いのちから病気を見る
 
                  かもしか病院医師 内 田(うちだ)  桂 太(けいた)
                  き き て    金 光  寿 郎
 
ナレーター:  今日は、新潟県三条市にあります「かもしか病院」の医師・内田桂太さんに「いのちから病気を見る」というテーマでお話を頂きます。日本語の「いのち」という言葉は、いろいろな意味に使われていますが、内田さんが使う「いのち」には、従来の宗教が使ってきた「神」とか「仏」という言葉から宗派色を取り去った「無色の働き」というニュアンスがあるようです。聞き手は金光寿郎ディレクターです。
 

 
金光:  今日は、「いのちから病気を見る」というようなテーマでお話を伺ったらどうか、と思ってお邪魔しているんですが、お医者さんというのは、普通の病院の先生ですと、病気になった人が来て、その病気の原因を調べて、それでその対処療法によって健康を回復するという、その辺のところでお仕事をなさっている方が多いんじゃないかと勝手に思っているんですが、人間が生きているという「いのちから病気を見る」という、なんか内田先生のお話になったものなんか見ると、その観点で、病人、あるいは病気をご覧になっていらっしゃるようですが、そこへ行くまで最初はどういうところからスタートなさったんでしょうか。
 
内田:  「いのち」というものは、一般に言われている言葉ではありますけれども、これほどわからないものはないですね。またしかも曖昧だし、その「わたしのいのち」「あなたのいのち」ということを言っても、「わたしのいのち」が果たして善い悪いのうちなのか、意味がないのかという、やっぱりそこの疑問点ですよね。早い話が、私は、「あのいのちは生きている意味があるのか」という、そういう疑問から出発しました。それで医学部に進んで脳神経外科に入ったのも、そのいのちを考えるというのに一番近い科目として脳神経外科というものを選んだということでありますね。その脳外科やっているうちに、人間の力ではどうにもならない部分がある。私にとっては、一番ショックなのは、とても完璧な手術をしたにも関わらず亡くなっていく方がいる。逆に、もうダメなんだろうと思って手を変えないでいる方が治っていく。この不思議さは一体何なんだろうな、と。それまで自分は自惚れていましたからね。俺に治せないものはないんじゃないか、というような自惚れを持っていましたが、いや、そうじゃない。何か大きな力が働いているんじゃないかな、というふうなことから、いのちというものに対してアプローチを進めていったわけであります。
 
金光:  現代医学のこういうふうにすればいい筈だ、というとこだけでは処置できないところに人間はいる、ということでしょうか。
 
内田:  はい。だから医療を包含した大きな力が存在するのではないかと。それが一体どういうところからきているんだろうということを、要するに毎日患者さんの生死(しようじ)というか、生死(せいし)と闘いながら、患者さんを師匠として、そこから覗いていった。密かに見れば―密かというのは、ほんのちっちゃな孔からそのいのちの世界を覗こうとした。努力してきたというのが、私の人生だったと思います。
 
金光:  現代の医学の教育では、そういう人間の力を超えた働きみたいなことについては、あんまり講義―レクチャというのはあまりないものですか。
 
内田:  ないですね。九州の大分のビハーラで田畑(正久)先生が、九州大学の学生に話したり、あるいは田代(俊孝)先生が、名古屋大学で話したり、ということは聞いておりますが、一般的ではありません。むしろそういう話をしようとすると、みんな嫌がるんですね。むしろ拒絶反応ですね。科学的手法がすべてだと思っていますから、科学的手法で到達できない世界があるということさえも知らない。
 
金光:  それともう一つは、別の面から伺いますと、こちらの病院には割合にお年寄りの方も結構いらっしゃるようですけれども、そういう歳を取ると人間否応なく寿命が尽きる、亡くなるという、これは誰しも否定できないことですけれども、そういうもう歳取って、これは健康・不健康に関わらず、人間というのは亡くなるという、そういう現実をご覧になっていると、これはお医者さんの立場からは、そういうお年寄りを相手になさっているところから、何かそれまでの医学教育で学ばれたこととはちょっと違う観点に気が付かれるようなことはございますか。
 
内田:  そうですね。まったく違う。
 
金光:  そうなんですか。
 
内田:  いのちの方向化というのは、要するにいのちの方から見るためには、どういうトレーニングが必要か、という。それは今私たちが教育されてきた世界というのは、「私が」という世界でありますね。要するに、「自我の壁で覆われた世界」。その世界の壁が破れない限りは、いのちの世界を垣間見ることもできないし、いのちの世界に足場を置くということもできない。いのちの世界というところに足場を置くと、「病」―病気というのは、これは生きるということと同じ同義語でありまして、あるいは死ぬということも、生きるということも、病ということも、老いるということも、まったく一つのもので、例えば私がどういう感覚で見ているかということですね。それは例えばマラソンでみなさんゴールしてきますね。私がゴールのところへ立っていて、迎え入れようと。そうすると、いろんな形でゴールしてくる。若い人も、子どもも、それからもう息が切れ切れになってゴールして来る人もいるし、でもみんなよくゴールしてきたね。いろんな病を持ったり、それから苦しみを持ってゴールしてきても、それはほんとに「ゴールしておめでとう。よくやったね」というような気持ちで、私は今患者さんたちというか、老人たちを見ていますね。
 
金光:  現代の一般の家庭の人は、病気になっても、病院に入院させて、家族は見舞いに行く人はともかく、そうでないと、病人は、病院にお預けと。そうなってくると、生き死にの問題を考える閑もなくて、後はお医者さん任せ、病院任せみたいなことになってくると、今おっしゃった問題を考えるきっかけもないようなところで行き過ぎてしまうみたいなことが、
 
内田:  そうじゃないですね。
 
金光:  そうじゃないですか?
 
内田:  はい。患者さんが入院なさいますよね。そうすると当然ご家族はいるし―居ない場合もありますが、居る場合もあるし、そうするとその患者さんの、我々が患者さんに対する医療とか、そういう介護の態度から、いのちというものをご家族が垣間見るということがあります。それは家でいて、その臨終で苦しんでいるところを見るのは、それが正解だというような考え方は成り立たないんじゃないか、と思います。それも一つかも知れませんが、病院で死ぬということが必ずしも悪いとは言い切れないですね。
 
金光:  お伺いしたいのは、若いお医者さんに、先ほどからおっしゃっているような、そういう生と死も超えた世界について気が付いて貰う。そういうのには現実にそういうお年寄りなり―お年寄りでないにしても、臨終に向かって、こういう生き方ができるんだという、実地の場に立ち会うことができた人の方が、言葉で聞いたよりも随分入り易いんじゃないかという気がなんとなくしているもんですから。ただしそこのところを、若い人にわかって貰うのには、そう簡単にはいかないんじゃないかと気がしますが、その辺のところはどうなさっているのかな、と。
 
内田:  私は、諦めていますね。
 
金光:  なるほど。
 
内田:  若い人、若いお医者さんでは―お医者さんというより、人種自体が傲慢な人種ですね。やっぱりエリートの集団ですからね。そうすると、自分のいのちが非常に膨張した状態になっていて、他者を見るわけですがね。しかもそれが若い人じゃなくて、もう間もなく死んでいくような人たちは、それはしょうがないんじゃないか、というような態度になりかねないですね。
 
金光:  病気はこんなもんだ、と。
 
内田:  そうね。要するに物として扱えたがるんでしょうね。それから自分と関係のないものだ、という認識で診療していくんじゃないでしょうかね。「病気を見て、人を見ず」といことですね。その人たちも、やがてある年齢になってくると―五十過ぎとかになってくると、その人間も、あ、長い間医者をやってくると、まただんだ考え方が変わってくるんじゃないでしょうか。そういうような時になって初めてやれる医者のお仕事というのはあるわけで、それは若いうちにそういうことをやってくださいとはちょっと無理があります。やっぱり人生経験を長く積んで、やっぱり人の苦しみを長く出会って、初めてそういうような終末期医療とか、そういうものをやれる医師というような、そういうような立場になってくるんじゃないでしょうかね。
 
金光:  人間の「自我」と言いますか、「エゴの塊」というのは、これはどうにもそう簡単に壊れるものではないですから―そこのところが破れないと、殻が壊れたら、それ以外の世界に目が開けるということがあるでしょうけれども、これはお医者さんだけではなくて、殊に仏法の話、昔からの伝統的な仏法の世界は、その辺の要(かなめ)のところに目を開くようにということで、いろんな教えを残してくださっているわけですけれども、そこのところは若いお医者さんだけではなくて、普通の生活をしている人にとっても、わかる人には言わんでもわかるし、わからん人には言うてもわからんみたいな、そういうことを言われた方がいらっしゃいますけれども、そういう面が無きにしも非ずですけれども、だからと言って、本当にこの世に生を受けて、それでせっかくそういう世界があることをやっぱり知って貰った方が、同じ一生を過ごすのにはいいんじゃないかという気がするんですけど、なかなかそこのところは難しいようで。
 
内田:  それはやはりこういう世界があるんだ、ということを発信し続けているところが一番大事なんで、無理して入れということではないですね。その時期相応になってきますと、やがて聞く耳を持つようになってきますし、お医者さんもそうだろうと思います。やっぱり人生経験をたくさん、医療経験をたくさん持って、初めてそういう世界に目を開く。だから私たちが、「こういうことをやっているよ。こういう終末期医療をやっているよ」ということを発信し続けることが、若い人たちにとっても大事なことだと思うんです。こういうモデルケースが、世の中にあるんだ、と。要するに灯台みたいな灯火を照らし続ける、ということが、私の仕事じゃないかなと思っています。
 
金光:  その場合に、内田先生ご自身が、若い頃は、「よ〜し、自分がどんな病気でもやればできるんだ」と。これは若いうち、しかも熱心に勉強された方ほど、そういう自負心というがあると思うんですけれども、そこから次の段階へいらっしゃる、その途中にはすんなりというわけにはいかないとこがあるわけでしょうね。
 
内田:  やっぱりいろんな挫折がありますね。一つは、肉体的な限界でしょうね。肉体的・精神的限界。
 
金光:  一日二十四時間診療があるし、それから大手術すると何時間も継続して手術をやらなければいかんとか、
 
内田:  要するに、患者さんのために我が身を投げ出して、我が身を生贄(いけにえ)にしてやるという診療態度に限界が生じてきますね。その我が身を投げ出して、我が身を犠牲に、生贄にしてやっても、自分はハッピーにならない。それがほんとに仏教かって。
 
金光:  なるほど。
 
内田:  仏教は、そんなことを言っているんじゃないかと思い始めたんですね。
 
金光:  ここまでもヘトヘトになるほどやっても、自分自身気持ちはまったく晴れ晴れとしたところへは届かない、と。
 
内田:  例えば玉虫厨子に「捨身飼虎図」が彫ってある。身を投げて虎の親子に身を供養する。あれは布施行で一番の筈です。私はそういうことをやっていたわけですね。それでも菩薩行として完成しない。何故だ。どっか間違いなんじゃないか。ということから、いろいろ先人の人たちの、あるいは仏教の教えをもう一回謙虚に聞いてみようと尋ね歩きや訪問が始まったんですね。
 
金光:  そうすると、それまでにある仏教の本なんかお読みになっていらっしゃるのは、ひとまず置いておいて、もう一度新しい気持ちで、新しい目でいろいろな話を吸収してみようという、そういうところからスタートされたわけですね。
 
内田:  そうでないと、自分の生きている意味が無くなってしまいますので。要するに我が人生こんなものか、という諦めに入ってきます。
 
金光:  そうでしょうね。一生懸命やったんだけども、こんなもんで終わるのか、と。
 
内田:  ええ。
 
金光:  それはそうでしょうね。ただしそれだと納得できないものがあるわけですね。
 
内田:  悔しいし。で、そういう一生懸命やった自分に成立しない人生というんであれば、他の人に絶対に成立しないだろう、と。
 
金光:  それはそうですね。
 
内田:  そうすると、私が突破してみせるしかない。
 
金光:  それは自分が食べて不味いものを人に勧めるわけにいかない、食べるものにしても。それと同じようなことでしょうけれども、そうやってそういう姿勢で目を開いて、お医者さんならお医者さんの中をご覧になると、そういうご自分の内田先生が思っていらっしゃる、このままじゃないんじゃないか、もっとなんかあるんじゃないか、という、そういうお考えにピッタリするような生き方をしているお医者さんもおいでになったわけですか? 誰か先人に出会って、そこのところは突破口ができたということなんでしょうか。
 
内田:  いいえ。後になってお医者さんで、あるいは仏教を勉強している方々とは仲間になりましたが、最初はそうじゃないですね。やはり念仏しての声が、私の親友が死んだ時の音として耳に残っていましてね。私の親友が―親友というのは若い時の友だちという意味ですが、お互いに思うというところで成り立っているんですが、かつて親友だったんですが、私がその人を思っていないという、もう既に忘れた存在であった親友が、最後の最後まで私を思いながら亡くなっていった。その時のお寺さんのお声明(しようみよう)が「南無阿弥陀仏」の声明だった。それが痛く心に残っていました。で、その「南無阿弥陀仏」という音を、ある時、病院の帰りに本屋さんに寄った時に、『南無阿弥陀仏』という柳宗悦(やなぎむねよし)さんの本がありまして、あれから入りました。
 
金光:  あれはいい本ですね。
 
内田:  ちょっと若い人たちが耳を傾けてくれないかなという、そういう感じでね。そこからやがて法然さん、親鸞さん、一遍さんとかいうような、他力という問題について―今まで自力でやってまいりましたんですが、それから他力という考え方を伺い知るようになって。
 
金光:  現在未だに「他力」というと、人任せみたいな誤解があるようですけれども、「人間の力を超えた力」というのが他力というふうに理解した方がいいんじゃないかと思うんですが。
 
内田:  「いのち自体の力」ですね。
 
金光:  そうですね。それで先ほど声明(しようみよう)の話出ましたけれども、確かに声明(しようみよう)を訓練を受けた人たちが、その声明を非常に上手に唱えられると、これはほんとに素晴らしい響きが伝わってくる。普通にお念仏唱えるのとは、全然違った響きがありますから、そうなってくると、言葉の意味よりも、リズムなりメロディなりの全体の感じが、もう一つ自分の意識で掴まえている世界とは違うところからの響きがなんとなく伝わってくるみたいなところがありますよね。
 
内田:  そうです。
 
金光:  それで要するに、他力―いのちからのそういう働き、それは、「あれ、これは自分にもそういう世界からの働きがあるな」というふうに気が付いて、その方向へ考え方が変わってきたんですか。
 
内田:  それで法然さんの著作とか、親鸞さんのもの、あるいは一遍さんのおっしゃっていることとか、いろいろ勉強していった中で、たくさんの人に会いました。それの例えば真宗なら真宗の教義を受けて、あるいは住職をなさっている方とか、いろんな人たちに尋ね教えて頂きました。そうすると、「こうものがあるよ。こういうものがあるよ」と、書籍も紹介して頂きました。その中でいろんな人たちと出会って、あるいはドクターでお念仏しているドクターもいますし、そういう方々とお会いすることもできたました。やっぱり一番の教師は、私の修行の場所はやはり病院ですから。やっぱり亡くなっていく方々が、一生懸命私に教えでくださっているんじゃないでしょうかね。
 
金光:  生身のいのちの波動みたいなことも、日々相手にせざるを得ない。
 
内田:  波動があっちから来る場合もありますね。要するに私が意図的に出すものじゃなくって、この共感と言いますか、共に振動する共振とも言いましょうかね、いのちというのはそういう働きをもっていますので、あるいは共鳴でもいいですね。
 
内田:  これは現在の東日本大震災の後にボランティアなんかに行った方が、ボランティアに行って向こうの人の手助けをして、いわば助けてあげるつもりで行ったら、あべこべに向こうの人から元気を貰ったというようなことを、ちょいちょい耳にするんですが、そこへ来ると、ボランティアの気持ちが云々というよりも、いのちの波動の行き交いというか、そういうところなんでしょうね。
 
金光:  結局いのちが表に現れる瞬間というのは、人生にたくさんあるわけじゃないですね。例えば赤ちゃんが生まれたとか、あるいは人が死ぬとか、あるいは災害に遭うとか、良寛さんの場合は、現在の三条市を中心に起こった「三条地震」(1828年)があったんですね。たくさん知っている人が亡くなって、子を失い失意にくれている友人に宛てた手紙に、良寛は、「災難は逢う時節には災難に逢うがよし候」というような手紙を送っています。そういう言葉はいのちに対する共感がないと出てこない言葉ですね。
 
内田:  違うところで受け取ったらえらい失礼なことになるわけで。それは実際は私たちが、日々朝、目が覚めて、寝るまでは息して生きている。寝ている時は意識しないで呼吸している。これもいのちの働きの中であるんでしょうけども、普通はそういう平凡な時には、そんなこと感じませんものね。やっぱり当たり前と思っているのが、当たり前でなかったんだという、そこのところに、
 
金光:  その瞬間に出てきます。要するに通常じゃない状態ですよね。いのちが湧き出てくるという時というのは、お互いにいのちが共感する瞬間ですよね。あなたのいのちとわたしのいのちが繋がっている。それを「絆」と、今の人たちが呼んでいるようです。やっぱり「あなたのいのち、わたしのいのち、良かったね」という感動がないとね。いのちは感動を伴っていますんで。感動のあるいのち、そういういのちを、私たちが今頂いている。そういうことがわかれば感謝にわかってきますから。「今日の一日、いい一日だ。明日もいい一日がくるんじゃないか。今日はこんなに苦しいけど、今生きていける」という勇気を頂けるでしょうね。
 
内田:  そういう世界のことを、「如来さんの世界」とか、「仏さんの世界」と、そういう言葉で表現されてきたんでしょうね。
 
金光:  まだ必ずしも「仏」と言われなくてもいいわけですね。「キリスト」でもいいですし、あるいは「神」でもいいし。だからある一つの宗派や、あるいはそういうような狭い意味で考える必要はないと思います。
 
内田:  まったくないと。
 
内田:  いのちというのは、もっと大きくて大らかですね。差別がないですから。
 
金光:  なんか自分が、これだけのことをしたから仏さん少しください、というそういう世界ではないわけですね。
 
内田:  やっぱり一番私たちが間違っているのは、主体性の問題ですよね。私自身が、ずっとそうだったように、私が主人公だと思っているわけですよ。この世の中の人一倍にしろ、何しろ主人公だと思っていた。ところが、私が主人公でないということに気が付けば、ほんとにもっと大きな世界が展開するんじゃないでしょうかね。
 
金光:  しかもその方が楽に生きられるし、しかも広い世界に、
 
内田:  楽しいし、それからどんな苦しい環境でも生きていく力を得られるし、それから未来をもつことができる、明日をもつことができる。つまり生きれるということですね。いのちの世界に生きるということは、生きる力を得るということでしょう。
 
金光:  生も死も含めたうえでの生きる世界。しかもほんとに自分の小さな思いで掴まえなくてもいい、広々した世界という。それを昔からの言葉でいろいろ説いてくださったのを、あんまり「ああだ、こうだ」とがっちり固めてしまわない方がむしろ生きた世界を捉え易いという気がしますが。
 
内田:  そういう状態に気が付いた人を「往生した人」というんでしょうね。
 
金光:  日本の言葉というのは、本来の意味と全然違った意味で「往生した」というのは、「お手上げ」みたいに使われていますけど、そんな世界ではなくて、
 
内田:  後は是非みなさんに伝えておきたいのは、「死ねばどこに逝くのか」という話ですね。これは私は、多数の人たちの死を看取ってきた中で、死んで逝った人たちはみんないい顔しているんですよ。ということは、死ねば成仏ということです。死ねば餓鬼道に迷ったり、あるいはそういうようなことではありませんね。死ねば成仏。そして生きて往生。これがやっぱり人間が生きるという、その手本になるような姿でしょうな。それに気が付いて貰えれば最高だ。一人のいのちじゃなくて、ご家族のいのちも含めた包含的な許容の範囲の大きないのちをみるという、そういう全体をケアするという形になりますね。それはあくまでもドクターの器量によることなんですよね。病院がそういう組織を作ったからと言って、そうはならないんですよ。その辺がやはりこれから多くの人たちが、そういうようないのちに出会った診療できるような、そういう人たちが排出されることをこれから願っているんですけどね。特に高齢社会がきますのでね。
 
金光:  そういう病院が増えたら、私たちは有り難いと思いますが。
 
内田:  そういうことができるんだと。そういうことが可能性があるということを是非伝えたいと思いますね。
 
金光:  どうもありがとうございました。
 
     これは、平成二十六年四月二十七日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである