいますか、これは「増上慢(ぞうじようまん)」(仏教の七慢の一つで、未熟で悟りを得ていないにもかかわらず、悟りを身につけたとして誇るような慢心をいう)ですね、そういうふうに言われますが、そういうものが深く問われているということになります。つまり人間は、ここで生まれ変わるというか、自分たちが生まれ変わらなければならないということに繋がっていると。みんな昔からの兄弟ということもあるんだなぁ。それは宮沢賢治は、自分の最愛の妹が死んだ時の挽歌の中に「みんな昔からの兄弟」という言葉があるんですよ。それは昔からですよ。昔からすべての生命が一つの細胞から発展したというか、宇宙だって一つの真空の極微粒子から生まれてきたというんですね。「エレメンタリー・ライフ(原初のいのち)」と。〈物/心〉統一体としての「いのち」について考えてみると「〈原初のいのち〉とは、その内部に両者の間に高度の対称性を備えた精神と物質の統一体である」と仮定することができるのではないか。そういう〈いのちの素〉としての原初形を、〈原初のいのち〉〈エレメンタリー・ライフ〉と呼ぶことにする。いのちの源泉。だからそこまで辿っていけば繋がると。宮沢賢治は、そういう時代はまだ来ていない。つまり「まことのことばは失われ」という言葉が、タイトルの下についていますよ。「本当の言葉はどこにあるか」「どういう内容か」というと、宮沢賢治は、それは「ライフ・イズ・ワン(Life is one)」いのちは一つ! それはエレメンタリー・ライフまでいかなければならんと。宇宙的な資源の始まりの問題まで考えていくと「Life is one」と。「いのちはひとつ。生命は一つ」と、そういうところに達すると思うんですね。この「みんな昔からの兄弟」というのは、非常に深い思想だと思うんです。そして「春と修羅」には、「ほんとうの言葉は失われている」と。「ここにはないんだ」と。探さなければならないという。宮沢賢治は問いの形でしか出していないんだけど、今の近代科学を使って攻めていくと、宇宙の始まりまでいって、「エレメンタリー・ライフ」―「いのちは一つ、生命は一つ」と。それが新しい視点ですね。一方、宮沢賢治の思想の根底には、二つの源泉があると言われています。「科学」と「宗教」というものがある。一つは「科学」である。それは物理学や、化学や、生物学や、まだありますが、宮沢賢治は後に農業技術者として立つことになりますから、物理学や化学や生物学など、これを実践的に扱うということで、苦心して指導に当たりました。一方の「宗教」ですけども、何と言ってもその中心にあるのは『法華経』です。『法華経』は大乗仏教の華と言われるもので、そこでは要するに悟りを開いたブッダ―仏さまがこの悩める衆生を、苦難を救済するために、この地上に仏国土―仏さまの国土を開いていこうというので、大変理想主義的な今日でも魅力あるものとして評価されるものがあります。問題は科学と宗教というものがある。これは、勿論対立する面もありますけれども、我々が普通思っている以上に、この二つの思想は近い距離にあると。お互いがお互いを尊重し、支え合っていかねばならないという関係にあるということを、宮沢賢治は感じていました。ですから一方が他方を無視するということになりますと、いろんな危機が起こってくる。つまり暴走するんですね。そこで「雨にも負けず」でありますけれども、「雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、丈夫ナカラダ(体)ヲモチ」これは短い生涯三十七歳の生涯の到達せんとして大変有名なものです。これは小さな百数十ページの小型の手帳に書き込まれた文章でありますが、この詩を全体として考えなければならないのは、彼が農業技術者であるという一面でございます。彼が農業技術者として一々の農民に対して、土壌改良のアドバイスなどをメモに示しまして手渡すと。図表、絵図、グラフ―大小さまざまな図面を作りまして農民に接したと。それは植物生理学や生態学や気象学や、地質学や化学など多方面にわたっていて、そして苦心して作られたものであります。それは夥しい数に上っていたと言われております。そして「東ニ病気ノコドモアレバ、行ッテ看病シテヤリ、西ニツカレタ母アレバ、行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ、南ニ死ニサウナ人アレバ、行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ」このようにですね、一々「行って」という言葉が付いております。つまり彼がこちらから出向いて行って手を差し伸べるという思想があります。そして「アラユルコトヲ、ヨクミキキシワカリ」という文章がきます。で、原文によりますと、初めは単に「ヨクワカリ」とだけ書いてあったものが、書き加えまして、「ヨクミキキシ」という言葉が付け加わりました。「ヨクワカリ」が「ヨクミキキシワカリ」ということでは分かり方のレベルが違います。このようにして、最後に「デクノボーと呼ばれるものになりたい」と。「わたしはそういうものになりたい」と、宮沢賢治は言っています。「デクノボー(木偶坊)」というのは、もともとはあやつり人形や傀儡(くぐつ)のことで、転じて無能の人、役に立たない人、気のきかない人のことをののしっていう言葉である。無価値で、邪魔者でさえあり、落ちこぼれ、ろくでなしなど、まったくイメージとして悪い言葉でありますけれども、宮沢賢治は「デクノボーと呼ばれるものとなりたい」と言っています。つまり「デクノボーと呼ばれたい」ということが述べられているのでありまして、宮沢賢治は、自分の地位、自分の立場というものを低くして、低い位置で農民と出会っていくということが、ここから窺われるわけであります。このように宮沢賢治は、この慢心―増上慢に対して激しく反省していたということが窺われるわけであります。さて、この「雨にも負けず」と並んで、もう一つ重要なメッセージがございます。それは宮沢賢治は、全体として「農業は芸術である」と。従って「これに携わる農民は、大自然を相手にした芸術家である」という思想がありまして、これは大変理想主義的なものでありますけれども、
 
まずもろともにかがやく宇宙の微塵(みじん)となりて
無方(むほう)の空にちらばろう
 
これは『農民芸術概論綱要』この文章の中に出てくる一節であります。
 
まずもろともにかがやく宇宙の微塵となりて
無方の空にちらばろう
 
つまり一人ひとりの個人が微塵のようになって宇宙に広がっていこうと。ここら辺りのところに、私の超高層物理学が強く関わっていると思います。超高層物理学という物理学を中心にして、天文学や地球科学などを取り入れた大変魅力のあるものでありますが、またところどころで宮沢賢治と出会ってまいります。それはどういうところかといいますと、要するに太陽と地球が出会う。天と地が出会うわけですけれども、その中間に両者を媒介するものがある。これは地球大気圏、いわゆる大気圏、賢治は「気圏(きけん)」という名前で重視しておりました。「気圏」はいろんな層がございますけれども、大きくわけて「下層」と「上層」がある。下層はいわゆる気象学の世界です。一方の上層は、下層とガラッと違って、その上層部の上の方、さらに上部へいきますと、これが超高層です。超高層のさまざまな現象がありますけれども、代表的なものは北極と南極に現れますオーロラですね。オーロラは、肉眼でもハッキリと見えて、そしてその下に立ちますと、空まで一面に乱舞するということで大変驚くべき光景でありますが、その色は高度によって、緑色、青色、赤色という具合に変わります。ここに一つの興味のあることがあります。というのは、この色を地上の、普通の実験室で再現しようと思ってもなかなか出てこない。どのような元素をもって発光させようとしても出てこないということで、当時人間はこのオーロラには未知の珍しい元素があって、それが発光しているんではないか、というふうに言われた時代があります。しかし研究が進んで、これはある一つの極限状態を作ってあげますと、地上の元素を使って発光させることができる。この色のスペクトルも実現することができると。これは量子力学を使って理論的にも解明することに成功しました。ところが驚くことに、このオーロラの光の強さを千分の一程度に弱くしてやりますと、地球上全体赤道上でも発光現象がわかると。これは肉眼では見ることができませんけれども、精密な観測で出て来ると。要するに地球は、光りのベールで全体が覆われているということがわかってまいりました。問題はその主体は何かということになりますと、大気の素材であるところの原子や分子や、マイナスの電気を帯びた電子や、プラスの電荷を帯びたイオンとか、そういうものが主体となっていることがわかってまいりました。要するに、この輝く微塵体、つまりミクロな微粒子群が主体であると。これは地球だけではなくて、いろいろな星々でも実現しています。例えば星は星雲の中から誕生するわけですけども、そういう誕生のメカニズムはどうかと。そういった星は、成長し、進化し、やがては崩壊する。崩壊した残骸はどうなるかと言いますと、さらにまた長い時間を掛けて星がそこから生まれる。そういう輪廻の過程ですね。そういうことが言われます。ここでも主体となるのは、ミクロな粒子群であると。要するに簡単に言えば、微塵体ですよ。ここに宮沢賢治のメッセージが生きていると。輝く「宇宙の微塵となりて、無方の空に散らばる」と。これをまさに地球は光のベールで覆われた惑星であるぞ、という超高層物理学の世界、そのものを宣言しているのではないかと思って、私は感激したことがあります。さて『法華経』ですけども、その『法華経』の地涌菩薩は地から生まれたと。地涌菩薩は、それは第十五章「従地涌出品」なんですよ。地涌菩薩の章を敢えて書いたということに、選ばれた特定の人ということに重点を置かないということが、そういう意味で「従地涌出品」というのは、『法華経』きっての預言的な意味をもっていると。で、ブッダが最後の説教で、自分を取り巻くいろんな菩薩に対して、次のように言います。「今は正法、つまり『法華経』は正しく伝えられる時代であるけれども、やがて確実にそれが曲げられて末法の時代が来る。正法から末法の時代が必ずやってくる。それは困難な時代である」と。ですからここで自分の直系の弟子を派遣して、世界の隅々まで渡って活動して貰わなければならない。これが地涌菩薩ですけども、地涌菩薩は地から生まれたと。これは地とは大地であって、それは闇の世界ですよ。決して天上から颯爽と舞い降りた天女のような格好良い姿ではないと。ですけども、これこそ末法の時代に主役となって活躍するという意味を持って預言的に呼び出された人たちを地涌菩薩というようです。それは地で育てられたものが、地上に出て来るわけであって、それは砂漠でも、ツンドラでも、みな地から生命が涌き出るわけです。季節が来ればね。それはそういう意味で繋がっていると、僕は大きくそういうふうに捉えますね。『法華経』の、これは預言ですけれども、あらゆるところに菩薩が現れるというか、仏性ですよ。仏さまのような性質があらゆる個体に本質的にあると。そういうものが輝いた微塵体となって現れてくると。その地涌菩薩を現しちゃうんですね、目の前で。千年ぐらい経った後に、地涌菩薩たちの中には最も優れた上行(じようぎよう)菩薩、無辺行(むへんぎよう)菩薩、浄行(じようぎよう)菩薩、安立行(あんりゆうぎよう)菩薩という四人の指導者がいる。上行菩薩は、すべて人が先生であると。つまり地位が高くて、権力の力を持って、そして弱いものを虐めるという側の権力者がいっぱいいるけども、上行菩薩はその人を拝むと言っているわけです。「あなたの上に仏さまがおります。尊い人なんだ」と言って廻るわけだ。そうするとあんまり拝まれるもんだから、拝まれた人は怒ってね。それでも上行菩薩が拝むと。これは素晴らしい存在です。上行菩薩は選ばれた人なんだよ。だけど地涌菩薩は大衆まで及ぶと。つまり天から颯爽と舞い降り、天女のように選ばれた人が来るんじゃなくて、地涌菩薩はたくさん人が出て来ると。そこが地涌菩薩たちが続々と地に現れてくるということですね。大事なことは、それが地涌菩薩たちが一人や二人ではない。続々と次々と地涌菩薩が現れて、地上で『法華経』を讃えると。それに対してブッダは、「お前たちは迫害や苦難や、それから慢心、そういうものに襲われるだろうけれども、勇気を出して、『法華経』の宣布に努めるように」と言われます。そういう神秘壮大なドラマであるということがわかります。次の十六章「如来寿量品(によらいじゆりようぼん)」がくるわけですね。「如来寿量品」というのは、何を言っているかというと、ブッダは無限の過去から無限の将来にわたって生き続けているんだと、そういうことを説明してくるわけですね。この「如来寿量品」を、「宮沢賢治は、「如来寿量品」に感激して、法華経信仰に入った」と伝記にはそう書いてある。だけども、それは「如来寿量品」の前提として、地から涌き出た菩薩「従地涌出品」という章があって、その質問に答えるという形で書かれていくんだと、繋がっているんだというふうに、仏教学者としては言っているんですね。で、菩薩の答えは、「私の願いは、衆生を救済するということが私の願いだ」と。ここで今日の視点で考えてみたいと思いますが、『法華経』の地涌菩薩は地から生まれたと。要するに、地とは大地です。この大地は、それは恵みの母のようなものでありますけれども、ここではいろんな生物、微生物、それから物質、そういうものがさまざまな反応を通して生きていると。このようなものが大地でありますけれども、ここに今回の東北関東の悲惨な事態を目撃しながら、私はふと宮沢賢治を思い出していました。それは大正七年(一九一八年)頃のことですけれども、北上川(きたかみがわ)の大氾濫に出遭って、そこに悲惨な光景があって衝撃を受けたということです。これは生涯重い課題となって宮沢賢治にのしかかってまいりますけれども、「北上川が一ぺん氾濫しますると百万匹の鼠が死ぬのでございます」とあります。これは宮沢賢治の有名な詩集である、「春と修羅」第二集「序」に示されたものです。このような大きな悲惨な時代でありまして、いくつかの短歌を残しております。
 
あゝこはこれいづちの河のけしきぞや人と死びととむれながれたり
 
人と死んだ人とが群れて流れて行くと。惨憺たる光景であります。そして、
 
青じろく流るゝ川のその岸にうちあげられし死人のむれ
 
そういう歌が詠まれてあります。日頃には慈愛に満ちた母のような海や川でありますけれども、いったん事が起これば牙を?いて突然襲いかかってくると。一体人間はこのような大自然に対して、どのように向かっていけばいいのかと。こういうキーワードとして「微塵体」と「地涌菩薩」があります。人も誰も微塵体となって地涌菩薩が涌き出て世界の隅々へ行って手を差し伸べると。宮沢賢治の共生思想ですね。それといのちは繋がっていると。みな小さいいのちを抱いているのだと。これらが地球を支え、宇宙を支えるのです。宮沢賢治は、熱いメッセージを持って生きている。今日この東北関東大震災に当たって、何としても助け合わなければならない。全力をあげて助け合わなければならないということを通して、人間が目覚めていかなければならない。助け合う姿の中に、そういう思想が生まれてくるんだろうと思います。宮沢賢治は生きているということですね。
 
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
 
     これは、平成に二十三年四月三日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである