そのままの易しさ、難しさ
 
              山梨県身延町慈照寺副住職 望 月(もちずき)  泰 彦(たいげん)
昭和四十四年(1969)、山梨県甲府市生まれ。平成三年(1991)、山梨学院大学卒業後、東京にて会社勤務。退職後、仏教の大学に編入。卒業後、定職に就けずフリーターとして過ごす。派遣会社に勤務。住職である父親が病となり、僧侶となることを決意、身延山にて修行。修了後、平成十五年正式に日蓮宗の僧侶となる。特別養護老人ホームに勤務、退職後、現在、兼業をしながらお寺をいとなむ。
              き き て        金 光  寿 郎
 
ナレーター:  今日は、山梨県身延町(みのぶちよう)の慈照寺(じしようじ)副住職望月泰彦さんに、「そのままの易しさ、難しさ」というテーマでお話頂きます。望月さんは、一九六九年(昭和四十四年)のお生まれ。初め僧侶になる気がなかった望月さんは、いろんな職業を経験した後に、僧侶の資格をとって、副住職になった方です。聞き手は金光寿郎ディレクターです。
 

 
金光:  望月さんがお書きになったご本を拝見しまして、「そのままでいいんだよ。そのままで大丈夫なんだよ」ということを分かり易い言葉を紹介しながら書いていらっしゃるんで、「そのままでいい」と言われて「はい、そうですか」とはなかなか言えないところがあるわけで、どういうところからそういうところへ近づかれたのかな、と思って、その後ろの方を拝見しますと、お寺のご出身のようですけれども、随分学校を出られて、いろんな職業を経験されていますね。
 
望月:  そうですね。
 
金光:  どういう形でいろんな職業に当たられていたんですか?
 
望月:  先ずお寺を継ごうという気持ちが若い頃、なかったんですね。また両親も「継いで貰いたい」というふうには、私に言わなかったものですから、自由に生きさして頂いたわけです。
 
金光:  どういう仕事を次々に手掛けられたんですか?
 
望月:  最初は情報処理関係のプログラマーです。
 
金光:  プログラマーの仕事というのはなかなか面白いんじゃございませんか?
 
望月:  凄い単純でしたね。要は次々とコンピューターの方が進化していくもんですから、自分がそれに付いていかなければならない。新しいことにどんどん自分が追いついていなかければならないというところで大変でした。またやっていくうちに、やっぱり「自分に合う、合わない」というのがありまして、社会で働いていて、自分が社会にどう貢献しているんだろうというのが、凄い見えなくなってしまったんですね、最初。それでちょうど新宿に転勤になりまして、満員電車に何時間か揺られて通勤することになりまして、それが先ず凄い苦痛だったんですね、自分の中で。
 
金光:  身延の辺りだと、のんびりしていた?
 
望月:  そうです。育ちが違うなと思いまして、この拘束された状態がズーッと何年も続くと思ったら、凄い気持ちが精神的に追い詰められてしまいまして。
 
金光:  で、そこは「さようなら」ということになったわけですか?
 
望月:  そうですね。
 
金光:  と言って、遊ぶわけにいきませんでしょう。次ぎにどうなさったんですか?
 
望月:  それで身延に一旦戻って来て、身延に宗教の短大(身延山短期大学)がありまして、僧侶の資格だけ取ろうと思いまして。それでそこに二年間通いまして、最低限の基本の資格だけ取りました。
 
金光:  そこで資格をお取りになって、さてそれじゃお坊さんになろうかなという気持ちにはならなかったんですか?
 
望月:  ほんとにその時は、仏教用語でいう「発心(ほつしん)」ですね、「僧侶になるぞ」という気持ちで行ったわけではなくて、家業を継ぐ準備をしておかなきゃならないと思いまして。しかしまだ継ぐ気持ちは定まっていなかったですね。
 
金光:  それで次はどうなさったんですか?
 
望月:  その次はまた働きまして、
 
金光:  今度は何をなさったんですか?
 
望月:  今度はちょうどバブルが弾けて何年か経っていたもんですから、職が一番無い時でして、それで派遣社員として何年か働くことになりました。主任もやっていまして、飲料水の製造工場に行きましてね、そこで主任をやっていたもんですから、また人の手配とかも同時にやっていました。
 
金光:  じゃ、派遣会社の人の現場にいて、派遣した人と一緒に現場で仕事をするような、
 
望月:  そうですね。
 
金光:  これもしかし楽に左団扇で、主任だから大きな顔してというわけにはいかないわけでしょう?
 
望月:  逆に負担が大っきいだけですよね。
 
金光:  その頃はまだじたばたなさっていたんですか?
 
望月:  じたばたしていましたね。もの凄いじたばたしていましたね。
 
金光:  そこはどのくらいお勤めになったんですか?
 
望月:  ちょっと覚えていないんですけども、三十前半ぐらい迄で。それでそこは最後の方は、そこの職員にならして頂けるというところまで頑張って信頼を得たんですけども、そんな時に父が病気になって、もう何年も元気でいられないという形を、お医者さんに言われたもんですから、それでもう自分が継がないと、今ここのお寺の住職でないと、ここに住めないんですね。自分が継がないと、誰か余所の人が入って来て、自分たちは出なければならない。ちょっと両親にそれはできないな、と思いまして、その時点ではまだ「僧侶になるぞ」という気持ちは固まってないですね。そこから、後もう一段階資格取るための門がありまして、信行(しんぎよう)道場というのがありまして、そこを出て三十五日なんですけど、晴れて僧侶になれるんですけども、何も私、僧侶としてのスキルがなかったもんですから、一年間身延で修行さして頂いたんですね。そういう制度がありまして。もうお坊さん事に何にも興味もないし、わからない者が急にお寺に入ることになるもんですから、自分で何か覚えようとしてもダメなんですね。
 
金光:  身が入っていないと?
 
望月:  身が入っていないとダメなんです。もうその世界に無理矢理自分を突っ込むしかないと思いまして、それで身延で修行さして頂きました。そこが実は自分にとって大きかったんですね。要はお坊さん事のスキルを覚えに行ったんですけど、私は、そこで素晴らしい指導者や恩師にご指導ご鞭撻頂きまして、「あ、仏教って素晴らしいな。僧侶ってほんとに素晴らしい職というか、役目なんだな」というふうに心から思える自分になれたというのが、自分にとって大きな宝物になりましたね。例えば一般の社会だと、嫌なことがある、苦しいことがあるというと、そこを乗り越えるですとか、そこから離れるですとか、ですけれども、日蓮上人の生き方が、先ず困難な連続だったんですね。「それをすべて有り難いことだ」って、上面(うわつら)でなく、心から感激されている方だ、というふうに知った時に、これは凄い領域だなと思ったんですね。それこそ命も奪われそうになっても、「それでも有り難い」という境地に本気で達せられた方ですので、そんな境地があるんだ。自分の命を狙った者ですら、「自分にとっては必要な存在だった」というふうに言われていますんで、とてもとても私はそんな境地には、その時点では、まあこれから先もなれるかどうかわからないんですけども、それはあくまで目指す場所として、私は捉えましたんで、自分の人生、この世に生を受けて初めて目指す方向が定まったんですね。当然遠い遠い遙か先の目標なんですけれども。
 
金光:  やっぱりそういう方がいらっしゃったということがわかると、その後の毎日の生活の仕方、ものの受け取り方なんかも変わってくるもんですか?
 
望月:  はい。そうですね。急には百八十度は無理ですけれども、後で自分のやったことを振り返った時に、「あ、こうじゃダメだな」というふうに、ちゃんとぶれない自分になれるというか、その時その時はダメですけれども、後に思い返した時に、「あ、こうすべきだったな」というふうに思え返せるようになりましたね。
 
金光:  それで一年間の修行が終わった後は、どうなさったんですか?
 
望月:  そこからなんです。私はほんとに僧侶、仏道に惚れ込みまして、この道一本で生きていくぞ、というふうに、自分の中で決意したんですけれども、勤め先を紹介されたところが福祉施設を紹介されたんです。
 
金光:  福祉施設だとお役に立つわけでしょう?
 
望月:  多分外からイメージする福祉と、実際にその中に入った福祉とは、大分違うと思います。
 
金光:  それでどうでした?
 
望月:  凄まじい職場だなと思いましたね。これは一年間修行した後、またもの凄い修行が始まったなと本気で思いました。そこはでも自分にとって実は大きかったんですね。要は仏教でこの理想的な人の行く道を、あくまで理論として頂戴しまして、じゃ、それをそういうもの凄い激しい職場で実践できたかというと、自分は全然ダメだったですね。私はもともと不器用なもんですから。それでもだんだん覚えてきますと、何とか利用者のみなさんを笑顔にしたいという気持ちが湧いてきまして、その経験が自分にとって大きかったですね。
 
金光:  その笑顔にするためには、何か工夫がされたわけですか?
 
望月:  勿論です。私なんか流行の歌しか聞いてこなかったですけど、やっぱり年配の方が好きな歌というのは、何パターンか決まっていましたので、それを自分が歌えるレベルまで覚えたり、そうすると一緒に歌って相手は楽しそうに歌っている。
 
金光:  そうでしょうね。歌も笑顔にされた一つでしょうが、やはり接し方も慣れてきて、しかも相手がそういうふうに喜ぶようにと思うと、いろんなところでそういう相手の気持ちに添うような動作なんかもできてくるわけでしょうね。
 
望月:  はい。何とか自分がやっていることが、毎日の職場で生き生きとしたいと思うと、やっぱりそうならざるを得ないでしたね。
 
金光:  それでそこで介護の仕事をある程度慣れてきて、それは一人前になったとすると、もう一つ管理する仕事かなんかやっぱり少し変わった仕事をさせられるわけですか?
 
望月:  生活相談員という名目の仕事をしましたね。
 
金光:  あれ厳しいですね。
 
望月:  四方八方から板挟みになるような仕事なんです。中間管理職をもっと複雑にしたような仕事でして、またマルチでいろんなことをやらなければならないもんですから、そういう意味で板挟みにあうような仕事でした。
 
金光:  また介護を受ける人の気持ちや希望は聞かないといかないし、しかも制度の柵(しがらみ)たいなものがあって、制約が非常にあるわけですし、また上にいる管理する人は管理する人の立場から「こんなことをしちゃダメじゃないか」とか希望が出てくるでしょう?
 
望月:  まさにおっしゃる通りなんですね。いろんなとこの要望を自分が上手く調整しながら熟(こな)さなければならないという仕事でしたね。
 
金光:  これはしかし相手のあることですから、自分一人で「良し、これでいい」と思っても、それは通ればいいですけれども、必ずしも通らないこともあるでしょう?
 
望月:  通らないですね。そうなんです。一方は、こうしてほしい。一方は、まったく全然違うやり方でしてほしいと、もっといろいろたくさん四方八方からそういうことを言われて、結局全員を満足させることは不可能なんですね。どっかで調整付けて、不満言われてもそれを凌ぐしかないいというような仕事でしたね。
 
金光:  そうすると、一年間の修行で得た成果なんかはそこで発揮できましたか?
 
望月:  お経もですね、とにかく一生懸命あげたんですね、どんな時も。そうすると、もう投げやりになりそうな気持ちを、また真っ直ぐなところに戻せるんですよ、自分を。きっとこれも仏さまの思し召しで、自分には必要でこういうことを課せられているんだというふうに、辛くてもそうまた軌道修正できる。
 
金光:  とにかく、じゃ正面から逃げないで受け止めると。
 
望月:  そうです。
 
金光:  その仕事は受け止めようと。やっぱり仏教の場合は、それが一番大きいかも知れませんね。自分の都合は悪くとも、とにかく「よし、これを受け止めてみよう」という、それが有ると無いでは、その次のステップが随分違ってきますでしょうからね。
 
望月:  そうなんですね。そこを越えないと、一生仏さまの境地には近づけないと思いましたね。
 
金光:  でも相当辛かったでしょうね。
 
望月:  相当辛かったですね。なんか慢性疲労症というのがあるんですけれども、そんな感じになっていましたね。頭が疲れて精神的に疲れが取れない状態がずっと続くんですね。
 
金光:  それじゃ大変でしたね。それ一年間の修行よりも、そちらの方が体には身に沁みて堪えるでしょう。
 
望月:  身に沁みましたね。振り返ると有り難いですけれども、その最中はもうほんとに藻掻いていましたね。
 
金光:  でも藻掻きの揚げ句には、水中から首が上に出ることもあるわけですか?
 
望月:  もう不満を持たれても、それで納得して貰うしかない。こっちは誠意をもって「これこれこういう理由で、こうするしかないんです」と言っても、やっぱり自分の都合の悪いことを言われたら、人間としていうのは同意は難しいですけども、ここまでやって納得して貰えないなら仕方がない、と割り切るしかないんですよ。相手は納得しないですけれども、もうこれなら仏さまはよくここまで頑張ったな、とおっしゃってくれると自分で信じて、
 
金光:  これはまあ完全に納得はしないにしても、しかし望月さんがそうやっている姿は、向こうにも映るでしょうから、それなりに不満なりにも、しょうがないかということで、
 
望月:  そうです。すべてを円満成就するというのは、ほんとに難しい職場でしたので。しかしながらみんなそんな中で今生きていますから、それを自分が身をもって経験できたというのは、本の内容には凄く生きていると思います。
 
金光:  そうですね。その辺でご自分がお困りになったところを、「こういうところで私は踏み越えることができた」みたいなケースが、ちょいちょい出ていますね。
 
望月:  はい。本当は仏教では、もっと上の境地を説かなければならないんですけれども、お釈迦さんは対機説法(たいきせつぽう)と言いまして、やっぱりその人に今必要な教えを一人ひとりに説かれたもんですから、私もそれに習って、本とか自分のブログとかでやらして頂いています。
 
金光:  頭の中では割に軽々と考えて、軽々と解決してできるようなことも、現実に生身の人間同士がぶつかり合っているところでは、そう簡単に頭の中で考えたようにはいきませんでしょうから。
 
望月:  いかないですね。その中でみなさん葛藤されていますんで、自分の経験から得たものが少しでもお力になればいいなと本気に思って、心で書いていますね。
 
金光:  それで「そのままで大丈夫なんですよ」と。「そのままでいいんですよ」というのは、それはいつ頃そういう言葉を思い付かれたんですか?
 
望月:  結局苦しみの要因として、チューリップの球根がヒマワリになろうとしても絶対無理なわけじゃないですか。チューリップがヒマワリになろうとして、そこで苦しんでいらっしゃるような方が凄い多いということに気付きまして、「また違うものになろうとしたって無理だよ」って、「苦しむだけだよ」。もう先天的に自分が持っているものって決まっていますから、それを何とか育んで頂きたいという意味の「そのままで大丈夫だよ」と。
 
金光:  「そのまま」と、それと身延で一年間修行された時に、すべての出来事を―「迫害までも有り難いことだ」と受け止められた日蓮上人のそういう姿勢と、これはどう繋がりますか? なかなかそう簡単には結び付かないでしょう。
 
望月:  それは結局すべて自分に起こる目の前の現象というのは、必要なもんだ、ということなんですね。というふうに、本気で思えたら、苦しみは苦しみでなくなると思うんです―本気で思えたらですよ、難しいですよ。そこで日蓮上人が、自分が仏さまに近づくために、その境地に達するためには、「みんな自分にとって必要なものだ」って、心の底から思って、行いをされてきたことと繋がると思うんですね。
 
金光:  普通には理想というと、今自分がいるところとは何か別の世界を考えて、そこへ行きたいというふうに、今の自分と切り離して―ほんとは繋がっているつもりでも―現実に考えていることは、切り離したところを考えている。そういう理想の描き方というのがけっこうあるわけですけれども、今おっしゃっていることを聞きますと、「今いる自分をどう育てるか」「自分をどう実らせるか」そういう方向へいくのには、「今のそのままで、そこからスタートするんですよ」というか、「そのままでいいんですよ」というのは、そういう成長の方向も含んでおっしゃっていることですね。
 
望月:  勿論ですね。僧侶って、伏拝(ふくはい)と言いまして、頭を、頭(こうべ)を垂れるんですけども、自分が仏さまに比べたら足下にも及ばないという、そういう謙虚な気持ちになることがスタートだと思うんです。そこから一歩一歩上がらせて頂きます、頑張りますという気持ちじゃないでしょうか。
 
金光:  現実にはお坊さんというのは、どっちかというと、尊敬される立場が多いわけですけれども、やっぱりつい教えてやろうとか、そういうところがおありでしょうね?
 
望月:  そこをですね、私は福祉時代に叩き潰されましたね。理想があって、ちょっと一年間修行して高いところにいた自分が全然ダメだなというふうに引きずり下ろされまして、実践できなかったんですね。その大変な職場で振り回されながら、じゃ実践してこう静かな気持ちで仕事をしていたら、他の方にもう煽(あお)られますよ。「何やっているんです! 早くこっちをやってくださいよ!」というふうにですね。そんなことしていたら、たくさんの人に迷惑を掛けてしまうんですよ。一緒にこうバタバタ動かなきゃならないですから。
 
金光:  そういう厳しさが続くわけですね。
 
望月:  続くわけですね。でもやっぱり仏教というものは、自分の心の中に強くあって、それと実際の自分がまったく不一致だという。それで下座(げざ)に生きることはできたんですね。
 
金光:  そこを越えるのには、自分の実践の場での位置を下座に置かないと、上からでは越えられないわけですね。
 
望月:  そうですね。高いつもりで、高い位置にはいないんですよ、自分は。つもりでいるだけで。高くないのに、そこにいるつもりでいると、上から目線の、
 
金光:  頭が高いだけで、
 
望月:  そうですね。
 
金光:  これはしかし実際に下座において頭が下がったところで仕事をすると、随分それまでの仕事の仕方が変わってくるでしょうね。周囲との関係みたいなものも。
 
望月:  はい。そうですね。同じ目線で物事を考えられる。上からの目線でなくなる。
 
金光:  お坊さんだという意識があると、どうしても多少高みになったりしがちで。
 
望月:  しがちだと思います。
 
金光:  そっちじゃなくて、一緒の目線でできるようになるという。これは凄いですね。それでそこまでみなと一緒に同じ目線でやっていく訓練がある程度できると、今はブログでいろんなことを言葉なんかを紹介なさっていらっしゃるようですけれども、そういうものを見て、相談に見える方もいらっしゃるんじゃないかと思いますし、ブログに対する質問とかなんとか自分の悩みみたいなものを訴える人もいらっしゃるかと思うんですが、その人との目線も同じ目線に立ちやすいということはありますでしょうね。「そのまま」というのは。その辺ではどういうふうな含みでおっしゃっているんですか?
 
望月:  要はまったく別の領域に行くことはないということなんですね。今ある現実の中で人って倖せになれるということを思って頂きたいというのはあります。例えば老人福祉で、最初は慣れなくてあたふたしていましたけれども、苦しい中、忙し中、辛い中にも、利用者の笑顔を見れるだけで自分も倖せになれたという経験がございまして、そういうところを目指して頂きたいというのがあるんです。苦しい現実と孤独になっているダブルパンチがきていますんで、その孤独というところだけでも拭い去ることができたら重荷は半分になります。
 
金光:  そうですね。
 
望月:  今誰もわかってくれない。こんなに辛い毎日を送っているのに、誰も理解して貰えない、というふうに思っていらっしゃる方が凄い多いと思います。精神的に病んでいる方も凄い多いと思います、そういうことから、孤独という重荷を下ろすことができただけでも大分違うんじゃないですかね。
 
金光:  それはそうでしょうね。重荷に感じていることが重荷でなくなると、やっぱり人のそれこそ重荷に押し潰されているような能力が、割に身軽になるとまた発揮できる方向へいきますでしょうね。
 
望月:  そうなんです。結局その問題そのものが解決しなくても、同じ状況でも気持ちが変わるんですね。要は、「これ解決しないと自分は良い人生は送れない、倖せになれない」って思うと、逆に苦しみになるわけです。「今のままで」って、「自分はこのまま進んでいけるんだ」って気持ちが軽やかになれば、
 
金光:  ということは、大雑把な言い方になるかも知れませんけれども、「そのままで大丈夫だ」ということは、自分に向こうから向かってきた出来事は、とにかく真っ正面から受け止めて、それで自分の能力と、その出来事との現実の姿、事実をよくよく見ると、今までの考え方でない方向で考えることもできるという。
 
望月:  そうなんです。考え方一つで、今まで重く思っていたことが軽くなるんですね。
 
金光:  そういう場合に、「あなたがこうすれば」と言うんじゃなくて、望月さんの場合は、自分の体験で、「私もこういうことがあったんですよ」というようなことをお書きになっているわけですね。
 
望月:  そうです。「この人もこんなに苦しんだ中を生きてきたんだな」って、向こうが思って頂けると、それだけで向こうの気持ちが軽くなりますんで、経験を話す形にするというのは、そういう意味で必要だと思いますね。
 
金光:  今こうやって離れたところで、困っている人の具体的なケースを取り上げないで、一般論としてお話しているわけですけれども、「そのままでいい」というのは、易しいようで、しかもその現実に困っている場合には、非常にそれを乗り越えることは難しいことなんですけれども、しかしそのままの状態をよくよくもう一度見直してみると、「そのままで良かったんですよ」というか、「そこにもう一つ新しい道もあるんですよ」という含みでの「そのままでいいんですよ」ということなんでしょうね。
 
望月:  はい。結局過去に苦しんだことを振り返ってみると「あ、あんなことで自分はこんなに悩んでいたんだな」と思うことが多いと思うんですね。ですけども、その最中はもうそんなことは到底考えられない。できるだけ早くその境地に自分の気持ちがなれれば、苦しんでいる期間も短くなりますし、また自分自身もそこから一段二段と上の境地に変わっていける、階段を上がれると思うんです。
 
金光:  そうですね。固定した状況というよりも、一段一段上に行くのにも、そのままでそこでもう一歩よく考えてということになるわけでしょうね。ここ逃げなくちゃダメだということではないんで。
 
望月:  逃げると、違う苦しみがどんどんまた来て、また違う苦しみが起きますんで、堂々巡りになっちゃうと思うんですよ。
 
金光:  そういう意味では「そのままで」ということを、もう少し自分の生活で大事に思いながら、もう一度考えてみたいと思います。どうも有り難うございました。
 
     これは、平成二十七年三月二十二日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである